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2006年8月19日 (土)

「河川の本来の姿」考

 「晴釣雨巻」というブログの管理者様から、非常に面白い内容のトラック
バックを頂戴したので、それへのコメントとして本記事に書こうと思います。

 以下の青文字は、ブログ「晴釣雨巻」様の記事を転載しました。

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川の姿」について考えてみた

 脳みそ溶けて耳から流れ出てきそうな今日この頃、たまには
硬い話などして柔らかくなった脳みそを硬くしようかと思います。^^;

今、私が少し気になっていること、それは最近良く耳にする「川
の本来の姿」という文句です。

行政や川を守ろうとする民間団体などが「川の本来の姿」を蘇ら
せるための活動を通して「昔の川を取り戻そう」「川 本来の姿を
取り戻そう」と声高に称えております。しかし、そもそも「昔の川」
「本来の姿」とはいつの頃、どのような姿を指しているのでしょうか?。
おじいさんの子供の頃?江戸時代?それとももっと古く日本人が
まだ狩猟採取民だった頃の川なのでしょうか?。


 また、それぞれ訴えている「川の本来の姿」へ対するアプローチ
の仕方も土木工学的な観点や生物学的観点など様々なとらえ方
で考えているようです。そして、そのアプローチの仕方により理想
とする「川の本来の姿」も微妙に違っているようです。

 かく言う私も、魚が釣れる川(釣師ですから(笑))、子供たちが大
人の目を気にせず魚捕りや水遊びが出来る川、そんな川が「本来
の姿」なのであろうと勝手に思い描いておりました。そしてこんな川
が身近にあったらなぁとつくづく思っていたのですが、よく考えるとこ
のような川はほんの50年位前は実在していたのですね。

しかし、仮に技術がどんなに進歩しても現在の川を50年前の姿に
戻すことは様々な問題を抱えている現代の川の現状を考えると不
可能でしょう。そう、過ぎてしまった過去に戻すことはタイムマシン
でも使わない限り無理な話ですから。

「川の本来の姿」に戻そう、確かにそれは理想ではあるかもしれま
せん。しかし、「今の川の姿」へ時代は動いているのです。単純に
「今の川の姿」を「本来存在していた頃の姿」に戻しただけでは、
現代の川が抱えている問題はかえって大きくなってしまうような気
がします。

 そんなことをあれこれ考え、また釣り場の現実を目の当たりに
して私がたどり着いた結論は、いつの時代なのか判然としな
「川本来の姿」を取り戻すことを優先して考えていくより、いかに
して「今の川の姿」を守っていくかが大事なのかということでした。
至極当たり前なことなんですけど、実際には難しいことです。

また少し考えてみようと思います。

以上「川の本来の姿」という謳い文句を聞いて、それってちょっと
違うんぢゃないと思ったTamakuraでした。

http://tamakura.naturum.ne.jp/


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 トラックバックありがとうございました。『「川の姿」について考えてみた』
を、本当に興味深い思いで読ませていただきました。「本来の川」、・・・難し
いですね。河川の本来の姿とは一体どのような姿、相なのか。たしかにお
っしゃることその通りであり、何年前が本来の顔であるのか、考えると答え
が出ないということに気がつきますね。

 おそらく、私と同様に河川の健康体をイメージして本来の川を戻せと考え
る人々は、押しなべて自分の人生における過去の河川の姿を「本来」と考
えていると思います。私の場合は四十年くらい以前の河川相を「まとも」な
川だったと定義しているわけです。何がまともかと言うと、魚や川えびがた
くさん獲れたから「まとも」な川だったのです。あと、楽しく遊べる川辺がい
っぱいあったから「まとも」だったのです。(^^)

  上の結論は生物学的な意味合いが強いのですが、あながち的外れでは
ありません。しかし、もっと真面目に考えますとなかなか一筋縄で行かない
設問ですね。私は五十代ですが四十代の人が、私が川遊びをした時と同じ
年齢の時、すなわち、その時の楽しかった「現在」が最高の川だったと思う
のであれば、その人の本来の川と、私の本来の川は十年の時の違いがあ
ります。

 それを言うならば、江戸時代の人はその時を、室町時代の人はその時
を、縄文人はその時を「当たり前」の河川だったと思うでしょう。そう考えま
すと、河川の本来性とは時制ではないことがわかります。人間がその社会
を形成してから、治水という事業に最も頑張った対象は河川だったと思いま
す。河川の天然本来の姿とは、大雨が降れば氾濫し、洪水を招く暴れ川の
顔も持ちますし、時にはルートを変えたりします。

