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2006年8月 8日 (火)

判定疑惑は行き過ぎた商業主義

   ◎判定疑惑は昭和の夢を泡沫と化した

 判定は素人目にもかなり怪しいものがあった。誰が見ても亀田興毅の完
敗である。元チャンピオンの渡嘉敷氏や輪島氏などは、プロの目から見れ
ば互角か、あるいは亀田興毅が少し有利だと言っている。渡嘉敷氏は、亀
田が劣勢に見えたのは先入観による詐術に囚われているからだと言って
る。つまり亀田の圧倒的、かつカリスマ的強さを前提に見ているから善戦が
劣勢に見えたのであると断言している。

 渡嘉敷氏の評価は論理的にはよくわかるが実体の説得性を欠いている。
私には善戦というよりも最終ラウンドまでかろうじて持ちこたえたという風に
しか見えなかった。初回ラウンドのダウンは、最終回まで決定的なダメージ
を与えていたように見える。私はボクシングはやったことはないが、若い頃
少林寺拳法を少しやったことがある。仲間と試合していて感じたことがあ
る。実力が大差ない場合、手数の出た方が優勢になる傾向があり、これを
挽回するには相手の攻撃を上回る攻撃を仕掛ける必要がある。一般的に
言って試合中は「気合」のシーソーゲームに勝つ必要がある。

 初期に致命的な攻撃を受けてしまうとそのあと精神的なダメージが身体
の動きを拘束してしまうことは多い。亀田の試合はその典型に見えた。亀
田に限らず、ボクサーや格闘家が試合前に大言壮語を吐いたり威圧的言
動を行うことは、マスコミを沸かすパフォーマンス以外に本人の気を高める
効果を狙っていて必ずしも顰蹙を買うことばかりではない。格闘家がすべ
てそれに当てはまるわけではないが、このタイプの典型が亀田である。

 亀田自身が試合後にこんなことを言っていた。世界戦での緊張があった
ことや、初回でのダウンは「オレ流のサプライズだった」と。しかし、あのダ
ウンは亀田にとって不覚な初ダウンであり、本人の精神的ダメージは相当
大きかったと見える。亀田には咬ませ犬疑惑があり、今まで勝てる相手と
しかやってこなかったと言われているが、致命的なパンチの洗礼を受けて
いなかったことは事実である。試合は終始、フアン・ランデエダの優勢であ
った。渡嘉敷氏の亀田善戦勝利論はむなしい。しかし、亀田は善戦したが
決して勝ちではないと言うガッツ石松氏の論評はもっともだと思う。それは
さておいて、亀田父子の人気は凄まじい。この人気の背景を自分流に見
てみよう。

 亀田父子はマスコミに作られた偶像である。亀田一家へのTBSの異常な
取り上げ方や、これまでの亀田一家の他のマスコミへの登場を見ていると、
私はここにある歴史の反復現象を見て取っている。それは大衆側から言え
ば、戦後、長い間カリスマ球団として不動の人気を誇っていた巨人軍がす
っかり凋落したこと、大相撲に若貴兄弟のような象徴的な人気スターが消
え、わけのわからない外人力士勢が跋扈して結果的に相撲人気が低落し
ているという時代背景がある。大衆は今、王、長嶋のような愛すべきスター
をプロスポーツ界に求めているのである。王、長嶋がプロスポーツ界のヒー
ローであった時代は、昭和の中期であり、日本人が戦後の退落から這い
上がって高度経済成長に入ろうという未来に夢を託せる明るい時代だっ
た。昨今では、映画「ALWAYS三丁目の夕日」などにあるように、当時のノ
スタルジックな時代を憧れる風潮が出てきている。

 平成にいたって、日本経済は逼塞し、小泉内閣の五年間で日本の社会
構造はその断片を留める余地のないほど破壊され、アメリカ的な社会ダー
ウィニズムの支配する構造にとって換えられた。その結果、格差社会は露
骨に進展し、マルクスも驚くような資本的な階級格差が分極化した。こうい
う時代空気の変遷にあって、出口の見えない閉塞感に陥っている現状で
は、どこかに明るい話題を求めずにはいられないような殺伐とした空気に
国民は喘いでいる。こういう中で、亀田父子の親子像は、国民に昭和中期
のノスタルジックな家庭像を見せていることは間違いない。私が亀田父子
に時代の反復現象を見て取ったのはそういう背景である。 

