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2006年2月23日 (木)

ああ民主党、なんというお粗末さ

 ああ民主党、なんというお粗末さ

  民主党の永田寿康議員が爆弾提示した、堀江社長の送金指令
メールは偽物であったようだ。実際のところ真贋はわからないが、
確認するすべがない以上、偽物と断定されても仕方のない状況に
陥ってしまった。しかし、民主党はなんという稚拙さであろうか。国
家の破壊者である小泉自民党は、 昨年末以来、耐震強度偽装事
件、ライブドアの証券取引法違反事件、アメリカ産牛肉のBSE汚
染問題、さらには防衛施設庁の談合などの逆風四点セットで弱り
目にたたり目であったが、永田寿康や前原党首のポカで、ほんの
わずかに息を吹き返して来た感じがする。

 それにしても、永田があっけらかんと言い放った次の言葉には
呆れて涙が出る思いをした。期待値を高くした自分が悪いのか。

「そうり、どのような条件をクリアしたら真生のもの
認めることができるのか知恵を貸してください。」

 戦いを仕掛けている当事者が敵方に、「どうやって戦ったらいいのか
教えていただけますか?」と永田は訪ねたわけである。開いた口がふさ
がらないとはこのことだ。なんなんだ、この議員は???

 亡国を推進する小泉政権を牽制し、暴走を防がなければならない
野党第一党の民主党はあまりにも稚拙でだらしがないことが白日
の下にさらされてしまった。こんな体たらくだから、昨年の郵政民営
化総選挙に負けてしまったのだ。まさにごった煮政党の悲劇である。
問題は暴走機関車のブレーキとなるべき民主党がこのありさまでは、
小泉政策の危険性が格段に跳ね上がる可能性をもたらしていること
にある。こんなことでは、国家破壊しか考えていない小泉が、残り少
ない任期を踏まえて何をやらかすかわかったものじゃない。

 逆風四点セットと女系論反対の機運で、小泉の狂気の炎が少しは
弱まってきた大事な時なのに、永田は馬鹿なことをやってくれたもの
である。第二の楢崎弥之助になるのはいいが、相手に致命傷を負わ
せないで必ず自爆する攻撃をして何になる。堀江と武部らの金銭が
らみの癒着はいかにもありそうなことである。ありそうなことと、実際
に確証をつかんでいることとはまったく違うことである。永田は軽挙妄
動そのものだ。党や国民に迷惑かけたなどというレベルではない。こ
とは重大である。永田や前原が辞めればいいという問題ではない。こ
れで小泉自民党に、あの狂気の総選挙時のような勢いが盛り返した
ら、それは計り知れない国家的毀損を進めてしまうのだ。自民党にい
いように虚仮にされ、党の方針も定まっていないような民主党には存
続する価値がない。

 小泉自民党がやらかした郵政総選挙は、議会制民主主義の崩壊
である。これを糺す役柄である民主党が、無責任な行動を取ってしま
ったことは、これも議会制民主主義を疑念にさらすことになってしまっ
た。このあとの小泉の動きであるが、消えかけた火にガソリンをかけ
るようなことにならなければいいが。

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一連のホリエモン騒動と小泉政権

 一連のホリエモン騒動と小泉政権

 今世間を騒擾(そうじょう)させているライブドアの事件は国民の予想
をはるかに超えてすそ野の広い展開になってきた。ライブドアと裏社会
との関係や、現政権と堀江との癒着構造が見え隠れしてきている。堀
江からと言われる送金指令メールの真贋が今焦点にのぼっているが、
武部に堀江から金銭の授受があったのかということが、国民のもっと
も知りたいことであろう。昨年のあの忌まわしい郵政民営化是非選挙
で、堀江と武部らの間にギブアンドテイクという関係があったのは否定
しがたい事実である。

 その際、堀江から幹事長の武部に金が流れたのかと言うなら証拠や
当事者の証言がなければわからない。しかし、堀江が大与党である自
民党のお墨付きを喉から手が出るほど欲していたとすれば十分にあり
得る話である。ギブアンドテイクが五分五分のものでなかった場合は、
不足分を堀江が金で支払ったことはあるのかも知れない。堀江にしろ、
小泉にしろ、武部にしろ、竹中にしろ、彼らには系統だった思想性など
はまるでない。思想性が皆無であることが小泉たちの唯一の「思想」な
のである。

