今日は予兆の日(新自由主義的荒廃の前触れ)
ライブドア(株)の社長、堀江貴文が証券取引法違反で東京地検
特捜部の捜索を受けた。急成長ITインターネット事業大手の花形と
して、時代の寵児に躍り出たホリエモンこと堀江貴文は、ライブドア
子会社の企業買収に絡み、株価をつり上げる目的で、証券取引法
に抵触する虚偽の事実(風説、偽計)を公表した疑いを持たれてい
る。
遜正義、堀江貴文、三木谷浩史、村上世彰、彼らは蒼々たるIT企
業の成功者である。成功者と言っても、その成功とは、かつての立
身出世という意味での日本型成功を言うものではない。IT事業の成
功者の概念は、もちろん巨大な収入を得て資産を蓄えるという意味
ではかつての成功者と共通しているが、決定的に異なっていること
がある。現代のIT長者と称する者たちの一大特徴とするところは、
押しなべて市場原理一辺倒というところにある。ここにあげたIT長
者たちは、わが国における市場原理至上主義経済体制敷設の尖
兵たちである。
これは今風に言うと、マネーゲームというある種の遊戯的感覚を主
として彼らが市場経済に参入したということである。彼らには、昔なが
らの成功者をイメージ付けた刻苦勉励(こっくべんれい)とか、精励恪
勤(せいれいかっきん)などいう類の社会性を含んだイメージがまった
くない。ホリエモンに代表される彼らには、なぜ社会性の衣が着いて
いないのかと言うと、彼らの仕事には、何かを丹念に、生真面目に積
み上げて形を成すという原型がないからである。頑張ったことや自己
の仕事をこつこつと掘り下げ、研究して積み重ねた結果が、正当に評
価される社会とは、秩序や規範がしっかりと構築されているという前
提で出来上がっていなければならない。ところが、昭和の終わりにな
るころから平成に入り、現在に至るにつれて、社会というものの「ふと
ころ」が極端に狭くなってきている。
公徳心や道義という言葉が、実質的に死語と化してしまった今日、
いわゆる「公」という概念がすっかり融解してしまった。これは社会
規範そのものが崩壊してしまったということなのである。日本人として
の共同体形成感覚が崩壊し、そして社会秩序の柱である規範感覚も
崩壊したのである。日本にマネーゲーム感覚の経済感性が跋扈して
きたことには、はっきりとした原因がある。アメリカ型の新自由主義が
日本を席巻しつつあるからである。経済の原型的な姿とは経世済民
の思想である。物や金銭が世の中を移るにつれて、その及ぼす効果
が金銭の収受だけに限らず、世の中を安定させ、物心をともに豊か
にすることを目指した経済感性のことである。平たく言うなら、人倫や
道義をベースにした経済理念のことである。ただ、利潤追求や生産
だけじゃなく、社会報徳という経綸を伴った経済思想のことである。
この経世済民を実現する社会とは、国家の国柄がきちんと確立し
ていることが絶対条件である。国柄がきちんと確立しているというこ
とは、社会規範がしっかりと出来ているということでもあり、良いこと
と悪いことの境界がはっきりとしていることである。戦後の日本は、
憲法的にも、実質的にもアメリカに隷従して自主、自立、自衛の精
神を漸次失ってきたが、少なくとも社会の根幹には昔ながらの経世
済民感覚は残っていた。しかし、それも時が経つに従い、アメリカに
盲従する根性が強くなるに従って、経世済民は漸減し、小泉内閣に
至っては完全に消滅したように見える。なぜなら、小泉純一郎の姿
勢は完全なる国家破壊であり、日本へ新自由主義経済を導入する
売国宰相に成り下がっているからである。彼にとっては、すでに残
滓とさえ言えるほどのかすかな経世済民思想であっても、この上な
く邪魔な日本的思想なのである。
郵政事業を改革して磐石にして行くことと、民営化することはまっ
たく意味合いが違っている。郵政民営化は、関口英之氏が「拒否で
きない日本」でその真相を指摘しているとおり、アメリカへの郵政国
富の朝貢なのだ。膨大な国富のアメリカへの流失なのである。国柄
を破壊し、国富を投げ出すこの国賊宰相をどこまで日本人は許容
する気なのだろうか。
今日は、ホリエモンが証券取引法違反の疑いで捜査を受け、同時
に国会では、建築物の耐震強度偽装問題で、ヒューザー(株)の社
長である小嶋進の証人喚問が行われた。両者に直接的な関係性は
ないが、ともに市場原理至上主義に拘泥して世間の掻擾を引き起こ
したという共通性を持つ。特に耐震強度偽装は、人間の生命を守る
べく建築構造を脆弱にして、それを金銭的利益に還元したことにお
いて許しがたい社会悪である。経世済民なき新自由主義の行き着く
ところは、単なる無機的な市民社会ではなく、人間の命さえおぼつか
ない荒廃した無慈悲な世界なのである。
「小さな政府」の行き着くところは、つまるところ、小泉純一郎の心
象風景に等しい地獄の社会である。今日と言う日は、奇しくも、あの
阪神淡路大地震が発生してから11年目に当たる日である。小泉構
造改革をこのまま放置しておくと、やがては神戸のあの廃墟の再来
を招くことになる。新自由主義で人心が荒廃し、国家の礎が崩れた
ら、シナが占領する事態に陥るかもしれない。シナが日本に来たら
どうなるか。日本全土にあの忌まわしい通州事件が展開することに
なる。小泉はそういう国難を背負った男なのである。日本の救世主
どころか、元寇以来の国難をもたらす大疫病神なのだ。
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