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2007年3月31日 (土)

3月28日 午前の証人(犯人逮捕者)尋問

3月28日 第六回公判、午前、犯人逮捕者への証人尋問
     (支援者B氏による傍聴記録)

3月28日の植草事件公判は午前中に、弁護側の申請による犯人逮捕者の証人尋問が行われた。以下は、証人に対して弁護士達、裁判官達、検事から様々に行われた尋問の結果を、一傍聴人が全体的にまとめたものである。当日は電車内の人物の位置関係等について、数枚の図面をもとに証人と弁護士達、裁判官達、検事の間で何度にもわたる細かな検討がなされたが、それらの図面は傍聴席からは見ることができなかったので、それに関する記述は一切はぶいてある。)

2006年9月13日夜の状況

 当日の証人の服装:黒のTシャツ、紺色のワイシャツ、グレイがかったジーンズ。
 持ち物:リュックサック。傘は折りたたみ傘。

 仕事を終えた後、10時過ぎに泉岳寺から京浜急行・快速久里浜行きに乗った。
 前から何両目の電車だったかは分からないが、乗ったのは3ドアの車輌の真ん中のドアからである。
 次の品川駅から電車は、押し合うほどではないが、かなり混んできた。
私の左隣にいた人が男だったか女だったかは分からない。
私は車輌の長いシートの端から二人目あたりに座っている乗客の前に立って本を読んでいた。

***

 品川駅を出てから2・3分後に「やめてください!」という女性の声を聞き、そちらにふり向いた。
 声を出した女性は女子高生のようにみえた。この2・3分というのは正確なものではなく、あとから逆算したおおよその見当である。
私自身は痴漢行為を見てはいない。

 その声をかけられた男は、つり革につかまってなく、女子高生の真後ろに立っていた。
 私がふり返って見た時に男は身を引く動作をしたので、被害者と被告の距離が最初はどのくらいであったかは正確には分からないが、ともかく男が女性の直ぐ後にいた。
 この身を引く動作は、身をのけぞらせる感じで、足が動いたとしてもせいぜい一歩か半歩。足が動いたとしても私からは見えなかった。
 男のこの最初の身を反らす動作は、ひるんだような、「失礼」という風な感じでであったが、その後男はそ知らぬ顔をし続けたので女子高生はますます気持ちが高ぶった。私が思うには、はっきり謝ると事実を認めることになるので、男は知らんぷりをしていたのであろう。

 女子高生は続いて、
「子供がいるのに恥ずかしくないのですか」、
「謝ってください」、
「次の駅でおりてください」と言った。

 女子高生は、男に抗議をした時は男の方に顔を向け、また顔を正面向きにもどし、また言葉をかける時には男の方に顔を向けた。男の方をふり向くのは右側からであった。
 男は少し女子高生から間隔をあけたが、位置を大きく変えたり、身体の向きを大きく変えたりしたことはない。
女子高生も場所は移動しなかった。

私が初めて男をみたとき、酒を飲んでいる気配は感じられなかった。

***

私は女子高生の最初の声を聞いて一瞬あっけにとられたが、女子高生が泣き出したので、何人かの乗客をかき分けて男の方へ移動した。声を聞いてから1分ぐらい後だと思う。
 私は女子高生に「さわられたの?」と聞くと彼女は「はい」と言った。
「突き出す?」と聞いたら、「はい」と答えた。

 私は、自分が逮捕した男が犯人だと言うことは、女と男のやりとりを見ていて、すでに分かっていた。
 また私が近づくとき、男の存在はまわりの乗客の間で浮き上がっていた。まわりの多数の乗客が一点を見つめている感じで、その中で男は注目されて浮いている感じがした。

 その男が、今この被告席にいるこの男であることに間違いはない。

 男に向かって「突き出すからね」と確認してから男をつかまえた。そのとき男はつり革につかまっていなかった。この「突き出すからね」という言葉に男はかすかに同意した感じで、文句は言わなかった。
私は右手で男の左腕を軽くたたいた。
男の所持品については覚えてはいない。

***

 私は蒲田駅につくまでの間に被害者と男の間に割り込んだ。男はややドア寄りに動いた。
 女子高生と私と男との間にもう一人ひとが入る余地はなかった。
私は女子高生と男の間にいて、泣いている彼女をなぐさめるようなことをしていたが、時々は男の方も見た。
 私は車内にいる間、駅に着いてから駅員たちに起こったことを話そうと考えていた。
 男はそれから蒲田駅に着くまでの間につり革をつかむようになった。どの段階でつり革につかまったかは分からないが、電車のゆれなどを利用してつり革の方に移動したようだ。
 電車が混んでいたので、男が逃げることは心配しなかった。電車の混み具合は、私が女子高生の方に近づく時人をかき分ける必要があるくらいの程度であった。
 蒲田駅に着くまでの間、私は男との間でそれ以上の言葉をかわさなかった。男はつり革のぶら下がって目を閉じていた。この状態が駅に着くまで続いた。その間、男が「やっていない、無実だ」などと言ったことは一度もない。

***

 女子高生と男に声をかけて一段落した時に、子どもたちの存在に気がつき、これが女子高生の言っていた子どもたちだな、と思った。子供は女子高生の後に複数いたと思う。両親がいたかどうかはさだかでないが、母親が子どもたちに話しかけていたような気がする。母親の位置は分からない。

 電車内で携帯で警察に電話をしたことはない。他の乗客が電話をしたこともない。

 男をつかんだもう一人の人物については、電車内にいたときには気がつかなかった。
 ホームに降りてから、男があばれたので、そのときもう一人の人物が男をつかまえていることに気がついた。

 男のドア側の近くに年配の人もいた。その年配者は私たちが蒲田駅で降りる時にアドバイスをくれた。

車内の他の乗客についてはよく覚えていない。

 (宮本裁判官が「弁護団は人違い説をとっているようだが真犯人が別にいたか」と質問したのに対し)真犯人があたりにいながらさっと逃げたので人違いになった、ということはない。

***

 電車が駅に到着しそうになった時、男と同じ向きに並んで左手でネクタイをつかんだ。ネクタイは真ん中あたりを二本一緒につかんだ。他の乗客がよけてくれたので、ネクタイをつかんだままドアに近づき。ドアが開いたので2人一緒に電車から降りた。ネクタイは駅事務室に行くまでずっとつかんでいた。

 降りたドアが図面上でのどちらのドアであったかははっきり分からないが、上のドアだったと思う。自分は京浜急行を利用するようになってからまだ一ヶ月もたっていなかったので電車にはなじんでいなかった。

***

 蒲田駅に降りた時、駅員は近くにはいなかった。ホームに降りてから男が抵抗したので、近くの人に「駅員を呼んでください」と頼み、駅員が来た。
男は「彼女と話させてください」と何度も繰り返した。しかし私は、女子高生は泣き続けているし、男は大声を出して暴れているので、2人を話させることはしなかった。私は男が話をさせてくれと言うのは示談を求めているのかなと思った。ホームで男がじたばた動こうとしたのは逃げるためではなく、女と話したいためだったと思う。
 駅員は男を捕まえることなく、「こちらへどうぞ」と案内するだけだったので、私も駅事務室の入口まで行った。

 駅事務室で女子高生はしきりの中に入り、男は私と並んで立っていた。
女子高生は母親に電話し、泣きながら「お母さん、また痴漢された」と言っていた。
 それから警官が大勢どやどやと入ってきた。女子高生が警官と何を話をしたかは分からない。
 男はその時も「女性と話させてください」と何度も繰り返した。

***

 私が捕まえたのが有名な植草一秀氏であることを知ったのは翌日である。
 私はそれまで前回の植草事件のことはほとんど知らなかった。上着のネームに植草という名を見たが、前回のと同一人物であることには気がつかなかった。

 私はその後事件について同僚に話をした。

 私がこの証人台に立つことになったのは、N弁護士が突然自宅に訪ねてきたことがあったからである。

(以上)


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3月28日 植草事件の公判傍聴記(4)最終版

3月28日 植草事件 第六回公判傍聴記(4)
 支援者A氏による最終版

                              

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 重いバッグも傘も、警察に押収されているわけだが、それらを持っていたことは、疑いようもないし、警察もそれを疑ってはいない。呼気のアルコール濃度から、極度の泥酔状態であったことも証明されている。これだけの荷物を持ち、しかも泥酔状態のとき、2分間も尻を触るなど、あり得ない。

 また平成18年12月20日の検察側の証人による証言は嘘であることは疑いようもない。彼は、被告が傘もバッグも持っておらず、両手で2分間尻を触り続けたと証言した。これは絶対にあり得ない。この証人は、蒲田警察署で7時間、検察庁に6回も通い猛特訓を受けたのに、その努力も報いられることはなかった。しかし、このことが、今回のでっち上げにかける警察の意気込みを物語っている。迷惑防止条例違反で、4人の検察官が公判に毎回出てくること自体、異常なのだそうだ。ただし、今回に限り一人に減った。
*********************************************************

車内の混み具合は、動けば人に触れ合う程度だった。前にいたと思われる女性が左回りに振り返った。

弁護人  若い女性は制服を着ていましたか。

被告   制服は分からなかった。

弁護人  女性が振り返った後、どこまで移動しましたか。

被告   女性は電車の進行方向に対し、右斜め後ろを向いていた。動い   た後、70~80cmの距離があったと思う。

弁護人  平成18年12月6日の意見陳述書では、あなたと被害者の距離は1~1.5mとありました。

被告   これは頭の中の間隔の距離でした。ビデオ撮影をして距離を測ったら、70~80cmだった。女性が動く前は、1~1.2mだったと思う。痴漢騒ぎかと思った。女性が大きな声を出したから、絶対に関わり合いになりたくないと思い、つり革を掴んで下を向いていた。そのとき、体の向きを変えたが、場所は変えていない。右手はつり革を掴んでいた。女性の声が聞こえ、目を開けたが、その後目をつむった。

Photo_28

かなり時間が経ってから、突然掴まれた。2人が掴んだのだと思う。向きを変えてから、30秒~1分後だと思う。その2人に対し「何ですか。ちょっと待ってくださいよ。なにもしてませんよ。」と非常に小さな声で言った。この場では、騒ぎにしたくはなかった。私と分かれば、大騒ぎになると思った。大騒ぎになれば、犯人に仕立て上げられると思い、下を向いて目をつむっていた。蒲田に着くまでそうしていた。そのときの女性の状況は分からない。泣いている声は全く聞こえなかった。到着したとき、その女性に聞いて、誤解を解かなければと思った。電車が着く直前、「逃げるなよ」と言って「逃げませんよ」と言った。つり革を握りかえしたのを覚えている。

弁護人 女性に対して、手で謝るような仕草をしたのですか。

被告  してません。謝っているような仕草に見えたのかもしれない。

弁護人  次の停車駅でネクタイを掴まれたのですか。

被告   掴まれていません。進行方向左のドアが開いて、到着後、捕まえた人に押さえつけられ、誤解を解くため話すことができると思っていた。

弁護人  周囲の人たちはどうしていましたか。

被告   痴漢騒ぎを注目している状態だった。女性と話をしたいと思っていたが話ができなかった。肉体的抵抗はそれほどしなかった。ネクタイを握っている手を振りほどくほどのことはしなかった。ネクタイが首にしまって苦しかったという記憶はない。

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やはり、訓練を受けたプロがやることですから、決して、首を絞めて殺してしまうとか、苦痛を与えるとかということは、なかったわけです。素人がやると絶対にそうはいきません。

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     ホームに着いてから、何も言われなかった。とにかく「女性と話をさせてくれ」と言った。何度も言った。取り押さえた人は何も返事をせず、強引に事務室に連れて行った。

弁護人  駅員は来たか。

被告   来ていません。どう通ったかは覚えていない。痴漢と間違われたと理解していた。「間違いだ」とは言っていない。女性と話すのが先決だと考えていた。事務室の右に女子高校生が歩いていた。その女性が事務室に入ったかどうかは、分からない。事務室の中では、女性の泣き声は聞いていない。駅員から、女性が何を訴えているか聞いていない。駅員に対し、女性と話をさせてくれと頼んだが、聞いてくれなかった。女性が声を出す前に眠っていたので、何がおこったか、わからなかった。駅員を押しのけて女性の所へ行こうとしたが、そこでもみ合いになった。

