読者T氏の日本論(1)
「神州の泉」様
私は58歳の自営業者です。いつも記事を拝読させて頂いて居ります。貴兄のご努力とご高察には敬意を表明したいと思います。更に、貴兄のご指摘の9割以上に賛意を示したいと思います。と言って、残りの1割に反対かと言うと、そうでは有りません。単に、自身の不勉強と伴う理解不足に拠るものです。以上を踏まえた上で、私なりの感想を述べさせて頂きたいと思います。目障り・耳障りと感じられましたなら、どうぞ途中でお止め下さい。
結論から先に申し上げますと、私には日本国及び日本人が先の9・11解散総選挙に於いて、世界と人類が9・11テロに於いてと同様に、渡ってはいけないルビコン河を遂に渡ってしまったと思わざるを得ないのです。私にはこの二つの事柄が重複して見えます。9・11テロはその反動として、国連を無視したアメリカ主導による多国籍軍の大義無きアフガニスタン・イラク侵攻をもたらし、彼の地は阿鼻叫喚の絶えないこの世の地獄と化してしまいました。世界と人類はアメリカのこの横暴に対して何らの対処も出来ません。
9・11解散総選挙も、その結果はアフガニスタン・イラクと同様に、現在のところ戦争・内乱という最悪の形態にこそ至ってはおりませんが、内実は日本国内を熾烈なアメリカの日本経済収奪に晒し、更にはそれに伴う超格差社会の出現という極めて不安定で醜悪な混乱に導いている気がします。9・11テロ同様に、日本とその国民はその対策になす術もなく、社会は日に日に劣化の一途を辿っております。上述2件に共通する9・11と言う数字には、何か恣意的なものを強烈に感じざるを得ません。意図的な見えない陰の力が働いている様に感じます。
9.11テロはさておき、9・11解散総選挙に焦点を当てますと、その結果は日本を更なる劣化と混乱に導くものである事は間違いありません。恩恵を蒙る極く一部の人々を除いて、解散総選挙後の日本社会に於いて状況が改善され良くなっていると思う者など、よほどの馬鹿を除いて、一人も居ないでしょう。大多数の国民が状況の悪化を実感しているのが実状でしょう。今後状況はますます悪化して行き、最悪の事態に行き着くと思われます。何故なら、我々が自身でその結果を招いたからです。政治家やマスコミのプロパガンダに踊らされた結果と指摘する向きもありますが、それが総てとは言えません。肝心な事は、我々自身が事前の深い考察も無くそれを望み・受け容れたという事であり、現況はその結果だという事です。これがルビコン河を渡ってしまったと言う、本当の意味です。
この萌芽を、私なりに歴史的に辿りますと、勿論江戸末期のぺりー来航に行き着きます。砲艦外交の恫喝に於いても本格的内戦には至らなかった日本ですが、結果として開国・明治維新に至りました。しかし、その様な混乱の中でも”西南の役”が起りました。西郷隆盛による明治政府への反乱です。詳しくは解りませんが、その本質は西郷による政府要人の売国政策に対する義挙でしょう。結果として、国民大衆はこれを支持する事なく、反乱軍は鎮圧されます。後に西郷は国家国民により明治維新の貢献者として偉人に祭り上げられ評価されますが、それこそ後の祭りです。国家国民は西郷の義挙を支持することなく、見捨てた挙句、後になって再評価し帳尻を合わせただけなのです。
西南の役を境に平定された明治はその後、鹿鳴館という毛唐猿真似の狂乱まで出現させます。何か日本の戦後に似ていませんか。短足胴長の日本人が無理して見栄を張って、ドレス・モーニングを纏いワルツに興じる。西郷が見たら、さぞ嘆いた事でしょう。いつの時代も同じですね。時代は飛びますが、昭和に入り、青年将校団による2.26事件が起きます。これも当時の社会状況に憤慨・絶望した青年将校団による義挙であったと思いますが、結果的に軍や国民の支持を得られず、反乱軍の烙印を押され、首謀者達は刑場の露と消えます。後に義挙は純真なる青年将校達による真に国を思う行動であったなどと美化されますが、これも西郷と同様、後の祭りです。
