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2006年11月30日 (木)

乱心か中興か。平沼赳夫氏

 平沼赳夫議員が、草野仁が仕切る午後のワイドショーに生出演してい
た。

 12名の復党願いを出した議員のうち、平沼氏を除いた11名は復党を認
められる公算が強くなった。しかし、平沼氏だけは中川幹事長が要求す
る誓約書の提出を頑固として拒否し、復党を断念している。11名につい
ては、毒蛇山荘日記で山崎行太郎先生が書かれていたように、私もとん
でもない奴らだと思う。彼らは、政治家である前に人間の振る舞いとして
言語道断である。

 何名かの記者会見を見たが、私は嘔吐感を抑えることができなかった。
なんという醜悪なたたずまいであろうか。これを若い人や小学生が見た
と思うと暗澹たる思いを禁じえない。安倍よ、こんなことを黙認しておい
て何が教育再生だ。復党を考えた議員のひもじさはわからないでもない。
彼らが安倍総理に愛着を持つことも構わない。問題は政治思想の貫徹
性にこそある。おまえら、郵政民営化の売国政策に反対したから出た
んだろう。それを翻すのか?そんな生き方をして恥ずかしくはないのか。


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 小泉・竹中が行った郵政民営化は売国所業であるというのが造反議
員たちの「造反」理由だったはずだ。それを、完全に翻し、賛意をあらわ
す屈辱的な誓約をして復党することは、悪魔に魂を売り渡すということ
である。11名は、日本人として許しがたい先祖毀損である。

 平沼赳夫氏に関しては、私は山崎先生とは少しばかり見解が異なる。
平沼氏はテレビで、郵政民営化に反対した理由を次の三つに要約して
述べていた。

 1)あの法案成立に向けて、党議手続きの一方的な強引さが民主政治
   の枠をはみ出していること

 2)小泉・竹中が主導した郵政民営化法案はアメリカの「年次改革要望
   書」に従って行われたアメリカ利益のための改革であること
  
 3)郵便サービス業務の偏在化。地域格差が助長されることは明らか

 平沼氏は国会議員である。国会議員たるもの、国賊宰相が主導して決
めた法案であっても、衆参両院で結果的に可決されてしまった法案には
従わざるを得ないという苦しい胸のうちを説明した。私も含めてこう思うだ
ろう。ならば、最初から復党意志など示すなと。

 ここである。私が平沼赳夫氏の腹のうちを見抜いたのは。彼はそういう
ことがわからずに行動するような愚かな男ではない。そういう行動を敢え
て起こすにはそれなりの思惑が腹にあるからである。平沼氏の不可解な
出来事を見抜くキーワードは、安倍晋三首相その人である。言い方は悪
いが、私は安倍晋三という男は、ロバの心を持った宰相であると見てい
る。つまり、実直で真面目ではあるが、透徹した強靭な意志力がないた
めに周囲の奸臣に感化され易い。国家主導者には不向きである。

 それを百も承知の平沼氏は、国家のために何としても中川秀直主導を
切り崩す必要を感じた。理由は郵政民営化政策施行時の「国富流失」を
防御するためである。このまま進むと、来年から郵政資金がハゲタカの
舞う市場へ開放される。アメリカ系外資が日本国富の収奪に入るので
ある。すなわち、平沼氏も中川秀直幹事長も、ことの本質が(2)の「年
次改革要望書による郵政民営化」ということに収斂している。同じもの
を胸に置き、両者、まったく対蹠的な立場から動いているのである。そ
れが今度の復党騒動の本質である。

 復党問題は、国家存亡の国益をかけた戦いの中で起きたことである。
平沼氏は他の国賊的復党派のまとめ役として、自らがリーダー役とな
り復党連中をまとめた。腐った連中のまとめ役だから、やりたくはなか
っただろう。反感を買う覚悟で臨んだ平沼氏の今回の復党行動は、明
らかに世論喚起のためであろう。それは現政権を掌握する中川秀直や
世耕弘成ら、旧売国政権の置き土産となった連中の力を殺がなけれ
ば郵政資金の流失に歯止めが利かないからである。

 そのためには、中川秀直が頑強に繰り返す「筋論」の筋が、実は売
国法案実施に向けての筋であることを万人に知らせることである。最初
から無理な復党を希求し、腐った仲間には踏み絵を踏ませておいて、
自らは断固としてそれを忌避する。この一連の無意味とも言える行動
の裏に、中川筋論の本質を国民に叩きつけたのである。それが彼の
口から出た「年次改革要望書」の存在である。平沼氏が、見た目には
愚かなこの芝居を打って出たことによって、忘れかけた郵政民営化問
題が再び世間の耳目を浴びたのである。

 平沼氏の性格を知り、彼を愛国者として評価する人間は、彼の本心
を見抜くべきである。彼の本心は郵政民営化の実際的な始動に対して
防御策を講じろと、自民党と国民に訴えているのである。国民も昨年と
は違って、小泉が郵政法案以外にはまったく関心のなかったことに今
は疑念を抱いている。その理由が年次改革要望書にあったことにはた
と気が付くはずである。

 中川秀直の動きが、売国政策の完全実施にあることはすでに明らか
である。安倍はこれを阻止する気がない。マスコミもアメリカ隷従である。
亀井静香氏や小林興起氏が郵政法案実施の危険性を訴えたくとも、マ
スコミは絶対にそれを報道しない。窮余の策として、平沼氏は敢えて中
川秀直と対峙することによって、郵政法案の異常性を国民に提起した
のである。昔の仲間に誓約書を書かせるという意味は、安倍自民党は、
いまだに郵政民営化が最重要課題なのである。売国奴たちは郵政資
金が完全に食われてしまうまで見届ける魂胆であろう。

 平沼氏の行動は私利私欲ではない。明らかに中興の計画であったと
私は思っている。愚かな方法ではあったが、これ以外に取るべき道は
なかったのだろう。それほど日本はアメリカに牛耳られているということ
である。それにしても、野田聖子らの行動様式はひどい。飯がまずくな
る。三島由紀夫が生きていたら「行動学入門」に、松尾敬宇中佐の対
極として、こいつらの醜悪な行状を書いたかもしれない。

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2006年11月27日 (月)

植草事件は国家の行く末にかかわる問題

 今年の913日に植草一秀氏は、京浜急行電車内において痴漢容疑
で逮捕され、それ以来、現在(1126日)までに70日を越えてもなお勾
留は継続されている。植草氏は二年前にも、品川駅構内において手鏡
を使用したと言われる破廉恥罪容疑で逮捕されている。

 最初に、植草事件に対する私の立場を明確に申し上げておこう。植草
一秀氏は、エコノミストとして、その秀逸な分析能力と類まれなる洞察力
で、小泉構造改革が外資に利益誘導する性格しか持たないことを的確
に見抜き、世間に警鐘を発していた。そのために、構造改革を推進する
勢力や新古典派経済学を志向する権力者たちに睨まれ、非道なことに
国策捜査の罠を仕掛けられてしまったのである。従って、植草一秀氏は
品川の手鏡事件、及び今回の電車内痴漢事件は無実潔白だと私は確
信している。

 無実の人間が、権力者の政策上の都合によって、不当に逮捕・勾留
され、その言論が封殺される現実が進行している。私は、良識ある一国
民として、その現実を絶対に看過できない。

 品川駅の手鏡事件、その後わずか25ヶ月後に起きた、今回9月の
植草氏の痴漢容疑事件は、二つとも、無実の状態で起こったこと、すな
わち濡れ衣を着せられた事件であったと私は確信している。その理由
は二つある。一つは品川駅での事件が不可解な要素に満ちているか
らである。その時の詳しい内容は公判記録を読んでもらいたいが、こ
の事件は、次の二点で非常に強い違和感を覚える。

 まず、逮捕の状況が現行犯逮捕となっているが、それに至るまでの
経緯が常軌を逸した背景を持っていることである。二人の警官は、植
草氏が痴漢をやるだろうという前提で尾行していたという。植草氏には
痴漢常習者という性犯罪の事実がない。それでもなお、尾行してまで
も未然の犯罪を捕捉しようとする意識、そしてその行動形態が異常な
のである。

