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2006年8月31日 (木)

ドリ・カイミの「アマゾン・リバー」に思う

 毎日ニュースを観ていると、背筋が寒くなるようなおぞましい尊属殺人
や傷害事件、外国人犯罪などが林立している。これだけ次々と昔はなか
ったような犯罪が目白押しになってくると、いささか麻痺してくる感じもあ
る。16歳の少年が母親を刺殺したなどということを聞いても、またかとい
う思いで受け止めている自分に気が付いて恐ろしい。

 日本人という民族の退嬰化と国家の凋落は凄まじい限りだが、凄惨で
暗いニュースだけに囚われていると精神衛生上良くないのでたまには音
楽のことを書きたい。

 この間の日曜日、夕方にボサノバで有名な小野リサのコンサートを聴
きに行ってきた。場所は河口湖に近い富士山スバルラインの上り口付近
にあるステラシアターという半円形の屋外劇場である。ローマのコロシア
ムを上から半分に断ち切ったような劇場で、閑静な森の中にあった。

 「SUNSET BOSSA」という名目だったので、富士山麓のカラマツ、アカ
マツ林の深い森で、夕暮れ時の静寂と残照の光の中でボサノバを聴こ
うと思った。ところが、近くの劇場で「氣志團(きしだん)」というグループ
のコンサートがあって開演が同期した。静かで上品なブラジル音楽が、
氣志團バンドの粗野(笑)な音圧で邪魔されてしまう。氣志團には縁も
ゆかりもないし、若い人々が彼らを楽しみに来ているからそれはそれで
いいのだが、会場が近すぎるというのはいただけない。その上、小雨が
容赦なく観客を襲い、ビニール製の合羽を着ていてもじんわりと身体が
冷えてくるのはどうしようもなかった。夏とは言っても標高九百メートルを
越えている山麓である。

 思い描いていた夕暮れ時のロマンティックな音楽というシチュエーショ
ンからは大分おもむきが違っていたが、そういうコンディションの中でも、
小野リサの美しい歌声にはひと時の安らぎを十分に与えてもらった。ゲ
ストとしてブラジルのボサノバの大御所であるドリ・カイミ氏が来ていた。
この人が何曲か歌った。正直、私はドリ・カイミを知らなかった。この人の
ギターと歌唱を聴いて素晴らしい音楽家だと即座に思った。その深い音
楽的センス、その独特な歌い方はブラジル音楽の本質だと感じた。この
人はかの偉大なアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトにも
劣らない傑出したボサノバ音楽家だと断定できる。

 特にドリ・カイミ氏が最後に歌った「アマゾン・リバー」には圧倒されて
涙が止まらなかった。この音楽はもちろん初めて聴いたのだが、単なる
ボサノバのジャンルを越えていて歴史的な名曲と言えるだろう。雄大な
アマゾン川の自然を魂から賛美する気持ちが満ち溢れていた。これは
ボサノバという軽音楽の次元を超えていてもはや崇高な交響詩に近い
ものである。こんな音楽を私はかつて一度も聴いたことがない。ある主
題的な旋律が転調をもって繰り返されているのだが、無限旋律とはこ
ういうものを言うのではないだろうか。これに比べたらワーグナーの「タ
ンホイザー序曲」などは子供だましであろう。これに比肩できる音楽が
何だと問われたら、私はJ・Sバッハの「フーガの技法」しか思い浮かば
ない。つまり、私自身の中では音楽の最高峰に位置する作品だと捉え
ているのである。

私の好きな矢沢永吉の「愛しい風」というバラードの歌詞にこういうのが
ある。

 ・・人の河は 眠りに着くまでの 果てない旅さ・・

 河というものは、上流から下流に、そして海に向かって滔々と流れる
一方向の道程であり、それはけっして遡及できない時間の流れでもあ
る。だから、河はしばしば比喩的に人生に形容されることが多い。ドリ・
カイミの「アマゾン・リバー」という歌も、向こう岸が見えないほど巨大で
深いアマゾン川の悠久の流れに自己を融け込ませ、人間の生という
もののはかなさと深さを魂の底から謳い上げている。正直言って、この
曲を聴いていると人生の始まりから終着点に想いがめぐり、何とも言い
がたい寂寥感、孤独感もあるのだが、心が巨大な流れに圧倒され、い
つまでもその曲に浸っていたい気分が強くなる。旋律と全体の曲想の
流れに吸い込まれてしまうのである。このような音楽は初めてである。

 音楽のことを語っているのに堅いことは言いたくないが、日本人の日
本人たる所以は、日本的山河や海に包まれた自然の性格からくる民族
性が大きい。それは母なる自然の安らぎから得た温和な性質、季節の
移り変わりを見て培った無常観や瞑想的性格があり、これらは日本人
特有のもののあはれとして身に付いたものである。また、時には自然
の猛威から得た武人的な猛々しさもある。「アマゾン・リバー」にかもし出
されている自然と人間の魂の融合こそ、今の日本人にすっかり忘却して
いるものである。ドリ・カイミ氏がいかにブラジルの自然を愛しているか、
この曲一つでも十分に伝わったのである。私はこの歌のCDを今探して
いるが、おそらくこの歌を繰り返して聴くと、自分の日本人としての魂の
有り方を深く想起できるだろうという気がしている。それほどまでに、こ
の歌が私にもたらした衝撃は深かったのである。

本当にいいものにめぐり逢えた。この日、雨にも濡れたが涙にも濡れ
た。そういうわけで、冷え切った身体を感動で包みながら帰宅したので
あった。

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2006年8月23日 (水)

小泉の涙は英霊への不遜のきわみである

 今日は小泉純一郎という希代なる性格破綻者の情緒的不整合性を指
摘する。この間の8月15日の終戦記念日、小泉純一郎は、2001年に
おける自民党総裁選時の公約どおり、ようやく靖国神社参拝を果たした。
世の保守的な連中にはこれを高く評価する向きがある。日本国宰相が終
戦の日に靖国神社を参拝することは、たとえ首相自身が鬼畜的な心を持
っていたとしても、国家という建前から見れば、内外的には大きな意味は
あるのだろう。国内マスコミが恣意的に好んで使いたがる公的私的の区
別、あるいは小泉自身が言うごとく「心の問題」という、国家の政治的な長
としてあるまじき不鮮明な意味づけで行ったとしても、内外的にはそれなり
の重さはあったのかもしれない。

 戦後において、首相が靖国神社の8月15日に参拝する事実とはどのよ
うな意味づけを行おうとも、それは明らかに「公式」なのである。従って、英
霊を追悼する資格のない鬼畜小泉ではあるが、国内の左翼、そして中国、
韓国に対してそれなりの牽制力が生まれたことは評価できるだろう。ただ、
この意味合いにおいて、私は02年のブッシュ米国大統領夫妻の来日にお
いて、小泉と外務省筋がブッシュ夫妻の靖国神社参拝の打診をつぶした
ことは許されることではないと考えている。つまり、小泉は01年の終戦記
念日に参拝公約を果たし、02年にブッシュ米国大統領と揃って靖国参拝
を行うべきだったのである。日米首脳同士が靖国参拝を行う国際政治学
的な意味、そして歴史的な意味は夙(つと)に大きい。この二つのことだけ
でも実現していれば、彼の性分である鬼畜性は結果において緩和された
ことだろう。

 思うことは、革命政権の長(おさ)である小泉純一郎が、終戦記念日の
靖国参拝を今になって行うことは、日本人の国民精神のあり方に深刻な
悪影響を与えたことは誰も指摘しないことである。確かに小泉は首相に
なる前に靖国神社参拝を公約していたという事実はある。しかし、上述し
たように、その公約実現は首相在位初年度、つまり初めて総理大臣に就
任した01年に行うべきであった。

 彼が最初の年に公式参拝を果たしていれば、今日のように国民精神に
甚大な悪影響は出なかったはずである。その意味を的確に説明しよう。
当時、小泉政権は良くも悪くもまだ発足時であるから、なんら効果のある
政治的な実績は積んでいない時である。国民はこの新宰相に諸手を挙げ
て大きな期待を寄せていた。この時、小泉は靖国に参拝するべきであった
のである。なぜならこの時期はまだ、郵政民営化を軸とした小泉の邪悪
な売国施政が発動していなかったからである。

 しかしながら、この狂気と軟弱が同居している男は、初年度の八月に至
って、こともあろうにあの媚中派(チャイナゲート)の急先鋒である加藤紘一
の諫言によって公式参拝を13日に前倒しした。国民はこの時点でこの男
の詐欺師的な危うさを見抜き、国民世論を動員して彼を政権の座から引き
ずり降ろすべきであった。衆愚的な人気で成り上がったこの男は、同じ衆
愚的な反意で十分に引きずり降ろせる程度の人気しか担保がなかったか
らである。

 小泉政権が過去五年間で行った歴史的な売国行為の性格を一言で言
うならば、それは我が国の国体を極限まで貶めて、国の経済機構をアメリ
カへの完全朝貢国に仕上げたことである。そのためにこの内閣がやった
ことは、アメリカの国益だけに沿う規制緩和、規制撤廃という「日本の構
造破壊」、つまりは日本の国柄破壊、国体破壊を行ったという事実である。

 日本人は良く考えてもらいたい。小泉が日本という国家をアメリカ的な新
自由主義の国へ、つまり市場原理がすべてを駆逐する弱肉強食の世界に
切り替えたことは、我が国の先祖たちの事跡や想いをことごとく無に帰す
る行為なのである。この「先祖毀損」という政治思想を以ってする彼の靖
国参拝とは一体何であろうか。また、それを受容する国民の意識とはどう
いうものであろうか。

