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2006年1月19日 (木)

戦艦大和(8)◎大和の美しさに魅せられて

浮上せよ大和、祖国蘇生のために

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    (昭和27年版、吉田満著・「戦艦大和ノ最後」巻頭
     より、在りし日の戦艦大和の雄姿)

 戦艦大和のことを書いているのに、いっこうにその性能やメカニッ
クの記述が出てこないじゃないかと思っている方々もおられると思
うが、戦艦大和に関する本は多数出版されていて、それぞれに詳
しい記述がある。構造や機関的なこと、戦闘能力などに興味があ
る人はそちらを参照してほしい。このブログで展開する「私の戦艦
大和」は、その視点がこの軍艦の短い生涯に凝縮されている本物
の日本を探勝することにある。そういう意味では、無知な自分自身
の肩肘張った精一杯の日本論のつもりで書いている。もちろん、そ
の日本を探索する方途には、大和建造にあたり、当時の日本の持
てる最高の技術と発想が結集されているから、技術的な方面から
も興味深い日本は浮き上がってくるだろう。大和の建造ノウハウや
技術的な塑型は戦後の工業技術史にもしっかりと生き残っている
からである。

 戦艦大和は、世界最大の戦艦用巨砲を搭載した、単なる巨大な
鉄の箱舟ではない。前にも書いたが、この船には日本的霊性が強
く宿っている。日本的霊性とは、かつて、禅学者の鈴木大拙や数学
者の岡潔(おかきよし)などがよく使っていた言葉である。日本の魂
のことである。

 小さい頃は、戦艦大和の威風堂々としたその容姿に憧れた。しか
し、今は、その泰然自若とした威容だけではなく、大和が放つ何と
も表現しがたい品格の高さと言うべきか、その日本的な光輝に強く
引きつけられる。このような格調高い光輝を放つ建造物は人類史の
中でも滅多に見ることはないだろうと考える。エジプト、ギザのピラミ
ッドは、プラトンだったか、誰だったか忘れたが、その記述に、建造
初期には、表面を美しい金箔や宝石のラピスラズリなどで飾られて
居て、陽光に燦然と輝いていたとある。また、旧約聖書に出てくる
ソロモン王の神殿も、同様に金箔などで飾られいて、この上なく美し
くそびえていたそうである。我が国の戦艦大和も、これらの歴史的
な建造物に比肩されるか、あるいはそれ以上の美しさを持った希
有な軍艦なのである。

軍艦の形容にはどうかと思うが敢えて言うなら、ソロモン王の神殿
が洋蘭の華やかさだとしたら、戦艦大和の美しさの根源は日本的
霊性であるから、それは和蘭や菊、また深山の百合の美しさでもあ
る。

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   (樹林にひっそりと咲く野生のスズムシ草)

 和蘭にはエビネ、春蘭、スズムシ草などがいろいろとあるが、その
姿は西洋蘭に比べて控えめで奥ゆかしい。樹林の日陰でひっそりと
咲いている可憐さがある。あるいは和蘭ではなくても、菊花の高貴さ
がある。戦艦大和には、その名前を象徴する、直径6メートルの菊花
十六弁の御紋章が舳先に飾られている。これは天皇家の神聖さを
象徴し、また大和朝廷の威厳を象徴している。これこそ現代人が忘
却した日本そのものである。かつての日本の魂が形となって具現化
したのが戦艦大和なのである。

 私が初めて靖国神社に参拝したとき、拝殿に至る参道の途中に門
があり、その上部には金色に輝く大きな菊花の御紋章が淡い光輝を
放って眼に飛び込んできた。その御紋章を見たとき、私はある世界を
垣間見た気がした。その菊花の彼方に静かに佇んでいるもう一つの
日本を。その世界こそ、現代日本人が忘却したかつての高貴な日本
なのである。皇統を中心軸に形成され、高度な秩序を保って存在して
いた大和の国の茫洋とした霞であった。四十路にいたって、日本を祖
国感情で眺めることが出来るようになったとき、私は靖国神社の御紋
章と戦艦大和の御紋章におなじ日本を見ていた。

 (つづく)

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コメント

確かに、大和、武蔵は、かっこいいね。だから、世界中の人達に認められるのだよ。ゼロ戦も、同様です

投稿: デスラー | 2010年7月23日 (金) 19時24分

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