読者T氏の日本論(1)に返信
(1/28)神州の泉 管理人より返信
読者T 様
おたよりありがとうございました。拙ブログを読んで頂いて恐縮します。全文拝読しました。極めて真摯且つ深い歴史認識だと拝察しました。特に戦後の日本人のメンタリティが、明治維新前後の先人たちのメンタリティと基層的になんら変わるものではないというご指摘、まことにご明察であると感じます。
アメリカ貿易センタービル崩落の911、そして我が国では郵政民営化特化的是非論による衆院解散総選挙において、ある種の歴史的なルビコン河を渡ってしまったという御見解には大いに同感します。確かに、この911という数字には強い相似性があると言いますか、なにか暗示的な符牒を感じさせます。この郵政民営化によって、いわゆるグローバリゼーションの潮流、言い方を変えるなら、日本人のONE WORLD ORDERへの志向が一挙に加速化されてしまったということでしょうか。T様のおっしゃるように、これはアメリカに巣食う「奥の院」が、鮮明に世界統治への意志を示し、世界収奪への方向性を強めたという見かたも、あながち見当違いではないでしょう。私はT様の論文に見える国内売国勢力の動きを問題視しております。
年次改革要望書を国内にまったく説明せず、外務省や政府高官レベルだけでひそやかに進めていたことが、我が国にのさばる米国エージェントの存在を浮き彫りにしています。このエージェントたちのルーツを遡りますと、T様のご指摘のように、明治の西南の役に逢着するのかもしれません。実は明治の欧米化インフラにあたって非常に興味深く、かつ本質的には深刻な問題を想起させる出来事がありました。
ご存知のように、明治インフラの主要は電信電話の敷設、そして明治五年の新橋-横浜間開設に始まる鉄道網の建設ラッシュでした。今は電信電話について申しますが、この時、日本各地に電信柱の敷設を行いました。これに借り出された欧米の技術者たちが語っていた感想です。彼ら技術者は日本に来て、その国土の美しさに押しなべて圧倒され、これを非常に賞賛していたそうです。当時の街道には、徳川家康時代に奉行の大久保石見守長安が敷設した一里塚などが、ほぼそのまま残っていましたので、我が国独特の美しい街道並木が外国人の審美眼を大いに刺激していたのです。
そしてこの街道並木を切り倒し、新しい電信柱を立てて行った時、この工事に当たっていた人足はもとより、これを眺めていた大多数の日本人は、なんと、街道並木よりも、林立する電信柱の列の方が美しいと言ったそうです。これを聞いていた外国人技術者たちは耳を疑う思いだったそうです。いかに文明開花のわざとは言え、それによって生じる国土景観の破壊を嘆息することは当然だと思いますが、なんと、新たにつくられた人工景観のほうが美しいなどと言った感覚は信じがたいことに私には思えます。しかし、そういう記録が残っているそうですから、それは事実でしょう。つまり、日本人のある種のきわめて特徴的な性向がこのエピソードに出ているのです。明治のこの時期の日本人の世界観は、和魂漢才から和魂洋才に推移していた時期でありましたが、国内勢力の中には明らかに「洋魂洋才」の売国勢力が台頭していました。
これに熾烈な怒りを持って立ち上がったのが、あの有名な熊本敬神党(神風連)の反乱でした。実際は国家の大義を守る義挙といいますか、やむにやまれぬ大和心の体現でありました。三島由紀夫が晩年の大作「豊饒の海」で神風連の逸話(神風連史話)を扱っています。現在は、原田武夫氏や関岡英之氏などが国内に巣食う米国エージェントを注視しろと言っております。私は満州帝国は立派な国土拡張計画だったと考えております。本当に五族協和を具現化し、新興国家のモデル的建国となっています。ただし、終戦時に関東軍の行った満州国放擲は重大な問題があります。寝耳に水のように、北部満州の邦人たちはソ連軍の奇襲的侵攻に対し、無残にも人柱(防波堤)とされ、殺戮や蹂躙、虜囚の憂き目に遭わされています。これは関東軍の棄民的行為と糾弾されて然るべきものでしょう。しかし、南下逃避行の時に住民を守りながら引率した関東軍がいたこともまた事実であります。この痛ましいできごとが、単純に関東軍の最大の瑕疵だったとは言い切れない部分もあります。もちろん、ソ連が条約を一方的に突然に破棄したことが原因でありまして、関東軍は全体の無事な避難が間に合わず、鬼の選択肢を取らざるを得なかった事情もあると考えます。しかし、犠牲になった方々のことを考えますと、ものすごく複雑な気持ちになります。実は私の母も満州南下逃避行の一行にいまして、その目で多くの犠牲者を目の当たりに見ながら生きながらえています。従って、その犠牲は、後世の私でも、歴史の非常さに飲み込まれた哀れな人たちだったと思えない気分もあります。
T様の言われるように、戦後日本人の精神が、ルビコン河を渡って地獄の一丁目に来てしまったことは、遡れば明治維新に端を発しているような気もします。日本核武装論ですが、たしかにアメリカはけっして容認しないでしょう。しかし、逆に言いますと、日本が核武装論を唱えた場合、アメリカや旧連合国家群には反論の根拠がないことも事実です。なぜなら、戦後の半世紀以上にわたって、日本は完全に非戦状態を貫いた実績があるからです。この非戦状態がアメリカの植民地状態だったから、それは主体性を持つ非戦ではなかったという言い方もできますが、国際的、形式的にはアメリカは日本を同盟国としている以上、日本の自衛的核武装は是認する以外にないはずです。当然、周辺国に対する自衛的抑止手段として核を装備すると主張することは現代戦後体制下においても道理が通っています。もし、アメリカや中国が、ヤルタ-ポツダム秩序を盾にとって、日本核武装論を断固否定するならば、かの二ヶ国が戦後、どれほどの戦争行為を行なったかを、国連の場で堂々と言えばいいのです。日本はインドやイスラム勢力を味方に付ければ核武装への進展も不可能ではないと思います。これにアメリカが反対する根拠は極東国際軍事裁判しかありません。従って、この裁判の裁定思想を覆せば、アメリカに反論の余地はないでしょう。
しかし、問題の根源は、国際事情というよりも、国内の日本を失った日本人にあるのでしょうね。アメリカや中国に魂を売った売国日本人たちです。日本の心を失った日本人、この問題を解決しなければ日本は永久に蘇生しないでしょう。現代のローマに魂まで蹂躙され、ローマに屈服した東洋の国に、唯一残るのはカルタゴの運命だけです。
メールほんとうにありがとうございました。また、ご意見を寄せていただければご幸甚であります。
神州の泉管理人 高橋博彦
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