 大東亜戦争に散華した英霊たちは、敵国米国の奴隷に堕することを我
が国建国史上の最大の恥として戦った。そのために身命を捧げた方々を、
アメリカの精神性に取り込まれ、国益を放擲し、日本社会を無情な弱肉強
食に造り替えた小泉がどうして追悼や冥福を祈ると言うのか。建国三千年
の歴史を有した国の魂を、新興的な人工国家アメリカに売り渡した売国宰
相が英霊の何を尊いと感じるのか。

 知覧の特攻記念館だったか、万世の特攻資料館だったか忘れたが、小
泉純一郎は、特攻兵の遺書を見てガラスケース越しに涙をぽとぽと落とし
てしばらく佇んでいたらしい。そのシーンは何回かニュース映像で観てい
る。しかし、おかしいではないか。靖国に居られる英霊たちが国体をアメリ
カ型に切り替える事業を喜ぶはずがない。小泉の涙が人間的だというより
も、それが私には正気の沙汰とは到底見えないのだ。心ある人たちは、小
泉によって日本という国柄が次々と破壊されて行く現実に強い危機感をも
ち、慙愧の想いを強めている。日本の文明が消失することを憂えているの
である。

 膨大な時間の集積からなる日本の文明が、アメリカの軽薄な人工文明
と置換されつつある現実を、卑しくも日本国の宰相ならば身命を投げ打っ
て阻止するのが先祖への報いというものである。ところが、この小泉は
嬉々として国を売り渡しているのである。私の言いたいことがわかってく
れただろうか。この売国宰相は、国家構造が精神のレベルからアメリカ
ナイズされることを悲しむどころか、むしろ自ら率先して行っているのであ
る。GHQの日本解体占領策によって、日本特有の国家構造はだいぶ強
制的に変えられたが、それでも日本人は戦前の伝統精神をバネにして戦
後を歩んできたところはある。高度経済成長を世界の奇跡と言うなら、そ
れは戦前の真面目さ、日本らしさがそれを実現したのである。日本人が
かろうじて保っていた古き日本の残滓は、橋本や宮沢の時代辺りから急
速に減じて行き、小泉内閣に至っては、その伝統構造は壊滅に近い状態
にいたった。この内閣自体が、アメリカの第二占領策の完全な走狗となっ
たからである。

 アメリカナイズされるということは、戦後日本が主体的にアメリカをモデル
に社会形成をしてきたこととは本質的に意味合いが異なっている。今の日
本は経済も、社会運営に重要な政治も完全にその主体性を剥奪されてい
る状況にある。アメリカを主体的に模倣することと、アメリカから他力的に
強制されることはまったく違うことである。年間、三万人を上回る自殺者は
一向に減る気配がない。人間は経済苦や悩み事ではそう簡単に自死は
選ばない。死を選択する時は、身の回りの身近な社会から希望が喪失し
た時である。

 構造改革などともっともらしいことを謳いながら、日本の構造破壊を急進
的に行い、敗者復活の余地がまるでない弱肉強食の社会にしておいて、
格差を恒常的に固定化するアメリカ型の構造に今の日本はなりかけてい
る。小泉純一郎という男は、戦後の国民と政治家が、押しなべて拝米、従
米という米国帰属感覚が結晶化したような男である。国民の深層心理は
もはやこのような売国奴を祭り上げるまでに退嬰化しているのである。アメ
リカに国富が流尽し、属国化した日本社会には希望が失せている。英霊が
未来に何としてでも存続させたいと希求欣求した日本の姿がこれなのか。
アメリカへ属州化する日本に英霊が安心できるはずがない。国家の尊厳を
自ら毀損する政治思想を持つ鬼畜的宰相が英霊を追悼することは敬神崇
祖の民族感性に違背することなのだ。

 英霊は国家に殉じた偉大な魂である。英霊が身命を賭して守ろうとし
たその国家を、アメリカに売り渡す中心人物がどうして英霊に参拝できる
のだろうか。どうして特攻という行為に涙することが可能なのか理解に苦
しむ。現代に生きる我々が汲み取れないほど深い気持ちで国家に殉じた
英霊に対して、小泉が流す涙とは一体何なのか・・。アメリカの奴婢とな
り、嬉々として国柄を毀損した小泉純一郎が殉国者を尊敬できる理屈と
は何だろうか。人間とは多かれ少なかれ矛盾した行動原理を持っている
ものだが、小泉の英霊と国家に対する行動原理のベクトルは真逆である。
このあまりにも極端な背理を併存させる宰相は危険人物という以外にな
いと思う。ことは幽冥界の英霊に関わることである。小泉はけっしていい
死に方はしないだろう。つまり小泉純一郎の特攻兵の遺書に対する涙と
ともに、彼の靖国神社参拝の意味を考えると、彼の行動原理そのものが
究極的な不整合性を持ち、それは狂気に近い破綻と考える以外にない
のである。

 言い忘れていたが、小泉の今回の終戦記念日における靖国参拝が、
国民に決定的に悪影響を与えてしまったということは、英霊が死守しよう
とした国柄をアメリカの言うがままに改変した宰相の参拝を国民が看過し
たという事実である。「ああ、ようやくこの変な男も8月15日に靖国を参拝
してくれたか」などとのんびり見ていたという事実が、国民精神の退嬰を
証明しているのである。このことは、国民がアメリカの支配下に移った日
本を認容したのと同じことなのである。英霊が望まない国替えを行った売
国宰相の参拝を黙視したことは、とりもなおさず国民精神の無国籍化を
正当化することになってしまったのである。小泉施政五年間の平均国民
支持率は50パーセントくらいだそうである。構造改革という勇ましい掛け
声の中で、この五年間に彼が何を行ったか、国民はほとんど洞察できな
かったということである。刷新というわざとらしい雰囲気の影で、彼が行っ
たことは、アメリカの意図に沿う形での、不断の日本型構造の破壊なの
である。ここまで国家を毀損した宰相が英霊の前に顔を出せる道理は
微塵もないのである。あつかましくも英霊の聖なる領域に踏み込んだこ
とは彼の鬼畜性を最も端的にあらわしていることなのである。

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2006年8月20日 (日)

麻生氏の靖国神社特殊法人化案を批判する

 麻生太郎外相の靖国神社特殊法人化案を少し検討してみる。麻生氏の
靖国神社問題の解決案は、簡単に言えば、靖国神社自身が自主的に宗
教法人格を解散した上で、国が関与する特殊法人格に移行するというも
のである。そこで、無宗教の国立追悼施設とすることで、憲法の政教分離
原則に抵触しない形態を取り、天皇や首相が参拝しやすい環境を整える
という主旨である。

 まず総論的に言って、靖国神社に祭られている英霊の存在を考えれば、
現在のように靖国神社が一宗教法人のままであることは本来的な在り方
から大きく外れていることは間違いない。理由は戦前、戦中には靖国神社
は国家管轄であり、国家に殉じた戦没者は、当然、国家が中心になって
祭ることになっていた。この最も重要な「国家と戦没者」の関係を否定的な
歴史感覚で捉える人々は、靖国神社の存在目的を、国家のために戦争に
出て働き、そのために戦死する国民を量産するための邪悪な「国家装置」
であると考えている者たちがある。

 しかし、麻生氏など、靖国に祭られている英霊が、国家のために身命を
投げ打った尊い犠牲だったと考えている人々は、靖国神社を招魂の場と
いう本来の静謐な空間に戻して、その形をけっして政争の具にせず、英霊
に安らいでいただくために靖国神社の性格を宗教法人から、国家が管理
できる特殊法人にする必要があると考えている。私は、麻生氏らの英霊に
対する想いは至極順当であり、立派なものだと考える。靖国神社は最終
形態として国家管理にしなければならないという見方も、その視点で見る
限りにおいてはまったくその通りであると賛同するにやぶさかではない。
国家防衛に命を賭けて散華した方々を国家が最大の感謝と栄誉を与え
て祭り上げることは至極当然のことである。

 しかし、麻生氏らの構想には、けっして認めるわけには行かない致命的
な欠点が存在する。私はそれを指摘せずにはいられない。麻生氏の言う
靖国神社の代替施設は有り得ないという見解はまったくその通りであるの
だが、果たして現在の靖国神社を特殊法人化するという案にはどんな妥
当性があると言うのだろうか。結論的に言って、私は現在、靖国神社を特
殊法人化して、祭式を取り除いた無宗教施設に変容させることは亡国的
行為であるときっぱりと断言しておく。早く言えば、この行為は歴史的な意
味で拙速行為なのである。今の段階では、けっしてやってはならないこと
である。そのことは後述する。

 麻生氏らが、現在の当神社における最も深刻な問題点として把握してい
ることは、現行憲法に定める「政教分離の原則」を考慮の中心に置いてい
ることである。この問題が、戦後休みなく噴出していたので、246万6千柱
の御霊は安らかになれないという強い配慮である。だから、靖国神社の神
道的祭式、儀式を取り払って宗教的に中性色にしてしまおうという考えなの
である。

 靖国神社という場所が御霊の慰霊と安息を約束し、静謐な祈りの空間で
あるためには、時代や国家の都合によってその性格をころころ変えてはな
らない。ましてや外国の干渉によって参拝の有無が規定されるようなことは
言語道断である。麻生氏らは、靖国神社が政治的取引の材料にされるよう
なことは絶対にあってはならないと言っているが、特殊法人化への当該神
社の変容こそが最も悪質な政治的行為なのである。ご存知のように靖国神
社を形成するいわゆる「神社」とは、我が国に存在する大多数の記紀神話
に属する伝統的神社とは性格が著しく異なっている。