 そういう意味ではホリエモンと小泉は明らかに仲のいい親子兄弟なの
である。違う部分は、堀江は露骨に金銭至上主義者であり、小泉たち
は国家破壊を目指していることであろうか。いずれにしても亡国感性で
は同じ穴の狢(むじな)である。おそらく彼らは、新自由主義経済が何で
あるのかとか、歴史や伝統に則した国家観が何であるのかなどというこ
とはまったく考えていないに違いない。両者に共通する悪質さは、国家
という観念を持たないどころか、憎んでいる様子が見えることである。小
泉には国家観が異常に希薄である。そのためにまったく日本のグランド
デザインが描けないのだ。この政権が悪質なのは、国家展望を持たな
いことに起因する。言葉を換えて言うなら、それはインチキ政権なので
ある。愛国とは対蹠的な嫌国的自滅政権である。小泉純一郎とは、東
京裁判による戦争贖罪史観が極限的にバイアスした結果、国家自滅
の意志を持ってしまった戦後最悪の宰相なのである。

 小泉の政治姿勢は、ただ、アメリカの命じるがままに日本を構造変換
すれば、国家の解体が早まるという破壊的意図だけで築き上げられて
いる。その基本的な想いは、日本ではなく、朝鮮半島(韓半島)に由来
しているのかも知れない。過去、日本を売国する施政を打った宰相は
何人かいたが、小泉の場合は彼らの売国意志の総括として登場した
確信犯的な日本破壊者としてのメンタリティで貫いている。そういう意
味ではこの男は平成の大妖怪である。この男が一分一秒でも宰相の
座に居座れば、それだけ日本という国家が毀損されてしまうのだ。

 話は戻るが、意外だったのは検察の姿勢である。私は、経済学者の
植草一秀氏の冤罪や西村眞悟代議士などの逮捕は、小泉政権への
反意を示す有能な政敵や経済学者を、不自然極まる理由で攻撃した
こと、つまり検察と内閣中枢が意を寄せ合って、国策捜査というものを
恣意的に行っているものとばかり思っていた。事実、そう考えなければ
おかしい逮捕劇であったことは確かである。

 しかし、今回の一連のライブドア捜査、及び社長・堀江貴文の逮捕と
その後の展開は、検察の並々ならぬ強固な意志で行われていること
が見える。このことは、小泉内閣の主導で行われていた国策捜査なる
ものが、首相周辺部の内部分裂で破綻したのか、あるいは検察の中
に国家の危機感が芽生え、良識派が勢いを得たのか、どちらかである
と思えるが真相はわからない。いずれにしても日本の深奥から危機意
識が発動し、検察の動きに反映したと考えたいものである。小泉純一
郎の存在そのものが、国家内部的な危急存亡の主因なのであるから。

 検察の動きはライブドアの不正を追及しているが、その視線の彼方
には、明らかに現政権への思想的反意が見受けられる。つまり、ハイ
エクやフリードマンの流れからきた新自由主義経済体制への拙速な方
向転換に「待った」をかける意志が発動してきたのではないのか。日本
人すべてが小泉マンセーではなかったはずなのだ。

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2006年2月22日 (水)

二月二十二日ニャンニャンニャン

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 今日は二月二十二日、ニャンニャンニャン、「ネコの日」だそうである。
それがどうしたと言われれば何とも答えようがない。だからネコの話題
はさておいて。(笑)

 ところで今、トリノオリンピックでは期待された選手が軒並み総崩れで
メダルが取れない状況にある。石原慎太郎都知事は「根性がないから
だ」と言ったそうである。確かにそれはあるのだろう。

 しかしメダルに手が届かない今の状況は、根本的には、選手たちや
コーチたちに国家観が薄れてしまっていることにある。オリンピックに
関して日本人として言うことがあるのは、競技を審査する組織というか、
IOCの審査委員会のルール改正があまりにもひどいと感じていることで
ある。

 以前には水泳、鈴木大地のバサラ泳法の禁止などがあり、最近では
シドニーでの柔道戦、篠原対ドイエ戦の一本の問題である。これはひど
かった。一本は篠原が取っていたのに相手方が取ったと、とんでもない
審判をやらかしたのである。今回はスキーのジャンプで板の長さ規定の
ルール変更があった。以前は身長プラス80センチだったが、今は身長
×1.46である。これでは身長の低い選手が明らかに不利である。

 スキー板のわずかな長さが、飛んだときの空気力学的な揚力に決定
的な影響を及ぼし、着地距離を大きく左右する。このルール改定は明ら
かに日本選手を狙い打ちした悪質なものである。女子フィギュアである
が、荒川静香のイナバウアというワザは、前後に脚を開き上体をうしろ
に大きく反ってすべるという華麗なワザであるが、これが得点対象にな
らないそうである。

