アメリカの野蛮なる真実(2)
(読者・通行者さんからの投稿文です)
歴史は過去に起きたことを解釈したものです。しかし、近現代史はただ過去に起きたことの解釈に止まらず、現代の国家関係を形成するための倫理・道徳を求める上での根拠となっています。そこでは、第二次大戦の戦勝国(主にアメリカとイギリス)はその倫理・道徳を体現する存在となり、第二次大戦以後の(国連を中心とした)世界秩序の基礎となる理念を形成する立場に位置し、敗戦国(主に日本とドイツ)は世界の敵にされて、それ故に、戦後世界秩序の理念への絶対服従が要求されています。つまり第二次大戦が近現代史を解釈する価値の土台となっているということです。連合国共同宣言と国連憲章がそれを象徴しています。
「この宣言の署名国政府は、大西洋憲章として知られる1941年8月14日付アメリカ合衆国大統領並びにグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国総理大臣の共同宣言に包含された目的及び原則に関する共同綱領書に賛意を表し、これらの政府の敵国に対する完全な勝利が、生命、自由、独立及び宗教的自由を擁護するため並びに自国の国土において及び他国の国土において人類の権利及び正義を保持するために必要であること並びに、これらの政府が、世界を征服しようと努めている野蛮で獣的な軍隊に対する共同の闘争に現に従事していることを確信し、次のとおり宣言する。
(1) 各政府は、三国条約の締約国及びその条約の加入国でその政府
が戦争を行っているものに対し、その政府の軍事的又は経済的な
全部の資源を使用することを誓約する。
(2) 各政府は、この宣言の署名国政府と協力すること及び敵国と単独
の休戦又は講和を行わないことを誓約する。
この宣言は、ヒトラー主義に対する勝利のための闘争において物質的援助及び貢献している又はすることのある他の国が加入することができる。」 (連合国共同宣言)
連合国共同宣言
ttp://www.hoppou.go.jp/library/document/data/19420101.html
「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること、並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。よって、われらの各自の政府は、サン・フランシスコ市に会合し、全権委任状を示してそれが良好妥当であると認められた代表者を通じて、この国際連合憲章に同意したので、ここに国際連合という国際機関を設ける。」(国際連合憲章 前文)
「第53条〔強制行動〕
1 安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。 2 本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。」(国際連合憲章 第53条)
国際連合憲章(全文)
ttp://www.lares.dti.ne.jp/~m-hisa/uncharter/japanese.html
近代の歴史研究は史料の科学的な分析が不可欠ですが、近現代史の研究の場合、上記の戦勝国=善、敗戦国=悪、の図式を正当化する事象が無批判に歴史解釈の根拠に使用され、史料検証がなおざりにされる傾向が目立ちます。そこにあるのは、第二次大戦の戦勝国の支配の正当化、つまり連合国の利益を維持する方向に働くイデオロギーです。ここではそこから先のことを分析してみます。
連合国が正義だとされるのは戦争に勝ったということもありますが、何より彼等が民主主義を掲げていたことが連合国の正義を印象付ける最大の根拠となっています。ソ連や中国(当時は中華民国)が民主主義国家かという批判もあるでしょうが、当時は共産主義はまだ資本主義よりも民主的な制度だと信じられていたし、身も蓋も無いことを言えば、歴史とは時間が経つに従って単純化、図式化され大掴みな印象が支配してしまうものです。それで結局のところ現在は、近現代史は民主主義を標榜している米英を中心とした連合国が正しかったという観念が先行しています。そして、米英の民主主義を人類の絶対的な理念と信じさせる原因となったのは、やはりナチスのホロコーストでしょう。
私はホロコーストは存在しなかったと思っています。ここでいうホロコーストとはユダヤ人を対象とした絶滅政策、もっと具体的に定義すれば、ガス室を使用してのユダヤ人の虐殺のことです。しかし、ホロコーストを学術的に検証する能力は私にはないので、私は、米英の民主主義は本当に人類の理念なのかということを検証していきます。ホロコーストの見直しについては、知っている人も多いと思いますが、これらのサイトをご覧になってください。
ソフィア先生の逆転裁判
ttp://maa999999.hp.infoseek.co.jp/ruri/sohiasenseinogyakutensaiban2_mokuji.html
歴史的修正主義研究会