弁護人  駅員が女性と話しをさせないと言ったのですね。

被告   駅員に女性と話をさせてくれと言い、前に進もうとしたが、阻止された。相撲でもみ合うような状態になった。駅員は大きながっしりとした体格だった。必死で誤解を解こうと思った。このままでは犯人にされてしまうと思い、自分のネクタイで首を絞めようとした。以前もこのようなことがあった(品川の事件のこと)。この場で、死んだ方がよいと思った。女性と話をさせてくれと言ったが、それが阻止され、ネクタイを駅員から取り上げられた。駅員にもう一度詰め寄った。話をさせることはできないと、何を言っても無駄だった。もみ合いになった。上半身もみ合いになり、密着して取っ組み合いになった。「間違いだった」とは言っていない。騒ぎが起きるまでの状態が全く分からなかった。女性と話をさせてくれと言っただけで、逃げようとは全く考えていなかった。逃げようとしたことは全くなかった。

ここで15分間の休憩に入った。午後3:15から再開した。

弁護人  駅事務室に入った警官は何人だったか。

被告     一人だった。何をしたのかとかは、聞かれていない。女性に不快な思いをさせたというようなことを言っていない。警官が来てからは、もみあいはしていない。警官が来てからは、非常に緊張していた。警官からは名前と職業を聞かれた。身分を示すため、免許証を示した。その最中に別の男が一人、警官と所へやってきた。警官に耳打ちするのを見た。どのような話かは分からなかった。首を絞めたことを耳打ちしたのだと思う。警察署に着いて、何人もの警察官に囲まれた。連れてこられた理由は痴漢であると言われた。「やった覚えはない」と言った。書類には、「やったことは覚えていない」と書かれていた。弁解ロクシュショが作られる前に、やり取りはなかった。

弁護人  酒酔い酒気帯びカードを示す。平成18年9月13日作成ですが、これを覚えていますか。

被告   覚えています。

弁護人  カードに0.47mgと書いてある。これを認めますか。

被告   これは認めます。これは私の字ではない。このカードに、指で捺印をせよと言われた。0.47というのは、目の前で測定されたので、問題なかった。その記載の横に指印が押してある。こでは私の指印だと思う。この記載で納得しないのは、歩行能力で丸(正常)となってたが、自分の認識では、正常な歩き方ではなかったと思う。翌、9月14日、取り調べを受けた。インメン調書、身上書、身上履歴を作成した。身上履歴以外、取り調べた警察官から、説明が無かった。「痴漢したんだろ。やったと言え。」と言われた。やっていないと言った。何を疑われているのか何度も聞いたが、一切断られた。当日弁護士とは、昼と夜の2度、接見した。女性の声を聞く前のことは覚えていないと言った。分からないことは認めるなと言われた。9月15日検察に行った。何を具体的に疑われているのか説明があった。そのとき、およその内容は分かった。「やっていない」と言った。裁判官から、翌日勾留質問を受けた。裁判官から、どういう疑いかを説明してくれた。分からない点を聞いた。蒲田警察署で聞いたのと、裁判官から聞いたので、答えの内容が違っていた。

 9月15日まで、何を疑われているのか、分からなかった。9月15日には、それは絶対にないと言った。9月13日から現在まで、認めると言ったことはない。接近禁止に関する書面、準抗告申立書に書いてあった。

弁護士  その日付より、少し後、その書類の中に、駅で犯行を認めていますか。

被告   書類を作成した警官の証言にあるように「女性に不快感を与えるような行動をした」という発言は絶対にありません。そのような書類のねつ造を知って、激しいいかりを感じました。その警官に対し、申立書を見た後、そのことを正したら、「えー、そんなことまで知っているのか。恐ろしいね。でっち上げと言うんだな。」と言った。でっち上げという言葉を、検察庁の検事からも聞きました。9月15日だったと思います。

 私を取り調べた警察官が「でっち上げというんだな」と言った。私はでっち上げとは発言していない。直接検察官がネットに流れている情報を読んで「でっち上げと言っている」と発言したと考えられると言った。

********************************************************* 

でっち上げという言葉は、ネットでは頻出する言葉だろう。しかし、拷問まがいの厳しい取り調べが続く密室に閉じこめられていた人にとって、警察に対し、この言葉を口にすることは、生命の危険を脅かされると感じることなのだろう。警察は恐い。個人では、とても立ち向かえない。その怖さを悪用して、警察は発言の自由を封じている。

********************************************************

・・・ここから、上映を許可されなかったビデオの部分の説明を弁護人が行った・・・

弁護人  被害者の供述に基づく再現ビデオを紹介する。

ここで、たくさんの写真を使って、説明をしていた。写真を見せてもらえない傍聴者にとっては、何が何だかわからない。女性が左回りに振り向いた場合と、右回りに振り向いた場合の説明があった。》

被告      女性の声を聞いて下を向いて他の乗客が真後ろに真犯人がいて、真犯人が被害者に密着していた。被害者の記憶に基づくものと、私の記憶に基づくものとで作成してある。ビデオでは痴漢の部分を省略してある。被告人は見ていないから略してある。被害者の供述に基づいたビデオ撮影に、私は立ち会ったが、こちらは私は役をやっていない(自分の記憶に基づくものは、自分が役をやっている)。Tさんという若い女性が、被害者役をやった。何がわかるかと言えば、被害者供述に基づいて作ったものだと、目撃者からは被害状況は見えないはず。女性が遮る位置にある。被害者が真後ろにいる犯人の傘と手を確認することは、体をひねっても犯人の左手と傘を見ることはできないことが分かった。最初、撮影したとき、傘が当日使っていたものと少し違っていたので、再度撮影をし直した。なお、傘は押収されたままである。被害者は、犯人の左手と傘を見ることができないことが示すことができた。

次回の公判は5月18日 午後1:15


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2007年3月30日 (金)

3月28日 植草事件の公判傍聴記(3)

3月28日 植草事件 第六回公判傍聴記(3)
           (支援者A氏)

午後1:30から弁護側の被告人尋問があった。

被害者

真犯人

植草







 被告人尋問の前に、DVDの上映があった。弁護側は①被告人の供述②被害者の供述、それぞれに基づいた再現DVDの上映を2種類制作。この日は、検察側が証拠採用に同意した①の前半部分十数秒のみ上映された。内容は、真犯人が別にいて、彼が痴漢行為をした。女子高生が振り返ったとき、間違えて、植草氏が犯人だと思い込んでしまった。

 映像には12名、写っており、正確にどこに誰がいたかは描写できないが、主な人物は下記のような感じだったと思う。被害者は身長156cm、ヘッドホーンをして音楽を聴いている。そこに真犯人が尻を触り始める。触り初めてから、2秒後に女子高生は「止めてください」といいながら、ヘッドホーンをはずし、振り返る。その時真犯人は逃げ、植草氏が犯人と間違われる。
3_1

 それでは、2分触り続けたらどうなるだろう。さすがに、それは、AV女優を使わなければ無理だろう。この状況では、女子高生が「止めてください」と言って振り返るタイミングは、2秒が適切だ。2分間も音楽を楽しみながら触られ続けたのであれば、この女性は触られることも楽しんでいたとしか考えられない。それにまわりの人も、2人は恋人だと思い、公衆の面前でこんなことをするとはと、あきれるに違いない。

―――――――――――――――――――――――――――――

被告人質問に移ります。

弁護人  大崎駅付近の地図を示したいのですが。

神坂裁判長  検察官、認めますか。

検察官    見せてください。

弁護人    市販の地図です。

検察官    問題ありません。

弁護人    平成18年9月14日の被告人のいんめん調書2~3を示します。第4項以下5項、被告人の経歴が記載されていますが、間違いはありませんか。

被告人    《細かい修正点をいくつか指摘》

 今まで修正をしなかったのは、細かいところはいいということにしていました。

 平成18年9月13日の事件ですが、京浜急行JR大崎駅の中華料理店で6:30から、宴席に出席していました。顧問をしている会社で8月に社長が交替し、新社長が企画し、企画計画室が加わっていました。宴席の前は、私が顧問をしていて、外苑前にある別の会社で、宴席に出ていました。そこから、地下鉄新橋経由で、電車を乗り継いで大崎に来ました。普段は、車で移動するが、車でないときは、電車を利用しています。午前中は車でした。タクシーを使わないのは、事務所が駅から20-30秒くらいの所だし、経費節約のこともあります。これらの会社も、現在は顧問関係はありません。この事件の後、顧問を解消すると言われています。

 この日は、ビールを紹興酒を飲みました。ビールはグラス5~6杯、通常のグラスで、高さが10cmくらい。紹興酒は小さめのグラスで、20~30杯、5~6cmの高さのガラスのクラスでした。一気のみをやったので、飲む速度は速かった。普段、会食が続けば、毎日飲むときもあるし、10日位、飲まないこともある。缶ビール1杯まで含めれば、週2-3回のペース。ビール、焼酎、ワイン、ウィスキー、バーボン、ブランデーなどを飲みます。普通は焼酎のお湯割りを3~5杯程度飲みます。この日は中華料理のフルコースで、飲み放題。宴席に出た人の中で飲めない人が多くいて、飲む人は、沢山飲むというようになりました。自分は酒は好きなほうですが、大量に飲むことは滅多にありません。酒は強い方だと思います。

 宴会の出席者は、社長、社長室、経営企画室で、よく知った人ばかりでした。

 ここで、弁護人が、この宴会の出席者の一人の「○○○○○」という人に、警察が尋問し調書を取っていたので、その調書を基に、質問をした。

 ・・・○○氏が、宴会のときの席順を図で示しており、その図を見ながらの質問をした・・・

弁護人    出席者のメンバーと並んでいる位置は、間違いないか。

被告     T氏、Y氏の位置が逆だった。A氏、W氏はその通り、それ以外ははっきり、記憶していない。この日の宴会の前半は、覚えているが、後半は余り覚えていない。記憶がなくなることは、それほど多くない。酒を飲んで眠ったりして記憶がなくなったりしたことは、会わせて15回くらいある。過去に酒を飲んで眠ったこと、酔って激しい睡魔に襲われたことはあるが、酒を飲んで、記憶がなくなってしまったとき、被告が変わった行動を取ったことはない。

 宴会の後半に、ゴルフについて話したという記憶がある。宴会の始めはフルコースで飲み放題で、飲める人は飲まなければならないという話題、中国の紹興酒の謂われ、社長の子どもが生まれる話などが話題となった。取り調べのときに気付いたことだが、社長主催のゴルフコンペの日程も言った。社長が挨拶し、言葉のやりとり、ゴルフコンペに関し検事から11月3日にゴルフの約束を入れていた。11月3日は家族との予定があったので、その記載は驚いた。中国やアジアの話をした。常務の人が中国での紹興酒の話をしたことを覚えている。この宴会の前に、昼、ある政党本部に行って話をしたこともあって、政治の話題があった。

 宴会が終わった記憶が無い。終わって、個室から出るときのドア付近の光景を覚えている。大崎から誰と一緒だったか、覚えていない。宴会が終わって2次会に誘われた。終わった後、事務所に帰る予定だった。事務室には、留まるところがある。レストランがあったのは、大崎ニューシティーで、これは駅に隣接していた。大崎駅のちかくで、目黒川を越え反対側にある。

 大崎ニューシティーの近くに、タクシー乗り場は無い。大崎近辺の地図を示す。この地図の中程上に大崎ニューシティーという建物があり、ニューが書いてある近辺に・・・・

 大崎ニューシティーと大崎駅の間に、歩道橋があり、ニューシティーの3階と繋がっている。中華料理店は2階にある。タクシー乗り場は、ニューシティーの反対に降りたとき、そこに並んでいる。タクシーがいる所を丸をつけて下さい。

 泉岳寺に事務所がある。ここからタクシーに乗ると、JRに阻まれるから、遠回りになると思う。山の手通りは立体交差になっているから、直接入れない。第一興商から携帯に電話がその頃あったはずだが、マナーモードになっていて気付かなかった。大崎からJR山手線に乗ったのだろうと思う。そして、品川で降りたのだろう。京浜急行品川駅に降りたのだろう。月に6~7回、これを使うと思う。JRの品川駅の構内に連絡改札口がある。パスネットを持っていたと思う。連絡改札を通り、横浜方面に進むと、普通は改札を入ると右手に下り階段がある。連絡改札を通ったとき、電車が止まっているという光景があったのを覚えている。電車に乗るとき、逆方向だと思ったが、頭が働かなくて、どこかの駅で乗り換えればいいと考えていた。逆方向か、まあいいかと思った。泉岳寺方向の電車に乗ろう、やっぱり降りようかと思った瞬間に何人か乗ってきて、そのままになった。どの電車に乗ったか覚えて無くて、どこで乗り換えようとしていたかも分からない。

