戦艦大和(4)◎末期の眼と歴史の背骨(一)
戦艦大和(4)◎末期の眼と歴史の背骨(一)
浮上せよ大和、祖国蘇生のために
◎末期の眼と歴史の背骨(一)
人はさまざまな感情を持つ。その感情には、日常、慣れ親しん
でいる喜怒哀楽、愛情、友情、恋愛感情などの個人的なものがあ
る。私はもう一つの非日常的、非個人的な感情もあると思っている。
それは、たとえば、マルセル・プルーストの「失われし時を求めて」
に書かれてある紅茶にまつわる「プルースト効果」などがある。こ
れは主人公がマドレーヌという菓子を紅茶に浸した時、その香りが
触媒となって、突然、幼年時代の思い出にトリップしてしまうという
類の感情のことである。匂いだけではなく人間には、何かをきっか
けとして、急速な意識の拡大に導かれる根源的かつ郷愁的な感
情領域が確かに存在するようだ。初めての場所に訪れたときにふ
と感じる「以前、確かにこの光景は見たような気がする」というよう
なデジャ・ブ感覚などもそうである。歴史学者のA・J・トインビーも、
古代遺跡に佇んでいたとき、そういう種類の強烈な過去ビジョンを
体験しているエピソードは有名である。
「失われし時を求めて」の場合は、時間を飛び越えた形での不連
続な意識の投射であったが、このような意識の超常性にはいろいろ
な形があると思っている。その中で、特に日本人に知られていて親
しみやすいものに「末期(まつご)の眼」というものがある。比較的有
名なものは、芥川龍之介が死を目前にして書いた次の言葉である。
『・・・唯自然はかく云ふ僕にはいつもよりも一層美しい。君は自
然の美。いのちを愛し、しかも自殺しようとする僕の矛盾を笑ふ
であらう。けれども自然の美しいのは、僕の末期の眼に映るか
らである。』
死期を察知した人間にしばしば訪れる「末期の眼」というものは、
そういう非日常的な意識の一つである。印象に残っている事例を
挙げれば、日本画家である故東山魁夷画伯も、その自伝的著書
「風景との対話」に、その経験を素直な表現で記している。終戦間
近に召集を受け、爆弾を抱えて戦車に肉弾特攻する訓練を受けて
いた彼は、絵を描く望みはおろか、生きる望みも完全に喪失してし
まった。すべての望みを完全に失った瞬間、普段見慣れた何気な
い辺りの風景があまりにも美しく輝いて眼に飛び込んで来たそうで
ある。普段、特に眼にも止めなかった肥後平野の彼方に映る阿蘇
の裾野の広大な風景が、圧倒的な生命の輝きを帯びて、自己の眼
前にその荘重な存在を開示してきたそうである。
彼はその意識を「末期の眼」だと言っており、風景画家として生涯
を貫く自己の美意識の在り方を発見したというようなことを書いてい
る。東山画伯の最初の日展入選作が、「残照」という題の風景画で
ある。それは高峰から残照に輝く遠くの峰々を望見した広角的な風
景画であり、その作品自体が彼自身の内的覚醒(末期の眼)を髣髴
とさせる心象風景であったように思えた。
このような体験は何も特殊な人々だけではなく、ほとんどすべての
人間には内的体験として普遍的に起こっていることなのではないだ
ろうか。ただ、それを重要な体験として記憶する人がいる一方、それ
を瑣末なこととしてほとんど歯牙にもかけない圧倒的多数の人々が
いるということなのであろうか。実は、「戦艦大和ノ最後」を記した吉
田満も、その著書の中で末期の眼を詳細に記録している。戦艦大和
沈没時の地獄絵図に立会い、重油と破片の海に投げ出された時、
吉田水兵は明らかに末期の眼に相当する意識状態を体験していた
のである。その記述は人間の生存極限における一つの意識事例と
してきわめて興味深いものである。
(続く)
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