ttp://www002.upp.so-net.ne.jp/revisionist/
民主主義という言葉が対象とする概念は曖昧です。政治制度を示す意味で使われる場合もあれば、その制度が目指す目標(つまり自由と平等)を指す場合もあるし、その両方を含めたイデオロギーを示す言葉として使われることもあります。これから問題にする民主主義はイデオロギーとしてのそれです。まず民主主義の出発点とされる、アメリカ独立宣言の要旨を引用します。
「人の営みにおいて、ある人民にとって、他の人民と結びつけてきた政治的な絆(きずな)を解消し、【自然の法や自然の神の法によってその資格を与えられている】独立した、対等の地位を地上の各国のうちに得ることが必要となるとき、人類の意見をしかるべく尊重するならば、その人民をして分離へと駆り立てた原因を宣言することが必要とされるだろう。
我らは以下の諸事実を自明なものと見なす。
すべての人間は平等につくられている。【創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。】これらの権利を確実なものとするために、人は政府という機関をもつ。その正当な権力は被統治者の同意に基づいている。……この宣言を支えるため、【神の摂理への堅い信頼とともに、我らは相互にその生命、財産、そして神聖なる名誉を捧げあうことを約するものである。】」(アメリカ独立宣言)
アメリカ独立宣言(全文)
ttp://www.h4.dion.ne.jp/~room4me/america/declar.htm
ここではまず神との契約が明記されています。彼等の神は当然、聖書に出てくる一神教の神です。これだけではなく、すべての西洋思想は一神教の世界観が前提となっています。つまりは近代社会は一神教の世界観の原理で動いていることになります。
「自然の状態にはそれを支配する自然の法があり、それはすべての人を拘束している。そして理性こそその法なのだが、理性を少し働かせてみれば、すべての人は万人が平等で独立しているのだから、だれも他人の生命、健康、自由、あるいは所有物に危害を加えるべきではないということが分かるのである。【なぜなら人間は皆、唯一全能でかぎりない知恵を備えた造物主の作品だからである。すなわち人間は、唯一なる最高の主の命に
よってその業にたずさわるために地上へ送られた召使であり、主の所有物であり、主の作品であって、人間相互の気ままな意志によってではなく、神の意のある間、生存を許されるものだからである。】」(ジョン・ロック『統治論』 第二篇、第二章)
「もちろん、かれはふつう、社会一般の利益を増進しようなどと意図しているわけではないし、また自分が社会の利益をどれだけ増進しているのかも知らない。外国産業よりも国内の産業活動を維持するのは、ただ自分自身の安全を思ってのことである。そして、生産物が最大の価値をもつように産業を運営するのは、自分自身の利得のためなのである。
だが、こうすることによって、かれは、他の多くの場合と同じく、この場合にも、【見えざる手に導かれて】、みずからは意図していなかった一目的を促進することになる。かれがこの目的をまったく意図していなかったということは、その社会にとって、これを意図していた場合にくらべて、かならずしも悪いことではない。自分の利益を追求することによって、社会の利益を増進しようと真に意図する場合よりも、もっと有効に社会の利益を増進することもしばしばあるのである。」(アダム・スミス 『国富論』 第四篇、第二章)
それでは一神教はどういう原理で成り立っているのでしょうか。まず一神教の核にあるのは自然宗教(多神教、アニミズム)の根絶です。一神教の神はこの世界を創造した者、つまりこの世の外にいるはずの存在ですから、自然世界に神が宿るという信仰は、一神教の概念を根底から崩壊させることに繋がります。だから一神教は多神教を偶像崇拝として排除しなければならないのです。
「あなたの神、主が与えられるどこかの町で、あなたがたの中に、男にせよ女にせよ、あなたの神、主が悪と見なされることを行って、契約を破り、他の神々に仕え、その神々や太陽、月、天の万象などわたしが命じたことのないものにひれ伏す者がいるならば、その知らせを受け、それを聞いたときには、よく調べなさい。もし、それが確かな事実であり、イスラエルの中でこうした、いとうべきことが行われたのであれば、この悪事を行った当の男な
いし女を町の門に引き出し、その男ないし女を石で打ちなさい。彼らは死なねばならない。」(旧約聖書 申命記
17.2,3,4,5)
「主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。このように、すべてのものは滅び去るのですか
ら、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。」(新約聖書 ペトロの手紙二 3.10,11,12,13)