 靖国神社とは、現代は存在しない「国家神道」による成立過程を経てい
るのである。ならば、国家神道は戦後の「神道廃止令」によって、現在は事
実上存在しない観念であるから、靖国神社の神道的要素は廃止して当然
だという論理的推論が成り立つと考える人々もいるだろう。問題の核心は
ここにある。英霊とは、国民と国家の約束事によって靖国神社に祭られて
いるのである。戦前の国家神道、あるいはそれに従う慣習や様式が消滅し
ても、国家のために身命を投げ打った方々の御霊はそこに存在しているの
である。これを自動的に消滅させることは民族としてけっして考えてもなら
ないことである。そのようなことを考えただけで人間として失格であり、神
に恥じる非道である。

 しからば、麻生案のように、英霊たちを国家神道と無関係の空間に安置
するという考え方は妥当だろうか。実際は他の追悼空間に移すということ
ではなく、同じ靖国のお社に居ながらも彼らの身分は神ではなく「御霊(み
たま)」ということになる。私はその考えを決して肯えんじることができない。
理由は、戦後に生きる我々が国家神道を捨てたとしても、その時代に殉
国した方々は国家神道の靖国神社に祭られることを国家と約束している
からである。つまり、英霊は国家神道によって一柱、二柱と呼ばれる神様
と成っているからである。戦争は終わっているので、彼らは「護国の鬼」で
はなく、今や護国の神様なのである。ここに英霊の聖性の根拠がある。

 英霊を参拝する行為とは、彼らを祈る行為とは、いったいどういうことで
あろうか。少なくとも殉国の御霊に後世の我々が感謝の念を捧げることが
基本となっている。なぜ彼らに感謝するのだろうか。彼らは頑張って戦い
抜いたのだが、戦争には敗れてしまったのである。何を感謝するのだろう
か。それは戦争の勝敗ではなく、彼らが国に殉じた行為が尊いのである。
彼らに至尊の殉国行為を行って頂いたから、日本国家の尊厳性は歴史に
永遠に刻まれているのである。だからこそ、我々戦争を知らない世代は彼
らに感謝することによって、彼らの死に値する尊厳ある立派な国家を築く
責務があるのだ。過去との連続性を意識上で断ち切ってはならないのは
そういう背景があると私は考えている。

 戦前に生きた日本人と戦後に生きている日本人の精神の位相はまった
く異なったものになっている。しかし、幽冥界におられて現代の我々を見守
っている英霊たちの精神の位相は変化していないのである。アングロアメ
リカンの文化、精神性を模倣しようと進んできた現代日本人を幽冥界の英
霊たちは無念に思い、国家観が鎔けかけている日本人を哀れんでいる。
日本には日本の固有性、独自文明があったが、それを忘却している日本
人を英霊は悲しんでいるのである。追悼施設を無宗教にして大勢の人間
が追悼に来ることを英霊は望んではいないと思う。それよりも、日本の文
化、伝統に回帰した少数の日本人の参拝を心から待っているのだと私は
思う。参拝者の多寡の問題ではない。英霊は我々が日本的霊性を保てる
かどうかを心配しているのだ。

 戦後の日本人のあり方は根本的に考え直す必要がある。人間も国家も
過去には戻れないが、一貫して流れる民族の精神性は不滅なものとして
保持していく必要があると思うのである。私は麻生氏を、売国内閣の閣僚
の中では最も素直で「まとも」な人だと思っていて嫌いではない。安部が総
裁になるよりは麻生氏の方がいいと考えている。しかし、靖国神社の特殊
法人化は、国家が本来の栄誉と尊厳のある立派な日本に戻るまではけっ
して行ってはならないと考えている。今の和魂の存在しない堕落した日本
の国体で、靖国神社を特殊法人化するのは、戦没者追悼の代替施設を建
立することと同質の破滅的な結果しかもたらさないのである。

 これは少し考えただけでもわかることである。麻生案のように、現段階で
靖国神社を特殊法人化した場合、いずれまた小泉純一郎のような、アメリ
カの奴婢で鬼畜のような者が率いる売国内閣が誕生すれば、英霊の尊厳
はことごとく傷つけられてしまうことは火を見るよりも明らかなことであろう。
従って、靖国神社という日本国家の聖域は今のままで守らねばならない。
そして日本人に祖国感情が芽生え、過去の尊厳ある国家の精神を受け
継いだ新しい日本が生まれた時、はじめて特殊法人化やその他の形を
全国民で真剣に考えればよいことである。今、特殊法人化を拙速に行うこ
とは歴史的過誤を招来する事になる。 

言い忘れていたが、現行憲法的な制約の中で靖国神社を変容させては
ならない。理由は、現行日本国憲法は、英霊の魂が宿っていない占領
憲法の性格を持つからである。そんなものが規定する政教分離に配慮し
て靖国神社を特殊法人化に移すことは英霊と靖国神社を日々守ってくだ
さる方々への冒涜である。靖国神社という空間は、時代性を超えている
聖なるものであることを銘肝するべきである。この神社に国民の考えを反
映させようとするなら、それは日本人が日本を回復した時だけである。英
霊は御遺族の方々だけの英霊ではなく、全日本国民に対して等しく英霊
なのである。従って靖国神社に祭られている英霊は、どんなに時代が移
ろっても、常に英霊の尊厳性を損なわないように保っていかなければなら
ないと思うのである。

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今日のサンデープロジェクトを観て

 今日のサンデープロジェクトを見た。各党の代表が、ポスト小泉の話や安部晋
三の歴史認識などに、それなりの意見を言っていた。谷垣禎一財務相(ポスト
小泉候補)に対する田原総一郎の質問は特に興味深いものだった。その質問
が内包する問題は、現今の行き詰った日本政治の本質を象徴していたからで
ある。

 終戦記念日における総理大臣の靖国神社参拝ついて、田原は究極的な質問
を谷垣禎一に浴びせていた。それは、A級戦犯の合祀、及び分祀論の中で谷垣
が、靖国に祭られている戦没者に対して政治が口出しすべきではないと再三繰
り返して言ったのに対して、田原は、靖国神社は太平洋戦争日本肯定論の立場
であるが、煎じ詰めて言うなら昭和のあの戦争が日本が間違った戦争であった
か、あるいは正しい戦争であったか、どっちだったと考えていますかと斬り込ん
だ。

 これに対して谷垣禎一の答え方は、今の政治家のほとんどの歴史認識を代表
する優等生的な答えであった。田原の質問の要諦は、言葉を換えて言うならば、
あの極東国際軍事裁判の裁定結果を真っ向から反対する立場なのか、あるい
はそれを首肯して受け入れている立場なのかどっちであるかということである。
谷垣の優等生的な答えは次のようなものだった。それは、つまりは、あの東京
裁判とサンフランシスコ講和条約をどう考えているのかということである。戦後の
世界史において、とにかく日本はあの裁判と講和条約を受け入れて出発できた。
結果的には日本の戦後はそのおかげで始まったわけであり、けじめとしてはよ
かったという言い方をした。

 実は、谷垣のこの答え方に、今の保守陣営の歴史認識における致命的な瑕疵
が内在しているのである。田原は大東亜戦争を肯定するのか否かと質問してい
るわけである。これに対する谷垣の答えは、今までの保守政治家のごまかし史
観をまったく忠実に踏襲したものであった。日本人は中国や韓国に、靖国神社
参拝問題と教科書の歴史認識をあれこれ内政干渉的に言われることに辟易し
ている。しかし、声を上げて腹からそれに抗議しないのはほとんどの日本人が谷
垣と大同小異の曖昧模糊とした歴史観で自分を欺瞞し、その意識を囲繞してい
るからである。

 今の日本が置かれている不可避な状況とは、日本の大東亜戦争が正しかっ
たのか悪かったのかという二者択一を迫られている時局に突入していることで
ある。これを中間の灰色状態にするというその場しのぎがもはや通用しなくなっ
てきているのである。これは現行憲法の解釈改憲が通用しなくなってきているこ
とと同期している。次期総理大臣が靖国参拝をするのが是か非かで国論が二
分されている状況とは、A級戦犯を愛国者と見るべきか、恐るべき戦争犯罪者
として見るべきかの結論を公式に出さねばならない状況が内外共に切迫してき
ている。 

 この間書いた「英霊と国家について」でも言及したが、大東亜戦争を自存自衛
の戦争か侵略戦争か、どっちかの歴史観を選ばなければならない国際的時局
に日本が進んでしまったということである。ここにおいてあの戦争を思考停止す
るわけには行かなくなってきている。従って、A級戦犯分祀論問題をどう扱うかに
よって日本は再生に向くか、亡国的無国籍化に向かうかの岐路に立たされてい
るのである。政治家に限らず、大方の日本人は靖国神社に祭られている戦没者
を国に殉じた尊い存在だと口にするが、その尊い方々は国家の選択した間違
った戦争の犠牲になったのであり、二度と戦争を起こさないように平和の祈念を靖
国で行うと言っている。

 考えてみるといい。これほど英霊を馬鹿にした言い方があろうか。何度でも言
うが、英霊が英霊であった最大の証とは、国家が生命を捧げるに値する価値を
有していたからに他ならない。その国家が、戦勝国連中の言うがままに、人道
に対する罪と平和に対する罪という東京裁判の裁定を受け入れているのであれ
ば、英霊は人殺しの悪党ということになる。つまり、何が一番悪質な欺瞞である
かを言うなら、大東亜戦争を人類に対する悪逆な戦争だったと規定しておいて、
英霊を尊い行為に殉じたという考え方なのである。

 この自己矛盾を放擲して日本人を続けることはできないだろう。これができる
者は国家なきアカ市民なのである。谷垣貞一のような靖国神社史観を持つ者こ
そ、かつて三島由紀夫が予言した無国籍化した恐ろしい日本人なのである。
心に日本のない者は英霊を追悼する資格はない。小泉純一郎の靖国参拝が、
英霊のみか先祖が営々と築き上げた祖国の品格をどれほど毀損したか測り知
れないものがある。

