◎日本文明には自然や先祖に対する涙の共感がある
現在に生きる我々は、先人たちが、その時代の営為の中で弛まなく築き
上げてきた文化や文明に触れる時、彼らに対する深い共感からにじみ出
る涙は最も重要な鍵となる場合がある。日本人の大半が、北朝鮮に拉致
された、横田めぐみさん、他百名を越える同様の被害者たちに大きなシン
パシーをあまり感じていないことと、同じ戦後を生きる日本人が、自国の
過去の歴史に理解や共感を示すことができないという事実は、実は同じ
精神の有り方から出ている。それは国民同胞同士の共同体感覚、すな
わち、日本人同士の一体感、連帯感の喪失である。戦後の日本人は、
占領軍の言うままに民主主義を新たな精神パラダイムとして受け入れ
たが、それを機能させるための根幹的な国民思想を持たずに過ごしてき
た。
民主主義そのものは、イギリスのジョン・ロックから始まり、その成り立
ちは教会権威に対抗して起きた啓蒙主義に源流を置いている。しかし、
民主主義が統治形態として機能するのは、その前提としてキリスト教倫
理が横たわっているからである。戦後日本の民主主義が、個人主義で
はなく、暴力的かつ無知蒙昧で醜悪な利己主義の代名詞に成り下がっ
たのは、統治原理を秩序付ける思想が根底に存在しなかったからであ
る。話は逸れるが、私は多神教・汎神論の国に、唯一神の権威を借りて
秩序を維持するタイプの国民統治原理は無理だと考えている。
特に、日本の場合で唯一それが可能だった場合を考えれば、天皇を
現人神(あらひとがみ)として温存した場合のみであっただろう。それな
らば、欧米とは完全に異質ではあるが、日本固有の民主主義原理が、
それなりに機能して発達した可能性はあったのかもしれない。しかし、
戦争に敗れたからと言って、日本文明という精神原理の異なる国に、
フランスジャコバン党の革命原理と同質な世界観のアメリカ型民主主義
を一気に導入しても、国民精神に混乱、分裂が生じることは目に見えて
いたはずである。ところが、日本は七年の占領期間が終息した後も、つ
いに、その検討や修正を行わず、喰うための経済にのみ指向性を振り向
けて今日に至っている。
その結果、何が起きたのかと言えば、日本人はお隣さんとなかよく「つ
るむ」という共同体精神を喪失し、個の充足、個の権利意識のみが突出
し、常識的な価値観としてそれが根付いた。その結果、民族に特有の相
互互恵感覚やいたわり、公への奉仕意識が溶解した。お隣さんの不幸は
わが身の不幸という、かつては当たり前だった共感、同情の国民精神が
吹っ飛んでしまい、北朝鮮というカルト的な犯罪国家に国民同胞を拉致
拐取されても、まるで他人事のように応じている。何度も言っているが、こ
の規模の国民拉致は十分過ぎる「戦争事由」に相当するのである。戦前
の日本人ならば、相当な義憤に駆られ、早急に政府の宣戦布告を要求し
ていただろう。それくらいのひどい事件が拉致事件なのである。
ところが、政府を筆頭として、拉致事件にはまるで及び腰である。小泉
内閣に至っては、拉致事件について最も正当な対応ができる西村眞悟
氏を牢屋に監禁して置いて、犯罪国家と国交正常化の成立を画策すると
いう売国政策を行うという体たらくである。政府も国民も拉致という事態
を看過するような心持になっている。これを別の言葉で言えば、これは明
らかに「棄民」感覚なのである。ここまで言ったら、私の言う意図がわかっ
たと思うが、現代日本人が歴史を理解しないということと、拉致被害者や
被害者家族に対して大した同情も共感もせず、怒りもしないという趨勢は、
今の日本人を囲繞する「個への浮遊」感覚という意味で同じ所から出て
いるのである。すなわち、それは他者などには基本的に興味がない、国
家なども興味がないという自己への埋没なのである。これが同胞への棄
民感覚を生んでおり、国家共同体のアンバンドリングを加速させている。
かつての日本人は、同胞のために怒り、同胞のために涙した。それは
