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2006年8月 1日 (火)

日本人のBSEアパシーに見える深刻な背景

 今、日本人は何という大人しい状態にあるのだろうか。ここまで静かな状
況を個々人はどうして異常だと思わないのだろうか。それはBSE(牛海綿状
脳症)感染牛が混じっているかも知れないアメリカ産牛肉の輸入が解禁さ
れたことに対してである。

 言い換えよう。なぜ大人しいのかではなく、なぜ怒らないのかと。人間は
口に入るものを毒だと知っていて食べることはない。知性を通して生命維
持本能が働くからである。これは動物が捕食者(プレデター)を異常に警戒
することと同じである。生存本能を危機にさらす事柄には、人間、動物を問
わずに必死になって防衛本能を作動させるのが常態である。国際的な貿
易の中で入ってくる食品に、生命への深刻な脅威が存在していることがわ
かった場合は防衛本能が百パーセント目覚めることは当然である。しかし
・・・。

 今、日本人は妙だとは考えないだろうか。庭で無邪気に遊ぶ自分たちの
頑是無い子が、石や金属を口にする気配を感じただけで俊敏にそれを防ぐ
両親がいて、それは日本全国、幼子を持つ家庭の日常的な風景である。そ
れは洋の東西、人種を問わず当たり前の光景である。しかし、今の日本人
は外国から輸入される牛肉が脳神経細胞を破壊する危険を帯びていること
を良く知っていながら異常に大人しくしている。怒りもしないし、国民的な議
論を沸騰させる兆候も今のところない。この状態は本当に奇妙奇天烈であ
り、謂わば国民全体のアパシー(無感動、無関心)状態とさえ言えるだろ
う。

 BSEの危険を孕んだ牛肉を日本が輸入することは、たとえて言えば、一
家の主婦が食料品店に買い物に行って、毒の入っている可能性を持った
食品を金を出して買っているようなものである。通常そういう買い物は有り
得ない。店の食品の中に、毒物が混入している可能性があると知れ渡っ
た時点で誰もそこへは買い物に行かないだろう。しかし、店側には完璧な
検査体制があり、その検査をパスした食料品なら問題ないわけである。こ
こで最も重要なことは食品の安全を保証する検査体制である。

 検査体制とは言っても、検査個々は人間が行うから、その店の店員の良
心や質の高さを信用するという前提がないとそこで物は買えないのである。
今、日本人はアメリカの畜産業界における牛肉処理技術と検査体制をまっ
たく信じていない。なぜならアメリカ政府に対し、日本が当然として求める安
全上の検査グレードを、アメリカが頭ごなしに無視しているからである。アメ
リカの安全の考え方は、何万頭に一頭の割合でBSEが発生しても、まあ仕
方ないかという確率論である。だからこそ航空機事故よりも確率が低いと
かいう言い方をしている。

 これに対して日本は、精緻に全頭の安全が保証されなければ気持ち悪
くて食う気が起こらないという感覚である。つまり、アメリカと違って日本人
の食に対する潔癖性には棄民感覚がないということである。これは神道的
国民性による。両国のこの感覚の差異は文化の差異である。しかし、この
文化の差異の前にアメリカの牛畜産業界の惨憺たる現状をしっかりと認識
した方がいい。どう見ても、アメリカの解体処理は恐怖そのものである。ジャ
ーナリストの吾妻博勝氏の記事によれば、バキューム処理が杜撰そのもの
で骨髄液が飛散し枝肉などに付着している上に、それを水洗いする作業が
相当にいい加減らしい。

 髄液の付着した肉はかなり危険である、この間、関税で特定危険部位で
ある背骨入りの肉が見つかったことは記憶に新しい。これによって輸入の
全面禁止を行ったわけであるが、背骨が混じっているという事実そのもの
は深刻すぎるほど深刻である。もしもこの牛がBSE感染牛であれば確実に
その肉も汚染されていることになる。もう少し、これを考えてみると危険部
位の背骨や脳、回腸などを除去していても、髄液飛沫が飛散する作業環
境では、アメリカの処理現場に狂牛病の牛が混じれば、輸入される肉に確
実にプリオン病原体が入ることになる。つまり、アメリカの処理体制そのも
のがまったく信用ならない現状なのだ。

 アメリカの牛飼育環境は、処理された牛の残骸や病死牛を無駄にするこ
となく生きている牛の飼料としてリサイクルしている。これが狂牛病発生の
機序だと考えられているようだ。欧米的近代主義が生み出した市場原理
至上主義の資本主義経済は飽くなき効率化を求め、草食動物に動物性
蛋白飼料を与えるという、いわゆる人工的な共食いをさせている。自然の
禁則を冒したのである。自然が織り成す生態学的な掟は精妙なバランス
を持った食物連鎖を構成する。これは当然、雑食性の人間が口にする物
にも当てはまる掟があるはずである。

 欧米の合理主義は自然の食物連鎖では有り得ない捕食のループを作っ
た。すなわち草食動物の肉食という反自然である。草食動物に肉骨粉を食
わせるという発想は、食物連鎖の精妙なバランス体系を、要素還元主義と
いう考え方で破壊したということである。つまり、動物の体を、分子レベル細
胞レベルにしてしまえば草食動物に食べさせても栄養的に問題ないと考え
たのである。

 日本人の伝統的感性からは、こういう発想はけっして出てこない。全体の
バランスを大事にするからである。欧米的合理主義の欠陥は、分割しては
ならないものを分割し、組み合わせてはならないものを組み合わせてしま
うところにある。これは科学的には有効な側面もあるが、生態学的な世界
には適用できない考え方なのである。