 その反復現象とは、スポーツ界におけるヒーロー待望論なのである。そ
れは、二昔前、漫画「巨人の星」といういわゆる父子鷹の物語が、圧倒的
な人気で長期間ヒットしたことを思わせる。「巨人の星」の星一徹が、当時、
喪失しつつあった父権復権を憧憬する一種の社会現象として出ていたこと
はあの漫画の一つの背景でもあった。今、亀田史郎(父)氏が、映像的に
わかりやすいように亀田兄弟をスパルタ特訓している姿は、あたかも星一
徹、飛遊馬に見える父子鷹(おやこだか)の復元形態そのものである。

 つまり、なぜ亀田兄弟がこれほどまでに人気を博したのかを分析すると、
一つは小泉内閣の歴史的な暴政によって、国民生活が逼塞し、自殺者が
急増し、社会には明るい要素や希望が皆無となっていることが上げられ
る。もう一つは既存のプロスポーツ界に夢を託すことができるヒーローが消
えてしまったことである。言うならば、戦後の力道山、王、長嶋が今の時代
に待望されていることになる。

 この気配を敏感に察知した裏社会のプロモーターがテレビという公器を動
員して動き、亀田一家を時代のヒーローに仕立て上げたというのが亀田現
象の背景なのだろう。亀田一家は、現代大衆の求める「巨人の星」であるこ
とは間違い。私はまだ幼い亀田兄弟のキャラクターよりも、あのどことなくユ
ーモラスな気配の漂う厳しい父親が大衆人気の核を占めていると考えてい
る。怒るとちゃぶ台をひっくり返しそうなあの父親が持っているものは、失っ
た父権の象徴ではなく、夕方に柔らかい電灯がともるあのノスタルジックな
昭和の風景なのである。あの亀田父親には、厳格な父権行使という形の影
に、子供たちを見守る温かい父親のまなざしがある。どちらかと言えば、笑
いに満ちた昭和のノスタルジックな母系的風景である。そこが一徹と違う点
である。星一徹は飽くまでも巨人の星を狙うための目的達成主義に徹して
おり、そこに家族的な温情はない。「亀田の星」には明子の涙がない。もっ
とも漫画と現実を同列に論じてよいのものかわからないが。

 亀田人気の爆発的な広がりは、昭和の風景を想起させるあの父親の雰
囲気にあったと私は思っている。子供たちを名プロボクサーに育てるという
一徹な構えがあり、そこには平成現代の父親のように、妙に醒めていて屈
折した複雑さは微塵もない。あの父親には、わかりやすい直情性と温かい
昭和の残像が強く見られる。亀田父親には昭和における下町の長屋的な
雰囲気があるのである。それが国民を「ノスタルジック」に惹きつけたことは
間違いないだろう。

 私が心配していることは、大衆の移ろいやすい亀田人気の変質なのであ
る。亀田現象が、たとえ時代の暗い背景が生み出したヒーロー待望論に合
致した社会現象であったとしても、また、それを察知した裏社会のプロモー
ターが仕組んだ人気であっても、この背景には閉塞感から脱出しようとする
国民の無意識が投影されている。従って国民的な人気を持った亀田一家
のヒーローとしての筋は時代を背負っているのである。私は国民は、亀田
が作られたヒーローであることは十分に察知していると思う。察知していな
がらも亀田に夢を見たいのである。これ自体は大きなエンターティエンメント
と考えればまったく悪くはない。小泉の毒牙で痛めつけられた国民には一
服の清涼剤となっているからである。

 しかし、それにしても、いくらなんでもあの判定は露骨過ぎるくらい露骨で
あった。これでは夢はぶち壊しである。亀田の起死回生策はチャンピオンを
返上してもう一度同じ相手と対戦することであろう。オリンピックなどでもよ
くわかるように、日本人選手は国際戦で判定の恣意性や不確かさでいつも
損をしている。それは一方では日本人の政治力のなさを表すものである
が、基本的には日本という社会の公平性を象徴しているのである。今のよ
うに日本国内であのようないい加減な贔屓目の判定が行われたら、日本
社会の公平性、自明性もすでに終わりなんだなという印象を国際世界に与
え兼ねない。

 もう一つは、日本の戦後が評価される唯一の時代が、あの昭和の中期
から後期のノスタルジックな時代である。なぜなら国民が未来を見ていた
からである。今回の判定疑惑は、あの時代への冒涜になっているのであ
る。亀田の試合では相当多額の金が動いたことは間違いないが、そうい
う儲け主義の仕掛けが行き過ぎて、よき時代への憧憬が一つつぶれてし
まったことはさみしい限りである。亀田父子が商業主義に毒されて、昭和
の長屋の気配を失ったら人気はたちまち衰えるだろう。

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