 もう一つの奇異な点は、品川駅構内に設置してあるモニターに記録
された映像を、植草氏側から求めたにもかかわらず、警察はその決定
的記録映像を忌避し、記録が自動消去されるまで故意に放置したこと
にある。これらの二点を考えてみても、捜査する側の官憲の行動が、
通常の捜査手法にはありえない方向性を持っていることがわかる。従
って、品川駅での植草氏の事件とは、警察二人と背後にいる共同正犯
によって仕組まれた国策捜査の疑いが濃厚なのである。

 そこで、今回の京浜急行電車内における痴漢疑惑であるが、これも、
彼の性癖によって生じたことではなく、警察を動かせるほど大きな力を
持つ勢力によって、捏造された事件であったという可能性が強いので
ある。その理由として、警察発表とマスコミ発表における事件報道が、
植草氏の「性癖」によって連続的に起きたものであるという一方的な決
め付け報道に終始していたからである。

 特に悪質だったのは初期報道である。最初に痴漢犯罪ありきの決め
付け報道ばかりで、植草氏側の発言がほとんどないに等しい極端な偏
頗性を示していた。痴漢という犯罪は冤罪を生みやすい犯罪でもある。
したがって、容疑はあっても、事実確認が確定されるまではマスコミ報
道には抑制をかけるべきである。ところが、実際は一方的に偏った報
道が先行的に流布され、植草氏の名誉はずたずたにされているので
ある。

 マスコミの偏頗な先行報道と警察発表の異常なバイアスの中で、植
草氏の不名誉だけが加速的に広まっている。この形は鈴木宗男氏の
場合と酷似していて、国策捜査のパターンに非常によく合致している。
私は逮捕報道の新聞記事やテレビ報道に不審を抱き、植草氏が逮捕
された翌日の914日から、自分のブログに国策逮捕の疑いを今日ま
で書き連ねている。

  その間、私は植草氏の事件を国策捜査というマクロ的な方向から考
えてきたので、今回、その思考の一端をブログというメディアで世間に
問いかけてきたつもりである。植草氏は今もまだ幽閉の身の上にある。
彼が無実なら、このようなむごい話があっていいはずはない。

 植草氏は無実であると私は確信する。経済政策上における小泉構造
改革路線に対する植草氏の政策批判と、前政権にからんだ巨大な金融
疑惑が今回の逮捕をもたらしたのではないかと私は睨んでいる。その疑
問の整合性を、読者諸氏にも真摯に考えてもらいたいのである。

 植草氏の国策による逮捕が事実であるなら、権力者側は国民には決
して知らせたくない反国益的な政策を志向していることが明らかになる
からである。彼らは絶対に植草氏に語って欲しくないことがあるのであ
る。我々は、それを暴き、間違った方向に進もうとしているこの日本の
航路修正を行う必要がある。

 植草氏の事件を、マクロ的な方向性から掘り下げることによって、国
政を運営する立場の者たちが、日本の未来を消滅させようとした
こと
が白日の下に晒される可能性は非常に大きい。


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中川ノムヒョン・ヒデ、奮闘する

中川ノムヒョン・ヒデちゃんが頑張っているようだ。郵政民営化造反議員
の復党問題で、今、自民党が喧々囂々の騒動になっている。これはいい
傾向である。

 平沼赳夫氏と中川ノムヒョン・ヒデちゃんが一騎打ちみたいなことにな
っているようだ。官邸主導型政治を確立し、小泉・竹中構造改革路線を
内部で支えた人物がヒデちゃんである。ちなみに官邸主導とは「小泉ファ
ッショ」のことである。

 復党を「情」で迎えるべきだと言う一派と、中川ノムヒョン・ヒデちゃんの
ように「筋」論で行くべきだという考えがぶつかり合って火花を散らしてい
るようである。

 党是に従わせることが「筋」なら、ヒデちゃんの構想は、小泉構造改革
路線の一糸乱れぬ踏襲にある。要は、ヒデちゃんの役目は、小泉、竹中、
飯島を継承する大事な役目をおおせつかっていたということになる。

 中川ノムヒョン・ヒデちゃんが郵政民営化に固執して、筋論として、平
沼氏に「党是の絶対服従」を迫っているのは、ヒデちゃんが米国エージェ
ントの総大将の役を担ったからであろう。ノムヒョン・ヒデちゃんが、新総
理・安倍ちゃんのたずなを引いて、対米売国路線をひたすら突っ走ると
いう筋書きなのであろう。ところが、ここに強大なライバルが復党を望ん
だので、計画が狂う恐怖をヒデちゃんは感じている。

 平沼氏の復党は、ヒデちゃんが握っている駄馬・安部ちゃんの首につ
いているヒモが、平沼氏に横取りされてしまうという恐怖である。これは
アメリカが最も忌避することであろう。小泉・竹中はルーカス、フリードマ
ンなどの新古典派の経済構造に日本を切り替えて去っていった。では、
後に残されたノムヒョン・ヒデの役割とは何であろうか。それこそが郵政
資金の番人の役目なのである。

 ノムヒョン・ヒデちゃんは郵政資金を無事にアメリカに流すまで、その
全工程を見届ける義務をおおせつかって張り切っているのである。従
って、平沼氏は日本の国富を守ろうとする最もやっかいな人物なので
あり、何としても駄馬・安倍ちゃんに近づけたくないのだろう。

 竹中は初期には自民党にバッシングされた。しかし、アメリカの肝煎
りで、誰も竹中に異を唱えることが出来なくなった。ノムヒョン・ヒデちゃ
んも、下手に取り扱うと、やがては竹中と同様になって誰も文句を言え
ない状態になる可能性がある。ノムヒョン・ヒデちゃんには麻薬がらみ
の悪い噂も付きまとっているようだし、今のうちに徹底的に叩いておい
た方が得策だろう。

 「ノムヒョン・ヒデ vs 平沼氏」の構図とは、新古典派による売国構
造改革派や増税派と、救国勢力による戦いである。大きく言えば、日
本はケインズ主義から反ケインズ主義(ルーカス、フリードマン、ハイエ
クなど)に構造転換されつつあり、この位相変位の真っ只中、救国勢
力の筆頭として植草一秀氏は国策捜査をかけられたのである。

 駄馬・安倍ちゃんは、駄馬であるが故に、どっちの方向にも走る。従
って、駄馬に必要なものはきちんとたずなを引っ張ってくれる御者なの
である。


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2006年11月25日 (土)

月明の凛冽なる至誠

  拘置所で耐えている植草一秀さんに捧げる

 ディアスポラ。それは、ローマ軍によってエルサレムの神殿を破壊
され、故郷を喪失し、紀元70年以後、世界中に離散したまま艱難辛
苦に耐え、故郷を偲び続けたユダヤ人の物語である。

 私はユダヤ人のことを言おうとしているのではない。言おうとしてい
るのは、今の日本人のことである。日本人は日本列島という領域に
長いこと住み続け、その存在様態は今も変わらない。だから、祖国を
喪失したユダヤ人との関連性はまったくないように見える。しかし、
物理的にリアルな国家を喪失したユダヤ民族と、精神的に国家を喪
失した今の日本人はきわめてよく似通っている。

 今の日本人には国はあっても魂の故郷がない。ユダヤ人は二千年
の昔、故国を失った。日本人は今、魂の故国を失ない、日本という領
土にただ漫然と置かれているだけである。日本人は空間的には日本
に住んでいるが、精神的、霊的には日本の領土から離れて魂の漂泊
者となっている。我々日本人は今、魂のディアスポラ(離散状態)にあ
るのである。

 祖国に住みながら、魂の祖国を捨て、自分が何者かまったく見え
ない盲(めしい)と成り果ててしまった。精神の漂泊者である日本人は、
今、最も苦しい歴史を歩んでいるような気がしてならない。大東亜戦争
を終えたあと、日本人は魂の漂白の旅に出ざるを得なかった。しかし、
高度経済成長に没頭している間に、自分の居場所をすっかり忘れてし
まい、いつしかその存在証明を失った。我々はいったい何人なのだろ
うか。かつては誰にも見られたあの静かな笑顔は確かにあった。控え
めで恥ずかしそうなあの笑顔。優しくて、どこかなつかしく、セピア色に
染まったあのアルカイック・スマイル。外国人にはけっして理解されな
いあの神秘的な微笑。あれこそ、同族確認の絶対的な指標だったの
ではないか。あのスマイルはいったいどこへ消え失せたのだろうか。
今では古いモノクロ写真の中にしか存在しない。・・我々はいったい
何者なのであろうか?