次に、その結果として生じるのは神を共同体の統治の絶対的権威者とすることです。一神教を信仰する者は、自然の秩序の中で生きることを拒否した結果として、彼等の共同体を維持する権威として、(聖書に書かれた)神の命令と、それを履行させるための恐怖が必要になるのです。
「(だれかが)天下を治めようとして作為するならば、
わたしはその人は目的を達することができないと断言する。
『天下』というこの不思議なものは、
(むりに)治めることのできないものである。
なんとか治めようとすると、天下を壊してしまい、
なんとか握ろうとすると、天下を失ってしまう。
だから、すべてのものごとは(もともと)
あるものは先に進み、あるものはつき従い、
あるものはそっと口を吹きならし、
あるものはいそいで吹きならし、
あるものは強壮で、あるものは弱々しく、
あるものは少しく壊れ、あるものはすっかり壊れる。
それゆえ
『聖人』は(かならず)極端なもの、贅沢なもの、
度をすぎたものを捨て去るのだ。」(老子 第二十九章)
「大道はあふれた川の水のようだ、
それは左へ右へと流れる。
万物はそれをたよりにして生きているが、
それは万物に干渉したことはなく、
大きな事業が完成しても、
それがどこでおこなわれたかを言わない。
(それは)万物を守り育てるが、自分を主とはせず、
いつも自分の欲望をもたないのでほんの小さなものだとよんでよい。
万物はそこに向かってゆくが、自分を主とはしないから、
偉大だとよんでよい。
それは自分を偉大だと考えない、
だからこそ偉大になれるのだ。」(老子 第三十四章)
「『道』が万物を生みだし、
『徳』が万物を繁殖させ、
性質が万物に形を与え、
〔こうしてできた〕具体的な物や器具によって万物が完成する。
こうしたわけで万物はかならず『道』を尊崇して
『徳』を重視するのである。
『道』が尊崇され、
『徳』が重視されるわけは、
だれかが命令したからではなく、
ずっとそのようであったからだ。
それゆえ
『道』が万物を生みだし、
『徳』が万物を繁殖させ、
万物を生長させ発展させ、
万物に実を結ばせ成熟させ、
万物を養い守るのである。
万物を生み育てながら、それを自分のものだとはせず、
万物を発展させながら、自分の力のせいだとはせず、
万物の長となっても、かれらを支配したりはしない。
これこそが、もっとも深遠な『徳』なのである。」(老子 第五十一章)
「あなたは知らねばならない。あなたの神、主が神であり、信頼すべき神であることを。この方は、御自分を愛し、その戒めを守る者には千代にわたって契約を守り、慈しみを注がれるが、御自分を否む者にはめいめいに報いて滅ぼされる。主は、御自分を否む者には、ためらうことなくめいめいに報いられる。あなたは、今日わたしが、『行え』と命じた戒めと掟と法を守らねばならない。」(旧約聖書 申命記 7.9,10,11)
「同じ母の子である兄弟、息子、娘、愛する妻、あるいは親友に、『あなたも先祖も知らなかった他の神々に従い、これに仕えようではないか』とひそかに誘われても、その神々が近隣諸国の神々であっても、地の果てから果
てに至る遠い国々の神々であっても、誘惑する者に同調して耳を貸したり、憐れみの目を注いで同情したり、かばったりしてはならない。
このような者は必ず殺さねばならない。彼を殺すには、まず、あなたが手を下し、次に、民が皆それに続く。あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出したあなたの神、主から離して迷わせようとしたのだから、彼を石で打ち殺さねばならない。全イスラエルはこれを聞いて、恐れを抱き、あなたたちの中でこのような悪事は二度と繰り返されることはないであろう。」(旧約聖書 申命記 13.7,8,9,10,11,12)
「神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。主イエスが力強い天使たちを率いて天から来られるとき、神はこの報いを実現なさいます。主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう。」(新約聖書 テサロニケの信徒への手紙二 1.6,7,8,9)
異端審問-wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E7%AB%AF%E5%AF%A9%E5%95%8F
魔女狩り-wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94%E5%A5%B3%E7%8B%A9%E3%82%8A
さらに、一神教では神は一人しかいないことになっていますから、一神教の秩序に基づく共同体を確立させるには異教あるいは異教徒を根絶しなければならなくなります。そのことを世界最大の一神教であるキリスト教の教徒達が行ってきた行動が証明しています。
十字軍-wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%AD%97%E8%BB%8D