 まあ、狂牛病の発生真因はともかく、現実に日本国民の食の安全が危
機にさらされているわけであるから日本人はアメリカに対して、また、アメ
リカの走狗となってこの輸入を進めた政治家や官僚に憤りを持つべきであ
る。こういう危険な食品をアメリカの条件で輸入することに尽力を費やした
日本人は売国奴である。というか、破防法を適用するに相応しい対象であ
る。しかし、問題は、この深刻さを認識しているにも拘らず、声を上げない
で大人しくしている大多数の国民である。これはアパシーに近い判断停止
状態である。

 考えた方がいい。アメリカに脅されて毒入り牛肉を言われるがままに輸
入しなければならない日本の危機的な現状を。なぜ、断れないのか。何故
ノーを言えないのか。いまや、日本人は軍事だけを無力化されているので
はない。食料の点でもアメリカにコントロールされているのである。それは、
アメリカのグローバリスムによる輸入自由化という詐欺的な名目で、国内
農業や国内経済を破壊されているからである。我が国の食料自給率は四
十年前までは80%近くあったが、今は40%である。石油メジャー、穀物
メジャーが日本にやったことは、石油供給の窓口を制限し、日本の食料自
給率を可能な限り低下させることであった。これによって日本は、エネルギ
ーも食料もアメリカに牛耳られ、国民のQOL(生活の質)さえもアメリカに
ハンドリングされてしまったのである。

 日本のどこが独立国なのかと言いたい。砂上の楼閣のような物質主
義に甘んじていることをやめて、真の自由と幸福を取り戻すにはアメリカの
桎梏から完全に離れる必要がある。日本の置かれた現状をよく見極めて
欲しい。日本人は精神的には東京裁判の呪縛に絡め取られ、物質的には
食料もエネルギーもアメリカの支配下に置かれているのである。この背景
があればこそ、日本はBSEリスク牛を押し付けられても怒ることができなく
なっている理由である。私は不思議で仕方がない。みんな、悔しくないの
だろうか。

 

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コメント

晴耕雨読様、トラックバックありがとうございました。「米国狂牛
病サーベイランス計画縮小へ」を読ませていただきました。

まったく、他国へは斟酌せずに厳しい注文をつけるアメリカが、
自国の汚点は必死で揉み消そうとしています。軍事力を背景
にダブルスタンダードを平然と押し通すこの国にはまったく腹
が立ちます。

投稿: 高橋博彦 | 2006年8月 3日 (木) 00時51分

  あざらし様、早速のコメントありがとうございました。私は
小さい頃から何代もネコを飼っておりまして、マネキ現象は
もしかしたらネコたちから授かったのかもしれません。

 二人でこの能力(?)を有効に使えないものかと、ときどき
話し合っています。たとえば「ザ・マネキ」というタイトルで、
SFチックな小説を書こうとか、全国のマネキを召集して日本
の景気浮揚を行うとか大きなこと言っております。(笑)

 しかし、マネキ現象自体が不安定で必ずしも再現性を伴
いません。従って、このような朦朧とした(?)能力はあって
ないようなものです。(^^!)

 確かに店は繁盛しますが、我々には何の利得もないの
です。ですから、日常性のささやかなロマンとして捉えて
いる次第です。

 さて、BSEで日本人が怒らないのは、おっしゃる通り、戦後
民主主義がこうじてミーイズムに近い個人主義になったことと、
本来の日本人の控えめな性質があるのでしょうね。面と向か
って言えないみたいな。特にアメリカ人には言えないのが戦後
の日本人です。

 アメリカのワスプは都市空襲で一般人を虐殺し、原爆でホロ
コーストをやっておいて、しゃあしゃあしている方々ですから、
日本人は「謝れよ」と言わなければなりませんね。

投稿: 高橋博彦 | 2006年8月 2日 (水) 23時18分

らんきーブログさま、トラックバックありがとう
ございました。牛肉を食べる場合、生産国を確か
めなければなりませんが業者さんに悪意がある
と表示がごまかされます。

 おっしゃるとおり、「食」とは「人」に「良」と書きま
すから、狂牛病の疑いのある肉は死という最大級
の悪意が込められているので、それは「食」では
ありませんね、確かに。

 そういう思いで牛を食べると、仮にプリオンがセ
ーフであっても精神的に良くないので、栄養にな
らないかもしれません。合い挽き肉とか、ハンバ
ーグなどに加工されてしまったら判断する方法が
ありません。ファミレスなどのハンバーグランチを
食べる場合、店の良心にすがるわけですね。
なんだかな~、大丈夫でしょうかね。(--!)


 

投稿: 高橋博彦 | 2006年8月 2日 (水) 22時50分

ヒロ様、はじめまして。
コメントありがとうございます。

ご夫婦揃ってマネキ体質とは縁起がよろしいですね。
現在の私は猫、改め閑古鳥 (^^;


日本人が怒らないのは、「 言ったところで・・・」という
あきらめや、「 自分には関係ない 」という
個人主義と、「 誰かが~」という他力本願。
そして、ここで食い止めなければ、行く行くは
自分も被害者になる、ということが想像できない
脳力の低下が元凶のように思います。

かつて、日本人の美徳であった奥ゆかしさは、
いつしか黙っていることになってしまったのかも
しれません。

就任当時、右ききだと思っていた外相と農水臣
が大人しいのが残念です。

投稿: あざらし | 2006年8月 2日 (水) 16時24分

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