 運営委員会の姿勢はおかしいと思う。アジア人や有色人種に不利な
ルールや判定を意図的に行っている。白人至上主義のルールである。

 まあ、それはそれとして日本選手のていたらくであるが、彼らには国
家を背負うという意識をあほらしいことと思っている節がある。オリンピ
ックや世界競技はスポーツといえども、平和な代理戦争なのである。戦
争であるから、競技の舞台では勝たねばならないのだ。つまり、自己の
鍛錬の結果が出ればそれで満足ですとか、やれるだけやれれば本望
ですなどという考えは間違っているのだ。なぜならオリンピックは代理
戦争であるから勝利してメダルを獲得しなければならないのである。

 オリンピックに出ていける選手とは人並み優れた運動能力だけでは
なく、戦地で国の名誉のために勝つんだという精神的な気概を持たな
ければならない。つまり、国家意識を背負って、国民の期待を背負って
競技に望む姿勢が第一義なのである。ベストを尽くせばそれでいいな
どとメダルを取れなかったいいわけをする選手は、厳しい言い方をする
なら非国民である。そういう意味合いで言うなら北朝鮮の選手の意識
の方がよほどまともな感覚なのである。彼らは国家を背負って真剣に
やっているからである。

 小泉路線が進めている国策には、国家の展望がまったくない。ない
から現政権は虚偽の政治なのである。いわばインチキ政権である。オ
リンピック選手に蔓延する自己ベスト感覚は、ある意味小泉政権の国
家なきいい加減さとけっして無関係ではないだろう。以前はあれほど
メダルをとれた日本が駄目になったのは、急速な国家意識の崩壊と
無縁ではない。

 

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2006年2月19日 (日)

天佑神助(天人五衰、小泉崖っぷち)

   天人五衰、小泉崖っぷち

小泉政権が揺曳している。国家をあやうく覆滅させる寸前までその
政治手法を国政の本道から逸らした日本国宰相・小泉純一郎は、
その愚名を燦然として歴史に残すことだろう。

 そもそも日本人は性格的に、物事を白や黒、あるいはこれかあれ
かの二項対立・二値論理的なデジタル思考にはそぐわない民族性
を持つ。AでなければB、あるいはBでなければA、そういうかたちの
思考法は欧米的と言うかアングロサクソン流の思考法である。日本
人は縄文の時代から、複雑多岐にわたる森羅万象を具現した自然
になぞらえ、神道的な感性から、その心の在り方はデジタル思考よ
りもアナログ思考であり、もっと言うならば複雑系の思考形態とだ私
は思っている。

 複雑系とは言ってはみたが、私自身も皮相的な内容程度にしか
知らない分野の知識であるから、その全体像の正確な把握などと
いうレベルからはまったくかけ離れているし、断片程度の知識しか
ない。もっとも複雑系はミクロ・マクロレベルでもすっきりとした形で
は見えない学問であるのだが。ユークリッド幾何学に対して非ユー
クリッド幾何学(たとえばリーマン幾何学などの曲面幾何学など)
があるという単純な理解のみで複雑系を考えている。言いたいこ
とは、欧米人が歩んだ近代主義というものはニュートン力学と同
様に線形的でわかりやすく、日本人がその長い文明とともに培っ
てきた伝統的かつ神道的な思考感覚は、非線形的ですっきりとし
た形ではわかりにくいというほどの意味合いで使っている。

 だが悲しいかな、戦後60年を経て日本人の思考形態はアメリ
カ人に似てきて、その心は非常に「わかりやすく」なってきている。
戦後、アメリカをモデルにして、そういう西洋近代主義に則った、
努めてわかりやすい教育を受けてきた成果が効果的に出てきた
からである。日本人がおしなべてデジタル思考になってきたのは、
テレビの地上波がデジタル放送になったり、パソコンや携帯電話
が進歩したせいもないとは言えないだろうが、十中八九戦後教育
のたまものである。

 奥ゆかしさや控えめという公的な徳目を馬鹿にして、俺が、私が、
という個人主義を標榜した醜悪なミーイズムが跋扈した今日、日
本人はその奥深い思考形態も影を潜め、すっかり二項対立に陥
ってしまったのである。これはアメリカ・マンセーの戦後知識人に
とっては願ってもない状況になってきたとも言えるのだろうが、困
ったことに行政の長であり、国家の頂点にある宰相たる人間が、
この短兵急な短絡思考で国策を遂行するという非道い状況に今
の日本は置かれてしまったのである。悠久の歴史時間を有する
日本人が、享楽性しか持たない新興国家アメリカの軽薄きわま
るメンタリティに汚染されたことは国家的な危機そのものである。
戦後教育の大失敗としての現象的象徴こそが小泉純一郎その
人である。   