  昭和17年5月31日、オーストラリア、シドニー湾軍港、煌々とした
月明かりの夜であった。敵艦に敢然と特攻をかけた日本海軍の特
殊潜行艇は、激突寸前に敵前で機関の故障により浮上した。

 この時、ハッチから艇上に躍り出た一人の兵士がいた。その男は
日本刀を振りかざしたまま敵の銃弾を浴びて死んだ。彼の名は、松
尾敬宇、24歳、海軍中佐であった。

 ただこれだけの話である。面白くも何ともない。事実として言うな
ら、この死に様を見ていた豪州海軍が、その数日後に二隻の特殊
潜行艇を引き上げ、四兵士の遺体を丁重な海軍葬を以て弔った。
敵国軍人に対し海軍葬の礼を示すことは、当時のヨーロッパや豪
州では全く異例の出来事であった。強固な反対があったにも関わ
らず、それは敢行された。それほどまでにこの若い日本兵の最後
は敵国軍人の胸を打ったのである。

 当時の日本人はアングロサクソンを鬼畜米英と呼んでいた。また、
そう呼ばれたアングロサクソンだが、彼らが行ってきた五百年に及
ぶ侵略と殺戮の歴史を見れば、その呼ばれ方は必ずしも不適切
だとは思わない。こういう言い方には嫌悪感を持つ人も多くいるが、
それはそれとして(笑)、事実として言えることは、松尾中佐の最後
が豪州の海軍兵士を感動させたことは確かなのである。

 日本人と共通の文化も感性もない欧米人が、ある一人の日本人
の最後の行動様式に感動したという事実は無視しがたいものがあ
る。我々と共通する精神文化を持たない外国人は、松尾の最後に
何を見たのだろうか。彼らが感動したからには、そこには何か人類
普遍の本質があったにからに違いない。それについて感性を研ぎ
澄まし、思考を深めることは、日本人が真の意味で国際感覚を培う
有効な素養となるのかもしれない。

 松尾中佐の死に様は、不謹慎な言い方だが、取り立てて言うよう
なものではないかもしれない。ただ・・、寂寞とした月明かりの中、
潜航艇にすっくと立ち、目をかっと見開いて、日本刀を片手に降り
かざし、武人として最後の佇まいをまっとうした男がいた。私はそ
の日本軍人の凛冽なる最後の情景を思い浮かべる。それはあま
りにもはかなく美しい。そして形容しがたい静謐感に満ちている。
もののあはれの究極相である。それを思うと、ただ涙が溢れてくる。

 多分、この涙の意味は、日本人であるならば説明不要であろう。
今の日本人は魂の故郷を喪失している。かつての日本人は、魂の
祖国に生きていた。だからこそ、死に臨んでも、穏やかな顔と、静か
な挙措が保てたのである。刀を降り振りかざした若者の末期の挙
措には、派手さや自己顕示は微塵もない。見えるのは、ただ限り
なく透明な静けさと叙情性のみである。そこに確かにあったのは、
生命尊重至上主義を超える日本という実体である。わずか60年で
日本人は生存におけるその様式美を亡失した。今では、それを思
い浮かべることさえ困難なところまで来てしまった。日本人はいつ
の間にか魂の故郷を置き忘れた。そして望まないままに、あてど
ない旅路に着いた。

 目的地もわからず、引き返そうにも故郷は霧の彼方にある。歩く
べき道を失い、自己を失い、亡霊となって中有(ちゅうう)の茫漠
たる世界をさまよい歩く民族、それが我々の姿である。これは魂
のディアスポラである。民族が内面的に離散すれば国家は求心
力を持たない。だから自ら進んで米国の操り人形となる。日本人
は魂のエクソダスを行う必要がある。しかし、これを先導するモー
ゼはいつ出てくるのだろうか。日本人の場合、エクソダスは「罪の
都」、エジプトからの脱出ではなく、アメリカからの脱出なのである。
出でよ、日本人、背徳の都アメリカを。そうすれば「約束の地」は
きっと見えてくる。そして未来に記せ、・・「出アメリカ記」を。

 今日はふと、そんなことを思った。松尾中佐と失われた時代に冥
福を捧げる。




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お勧めの本ニ冊

Photo_10


 世の中には、非常に価値が高く、自己の視点を上げ、見識の幅を広げ
る情報でも、なかなか一般に流布しないものがある。皮肉なことにそうい
う高度な価値を有するものほど、商業主義の第一線からは遠のいている
場合がほとんどである。

 最近、私は二冊の本を手にした。この二冊は読み進むに連れて私自身
の心に黎明の光が差し込み、清新な衝撃を受けているところである。本
当に有用な本とは、内容が有用で高度なだけに読んでいて面白い。二
冊とも経済の本であるが、互いに両者に共通するものは、日本民族の幸
福を願う気持ちと、国民が誇り高く生きるサムライスピリットを回復させよ
うとする意気込みに満ちている。

 その本の一冊目は、「日本経済復活の会」の会長さんである小野盛司
氏の「政府貨幣発行で日本経済が甦る」(ナビ出版)である。経済門外漢
の私が読んでも面白いのだから、この本は政治家や経済界の人間だけ
に読ませるものではないと思う。ごく一般の生活者が読むべき本である
と確信する。

 政府貨幣発行の妥当性をさまざなまな角度から正確に論じていて日本
経済の流れが良くわかるようになっている。日本が金不足で喘いでいる
のは、土地本位制による管理通貨制度の欠陥にあり、土地本位制から
の脱却が必要であることから始まって、「死に貨幣」とか「生き貨幣」とか
実に興味深い論考に満ちている。全体を通じて、なぜ政府貨幣の発行が
有効なのかをわかりやすく書いている。

 二冊目は、これも私にとっては衝撃的で新たな視界を開いてくれた本
である。丹羽春喜氏の『謀略の思想「反ケインズ」主義』(展転社)であ
る。この人は、経済を思想戦という観点から描いており、日本人を蚕食
する戦後思想と、反ケインズの勃興、謀略を同位相として捉え、日本人
が独立自尊に目覚めなければ、海外の邪悪な超知性に翻弄されると
言っている。ここに書かれてあることと、ここ15年の日本の推移を比較
すると、日本の経済がどうなっていたか、あるいは今どうなっているの
かが鮮明に見えてくる。この本は経済思想的に観た日本論である。

 これを読めば、売国小泉政権の構造改革や緊縮財政強行という逆噴
射政策の間違いを新たな視点で見ることが出来る。

 紹介した二冊の本は、専門家だけではなく、一般庶民こそ読むべき内
容だと思う。だんとつお勧めの二冊である。こういう情報が、もっと早く世
間に浸透していたなら、小泉や竹中の国家毀損はなかったに違いない。
日本をつぶそうとする勢力が最も忌避している書物であることは間違い
ない。


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2006年11月24日 (金)

米国傀儡政権が、憂国者・植草一秀氏を狙い撃ちした

       滅び行く日本の良心

 米国傀儡政権が憂国者・植草一秀氏
 を狙い撃ちにした

 宮崎学氏編集の「直言」の中で、経済学者の植草一秀氏が次のように
言っている。


重大なことは、ホリエモンが小泉政権の「改革」政策の象徴だったこと
だ。昨年9月11日の「刺客」選挙で小泉政権はホリエモンを全面支援し
た。竹中総務相は「改革は小泉純一郎とホリエモンと竹中平蔵がスクラ
ムを組んでやり遂げます」と絶叫していた。ホリエモンが象徴していた
のは、「弱肉強食」、「拝金主義」、「外資優遇=対米隷属」、「市場原理
主義」、「格差社会」だった。


