天人五衰、小泉崖っぷち
小泉政権が揺曳している。国家をあやうく覆滅させる寸前までその
政治手法を国政の本道から逸らした日本国宰相・小泉純一郎は、
その愚名を燦然として歴史に残すことだろう。
そもそも日本人は性格的に、物事を白や黒、あるいはこれかあれ
かの二項対立・二値論理的なデジタル思考にはそぐわない民族性
を持つ。AでなければB、あるいはBでなければA、そういうかたちの
思考法は欧米的と言うかアングロサクソン流の思考法である。日本
人は縄文の時代から、複雑多岐にわたる森羅万象を具現した自然
になぞらえ、神道的な感性から、その心の在り方はデジタル思考よ
りもアナログ思考であり、もっと言うならば複雑系の思考形態とだ私
は思っている。
複雑系とは言ってはみたが、私自身も皮相的な内容程度にしか
知らない分野の知識であるから、その全体像の正確な把握などと
いうレベルからはまったくかけ離れているし、断片程度の知識しか
ない。もっとも複雑系はミクロ・マクロレベルでもすっきりとした形で
は見えない学問であるのだが。ユークリッド幾何学に対して非ユー
クリッド幾何学(たとえばリーマン幾何学などの曲面幾何学など)
があるという単純な理解のみで複雑系を考えている。言いたいこ
とは、欧米人が歩んだ近代主義というものはニュートン力学と同
様に線形的でわかりやすく、日本人がその長い文明とともに培っ
てきた伝統的かつ神道的な思考感覚は、非線形的ですっきりとし
た形ではわかりにくいというほどの意味合いで使っている。
だが悲しいかな、戦後60年を経て日本人の思考形態はアメリ
カ人に似てきて、その心は非常に「わかりやすく」なってきている。
戦後、アメリカをモデルにして、そういう西洋近代主義に則った、
努めてわかりやすい教育を受けてきた成果が効果的に出てきた
からである。日本人がおしなべてデジタル思考になってきたのは、
テレビの地上波がデジタル放送になったり、パソコンや携帯電話
が進歩したせいもないとは言えないだろうが、十中八九戦後教育
のたまものである。
奥ゆかしさや控えめという公的な徳目を馬鹿にして、俺が、私が、
という個人主義を標榜した醜悪なミーイズムが跋扈した今日、日
本人はその奥深い思考形態も影を潜め、すっかり二項対立に陥
ってしまったのである。これはアメリカ・マンセーの戦後知識人に
とっては願ってもない状況になってきたとも言えるのだろうが、困
ったことに行政の長であり、国家の頂点にある宰相たる人間が、
この短兵急な短絡思考で国策を遂行するという非道い状況に今
の日本は置かれてしまったのである。悠久の歴史時間を有する
日本人が、享楽性しか持たない新興国家アメリカの軽薄きわま
るメンタリティに汚染されたことは国家的な危機そのものである。
戦後教育の大失敗としての現象的象徴こそが小泉純一郎その
人である。
まだ記憶も新しい昨年九月の郵政解散総選挙で、小泉は「郵
政事業民営化に賛成か反対かどっちだ?」と、傍若無人に国民
に問いかける選挙を行った。日本の宰相が軽薄な二項対立解散
総選挙を行ったら世も末である。明治から続いた郵便事業に官
僚的な腐敗はあるにしても、そのことをもって郵政を全否定する
根拠にはならない。ましてや、アメリカの年次改革要望書に沿っ
て郵政民営化を強行し、国富を外資や海外ファンドに無防備に
さらす法案を実行するなど売国的国策そのものである。
米百俵の空々しい故事を言って、国民に無駄な我慢を強い、そ
の結果が毎年三万人の自殺者を出しても平然と厚顔無恥を貫く
この小泉という男は許し難い国賊的宰相である。竹村健一が好
意的に言っていたが、今、海外からいろいろなファンドが郵政資
金に殺到しているそうである。その名目は「日本人は金の運用
が下手だから我々が上手く運用してあげよう」だそうである。こ