弁護人   今回のように、京浜急行以外でも、その方法をやったことがありますか。

被告人   あります。(具体例を示した。溜池山王という言葉は聞き取れたが、全部は書ききれなかった)京浜急行の何両目に乗ったか覚えていない。

弁護人  電車に乗り込んで、押し戻されて電車に入った。酔って記憶が無くなるほどだった。そのときの思考状態は。

被告人    ぐったりしていた。

弁護人    何を持っていましたか。

被告     傘とバッグを持っていた。バッグには、書類が入っていた。バッグは重さは、同程度の物を入れて測ったら4kgだった。現在、そのバッグは警察に押収されている。

弁護人   バランスはどうでしたか。

被告    思いバッグを持っていたから、つり革につかまらなければならないほどだった。

弁護人  当時のあなたの服装はどうでしたか。

被告   スーツにネクタイを結び、メガネを掛けていた。

弁護人  その色はどうでしたか。

被告   スーツはグレー、ネクタイは赤色系統、メガネは赤っぽいセルロイド製。

 降りようとしたけど、何人かが乗り込んできた。そのため、空いていたドアの反対側のドアあたりまで、押し戻されてしまった。出発してから、女性の大きな声がした。「子どもがいるのに」という声だけが聞こえた。電車が出てすぐだったと思う。その声で目を覚ました。

弁護人  《図面1を示し、それを使って説明》

被告   女性の声が聞こえたとき、進行方向左手のドアの方向に向いていた。傘を持っていた。傘のとって部分を左手に持っていて、つえにしていた。バッグは右肩に下げていて、右手はつり革を掴んでいた。

********************************************************** 重いバッグも傘も、警察に押収されているわけだが、それらを持っていたことは、疑いようもないし、警察もそれを疑ってはいない。呼気のアルコール濃度から、極度の泥酔状態であったことも証明されている。これだけの荷物を持ち、しかも泥酔状態のとき、2分間も尻を触るなど、あり得ない。

 また平成18年12月20日の警察側の証人による証言は嘘であることは疑いようもない。彼は、被告が傘もバッグも持っておらず、両手で2分間尻を触り続けたと証言した。これは絶対にあり得ない。この証人は、蒲田警察署で7時間、検察庁に6回も通い猛特訓を受けたのに、その努力も報いられることはなかった。しかし、このことが、今回のでっち上げにかける警察の意気込みを物語っている。迷惑防止条例違反で、4人の検察官が公判に毎回出てくること自体、異常なのだそうだ。ただし、今回に限り一人に減った。
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車内の混み具合は、動けば人に触れ合う程度だった。前にいたと思われる女性が左回りに振り返った。

弁護人  若い女性は制服を着ていましたか。

被告   制服は分からなかった。

弁護人  女性が振り返った後、どこまで移動しましたか。

被告   女性は電車の進行方向に対し、右斜め後ろを向いていた。動いた後、70~80cmの距離があったと思う。

弁護人  平成18年12月6日の意見陳述書では、あなたと被害者の距離は1~1.5mとありました。

被告   これは頭の中の間隔の距離でした。ビデオ撮影をして距離を測ったら、70~80cmだった。女性が動く前は、1~1.2mだったと思う。痴漢騒ぎかと思った。女性が大きな声を出したから、絶対に関わり合いになりたくないと思い、つり革を掴んで下を向いていた。そのとき、体の向きを変えたが、場所は変えていない。右手はつり革を掴んでいた。女性の声が聞こえ、目を開けたが、その後目をつむった。


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3月28日 植草事件の公判傍聴記(2)

 3月28日 植草事件 第六回公判傍聴記(2)  (支援者A氏)

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 このように、満員でもない電車で痴漢をすると、女性には逃げられるし、騒がれると、まわりの人にジロジロ見られるし、しかも逃げられないから、最悪である。だから、痴漢は、必ず満員電車で発生する。満員でもない所で痴漢をする人は、ホームの上でも、宴会の席でも、本屋でも、デパートでも、学校でも、所構わずするだろう。どこでもいいなら、せめて逃げられる場所のほうが、まだましだ。植草氏が、わざわざ、最悪の場所を選んで痴漢をやったというストーリーを作ったわけだが、こんなお粗末な、作り話を信じてしまう人がいること自体が、信じられない。もしこの作り話が、「デパートの中で痴漢をした」という内容だったら、誰も信じなかっただろう。だが、混んでない電車内では、逃げられない分、デパート以上に痴漢はやりにくい、あり得ない場所なのだ。
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証人   女子高生は、移動していた。被告人と見たとき、身をひく動作はあった。この図で言うと、降りた側は、上だった。このままするっと降りた。

弁護人  品川駅と蒲田駅で、開く側は同じですか。

証人   自分は、うといです。自分は、この電車を利用し始めて1ヶ月しか経っていないから、この電車には、それほど詳しくない。

      ・・・もう一枚の図面を示しながら・・・

弁護人  被告人、女子高生、本人、その他乗客がどこにいたか、覚えていたら描いてください。

証人   一緒に逮捕した人が、どこにいたか、気付いていない。ホームで男性が戻ろうとして、結構あばれていた。さっき電車にいた人(一緒に逮捕した人)だと思った。年配の人がいた、どこかの段階で、この子どものことを言っていた。

弁護人  子どもが近くにいたのですか。子どもは何人いたのですか。

証人   複数はいたと思うが、何人いたかは記憶にない。一人おとなが話しかけていた。女親だと思う。

弁護人  子どもがいた場所を描いてください。丸をつけて下さい。いつ、子どもを認識したのですか。

証人  女性に声を掛けて、位置を入れかえて、一段落して、このあたりに私はいました。

弁護人  女性の真後ろあたりになるんですか。

証人   この図面で、下より、位置が入れ替わって・・・
     大きく青い丸、これが子ども2人分、お母さんらしき人は分かりません。

・・・子どもを描き入れる・・・

 年配の男性は、男よりドア側にいた。その位置は特定できない。それ以外に記憶にない。

弁護士  蒲田駅についたとき、駅員は来ていなかったのですね。

証人   来ていませんでした。

弁護士   駅員を呼んできたことを、勤務先の同僚に話したのですか。話したら、その人は、ホームページにそのことを書いていますね。

このとき、検察官と弁護士が、発言を制止した。それは証拠として認めないので、その話はしないようにと。

証人   ホームについてから、駅員を呼んでくださいと言った。駅員が来て、駅事務室に行った。駅員は途中まででてきたが、協力してくれなかった。駅事務室がどこにあるか知らなかった。駅員を呼んでくださいと言った。駅員が来た。抵抗が激しかったので、駅員を呼んだ。

     「彼女と話させてくれと言った」

      話させなかったのは、被害者が泣き続けていたし、被告人は大声を出して暴れていたから。

*********************************************************
 痴漢をしただろうと、疑いを掛け告訴しようとするのなら、そしてその事実を相手の男性が、否定するのであれば、相手の男性に十分な説明をする義務があるのは当然だ。逮捕者が、痴漢を目撃したのなら別だが、そうでないなら、逮捕しようとする人は、両者の言い分を十分聞いて、痴漢をしたことが間違いないという確実な証拠が得られるまで、実力行使をしてはならないはずだ。それを無理矢理実力行使をしようとすれば、大声を出して、抵抗するのは当然である。
********************************************************

       駅事務室の入り口付近に行った。

弁護人  平成18年8月25日 駅員の山崎氏に検察官が対して書いた、駅事務室の図面がこれです。

    ・・・そこにいた人物の配置を描かせ、配置に間違いはないか確認する・・・

証人   ロッカーの位置はあっている。女子高生は斜線のあたりにいた。しきりの当たりにいた。もう一人。
     警察がくるまでの時間があったので、この場所にいた。

・・・ここで検察官が制止した・・・

検察   証人尋問は車両内に限る約束です。

弁護人  すぐ終わりますから。
     女子高生は何か話していましたか。

証人   お母さんに電話していた。

弁護人  どのようなことか。

証人   痴漢について、泣きながら、お母さんに電話して、また触られたと言ってないていた。  《また触られたということは、しょっちゅう、こういった事件で男を逮捕しているということでは》
     警察官が結構な人数ドヤドヤとやってきて、何人も質問していた。被告人は「彼女と話させて下さい」と言っていた。
  《この逮捕に備え、事前に用意周到に準備されていたのだろう。電車が駅に着いてから、僅か3分で現場の警官に一斉に連絡が行き、ドヤドヤと警官が乗り込んできた。植草氏が電車に乗るずっと前から準備が出来ていたのでなければ、こうはいかない。》

弁護人 品川駅を出て、女子高生の声を聞くまで、あなたは何をしていたのですか。

証人    それまで、本を読んでいました。

検察   弁護人から図面を示されて、あなたは位置関係を示していたのですね。

証人   自分の立ち位置が、2けんめの位置だったので・・・。
     彼女の頭越しに見た、男の位置ということで見てた。

検察   つり革の位置を確認してですね。

証人   もう少し、外側にあったように思う。もうちょっと廣いと思う。つり革との位置関係は、それほど意識せずに描いた。最初、事件について気付いたのは、「止めて下さい」と言ったので振り返って、そのときの位置関係はどうでしたか。最初の図面で女子高生を?、被告人を?で描いてください。

検察   弁護人は、?の人物が誰か他の人と入れ替わったと言っていますが、そうですか。

証人   入れ替わることはあり得ない。振り返ったとき、被告人が逃げたような動作をして、右手を・・・・やや身をひくような動作をしていた。「止めてください」という言葉に反応して身をひいた。のけぞらせるという感じ。足の移動は、半歩か、一歩しかない。動く余地は、あまりなかった。止めてくださいという言葉の後、1秒後した後、振り向いた。女子高生が「止めてください」と言った瞬間に被告人が移動したかどうか、分からない。

証人   女子高生は進行方向よりやや左側にむいていた。背の高さの違いがあったので、一直線上に並ぶような位置にあった。被告人は抗議を受けた。それに対して、一瞬「失礼」というような動作で、特に抗議に対して反応がなく、それで、女性は余計感情が高ぶったのだと思います。

検察   彼はなぜ、反応しなかったのですか。

証人   はっきり謝罪をすると、余りにも明らかになるから、なんとなくとぼけているように思います。「謝ってください」と言われて、被告人は右手を顔の前に挙げた。そのとき、被告人の表情は、ちょっとひるんだ、たじろんだ感じでした。
     最初、被告人を見たとき、つり革には捕まっていなかった。その後、女性の近くに行って、女性に「被害があった」「警察に突き出すから」と、被告人に一歩近づいて「突き出すからね」と言った。それまでの間、被告人が捕まえられたということはなかった。被告人は「突き出すからね」と言ったとき被告人はうなずき納得した。文句を言ってくることもありませんでした。
  《そうであれば、ホームで「女性とはなしをさせて下さい」と、もみあいになることはなかったのだから、これも嘘だ》

 その後、電車が蒲田駅に着くまでの間は、少し時間があった。その間に、ぶら下がるように、つかまっていたのが、印象に残っている。女子高生と男の間に立っていた。女子高生が泣き続けていたので、何となく慰めるような声を掛けた。男は、視界に入る程度の角度に立ったが、話しかけることはなかった。蒲田駅に降ろし、駅員に渡そうと思った。

弁護人    あなたの位置では、男は見えない。逃げるかとかんがえたことは無かったか。

証人    車内で移動しても、追いかけられると思い、心配していなかった。暴れるかもしれないので、降りるまでは、そっとしていた。女子高生をフォローしている感じで、被告人も目の中に入れていた。

     《おや、この人警官かな。こんな発言をするとはね。》

弁護人    蒲田駅で電車から降りるまで、自分は無実だと言ったことはありませんか。

証人     一度もありません。電車を降りてからホーム上、駅の事務室とかで無実だと言ったこともない。

・・・ここで、図面を使った説明があったが、図面を見ないと意味不明・・・

弁護人    蒲田駅でホームに降りてから、被告人が女子高生と話をさせてくれと言っていたのに、なぜさせなかったのか。

証人   女子高生との会話を示談のきっかけにするのかと思った。
       《冗談じゃあないですよ。事件発生して、まだ一度も会話していないときから、示談の話ですか。例え、そうだったとしても、話し合いをさせないのはおかしい。》