  小泉純一郎が進めていた構造改革は、植草氏が述べているように拝金
主義、対米隷属、市場原理主義である。この構造改革の本質を一言で言
ってしまえば弱肉強食である。戦後から六十年、この間の日米関係を俯
瞰するとある一つの見方が浮かんでくる。戦後の日本は、時間を経るに
従い、徐々に、あるいは急激に、日本の伝統や心持ち、日本的共同体
の形態を失ってきている。そのことは、戦後の日本人の自覚的な生き方
にその原因を求めることも必要だが、内在的な原因とともに、外在的な
原因も重要な観点である。

 日本人がこれほどまでに精神的な退嬰を起こしてしまった外在的な主
原因とはいったい何か。それはずばり言って米国の対日政策にある。
我々日本人は、東京裁判史観の催眠から目覚めかけた者でも、まさか
米国による日本解体が今も進行中であるなどという意識は持っていない。
しかし、もう本気で日米関係の実態を見定めなければならないだろう。
「年次改革要望書」と言い、BSE問題と言い、昨今の対日政策の変化を
見ると、米国は戦後、長い間行っていた間接的な対日統治をやめ、最近
は直接統治に移行してきた感がある。

 米国による直接日本統治と言うと、そんな馬鹿なと思うかも知れない
が、直接統治の「直接」の証拠は、小泉純一郎と竹中平蔵が核となって
いた前政権なのである。小泉の日本破壊の狂気が何に基づいているの
かはよくわからない。しかし、竹中平蔵の場合は、ハーバード・シンジケ
ートと言われる米国対日謀略機関の尖兵であることは間違いないこと
であり、竹中が主導推進した構造改革や経済改変が、小泉政権の本質
だったと言っても間違いないだろう。

 小泉政権が、日本のための政権ではなく、米国のための政権であった
ことは、さまざまな政策形態に顕著に見られた。たとえば、世界でいち早く
米国のイラク侵攻を指示したこと、国論を無視して、自衛隊をイラクに派遣
したこと、また、派遣期間をまたもや国論無視で延長したことなどは、間
違いなく米国による直接統治の形態であり、国論というものが完全に無
視されていたのである。このような国家の一大事にあたって、国論的主
権意志が介在しなかったことが何よりもそれを物語っていた。

 イラク戦争とは、いわゆる通常の意味における戦争ではなく、あれは米
国による一方的かつ全面的な侵略戦争なのである。イラク側からすれば
暴虐な侵略にやむなく応戦したという戦いであった。このように国際的な
大義のかけらもない侵略に、有無を言わせず我が国を組み入れてしまっ
たのが小泉純一郎である。最近のBSE問題でもわかる通り、米国は日本
人の神道的潔癖性から来ている全頭検査を頭ごなしに無視し、米国流の
検査方式をごり押ししたまま牛肉の輸入を強要した。それをやむなく受け
入れた日本であったが、輸入再開一ヶ月で、今度は取り決め無視の背
骨混入の肉を輸出するという杜撰さを示した。

 この理不尽な米国の姿勢に見えるものは、日本を植民統治していると
いう米国の露骨な支配感覚であろう。「年次改革要望書」が、間接統治
的な押しつけではなく、アメリカ大使館HPに堂々と公開されていることか
らすれば、これも直接統治の一つの型である。小泉政権が直接米国統
治政権、すなわち傀儡政権であることは、ホリエモンの持ち上げ方を見
てもよくわかった。民主党が取り上げ、騒がれていた送金指示疑惑メー
ルなるものは、メールの真贋よりも、堀江と小泉派自民党の金銭がらみ
の結びつき、そして、裏社会との結びつきを国民に意識させたことは意
味がある。

 文藝評論家の山崎行太郎氏も言っていたが、ことの本質を提起した永
田議員の自爆的行動は、大きな意味では、小泉政権の反国家的意図を
白日の下にさらすということでは、逆説的にはそれなりの効果はあったと
言える。民主党員には二種類の人間が居て、旧社会党的な左翼の流れ
と、旧自民党に背を向けた比較的良心的な保守層がいる。小泉官邸に
はめられて、党籍を離脱した西村眞悟氏などはその良心派議員層の代
表格であった。

 本質的な問題は、あの郵政解散総選挙で、武部前幹事長が堀江を自
民党のマスコットに仕立てようとしたことに凝縮されている。ホリエモンと
は、宗主国なるアメリカが、日本をどういう国に仕立てようとしているかを
物語る象徴的な人物であった。堀江の世界観はあまりにも単純でわか
りやすい。すなわち、この世は、老人や伝統や国家などは阻害要因であり、
もちろん天皇などは不必要である。彼の思う日本の理想的形態は、世界
に対応できる巨大金融市場に変貌させるというアメリカの意向そのもの
である。それは巨大虚業マネー集団が跋扈する株取引社会にするとい
う発想である。

 堀江とは、市場原理主義を金科玉条とし、我が国歴史の連続性を無視
した享楽的金銭至上主義者であり、あらゆる革命理論の産みの親である
ジャン・ジャック・ルソーも舌を巻く単純さ、明快さを持つ革命家なのである。
アメリカの理想的市民の良きモデルであり、左翼パラダイスに生きる指標
的人物として格好のモデル的な人物なのである。武部たちの嘘を国民は
きちんと見抜いて欲しい。武部や小泉が、ホリエモンを、ただ、郵政民営
化に賛同する経営者だったから、あの時は応援をしたのだなどと言って
いるが、それは大嘘である。ホリエモンこそ小泉・竹中構造改革が志向す
る社会の理想化されたモデルなのである。だからこそ、彼を自民党のマ
スコットとして厚遇したのである。

 竹中-小泉が進めた構造改革路線は、アメリカが日本に強制的に導入
しているフリードマン的新自由主義であり、反ケインズ主義的政策である。
そのために、政策にケインズ的な視野を持つ政治家や経済学者を粛清
の対象としているのである。そこに西村議員や植草一秀氏がいたのであ
る。小泉たちの希求する新自由主義社会のさきがけとしてホリエモンは
選ばれ持ち上げられたのである。小泉たちは、彼らの目指す構造改革の
結果が、やがてはバラ色の未来をもたらすかのような誤った先入観を国
民に与えた。しかし、彼らは着実に日本型資本主義を破壊していたので
ある。小泉が敷いた構造改革路線には、国益誘導的性格はまったくない。
むしろ、すべてが外資利益、アメリカ利益に貢献するシステム造りにほか
ならない。

 小泉政権のこの姿勢は反国家的であり、武部が堀江を「わが息子、わ
が弟です」と言ったことは決して軽視してはならない。この言い方にこそ、
小泉政権の危険な本質が顕著に現れているのであり、それは許し難
い反国家的姿勢なのである。もっと言うなら、このことは日本が直接的
なアメリカ統治型国家に移行している現実を物語っているのである。堀
江は数冊の本を出しているが、その一冊でも読んだならば、彼の単純
明快な反日的世界観が手に取るようにわかる。

 それを踏まえても彼を応援した小泉自民党は、自身も堀江と同じ世界
観に立脚していることがありありと見えるではないか。小泉たちが、堀江
人気に乗じて若者票を誘引させるだけの魂胆であったとしても、当然な
がらその人物の品格や思想(世界観)を調べたはずである。その結果が
問題なくOKなのであるから、前政権は堀江と同根の世界観を持っている
ことを端的に示している。武部と堀江の関係を深くえぐり出して、小泉自
民党が持っていた反国家的な本質を暴き出すべきである。

 唐突だが、武部勤と言えば、評論家の宮崎哲弥とは非常に仲がよく、
宮崎自身が武部一家とよく食事を共にするとテレビで語っていたことが
ある。なぜ、宮崎哲弥のことを持ち出したのかと言えば、この男も自己
の知名度を使って、植草一秀氏の名誉をずたずたに毀損する言動をテ
レビ放送で行っていたからである。それは女性セブン(10月5日号発売)
という週刊誌に、突然、「逮捕三度目の植草には、示談7回の過去があ
る」という記事が出たことにかこつけて、植草氏自身を何の根拠もなく、
痴漢性癖を持つ病気だと断定していたからである。