 まだ記憶も新しい昨年九月の郵政解散総選挙で、小泉は「郵
政事業民営化に賛成か反対かどっちだ?」と、傍若無人に国民
に問いかける選挙を行った。日本の宰相が軽薄な二項対立解散
総選挙を行ったら世も末である。明治から続いた郵便事業に官
僚的な腐敗はあるにしても、そのことをもって郵政を全否定する
根拠にはならない。ましてや、アメリカの年次改革要望書に沿っ
て郵政民営化を強行し、国富を外資や海外ファンドに無防備に
さらす法案を実行するなど売国的国策そのものである。

米百俵の空々しい故事を言って、国民に無駄な我慢を強い、そ
の結果が毎年三万人の自殺者を出しても平然と厚顔無恥を貫く
この小泉という男は許し難い国賊的宰相である。竹村健一が好
意的に言っていたが、今、海外からいろいろなファンドが郵政資
金に殺到しているそうである。その名目は「日本人は金の運用
が下手だから我々が上手く運用してあげよう」だそうである。こ
れが好ましい状況なのか。酒販組合事務局長の背任横領事件
では、イギリスの得体の知れないファンドに投資して144億円が
露と消えた。郵政資金がそのような顛末をたどらないと小泉・竹
中が保証したのか。そういう危険性を防ぐために民営化に待った
をかけた誠実な政治家たちを排斥してしまうという、狩猟民族も
かくありなんという冷血な手法を実行した。それは、民営化に賛
成か反対かの極端な二項対立をしつらえ、すべての反対者や
留保者を、抵抗勢力として一蹴するという暴虐な手法であった。
国民は小泉の邪心を見るべきであろう。

 郵政の勢いに乗じて小泉の奸佞邪知はまだ続いた。この悪た
れ宰相は、皇家の聖域にもメスを入れようとしたのである。アカ
っぽい有識者を集め、皇室典範を女系天皇肯定論で押し通そう
とした。日本の聖域であり、伝統の中心である皇統に、成り上が
りの一介の宰相がわずか30時間の審議で拙速に決めていいわ
けはない。不遜きわまりないことである。政治は俗の領域である。
俗の領域で皇統の神聖を安易に決めていいはずはない。小泉は
この国会でなんとしても成立させると意気込んでいたのである。
ところが秋篠宮姫である紀子様ご懐妊の知らせを受けたとたん
に小泉の論調が180度変わって慎重派に転じた。この男は「私
はもともと慎重派なんですよ」と厚顔にもうそぶいたのである。
何が慎重派だ。党議拘束をかけて今会期中に成立させると強
弁していたことを覆して白々しい限りである。小泉の魂胆は、典
範改正の反対派を標的にして、またしても得意の二項対立を掲
げ、反対者には脅しをかけ、国民には郵政民営化時のようにマ
スコミを利用した単純な詐話を武器にして、強引に成立にもって
いく算段だったはずである。本質から離れたところに問題をすり
替え、皇室民営化賛成か反対かという論調にするつもりだった
のだろう。この男には聖も俗もなく自分は皇室でさえ変えうる力
があるのだという不遜きわまりない傲慢さを示したのである。

 小泉の強引さが通らなくなったきっかけが、紀子様のご懐妊で
ある。この悪辣な宰相が日本の霊的な中心まで破壊しようと目
論んだとたんに、皇室内で男系皇孫ご誕生の可能性という一大
吉報がおとずれたのである。これは亡国の宰相・小泉によって
確実に滅びに瀕した日本に神風が吹いたようなものである。紀
子様がたとえ内親王をお産みになられても典範の拙速な改訂は
当面免れたのである。天佑神助とはまさにこれを言うのであろう。

 戦後とは、日本神話の全否定から出発している。今、亡国の宰
相・小泉純一郎が、我が国を完全なアメリカ型に改変しようとした
ことは、この日本から神話的要素を完全撤廃するということである。
端的に言えば、それは皇統の廃絶なのである。私は小泉が朝鮮
的なメンタリティを持っていて、日本的なものすべてに対して嫌悪
感を持っているように見えてならない。アメリカ的な社会システム
への改変意志も、それはアメリカを見習ってのものではなく、単に日
本破壊の有効な手段としてやっているような感じが見える。日本
国民は最悪の宰相を戴いたのである。このような最大級の内部
的な危険を抱えた今、秋篠宮家に生まれる御皇孫がもし男子で
あったなら、この国家危急存亡の時宜に鑑みて、それはこの日
本に神州不滅の神話がふたたび甦ることを顕彰することになる
だろう。皇室の危機を脱却することと、新自由主義の荒波から国
民が回避することが重なれば、日本人にはふたたび天皇と臣民
の紐帯が強く結ばれる。そのことは日本人が新たな生命を取り戻
し、同時に民族の自己同一性を確かなものにすることにつながる。
時代の危機をバネにして我々はそのように進むべきであると思う。

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