弁護人  あなたの判断では、話し合いをさせるべきではないと思ったのですか。

証人   被告人が大きな声で叫んでいたのと、激しく暴れていたし、女子高生もおびえていて、距離をとっていたので、話をする状態ではないと判断しました。
     《理由もろくに告げられず、実力で連れて行かれそうになれば、誰だってそうするでしょう。》

弁護人  男が酒に酔っている様子はなかったと、あなたは言いました。蒲田警察署の調書を、作成したのは、当日一回ですね。

証人   はい

弁護人  犯人の男は、酒に酔った感じだったと書いてあります。

証人   振り向いた瞬間には、酔っているとは思われなかった。駅事務室についてから、酔っていたと説明した。
      《これで、正体がばれました。例え、その一瞬酔っていないという感じを受けたとしても、かなり、もみあっているうちに、酔ってるなと気付いたはず。その後で、彼は酔っていたかと聞かれれば、絶対に「酔っていた」と答えなければならないはず。この替え玉さんは、別の証言に騙されましたね。青木巡査は1月15日の公判で、彼は酔っていなかったと証言してますね。彼は、これを読んできたのでしょうね。これを引用しちゃあ、駄目でしょう。自分は逮捕者の代役なんだから、逮捕者の調書を引用しなきゃ。》

弁護人  女性の声で振り向いたとき、女性の目を見ることはできなかった。男性を見たとき、浮いたような気持ちだったと言ったのはどういう意味か。

証人   男性のネクタイのまん中へんを掴んだ。これは、首が絞まらないように、表と裏と、一緒につかんだ。
     《さすが、警察官は訓練を受けていますね。こういった逮捕の方法が、最も確実だ。一般の人は、こんなこと知りませんし、やりません。》
    振り返って、女子高生と男を見たとき、男が浮いているような感じがあった。

弁護人  周囲の状況は、どんな様子でしたか。

証人   他の乗客も、すぐには気付かなかったが、これだけの人が、一人を見つめるのも初めて見た。
      《満員でない電車で痴漢をやると、このように大恥をかくだけだから、誰もやらない。でっち上げで、やったことにされる場合は、場所・状況を選ばない。》

弁護人   女子高生が抗議をするので、あなたもそうだと思ったのか。

証人    乗客は、みんなが注目していたから、浮いているように見えた。

弁護人   この図で、女子高生をなだめているときは、男は視角に入らないのではないですか。逃げると思わなかったのですか。

証人    片時も、目を離さなかったわけではない。

大村裁判官  混み具合ですが、押し合ったりするほどではないということは、簡単には、移動できないということですか。

証人   ドア付近は、混んでいた。真犯人と彼が入れ替わることはあり得ない。

大村裁判官  女子高生は右がわから振り向いたとき足の移動は、半歩から一歩だったのか。

証人    胸より下は、見えないから、足の移動はこの程度だろうと思った。

大村裁判官  顔色はどうだったか。

証人    少しやや赤く、つりかわにぶら下がる感じで、暴れたりは、車内ではしなかった。ホームに降りてから、後ろに戻ろうとして、女子高生に話したいと言っていた。ネクタイを持っていたのは、事務室まで。

  ・・・以下、後日起こったこと・・・

証人   N弁護人の尋問を受けた。自宅に訪ねてきた。今日、言ったことを言った。
     検察庁も一回行った。証言で異なっているところは無いと思う。自分が捕まえたのが、植草氏だと分かったのは次の日。手鏡事件のことは知っていた。サラリーマンとは、雰囲気が違っていた。名前は上着の内側に書かれていたのが見えた。降りる直前、Uegusaという名前が見えた。
     被告人以外にあやしい人はいなかった。

弁護人  まわりを見回したのか。

証人   全員が注視しているのは、壮観だなあと思った。


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3月28日 植草事件の公判傍聴記(1)

(3月28日 植草事件 第六回公判傍聴記(1)
                (支援者A氏)

27名の席を200名の応募があった。裁判官は

神坂尚(裁判長)
宮本聡
大村るい(前回欠席したが、今回元に戻った)

検察官  小出幹
(なぜか、今回は検察官は一人だった)

書記官 石川百合子

弁護士は4名。

最初は、弁護人が作成したビデオの上映を許可するかどうかの話し合いがなされた。結局、被告人の証言に基づいて作成したもののうちの一部のみが許可され、残りは写真による説明となった。出演者は12名。

午前中は、植草氏を逮捕した逮捕者「○○○○○○○」という人物の証人尋問であった。これは弁護側が申請したもの。弁護側が冤罪を訴えている根拠として、真犯人は別にいる、誤認逮捕だということ。しかし、逮捕者の証人尋問はそれを証明するというより、この事件がでっちあげだと証明するためということではないか。

●弁護人による質問

  証人の身長は173cm、体重は60kg。
 電車内で、犯人を逮捕した。そのときの服装は、黒いTシャツ、その上に紺色のワイシャツ、ズボンはグレーがかったジーンズ。持ち物は小さなリュックサックと折りたたみの傘。
(これが「私服の男」と警察の目撃証人が言った服装)
泉岳寺から京浜急行に乗っていた。勤務先は○○○○。仕事が終わって、泉岳寺で乗った。

弁護人による質問

証人 快速の久里浜行きに乗った。泉岳寺を10時すぎに出発、電車に乗ったときの混み具合は、人が密着したり、押し合ったりするほどではなかった。揺れれば人とぶつかるくらい。これは品川駅を出た頃の混み具合のこと。
 何両目に乗ったかは分からない。車両のまん中のドアあたりだったと思う。

・・・ここで弁護人が図面を示した・・・

弁護人 この図で左側が進行方向だと思ってください。この図面の上下左右に座席があるとして、大きく長方形が描かれている。パイプがあり、つり革が下がっていて、ピンク色はつり革の位置を示します。あなたの入ったドアはこれですか。

《図面は見せてもらえなかったが、一瞬見えた限りでは以下のような図面だった》

1_6

ここで、弁護人が進行方向を図面に描き入れた後に、証人に自分のいた位置を描かそうとしたが、証人は、どちらが進行方向かは認識していなかったと証言。ここで弁護士同士で話し合い、進行方向を描き入れていない図面に取り替え、もう一度、証人に自分の位置を描き込んでくれとたのむ。

弁護人 進行方向を考えないで、座席の位置、ドアの位置から判断して自分の位置、被害者の位置を描いてください。

弁護人 あなたの隣に人はいましたか。

証人 いたと思う。男女の区別は分からない。このとき、女性の声が聞こえた。品川駅を出て2~3分経ってから「止めてください」という声が聞こえた。その声を聞いて、そちらを振り向いた。

弁護人 その人の位置は分かりますか。その位置を丸で囲んでください。?と描いてください。

証人  《書いている様子》その声を出している女性は女子高生に見えた。女子高生は「止めてください」と言ってた。近くに男性がいたということですが、その男性の位置を描いてください。被害者は?、男性は?と描いてください。

《図面は見せてもらえなかったが、遠目で、ほんの一瞬見えた図面で描き込まれていたのは、下図の左上のようだった。


               進行方向

2_3

証人 男性はつり革にはつかまっていませんでした。

弁護人 女子高生と男性はどのくらい離れていましたか。

証人 直ぐ後ろに立っていました。

・・・ここで弁護人は証人に近づき、巻き尺を使って距離を確認しようとした。証人の前にある机の縦と横の長さを引き合いに出し、これらに比べてどうかと聞いた。証人は、縦の長さくらいだと証言。弁護人は縦の長さを測り51cmであることを確認。

証人 被害差hと男性の距離はこの机の縦の長さ(51cm)より短いか、そのくらいかといった程度だった。すぐ後ろに立っていた。自分がいた位置は、間隔が見える所ではないので、はっきり言えない。女子高生の発言は

「止めてください」
「子どもがいるのに、恥ずかしくないのですか」
「謝ってください」
「次で降りて貰いますから」

と、少し間隔を開けながら話した。

*******************************************************
平成18年12月20日に警察側の証人が、逮捕したのは「私服の男」と言ったが、このとき「車両の前方の方から私服の男性があらわれて、女子高生に話しかけました」と証言している。つまり○○○氏は私服の男なわけだ。○○○氏は車両の前方から来たとは言わなかった。それよりずっと近くにいたようだ。電車の中で、これだけの会話がはっきり聞き取れる位置だから、相当近くにいたのだろう。証言が大きく食い違っている。乗車していた人の図面を描いていたが、20日の証人の配置図とは全く異なるもののようだ。2人とも現場にはいなかった人のように思えた。

●20日の証人の証言:

○証人 話しかけた男性(○○○氏)がおじさん(植草氏)のネクタイをつかみました。

○小出検察官 その男性乗客はおじさんに何かいいましたか。

○証人 「逃げるな」みたいなことをいったように思います。

○小出検察官 「次の駅でおりるように」というようなことはいっていませんでしたか。

○証人 そういった内容もありました。

○小出検察官 それに対して、おじさんの方は、その男性乗客に対して何かいっていましたか。

○証人 「逃げないから」というようなことをいっていました。

20日の証人も、○○○氏も、これだけの会話をしっかり聞いているということは、相当近くにいたに違いない。発言内容は全然違うものの、次で降りろという発言だけは、共通しているということは、警察、検察で受けた特訓の成果の表れだ。
*********************************************************

証人 その後、男性は、自分が見た最初のときからは、少し間隔を開けた。しかし、位置を大幅に変えるほどでもなかった。女子高生は、振り返って、男性の右の方を振り向くような感で、その後は、はずす感じだった。男性はつり革を捕まるとかは、確認していませんが、その後、蒲田につくまでには、つり革を捕まっていた。

弁護人 どのつり革でしたか。

証人 このつり革につかまっていたと思う。

弁護人 男性は酒に酔っていたのですか。

証人  酔っている印象はなかった。(警察で作成した調書では、この証人は男性は酒に酔っていたと言っている。そうでしょう。この証人は替え玉ですから。私服が証人に立てるわけがないでしょう。)女子高生が振り返ったとき、他の乗客は、あっけに取られていた。女子高生が、鳴き声になったので、女子高生のほうへ、移動した。声がしてから移動するまで、何十秒。その後1分くらいで移動した。

・・・ここで、図を見ながらの移動の様子の説明となったが、図を見せてもらっていない我々には、分かりづらい内容となった・・・

弁護人 被害者とあなたが交わした会話はどのようなものでしたか。

証人 
 
   証人   「触られたの」
   被害者  「はい」 
   証人   「つきだす」
   被害者  「はい」

***********************************************************
 驚くべきは、たったこれだけの会話で、彼が実力で植草氏を駅事務室まで運ぶ決心をしたということだ。通常の人は絶対にそのようなことはしない。もし誤認逮捕であったら、逮捕者は3年以下の懲役になるし、男が暴れて怪我をするかもしれない。余りにもリスクが大きいのだ。ましてや、加害者とされている男性が逃げる気配もない場合は、話し合いの末、本人の合意の上で駅事務室に連れて行くでしょう。そもそも、この会話そのものが、12月20日の証人に聞かれていないというのも、どちらか(あるいは両方が)嘘を言っている証拠である。
*********************************************************

 その後、この男の横に移動して、男に「つきだすからね」と宣告した。結構近づいて言いました。

・・・このとき、位置を確認・・・

 男は、つり革には捕まっていなかった。左手で腰を叩くようにしていたので右手は、下に降りていたと思う。

弁護人 その男性がバッグを持っていましたか。

証人  その時点では、持ち物をもっていたか、覚えていない。左手で右手を軽く叩いた。弁護人 京急蒲田駅まで、そこにいたか。

証人  いいえ、身動きが取れない混みようではなかったし、女性の気分が悪いだろうと思って、間に入った。男は、つり革に途中で捕まった。京急蒲田駅につくまで、やりとりは何も無かった。男性も話しかけなかった。男性はつり革に捕まって、目をとじた。そういう状況が京急蒲田駅まで続いた。電車にブレーキがかかったタイミングで、男性に並んでネクタイを左手でつかみました。

弁護人 電車を降りる直前か。

証人  直前がどのくらいかわからないが、止まりきってはいなかったが、長くはなかった。他の乗客はよけてくれたので、ドアに向かって並んでいた。止まったか、止まらないかというときに、そこでドアが開いて、2人が出て行った。開いて出て行ったのは、上の方のドアだったと思う。電車内にいるとき、警察に電話はしなかった。乗客も、警察に電話した人はいなかった。ホームに降りてしばらくして、もう一人の逮捕者が協力してくれた。何人かの人が声を掛けてくれた。

