戦艦大和(13)◎船影に見る亡失の日本美
◎船影に見る亡失の日本美
大和は美しい戦艦である。極秘で建造されたため、大和の実際の写真は
非常に少ないようである。おそらく、全体像を捉えた鮮明なものは皆無と言
っていいだろう。十年くらい前のことであろうか、私は少し考えてみたことが
ある。戦艦大和、あるいは戦艦武蔵が、なぜかくも美しい形態を備えている
のかということを。
それを考えていたところ、その理由が一筋縄でいかないことにやがて気
がつくこととなった。しかし、取り掛かりとしては次のような捉え方を持ってい
た。それは、大和に限らず、たとえば戦車や装甲車、軍艦類、そういう、戦
闘のための機能や機関を備える戦闘マシーンすべてに言えることである
が、美しさの第一の要因は、まさに戦闘目的で造られたというところにある
と考えた。戦うための武器や戦闘機関というものは、効果的な殺戮や破壊
を何よりも優先させるために、戦闘に対して無駄な機能や構造は極力削ぎ
落としている。
そのために、装飾的な恣意性、あるいは遊び心を含む冗漫さ、複雑さは
一切なく、そこには破壊殺戮というきわめて明確な目標に一直線に向かう
機能的、かつ簡素なデザイン形態が用いられる。これらのものが美しいの
は、たとえば、人間的な権利や個性、能書きを絶対に主張しないからであ
る。造られた存在目的にそういうヒューマニティと言うか、市民思想的なも
のが一切混じっていないところに洗練された簡略美があるのである。戦う
機動機関に、個性というものが垣間見られるとしたなら、たとえば大和の
舳先にデザインされた十六弁菊花の御紋章のように、国威すなわち国の
誇りを表すものであろう。つまり国柄を象徴するデザインである。
これによって兵士は、死地に赴く時も誇り高くあることができる。国家に
誇りが持てなくては戦う意志も湧かないし護る意味もない。戦後の日本人
は、護る戦いさえも侵略する戦いとしてカテゴライズしてしまったために、
防衛観念に混乱をきたしたままこれを放擲してきたのである。そのため、
防衛という国家最大の存立意義を、日米安保というアメリカ主導の不安
定な条約に託してしまうという、もっとも愚かな錯誤を継続しているのであ
る。他国に防衛を依存するという行為そのものが、国家の正統性(レジ
テマシー)を失うことに気がついていないのである。
国家の正統性を失った戦闘思想などは、本来あり得ないのだが、戦後
の自衛隊は実際、憲法的にはそういうものとして歩んできている。こうい
う倒錯した思想が生み出す武器とは、笑い事ではないが、必然的に醜悪
な形態を取るのだろう。たとえば、戦車や戦艦が、「俺たちも疲れることが
あるから、たまには休暇を与えてくれ、戦争労働基準法にのっとって」な
どと権利を主張するような自我を持ったらどうであろうか。あるいは市民運
動家のように、戦争反対、軍国主義への動きを牽制しようなどと戦車が言
い始めたらどうだろうか。それは実戦で使い物にならないことを自ら主張し
ていることになり、自らの自己同一性を否定することになる。
さらに、場合によっては戦闘に対してストライキを起こし、だんまりを決め
込んでしまうような火器があるとしたら、そんな物は醜くて見られたものじゃ
ないと思う。武器から怜悧さや即応的な機能性を剥ぎ取ったら、切れなくて
料理に使えない包丁と同じである。従って、武器や戦闘用マシーンが美し
いのは、まさに戦闘だけに収斂された設計思想が創造する無駄のない機
能美を言うのである。ここで述べた火器や戦闘車両、その他の武器類は、
象徴的に言ったものであって、実はそれらを今の日本人の防衛感覚と言
い換えても一向に差し支えない。今の日本人の防衛観念は、建国史上、
もっとも醜悪な精神性になっている。なぜなら、それは隷従根性なのであ
る。
と、そこまではトントン拍子に考えたが、いきなり立ち止まってしまった。
「武器の設計思想は戦闘性能だけに収斂される。だから、それらは極限的に
簡素化されて美しいのだ」と言い切ってしまえば、思考的には簡単明瞭で
楽である。しかし、それなら、大和のみを美しいと言わなくても、人類開闢
以来、人の手で生み出された武器、武具類はすべてが美しいということに
なってしまう。支那の武器も、日本の武器も、シリアの武器も一様に美しい
もんだなあ、などと言ったら、そもそも大和を論じる意味がない。そういう汎
用的、通俗的な美学に帰結する魯鈍なロジックは、単なる思考のゴミであ