 つまり、固定性、確定性のないものが本来の川なんでしょうね。単純に言
えば蛇の動きのようで、長いスパンで眺めるとのた打ち回っています。しか
し、人間がその川に関わると、その不確定性を制御したくなるのでしょう。
人間利益に特化するために。その最大の装置がダムだと思います。

 しかし、川の暴れ方が悪いのかと言うと、けっしてそうではなく、原流域の
豊かな山々から流れてきた天然の栄養源を大地に運んできて下流域の土
地に豊穣な恵みをもたらします。これはアスワン・ダム以前のナイル川を思
い起こせばよくわかります。氾濫は人間や集落を呑みこみますから、恐ろし
い自然現象ですが、大地や里山は氾濫を慈しみと感じていることでしょう。
その川と大地の母子関係を人間が自分の都合で遮断しました。

 洪水を防いだり、電力や農業用水用の治水を行うと、天然の生態学的な
サーキュレーションが阻害され、結局は田んぼや畑に人工的な肥料を使う
ことになります。では本来の暴れ川を温存しておいて成り行きに任せるべき
でしょうか。本当は日本はその方がいいかも知れません。日本人の温厚な
性質は、その暴れ川にじっと耐えてきた側面もあるからです。それと、単純
な言い方は問題ありますが、日本人の温厚な我慢強い性質とともに、隠忍
自重の末に猛烈な怒りを爆発させる、いわゆる昔のヤクザ映画に見られる
怒りの噴出も、河川の氾濫と台風が日本人の性格形成に少なからず影響
していると思います。

 あの大東亜戦争で生存本能をはるかに凌駕する熾烈な闘争心(武心)
を発揮したことは、農耕民族の牧歌的なイメージからはほど遠いものです
が、これも日本人が自然と対立してきたのではなく、同化してきたことの証
左とも考えられます。万葉の民は牧歌的で平和なイメージが先行していま
すが、実はその静けさの影に自然の荒々しさが内在しています。謂わば
アマテラスとスサノオの同時併存と言うべきでしょうか。自然が人間に対し
てあまりにも快適になると人間が傲慢、脆弱になりますね。

 欧米の自然観は人間が改変し、自然を支配するという原型があります。
その結果が今の環境汚染です。人間は、石器やその他の道具類を発明し
て狩猟採集から始まり、現代の途方もない技術文明へ到達しました。技術
そのものが環境を害する反自然だという考え方もありますが、技術や科学
を否定すると人間そのもののレエゾンデエトル(存在理由)も否定すること
になります。

 何しろ、人間は二足歩行をした瞬間から、器用な手と脳をリンクさせ様々
な技術を生んできたからです。技術は人間のかなり重要な存在証明です。
しかし、その科学技術が地球規模の自然破壊と気象異変を引き起こして
いるのを見ると、一体人間は何が悪かったのだろうという疑問が素朴に湧
いてきます。グローバルな環境破壊の原因をすべて、近代啓蒙主義を進
めてきた欧米に帰することは酷かもしれませんが、九分九厘は彼らが悪
い。(笑)

 なぜ悪いかというと、科学的な適用による出力というのは、人間が無思
慮に再現性を求めて行くと、自然に甚大な影響を与えます。産業革命以
後の科学は特にその傾向が顕著です。従って科学を使う人間が自然をど
う考えているかに尽きると思います。1970年代頃までは、科学そのもの
は悪くはないが使う人間の心次第で悪くも良くもなるなどいう言い方が主
流でした。今は科学の中にも、発生そのものが反自然で人間悪を内包し
ているものがあります。

 欧米人(白人)が科学を主導的に使うと地球の壊滅を招いてしまいます。
理由は彼らの精神の原型が海賊仕様だからです。(笑) 他者から奪う、支
配する、欲望を無限に拡大する、これが彼らの原動力です。精神のアーキ
タイプがこういう形を持ちながら科学力を使うと、自然が損なわれるのは当
然です。しかし、日本人は違うんじゃないかと思っているわけです。日本の
形は、自然から奪う、領土を拡大する、自然や他者を支配し搾取するという
決定的な性質を持たないからです。神道の真髄は静けさと清らかさです。