「スペイン人はまず西インド諸島にやってきて、エスパニョーラのインディアンに対して一連の皆殺し作戦を行った。歩兵とブラッドハウンド犬をともなった騎乗の征服者(コンキスタドール)たちは、島の狩猟収集部隊をほとんど意のままに打ち破った。女、子供を逃さず、強姦し殺戮した。インディアンの抵抗は容赦なく鎮圧された。1496年までにスペイン人はエスパニョーラ島を完全に制圧した。同様の襲撃はキューバやカリブ海の他の島々に対しても行われた。
コンキスタドールは国王の名において新世界にやってきたのだが、しかし、それはまたイエスの名においてでもあった。教会はしばしば彼らの手先として、進んで新しい土地の略奪に参加した。司祭は兵士たちと一緒にインディアンの村落にあらわれ、インディアンに向かって、キリスト教信仰を受容すべし、とスペイン語で書かれた公式の催告書(レケリミエント)を読みあげることになる。
レケリミエントは教会が国王に新世界領有権を与えたと述べていた。そこには、イエスが宇宙の主であり、彼が聖ペテロをローマ大司教に任命し、ローマ法王がアメリカをスペイン国王に授けた、と宣言されていた。」(トーマス・R・バージャー 『コロンブスが来てから 先住民の歴史と未来』朝日選書 第一章)
「ワシントン大統領はインディアンを保護する点での彼の政府の無能さに悩まされた。ワシントンは『万里の長城か軍の横隊でもなければ』土地投機屋や不法居座りの連中をインディアンカントリーから締め出すことはできないと匙を投げた。ワシントンの陸軍長官ヘンリー・ノックスはフロンティアの男たちと入植者によるインディアンの土地の押収を『力と詐欺による』ものと書き、さらに続けている。
われわれはインディアンよりも、より強力でより文明化されているのだから、彼らを親切な心で、いや寛容の心すら持って取り扱わな くてはならぬ、国民性にかかわる責任がある。われわれの植民のやり方が、インディア
ン先住民に対して、メキシコやペルーの征服者の 振る舞いよりもなお破壊的だったことを思うと、憂うつな気持ちに沈められる。われわれの悪業の証拠は、合衆国の最も人口の多い部分 ではほぼすべてのインディアンが全く絶滅しているということである。将来、歴史家はこの民族破滅の原因を暗黒色で描くかも知れぬ。
ワシントンの後の、歴代ほぼすべての大統領は連邦の権威でインディアンの諸権利を保護しようとした――あるいはそうするふりをした――が、そのだれもがインディアンの土地に対する入植者たちの飽くことを知らぬ欲望の前に屈してしまった。」(バージャー『コロンブスが来てから』第六章)
「南北戦争の間ですら、西部では白人入植者とインディアンの間で衝突が起こった。地方の民兵はとりわけ野蛮だった。1864年11月29日、コロラドの志願民兵たちは、サンドクリークの野営地で睡眠中のシャイアン・インディアンの男、女、子供を皆殺しにした。北と南の戦争状態が終わったあとは、インディアン戦争は以前にもまさる激しさで再開された。ロバート・M・アトリーの言葉のとおり、『アポマトックスのあと、合衆国は西を向いた』。それに続く25年の間、合衆国はインディアンに対して戦争を行い、一連の事実上の絶滅政策は、南北戦争の終結から1890年まで続いた。
南北戦争のあと西部大平原の合衆国陸軍の司令官となったウィリアム・テクムセ・シャーマンと、その配下のフィリップ・シェリダンの両将軍は、ともに南北戦争の英雄だが、両者ともインディアンを絶滅すべしという発言をしたことがあった。ユリシス・S・グラント将軍ですら、1868年の共和党からの大統領候補者の一人として、その要求に呼応する発言をした。言うまでもないことだが、それは多くのフロンティアの男たちが取り上げたスローガンでもあった。シャーマンが南部に対して全面戦争を挑んだのと同様に、彼とその指揮下の将軍たちはインディアンに対して全面戦争を実行した。グラントは大統領になると、建前としては和平政策をとったが、西部のインディアンにとっては平和などありはしなかった。」(バージャー『コロンブスが来てから』第七章)
「合衆国は寄宿舎つきの学校を設立した。インディアンの子供達たちは何年も学校に保留され、彼らから親たちと部族の影響を取り除く、あらゆる努力がなされた。衣服、言語、宗教的行事を含む、実際上すべてのインディアン的なものが禁じられた。カナダでは、私たちは一般土地割当法は採用しなかったが、先住民の子供たち用の寄宿学校は設立した。それはキリスト教会によって運営管理された強制同化の施設であり、インディアンの全世代に傷痕を与えた。」(バージャー 『コロンブスが来てから』第八章)
「コンキスタドーレスに代表されるスペイン人、ポルトガル人の新大陸征服事業は、イベリア半島における異教徒イスラム教徒からの国土回復運動の延長であったが、その性格は『三つのG』(ゴールド・ゴスペル・グローリー)
によって象徴されるように、富の獲得とキリスト教の拡大と個人の栄光との三位一体であった。では、異教徒インディアンや黒人が、キリスト教徒に改宗すれば、奴隷化を免れたであろうか。初期にはそういう事例もあった。し