その後、満州事変等の動乱を経て、太平洋戦争という本格的戦争に突入して行く日本ですが、その間に満州開拓という国策が行われました。悲惨なのは、その結末でした。国策としてソ満国境周辺に開拓移民として送り込まれた邦人達は、大戦末期の敗戦色濃い当時、もうすぐそこまでソ連軍が迫っているにも拘わらず、何ら情報も与えられず、関東軍に見捨てられたのです。その結果はご存知の通りです。戦後、多くの人々が引き揚げましたが、取り残された人々は残留孤児となりました。その後運良く、身許照会などで帰国を果たした人々の大多数は帰国後、不自由な日本語や政府援助の減額や打ち切り等により、社会の底辺に取り残されている者が多いと聞きます。
戦後の”ギブミーチョコレート”、パンパンの大量出現、極東軍事裁判、占領軍司令官マッカーサー元帥への盲目的崇拝、売国奴宰相吉田茂の国葬、安保闘争,恒久米軍基地列島、政治家による今日まで綿々と続く汚職・疑獄と全く改善されない状況、公害裁判の異常な長期化による被害者の不救済等々、数え上げたらキリがありません。三島事件の時、市谷駐屯地に於ける三島の檄を目の前にした自衛隊隊員達の三島への嘲笑、今でも鮮明に覚えてます。当時、多くの社会人達の漏らした三島事件への感想は”馬鹿じゃないのー”という冷笑が殆どでした。私も事件の本質が解らず、単に時代錯誤のなせる業と思っておりました。今だから、三島のメッセージの重要性が理解できるのですが。時既に遅しです。そして最後に、真打ち小泉売国政権の登場!
明治以降の日本の汚点を書き連ねましたが、誤解しないで頂きたいのですが、私は愛国者です。国や国土を愛しています。特に日本民族が武士道を有した事に誇りを持ちます。しかし、明治維新以降の日本人には感心できません。何故かと言うと、日本人自身が日本人の敵として、肝心なときにいつも日本人の前に立ちはだかるからです。明治以降、官僚や政治家が獅子身中の虫として危急の際同胞の前に立ちはだかるのです。その害や止まる所を知りません。国民はいつも甚大な被害を蒙るのですが、事後誰として責任を取るわけでもなく、いつもすべてがウヤムヤにされ、国民の側も何時しか忘れ去り、事は風化して行くのです。武士の時代には、最終的ケジメとして、切腹がありました。故に武士はその挙動において矜持を保ち慎重に物事を推進したのだと思います。明治以降この切腹という最終責任の取り方が日本社会から消滅して以来、日本人はその自身の重みを喪失したのでしょう。
話を元に戻します。日本が日本人が遂にルビコン河を渡ってしまった真因は、武士道精神を敢えて自ら棄て去った明治維新にまで遡るのではないかということです。反動で顔が赤くなるような猿真似の鹿鳴館の登場がそれを物語っているような気がします。当時の日本支配階級は西欧コンプレックスに陥って、古臭い伝統的日本に恥すら感じていたのではないでしょうか。残念ながら、当時の日本には既に日本の伝統文化を見下し西欧文化を崇める日本人高官達(元勲)が、現在の日本と同じ様に、存在していたのではないでしょうか。その様な者達に日本が指導されれば、いずれは国は誤る。このことを賢明な西郷は見抜いており、身を挺して義挙に及んだのでしょう。
戦後の日本に於いては、原爆を落とされた上、進駐軍の圧倒的物量を目の当たりにしたにした日本人は、上から下まで西欧文明に圧倒され、盲目的にこれに自ら隷従し、昨日の敵に愛情すら覚えたのではないか。しかもその素地は遠く明治維新に存在していたのではないか。その証拠が、突然の日本人のクリスマス狂騒である。私は今でもハッキリ覚えている。クリスマスにサラリーマン達がとんがり帽子をかぶり、酒に酔いながら銀座を闊歩していた事を。戦後の日本人の大多数は国を挙げてアメリカを、いや敗戦をも歓迎したのです。