天皇を国の大黒柱として、日本人が一大家族のようになかよく、互い同士
の安否を気遣っていたからである。しかし、今の日本人は、国家や国民と
いう言葉でさえも希薄な観念としてしか浮かんでこない。日本人が日本人
であるためには、自然の移り変わり、野の草花の変化に心を留め、他者
に目を配り、静かに、そして強い一体感を持てるということにある。これを
為しているのが、日本人特有の情緒性であり、和の精神性なのである。
特に今の日本人は情緒性を無価値なものとして無視する傾向がある。そ
れは欧米人の観念主義に毒されているからである。永い時間、国土の美
しい自然によって涵養された美的な情緒性こそ日本人特有の妙なる本質
である。これが基層にあるから、日本人は同胞の不幸に目を閉じていられ
ないのである。
いまさら説明の必要はないかもしれないが、人間が涙を流すという現象
は、人間に内在する原初的感情の一つの肉体的な表出である。人間が生
物として、他生物と隔絶する典型的な特徴は、言語を持つとか、技術力を
発揮するとか、哲学や科学を思考し、それを文明的な出力として形にでき
る能力があるなど、さまざまにあるのだが、その中でも、涙を流す性質は
飛び抜けて興味深く、かつ重要な性質だと思うのである。
涙腺がゆるむという生理的な現象は、人種を問わず人類すべてに普遍
性を持ち、一番わかりやすい。涙の典型は、悲しみの感情の表出である。
たとえば肉親や親しい知己などを失った時などに出る涙である。あるいは
死というものを介在しなくても、親しい者同志が別離の境遇に置かれる時
である。また、悲しみ以外でも人間は涙を流す。何かを目にしたり、読ん
だり、聞いたりして、普段は隠れている精神の深奥に共感や同調が働い
た時、自然に感情が惹起されて涙を流すことがままある。その場合の感
情は、悲しみとは違い、むしろ肯定的な感情の場合が多い。また、音楽
や他の芸術に感動した時の涙もある。感動の涙はカタルシスを伴い、カ
タルシスはよりいっそうの涙を伴う感動の増幅作用である。
歴史を理解するとはどういうことなのであろうか。我々が戦後教育で習
った歴史とは、客観性という名目を強調した無味乾燥な経時的な事象の
陳列である。こんなものが、一生を通じて行う世界認識や、政治感覚、人
生体験にとってどのような積極的な意義を持つと言うのだろうか。私は以
前から強く思っているが、歴史を知るという行為は、ただ単に経時的な事
象を記憶するということとは違うことだと考えている。特に日本人が日本
史を知る場合には、そこに登場するあらゆる事象や人物が、今生きてい
る我々と時空的に緊密な連続性を持っているという認識を持たなければ
ならないと考えている。
それは現代人と過去人が、それぞれの時代という時空の異なる場所に
いても、同じ民族としての時間を越えた同一性が存在するからである。し
たがって、先祖たちの営為に伴う感情の有り方や動きは、今の我々でも、
かなりのリアリティをもって理解できるはずである。そういう情緒的、情念
的共感は過去の歴史に生きた先祖たちの行動の意味を探る上で非常に
有効な方法論だと思う。日本の歴史教育は、欧米のカント的デカルト的ヘ
ーゲル的な世界観のもとで行われているせいか、歴史の事象を記号論
理的な把握だけで終えてしまう場合が多い。
歴史は、存在論的には不可解の塊りである人間が作るものであるから、
それを解釈する手法として、線形的な捉え方は事実を歪曲してしまうこと
になる。人間はオートマトン(自動人形)ではないのであるから、現実に生
きている我々が、その時代に現実に生きていた先祖たちを理解するため
には、情緒を媒介にした心の共振作用を惹起することは有効であると考
えている。人間が他者の行為や意念に共感して感動を覚える時は、涙を
伴うことがままある。その行為が、自己犠牲や自己放棄による愛他的行
為の場合は特にそうである。これに感応した時、この時に覚えるあの精
神の解放感(カタルシス)を経験してこそ、我々が本当の意味で先祖たち