 世界史を概観して観れば、数百年に及ぶ歴史の中で、白人帝国主義者が、
白人、有色人種を問わず侵略した規模と、日本がやったそれを比べると、比較
にならない量的な差異があることに気づく。日本が侵略というものに抵触するこ
とがあるとすれば、それは7世紀後半に白村江(はくすきの え)の戦いと秀吉軍
の二度にわたる朝鮮出兵(文禄・慶長の役)であろう。それに比べ、白人がどれ
くらい多くの人種を虐殺し収奪したかを見ると、その頻度や規模において比較に
はならない。そもそも虐殺の血にまみれている彼らが、人道や平和を冠して他国
を裁く資格はまったくない。裁かれるべきは日本ではなく彼らである。

 英霊は二度と戦争を起こさないために戦ったのではない、彼らは自分や家族
を生み育てた大事な国家を守るために殉じたのである。東京裁判肯定史観、
すなわち侵略戦争史観を肯定して置きながら、英霊の事跡を顕彰し追悼するこ
とは人間として最大級の欺瞞なのである。はっきり言おう。英霊を尊い存在だっ
たと靖国神社に参拝する気持ちがあるのなら、大東亜戦争は肯定しなければ筋
が通らないのだ。
英霊を祭る靖国神社が大東亜戦争肯定の歴史観を基層にお
くのは当然のことなのである。靖国神社に出向いて平和の誓いを行うことは、
原爆記念日に「二度と過ちは繰り返しませんから」という平和の誓いを行うこと
と同様に人間として最低の行為である。

 自虐史観を払拭すると言っている安部晋三が、内閣総理大臣になった場合、
愛国などというリップサービスをするよりも、堂々と大東亜戦争を肯定する戦後初
の日本宰相になって欲しいものだ。それをやって、歴史的な売国宰相、小泉純
一郎に真っ向から反旗を向けるならば、私は彼が反日小泉内閣の重鎮であっ
た事実は許そうと思う。日本人の代表がそれをやれば、アメリカが怒り狂うだろ
う。しかし、日本が再生する道は、そのアメリカを敢然として睨み返す胆力を持
った宰相が出てくることである。私にはその任に就ける者は、西村眞悟氏以外
には浮かばない。安部晋三が、あの郵政民営化において、志の立派な青年愛
国政治家、城内実氏に、最後まで反対するなと説得していた光景を思い出すと
安部に期待することは虚しいことなのかもしれない。

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2006年8月19日 (土)

「河川の本来の姿」考

 「晴釣雨巻」というブログの管理者様から、非常に面白い内容のトラック
バックを頂戴したので、それへのコメントとして本記事に書こうと思います。

 以下の青文字は、ブログ「晴釣雨巻」様の記事を転載しました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

川の姿」について考えてみた

 脳みそ溶けて耳から流れ出てきそうな今日この頃、たまには
硬い話などして柔らかくなった脳みそを硬くしようかと思います。^^;

今、私が少し気になっていること、それは最近良く耳にする「川
の本来の姿」という文句です。

行政や川を守ろうとする民間団体などが「川の本来の姿」を蘇ら
せるための活動を通して「昔の川を取り戻そう」「川 本来の姿を
取り戻そう」と声高に称えております。しかし、そもそも「昔の川」
「本来の姿」とはいつの頃、どのような姿を指しているのでしょうか?。
おじいさんの子供の頃?江戸時代?それとももっと古く日本人が
まだ狩猟採取民だった頃の川なのでしょうか?。


 また、それぞれ訴えている「川の本来の姿」へ対するアプローチ
の仕方も土木工学的な観点や生物学的観点など様々なとらえ方
で考えているようです。そして、そのアプローチの仕方により理想
とする「川の本来の姿」も微妙に違っているようです。

 かく言う私も、魚が釣れる川(釣師ですから(笑))、子供たちが大
人の目を気にせず魚捕りや水遊びが出来る川、そんな川が「本来
の姿」なのであろうと勝手に思い描いておりました。そしてこんな川
が身近にあったらなぁとつくづく思っていたのですが、よく考えるとこ
のような川はほんの50年位前は実在していたのですね。

しかし、仮に技術がどんなに進歩しても現在の川を50年前の姿に
戻すことは様々な問題を抱えている現代の川の現状を考えると不
可能でしょう。そう、過ぎてしまった過去に戻すことはタイムマシン
でも使わない限り無理な話ですから。

「川の本来の姿」に戻そう、確かにそれは理想ではあるかもしれま
せん。しかし、「今の川の姿」へ時代は動いているのです。単純に
「今の川の姿」を「本来存在していた頃の姿」に戻しただけでは、
現代の川が抱えている問題はかえって大きくなってしまうような気
がします。

 そんなことをあれこれ考え、また釣り場の現実を目の当たりに
して私がたどり着いた結論は、いつの時代なのか判然としな
「川本来の姿」を取り戻すことを優先して考えていくより、いかに
して「今の川の姿」を守っていくかが大事なのかということでした。
至極当たり前なことなんですけど、実際には難しいことです。

また少し考えてみようと思います。

以上「川の本来の姿」という謳い文句を聞いて、それってちょっと
違うんぢゃないと思ったTamakuraでした。

http://tamakura.naturum.ne.jp/


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 トラックバックありがとうございました。『「川の姿」について考えてみた』
を、本当に興味深い思いで読ませていただきました。「本来の川」、・・・難し
いですね。河川の本来の姿とは一体どのような姿、相なのか。たしかにお
っしゃることその通りであり、何年前が本来の顔であるのか、考えると答え
が出ないということに気がつきますね。

 おそらく、私と同様に河川の健康体をイメージして本来の川を戻せと考え
る人々は、押しなべて自分の人生における過去の河川の姿を「本来」と考
えていると思います。私の場合は四十年くらい以前の河川相を「まとも」な
川だったと定義しているわけです。何がまともかと言うと、魚や川えびがた
くさん獲れたから「まとも」な川だったのです。あと、楽しく遊べる川辺がい
っぱいあったから「まとも」だったのです。(^^)

  上の結論は生物学的な意味合いが強いのですが、あながち的外れでは
ありません。しかし、もっと真面目に考えますとなかなか一筋縄で行かない
設問ですね。私は五十代ですが四十代の人が、私が川遊びをした時と同じ
年齢の時、すなわち、その時の楽しかった「現在」が最高の川だったと思う
のであれば、その人の本来の川と、私の本来の川は十年の時の違いがあ
ります。

 それを言うならば、江戸時代の人はその時を、室町時代の人はその時
を、縄文人はその時を「当たり前」の河川だったと思うでしょう。そう考えま
すと、河川の本来性とは時制ではないことがわかります。人間がその社会
を形成してから、治水という事業に最も頑張った対象は河川だったと思いま
す。河川の天然本来の姿とは、大雨が降れば氾濫し、洪水を招く暴れ川の
顔も持ちますし、時にはルートを変えたりします。

 つまり、固定性、確定性のないものが本来の川なんでしょうね。単純に言
えば蛇の動きのようで、長いスパンで眺めるとのた打ち回っています。しか
し、人間がその川に関わると、その不確定性を制御したくなるのでしょう。
人間利益に特化するために。その最大の装置がダムだと思います。

 しかし、川の暴れ方が悪いのかと言うと、けっしてそうではなく、原流域の
豊かな山々から流れてきた天然の栄養源を大地に運んできて下流域の土
地に豊穣な恵みをもたらします。これはアスワン・ダム以前のナイル川を思
い起こせばよくわかります。氾濫は人間や集落を呑みこみますから、恐ろし
い自然現象ですが、大地や里山は氾濫を慈しみと感じていることでしょう。
その川と大地の母子関係を人間が自分の都合で遮断しました。

 洪水を防いだり、電力や農業用水用の治水を行うと、天然の生態学的な
サーキュレーションが阻害され、結局は田んぼや畑に人工的な肥料を使う
ことになります。では本来の暴れ川を温存しておいて成り行きに任せるべき
でしょうか。本当は日本はその方がいいかも知れません。日本人の温厚な
性質は、その暴れ川にじっと耐えてきた側面もあるからです。それと、単純
な言い方は問題ありますが、日本人の温厚な我慢強い性質とともに、隠忍
自重の末に猛烈な怒りを爆発させる、いわゆる昔のヤクザ映画に見られる
怒りの噴出も、河川の氾濫と台風が日本人の性格形成に少なからず影響
していると思います。

 あの大東亜戦争で生存本能をはるかに凌駕する熾烈な闘争心(武心)
を発揮したことは、農耕民族の牧歌的なイメージからはほど遠いものです
が、これも日本人が自然と対立してきたのではなく、同化してきたことの証
左とも考えられます。万葉の民は牧歌的で平和なイメージが先行していま
すが、実はその静けさの影に自然の荒々しさが内在しています。謂わば
アマテラスとスサノオの同時併存と言うべきでしょうか。自然が人間に対し
てあまりにも快適になると人間が傲慢、脆弱になりますね。

 欧米の自然観は人間が改変し、自然を支配するという原型があります。
その結果が今の環境汚染です。人間は、石器やその他の道具類を発明し
て狩猟採集から始まり、現代の途方もない技術文明へ到達しました。技術
そのものが環境を害する反自然だという考え方もありますが、技術や科学
を否定すると人間そのもののレエゾンデエトル(存在理由)も否定すること
になります。

