戦艦大和(11)◎形に顕現した民族の美意識
◎形に顕現した民族の美意識
さて、件の映画の話に戻ろう。この映画の圧倒的な価値は大和の
実物大スケールの模型にこそあるのだ。戦艦としての大和は、比類
のない超弩級型バトルシップとして世界の海軍史に屹立しており、
それが実写スケールで銀幕に再現されたことは、戦後史上、真に画
期的なできごとと言ってもいいだろう。この映画の価値は、戦艦大和
自体が強いメッセージ性を持っていることにより、それを実物大のスケ
ール・モデルで撮影したことが、戦艦大和という存在の重量感や具
体性を、きわめて現実的に再現して人々の眼前に出せたことにある。
戦艦大和の威風堂々とした存在感、そして船形の優美さは、簡単
に言ってしまえば、それは「日本」というメッセージなのである。角川
春樹氏がこの作品にかけた意気込みは、氏自身が撮影した冒頭シ
ーンにおける、海底に沈む実物大和の菊の御紋章の映像に現れて
いる。彼は語っている。
「海底に沈む実物大和の菊の紋章の映像は、私が撮影したもので
す。それを実際目の前でみた時からこの映画を“つくらされている”
ような、魂に導かれて出来た映画だと思っています。」と語ったよう
に、入魂の心境で製作に取りかかったようだ。この映画の物語性、
史実性は重要ではあるが、登場人物に主眼を置く映画作品という
ものは、監督や脚本家の表現主体をどこに見ているかで、その意
味や客観性は大きく異なってくる。だから、登場人物の内面や行
動様式の表現は、史実的客観性というよりも、作品を書いた原作
者の着眼性、歴史観などが如実に表れ、それは一つの文学作品
というジャンルのフィクションを構成している。今回の「男たちの大
和」にしてもその例外ではない。
しかし、今回の映画の出来栄えは、文学作品としての映画とい
う枠をはるかに超え、解釈の相違の余地のない、実物大の大和
の映像そのものが、明らかなメッセージとしての史実性を持つこ
とにこの映画の真骨頂がある。戦艦大和の実物大模型を使用し
たことで、大和自体の存在感に圧倒的な真実性が付与され、そ
のことが観る者に強いメッセージを訴え掛けてくる。大和の船体
そのものが、バトルシップという専門性の高い船の機能美を超え、
「日本精神」そのものが形として様式化したような感じがある。
大和は艦体自体が明らかに強いメッセージ性を持つ。この着目
に賭け、これを映画という手法によって世間に問いかけた角川
春樹氏の一世一代の思惑は、非常に有意義な仕事として高く
評価する必要はあるだろう。
難しいことを言うつもりはないが、もっとも単純な事実として、
戦後、戦艦大和はなぜかくも不動の人気を保ち続けているの
であろうか。自分の年代が小学生、あるいは中学生であった
ころ、プラモデルで圧倒的な人気があったのは、零戦と戦艦
大和であった。戦艦にしても、戦闘機にしても、他に多くの存
在があったのだが、だんとつに人気があったのはなぜか零戦
と戦艦大和であった。特に戦艦大和は飛びぬけて人気があっ
た。小学生であった自分が当時、戦艦大和に心を昂揚させた
のは、それが体現する圧倒的な性能だけであったのだろうか。
性能だけが魅力の根源だとしたら、外国の戦闘機や戦艦、潜
水艦などにはそれを超えているものはあったはずである。それ
でも、戦艦大和が今にいたっても、これだけの人気を保持して
いることには何か説明可能な明確な他の理由があるはずであ
る。
大和は実戦的にはほとんど戦果らしい戦果を残していない。
建造され、無駄に待たされ、戦局が悪化してから沖縄水上特
攻作戦に出され、援護の飛行機もなく、米軍戦闘機によってむ
ざむざ撃沈されてしまった。大和は世界に比類のない巨砲(46
センチ)を装備したにも関わらず、時代は完全に航空母艦と攻
撃機のセットが戦闘の主流になっていた。軍記的に冷静に見
ると、大和は戦闘思想的には時代遅れの悲劇性をすでに持っ
て生まれた軍艦であり、ほとんどその戦闘性能を発揮すること
なく海底の藻屑と化してしまった。大和には、軍記の枢要であ
る雄雄しい戦闘シーンや華々しい戦果の物語は付随していな
い。唯一、レイテ沖海戦で戦闘したことくらいであろうか。
当時、大和級の戦艦としては戦艦「武蔵」があったが、それ
は戦後60年を経て忘れ去られようとしている。しかし、なぜか
大和に熱い心を燃やす人間は今も後を絶たない。いったいそ
れはなぜなのか。それについて、ここ何年か考え続けてきた。
零戦及び戦艦大和が、子供や大人の心を惹きつけてやまな
い魅力は性能以前のそのフォルム(形態)にあったと思う。両
者に共通している形態としての精悍さ、優美さは、製作に携わ
った者たちが意匠的デザインや造形美を狙ったわけではない。
当時の技術者にしても、製造指針では、戦闘性能だけを考え
て必死で取りかかったに違いない。そこには機能的に意識し
たデザイン以外には、造形美学的意図などはまるでなかった
たに違いない。しかし、出来上がった零戦や戦艦大和は単な
る機能美を超えて、日本固有の造形美を醸し出すことになっ
たのである。
(つづく)
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