 私は宮崎哲弥が武部と昵懇であるという事実を重く見る。植草氏が小
泉前政権の官邸サイドの国策捜査で逮捕されているなら、宮崎が植草
氏の事実無根の犯罪性癖を固定化するために、世間に対して印象誘導
を行った可能性は非常に高いのである。

 http://www.youtube.com/watch?v=JhgFeMPtwOU    
(女性セブン7回示談報道に関することを話題にしたトンデモ・テレビ番組)

 私は、女性セブンの「過去7回示談」報道は、前政権官邸サイドによる
駄目押し報道だと確信している。何としても植草氏に語って欲しくない事
情があるからである。「過去7回示談」の件は「女性セブン」誌のほかに、
独自の情報ソースで、放送あるいは報道したメディアはない。これはあ
るはずがない。なぜなら、旧官邸サイドが植草氏冤罪説、あるいは植草
氏国策捜査説がネット等で流されているのを見て非常な憂慮を持ち、窮
余の策として女性セブン誌に「駄目押し報道」をやらせたからである。

 過去7回示談の件に関して、確固とした情報ソースがあるのであれば、
そのニュースは他の週刊誌や新聞、その他のメディアに大々的に流され
てしかるべきである。ところが、このニュースだけは取り上げたすべての
メディアが女性セブン誌から引用しているのである。つまり、他の報道機
関はこのニュースソースを持っていないということになる。従ってこの報
道はガセネタである可能性が非常に強い。しかし、この駄目押し報道を
さらに駄目押しする役目を買って出ていたのが宮崎哲弥や橋下徹弁護
士である。

 「過去7回示談」の充分な検証もなく、ただ、女性セブン誌のガセネタ
報道を根拠として言いたい放題に植草氏の名誉を毀損したのである。
この二人の主張は植草氏の性癖は病気であるから治療の必要がある
という悪質なものである。週刊誌一誌のガセネタ報道だけで病気を確
定できたこの二人の見識とはなんだろうか。それよりも小泉官邸の中
心にいた武部勤と宮崎哲弥が昵懇の付き合いであるという事実から、
植草氏性癖論のイメージ固定化を狙う報道操作を疑うべきである。

 植草氏の報道に関して、見れば見るほど何者かの恣意性が働いて
いることが見えてくるのである。会社のパソコンの押収、関係者への事
情聴取、女性セブン誌の不自然な示談報道と、それを敢えて補完する
かのような宮崎哲弥たちのテレビ言説、これらは明らかに植草一秀氏
が大きな力によって嵌められていることを端的に物語っているのである。
つまり、警察やこれだけの規模のマスコミを動員して、植草氏を犯罪者
に仕立てることが可能なのは政府なのである。植草一秀は国策捜査
によって逮捕されたのである。


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2006年11月23日 (木)

竹中や飯島を引き継ぐ中川秀直

  ◎中川秀直は安倍ファッショ政治の中枢になる(かも)

**************************

平沼氏「ハードルが高い」・造反組、11人の動向焦点

 中川氏と平沼氏の会談の結果、平沼氏の復党は当面、先送り
となり、焦点は残る現職11人のうち何人が復党するかに移る。

 平沼氏は中川氏との会談後、「私の場合、ハードルが高いなぁと
いう感じがしている」と記者団に語った。造反組現職12人のうち平
沼氏以外の11人は最終的に郵政法案に賛成したが、平沼氏は
「信念で反対した」。誓約書の提出も当選9回のベテランには屈辱
的な対応と映る。 (11月23日、07:01  NIKKEI NETより)

***************************

 郵政民営化に反対した平沼赳夫氏は、安倍晋三首相に政策的に共鳴
するところが多々あり、一旦は復党の意思を持ったが、中川秀直幹事長
に誓約書の提出を強要されて屈辱感のうちに復党を断念したようだ。

 中川秀直氏のこの行動が何を意味するか、国民は気をつけて判断する
べきである。「誓約書」とは何だろうか。それは昨年の郵政民営化総選挙
後に成立した内閣の党是(マニフェスト)である。これに絶対に逆らわない
ように宣誓して欲しいという強要が平沼氏に対して行われたのである。具
体的に言えば、平沼氏に対して、記者会見などの公的な場で、はっきりと
郵政民営化に賛成して、一切の批判をしないことを宣誓しろということな
のである。

 後ろ指を差される苦難に耐えてまで、安倍政権の内部に潜り、謂わば
「トロイの木馬」作戦で、小泉政権残党勢力を打倒しようとした平沼氏で
あったが、さすがにこの踏み絵は踏めなかったようである。この態度が小
沢一郎に評価された。平沼氏の器は小沢一郎と互角に戦える力量を有
しているから、小沢の評価は一つの成果ではあろう。しかし、今回の中
川幹事長の妥協を許さぬ態度で、明らかに安倍政権の重要な本質が露
呈したのである。それは安倍現内閣の構造改革路線が、小泉・竹中路
線と寸分違わぬ性格と方向性を持っていることが明確になったことであ
る。安倍政権に移行するにあたり、権力側は自らの中枢に居座って絶大
な権力を有していた飯島勲元秘書官、竹中平蔵元金融大臣を官邸から
外した。

 これは国民の目を欺く目くらましであった。彼らを外すことによって、国
民の目から小泉内閣のダーティなイメージを払拭し、刷新された今の政
権は「美しい国」を目指すクリーンな政権だというイメージを持たせたこと
である。しかし、復党組に対する中川幹事長の硬骨な態度は、現政権が
小泉売国政権を完全に踏襲していることを明示して余りあるのである。
小泉構造改革路線の売国のかなめが郵政民営化法案であった。そして
この法案は来年4月から本格的に始動するのである。

 忘れてはならないことは、中川秀直という人物は小泉・竹中路線を内
部で必死に支えてきた人物である。官邸主導政治、早く言えば官邸ファ
ッショ型政治の中心にいた人物の一人が中川秀直であったのである。
今の安倍政権では、表立って安倍をコントロールし、従米売国政策を仕
切る人物が中川なのである。日本はいまだに奈落の底に向けて滑り落
ちているのである。

 つまり、今後も西村眞悟氏や、植草一秀氏のように、官邸主導による
国策捜査の罠にかけられる有識者たちが続発する可能性が大いにある
ということである。余談ではあるが、中川秀直は韓国のノムヒョン大統領
に何となく顔が似ていると思うのは私だけであろうか。


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2006年11月21日 (火)

報道と公判証言にあらわれる駄目押しパターン

   ◎報道に見られた駄目押しパターンは、
   公判にも出てくるのだろうか

 
これから述べることは私の揣摩臆測の域を出るものではないこと
をあらかじめ断っておく。

 風の噂で耳にしたが、植草一秀氏の公判は、12月6日と20日に
開かれるようである。植草氏側の証言は否認調書だけ。対して、女
子高生側の証人は、女子高生本人、駆けつけた警官二人、そして
あとから名乗り出た若い男の合わせて四人だそうである。

 風の噂だからあまり真剣に考える必要もないが、初期報道には30
代の男二人が駅員に植草氏を突き出したとある。この二人は来ない
のだろうか。それにしてもあとから名乗り出た若い男というのは誰で
あろうか。何で当日に名乗り出なかったのだろうか。後から気が変わ
って名乗り出たのだろうか。興味津々である。

 それに、これも風の噂だが、6日に植草氏は「証拠隠滅の惧れ?」
があるから、釈放はないようである。しかし、なぜ釈放されないのだ
ろうか。証拠隠滅の惧れも、逃亡の惧れも、非現実的なこと甚だし
い。誰が考えたって、依然として身柄を拘束していることが異様であ
る。

国策捜査を疑う私としては、後から名乗り出た若い男は駄目押し
の役目なのであろうと考えている。植草氏の電車内痴漢疑惑の
初期報道とは期をずらし、そのあとに出た女性セブンの週刊誌報
道では、植草氏が過去7回の示談を行っていると唐突に出した。
この7回の示談記事は話にもならない与太話である。信憑性ゼロ
の報道である。これを宮崎哲弥などは、あるテレビ番組で、さも事
情通のように喋っていた。

http://www.youtube.com/watch?v=JhgFeMPtwOU

 これは国策捜査を仕掛けた側が植草氏の社会的信用性を完璧
に剥奪する目的で出した駄目押し報道であったと私は確信する。
これと等しい駄目押しパターンが、今回の公判でも、その若い男
を出現させて証言という形で行われるのだろうか。だとしたら、凄
まじい念の入れ様である。ここまでして、女子高生を完全被害者
として通したいという背後の黒幕たちの熾烈な執念が見える思い
である。