る。一時的にもそんな水準の低い論理展開を安易に使った自分が恥ずか
しい。
さて、そうは言いながらも、武器が簡素化された機能美を持つのはたし
かに一面の真実ではある。しかし、本当に知りたいことは、民族の違いに
よって、あるいは時代の違いによって、戦う道具が異なる造形美を醸し出
すということを考えるなら、その民族の美学的特質を思考の拠り所とする
のは当然である。そういう論理地平から戦艦大和の船影の美しさを論じる
ことが大事であると気がついた。それは、大和に関する美的考察を行うこ
とが、日本人今昔の美的感受性を問うこと、すなわち民族固有の感性的
な連続性を光に当てることに等しいことだと気がついた。
言い換えれば、それは紛うことなき「日本論」なのである。日本論という
高嶺に聳え立つ道標は、私ごとき一介の親父の手に余る巨大なテーマで
ある。そうは言っても怖気づいてばかりではいられない。戦艦大和の魅力
に嵌ってしまったからには、その日本論、日本人論というテーマに挑戦し
なければ、大和とともに晦冥に沈んだ三千名近い英霊たちの弔いにはな
らないと思っている。
日本論というものはいろいろな切り口があるがテーマとしては巨大であ
る。なぜなら、日本そのものを扱うわけであるから、並大抵の奥の深さ、
頂上の高さではないだろう。私は戦後の知識人、有識者たちに対しては
憤りを持っている。彼らは小賢しく国際関係における日本とか、開かれた
日本とか、のべつ幕なしに高邁ぶってさまざまな論説を打ち立てるが、肝
心の日本については非常に曖昧な見識しか持っていない。彼らの言う訳
知り顔の論説の中に、日本の未来を担う若者や子供が、希望を持ち、祖
国に誇りを感じるエッセンスがどれだけ含まれているのかという観点から
言えば、ほとんど見当たらないと言ったところだろう。
彼ら有識者たちが、日本を持たずに無国籍な論説しかできないのは、彼
らの芯に日本の正統なる歴史観が存在しないからである。教育、政治、国
際関係、あらゆる国家的な営みに祖国を大事にする感覚が欠けていたな
ら、どうして日本の行く末を良い所に導けるのだろうか。戦後知識人たちの
師匠の中の師匠たる存在が丸山真男である。どんなに頭脳明晰でも、心
に日本がなければ、彼らは「国売り」の類である。
たとえば、昨年、テレビ朝日の番組で、郵政民営化を頭ごなしに肯定し、
それに反対意見を述べる者を熾烈にこき下ろした、東○大教授の松○聡な
どという輩は、間違いなく心にいっぺんの日本も持たない売国奴である。小
泉純一郎や竹中平蔵と同質の無国籍精神で生きる典型的な日本人であ
る。この男が今は「通信・放送の在り方に関する懇談会」の座長をやってい
る。
この男が旗を振って地上デジタル放送など、これからの通信インフラをや
って行くと思うと空恐ろしい。通信インフラが巨大メディアのハードとソフト面
を「規程」することを慮ると、それらのインフラには通さなければならない思
想があり、その根幹には日本を外国から守るという姿勢がなければならな
い。しかるにこの男が小泉売国内閣の尖兵として動いていることを見れば、
これは憂慮すべき事態であろう。日本の知識人の大多数はこの輩である。
彼らの傲慢で醜悪な無国籍性からは、大和の美しさ、品格の高さはけっし
て生まれてこない。彼らの世界認識には、防人(さきもり)感覚、すなわち
国や国民を護るという基本がないからである。あるのは、伝統や歴史や国
家の品性が皆無の、中性的で無機質な市民感覚だけである。そこから生
まれるものは、底なしの日本否定という醜悪さのみである。国への愛情な
くして、どうして未来日本の生命を育むと言うのだろうか。
松○聡の「なぜ日本だけが変われないのか ポスト構造改革の政治経済
学」に、「小泉首相が掲げた廃止か民営化という大原則は云々」とか、「特
殊法人が利権を握っているがために、日本経済の活力が奪われてきた」
という言い方が出ている。学者であるにも関わらず、これでは竹中や小泉
が、国民を欺くために繰り返し使用した「官僚総悪玉論、従って有無を言
わさず民営化」という不毛愚劣な二項論理そのものである。典型的な御用
学者である。この男の名をわざわざ上げたのは、戦艦大和乗組員の誇り高
い顔と比べて、戦艦大和にもっとも似合わない戦後的な顔をしていると思っ
たからである。
話を戻すが、日本論としての戦艦大和を考える上で、見逃せない大きな
視点が、もちろん日本の歴史という考察課題であるが、その中に、民族の
美学的感性というテーマが浮かぶ。戦艦大和の容姿の美しさに共通する美