 何しろ、人間は二足歩行をした瞬間から、器用な手と脳をリンクさせ様々
な技術を生んできたからです。技術は人間のかなり重要な存在証明です。
しかし、その科学技術が地球規模の自然破壊と気象異変を引き起こして
いるのを見ると、一体人間は何が悪かったのだろうという疑問が素朴に湧
いてきます。グローバルな環境破壊の原因をすべて、近代啓蒙主義を進
めてきた欧米に帰することは酷かもしれませんが、九分九厘は彼らが悪
い。(笑)

 なぜ悪いかというと、科学的な適用による出力というのは、人間が無思
慮に再現性を求めて行くと、自然に甚大な影響を与えます。産業革命以
後の科学は特にその傾向が顕著です。従って科学を使う人間が自然をど
う考えているかに尽きると思います。1970年代頃までは、科学そのもの
は悪くはないが使う人間の心次第で悪くも良くもなるなどいう言い方が主
流でした。今は科学の中にも、発生そのものが反自然で人間悪を内包し
ているものがあります。

 欧米人(白人)が科学を主導的に使うと地球の壊滅を招いてしまいます。
理由は彼らの精神の原型が海賊仕様だからです。(笑) 他者から奪う、支
配する、欲望を無限に拡大する、これが彼らの原動力です。精神のアーキ
タイプがこういう形を持ちながら科学力を使うと、自然が損なわれるのは当
然です。しかし、日本人は違うんじゃないかと思っているわけです。日本の
形は、自然から奪う、領土を拡大する、自然や他者を支配し搾取するという
決定的な性質を持たないからです。神道の真髄は静けさと清らかさです。

 日本人には本来、森羅万象を人間の都合で制御しようという気持ちはあ
りません。物質を欲望に沿って際限なく追い求める性質はない民族なので
す。村のおばあさんは路傍の名もない花に語りかけ、山々に手を合わせま
す。山に入れば山の神(おしらさまなど)などを拝みます。

 本来、科学とは、よき時代の日本人のように足ることを知り、辺りを掻き回
さず、協調と共和の精神で使用するべきでしょう。万葉の時代、身分の差
は確かに有りましたが、万葉集には、村人、流浪の人、天皇の区別なく歌
が載せられ、すべての人がそれを味わえるようになっていました。欧米のよ
うな血なまぐさい支配感覚の身分制度はではなかったわけです。

 江戸時代、学者の熊沢蕃山は、治山治水こそ、人倫と社会の要であると
言っています。今風に言えば、木を切り過ぎず、山の生態系をきちんと保全
すれば、人間社会の安寧と幸福に役立つという思想です。もしかしたら、川
を健全にするということは、川の上流部にある山々を健全にするということ
なのではないでしょうか。ダムで堰き止めたり、コンクリートの護岸工事を行
うことは、川というものをただ水を導入する溝だという極限的な単純化で捉
える欧米的な思考から出ていると考えます。

 江戸時代であっても、現代であっても、五十年前と同じ川には戻れないこ
とは現実です。歴史と同じで過去遡及はできません。ただし、弊害の大き
い人工物は川から取り除けることは確かです。と同時に、数百年はかかる
かも知れませんが、上流部にブナ林を復活させて山々の健全性を復活させ
ることは可能でしょう。可能というよりも民族の使命としてやるべきことだと
考えます。

 こういうように、大きい自然という枠から考えますと、本来の河川とは上
流部や流域の天然性をある程度復活させることだと考えます。しかし、人
間が下流部に住んでいる以上、現在の保水力のない山々がそのままであ
る限り、脱ダム化は無理でしょうね。戦後の日本が、天然林を切り開いて単
純樹種を植えたことは河川のみならず、沿岸部の生態系にも甚大な悪影響
を及ばしたことは確かです。

 奥山は豊かな植生の天然樹種をつぶして単純樹種に置換し、河川はダ
ムや護岸で滅茶苦茶にしてしまいました。戦後の日本人が河川や奥山に
行った暴虐を鑑みれば、西欧近代感覚による合理主義や効率主義がいか
に本来の日本的環境をぶち壊したか目に見えてきます。戦後文明のモデ
ルをアメリカにしたことが最大の誤りだったと思います。戦後は日本自身
の過去をモデルにして、日本の自然と調和の取れた社会を目指す心に日
本人が戻るべきでした。この論考の趣旨にはそぐいませんが日本が自国
文明に戻れなかった最大の理由は戦後の占領期における洗脳にあった
と考えます

 人間が文明生活を営む以上、自然の破壊は必然だという諦観が支配し
ていますが、それこそが幻想だと考えます。欧米の文明ならばその通りで
すが、自国文明に立ち返るならば日本は元通りの美しい国になれるでしょ
う。日本人には武士道の節制力と、神道の清浄感が備わっているからで
す。要は日本人の戦後意識を戦前の伝統的意識に転換するという絶対
条件がありますが。戦前と言うと、多くの日本人がネガティブな心理的反
応をしますが、それが東京裁判の洗脳なのです。これを脱却しない限り、
日本人は自国文明を回復できません。

 さて本来の河川というものを深く考えると、人間にとって本来的な河川と
は何だということになります。それはいかに文明と調和させるかということ
になるでしょう。自然を支配しようとした結果が今のグロテスクな環境です。
かつての日本人のように自然に奉仕しようとすれば科学はそれに沿って
進展するのではないでしょうか。旧約聖書の創世記には、すべての動物
を人間が支配せよと神の言葉が書かれています。これは自然は人間が
支配するべきであるという西洋人の原型をもたらしています。しかし、我
が国の神道的感性は自然を祈る心です。自然に生かされているという
謙虚さが日本的霊性だと考えます。

 本来の河川の姿、これを突き詰めて考えると、文明の本質にたどり着い
てしまうのですね。もとに戻りますが私にとっての河川のあるべき姿とは、
子供が楽しく遊べて、生物が豊富な川です。たくさん書いて、結局そこへ
戻ってきました。あと、私は河川の本来の姿も知りたいですが、日本人の
本来の姿も知りたいと思っています。(^^)

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2006年8月16日 (水)

英霊と国家について

 A級戦犯分祀論に一言。 今世間をにぎわせている靖国神社のA級戦犯
分祀論であるが、奇々怪々な論が横行しているようである。まず、A級戦
犯分祀論の話の前に、国立の戦没者追悼施設を造ろうという奇態な話が
ある。これは、宗教色を取り除いて誰でも無条件に戦没者の追悼が可能
な施設を造るというものである。追悼を政治的な行為と解釈している連中
には確かに可能だろう。しかし、我々が死者の冥福を祈る行為は政治で
はない。それは極めてデリケートな精神的行為であり、一種の信仰なの
である。だから無宗教の唯物論的追悼空間は追悼の意味を為さないの
である。

 小泉純一郎の言うように、参拝が「心の問題」であるならば、その無宗
教追悼施設には、日本人、外国人、宗教、宗派の区別なく、誰でも「来る」
ことは可能だろう。心の問題なのであるから、来た人それぞれが自分の
宗教、信仰形式で冥福を祈ればいい。これは一見納得しそうに思える。し
かし、それならば、「心」があれば施設や場所は問わないということになる。
原則的には常住坐臥、どこでもお参りできるということになる。どこでも冥
福を祈ることができるということは追悼施設そのものが必要ないということ
である。これが何を意味しているか、一目瞭然である。すなわち、国立の
追悼施設をあらたに無宗教で建立するという考え方は、靖国神社の否定、
つまりは護国神社の存在理由を否定する行為なのである。靖国神社は
今まで通り行きたい人が行けばよい。しかし神道形式が嫌な人やその他
の理由で靖国に参拝したくない人は新しい追悼施設に行けばすべての問
題は解決するとでも言いたげである。

 このレトリックにごまかされてはならない。追悼施設が重複して存在する
と、靖国神社の存在理由が損なわれてしまうのである。宗教色のない無
機的で唯物論的な空間に英霊が招かれて来るという前提が間違ってい
る。靖国神社は国家が建立した殉国者の追悼施設である。一方、もう一
つの無宗教の国立施設を建立すれば、国家は英霊に対してダブルスタ
ンダードの姿勢を持つことになる。すなわち無宗教という国家施設が存
在した時点で、靖国神社の国家性は完全に剥奪されてしまうことになる。
つまり、国家と英霊の不可分の聖性が消滅してしまうのだ。英霊はその
ようないい加減な国家のために誠を尽くして死んだのではない。従って、
無宗教の追悼施設は国立にしては駄目なのである。民間がそれを造る
分には構わないだろうが、そのような施設はまったく無意味である。

 国家のために散華された方々や殉難者の方々は大きく捉えて死者で
あることは間違いない。日本では、仏教が入る以前から先祖を敬い死者を
冥福する習慣があった。それは日本特有の敬神崇祖という神道的心性
から来ている。日本人は身近な人が死んでも、その人を偲び冥福を祈る
時は、この敬神崇祖の神道的な流れに沿って先祖代々行ってきたのであ
る。死者を弔うというのは仏教的な形式を借りている行事であるが、本来
的には日本古来の神道的な伝統風習が仏教的に転化したものである。
これは日本が「むすび」という固有の融合的精神風土を持っているため
であり、死者に対する心持ちにもそれが生きているということである。

 一神教とは異なる宗教風土を持つ我が国は、本地垂迹的に神道と仏
教の習合が行われた。日本古来の風習で死者を祭っていた時代から、
仏教が導入され、いつの間にか死者は仏教形式で扱われるようになっ
た。しかし、靖国神社の前身である東京招魂社では、国家に殉じた尊
い御霊を招魂して国民が等しく参拝できるような場所に設えた。それが
靖国神社というおやしろなのである。国家に殉じた人々を祭る空間とし
て、そこだけは神道形式にしたのである。