 しかしである。女性セブン誌の駄目押し報道も、これから起こる
であろう公判での駄目押し証言も、裏を返せば、国策捜査を仕掛
けた連中の焦燥感があるのかもしれない。それはこの事件に興
味を抱く者たちの一部に、冤罪、あるいは国策捜査の疑念を抱く
者たちがいるという事実に対して焦りを感じているからである。冤
罪論、または国策捜査論は、特にネットに根強く出ている。これを
打ち消すために女性セブン誌を使って「過去7回示談」という駄目
押し報道を行ったのである。黒幕サイドは、この駄目押しを公判
でも行おうとしているのだ。つまり、女子高生一人だけの証言で
は何とも心もとなく、公判進捗が不安で仕方がないのである。

 もしも、私が6日の公判を傍聴できたなら、この若い男が何を言
うか、聴覚神経を最大限に研ぎ澄まして聴くことになるだろう。何
度も言うが、今回の記事は風聞をもとに書いたから信憑性はない
と思っていただきたい。ついでに言うが、当てにならない風聞では
東京地裁429号法廷、午前10時開廷。

  余談であるが、当時、その雑誌を片手に、女性セブンの編集室
がある小学館(千代田区一ツ橋)に行ってきた。どうせ話はしても
らえないと最初から思っていたが、案の定、当該記事担当者の女
性は剣もほろろであった。


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植草氏に関し、初期報道の悪質さ

 植草氏の痴漢報道に関して、nikkansports.comの記事に怒りを感じた
ので、そのことを書く。それは事件が起きた9月13日の翌日、9月14日と、
その翌日、9月15日の記事で、一見目立たないが、非常に重要な表現
上の変更があったことに気付いたことである。私が注目したポイントは
二人の乗客の反応である。以下の二つの記事にその乗客二人に関す
る記述を見比べてもらいたい。

  (1)[2006年9月14日13時38分]

 懲りない植草教授、今度は痴漢で逮捕    

 電車内で女子高生(17)に痴漢をしたとして、警視庁は14日までに、東
京都迷惑防止条例違反の現行犯で、元早稲田大大学院教授で名古屋商
科大大学院客員教授の植草一秀容疑者(45)を逮捕した。

 「酒を飲んでいて覚えていない」と供述しているという。

 調べでは、植草容疑者は13日午後10時10分ごろ、京浜急行品川-
同蒲田間の電車内で、私立高校2年生の女子生徒のスカートの中に手を
入れ、下半身を触った疑い。

 電車内で目撃していた乗客2人が取り押さえ、京急蒲田駅で駆け付け
た蒲田署員に引き渡した。

 植草容疑者は04年4月、JR品川駅のエスカレーターで女子高生のス
カート内をのぞこうとして逮捕された。昨年3月、東京地裁で罰金50万
円、手鏡没収の判決を受け、確定した。

  (2)[2006年9月15日8時14分 紙面から]

    植草容疑者、今度は痴漢で逮捕    

 警視庁は14日までに、電車内で痴漢したとして東京都迷惑防止条
例違反の現行犯で、元早稲田大大学院教授で名古屋商科大大学
院客員教授の植草一秀容疑者(45)を逮捕した。13日夜、京浜急行
の電車内で女子高生(17)の尻などを触った疑い。「酒を飲んでいて
覚えていない」と、容疑を否認しているという。植草容疑者は04年4
月、女子高生のスカート内を手鏡でのぞこうとして逮捕。無実を主張し
たが、昨年3月に有罪判決を受けた。最近、経済学者として本格的に
再起し始めたばかりだった。

 調べでは、植草容疑者は13日午後10時10分ごろ、京浜急行品
川~京急蒲田間の快速特急久里浜行き下り電車内で、神奈川県内
に住む私立女子高校2年の女子生徒のスカート内に手を入れ、尻な

どを触った疑い。

 この電車は同10時8分に品川を発車。席は埋まっていたが、乗客
の肩が触れるほどは込んでいなかったという。女子生徒は前から3
両目の車両中央部付近に立っていた。セミロングの黒髪、身長は約
155センチ。紺のミニスカートに白のブラウス、グレーのセーター、白
のハイソックスという制服姿で、学校行事の準備を終え、1人で帰宅
途中だった。

 調べによると、植草容疑者は品川を発車直後から女子生徒の右背
後に立ち、左手でスカートの上から尻の右側を触り始めその後、左手
をスカートの中に入れ、下着の上から尻を触ったという。当時はスー
ツ、白いワイシャツ姿でネクタイはしていなかった。右肩にバッグをか
け、左手に黒い傘を持っていたが、女子生徒は、植草容疑者はこの

傘を左手首に引っ掛けて触っていたと話しているという。

 数分間触り続けたところで、女子生徒が泣きだし「やめてください」
と声を上げた。
付近にいた30代男性2人が異変に気付き「何やっ
てるんだ」と注意
植草容疑者は黙ってうつむき続けたという。

 午後10時18分、電車が京急蒲田駅に着くと、2人の男性が植草
容疑者をホームに降ろし、植草容疑者は一瞬逃げようとしたが、すぐ
駅員に突き出された。ホームでは、植草容疑者に気付いた客らの人
だかりができたという。蒲田署員が駅事務室に到着した際、植草容
疑者は両手がふさがっていることをアピールし「この状態でできない
でしょ」などと否認したという。

 同署に行き、都迷惑防止条例違反で現行犯逮捕されてからは「酒
を飲んでいて覚えていない」と供述。乗車前、品川周辺の飲食店でビ
ールや焼酎などを飲んだという。一方、女子生徒は「許せない」と話し
ているという。

 植草被告は04年4月、JR品川駅のエスカレーターで女子高生の
スカート内を手鏡でのぞこうとしたとして逮捕。昨年3月、罰金50万
円、手鏡没収の有罪判決を受け、確定したばかりだった。短期間で
2回、女子高生がらみのわいせつ事件で逮捕されたことになる。

 植草被告は今回、手鏡は持っていなかった。「自宅に帰る途中だ
った」と話したというが、電車は自宅とは逆方向。同署では厳しく追
及している。



 (1)では、この二人は(痴漢行為を)「目撃した」と書かれてあるが、
(2)では、『付近にいた30代男性2人が異変に気付き「何やってる
んだ」と注意』と書かれている。これは解釈次第によっては、目撃し
たとも、女子高生が叫んだから初めて気が付いたとも、両方に受け
取れる表現に書き換えられている。

 要するに、この表現上の乖離を直視すれば、乗客二人が植草氏
の痴漢行為を目撃していなかったことは一目瞭然なのである。第一
報で断定的表現を使い、第二報では曖昧にぼかしている。植草氏
が最も要望するであろう弁明がまったく
出ずに、警察経由の一方的
な情報ソースから得た新聞各社の報道洪水の中で、上記のような
悪質な二重報道が行われているのである。

 乗客二人の目撃証言が未確定なら、「目撃」という表現は出来な
いはずである。ところが、それを平然とやっておいて、翌日は曖昧に
ぼかしてしまうこの神経はひどいのひと言に尽きる。報道良心のか
けらもない。ダメージの強い印象だけが植草氏の身に降りかかって
しまったのである。本当に悪質である。金を貰ったらここまでやるの
か。報道の良心以前に、人間としてやっていいのか、こういうことを。


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植草一秀氏と西村眞悟氏に見える共通性

   ◎国家の罠に嵌められた二人に見える共通性

 エコノミストの植草一秀氏と西村眞悟議員。この二人には無視しがたい
共通性が二つある。その共通性こそ、彼らが国家の罠に絡め取られた理
由を為すものである。

一つの共通性は、彼らの唱える経済政策である。前にもブログに書いて
いるが、植草一秀氏は   平成15年5月9日、全国木材産業政治連盟主
催の講演「日本経済の現状と展望」において、彼の時局分析はかなり手
厳しい小泉・竹中批判を行っている。「改革なくして成長なし」という小泉
前首相の言葉とは裏腹に政策が完全な失敗を繰り返していることを強く
指摘し、景気が低迷しているときの緊縮財政政策の危険を訴えた。