しさを、わが国の歴史の中から探し出し、そこから美のエッセンスを浮き彫
りにすれば、それが求める「日本美」の姿なのである。少なくとも、戦前を否
定した戦後民主主義的な感性からは絶対に生まれないであろう日本美の
塑型を抽出していくことにより、本来の日本という本質をたどることができる
ような気がするのである。日本の美を追求していくと、必然的にそれは日本
という文明のアーキタイプに帰趨してしまうのである。
前述したように、はじめに私は、浅はかにも戦艦大和の美を機能美のみ
に還元するというきわめて稚拙な思考展開を行った。それで大和の秀麗優
美な理由を説明できると考えた。今思えば、そういう思考過程にこそ、歴史
から浮遊した戦後民主主義のお定まりの観念論があった。民族の血と生
命がなく、魂の欠落した合理的な観念論などは何の役にも立たない。
国家や民族を否定する感性は、人間として最大級の卑しさ醜さを意味す
るわけである。とすれば、戦後の日本人は、国家や民族という言葉に背
を向けて生きてきており、それが平和と幸福への条件であるかのように思
い込んできた。左翼や人権至上主義者の定義によれば、戦闘思想そのも
のが醜いということになっている。偽善のパシフィズムで、守るための戦闘
思想さえも醜いと断定したら、その方が異様に醜い。そういう国家防衛に
樹立しない考え方は、日本の伝統的精神文化から見れば、いかに間違い
であり、大きな自己欺瞞であるかということがわかる。
日本人の心に「お国」が甦らなければ、日本美は復活しないのである。
別な言い方をすれば、日本美が国民意識に戻ってくれば、先祖たちへの
敬愛も、子孫たちの幸福も願うことができる。そうなれば、磐石な国防意
識も必然的に出てくる。日本人とは、国家の安泰を祈る気持ちが強くあ
るときが一番幸せを感じる国民性を持つ。何度も言うが、護らねばならな
いことをしっかりと認識することが大切だと思うのである。「お国」とはそう
いうものだと考えている。
私の年代も含め、若い人たちにも少しだけ言いたい。浄福(じょうふく)
という言葉を知っているだろうか。浄福とは清い心の幸福感である。かつ
ての日本人にはそういう幸福感があったのだ。自分たちが住むこの美し
い国土の安泰を願い、そして祈ることにより、謙虚で静かな喜びを感じて
いた過去がある。その感情を、もし少しでも知りたければ、心を静かにし
て「紀元節の歌」を聴くことをお勧めする。かつての日本人が知っていた
浄福のさわやかな空気感がそこにはある。もし、聴いていて涙が出てき
たら、戦艦大和の美しいシルエットを想起して欲しい。そこには失われた
大事な日本がたしかに見えてくると思う。
雲(くも)にそびゆる 高千穂(たかちほ)の
高根(たかね)おろしに 草も木も
なびき伏しけん 大御世(おおみよ)を
仰(あお)ぐ今日(きょう)こそ 楽(たの)しけれ
(つづく)
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コメント
テツ様、こんばんは。今回も深い洞察に満ちたコメントをしてい
ただき、ありがとうございました。おっしゃること、いちいち感服し
ております。
私は富士山のふもとに住んでいまして、長年、見慣れているは
ずなんですが、富士には、一度として同じ顔を見たことはありま
せん。地元民の優位で、晴れれば毎日見られるわけなんです
が、見飽きるということがない山です。黎明時の富士と暮れ行く
富士は、めまぐるしく色相が変化して見とれてしまいます。
徐福がいた昔も、今も、シナ人は富士山に憧れていますね。神
秘の山、蓬莱山として。唱歌に、「富士は日本一の山」という歌詞
がありますが、形の気高さ、秀麗さから言うなら世界一だと思い
ます。先祖たちは、心では富士山は世界一と思っていましたが、
謙虚なので日本一にしたのかもしれません。富士は不二とも言
いますから、実はその名前に「世界一」を込めていたんですね。
テツ様のおっしゃるように、霊峰富士は日本的霊性の象徴で
す。私は三十年ほど前に、東京の国立近代美術館に行き、好き
な画家であった菱田春草の展示を見に行ったおり、偶然にも横
山大観の富士の絵を見ることができました。画題は失念しました
が、逆巻く波濤をかき分けて進む軍艦の上部背後に、霊峰富士
がすっくと屹立している構成でした。あまりにも気高い雰囲気を放
つその絵の前で、しばし茫然としていた記憶があります。当時は