 日本人には本来、森羅万象を人間の都合で制御しようという気持ちはあ
りません。物質を欲望に沿って際限なく追い求める性質はない民族なので
す。村のおばあさんは路傍の名もない花に語りかけ、山々に手を合わせま
す。山に入れば山の神(おしらさまなど)などを拝みます。

 本来、科学とは、よき時代の日本人のように足ることを知り、辺りを掻き回
さず、協調と共和の精神で使用するべきでしょう。万葉の時代、身分の差
は確かに有りましたが、万葉集には、村人、流浪の人、天皇の区別なく歌
が載せられ、すべての人がそれを味わえるようになっていました。欧米のよ
うな血なまぐさい支配感覚の身分制度はではなかったわけです。

 江戸時代、学者の熊沢蕃山は、治山治水こそ、人倫と社会の要であると
言っています。今風に言えば、木を切り過ぎず、山の生態系をきちんと保全
すれば、人間社会の安寧と幸福に役立つという思想です。もしかしたら、川
を健全にするということは、川の上流部にある山々を健全にするということ
なのではないでしょうか。ダムで堰き止めたり、コンクリートの護岸工事を行
うことは、川というものをただ水を導入する溝だという極限的な単純化で捉
える欧米的な思考から出ていると考えます。

 江戸時代であっても、現代であっても、五十年前と同じ川には戻れないこ
とは現実です。歴史と同じで過去遡及はできません。ただし、弊害の大き
い人工物は川から取り除けることは確かです。と同時に、数百年はかかる
かも知れませんが、上流部にブナ林を復活させて山々の健全性を復活させ
ることは可能でしょう。可能というよりも民族の使命としてやるべきことだと
考えます。

 こういうように、大きい自然という枠から考えますと、本来の河川とは上
流部や流域の天然性をある程度復活させることだと考えます。しかし、人
間が下流部に住んでいる以上、現在の保水力のない山々がそのままであ
る限り、脱ダム化は無理でしょうね。戦後の日本が、天然林を切り開いて単
純樹種を植えたことは河川のみならず、沿岸部の生態系にも甚大な悪影響
を及ばしたことは確かです。

 奥山は豊かな植生の天然樹種をつぶして単純樹種に置換し、河川はダ
ムや護岸で滅茶苦茶にしてしまいました。戦後の日本人が河川や奥山に
行った暴虐を鑑みれば、西欧近代感覚による合理主義や効率主義がいか
に本来の日本的環境をぶち壊したか目に見えてきます。戦後文明のモデ
ルをアメリカにしたことが最大の誤りだったと思います。戦後は日本自身
の過去をモデルにして、日本の自然と調和の取れた社会を目指す心に日
本人が戻るべきでした。この論考の趣旨にはそぐいませんが日本が自国
文明に戻れなかった最大の理由は戦後の占領期における洗脳にあった
と考えます

 人間が文明生活を営む以上、自然の破壊は必然だという諦観が支配し
ていますが、それこそが幻想だと考えます。欧米の文明ならばその通りで
すが、自国文明に立ち返るならば日本は元通りの美しい国になれるでしょ
う。日本人には武士道の節制力と、神道の清浄感が備わっているからで
す。要は日本人の戦後意識を戦前の伝統的意識に転換するという絶対
条件がありますが。戦前と言うと、多くの日本人がネガティブな心理的反
応をしますが、それが東京裁判の洗脳なのです。これを脱却しない限り、
日本人は自国文明を回復できません。

 さて本来の河川というものを深く考えると、人間にとって本来的な河川と
は何だということになります。それはいかに文明と調和させるかということ
になるでしょう。自然を支配しようとした結果が今のグロテスクな環境です。
かつての日本人のように自然に奉仕しようとすれば科学はそれに沿って
進展するのではないでしょうか。旧約聖書の創世記には、すべての動物
を人間が支配せよと神の言葉が書かれています。これは自然は人間が
支配するべきであるという西洋人の原型をもたらしています。しかし、我
が国の神道的感性は自然を祈る心です。自然に生かされているという
謙虚さが日本的霊性だと考えます。

 本来の河川の姿、これを突き詰めて考えると、文明の本質にたどり着い
てしまうのですね。もとに戻りますが私にとっての河川のあるべき姿とは、
子供が楽しく遊べて、生物が豊富な川です。たくさん書いて、結局そこへ
戻ってきました。あと、私は河川の本来の姿も知りたいですが、日本人の
本来の姿も知りたいと思っています。(^^)

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受信: 2006年8月19日 (土) 07時49分

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