を理解したと言えるのではないだろうか。歴史を「情理」で理解するという
ことは、つまりはそういうことのように思える。したがって、機械論的な理
解よりも、共感性を伴う感情的な理解の方がより高度で深遠な理解の方
法だと考えるのである。
そういう基本を持たなければ、歴史という過去の生々しい生きた時間は
本当の意味で把握し様がないと思うのである。ならば、過去の生きた歴
史に触れるには如何なる心的態度が必要かということになるのだが、私
はそれこそが、日本人としての感情を介した共感作用にあると思う。すで
にこの世にいない過去の日本人も、現代に生きる日本人も同じ日本人で
ある。この同じ日本人が、時間という橋を隔てて、ある事象に対して共観
し、共感する時、歴史の実相が姿を表すような気がしている。すべての歴
史事象に感情移入や共感を行う必要はもちろんないのだが、先祖たちが
命を賭けて悩み、迷いぬいた末に判断して取った行動については、後世
の我々は可能な限り、その時代性をよく捉えた上で彼らの心情に共感す
ることは重要である。この考えの基本には、日本人には時代を超えた精
神性のアーキタイプが存在すると考えるからである。
戦艦大和シリーズを書いていて、私自身は本当に言いたいことや考え
たことの根幹にはまだ触れていない。私が大和に関して感じたことや考
えたことが、どれほど真相に接近しているのか、あるいは乖離しているの
かわからないが、少なくともそれを言わずにいられないという気持ちは強
くある。それは大和の見事な造形性と、船影の威容に熾烈に惹かれてい
るからである。戦艦大和という謎に満ちたあの存在とはいったい何であっ
たのか、あの巨大な存在感の背景には何があったというのだろうか。戦
後という「非大和的な時代」の空気で育った我々にとって、戦艦大和が象
徴した時代性や文明の姿、その本質を私は純粋に知りたい。そして、戦
艦大和の撃沈とともに海底に沈んだ先人たちの統一された文明意識、そ
して当時の日本人が抱いていた伝統的な歴史観を私は知りたいと思って
いる。
少なくとも、大和が象徴する時代性が、一般に理解されているように、
マルクス主義的な歴史観で言われている、いわゆる「軍国主義」の時代
などでは断じてあり得ない。我が国の教育要綱では、戦艦大和は軍国時
代の象徴であり、その最後は軍国時代の終焉だったという流れで捉えら
れている。すなわちマルクスの階級闘争史観である。国家間が戦争に入
った場合、文明の環境装置群の中で、軍事システムが突出して働くこと
は、国家生存の原理から当たり前のことであり、クラウセヴィッツの言う
ように、国家間闘争における軍事的行為自体には、どのような意味でも
善悪のファクターは存在しない。
しかし、ある歴史的な経過の中で、国と国との相対的関係性を通観し
た場合、そこには戦争という収束に向かうべく、ある種の不可避な国際
政治力学は確かにあったことは間違いない。その意味においては、日
本とアメリカの相互関係はけっして等価ではない。大東亜戦争はアメリ
カ側による一方的な侵略の様相が見えている。
日本人の誤った戦争観は、戦争が始まった時点から、歴史の起承転
結を見ていることである。どちらが先に攻撃したか、どの国から先に開
戦の口火を切ったかに重要な視点を置き、それ以前の相互関係や経
過の意味を捉えようとしない。国家のサバイバルとは言っても、ここに
は国益の確保と固有文明の維持という二つの筋合いがある。大東亜
戦争とは、その意味を解釈する時、以上の二つの意味合いだけではな
く、さまざまな位相が重畳されている。
国家という一つの生命体も、食べることによって自分の身体(国民、
国土、経済など)を養って行かなければならず、時のABCD包囲網のよ
うに、物資の流れや供給を、国際社会に故意に停止させられた場合、
自存自衛の行動を起こす必然性は生まれるわけである。これを裏付け
ることの一つに、1951年のマッカーサーが「日本のあの戦争は自衛