 小泉・竹中路線の転換、すなわちサプライサイド重視の逆効果性を指
摘することから始まり、内需喚起型の景気回復策を提起した。不良債権
処理問題でも、注意すべき点は、経済を改善させながら行うのが常道で
あるにも関わらず、現政権のやり方は、経済を悪化させながら、不良債
権処理のルールを不明確に行うという、タイミングを考えない拙速性が
逆の効果をもたらしているという指摘をしている。

 金融の抜本的な一括処理は、日本経済が余力を残していた当時は効
果が出たと思うが、今のように低迷を続けているときは却って、企業倒産
は増大し、銀行は破綻するというものである。事実、日本は植草氏の言
う通りに推移していたのである。

 一方、西村眞悟氏であるが、景気対策としての構造改革はまったく無
効であると断じている。まずインフレになった時を思い出すと、インフレー
ションとは、需要が溢れている時に供給が追いつかなくなり物価が跳ね
上がる。この時の不況とは、供給側の供給能力が貧弱になることが原
因となっており、対策としては供給サイドの構造を改革して、より需要に
見合った多くの品物が行き渡るシステムを構築することにある。

 反対に、デフレとは、供給側はいくらでも品物やサービスを供給できる
のに、需要が少なく、品物は売れない、物価は下がる、企業の売り上げ
は落ちる、働く人の給料は下がり、それでまた需要が減るという悪循環
のサイクルに入る。数年前の日本は典型的なデフレ・スパイラルに陥っ
ている。この対策は需要を喚起してそれを増大することに尽きる。小泉
政権の構造改革は、この単純明快な手順とはまったく逆方向のベクトル
を有していた。つまり、需要喚起を行わず、供給サイドの方にしか目を向
けていないのである。

 こうして見ると、植草氏と西村氏の経済スタンスは大きいところでは総
需要喚起を重要視していることがわかる。これは、両者とも小野盛司氏
や丹羽春喜氏などと同じ、ケインズ主義のスタンスに立っているのであ
る。西村眞悟氏は「日本経済復活の会」の小野盛司氏のシュミレーショ
ンに言及して、小泉初期政権当時の塩川財務大臣に対し、政府が持っ
ている政府貨幣発行特権(セニアーリッジ)を使えば、デフレから脱却で
き、失業率も低下、結果的に不況から脱出できるはずだと質問している。

  日本政府は、三つの財源を持っている。一つは税金徴収。二つ目は
国民から金を借りる、すなわち国債発行。三つ目は、政府紙幣を発行
することである。税金徴収と国債発行はすでにやりつくしているが、政
府紙幣の発行はまだである。政府紙幣発行特権を行使すれば、国民
から税金を取らず借金をせずに財源を調達する手段となる。この政府
の紙幣発行特権行使による財源で大減税を実施するか、または、そ
れを総需要喚起の為に投入すれば、確実に景気は回復するという意
見である。

 植草氏も、西村氏もともにケインズ主義政策推進論者である。そして、
彼らに共通する思想的スタンスは国益重視、国防的概念が基礎になっ
ている。エコノミストと政治家の違いはあれ、二人とも明らかに愛国者
である。従って、外資優先、アメリカの要望だけで動く小泉政権には遠
慮なく鋭い批判を行っていた。つまり、小泉従米政権を踏襲する安倍政
権は、残存するケインズ学派のエコノミストや政治家を、小泉時代と同様
に片っ端から毒牙にかける可能性は非常に大きいのである。国民は真
剣に考えるべきである。どのジャンルにかかわらず、国益重視の有識者
たちが粛清されたら、国民のまともな生存権すら確保できなくなる時代が
到来するのである。すでに格差社会というはっきりした徴候があらわれ
ている。

 両者共に、弱者に対する暖かいたわりの心を持っている、いはば、失
われつつある人間味溢れる世代の残像を色濃く宿しているのである。こ
れは、アメリカが塗り替えようとしている新自由主義への構造転換路線
にとっては邪魔なことこの上ないのである。かくして、この両者は国策捜
査の網に捕らえられてしまったのである。小泉の敷いた構造改革路線は、
このように日本の国益を心配し、弱い人々を守ろうとする為政者や経済
学者を奈落の底に突き落とすのである。

 平成15年に、全国木材産業政治連盟が主催した講演会で、植草
一秀氏が行った小泉批判の中には、次のような言動がある。

 『一般的には改革派と抵抗勢力に分けられるが、中身をみると
  「亡国派と救国派」勢力という表現の方が正しいような気がす
  る。我々が日本の国益を守る。国益とは日本の物は日本人が
  持つ。これが民族自決であり、日本の資産を全部外国の人が
  持つ状態を植民地という状態で、それは避けるべきである。』


 植草氏のこの言い方は、小泉・竹中路線が体現する反国益的な改
革派の生の実像を申し分なくあらわしている。小泉政権が敷いた構造
改革路線とは、国家の構造を新自由主義経済に合致させるために、
アメリカの言うがままに行われているのである。この形がこのまま続け
ば、日本型ケインズ主義を守る少数の人々は間違いなく駆逐されて行
くだろう。それは国家の崩壊を意味することになる。

 ミルトン・フリードマンが死去したと言うが、日本人も早く目覚めて新古
典派一色の弊害を早く一掃する方向に切り替えるべきである。それには、
植草一秀氏、小野盛司氏、丹羽春喜氏、西村眞悟氏、それに連なる志を
有する方々に奮起してもらわねばならない。そうしなければ日本は遠から
ず三流国家に転落し、格差社会は固定化、大多数の国民は貧窮に襲わ
れることになる。西村眞悟氏の問題発言とされた『マネーゲームの世界
に国民をなだれ込ませているのが小泉なんです。あれは狙撃してもいい
男なんです』
の中で、「マネーゲームの世界」と彼が言っているのは、フリ
ードマン的新自由主義経済の本質を指している。


 とにかく今は、虜囚の身となった偉大な経済学者の植草一秀氏を一日
も早く復帰させ、国家の役に立ってもらわなければならない。彼の不名誉
は捏造された不名誉であるから何としても回復されねばならない。彼は
潔白である。       

    


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2006年11月18日 (土)

文明論から言える教基法改正の欺瞞

 ここのところ、毎日ニュースを騒がせているのがイジメ問題、そして生徒
や先生、校長の自殺などである。なぜ今、急激にこれらの問題が突出的
に浮上してきたのだろうか。

 それは、例によって政府とマスコミがタイアップし、昨年の「郵政民営化・
是か非か 」選挙前のように、ある一つのイメージを国民に刷り込もうとし
ているのである。社会の荒廃にかこつけて、文科省が薦める教育基本法
の改正が、いかにも喫緊かつ必定であるかのような情報操作が行われ
ているのである。完全にマスコミ洗脳である。

文科省のHPを読んでみて、今回の教基法改正の意図を汲んでみた。各
条項の文面だけに限って言うなら、個々にはまともなことを書いてあるよう
に思える。特に第一条「教育の目的」にある「人格形成」と「国家・社会の
形成者として必要な資質を備えた、心身ともに健康な国民の育成」はなん
ら不備を感じさせない。

 しかし、この教育基本法なるものがどういう経緯で成立したものであるか
をなぜ歴史的に説明していないのだろうか。改正ならば、特に成立過程が
重要である。なぜなら成立期にこの体系の基本精神があるからである。そ
もそも教基法に日本人オリジナルの精神がどれほど反映されているのだ
ろうか。ここにあるのは個人の抽出であり、決定的に欠けているのは国家
と歴史の伝統時間である。今回の改変には確かに国家も、伝統も、郷土
も出てはいるが、これは取ってつけたような感じであり、日本人の素直な
気持ちから出たものではない。

 国民が関心を持つべきなのは、教育基本法というものが現行日本国憲
法と抱き合わせて作られた連合国総司令部(GHQ)による策定であると
いう事実である。つまり、教基法は、占領軍による日本民族の精神改造
を目的として、西洋近代主義を教育理念にしただけのものである。従っ
て、この教基法には民族の精神がまったく反映されていないのである。