 だから、そこに祭られている方々は仏教でいう「ホトケサマ」ではなく、
一柱、二柱と数えられる神様になっている。これは外国人から見たら理
解の範囲外にあることである。日本は仏教国であり死者が仏になるの
はわかる。しかし、国のために死んだ者がなぜ「かみさま」になるんだと
いう素朴な疑問が湧くと思う。しかし、それこそが日本の固有性なので
ある。人間が死後に神になること、この形は昔、菅原道真や楠木正成
など多くの前例がある。なぜ、普通の意味での仏様ではなく神様なの
かという当然の疑問が湧く。ここに国家という概念が加わるのである。

 靖国に祭られている方々が普通の意味での死者ではなく、神様扱い
になるのは、国家に殉じたと判断されたからにほかならない。つまり国
のために死することは偉大で尊いという民族的心性がそのような形に
させたのだと私は考えている。だから靖国神社では死者を弔うのでは
なく、英霊となった高貴で偉大な神様を顕彰し、感謝の念を捧げるため
にお参りするのである。国家安泰の時、人間の死は病死、事故死、自
然死などに限られるが、国家が危急存亡時に陥った時、国を守るため
に死んだ方々を、特別称えられる存在として祭られることは日本人に
限らず理解できることであろう。欧米ではそれは英雄というニュアンスで
語られる。「英」という文字には秀でたこと、良いことという意味が込めら
れている。従って靖国神社に祭られている戦没者を英霊と言うのは、国
の未来のために命を捧げた人たちを深く尊ぶ気持ちで言うのである。

 日本では古来から「山川草木悉皆仏性」という概念が尊ばれる。この
言葉はアニミズムの根幹と思われているが、仏性を神性に変えても意
味はほとんど同じである。日本人はもともと自然のあらゆる事物に神の
顕現を観る民族なのである。路傍の小石に、野草に、名もない花に神
を見る心性があった。私は人間も死んでから神になるという感覚も、こ
の万物に神性が宿るという民族古来の自然信仰から来ていると考えて
いる。

 従って、ここで言われる神とは一神教のような包括的な神ではなく、
極めてパーソナルで人間的な神である。それは時には祟り神となり、
時には人や自然に恵みを与える慈母神的な神でもある。特に人間が
死んでから神に祭り上げる行為には、菅原道真のように恨みを鎮める
場合と、忠誠と正義の象徴である楠木正成が湊川神社に祭神とされ
ているような場合がある。靖国神社に祭られる英霊は、楠木正成が
神様になった場合と限りなく近い立場である。楠木正成は後醍醐天
皇に究極的な忠義を尽くした功労で神となったが、靖国神社では国の
ために殉じた方々が神として祭られている。国のために命を捧げる行
為は、尊くて偉大であるという前提が基礎になっているのである。

 靖国に祭られる者は高貴で偉大な英霊となる。ここが肝要である。
この気持ちが国家と国民に等しくなければ靖国神社の存在意味はな
いのである。彼らはなぜ高貴で偉大な英霊なのか。それは国に殉じ
たからである。戦前であれば、国に殉じるという行動の深い意味がき
ちんと教育として行き届いていた。しかし、戦後の社会は大東亜戦争
を侵略戦争と決め付け、「国家」という悪辣で幻想的な観念のために、
結果的には多くの国民と外国人が死んだと教え続けてきた。この感
覚で英霊の行為を顕彰しようという気持ちが起こるだろうか。

 国防、すなわち国家の尊厳を保持し、国家の未来を磐石にするため
に個人の生命を捧げた方々に、その魂よ、やすらかなれという祈りをも
って参拝する場所が靖国神社であると私は思っている。英霊の彼らを
祈るという行為は、同時に現世に生きている我々自身の安泰と国家の
安泰を願う行為でもある。そもそも、それが護国に殉じた英霊の心でも
あると思う。この死者を奉る生者の心持ちは、大きい概念で捉えるなら
日本人のお墓参りと同じである。ただ、お墓参りは個々に関わる死者
とのプライベートな対峙であるが、護国神社をお参りする行為は、個々
のプライベートな死者との出会いであると同時に、個を越えた神との出
会いの場でもあるのだ。なぜなら、彼らの魂は個を越え、時間を越えた
すべての日本人に奉公した人々だからである。私はこういう観点から、
明治政府が、国に殉じた者を神に昇格させる場として靖国神社を設け
たことは、一人の日本人としてよく納得できる。

 もう一度、日本人の死者に対する民族的な心持ちを言おう。日本人は死
者を過去の人間として切り捨てるという態度を取らず、幽冥界に居る彼ら
と共に、自分たちと現在性を共有しているという感覚がある。その部分で
は普通のお墓参りと靖国参拝は同じ意味である。両者とも死者との連続
性や繋がりを大事にしているのである。繰り返すが、人間がその所属する
国家を守るために死することがどれほど偉大で高貴なことかを顕彰するお
やしろが靖国神社なのである。我々は、国のために殉じた方々に敬意を
抱くなどと簡単に言うが、その意味をどれほど深く理解しているのだろう
か。日本人に、A級戦犯分祀論や国立追悼施設建立論が出るという背景
には、そういう論議を提示する側に、彼らの心に押しなべて国家というも
のが完全に抜けているとしか私には考えられないのである。

 戦後の日本は、過去から伝統的に継承されていた強固な共同体意識
が徐々に緩くなり、平成の今日にいたってほぼ完全に溶解した。これに
はGHQによる日本解体の意志が働いており、日本人が強く持っていた公
に対する気持ちが漸減してきて、伝統的共同体が崩壊した。歴史の過去
から遊離した個人は、その意識から国家という観念を捨象してしまった。
これが分祀論や追悼施設建立論に繋がったのである。つまり、分祀や追
悼施設を考えるということ自体が、日本人の心から「国家」が亡失してい
るということの直截的な証左なのである。

 この私の論法に頷ける方々は、教育基本法に「国を愛する」という概念
を盛り込むことがどれほど胡散臭く悪質な欺瞞であるかお分かりになると
思う。国というものの正統な本質を教育しないで「国を愛する」という心は
絶対に生まれないのである。教育基本法は近代主義のエッセンスであり、
そこには「公」も「国家」も欠落している。教育に、公に報じるという概念を
持たない内実のまま、国を愛することは教えられないのである。もし、国
家への愛情が欠落していることが、現今の日本人の劣化の主要な原因
であると考えるなら、「教育二関スル勅語」の復権以外に手立てはないは
ずである。

 国家が回復されていない現状で靖国神社に安置されている246万余
柱の御霊を、政治家と民間人がその時代の都合に合わせて定義しなお
すという行為は明確な涜神行為である。国のために死する行為が尊いと
本気で思うなら、その人は靖国神社にお参りする資格がある。しかし、戦
前の国家像を、死してまでも守るに値する国家ではなかったと、もし考え
ているのであれば、その者は英霊に感謝の念を捧げる必要は微塵もない。
戦後、日本は旧弊の国家意識を葬り去り、新たに欧米的な近代主義国
家を目指してきた。しかし、国に殉じた多くの御英霊たちは、いわゆる
「旧弊な」日本国を本気で信じ、本気で愛して果てた方々である。彼らが
信じた国家の有り方を古いもの、時代に合わないもの、悪辣な軍国主義
国家だったとして切り捨てているのであれば、どうして彼らが国に殉じた
ことを「尊い行為だった」などと言えるのだろうか。もっとわかりやすく言う
なら、極東国際軍事裁判を首肯している人間が英霊をお参りするなどとい
う行為は有り得ない話なのである。ところが、そういう最大級の欺瞞を平
然と行う宰相がいる。小泉純一郎である。

 小泉純一郎は、戦没者は心ならずも一部の国家指導者に命令され、
いやいやながら死んでいった可愛そうな方々である、彼らの気持ちを忖
度すれば二度と戦争は起こしてはならないと心に誓うなどと言っている。
この言い方のどこに英霊の護国真情があるのか。まったくないではな
いか。それどころか、この総理大臣は階級闘争史観であの戦争を捉えて
いるのである。これこそ英霊に対する冒涜以外の何物でもない。小泉は、
戦没者に対して「心ならずも戦地に赴いた人々」と言った時点で、彼らの
護国真情を全否定している。否定しておきながら「国のために戦った尊
い行為」と言うのは自己矛盾も甚だしい。戦地に赴いた兵士が階級闘争
史観で戦っていたなら、護国の御霊になって靖国神社に行くことを願う者
は誰もいないであろう。

 何度でも言おう。英霊が己の身体と生命を国のために捧げたという行
為の真髄には、その時に自分が所属していた日本という国家が、命を捧
げても守るに値する価値を持っていたからである。この時分には、教育勅
語にある「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」という心境が全体的に生きてい
た。我々、戦後民主主義に育った者は、この「義勇公ニ奉シ」という感覚
が身に付いていない。なぜなら戦後教育の眼目は「公」を消し去る方向に
進んできたからである。

 よく考えてもらいたい。公も義勇の意味も知らず、その心持ちもない政
治家や民間人が、靖国に祭られている英霊を理解することがはたしてで
きるのだろうか。国家という概念の溶解した無国籍感覚の人間が、国に
殉じた行為を理解できるのだろうか。少なくとも西欧近代主義が国是で
あり己の世界観と考えている戦後教育派には英霊がなぜ英霊となった
かについては理解していないと考える。共同体感覚や国家概念の崩壊
した人々が、国に命を捧げた行為を意味のあることとして認められない
のは当然のことである。従って、分祀論や国立追悼施設論は唯物論的
な思考の産物以外の何物でもない。戦後教育は個人の尊厳を口をすっ
ぱくして執拗に唱えたが、国家の尊厳や伝統の尊さはまったく言わない
できた。むしろ、国家は戦争を招聘する悪であるというイメージ賦与に専
念してきたというのが実情だろう。その結果が民族的なレベルでの日本
人の劣化である。

