ペットボトル文明・敷島文明(13)◎構造改革というものの胡散臭さ(三)
11、構造改革というものの胡散臭さ(三)
解散総選挙前に、「郵政民営化はすべての構造改革への入り口である、
この程度の改革ができずしてどうして他の改革ができるのか」と小泉首相は
何べんも繰り返した。一方、平成13年の自民党総裁選で小泉首相は、終戦
記念日の靖国神社参拝は何があっても決行しますと公約し、日本遺族会や、
首相の靖国参拝を願う国民の票を獲得した。しかし、総裁に就任した年はお
ろか、五回目になる今年の8月15日にも首相の参拝は実現しなかった。何が
あっても行くと言っていたあの強固な決意はなんだったのか。
日本国総理大臣という重職にあって、終戦記念日に靖国神社に祭られてい
る英霊を参拝することは、我が国の戦後史上もっとも重要な責務であり公約
ではなかったのか。小泉首相の靖国参拝は明らかに人気取り、票取りのパフォ
ーマンスである。靖国参拝を人気取りの道具として使った彼には英霊尊崇の
気持は微塵もなく、240万柱を超える尊い御霊(みたま)に対する冒涜である。
首相の言によれば郵政改革は「この程度」だそうである。郵政民営化が「この
程度」ならば、終戦記念日の靖国神社参拝は、重要度において、「この程度」以
下なのか。実際は外交や年金問題など、優先すべき政治課題は山ほどある
わけで、今回のように審議不十分のまま郵政民営化を拙速に強行してしまっ
たことには違和感のみが残る。8月15日を指定した公式参拝は実行しない、
就任時の公約である新発国債30兆円枠は意も介さずに破った。こういう破天
荒な公約無視の中で、なぜか郵政民営化の公約だけは強引に推し進めた。
この行動には首尾一貫性がなく政治姿勢として偏頗な行動である。解散総選
挙には以上の理由で公約実行の大義名分はまったくない。さらに奇妙なこと
は、郵政民営化に反対する自民党議員たちを小泉首相が「倒閣勢力」と決
め付けたことである。
いわゆる小泉首相や国内マスコミによって、造反議員という心外なレッテル
を貼られた議員たちの中には、民営化そのものには賛成であるが中身に疑
義があるのでこれを素直に承諾できないという人たちもいた。しかし、小泉首
相はそういう意見も、すべて倒閣をたくらむ敵対勢力と位置づけ、聞く耳を持
たないという姿勢に終始していた。国会の審議というものは、賛成か反対か
の議決を得るまでに法案の中身を審議検討することであり、それが議員たち
の主要な職務というものである。したがって同じ党内に反対意見があるのが
普通のことであって、ある法案に反対意見を提示した議員を謀反人、すなわ
ち倒閣議員として処罰の対象にするなどということは近代デモクラシーの中
では起こりえないことなのだ。
しかし、今回はマスコミも内閣に加担して、郵政民営化という、ごく内政的
な問題のために党の重鎮たちを魔女狩りにして党から追放してしまったので
ある。心ある人たちにはよく考えてもらいたい。郵政民営化とは、構造改革の
一環にある一つの考え方であって、言わば、低迷した経済の賦活手段として
出てきたものに過ぎない。この「手段」の有効性を論議する中で疑念を表示し
た同僚議員を、利権固執、小泉否定の謀反議員として放逐する事態がどれ
ほど異常なことかわかるだろうか。これを冷静に眺めると、ここまでして行わ
なければならなかった郵政民営化には、国家の自主的な法案作成から成立
への通常の流れとはまったく異なった大きな力がはたらいていると考えざる
を得なくなる。
このことは、小泉・竹中路線には公約実現以外に何か切迫した事情がある
という推測が出てくるのである。このような経緯の前に、関岡英之氏の著書、
「拒否できない日本」が昨年の春に出版されていて、その中で、アメリカの対
日要求である「年次改革要望書」の存在が浮き彫りにされている。この要望書
は、「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本政府への米国
政府の年次改革要望書」という長いタイトルが付けられていて、在日アメリカ大
使館のホームページに和訳で載っている。形式的には日米双務的であるこ
の文書は、実はまったく互恵的な要素はなく、徹底して米国利益に基づいた
内容になっている。十年前の開始当時のものは閲覧できないが最近のもの
は見ることができる。
この対日要求が意味する日米関係は経済摩擦などという生易しいもので
はない。端的に言えば最後通牒という意味で、分割された小型のハルノート
である。提言の概要は、電気通信、 情報技術(IT)、 エネルギー 、医療機
器・医薬品 、金融サービス 、競争政策、 透明性およびその他の政府慣行、
法務サービスおよび司法制度改革 、商法、 流通など、日本の社会構造の
ほぼすべてに渉っている。完全な内政干渉であり、日本の自主権への露骨
な侵害である。日本の国家体制の解体指令書に等しい意味を持つものであ
る。著者の関岡氏も言っているが、不思議なことはアメリカがこの対日要望
書をまったく隠していないのに、日本政府がひた隠しにしていることである。
経済方策、指針とは国家主権の肝要な部分である。それに対してここまで
微に入り細に入り日本の経済構造や社会構造に口を出し、強圧的にそれを
実行させている状況に日本人の大多数の人が気がついていないという異常
な事態が、ここ十年来続いているということである。我々は靖国神社参拝や、つ
くる会の教科書に対してシナや韓半島から否定的な言動を浴びせられ、そ
れを内政干渉だと言っているが、不思議なことにアメリカが行っているここ十
年来の深刻な「内政干渉」に対しては沈黙を守り続けているし、広報もまった
くないのである。アメリカが、同盟国、友好国の蓑に隠れ、アメリカ国益に沿っ
て一方的に行われているこの内政干渉については日本は完全に無防備にな
っている。この状況は国内にいる親米勢力が、間違っても国民に反米感情を
喚起させないように躍起になっているということでもある。東京裁判史観の惰
眠をむさぼる国民が覚醒することを恐れているのである。これが戦後日本で
進行したもっともやっかいな病弊であり、小泉政権が、歴代政権の中で、その
病弊のもっとも深刻な増悪として表れたのである。
小泉政権が狂気の執着心をもって断行した今回の郵政改革法案は、国益
とは違う次元で行われたものであり、アメリカの対日圧力に抗しきれずに実行
されたものである。小泉純一郎という男は、郵政事業の民営化を叫び始めた
当初は彼なりの考えを持っていたかもしれないが、アメリカ通商代表部は早く
から彼の民営化案に目をつけ、彼を強力にバックアップしてきた可能性があ
る。このアメリカの徹底的な擁護が小泉純一郎にあったから、第二次小泉内
閣が旗揚げする時も、自民党内部の反小泉陣営は心ならずも彼の総理総裁
就任を黙認する状況にあった。この当時、「反小泉を鮮明にしてアメリカに睨
まれたら政治生命を失うことになりかねない」という風評が立っていた。この
時点で反小泉派は、今彼を継続させても、あとでなんとかなるという甘い読み
があった。この時、小泉首相に対するアメリカのバックアップが日米関係にど
ういう意味を持つか深く考えていたら打つ手はあったのではないかと思う。
参考図書
関岡英之「拒否できない日本」 文春新書
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