 はっきり言おう。現行教育基本法は、明治以来、日本人教育の核を為
していた「教育ニ関スル勅語」の完全否定としてアメリカの意志で作られ、
付与されたものなのである。教育勅語と言えば、すぐに悪しき軍国主義
を彷彿とする者が大勢いるが、その誤った観念こそ、家庭内、学校内に
おける教育が崩壊してしまった根本原因なのである。

 国民は日本という国をどう考えているのだろうか。我々にはイギリスや
フランスなどとはまったく違う、日本独自の文明形態を持った長い時間が
ある。たった一度、戦争に敗北しただけで、この伝統精神や、蓄積されて
いた文明を全否定するのは大間違いである。戦前といえばすべてが悪か
ったかのような誤った歴史観が国民を席巻し、その後遺症はいまだに深
い。

 戦前日本が悪かったというのは、すべてがアメリカの独善的な正義感
から発している。縄文以来の日本が培った悠久の文明が悪いはずがな
い。西欧近代主義の矛盾や非人間的なものすべてが凝縮して出来上が
った化け物みたいな米国に、日本の至高の伝統文化をけなされる謂わ
れはまったくない。
 
 青少年、あるいは国民精神を涵養する教育体系とは、知育のほかに徳
育が必要である。この徳育の根幹はアメリカの精神ではなく、我々の先祖
が育み積み重ねてきた伝統的な精神性に基づいていなければおかしい。
つまり、教育の根幹は独自の固有文明に由来する理念によって行われる
べきなのだ。ところが現行教基法にはこの固有文明性が皆無なのだ。

 しからば、日本文明の根っことは何であろうか。それは天皇である。皇
統を奉る基本が抜けている教基法などというものは、出し殻から濃いお茶
を求めるようなものである。青少年が荒れるのは当たり前である。彼らの
DNAを励起しないような指針で教育されては、まともな人格が形成される
はずがないからである。今の日本国民に最も欠落しているのは、自分た
ちには世界に比肩されない固有の文明時間があったという矜持である。

 これがなくして目先の技術論で何が変わるというのか。「我が国と郷土
を愛する態度を養い」などという空疎な文面には日本の血が通っていな
い。教基法の改正は無効である。教基法自体も無効であり、全撤廃する
べきである。

 文明の内実を伴わない愛国心の明文化は、憲法九条を変更して、自
衛隊をアメリカの傭兵にするための前段階としか考えられない。アメリカ
人のために日本人が血を流す方向に向いているのである。経済もアメリ
カに押し付けられた新古典主義、自衛隊も日本のためではなくアメリカの
ために戦う傭兵戦力として変わろうとするこの趨勢。

 どこに日本の自生的精神があるというのか。何でもアメリカの言いなり
で動く国、日本。この媚米精神では、青少年に愛国や日本人としての自
尊心の大切さを教えられるわけがないだろう。現在の方向性からの教基
法改正は、現在以上に加速的に大量の殺人者を生んでしまうだろう。


こらあ~っ、安倍よ。
ニャンコの住む日本をミスリード

しちゃいかんニャア! (憂国シロより)


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ネコ湯タンポはLOHASなのか?

 寒くなったので湯タンポを出した。聞くところによれば、
今、ロハス(LOHAS)志向で湯タンポが流行っているとか。
まあ、たしかに熱源としては、電熱よりは柔らかくて身体
の芯から暖まるし、蓄熱装置としては経済的である。

 寒くなってきて、毎晩、シロが布団に潜ってくるようにな
った。ネコ湯タンポである。ネコも結構暖かいし、そのうえ、
横隔膜(?)のゴロゴロ音は何物にも替え難い癒し効果が
ある。しかし、シロはある時間が経つと自身が熱くなり過ぎ
るのか、あるいは酸素不足で呼吸が苦しくなるのかわから
ないが、布団から出てきて上で丸くなって寝ている。

 つまり、ネコ湯タンポは持続しないからロハスではない。
とも思ったが、考えてみれば、Sustainability (持続可能性)
の意味は使い捨てではなく、長く使えるという意味合いで
持続可能性と言うらしい。従って反復性(笑)のあるネコ湯
タンポは明らかにロハスなのである。

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2006年11月17日 (金)

命令放送について高橋清隆氏が面白い分析をしている

 森田実氏のサイトに、高橋清隆氏が鋭い視点で投稿している。
NHKへの命令放送とか、松坂大輔のMLB入りで大騒ぎしている
背景にもアメリカの戦略的意志が色濃く見えてくる気がする。

 清隆氏の視点を見て欲しいと思う。

http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/YU17.HTML


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2006年11月16日 (木)

幽閉されてもなお、弱者へのまなざしが・・

 品川駅でのいわゆる手鏡事件のあと、警察にも、検察にも、裁判所に
も、深い不信感と絶望感を持ってしょげていた植草一秀氏だった。その
彼の心を再び社会に向けさせ、言論活動へと引っ張り上げたのは文藝
評論家の山崎行太郎先生である。先生ご本人から伺ったから間違いな
い。

 そのおかげで、我々はネット放談「直言」や、その他で植草氏の言論を
眼にすることが出来た。植草氏が再び世に出て精力的に活動を始めた
ために、小泉・竹中政権の国政的巨悪の構図が見え始め、経済動向に
疎い私のようなものでも、こりゃあ本当におかしいぞ、あいつらは売国
政策をやっているんじゃないのか、という視点が確立したのである。そう
して調べ始めた矢先に、再び植草氏は幽閉の身となった。

 もともと彼は一貫して狙われていたのだと思う。小泉政権は威勢のい
い構造改革路線を突っ走り、景気低迷の中で、不良債権処理や緊縮財
政政策をやり、日本は出口の見えないデッド・デフレーションの鎖に絡ま
れていた。その突破を真摯に説いた植草氏は小泉・竹中にとっては不
倶戴天の敵として認知されてしまったのである。「あるべき金融」に書か
れた植草氏の論考を参照すると、バブルがクラッシュしたあと、資産価
格の大幅下落が資産保有者のバランスシートを著しく悪化させ、企業
活動の悪化が経済全体の停滞を招いていた状況をデッド・デフレーショ
ンと呼ぶそうである。

 この状況で優先されるべき課題は、資産価格の下落に歯止めをかけ
ること、またそれによって不良債権処理がはじめて可能になる。日本が
直面していた問題は、景気、財政、不良債権という三つの問題であった。
この三つの中では景気浮揚が最優先されねばならないことはアメリカ
が先例を出していた。小泉政権は金融問題がある以上は景気回復は
あり得ないというスタンスを押し通した。これが日本を窮地に追い込ん
だ。90年代から何度か景気浮揚があり、安定に向かったが、緊縮財政
という逆噴射政策によってそれらはことごとく失速したのである。

 財政の建て直しと不良債権処理優先の、いわゆる「改革なくして成長
なし」の小泉政策は間違っていたのである。優先すべきは景気回復路
線であった。植草氏は一貫してこの方策を訴えていた。

 植草氏は逮捕されてから64日幽閉されている。弁護士さんを通じての
みの外部との乏しい接触、かなりの情報閉鎖、そういう状況下でも植草
氏はスリーネーションズリサーチのコラムを三度更新している。そして最
新コラム(11月15日)の最後にはこう書かれている。

「障害者自立支援法、難病に対する公的助成縮小、医療リハビリの日数
制限、高齢者医療費の自己負担増など、弱者を痛めつける政策ばかりが
先行している。10年来主張してきたように「天下り」制度廃止が先行され
るべきである。豊かな社会を構築するために最重要の施策は、「弱者に
対する必要十分な施策整備」ではないか。「格差」の問題、「希望」の問
題を考えれば、公教育に財政資源を十分に投入すべきだが、事態は逆
の方向に進行している」

 植草氏は、豊かな社会を構築するためには「弱者に対する必要充分な
施策整備」と言っている。私が『植草つぶしは「りそな問題」の隠蔽にある
(10)』
で指摘したように植草経済の本質がここにある。彼の視点は弱者
に対する限りない優しさである。幽閉されてもなお、弱者や格差への憂
慮を第一義に持つこの人間は日本にとってかけがえのない人間なので
ある。
 


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