**********************************************************
 頼みもしないのに、もう一人、ボランティアが現れて、実力行使を手伝ったそう。これだけ危険なボランティアを引く受ける人が、こんなに簡単に見つかるなどという話、誰が信じるだろうか。何人の人が声を掛けてくれたそうで、その間、相当時間が経過していることが、察せられる。
**********************************************************

ここからは、T弁護人

弁護人 事件が発生したのは、品川駅を出て2~3分位してからですか。
証人  それは根拠はありません。感覚的にそうだったと思う。逆算してみると、品川駅から蒲田駅は10分、事件が終わってから5分くらいは待っていた。私は、痴漢は見ていない。被告人を突き出すと決めたのは、女子高生が抗議をしていたから。それに男が顕著に目立っていた。浮いている感じだった。女子高生が、その男を見てたし、他の乗客が全員見ていた。

(次回に続く)


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2007年3月29日 (木)

3月28日 植草事件の公判傍聴記(概要)

3月28日 植草事件、第六回公判傍聴記(支援者A氏)

27名の席を200名の応募があった。裁判官は

神坂尚(裁判長)

宮本聡

大村るい(前回欠席したが、今回元に戻った)

検察官  小出幹

(なぜか、今回は検察官は一人だった)

弁護士は4名。

詳しくは後日、まとめますが、今日は要点のみ。

ビデオは制作されたもののうち、一部の上映が許可され、車内の様子が分かってきました。

それはともかくとして、私の印象ではこの公判で、この事件がでっち上げである証拠が次々と明らかになってきたと思います。

今回は、植草氏を逮捕したTという人物の証人尋問が午前中にありました。

平成18年12月20日に警察側の証人が、逮捕したのは「私服の男」であると証言した人だ。もし、彼が私服警官なら、替え玉が出てくると思われる。

①彼が言うには、植草氏を実力で車内から連れ出した後、乗客にお願いして、駅員をよんできてもらい、駅事務室に連れて行ったという。駅事務室がどこにあるか分からないからそうしたのだろう。そうであれば、どう少なく見積もっても、電車が到着してから駅事務室に彼を連れて行くまで5分や10分かかるだろう。しかし、警察の発表では、電車がついてから、この痴漢容疑者に関する連絡が警察に行き、それが、近くのパトカーに連絡が行くまで僅か3分しか掛かっていない。つまり、T氏の言うように、駅員を呼んでいたら、3分では絶対無理だ。自分は電車の中から警察に電話はしなかったし、他に電車の中から電話をしていた人はいなかったそう。であれば、明らかな矛盾であり、彼は明らかな嘘を言っている。T氏は、植草氏が酔っていなかったと証言した。しかし、警察で作成された調書には、彼は酔っていたとある。このことを弁護士に追求されると、とたんに、「最初見たときは酔ってないように見えたが、後でよく見ると酔っていた」と話しを変更した。この人と警察で調書を作った人が別人ならこんなへまも、あり得るだろう。やはり、替え玉なのではないだろうか。

②平成18年12月20日に警察側の証人が、逮捕したのは「私服の男」と言ったが、このとき「車両の前方の方から私服の男性があらわれて、女子高生に話しかけました」と証言している。つまりT氏は私服の男なわけだ。この私服の男の服装は、黒いTシャツの上に紺色のワイシャツ、ズボンはグレーがかったジーンズだったそう。これが私服の男であるT氏の服装だそうだ。T氏は車両の前方から来たとは言わなかった。それよりずっと近くにいたそう。証言が大きく食い違っている。乗車していた人の図面を描いていたが、20日の証人の配置図とは全く異なるもののようだ。2人とも現場にはいなかった人のように思えた。

③証言した会話の内容もまるっきり違っている。

●20日の証人の証言:

○証人 話しかけた男性(T氏)がおじさん(植草氏)のネクタイをつかみました。

○小出検察官 その男性乗客はおじさんに何かいいましたか。

○証人 「逃げるな」みたいなことをいったように思います。

○小出検察官 「次の駅でおりるように」というようなことはいっていませんでしたか。

○証人 そういった内容もありました。

○小出検察官 それに対して、おじさんの方は、その男性乗客に対して何かいっていましたか。

○証人 「逃げないから」というようなことをいっていました。

T氏の証言:

自分は、植草氏に「(警察に)つきだすからね」と宣告した。京急蒲田に着くまでのやり取りは何もなかった。植草氏も話しかけなかったし、自分も植草氏に問いかけていません。

T氏が証言した、女子高生と被告人との会話は

女子高生:「止めてください」

「子どもがいるのに、恥ずかしくないのですか」

「謝ってください」

「次で降りてもらいますから」

と発言した。随分気の強い女のような印象を受ける発言だ。しかし、一転して泣き出すところは芝居もいいところだ。何と、その後、駅事務室に行ってもずっと泣き続けていたそう。駅事務室では、お母さんに電話して、「また触られた」と言って泣き続けたのだそう。そして自分のパンティーを警察に鑑定に渡したとは、余りに現実離れしていないか。

弁護側では、女子高生の証言に基づいて、ビデオを撮影している。

植草氏の証言では、当時彼は、左手に傘を持ち、それを杖の代わりにしていた。右肩に約4kgのかばんを掛け、右手でつり革につかまっていた。泥酔状態で、思いかばんを掛け、体を支えるのがやっとで、女子高生の言うように両手で2分間も触り続けるなど、あり得ないことではないか。それにすべての証人の言うように、車内は随分空きスペースがあったよう。T氏は、女子高生が騒いだらまわりの乗客が全員植草氏を見ていたというから、やはりかなりスペースはあった。ということは、そんなに酔っぱらいが近づいてきて尻を触ったら、本能的に振り払うとか、2,3歩前進して難を逃れるかするに違いない。女子高生の話はやはりあり得ない話だ。

 しかも、再現ビデオで被害者役を演じた女性の話では、どうやっても、傘を持っている左手を見るのは無理だということ。残念ながら、これに関し説明をするのを検察側は認めていない。

続きは後日。


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2007年3月27日 (火)

東京地裁よ、植草事件の再現DVDを採用せよ!

 東京地裁は植草教授の再現DVDを採用せよ!

明日、3月28日の公判は午前10:00からである。弁護側は逮捕者(植
草氏を駅事務室に連れて行った者)の一人の証人申請をしており、午前
中の2時間はその証人尋問、午後は弁護人からの被告人尋問になるも
のと思う。

  公判で植草氏は無実であることを証明するために、DVDを作成した。そ
の上映を裁判所が許可するかどうかは、検察側の意見に基づき裁判所が
判断する予定になっている。その判断が微妙な段階にある。裁判所がもし
これを許可しないとなれば、この裁判が、被告人の反論を封じ込める意図
で行なわれている八百長裁判、すなわち悪質な“私刑法廷”となっているこ
とは明らかである。

 裁判所がこのDVDの上映を認めない場合、この植草事件における全体
の審理そのものが、鮮明な国策捜査の様相を帯びていることを自ら証明す
ることになる。そこには売国政治屋どもに魂を売った一部の検察だけでは
なく、裁判所までが彼らに加担して、司法の正義がゆがめられていること
が、広く国民に認知されることになる。

 DVD採用を裁判所が許可しないということは、植草事件の審理全体が
暗黒裁判であることを象徴することになる。国民は、この再現映像を裁判
所がどう扱うかに注目している。今、司法の良心が問われているのである。
もし、このDVD採用が却下されたら、私は植草事件を担当した裁判所そ
のものの裁定思想の不正義を声を大にして訴えかける。

 東京地裁の公正な判断を期待する。

 おまいら!ちゃんとやれよニャン
Photo_26

(しかし、なんだニャア、裁判所に公正を期待するなんて思わ
 ず言うこと自体が現代日本の恐ろしい現実をあらわしてい
 るんだニャア。三権分立なんて、ネコのおいらでも知ってる
 からニャン)


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2007年3月25日 (日)

植草教授は反撃の火蓋を切った!

 植草一秀氏は、「月刊日本」四月号という雑誌で、

『安倍首相よ、対米隷属経済と訣別せよ』というタイトルで
小泉・竹中路線の痛烈な批判を行なった。

 私はこの心意気を長いこと待ち望んでいた。

1_1 


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カオス・ポイントを求めて!

鹿砦社ホームページ             植草事件の真実    

 気が付いてみたら10日間、更新が途絶えていた。まあ私も普通の人間、
筆が乗らない時もある。昨年から「国策捜査」疑惑という、何と言うか、あま
りにも非日常的で深刻なテーマを扱ってしまったせいか、一本調子になら
ないように自戒しているといったところだろうか。しかし、更新が途絶える
と、何かあったのかと心配してくれる読者がいて、何やらありがたい気持
ちになる。

 数名の方から、元気ですかとか、生きていますか(笑)とか、無事という
ひと言でいいですから返事をくださいというメールが届き始めた。何にして
も、私ごときにもったいない話である。私は無事に生きております。(笑)

 さて、植草一秀事件を検証する会が、万難を排して何とか出版にこぎつけ
た「植草事件の真実」は、当初、楽天ブックスのランキングで一位に躍り出
たが、最近では売れ行きは頭打ちになったようだ。出版社はアマゾンでも扱
うように申し入れたのだが、まったく無反応だった。この状況がブックマーケ
ットに作用する、いわゆる自然な状態での収穫逓減則に従っているのか、
あるいは、ブックマーケットの需給関係に何らかのバイアスが働いたのかは
定かではないが、いずれにしても、不完全ながらもこの稀有な内容の本が
もっと人々の目に触れてくれればいいと願っている。

 私自身はひそかに期待していたことだが、この本の特異性を考えてみる
と、この本のジャンルが、既存の範疇におさまらずに未分類に位置すると
思っていたから、通常の本と違う売れ行きをたどることを半ば予測してい
た。それは、この本が数人の著書で構成されており、植草氏無実論では統
一性が取れているのだが、大きく分けて二つのテーマ性を扱った本だから
である。つまり、一方では冤罪論を提示し、私が書いた物は「国策捜査」論
を展開しているからである。私は両者の見解が混在していても、植草氏無
罪論という立場から言えば何の問題もないと考えている。むしろ、考察の範
囲が広くなり、世の中に訴えかける境界面が大きく取れるメリットがある。

 ある人間は、国策捜査などという証拠性の乏しい憶測が却って事実を希
薄にする影響を与えるではないかと、さも優等生ぶった発言をしているよう
だが、それは私から言わせれば逆である。むしろ、国策捜査の見地に立た
ない通常冤罪の地平では説得力はまるで乏しい。通常冤罪論をぶち上げ
る人にこういう言い方をする。8年間というさして長くもない期間に、三度の
性犯罪疑惑が生起し、その連続性を理由に、植草氏の「病的性癖論」が既
成事実として定着されつつある現実を、冤罪論でどうやって覆すつもりなの
だろうか。つまり、通常冤罪論では三度の連続性を合理的に説明すること
は無理なのである。

 冤罪と国策捜査では性格がまったく異なる。冤罪とは、捜査当局が犯罪
を摘発する過程で間違いが生じ、無実の人間を犯人にしてしまったにもか
かわらず、捜査当局の面子や組織防衛のために、その人間を強引に継続
捜査してしまうという形態である。要は「捜査当局無謬論」から生じた故意
による犯人仕立てである。ここには政治的な背景は存在しない。

 一方、国策捜査とは、国家の自存本能により、国家の政策に多大な影響
を与えるような才能を持った人物を最初から標的にして、政治的に、言論的
にその人物の無力化を狙ったものである。ここには百パーセント政治的な
思惑が存在している。狙われるのは主に政治家や政策提言を行なう経済
学者である。

 そこで、通常冤罪が8年間のうちに三度起きたとすれば、その生起する
確率はいかほどなのであろうか。女子高生や女性の単独の考えによるイタ
ズラ説は、品川手鏡事件に関してはまったく考えられない。しかし、東海道
線車両事件や京急電車内の事件に関しては可能性はないとは言えない。
ただし、イタズラ説をとるのであれば、警官が追尾して無理やり逮捕した真
ん中の品川手鏡事件はまったく異質な事件だったことになる。