の要素が強い」と発言したことである。戦争には大きく分けて二つの位
相がある。一つは、資源確保や領土の拡大を狙って外に侵攻して行く、
いわゆる侵略的戦争、もう一つは自国文明の防衛から起きる自衛戦争
である。
戦後日本の大東亜戦争史観は、一般には自衛よりも侵略的位相が
はるかに強いものだと受け止められているが、その歴史的通念ははた
して正しいものと言えるだろうか。深い考察の下にその捉え方を再
探勝する必要がある。話を過去への共感から歴史を理解するという流
れに戻すことにしよう。日本の歴史を彩るさまざまな有名な登場人物に
は、その精神の形から学ぶべき人物が大勢出ている。たとえば、建武
の中興における楠木正成親子の話や、源平合戦時の熊谷直実と平敦
盛の話、また赤穂浪士の主君への忠節の一貫性などには、日本人の
精神の原型が強く出ている。
歴史の連続性は重要であると、東京裁判の桎梏から自由になった多
くの人々は言う。しかし、それを実感として捉えることは、論理的な思考
や認識だけでは不足なのであり、そこには共感という情緒空間の介在
が必要である。この歴史の連続性が機能しているかどうかを判定するこ
とは、実はさほど難しいことではない。それは日本史上に現われた典型
的な人物に共感ないし同情ができるのかということにある。戦後の日本
人と戦前の日本人の大きな差異は、過去の物語に対して涙を流す度合
いがまったく違うことにある。戦前の人々は先祖たちを情緒的に、涙の
共感性を以って理解できる教育の中に育っている。その力づけに「教育
勅語」は、かなり重要な精神の態度を涵養したことは否定できない。
戦後は、自国歴史を共感として捉えるどころか、進歩に出遅れる型を
持った究めて後進的で暗愚な歴史を歩んでいたと、否定的に考える教
育が積極的に行われた。そのために、日本人は先祖の営為を肯定的
に評価しないという、ある意味での自己否定に陥った。これが、戦後文
明の創出を阻んでしまったのである。私は、ある歴史的な人物の情意や
行為にシンパシーを持って涙した時は、特に彼らと同じ時間、そして同
じ認識を共有できると信じている。涙を流して共感するという状態も、人
類に共通な、多種多様な理解力の一つの典型である。我々は、なぜ絵
画や演劇、映画などを好んで観ようとするのだろうか。
それは、日常生活という、ある意味では恒常的な繰り返しの生活様式
に彩(いろどり)を添えるために、娯楽として文芸的な文化を楽しむため
だけのものであろうか。文藝を鑑賞するというのは、形態的には受動的
な行為に見えるが、観る側の想像的な関与性で言うなら、非常に明確な
能動的行為である。文藝を観たがるという性質は、文藝に彩られている
他者性と、自己との相関関係を意識的に造ることによって、ある種の自
己確認を行おうとしているからである。ここにおいて、涙の共感性は、そ
の理解において重要なファクターとなる。人間が持つ、こういう性向は、
生活というトータルな営為の中ではそうとうに大きな比重を占めている。
人間が、文藝を鑑賞しようとする性向は、実はその世界存在において、
無意識ではあるかもしれないが、自己存在の歴史的な位置づけを確認
するという意味もあるのではないだろうか。そして、こういう文芸娯楽を
追体験として鑑賞できる能力は、その人間個人個人の人生体験の多
様性や質によってさまざまな変化に富んだ世界をその目に映すことが
できる。この部分は科学的に数量化や定型化できないファジーな領域
であるが、人間生存にとっては非常に重要な要素でもある。なぜなら、
こういう人間の性質が集合し、共通した世界認識のもとで文化が形作
られるからである。
人が生きるという行為は、ある時間の中で、自分自身の現在性の弛ま
ない集積であるから、当然、そこには感情の湧出も大きな関係を持つ。
最も切実で身近なことであるはずなのになぜか、現在進行形のその状
態の意味を、把握したり、認識したりできずにいる。生きるとは何だろう、