かし、奴隷による商品作物生産が本格的になり、利潤獲得が第一目的になると、インディアンや黒人キリスト教徒の奴隷化の禁止や、あるいは改宗による解放といったことも影を潜め、すべてのインディアン、アフリカ人が(そ
の実現の成否はともかく)奴隷化の対象とされたのである。
それではキリスト教徒たちは、自分たちの行為の正当性をどのように主張したか。キリスト教徒はアフリカ人の奴隷化を、旧約聖書や新約聖書が奴隷化を是認したこと、神によって選ばれた民が奴隷所有者であり、キリストも奴隷制を攻撃していないし、その弟子パウロは奴隷制の積極的支持者であったと、長い間正当化してきた。」(『近代世界と奴隷制』人文書院 序章)
「エジプトの国からわたしが導き出した者は皆、わたしの奴隷である。彼らは奴隷として売られてはならない。あなたは彼らを過酷に踏みにじってはならない。あなたの神を畏れなさい。しかし、あなたの男女の奴隷が、周辺の
国々から得た者である場合は、それを奴隷として買うことができる。あなたたちのもとに宿る滞在者の子供や、この国で彼らに生まれた家族を奴隷として買い、それを財産とすることもできる。彼らをあなたの息子の代まで財産として受け継がせ、永久に奴隷として働かせることもできる。」(旧約聖書 レビ記 25.42,43,44,45,46)
「奴隷たち、キリストに従うように、恐れおののき、真心を込めて、肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとして、うわべだけ仕えるのではなく、キリストの奴隷として、心から神の御心を行い、人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい。」(新約聖書 エフェソの信徒への手紙 6.5,6,7)
「奴隷たち、どんなことについても肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとしてうわべだけで仕えず、主を畏れつつ、真心を込めて従いなさい。何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いな
さい。」(新約聖書 コロサイの信徒への手紙 3.22,23)
「軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒瀆されないようにするためです。」(新約聖書 テモテへの手紙一 6.1)
「奴隷には、あらゆる点で自分の主人に服従して、喜ばれるようにし、反抗したり、盗んだりせず、常に忠実で善良であることを示すように勧めなさい。そうすれば、わたしたちの救い主である神の教えを、あらゆる点で輝かすことになります。」(新約聖書 テトスへの手紙 2.9,10)
「次いで、世の終わりが来ます。そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、父である神に国を引き渡されます。キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっているか
らです。」(新約聖書 コリントの信徒への手紙一 15.24,25)
これらことから近世以降、白人達が異教徒、有色人種に対して行ってきた残虐行為は、一神教のイデオロギーによる必然的な行動だった言えます。世界史の流れで見れば、一神教イデオロギーによって組織された西洋人(白人)国家の世界征服事業、一神教イデオロギーを社会組織へ適用させるために生み出された西洋思想が世界を混乱させてきたことになり、その到達点としての二度の大戦を生み出したことになります。第二次大戦後の世界秩序は、世界の災いの元凶である西洋思想と西欧の国家モデルを基礎として形成されていることになります。戦後世界は最初から誤った運営方針で構築されてきたのですから、現在の世界情勢が行き詰ってい
るのは当然の結果です。
だからこそ連合国は歴史を捏造しなければならないのです。連合国の世界支配を確立しているものは、西洋文明が人類にとって唯一の文明であるという信仰であり、そして、その文明を連合国が守り通してきたという神話です。西洋文明が人類の唯一の文明だと信じているうちは、人々はその文明の正統性を疑うことができず、そのため、西洋人が歴史上行ってきた残虐行為は黙殺されていますが、西洋文明こそが人類の災いの源であると知られてしまえば、連合国中心史観に与した者は、自分達が下した正義の裁きを、今度は逆に自分達に向けなければならなくなります。彼等は、西洋人が一神教イデオロギーの下に近世から行ってきた異教徒、有色人種の絶滅政策と、その史実を、歴史を捏造することで隠蔽してきた事実を直視しなければならなくなります。そして、西洋文明の犯罪性の要因が一神教にあることが世界の人々に知られ、世界中から一神教を放棄しなければならなくなったとき、一神教の世界観の下で築き上げられてきた西洋文明は崩壊します。
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