左翼的雰囲気が特に濃厚な時代でしたので、横山大観の国威
発揚の絵画は軍国主義礼賛として排撃されていたと聞き及びま
した。私は当時、右翼とか、左翼とか、戦争とか、何も考えずに、
ただその絵の持つ高貴な精神性に圧倒されていました。
大観と同様に大東亜戦争画を描いた画家は、戦後、例外なく
世間の糾弾を浴びているようです。繊細なタッチで有名な、画家
の藤田嗣治 (ふじたつぐじ)もそういう画家の一人でした。 彼の
フランス帰化が、世間の熾烈な非難にあったことは最近知りまし
た。
こういう流れを見ますと、おそらく当時、私と同様に、戦艦大和
の美しさに感銘を受けたなどと言ったら異常者扱いだったでしょう
ね。今でもそういう感覚は根強く残っていますから。
大和のフォルムと霊峰富士は同じ世界にあるように思えます。
日本民族が物を作ることにおいて、無意識裡に富士山などと
共通したイメージをあらわしてしまうのは、わが国のかけがえの
ない自然が、民族のDNAに日本的霊性を刻みつけたからだと考
えています。ただ・・、戦後の日本人にはこのDNAは活性化して
いませんね。
あとの大和シリーズでも言いますが、大和の秀麗なフォルム
は、悠久の自然が民族の精神を涵養したから顕現したのでしょ
う。
また、ご意見をお待ちしています。
投稿: 高橋博彦 | 2006年4月18日 (火) 00時35分
>高橋様の「戦艦大和(13)◎船影に見る亡失の日本美」を読ませていただき、最近めぐり合った富士の姿が心に浮かびました。今冬、東京から羽田発1便広島行きに搭乗する機会がありました。その日はかすかな予感がありました。友人からの「羽田を発ったらまもなく富士山を見ることが出来るよ」という言葉がいつも頭の隅にあり、何回か機会があったにもかかわらず、いつも見逃していたのですが、その日は前日に自分にとってそれまでの努力が少し報われたできごとがあり、いつもより身軽な清々しい気持ちをもって搭乗していたからです。今日は出会えるのではないか・・。しかし、あいにくその日は雨模様、ちょっと残念だなと思いつつ、うつらうつらしながら窓の外を眺めていました。しばらくして機が雲を突き抜け朝日が窓から差し込み、一気に目が覚めました。太陽光がほぼ水平に照射する雲海の美しさに、胸が高鳴りました。その数分後、突然白雪をまとった富士が雲を突き抜けて機の真下に姿をあらわしました。黎明の空気の中、薄ピンクに染まった姿はまさに「霊峰」。客室乗務員の方々も窓に顔を押し付けて見とれておりました。山というよりは白布が雲海の上に吊り上げられた感じとでもいうのでしょうか、力強くやわらかな感じ、うまく言葉では表現できませんが。富士の神々しい姿に出会うことができた幸運に感謝すると同時に、自分にはそのフォルムが日本の国土が神々の国と繋がる場所(聖域)であることを実在として現していると感じられました。
自分もものをつくる仕事に携わっておりますが、「大和ミュージアム」ではじめて「大和」の全体フォルムを前にしたとき、「大和」製造に携わった人々の、自分が置かれた状況(お国)に素直に向き合い苦しみながらかたちを掘り出してゆく「ものづくり人」としてのめまいがするほどの真摯かつ誠実な姿勢に圧倒されました。それは西村眞悟氏が言う「・・・優れた彫刻家が、石や木の中に既にある像を見つけ出すことが真の創造であり、そこに名作が生まれるように、歴史と伝統も既にあり畏敬の念をもって見つけ出すときに、民族の未来へのエネルギーと創造性が開花するのである。そして、我が国こそ、畏敬の念をもって見つけ出すに相応しい世界で二つと無い歴史と伝統を秘めた国家であり民族であると私は思う。そして、その尊い中枢が天皇なのだ。・・」という一説に言い尽くされているのではないかと思います。幼い頃毎日見ていた富士山ではありましたが、機内から望んだ富士の姿には畏敬の念を抱かざるをえない実在のフォルムの真髄を垣間見たような気がしました。この世にも稀有な存在である「霊峰」を戴く日本に生まれた「ものづくり人」が生み出すフォルムは、やはり他の技術陣がつくるフォルムとはまったく異なる様相を生み出すのではないかと思いました。模型ですらこのような感慨を抱かせてくれたわけですが、当時実在の「大和」を目の前にした人々の感慨はいかばかりであったでしょうか。人々は自然の造形である白雪の富士と同じく、「お国」を神の国と繋ぎとめるものをそこに見たのではないかと想像しています。
投稿: テツ | 2006年4月17日 (月) 10時52分