それはどういう意味を持つのか。自分がこの世に存在しているということ
は一体どういうことであろうか。自分はどこから来て、どこへ行こうとして
いるのか。この根源的な問いかけは、じつは古今東西で、人間存在に
まつわる普遍的なものであり、そのために人類史は人文科学というもの
を産み落とした。歴史の探勝とは、実はその自己同定、世界同定に連
なる重要な行為なのである。しかし、多様な人種が多様な哲学や宗教、
芸術を生み出しても、それは表現の多様性を生み出しながらも、それな
りの時間経過のうちに定型化しただけで、人類は相変わらず自己や世
界の存在論的な究明に悩み続けている。
すなわち世界とは?自分とは?という問いかけが止んでしまったわけ
ではない。どの時代でも人間はその解答を得ようとして、千差万別の苦
しみを味わい、必死な足掻きを行ってきたし、それは現在も継続中であ
る。そういう世界同定、自己同一性を希求する刻苦精励的な営為が、さ
まざまな文化を起こし、結果としてその集積が各地に文明という足跡を
残してきたのである。人類史開闢以来、継続されてきたその営為はい
まだに普遍的に続いている。
ところが、20世紀後半から、その問いかけの中において、外部条件
は急速に変化してきたのである。近代や前近代に比して、現代が決定
的に異なっていることは、世界性の中で、その物理的空間性の範囲が、
過去に比べて完全に限定化されてしまったという事実にある。つまり、
自分たちが属している世界というものが、以前までの地域(ローカル)
的な範囲ではなく、明らかにグローバルな「地球」という範囲に限定さ
れてしまったのである。
交通科学、情報科学の発達によって、人類の世界認識は、限定空間
としての地球という認識に変わりつつある。人種相互の交流、国家間の
交流が盛んになり、人間の世界感覚は、古代や中世に比べて地球とい
う包括的な世界へ変わってきた。こういうグローバルな空間認識の中で、
文明創出の意味合いも変化してきている。しかし、脱国境、脱人種、脱
地域的な文化の創出が、地球文明という大枠の文明へ発展することは
原理的には有り得ないのであるから、もし、アメリカが狙っている「ワン
ワールド・オーダー」なる世界文明が志向されたとしたら、それは現代
の「バベルの塔」でしかないはずである。
ここで、ジャン・ジャック・ルソー的な世界観を奇形に発展させた愚かな
人々、はっきり言って、何でもかんでも革命は自由な世界を実現し、伝統
は旧弊な堅苦しさであると硬直的に考えているグループは、国境やナショ
ナリズムを無形化無価値化した地球市民とか、コスモポリタンなどという
言い方をして、これからの人類のパラダイムが、いかにも国際的な生活
感覚の在り方に移行するかのような迷妄の言説をばら撒いた。固有の伝
統的文明感性を喪失した戦後の日本は、この左翼的な迷妄の世界観に、
空気的に感染したのである。
これが、日本固有の伝統観念、そしてそれを継承発展させていく美意
識を希薄化させ、民族の品性や生命力を低下させてしまった。日本人の
文明創出の根幹には、民族の特質的性格としての「もののあはれ」と、
先祖に対する「涙の共感性」がその基層精神となっている。この精神性
は、日本列島の類まれなる美しい自然が長い時間をかけて日本民族に
作用した結果である。日本人の民族感性は自然によって涵養されたの
である。したがって日本人の文明創出の出力には、いつの時代でも、美
しい国土、美しい山河の存在が形象的に現われてくるのである。戦艦大
和の船影の美しさもその例外ではない。
この自然から涵養された美意識は、どの時代にも日本民族の営為の
中に現出されてきた。しかし、戦後、アメリカ擬似文明に取り込まれた
日本人からは、この本来的な美意識は湧出しないのである。それは、
文明を創出する日本原理が働かないということなのである。
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