以前、ビートたけしのTVタックルという番組で、常連のハマコー氏が”日本はアメリカの植民地だ”と公然と発言しました。卑しくも政権政党の要職を歴任した元国会議員が、しかも元ヤクザの右翼と目される方が、公の場でされた発言でした。出席者の内、誰一人として、この発言に対し、口角泡を飛ばしてハマコー氏に議論し詰め寄る者は居ませんでした。翌日のマスコミでこの発言を取り上げたところは皆無に等しいと思います。私は思いました”氏の発言は真実であり、戦後の日本は総てマヤカシだったのだと”。歴代自民党政権は植民地日本のアメリカの為の行政機関であり、その政治は決して日本人に対して顔を向けてはいないと。戦後日本の独立はあくまで仮のものであり、アメリカの植民地という実体の上に載せられた虚構であったと。戦後の60年は、政官マスコミ一体となり、日本人を騙し続けた嘘の歴史であったと。日本の真の独立が虚構なら、虚構の中で締結された安保条約など無効に決まっています。
お恥ずかしい話ですが、私はハマコー氏の説を聞くまで、日本を本当の意味で独立国と思っておりました。従いまして、地位協定等に違反する米軍の理不尽さには青くなったり赤くなったりしておりました。しかし、この件以来、総てが氷解しました。歴代自民党政権、小泉元首相・竹中大臣、安倍首相とその内閣,総て売国奴ではないのです。売る国は既にとっくの昔に植民地になっており売る事すら出来ず、単なる買弁に過ぎないのです。アメリカの傍若無人と日本の卑屈なる平身低頭の意味が良く解ります。アメリカと日本の関係の本質実体は単に宗主国と植民地に過ぎないのです。日本は単に独立国ゴッコをやらされていただけです。不幸にも植民地日本人の大多数はこの事実を知らされる事なく、脳天気に日本国と国民を演じさせられていただけです。
9・11解散総選挙によって、日本人と称すべき者達が小泉元首相に与えたものとは、彼に対する信任のみならず、米国代理現地行政官としての認証と植民地日本に対する米国の直接統治の受け入れを表明したものであったのです。いま友好国アメリカはその仮面をかなぐり捨て、その下にある宗主国としての素顔を顕そうとしています。その時、植民地日本は明治維新以来のトラウマを総決算させられる筈です。それが、貴兄が記事にて心配されている諸事項の現実化です。因みに、宗主国は植民地をして、決して決して核武装などさせません。させるフリはしますが。
実は、日本がアメリカの植民地であると自覚して以来、私自身はアメリカに対して愛憎などなくなりました。以前はアメリカに対して好き嫌いがありましたが、自覚して以来何も感じなくなりました。ただ現実を直視したいと思うだけです。それよりも残念なのは、明治維新以来、特に敗戦以降の日本人の著しい劣化です。我が民族には自浄作用というものが全く働かないのだと悟りました。矜持もなく自浄作用も働かない民族が、相手から馬鹿にされ軽蔑されるのは当たり前のことです。安倍政権になって安倍首相は未だ一度もアメリカ訪問をしてません。歴代の首相は就任するとイの一番にアメリカに表敬訪問に行きました。安倍氏は他の国々へは行きますが、肝心なアメリカには未だ行っておりません。これを私流に解釈すれば、9・11の解散総選挙の結果、日本人から統治の白紙委任を得たアメリカは、最早日本と儀礼的な国と国との国交ゴッコをする必要性を感じなくなり、必要な命令は既存の通信手段を以ってすれば事が足り、どうしても必要な時だけ安倍氏が來米すればよいとその方針をきりかえたのではないかと思われるます。
思いつくままに私の所感をお伝えしました。失礼な点がありましたら、お許し下さい。
(2007.01.27) 読者T
| 固定リンク









コメント
そうかもしれませんが、そう卑屈にならなくてもよいのではないでしょうか?アメリカの支配者も年齢がきたら、亡くなります。権力構造も変化します。永遠の権力などはありません。幕末のころの江戸幕府のほうがよっぽど統制していたと思います。非支配者に勇気があるかではないでしょうか?それに、如何に頭脳が優れた人でも未来を先読みすることは難しいのではないのでしょうか?戦略が全てあたるわけではないでしょう。あの大英帝国も今は、ヨーロッパの一大国にすぎませんし、ソ連邦にしたって崩壊しました。
投稿: 30男 | 2007年7月13日 (金) 00時47分