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2006年8月 8日 (火)

パージした議員連中に秋波を送る小泉自民党

 戦後の日本とは、アメリカとの係わり合いの中で常に主体性を危うい
状態に置かれながら生き馬の目を抜く国際社会を凌いできた。生き馬
の目を抜くという表現は、国際社会という漠然とした表現よりも、ずばり
アメリカそのものを言い表している。我が国は戦後、軍事から目を背け、
一貫してアメリカの核の傘下で生きながらえてきた。この究極的に非対
称な軍事同盟のために、我が国は経済力、生産力、工業技術力など、
それぞれに高品質に抜きん出た実力を持ちながらも、最後はアメリカ
の鶴の一声で主体性を発揮できずに隷属経済に甘んじている現状が
ある。

 特にここ十数年は、アメリカへの隷属強化が何段階も進んでしまい、
日本は軍事隷属のみならず、完全な経済隷属国家に成り下がってい
る。それは宗主国アメリカによる「年次改革要望書」という事細かな内
政干渉が強制的に行われてきていることに端的に示されていて、その
最大の具現化が昨年の郵政民営化であった。「国家の罠」を上梓した
佐藤優氏は、その著書の中で、時代が別の時代に変化する時は、そ
の変化の位相を象徴するかのような国家の姿勢が出てくるというよう
なことを語っている。それが国策捜査という、検察による旧時代を象徴
する人物たちの血祭りである。

 佐藤氏は敢えて小泉批判をまったくせずに、行間でこの内閣の急進
的過ぎる革命性や、それによる構造破壊を示唆している。おそらく彼が
大声で言いたかったことは、完全な新自由主義経済体制に切り替えた
現内閣は、日本の伝統的な感覚を強く保持していてアメリカ的な新自
由主義に反感を持つ識者や政治家連中が時代の犠牲になっていると
いう事実であろう。佐藤氏が「国家の罠」で書いていた国策捜査の対
象は鈴木宗男氏などであったが、小泉内閣は実行部隊隊長である武
部勤の指揮下において、郵政民営化に反対した議員連中を政治の舞
台から排撃するという暴挙を行ったのである。

 これはちょうどGHQ占領下の日本で、レッドパージ(アカ狩り)とともに
愛国者が多数パージされたことと同じ型を持っている。パージされた
連中は例外なく、抵抗勢力などというほとんど意味を成さない愚劣な
レッテルを貼られ、いかにも進歩史観に対して、彼らが無知蒙昧な退
歩史観的守旧派であるかのように報道されたのである。間違ったこと
に抵抗するのは当たり前である。筋の通った意見を吐いただけで、抵
抗勢力という悪に等しいニュアンスを付加されたのである。アメリカ様
に反意を示しただけで極悪人扱いである。郵政民営化に反対か、あ
るいは賛成でも外資参入の問題点を論議をしようとした議員たちを、
抵抗勢力と烙印を押し、むりやり党外に出してしまった武部が、今頃
になって、自ら放逐した議員連中と協力をしたいと言い始めている。
気は確かなのだろうか。

 民主党の小沢党首が意外に人気を上げてきているのを見て、議席
数が気がかりになり、恥も外聞も捨てて、自分たちが極悪犯扱いした
前自民党議員たちに秋波を送るのは政治家として最低のことである。
ならば、郵政民営化が是か非かで解散総選挙を行った時のあの血も
涙もない無残な放逐劇はいったい何だったのか。郵政民営化はアメ
リカの悲願であり、それを達成した後はどうでもいいとしか思えないの
である。もっとも深刻な売国劇をやっておいて、今更同志よ、再び手に
手を取り合って頑張ろうもないと思う。卑劣さを通り越えて喜劇である。

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