 三度の性犯罪疑惑が起きて、品川事件を警察の見込み捜査による冤
罪、京急電車内の痴漢疑惑を誤認逮捕、あるいはその他による冤罪とし
た場合、東海道線車両内の事件はどう説明するのであろうか。品川事件
も、京急事件も、冤罪を強弁したとしても、一回目の東海道線車両のこと
も無視するわけにはいかないのだ。だとすれば、通常冤罪説でこの三度
の事件の整合性をどう解釈するというのだろうか。8年間に冤罪が三度起
きましたよと言うのと、8年間に病的性癖による性犯罪が三度起きました
よと言うのは、はたしてどちらが説得性を持つかは言わずとも明らかであ
ろう。通常冤罪論では三度の連続性を無効化することは絶対に無理なの
である。

 通常冤罪論を主張する者も、マスメディアの偏向報道を指摘しているが、
それならなぜマスメディアはそういう偏向報道をやらねばならなかったの
か、その理由を鮮明に述べる必要がある。その肝心な部分を思考停止し
ておいて、通常冤罪論を優等生ぶってぶち上げても、三回という性癖論に
対しては無力であろう。マスメディアが軒並みに植草氏の病的性癖論をイ
メージとして固定化させたのは、背景にアメリカの対日占領政策があり、
そのことに重大な警告を唱える植草氏の言論を封じ込めるためにほかな
らない。彼を嵌めた勢力は、小泉・竹中の従米傀儡政権筋なのである。
この背景はすでに国策捜査の前提領域なのである。

 今まで私が述べたことをよく反芻すれば、その意味は明確だが、三度
の連続性を性癖説以外で捕捉でき、かつ充分な説得性を有する考え方は
国策捜査以外にありえない。従って、小泉・竹中売国政策路線と植草氏が
政策上でどういう対立があったのかを、こと細かく分析すれば、植草氏が
国策捜査の罠に嵌められる充分すぎる動機が存在することが明らかとな
る。その対立軸の中では、特にりそなインサイダー疑惑という大規模な経
済犯罪が存在したことは、重要な要件として上げられるのだ。

 本の売れ行きに話の本筋を戻すが、冤罪論と国策捜査論の混交という
稀有の形態を有していることがこの本の特徴だとすると、この本はジャン
ル的には未分類であり、珍しい独自性を持つと考える。そういう目で見た
場合、複雑系経済学のアーサー・ブライアンの言う『収穫逓増』の作用が
働いて、この本は売れ続けるかもしれないと思っていた。しかし、国策捜
査という事象そのものに多くの人々が無関心であることが、この本の売れ
行きを収穫逓減の典型的なパターンに置いたのかもしれない。

 つまり、この状況を突破して、植草氏の無罪と名誉を世間に納得させる
ためには、小泉・竹中政権がいかに売国的施政に徹していたかを暴き、
世論喚起をすることにある。私のつたない能力がどこまでそれを可能に
出来るかわからないが、やる価値は充分にある。

植草氏の無実を信じて、私なりに応援の活動を行なっているが、彼が陥
れられた国策捜査の背景を考えていると、戦後日本が、なるべくして進ん
できた道筋の向かう先が、あるオメガ・ポイント(終局点)に向かって、急速
に加速の度合いを高めてきたという実感がある。これを三島由紀夫の予見
した「無国籍化」への道程と見るならば、そのオメガ・ポイントは明らかに破
滅点(バニシング・ポイント)となるが、民族や国家の歴史は、人間が考えた
ようには単線的な推移はたどらないものである。

 おそらくは、我々が漠然と持つ暗澹たる未来のオメガ・ポイントは、複雑
系の揺らぎの道程をたどり、ぎりぎりのところで民族の潜在能力が覚醒す
るに違いない。その時、我々がオメガ・ポイントだと考えたいわゆる破局点
は、起死回生のカオス・ポイントになり、我々は新たな秩序・パラダイムを
明確に展望できるかもしれない。日本民族にはそういう底力が封じ込まれ
ている。


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2007年3月15日 (木)

胴体着陸に敗戦の悲哀を見た

     (3月13日)  

 午前、NHKを観たら四国の高知空港の実況中継だった。何だろうとその
まま観ていたら、大阪伊丹空港から高知空港へ向かった全日空のDHC8と
いうプロペラ機が空港の上空を旋回中だった。機の前輪が降りなくなり、本
体車輪のみで着陸しようとしていたところであった。その前に一度着陸を試
みたが駄目だったらしい。

 乗客は56人、乗務員は4人、合わせて60人の命がかかった「半胴体着
陸」が、まさに今から行なわれようとしていた。テレビの画面に目が釘付け
になった。爆発炎上の悪夢がよぎった。 飛行機は機首を水平にして減速
し、そのままランディングに移ったが、機首底部から二回くらい火花が散っ
ただけでスムーズに停止した。機体そのものは損傷もなしに着陸できたの
で、見た目には安心したが、地面と金属の摩擦でかなりの高熱を帯びてい
たらしく、消防車が機首に放水をするのを見て、まだ予断を許さない状況な
のかと注視していた。しかし、どうやら事なきを得たらしい。

 航空評論家は、マニュアルに即した冷静な操縦を行なったパイロットの腕
を評価していた。確かに爆発火災も起きずに無事に着陸したことは旅客航
空史の僥倖であろう。アナウンサーがこの機体はカナダのボンバルディア
機だと言っていたので、ネットで調べたら、そのボンバルディア機は故障が
多いと書いてある。そうだったのか、危ない話だなと思った。しかし、それは
それとして、私は急にあることに思い当たって、しばし強い悲哀感に苛まさ
れた。

 この航空機事故の生中継を見ていて、私の胸には日本の戦後史のある
先鋭的な断面が急に去来した。今から、数十年前の高度経済成長期、日
本はその工業生産のダイナミズムと優秀な品質管理能力で、家電や自動
車、その他の工業製品が瞬く間に世界中を席巻し、世界の奇跡と呼ばれた
時代が確かにあった。この事実は戦後史に燦然と輝く我が国の誇らしい記
憶である。

 しかし、造船、新幹線、家電、自動車など、世界のトップレベルを行く勇躍
を成し遂げた我が国は、ある科学部門がまったく駄目であったことを自覚す
る者は少ない。戦後の成長期も含めて、今現在も駄目なものとは何であろ
うか。それこそが、我が国戦後の航空産業である。我が国の航空産業史
は、敗戦を境にして見事なまでにぴったりとその連続性を途絶えている。か
つては三菱があの芸術的な名機である零式艦上戦闘機を生産した。その
日本は大東亜戦争に敗れてから航空史の発達を止めた。唯一、ターボプロ
ップのYS-11を造ったのみである。下記のサイトは誰が書いたのか筆者
は不明であるが、日本の航空産業がYS-11で頭打ちになった歴史的契
機をロッキード疑獄事件に見ている。

http://speech.comet.mepage.jp/note02/mint_070.htm

私も基本的には、田中角栄が関与したこのロッキード事件の背景には二
面性があり、両方ともアメリカの強い関与があったと感じている。一つの側
面は当時の田中首相が、原油の輸入ルートを中東以外の所に求め、石油
メジャーの逆鱗を招いたという、比較的知られている話である。もう一つは、
上記のサイトで主張するように、アメリカが日本の航空技術の発展と、大空
の航路覇権を求めることを畏れ、日本の航空運輸の未来をつぶしたことで
ある。

 アメリカが日本の航空産業を発展させなかったのは、GHQ統治の時代か
らである。アメリカは真珠湾を日本に叩かせ、開戦の理由を作り、わずか三
ヶ月で日本を降伏に導く算段でいた。ところが、日本は物資の消耗時点が
終局点ではなかった。連合国の思惑に反して、日本は三年と八ヶ月を戦い
抜いた。それどころか、ミッドウェー海戦で優勢な戦いをしていたら日本に
勝機はあったのである。

 日本は降伏が近づいてきても、特攻や玉砕戦法を行い、戦陣訓の「生き
て虜囚の辱めを受けず」の精神を貫き、祖国防衛の熾烈さを見せ付けた。
大東亜戦争で日本民族のポテンシャルの高さを痛感した米国は、戦後、日
本の国力を殺ぐ方針を徹底して実行した。終戦後、GHQはマスメディアを
駆使することによって、“閉ざされた言語空間”を日本人の心理空間に施し
た。ありていに言うなら、これは全国民レベルの洗脳(WGIP)だった。

 大東亜戦争末期、弾薬も、食料も、原油もほとんど尽きかけていた日本
人は、特攻戦法を採用する頃から、最後の精神戦争に突入した。後世の
人間は、特攻や玉砕戦法に至った状況を、無能で無駄な戦いだった、戦
後、国家を再建するには著しい阻害をもたらした無意味な消耗戦であった
と捉えるものは多い。私はまったく違う見解を持っているが、これについて
の評価は本論から外れるので今は語らない。言うべきことは、特攻や玉砕
戦法は、日本人が極限的位相における立ち居振る舞いに現われる最も日
本人らしい行動だったということである。しかし、それは、結果的に民族の
精神を深部から疲弊させた。

 銃後の国民も含め、死力を尽くして祖国防衛の戦いを行なった先人たち
は、天皇のご詔勅を耳にし、ようやく武装解除を認め、即して精神の武装解
除まで行なった。私の父も含め、終戦時のこのプロセスを踏んだ生き残りは
まだ多く残存している。しかし、彼らは、自らその口を開いて、当時の“精神
の”武装解除を語ろうとはしないのである。それはなぜなのか。その時を生
きてきた者にしかわからない歴史的な感情があり、それは言葉になりにくい
のかもしれない。

 後世の我々はそれを敗戦ショックという無機的なひと言で無造作に括る。
だが、実際は、戦争に負けたという認識によるショックではなく、祖国防衛、
本土防衛に費やした精神戦による底知れぬ消耗であったと私は思う。終
戦のご詔勅の直後、日本民族は建国以来、未曾有の心理的空白(エアポ
ケット)に遭遇したのである。江藤淳の言った“閉ざされた言語空間”とは、
単にGHQがメディア統制のために行なった放送コードだけを指すのではな
い。それは本土死守を覚悟して精神戦に突入し、天皇のお言葉があるまで
は、生きながら鬼道を踏みしめた先人たちの深い眠りなのである。これが
俗に言う東京裁判史観の深層なのである。

 こういう洗脳空間に落とされても、日本は工業立国として世界の最高水
準までその技術を高め、研鑽を続けた。その結果、家電、半導体、自動車
などはどの国も太刀打ちできないレベルまで到達した。ところが、自動車の
次にやろうとした航空機、それも軍用と無関係な旅客航空機が当初から壊
滅的状況に近いものだった。1960年代、日本はターボプロップのYS-11
という旅客機を造り、数々の試練を経て実用にこぎつけ、世界の評判を得
たが、1973年に戦後唯一の旅客機は後継もなくその幕を下ろした。戦
後、我が国が作った旅客機はそれ一種類だけである。これは日本の航空
産業史のあだ花となった。

 そこで、冒頭に書いたボンバルディア機の胴体着陸を思い浮かべて欲し
い。カナダのボンバルディア機は故障が多くて空のシンドラーと書いた週刊
誌があった。粗製乱造とまでは言わないが、この規模の旅客航空機では寡
占状態にちかいシェアーを有しているようだ。四国の胴体着陸は、パイロッ
トの見事な操縦によって事なきを得たが、考えてみると、陸、海、空の乗り
物の中で最も安全を確保しなければならない乗り物は、重力に逆らって飛
ぶ飛行機である。世界中の人々の生命の安全を託す飛行機は、最も堅実
で品質管理に優れた民族が造るべきなのである。先人たちはゼロ戦や戦
艦大和を造った。

 そう考えた場合、我々日本人が旅客飛行機を造るに最も相応しいと思っ
ているのは私だけであろうか。ところが日本製の旅客機はどこにも存在し
ていない。妙だとは思わないだろうか。工作機械、自動車、電子機器、制
御機器、液晶パネル、そういう技術では世界の最高水準にある我が国が、
なぜ旅客機を造っていないのだろうか。品質管理、工程管理でも日本人に
敵う民族は現われていないのだ。日本が旅客機を造らないのは、造れない
のではなく、世界最高水準の物を造る技術力があるからこそ“造れない”の
である。このアイロニーがおわかりだろうか。

 アメリカが造らせないからである。日本人に空の乗り物を造
らせたくないのである。たとえ民間の飛行機であっても、制空権を手放した
くないアメリカは、世界で最も優れた飛行機造りを実現してしまう日本人に
夢の飛行機を造らせない。この意識に、特攻機の残像が影響していないと
誰が言い切れるだろうか。そして、私が日本人の敗戦ショックをわざわざ書
いたのは、日本人自らが精神の深い部分で戦いを封印したからである。つ
まり、日本人が飛行機を造らないのは、アメリカの圧力という表面的な理由
とともに、民族自らが、東京裁判史観という口実を基にして、空で戦うことを
禁じたからである。だから空を飛ぶものは模型ヘリしか作らないのだ。これ
はある意味、自主的な“刀狩り”と言える。

