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2005年10月19日 (水)

ペットボトル文明・敷島文明(4)◎奇矯なる地名を聞いて、あいた口がふさがらない

   ああ、絶望のセントレアシティ(一)
    (それでも日本人なのか)

1、奇矯なる地名を聞いて、あいた口がふさがらない

  今年の前半、メディアを沸かせたあるひとつのニュースについて少し考えてみた。その話
題とは、当時はテレビなどを沸かせてご存知の方も多いと思うが、それは愛知県知多半島
南部に位置する二つの町、美浜町と南知多町の合併に関して起こった珍騒動のことである。
両町合併計画の新しい市の名前が、奇妙と言うか非常にユニークな名前で一時的に話題
になった「南セントレア市」の話である。

 二町の合併に伴う新しい市は、その奇態なネーミングのために、たとえば、ネットにおい
ても多くのスレッドが立ち上げられ、その命名の是非については喧々諤諤(かんかんがくが
く)の話題をふりまいた。それに関連したブログや掲示板を当時ランダムに眺めてみた。中
には真摯な考察に満ちた疑念の声もあったが、大方は怒りを混じえた嘲笑的な意見がか
なり多く見受けられた。

 総じてこの問題に関心をよせる者は、「南セントレア市」という新名称にはほとんど嫌悪感
に近い否定的な印象を持っていたようである。最初、この二町合併後の新市名をニュース
で聞いたとき、自分はあっけにとられたというか、わが耳を疑った。なんと異様なカタカナ文
字なんだろうと。「これが市名なのか?いったいどこのアホが?」テレビニュースで唐突にそ
の名を聞いたときは、正直呆気に取られただけでなく、しばしの思考停止に陥った。自分の
生活空間とは直接関係ないことなのだが、ほどなくして何ともいいがたい怒りがふつふつと
沸いた。

 怒りの理由はあとで述べるが、説明によれば、当時、新しく開港する中部国際空港の愛
称がセントレアで、その名前を合併が予定される新市に冠するというか、借用したらしい。
セントレアとは、中部のセントラルと、空港のエアーポートのエアーをつけ足した造語である。

セントラル(CENTRAL) + エアポート(AIRPORT) =セントレア( CENTRAIR )  

 二つの英語を足して新語を作ることはよくあることだから、この造語自体にさしたる抵抗感
はない。まして、この言葉が何か新たに開発された家庭製品のたぐいの”愛称”であるのな
ら、ああそうかとやりすごしてしまいそうである。わが国は、古来から外来の文化を吸収し、
それを日本人特有の感性で造りなおしながら日本の土壌に定着させてきた長い歴史を持
つ。文字、芸術、農作物、工業技術、政治体制など、外来のものを多岐にわたり国柄として
取り入れてきた。

 ご存知のように、日本語の名詞には外来語や和製英語のカタカナ言葉が少なからずある。
たとえば、アフターサービス、ガードマン、テレビゲーム、ナイターなどである。だから、一地
方にある新空港のニックネームが、たまたまセントレアという和製英語で名づけられてしま
っても、それはさしたる問題ではないと思われるむきもあるだろう。そう思うことは折衷文化
を得意とする日本人なら、あるいはごく自然なのかもしれない。しかし、ちょっと待ってもらい
たい。今回、自分のみか日本中の多くの人びとに、ある種の強烈なインパクトをもたらした
「セントレア」という呼称は、反響が大きかっただけに無視できない、なにかしら重要な社会
的背景が潜んでいると思うにいたった。したがってセントレアを数あるカタカナ言葉のひとつ
に加えておしまいというわけにはいかなくなったのである。今から、それがなぜかを自分な
りに考現学的に考えてみたいと思う。

2、「セントレア」って、それは新種の花なのか?

 「セントレア」の名称は、最近、愛知県の常滑市沖合いにできた中部国際空港の愛称を
拝借してできたものである。このネーミング自体は、中部国際空港株式会社が商標登録し
てあるが、法律上は自治体名に使用してもかまわないらしい。「南セントレア市」は、例の
両町の合併協議会の中で、かなり初期から出ていた名称らしい。事の起こりは、この珍
奇な名称が、住民の総意や全国公募の結果とは無関係に協議会主導で決められそうに
なったことで急激に住民の怒りを喚起したのみか、全国の心ある人々に嘲笑的な気分を
いだかせてしまったのである。あまりにもネガティブな反響があったせいか、協議会は2月
27日の住民投票で再度、新市名の是非を「住民」に問うことに決め実行に移した。

 その結果、独り暴走したこの新市名は完全否定され、そればかりか、合併そのものま
でも立ち消えになってしまったのである。住民の意向を無視して、勝手な市名を強引に命
名したことが合併計画自体をもつぶしてしまうことになった。こういう事例はまだほかにも
あったらしいが、この一連のセントレア珍騒動は、テレビやネットを通じて格好の物笑いの
タネにされてしまったようである。それは当然といえば当然であるが、実はこの騒ぎを単な
る一過性の時事ネタとして見過ごせないわけがある。

 「南セントレア市」は、新設される国際空港にあやかって世界にアピールできると、両町
協議会委員による意見集約で決定したが、全国公募で寄せられた330件の名称にこの名
はなかったのである。くりかえすが、合併協議会の中から忽然と湧いて出てきた名前なの
である。実際、この奇矯な市名を発案した人物がだれなのか、ニュースなどを見るかぎり
では特定できなかったのだが、この名前に鬼(もの)狂いというほどの執念をいだいている
齋藤宏一美浜町長が出所である可能性がかぎりなく高いように思う。しかしながら、本考
察は命名者の特定が目的ではなく、あくまでもこの「セントレア」という造語が意味する深
刻な背景を浮き彫りにしたい。

 セントレア(CENTRAIR)という造語を見ると、セントラル、すなわち中央という言葉が強調
されていることは明らかである。ぱっと見れば、英語のCENTERの派生語のように見えるか
ら、この言葉を造った意図には、日本の「中心」、若しくは「中央」という意識が強く投影され
ていることがわかる。自分は、合併にちなんだ「南セントレア市」という市名だけではなく、
その語源となった中部国際空港の愛称である「セントレア」という造語自体にも極度の不
快感(不安感でもあるが)をおぼえるものである。したがって、本論評で展開する批判は、
セントレアという名称を考えた者、賛同した者、それにあやかった者たちすべての意識を
対象とし、かつ問題にするものである。それに加え、この空港はすでに稼動しているが、
セントレアをのほほんと許容し、これになんの抵抗も感じないで利用している一般の利用
客の無神経さ、民度の低さにも、現今の日本人が陥っている国籍感覚の深刻なる危機を
見るのである。

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