  日本人が劣化したのは、正しい歴史認識が確立しないからである。正
しい歴史認識とは何か。それこそが大東亜戦争という歴史観なのである。
わかりやすく言うならそれは靖国神社の歴史感覚である。左翼的な団体
が呼称するいわゆる靖国史観、遊就館史観と言われるものに真実の歴
史が集約されるのである。靖国神社、遊就館が持つ世界観こそ、間違
いのない正統な「大東亜戦争史観」ということである。

 これは単純な話である。今世間を騒がせている分祀論とは、畢竟、東
條英機以下、A級戦犯と言われる方々を、日本人がどう思うかの一言に
尽きるのである。彼らははたして戦争犯罪人か否か、戦争犯罪人であ
るなら何の罪を負った犯罪者であるか。東京裁判で言うように、彼らは、
日本の無辜の民をむりやり戦争に導いて戦わせた極悪人なのか。この
見解を取る人たちは、日本が置かれていた当時の開戦状況を何度でも
調べてみるといい。

 たとえハル・ノートを堪えたとしても、そのままで日本が国家として行
き抜く方途があったのだろうかということを考えてもらいたい。はっきり
言えることは、日本の尊厳と自主性を維持するそのような第三の道が
あったのなら、日本人は間違いなくその道を選んでいたということであ
る。日本民族とはそういう民族である。世界情勢は我が国に第三の道
をまったく残していなかったのである。ここを曖昧にして開戦責任論と
早期降伏論を滔々とぶつ日本人は恥を知って欲しいと思う。

 当時、英米への隷属なしに日本が生きていく道があったというなら、
そのことを堂々と語るべきである。そのことを検証せずに大東亜戦争を
頭ごなしに否定するのは的を射ていないどころか、先祖を毀損する卑
怯きわまりない態度である。あの戦争が遊就館が語るように自存自衛
の戦争であったか、あるいはアメリカ、中国、韓国、または国内左翼が
語るように侵略戦争であったかという見方で、A級戦犯の位置づけは
180度変わるのである。

 A級戦犯という勝者連合国側による格付けと、戦争指導責任という国
内的問題はまったく別ものである。戦争指導責任はあったとしても、彼
らはけっして戦争犯罪人ではない。日本を死守するために最大の功労
を成し遂げた国家護持者たちなのである。私は彼らが靖国に合祀され
たのは当然であったと思う。敗戦に至らせた責任はどうするのかという
疑問はあるだろうが、当時、敗戦局面が濃厚になった時、日本の武士
道的な国是から言って、戦争指導者がこれ以上やっても無駄だから、
早めに終わらせようとすることができたのだろうか。またそれは正しい
判断なのだろうか。何よりもアメリカがそれを許したのだろうか。アメリ
カは原爆を投下するために日本の降伏意志を引き伸ばしていた事実
もある。そういう当時の諸々の状況を考えてもらいたい。

 戦争が終局面に差し掛かった時、大多数の戦闘兵士は神州不滅、
護国奉仕の精神で戦っていた。国とは命を賭けて守り抜くものだと信
じきって戦っていた。一億人が等しく日本人の心を持って戦っていたの
である。この状況を後世の我々がなんという無駄な戦いをしてしまった
のだろうと断定することはできない。大義と日本の誇りを抜きにして大
東亜戦争は語れないのである。大義と武士道の誇りを取り去ったら、
そもそも英霊の存在はありえなかったはずである。死んでも守り抜きた
い国家と言う時、言葉を換えて言えばそこまで国を愛しているというこ
となのである。この観点が欠落しているから、グロテスクな分祀論や新
規追悼施設論が出てくるのである。

 問題は「お国のために尽くした」尊い御英霊が、と言いながら東京裁
判史観を肯定する小泉純一郎のような非国民である。護国のために戦
死した方々を無駄死に、犬死にであったと考える者が国を守るために亡
くなった方々を「参拝」できる道理がない。国に殉じたことは尊いが、あの
戦争は侵略戦争であり、心ならずも死んだ者たちが戦没者であったなど
ということは事実に反している。小泉のようにそう思いながら英霊をお参
りするなどという心的態度は有り得ないことなのである。小野田寛郎氏
もそう言って憤慨されていた。

 結論を言う。A級戦犯分祀論も、無宗教の国立追悼施設建立論も、靖
国神社消滅への足がかりに他ならない。日本という国の自己同一性を
完全に消滅させるには、皇室と靖国神社の存在を消すことなのである。
つまり、今、巷間を賑わしている分祀論や追悼施設建立の動きは国家
崩壊への序曲なのである。皇室と靖国神社には政治的に手をつけては
ならない。時代が変遷し、国の在り方がいかに変わろうとも、日本人が
日本人である限りは、皇室と靖国神社をその時の都合で政治的思惑の
次元に置いてはならない。なぜなら、皇室と靖国神社は時代を超えてい
る存在であり、日本民族の魂を賦活する存在だからである。

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2006年8月10日 (木)

米国産牛肉に群がる者を日本国民と呼べるのだろうか

 ◎米国産牛肉に群がる者は祖国を喪失した市民である

 今日、知人が横浜にあるアメリカ系巨大スーパーに買い物に出た時、
輸入したばかりの米国産牛肉が売られているのを目撃したので、思わ
ず手元の携帯カメラで撮ったそうである。それを私に送ってきた。

Tenaia

 下は、中年の人がその牛肉を買ったところをお願いして写したものであ
る。

Usabeef

 下は、その米国産牛肉を販売していたブースにお客が群がっている
ところである。

Tennai

 今回の販売は、日本の評判が最悪なことを見て、アメリカの業者が輸
送費を全面負担したため、その分、単価は安くなっているそうである。昨
日のテレビでは、このアメリカ産の牛肉が入った箱を、税関の職員たち
が一生懸命見ている光景が映し出されていた。目で見る検査ももちろん
大事だろうが、それは肉以外の特定危険部位の混入を視認的に見分け
ているだけであって、病原体プリオンの混入までは突き止められない。
前にも書いたが、米国内における肉処理業者の一連のバキューム作業
そのものが信用ならない現状では視認的検査はほとんど意味を成さな
いのである。

 基本的に金を出して買うわけであるから、買う行為そのものは本人の
自由である。だから米国産牛肉を食べたい人はどうぞ食べてくださいと
言うしかないが、それでもこの牛肉に群がって買う日本人に言いたい。
たとえ運悪く病原体入りの牛肉を買ってそれを食してしまったとしても、
CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)が発病するにはある程度の年限があ
るから、指し当たっての脅威は感じないかもしれない。

 しかし、それを食べるという行為は、身体に死の時限装置を抱えてし
まうという可能性は否定できない事実である。ずばりと直截に言いにく
い感じもあるのだが、敢えて言うなら、日本人に国家観が抜けてしまっ
ている一つの証左がこの牛肉買いという行為に見られるのである。理
由は、未来の自分に健康の担保を想定しない国民には、国家意識が
欠落していると考えていい側面がある。

 国家とは国土と民族を含む物理的な総体であるが、それは当然、過
去、現在、未来という時制的な連続性を伴っている。国土と、そこに住む
民族、そして過去から未来に連続する時制、少なくとも国家の概念とは
それらを含む総体的観念であろう。ところが未来の、つまり子孫の代に
対して不見識で無責任な考え方を持てば、それは国家というものの認
識がないということと同じなのである。自分の身体を防衛する意識のな
いものが国防という観念にたどり着くことは考えにくい。国防という概念
のない者が、俄か保守になって靖国神社参拝問題を論じる風潮が呆れ
る。話題からは逸れるが、谷垣大臣が、日本の平和国是から言って、総
理の靖国神社参拝は控えるべきだという言辞は極めて反日的である。
靖国に祭られている英霊は「国防」のために死んだのである。中国と韓
半島に配慮して靖国参拝を控えるなどという考え方には防衛観念がまる
でない。このような者の言う愛国とは売国の意味以外にない。

 日本人が国家意識の薄弱化をもたらしているということの捉え方は、
一つは過去を否定するか、過去に対して思考停止してしまうという大
愚を犯しているからである。東京裁判は戦勝国の優位性をフルに使
って日本の過去否定を行った。これを受け入れたまま、ある時間、歴
史時間を持ったことは国家意識の脆弱化を招くことになった。もう一
つの国家意識の崩壊は未来を考えないことにある。多くの日本人が
未来展望をしなくなっている。その理由は自国の過去に贖罪感を持
つからである。BSE牛肉が混入しているかもしれない品物を輸入して、
国民の食卓に上げることは、国民の未来を危うくする行為である。つ
まり、未来に対して無責任である。過去と未来に対して責任を負えな
い現在の国民に国家という概念は生まれようがない。国家とは不断
の連続性を伴うからである。たかが牛肉ではない。この牛肉を食すと
いう行為とは、象徴的に民族の奴隷化と敗北主義を表すことなので
ある。

 今の日本人がアメリカ産の牛肉を食べるという行為は、日本人に
国家を防衛するという気概が何もないことを表しているのである。米
国産牛肉を買って食う者は、おそらくこう考えているだろう。自己責
任で食うわけだから問題ない、最悪の場合でも他人には迷惑はか
けていない。はたしてそうだろうか。自己責任における自分個人だ
けの問題であろうか。将来、ある年齢でCJDを発症すれば、家族や
会社やすべての係わり合いに影響を及ぼすのである。つまり、自分
個人の範囲に留まる問題ではなく、その個人が関わる社会に敷衍
される問題となっているのである。ここに公があり、その先に国家
がある。