 日本の刀狩り状態は、憲法規定における自衛隊の異様さだけではない
のだ。飛行機を造らない国という悲しい宿痾を背負っていることに民族が
思考停止していることがそのことを示している。胴体着陸を見ていて、私が
強い悲哀感を味わったのは以上の理由からである。
 


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2007年3月 7日 (水)

ファスト風土化と命名権ビジネス

植草事件の真実小泉の「自民党をぶっ壊す、「47.7%の得票率で、73%の議席獲得の「圧勝」自民。小選挙区制インチキ選挙。」、結果安倍で、やらせ・ごまかし・改悪やり放題、で、「日本の9・11絶対に忘れない」バナーキッパーをかぶっていったいなんのつもりだバナー

 3月4日の日曜日、爆笑問題と阿川佐和子さんが司会をするフジテレビ
の「スタメン」という番組で、命名権ビジネスの話を取り上げていた。命名権
ビジネスとは、例えば野球の競技場などにスポンサーや商品の名前を付
け、代わりに権利料を払うビジネスのことを言う。命名権は英語ではネーミ
ングライツ(Naming Rights)と言う。

 命名権ビジネスはスポーツ施設だけに限らないが、ここではスポーツ施
設の命名権について述べる。私が指摘したいことは、命名権がアメリカ発
のグローバル・スタンダードと密接な関係を持つということだ。命名権ビジ
ネスの存在そのものが、市場原理至上主義によって破壊される伝統や文
化を示している。命名権ビジネスの風潮は、現代特有の現象であると当然
のように捉えている人が多い。しかし、実はこういう感覚こそ、グローバリゼ
ーション浸透による国民意識の頽廃であり、日本人の自己同一性の危機な
のである。

 町や市の施設に命名権を使用することは、テレビ側の調べでは約六割の
人間が賛成しているそうである。その理由として、町や市が、その施設の
新しいネーミングによって、資金的に潤い、活気付くことは好ましいというこ
とが上げられていた。スタメンに出ている解説者も命名権ビジネスに諸手を
上げて賛成していた。しかし、コメンテーターの中で、宮崎哲弥氏は、命名
権ビジネスについて比較的まともなことを言っていた。

 彼は全国にある有名な施設は、その街の“ランドマーク”的な意味合いが
あるから、それを商業主義的な価値に置き換えてもいいのかというような疑
問をはさんでいた。それにはまったく同感である。そういう捉え方ができる
宮崎は惜しい男である。彼は知識もあり頭も切れるが、小泉政権的な売国
潮流にすっかり魂を売る情けない評論家に成り下がっている。特に、植草
一秀氏を悪し様に病気呼ばわりしたことは、前政権絡みと気脈を通じてい
るとしか思えない。電波芸人のテリー伊藤や電波弁護士の橋下徹と同じ類
である。

 それはともかく、日本全国の名だたるスポーツ施設は、この命名権ビジネ
スによって、無残にも露骨な商業主義的ネーミングに席巻されてしまった現
実がある。これを読んでいる読者諸氏も、身近にそういうスポーツ施設を見
て思い当たるに違いない。その例をいくつか上げてみる。

フクダ電子アリーナ    千葉市蘇我球技場       2005/10~
iichiko総合文化センター  大分県立総合文化センター   2005/4~
インボイスSEIBUドーム  西武ドーム           2005/4~2006/12
エプソン品川アクアスタジアム   品川アクアスタジアム  2005/4~
スカイマークスタジアム   神戸総合運動公園野球場    2005/4~
福岡Yahoo!JAPANドーム     福岡ドーム       2005/3~
フルキャストスタジアム宮城   県営宮城球場       2005/3~
日産スタジアム         横浜国際総合競技場    2005/3~2010/2
シャネル ルミエール   東京国際フォーラムガラス棟    2004/4~
Yahoo!BBスタジアム    神戸総合運動公園野球場     2003/4~終了
味の素スタジアム    東京スタジアム          2003/3~2008/2
サントリー東伏見アイスアリーナ  東伏見アイスアリーナ   1996~終了



 これは全国の命名権ビジネスのほんの一角であるが、時期が2003年
から2005年くらいに集中していることがわかる。鋭い人は、この時期に思
い当たることがあると思う。そう、これは小泉政権が、りそな問題を筆頭とし
て、郵政民営化に進むまでの従米売国体質が最も顕著に出ていた頃の時
期と一致しているのだ。

 重要なことは、この命名権ビジネスというものが、三浦展氏の創案した造
語である「ファスト風土」化に連動して起きていることである。ファスト風土と
は、地方社会において固有の地域性が消滅し、大型ショッピングセンター、
コンビニ、ファミレス、カラオケボックス、パチンコ店などが、無規律に郊外に
建ち並ぶ現象であり、それが全国の郊外風景の単一化、画一化をもたらし
ている。この「ファスト風土」という造語は、おそらくファスト・フードから来て
いる。

 ハンバーガーやホットドッグのような即席立ち食い食品をもじって「ファスト
風土」なる言葉が生まれた。地方特有の風土に市場原理一色で染められ
た即物的な大型店が進出し、ファスト・フード店やコンビニと同様に、業績が
悪ければすぐに立ち退き、そこにはぺんぺん草も生えないコンクリート荒野
が野ざらしになってしまう。伝統や文化などの地域性を頭から無視した市場
原理最優先の空間創出で、地方の特有性や風土が根こそぎ破壊されてい
る状況を「ファスト風土化」現象と言う。

 全国の知られたスポーツ施設の名前が、企業の宣伝に使用され、ランド
マーク的な地域性を有した施設が企業イメージだけに矮小化されてしまう
ビジネスが命名権ビジネスである。公共的な建物や施設は、その地域の
インフラでは、共通イメージとして、その地域に住む住人の共有財産とな
っている。つまり、文化のシンボルである。たとえ、その施設で興行される
イベントが商業主義になっていても、そういう活動を提供する空間として、
その場所は公共空間である。しかし、そこに特定企業のコマーシャリズム
を適用すると、公共空間が特定の企業のイメージに特化され矮小化され
てしまう。ゆえに、命名権行使とは、明らかに公共空間的な意味における
文化破壊なのである。

 命名権が濫発されてきたことは、グローバリゼーションの浸透だけが問題
なのではない。実はそれを無批判に受け入れてしまう国民精神にその問題
の根の深さがある。煎じ詰めて言うなら、それは戦後民主主義が招いた究
極の成り行きである。今、世界中で起きているグローバリゼーションというも
のは、国家や地域の伝統や多様性を根こそぎ破壊して、そこには物質的な
市場原理主義だけが横行する血も涙もない弱肉強食の空間を現出するこ
とである。これは最終的に巨利を得る得体の知れない国際金融資本がそ
の中心にいて、この趨勢を司っているのである。はっきり言えば、彼らが地
球環境の元凶的破壊者であり、南北格差の真因であり、人類の敵であるこ
とは間違いない。

 私が言いたいことは、この日本だけに限定してみても、このグローバリゼ
ーションを世界共通の人類社会の趨勢であると決め付け、その受け入れが
当然であるかのような前提で世界観を構築している有識者が多すぎるとい
うことである。この趨勢を肯定したら、彼らは当然ながら親米的スタイルに
ならざるを得ない。グローバリゼーションは人類の進化史として蓋然的に発
生したものではない。これは一部の金融資本家たちが、より効率的に富を
世界から収奪する目的で、世界中に仕掛けた金融システム的な罠(トラッ
プ)なのである。

 言い換えれば、国際金融資本の不気味な親玉たちが、世界中に張り巡
らしている金融収奪システムのフランチャイズ化なのである。これは、あた
かもヤクザがショバ代(アガリ)を押収する構造と同じ仕掛けなのである。
我々は国際金融ヤクザが世界中からショバ代を収奪する機構造りを、グロ
ーバリゼーションなどと呼んで、何やらありがたい現代的趨勢のように思い
込んでいる。しかし、このシステムを敷設している存在が人類文明の寄
生体であることを知るものは少ない。
リチャード・コシミズさんやベンジャ
ミン・フルフォードさん、あるいはマッド・アマノさんなどは、この存在を実に
小気味よく指摘していると思う。

 この国際金融ヤクザ、すなわち「奥の院」は、かなり以前から対日戦略
として、日本の伝統構造の破壊と、それをグローバリゼーションに整合さ
せるために国際関係の表裏にわたって画策を続けてきた。日本に対し、こ
れが陰湿な形で現われたのが「年次改革要望書」という対日経済イニシャ
ティブの敷設なのである。命名権ビジネスの発生はそういうプログラム遂行
の中の小さな一角である。

 日本人でグローバリズムの危険性を知っている者がどれくらいいるのだろ
うか。圧倒的に少ないと私はみている。橋本政権時代に改正された大規模
小売店舗立地法(新大店法)を皮切りにして、我が国は全域的に大型店舗
が地域を侵食し、伝統ある国土が瞬く間にファスト風土化されてしまった。
これによって、戦後民主主義に汚染されていた国民精神は、よりいっそうの
日本的心象風景の崩壊を招いた。地域性、風土性の崩壊が国民の精神を
退嬰させることは当然の成り行きであった。こういう日本人の精神崩壊に呼
応して、米国「奥の院」は日本に「年次改革要望書」を敷設した。それは、
米国大使館のHPで堂々と一般公開されている。

 米国がなぜこの片務的な対日圧力要望を堂々と公開しているのか、その
理由が上記の説明でよくわかったと思う。そう、日本人の精神構造がすで
に崩壊しているのである。今の日本人はアメリカによる日本国富収奪の意
図があからさまに見えても、それに抵抗する気概さえ失せた情けない民族
になっているのだ。まさにアメリカに管理、飼育される動物農場(アニマルフ
ァーム)そのものである。だからこそ、アメリカ「奥の院」は小泉純一郎という
稀代のチンピラ宰相に力を与え、竹中平蔵というハーバード・シンジケート
の犬を経済ブレーンに使うことによって、我が国の国家改造に見事に成功
したのである。

 こういう流れの中で、我が国の最も良心的なエコノミストである植草
一秀氏が、その良心の叫びである小泉政権弾劾を実行した。
植草氏
は最も勇気ある日本人である。他にも小泉政権の危険性、インチキ性を見
抜いている有識者は数多くいた。しかし、彼らはその怯惰(きょうだ)と自己
保身から、アメリカの対日矯正プログラムに飲み込まれてしまったのであ
る。彼らを卑怯者と言い切ってしまってはあまりにもかわいそうなのだが、
彼らはその惰弱ゆえに、自身の未来と子孫の未来をつぶしてしまったので
ある。

 私は何度でも言う。植草一秀氏のような本物の有識者の洞察力を大事に
しなければ、このままでは日本は確実に沈んでしまうのだ。私や他の支援
者が植草氏を擁護する姿勢には、瀕死の日本を蘇生させたいという強い希
望がある。この日本はまだ捨てたものではない。我々の先祖たちの弛まな
い努力と忍耐、そして研鑽によって、我々自身のDNAには信じられないよ
うな潜在能力が宿されてる。物体が柳の枝のようにたわむ性質を“可撓性
(かとうせい)”と言うが、日本民族の可撓性は巨大である。折れる寸前ま
でたわむが、日本民族は必ず復元する。今の日本はまさに折れて息が尽
きそうな気配であるが、それだからこそ、このすぐあとに大いなる勇躍が待
ち受けている。私はそれを信じている。


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2007年3月 6日 (火)

月刊「紙の爆弾」に私の記事が出ます

鹿砦社ホームページ
(↑クリックで鹿砦社ホームページへ)

 
エコノミスト・植草一秀氏が国策捜査に嵌められたことと、
そういうことが起きる時代背景を少し考察してみました。
(神州の泉 管理人 高橋)

月刊『紙の爆弾』4月号
3月7日発売!