れが好ましい状況なのか。酒販組合事務局長の背任横領事件
では、イギリスの得体の知れないファンドに投資して144億円が
露と消えた。郵政資金がそのような顛末をたどらないと小泉・竹
中が保証したのか。そういう危険性を防ぐために民営化に待った
をかけた誠実な政治家たちを排斥してしまうという、狩猟民族も
かくありなんという冷血な手法を実行した。それは、民営化に賛
成か反対かの極端な二項対立をしつらえ、すべての反対者や
留保者を、抵抗勢力として一蹴するという暴虐な手法であった。
国民は小泉の邪心を見るべきであろう。
郵政の勢いに乗じて小泉の奸佞邪知はまだ続いた。この悪た
れ宰相は、皇家の聖域にもメスを入れようとしたのである。アカ
っぽい有識者を集め、皇室典範を女系天皇肯定論で押し通そう
とした。日本の聖域であり、伝統の中心である皇統に、成り上が
りの一介の宰相がわずか30時間の審議で拙速に決めていいわ
けはない。不遜きわまりないことである。政治は俗の領域である。
俗の領域で皇統の神聖を安易に決めていいはずはない。小泉は
この国会でなんとしても成立させると意気込んでいたのである。
ところが秋篠宮姫である紀子様ご懐妊の知らせを受けたとたん
に小泉の論調が180度変わって慎重派に転じた。この男は「私
はもともと慎重派なんですよ」と厚顔にもうそぶいたのである。
何が慎重派だ。党議拘束をかけて今会期中に成立させると強
弁していたことを覆して白々しい限りである。小泉の魂胆は、典
範改正の反対派を標的にして、またしても得意の二項対立を掲
げ、反対者には脅しをかけ、国民には郵政民営化時のようにマ
スコミを利用した単純な詐話を武器にして、強引に成立にもって
いく算段だったはずである。本質から離れたところに問題をすり
替え、皇室民営化賛成か反対かという論調にするつもりだった
のだろう。この男には聖も俗もなく自分は皇室でさえ変えうる力
があるのだという不遜きわまりない傲慢さを示したのである。
小泉の強引さが通らなくなったきっかけが、紀子様のご懐妊で
ある。この悪辣な宰相が日本の霊的な中心まで破壊しようと目
論んだとたんに、皇室内で男系皇孫ご誕生の可能性という一大
吉報がおとずれたのである。これは亡国の宰相・小泉によって
確実に滅びに瀕した日本に神風が吹いたようなものである。紀
子様がたとえ内親王をお産みになられても典範の拙速な改訂は
当面免れたのである。天佑神助とはまさにこれを言うのであろう。
戦後とは、日本神話の全否定から出発している。今、亡国の宰
相・小泉純一郎が、我が国を完全なアメリカ型に改変しようとした
ことは、この日本から神話的要素を完全撤廃するということである。
端的に言えば、それは皇統の廃絶なのである。私は小泉が朝鮮
的なメンタリティを持っていて、日本的なものすべてに対して嫌悪
感を持っているように見えてならない。アメリカ的な社会システム
への改変意志も、それはアメリカを見習ってのものではなく、単に日
本破壊の有効な手段としてやっているような感じが見える。日本
国民は最悪の宰相を戴いたのである。このような最大級の内部
的な危険を抱えた今、秋篠宮家に生まれる御皇孫がもし男子で
あったなら、この国家危急存亡の時宜に鑑みて、それはこの日
本に神州不滅の神話がふたたび甦ることを顕彰することになる
だろう。皇室の危機を脱却することと、新自由主義の荒波から国
民が回避することが重なれば、日本人にはふたたび天皇と臣民
の紐帯が強く結ばれる。そのことは日本人が新たな生命を取り戻
し、同時に民族の自己同一性を確かなものにすることにつながる。
時代の危機をバネにして我々はそのように進むべきであると思う。
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