 戦後、共同体観念が崩壊したと同時に国民意識から国家が消え
た。国家観が消失した国民は正確には国民と言わずに市民という
存在に変わってきているのである。これこそフランス革命の世界観
であり、アメリカの胡散臭い自由の極限なのである。究極の市民性
に宿る究極の自我、ここには国家という片鱗さえ生じないのである。
食の安全を犠牲にし、未来を捨象した形で選択した日米の貿易体
制には日本という国家は存在しないのである。

 冒頭に掲げたアメリカ系巨大スーパーの店内の広さを見れば、こ
れが今、日本各地の郊外に進出して里山の風景を破壊した巨大
小売店舗の原型であることがわかる。こういうアメリカ的な社会構
造の改変が進む現状を見て感じることはないだろうか。これこそが
文明の入れ替えによる社会のインフラなのである。戦後の日本文
明とは、不断の日本破壊と共に進行しているアメリカ型文明の構
築なのである。これが非常に深刻な先祖毀損になっており、日本
人の日本人らしさを破壊していることを文明的に悟る人は少ない。

 アメリカ産牛肉を買う人間は、国と国が決めたことで我々がそれ
に従って何が悪いと開き直って言うかもしれない。しかし、自分の
住む国が主体性を持たず、相手国の言いなりになって危険が内
在する食品を輸入するという政府の敗北主義こそ大問題である。
国民でありたいのであれば、抗議としてこの牛肉は買うべきでは
ない。日本人を同じ人間として見ていないアメリカと、それをわか
っていながら、国民の生命保全の問題を政治レベルで敗北決着
する日本政府に怒りを示すべきである。これをしないで、値段の
安さで買う国民はもはや国民ではない。未来を喪失した愚劣な
「市民」である。

 

 

 

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2006年8月 8日 (火)

パージした議員連中に秋波を送る小泉自民党

 戦後の日本とは、アメリカとの係わり合いの中で常に主体性を危うい
状態に置かれながら生き馬の目を抜く国際社会を凌いできた。生き馬
の目を抜くという表現は、国際社会という漠然とした表現よりも、ずばり
アメリカそのものを言い表している。我が国は戦後、軍事から目を背け、
一貫してアメリカの核の傘下で生きながらえてきた。この究極的に非対
称な軍事同盟のために、我が国は経済力、生産力、工業技術力など、
それぞれに高品質に抜きん出た実力を持ちながらも、最後はアメリカ
の鶴の一声で主体性を発揮できずに隷属経済に甘んじている現状が
ある。

 特にここ十数年は、アメリカへの隷属強化が何段階も進んでしまい、
日本は軍事隷属のみならず、完全な経済隷属国家に成り下がってい
る。それは宗主国アメリカによる「年次改革要望書」という事細かな内
政干渉が強制的に行われてきていることに端的に示されていて、その
最大の具現化が昨年の郵政民営化であった。「国家の罠」を上梓した
佐藤優氏は、その著書の中で、時代が別の時代に変化する時は、そ
の変化の位相を象徴するかのような国家の姿勢が出てくるというよう
なことを語っている。それが国策捜査という、検察による旧時代を象徴
する人物たちの血祭りである。

 佐藤氏は敢えて小泉批判をまったくせずに、行間でこの内閣の急進
的過ぎる革命性や、それによる構造破壊を示唆している。おそらく彼が
大声で言いたかったことは、完全な新自由主義経済体制に切り替えた
現内閣は、日本の伝統的な感覚を強く保持していてアメリカ的な新自
由主義に反感を持つ識者や政治家連中が時代の犠牲になっていると
いう事実であろう。佐藤氏が「国家の罠」で書いていた国策捜査の対
象は鈴木宗男氏などであったが、小泉内閣は実行部隊隊長である武
部勤の指揮下において、郵政民営化に反対した議員連中を政治の舞
台から排撃するという暴挙を行ったのである。

 これはちょうどGHQ占領下の日本で、レッドパージ(アカ狩り)とともに
愛国者が多数パージされたことと同じ型を持っている。パージされた
連中は例外なく、抵抗勢力などというほとんど意味を成さない愚劣な
レッテルを貼られ、いかにも進歩史観に対して、彼らが無知蒙昧な退
歩史観的守旧派であるかのように報道されたのである。間違ったこと
に抵抗するのは当たり前である。筋の通った意見を吐いただけで、抵
抗勢力という悪に等しいニュアンスを付加されたのである。アメリカ様
に反意を示しただけで極悪人扱いである。郵政民営化に反対か、あ
るいは賛成でも外資参入の問題点を論議をしようとした議員たちを、
抵抗勢力と烙印を押し、むりやり党外に出してしまった武部が、今頃
になって、自ら放逐した議員連中と協力をしたいと言い始めている。
気は確かなのだろうか。

 民主党の小沢党首が意外に人気を上げてきているのを見て、議席
数が気がかりになり、恥も外聞も捨てて、自分たちが極悪犯扱いした
前自民党議員たちに秋波を送るのは政治家として最低のことである。
ならば、郵政民営化が是か非かで解散総選挙を行った時のあの血も
涙もない無残な放逐劇はいったい何だったのか。郵政民営化はアメ
リカの悲願であり、それを達成した後はどうでもいいとしか思えないの
である。もっとも深刻な売国劇をやっておいて、今更同志よ、再び手に
手を取り合って頑張ろうもないと思う。卑劣さを通り越えて喜劇である。

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判定疑惑は行き過ぎた商業主義

   ◎判定疑惑は昭和の夢を泡沫と化した

 判定は素人目にもかなり怪しいものがあった。誰が見ても亀田興毅の完
敗である。元チャンピオンの渡嘉敷氏や輪島氏などは、プロの目から見れ
ば互角か、あるいは亀田興毅が少し有利だと言っている。渡嘉敷氏は、亀
田が劣勢に見えたのは先入観による詐術に囚われているからだと言って
る。つまり亀田の圧倒的、かつカリスマ的強さを前提に見ているから善戦が
劣勢に見えたのであると断言している。

 渡嘉敷氏の評価は論理的にはよくわかるが実体の説得性を欠いている。
私には善戦というよりも最終ラウンドまでかろうじて持ちこたえたという風に
しか見えなかった。初回ラウンドのダウンは、最終回まで決定的なダメージ
を与えていたように見える。私はボクシングはやったことはないが、若い頃
少林寺拳法を少しやったことがある。仲間と試合していて感じたことがあ
る。実力が大差ない場合、手数の出た方が優勢になる傾向があり、これを
挽回するには相手の攻撃を上回る攻撃を仕掛ける必要がある。一般的に
言って試合中は「気合」のシーソーゲームに勝つ必要がある。

 初期に致命的な攻撃を受けてしまうとそのあと精神的なダメージが身体
の動きを拘束してしまうことは多い。亀田の試合はその典型に見えた。亀
田に限らず、ボクサーや格闘家が試合前に大言壮語を吐いたり威圧的言
動を行うことは、マスコミを沸かすパフォーマンス以外に本人の気を高める
効果を狙っていて必ずしも顰蹙を買うことばかりではない。格闘家がすべ
てそれに当てはまるわけではないが、このタイプの典型が亀田である。

 亀田自身が試合後にこんなことを言っていた。世界戦での緊張があった
ことや、初回でのダウンは「オレ流のサプライズだった」と。しかし、あのダ
ウンは亀田にとって不覚な初ダウンであり、本人の精神的ダメージは相当
大きかったと見える。亀田には咬ませ犬疑惑があり、今まで勝てる相手と
しかやってこなかったと言われているが、致命的なパンチの洗礼を受けて
いなかったことは事実である。試合は終始、フアン・ランデエダの優勢であ
った。渡嘉敷氏の亀田善戦勝利論はむなしい。しかし、亀田は善戦したが
決して勝ちではないと言うガッツ石松氏の論評はもっともだと思う。それは
さておいて、亀田父子の人気は凄まじい。この人気の背景を自分流に見
てみよう。

 亀田父子はマスコミに作られた偶像である。亀田一家へのTBSの異常な
取り上げ方や、これまでの亀田一家の他のマスコミへの登場を見ていると、
私はここにある歴史の反復現象を見て取っている。それは大衆側から言え
ば、戦後、長い間カリスマ球団として不動の人気を誇っていた巨人軍がす
っかり凋落したこと、大相撲に若貴兄弟のような象徴的な人気スターが消
え、わけのわからない外人力士勢が跋扈して結果的に相撲人気が低落し
ているという時代背景がある。大衆は今、王、長嶋のような愛すべきスター
をプロスポーツ界に求めているのである。王、長嶋がプロスポーツ界のヒー
ローであった時代は、昭和の中期であり、日本人が戦後の退落から這い
上がって高度経済成長に入ろうという未来に夢を託せる明るい時代だっ
た。昨今では、映画「ALWAYS三丁目の夕日」などにあるように、当時のノ
スタルジックな時代を憧れる風潮が出てきている。

 平成にいたって、日本経済は逼塞し、小泉内閣の五年間で日本の社会
構造はその断片を留める余地のないほど破壊され、アメリカ的な社会ダー
ウィニズムの支配する構造にとって換えられた。その結果、格差社会は露
骨に進展し、マルクスも驚くような資本的な階級格差が分極化した。こうい
う時代空気の変遷にあって、出口の見えない閉塞感に陥っている現状で
は、どこかに明るい話題を求めずにはいられないような殺伐とした空気に
国民は喘いでいる。こういう中で、亀田父子の親子像は、国民に昭和中期
のノスタルジックな家庭像を見せていることは間違いない。私が亀田父子
に時代の反復現象を見て取ったのはそういう背景である。 

 その反復現象とは、スポーツ界におけるヒーロー待望論なのである。そ
れは、二昔前、漫画「巨人の星」と