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2006年1月19日 (木)

戦艦大和(7)◎遅れて知った祖国感

    浮上せよ大和、祖国蘇生のために

    ◎遅れて知った祖国感

 私が最初に戦艦大和に興味を持ったのは小学生の時であった。
その興味の持ち方は当時の例に漏れず、プラモデルであった。私
は零戦、戦車、そして戦艦大和が好きだったが、もっとも好きで多
くを集め、金銭的に親を困らせたのは戦車のプラモデルだった。こ
れはモーター動力で動く戦車で、作ると必ず外に持ち出しては走
らせて遊んだものだった。しかし、眺めて楽しむモデルは零式艦
上戦闘機と戦艦大和であった。子供というものは素朴に直感的
な興味で物を見る。

 当時は戦車や戦艦、軍用機、軍用トラックなどのプラモデルが、
戦争で使われた戦いの兵器だという意識はほとんどなく、ただ単
に形の面白さや想像上の機動性に惹かれたからだった。軍用と
はどんなことか、戦闘とはどんなことかということはぼんやりとし
かわからなかった。兵器という物は、その殺傷能力や破壊力を
除いた視点で眺めると、無駄のない機能的な美しさがある。同じ
車両や機械物でも、一般の乗り物や船舶、航空機は軍用に比較
すると、凡庸というか、デザイン的にシャープさが欠けている。戦
闘に使用されるメカニックは研ぎ澄まされた先鋭さを持っており、
これがマニアの魅力になっているようである。

 子供は余計なことを考えずに、ありのままにその存在の魅力を
直感的に捉えるから、軍用メカニックにストレートに興味を感じる
ものだと思う。後年、長じてから、大東亜戦争時の軍艦や軍用機
を眺めても、基本的には子供の頃と同じように惹かれる美しさを
感じるのである。私はけっして軍事マニアでも兵器マニアでもない
が、各国の兵器や軍用車両は一般的に美しいと感じる眼はある。
今、思うことは、軍用メカニックにも国別、民族別にそれなりの特
徴が出ていることである。そのことは国によって建築様式が異な
るように、ある意味で当然のことなのであるが、そのデザインの
違いや差異は民族性が出ていて非常におもしろい。

 大東亜戦争で、大日本帝国陸海軍が使用した零戦や戦艦は、
その写真類などをじっと見ていると、本当に日本的なデザインだ
なあと感心するのである。これがアメリカ人やシナ人の制作なら、
こういう風にはならないだろうと思う。戦艦にしても、軍用機にし
ても、その形態的デザインには、意識して作ったものと、意識せ
ずに、機能や効力を追求する過程で自然にできあがってしまっ
たものがある。戦艦大和は明らかに後者である。

 私が大人になってから、戦艦大和の美しさを再確認したのは
四十路を過ぎた頃からだった。振り返ってみれば、私自身も典
型的な戦後教育を受け、大多数の同年代と等しく、東京裁判史
観を主軸にしたみごとな歴史教育で成長した口である。日本は
アジアを侵略し、周辺のアジア諸国に多大な迷惑をかけ、とん
でもない邪悪な侵略思想の民族だった、なんという恥ずかしい
国に生まれてしまったんだろうと、人並みに自国嫌悪の観念に
縛られていた。しかし、28歳の時、石油プラントの建設工事で
サウジアラビアで生活してみて、初めて日本を外側から眺める
視点を持つことができた。サウジの砂漠は、自分にそれまでの
日教組的な歴史観を修正させる内省的な時間を与えてくれたよ
うである。帰国してから徐々に、日本という国は教わったほど悪
い国じゃないんだという視点が開けてきた。

 そういう感覚で、四十路になるころは、自然と日本人に生まれ
て本当によかったと思えるようになっていた。生まれ育った故郷
には誰でも懐かしさと強い郷愁を抱く。同様の感じで、日本とい
う国にも、自分が生まれ育った「国」という祖国概念が芽生えて
いた。自分に変容が起きていたのは、それまでは日本というの
は、「この国」という意識だったのが、だんだん「我が国」という
概念に変わっていたことである。自分の住む国家を、「この国」
などと、どこかの国のように突き放した言い方はいたって奇妙
であると感じるようになってきた。今までは、日本というものを、
パスポートに記載する「ただ何となく住んでいる場所」という感
覚だったものが、自分という存在のすべての根っこがある場所
というように、かけがえのない大事な領域だと自覚できるように
なった。

 今でははっきりとわかるが、それは紛れもなく「祖国感覚」で
ある。考えてみれば、大の大人が四十路を過ぎて祖国感覚を
自覚するなどということは、あまりにも異常なことであろう。他
の国は子供の頃からそれが出来上がっているというのに。戦
後日本の異常さは、国家や祖国という概念を消し去る方向に
進んできたことである。上手く言えないのだが、こういった私の
歴史観、国家観の変容が緩やかに生起して四十路に入った
ころ、つまり、祖国の認識がようやく出来上がったころに、戦艦
大和のずば抜けた美しさが自分に甦ってきたのである。

    (つづく)

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