A5判/160頁 32ページ増!
特別定価600円(本体571円+税)

緊急レポート!その時ヤクザ業界では何が!? 山口組VS住吉会 新東京
戦争の舞台裏日本音楽著作権協会(ジャスラック)に刑事告訴され、逮捕
された老舗ピアノバー店長 日テレに編集された「本当に言いたかったこ
と」「X-JAPAN再結成」報道 先走るTOSHIにYOSHIKI、小室哲哉ら
大顰蹙
「あるある大事典」捏造の根本的原因 まさに奴隷以下!の制作会社の
実態
テレビ界の「捏造」に拍車をかける仕出屋プロダクションの最新“仕込み”
事情
“華麗なる一族”大社ファミリーが築いた日本ハムの懲りない偽装体質

多発する食品会社の不正 不安だらけの加工食品とその業界体質
パチスロ狂乱回顧録2001-2006(6)史上最悪4号機ゴト地獄の最前線
=ホールセキュリティT氏の証言(前編)
2007年はパチンコ凋落年 ”不況ですら儲かる業界”神話の崩壊
家庭教師派遣業界 ボロ儲けのカラクリと業界最大手「家庭教師のトライ」
の悪徳商法
それからの「外務省のラスプーチン」佐藤優外伝
『哲也』(原作)『人は見た目が9割』の竹内一郎(さいふうめい) サント
リー学芸賞受賞に批判の声が続出

「植草事件」に隠された闇??メディア報道にみる
欺瞞の時代構造
(高橋博彦)

関西テレビ番組審議会委員長・渡辺武達教授の「市民主義」を構成する
矛盾と混乱
八百長はなくならない!?
徹底暴露! イラク侵略戦争を支えてきた「七つの嘘」
「裁判」報告

《連載》
美しい国ニッポンに住む人々
芸能裁判10
マッドアマノ「風刺画報」
村田らむのテケテケ見聞録 「東京タワーでデート?」編
ベラミ伝説4
ニッポン主義者同盟(遊郭派)
高須新聞


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2007年3月 1日 (木)

2/28日、第五回公判傍聴記

2月28日の公判を傍聴して(支援の会・某氏)

 今回は27人の傍聴が許されたが、190人の傍聴希望者があり、競争
率は7倍であった。記者は、以前の公判よりかなり減り今回は7名しかい
なかった。記者のための席は12あったが空席が目立ち、以前の公判の
ように、途中退席して速報を本社に報告する姿も見られなかった。警察
側の発表は報道するが、被告人の発言は報道しないというマスコミの
偏向ぶりが露骨に現れた。

裁判長 神坂尚
裁判官 宮本聡
裁判官 日野進司(前回までは大村るいだったが、その替わり)

検察官  小出幹
検察官  山崎文子
検察官  石川一彦 (前回までは森田秀人)

 今回は、弁護士側がびしびし要求を突きつけていた反面、検察側は元
気が無く、ぽつぽつと「検討します」程度の答えだった。

 最初、弁護士が変わったということで、冒頭陳述のやりなおしから始ま
った。まずは弁護方針の表明から。主張するのは、

①被告人控訴事実に記載されたような被告人が痴漢行為を行ったという
 事件は存在しない。

②被告人は痴漢行為を行っていない。つまり痴漢行為が存在しないのだ
 から、誤認逮捕である。

 被告人の当日の行動:

6時20分、大崎の中華料理店で、顧問を引き受けている会社主催の、飲
み放題のパーティーに出席した。一気のみをしていた。飲める人と飲めな
い人がいて、飲める人である自分に多く回ってきた。ビールに紹興酒を数
十杯飲んだ。その場で同社社長と11月3日にゴルフのコンペに行くと約
束をし、手帳にメモしていた。

 しかし、その日には海外出張が入っていたから、それは不可能だった
が、相当泥酔状態だったので、それを約束してしまったようだ。それ以後
のことは断片的にしか覚えていない。大崎でタクシーを取り、目的地の泉
岳寺に行こうとしたが、大崎駅の構造上、タクシー利用が非常に難しい場
所だった。宴会場は駅に隣接していた。大崎から品川までの記憶は無い。
品川駅で電車が止まっていた記憶は覚えている。

 京浜急行の10:08の電車に乗り込んだが、乗り込む際には、逆方向に
向かう電車であることに気づいたのだが、面倒だと思いそのまま電車に乗
ってしまった。自分の後に何人かが乗り込んできた。進行方向に向かって
左側のドアのほうに向いて立っていた。やはり降りようかと思っているうち
にドアが閉まり電車が発車した。

 右手で高いところの吊り輪につかまって寝ていた。左側のドアの進行方
向に向かって右斜め前方0.8―1mの所にいた女性が「子どもがいるの
に」と言った声が聞こえた。「痴漢騒ぎかもしれない」と感じて、右を向いて
右手はつり革をつかんだまま、目をつむっていた。そのとき左側と右側を
つかまれた。蒲田駅に到着した。駅で無関係であることを話せると思って
いたが、2人は駅事務所に連れて行った。女性と話しをさせてくれと言っ
たがさせてくれなかった。

 有罪になるかもしれない、そうなるとマスメディアは無責任な事をかき立
てる。家族を守るためには自殺するしかないと思いネクタイで自分の首を
絞め自殺をしようとした。しかし駅員に止められた。

 当日自分は痴漢はしていないし、「女性に不快感を与えるようなことをし
た」といった発言をしたこともない。

これからの反証の方針

①被害者と目撃者の主張が不自然である。

②被害者が、自分が彼女の真後ろにいたと主張するが、実際は自分は
 右斜め後ろにいて、つり革に捕まっていた。真犯人が後退し、植草氏と
 見間違えた可能性がある。

③繊維だが、京浜急行の駅員の制服の繊維がついたはずであり、その
 繊維鑑定を申請する。

④事件当時、酩酊状態にあったことは、顧問会社の従業員が証言して
 いる。そのとき、酒気の検査も警察がしており、1リットル当たり、
 0.47mgのアルコールが検出されており、その検査結果の提出を求
 める。

⑤訴えている女性は、被告が体を密着させたと証言しているが、それな
 ら、彼女の衣服の繊維が自分の衣服に付くはずであるから、繊維がつ
 いているかどうかの鑑定を申請する。当時の衣服は警察が保管してい
 る。

⑥被害を訴えている女性の証言を再現したビデオを制作した。その証言
 が不自然だということをそれを使って証明する。

⑦親族、知人によって、被告人が痴漢をするような人間ではないことを証
 言してもらう。

⑧被告人尋問

 次に弁護人による訴訟申告が行われた。

 2月9日は被告人質問の予定であった。これは被告人による反論の場
である。検察側の分析、それまでの経過説明等が手元に無い状態であ
った。それは前弁護人の怠慢によるものであって、2月9日に被告が反
論する機会を奪うものであった。これは憲法の理念にそくわないもので
あり、被告が弁護人を解任したのは当然のことである。訴訟進行の迅
速性を妨げるものではない。

 冒頭陳述の最後で、最高裁甲府放火事件判決(最1小判昭和48年
12月13日判例時報725号104頁)に述べられている「疑わしきは被告
人の利益に」の鉄則が引用された。

 次に弁護人による証拠の請求が行われた。
 本日までに証拠として準備できたものが3点ある。

①被告人、逮捕者、目撃者のそれぞれが供述した事件現場での位置関
 係がまるで違うこと。(これは決定的な証拠となるのではないか。第2回
 の公判で検察側の証人が逮捕者は私服であると証言した。私服警官で
 あれば、本人を出すわけ無いから替え玉に決まっている。そうであれば、
 事件現場の事を理解していないから、位置関係などが食い違うはずで
 ある)

 それ故逮捕者の証人尋問を申請する。弁護人は逮捕者と会い、事情聴
取している。

②平成18年9月25日に警察官作成の調書:駅事務室で女性に会おうと
 した被告人を駅員が阻止しネクタイを取り上げたから、その際に駅員の
 制服の繊維が付着した可能性があり、それを立証したい。

③平成19年2月24日に弁護人事務所にてビデオ撮影を行った。被害者
 女性の証言をもとに作成。被害者の動きを4つの場合で再現した。

  〔1〕仮想目撃者の証言に基づいたもの
  〔2〕被告人の左手に傘の取手を外側にかけて触っていたとした場合
  〔3〕被告人の左手に傘の取手を内側にかけて触っていたとした場合
  〔4〕女性が振り返った際、被告が離れて移動した様子

 被害者は一部始終を目撃したとしているが、上体をひねっても被告人の
指の甲や傘を見ることは不可能。位置関係は逮捕者の供述内容とは異な
っている。

 これらは、すでに検察側には開示してある。ここで裁判官は、検察側に
これに関するコメントを求めたが、検察側は「意見を留保する」とだけ述べ
た。弁護人は「撮影に協力した仮想被害者の認証(証人調べ)を申請す
ることも考えている。」と発言。裁判官は、「ビデオを見れば分かるのでは
ないか」と質問。弁護人は「ビデオは事実を説明したもの。被害者が被告
人と思われる手が見えたと言ったが、それが可能かどうか仮想被害者に
証言してもらいたい」と主張。見えるわけがないとの証言が出てくるようで
ある。

 逮捕者に関しての証人申請に関して

裁判官「事情聴取報告書にあるからそれでよいのでは」

弁護人「1時間くらい面談をしただけ。もっと証人尋問を申請したい。」

 駅員の聴取に関しても言及。
DVDに関しては、説明も含め作成報告書の提出を予定している。

 次に証拠開示の請求が行われた。

弁護人:請求の期日は本日行う。開示資料によっては、今後の予定が変
     わってくる。

 次に園部弁護人からのコメントがあった。大内弁護人の発言の中で、酒
気帯び調書というものがあった。これに関し、被告人が顧問をしていた会
社の○○○○という人が飲酒の度合いに関して証言をしている。逮捕直
後の検査では、1リットルあたり0.47ミリグラムということであった。

 スーツに付いた繊維の鑑定書に関してであるが、訴えている被害者と被
告が密着していたと言っていた。そうであれば、被害者の衣服の繊維が被
告人の衣服に付く筈である。また京浜急行の駅員の制服の繊維も付くは
ずだから、その鑑定結果を知る必要がある。それが開示可能か。

 宴会での従業員に、宴会の様子についての取り調べをやって欲しい。駅
員の同意が得られれば、駅員も証人請求をするかもしれない。

 DVDには作成報告書がつくものの、目撃者の①に立った人とカメラと人
間の視線が一致しないかもしれない。実際に体験してこうだという証言が
欲しい。

 検察官のほうからは「逮捕者の証人尋問の請求は検察官で検討中であ
る」と述べた。ここで、10分間の休憩に入った。この間、公判の進め方に
関する微妙な駆け引きがあったものと思われる。「私服の男」とされた逮
捕者の証人尋問が認められるかどうかは、この裁判の行方を決める大き
な鍵となるだろう。しかし、認めないとなれば、明らかな証拠隠滅であり、
不当裁判、八百長裁判のそしりを免れないだろう。

2時15分から公判は再開された。

裁判長:次回は3月28日10:00より被告人質問を実施する。ただし、
     午前中に証人尋問に振り当てる可能性がある。検察が認めた
     場合にそれが許可される。その場合、午後に被告人尋問があ
     る。ビデオはどのくらいの時間か。

弁護人:ビデオは2本で15分くらいの上映時間。被告人質問の前に見
     て欲しい。

裁判官:28日の午後いっぱい取ってある。主尋問、反対尋問で2時間
     +2時間でどうか。

弁護人:主尋問(つまり弁護人の質問に被告が答える)だけで3時間は
     かかる。

裁判官:検察官はどのくらいを予定していますか。

検察官:検察側としては次回で終わりにして欲しいと考えている。しかし
     弁護側で3時間、検察側で10分や20分というわけにもいきま
     せんから、後日になる。そのときは、検察官が交替すると思うの
     で日を開けて欲しい。

裁判官:証人を採用しない場合には、その日に終わる可能性もある。

 その後、前弁護人を解任した理由、裁判の進行についての被告人本
人からの上申書が提出され、被告人がそれを読み上げた。

 この後も公判はまだまだ続いたのだが、要点をまとめる。
2本ビデオを作る。

①被害者の言っているとうりに作成したビデオ。これはすでにできた。
  被害者の証言が嘘であることを示す。

②被告にの記憶に従ったビデオ。これはこれから作成する。2本で15
  分程度。

 3月28日の10:00から被告人尋問を行う。ただし、弁護人の申請して
いる証人(逮捕者2人、駅員)の証言が認められた場合には、午前中に証
人尋問を行い、午後には、被告人尋問の主尋問(弁護人が質問する)を行
い、後日検察側が質問を行う。この場合、検察のメンバー交代があるので、
日をおいて行うことになる。


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