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2007年9月30日 (日)

郵政民営化開始は国家の危急存亡局面である

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  今日は9月30日、ついに明日、10月1日から郵政民営化が予定通りスタートすることになった。眼前に迫る危機に気が付かず、相変わらず眠りこけている大多数の国民の中で、売国自民党がアメリカの犬に成り下がり、参院選後の国会開催を潰し、郵政民営化凍結法案の芽を潰すことに躍起になり、それは現段階で成功している。9月25日の植草さんのコラムでもこのことに言及しているので以下にその部分を引用する。

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自民党総裁選は9月14日の段階で、麻生派を除く自民党の全派閥が福田康夫氏を支持することを表明したために、福田氏の総理総裁就任の流れが決定的になった。そうであれば、自民党は迅速に後継総裁を決定すべきであった。ところが、自民党は総裁選の日程を9月23日に設定し、新政権の発足は9月26日にずれ込んだ。参院選直後に安倍首相が辞任していれば、8月末には国会を召集できたはずである。ほぼ1ヵ月の政治空白を生んだ責任はひとえに自民党にある。

 ところが、メディアは自民党総裁交代、新内閣発足を一大国民的行事として批判的視点を完全に欠如したまま報道した。参院選で有権者は安倍政権に対して明確にNOを突きつけた。NOの意味は、小泉・安倍政権の基本政策に対する評価であったと判断できる。小泉・安倍政権の政策路線に対する明確な総括を示すことが政府、与党に求められている。
 今回の突然の安倍政権総辞職、福田新政権発足の大混乱を政府、与党が狡猾に利用していることを明確にしておかなければならない。三つの大きな問題にしっかりと光を当てなければならない。第一は、9月に1ヵ月の政治空白が生じたために、郵政民営化を凍結する法案の審議が極めて困難になったことだ。
米国は力づくで、郵政民営化の10月1日実施を確保しようと注力したと考える。郵政民営化凍結法案の民主党と国民新党とによる共同提出が民主党の反対で見送られたが、民主党にその真意を糺す必要がある。
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 植草さんが指摘されているように、8月の参院選惨敗時に安倍前総理が辞任していれば、9月の国会審議は通常通りに開催されたのだ。ここで憂国心情派の国民新党が「郵政民営化凍結法案」の重大さをぶち上げてくれたら、国家存亡の重大事であるこの民営化は見直される気運が生じたかもしれないのだ。返す返すも慙愧の思いが走って仕方がない。安倍氏が突然辞任を発表した時、私やジャパンハンドラーズさんが、この辞任劇の真の底意に気が付いた。それは郵政民営化に対して国民に疑念の念を抱かせずに10月1日を迎えるためであった。私は財団日本相撲協会の横綱朝青龍の問題をマスコミが執拗に取り上げ続けたのも、郵政民営化凍結の気運から遠ざけることに一役買っていたような気がする。時津風部屋のリンチ死騒動もそうかもしれない。とにかくこの時期のマスコミの論調は恣意的に何か重大なものを押し隠すように働いていたことは確かである。その中心が安倍氏の辞任劇であり、最もタイミングが不自然な総裁選なのだ。このように9月のメディアの動きは異常なものだった。郵政民営化は本当に危ないのだ。

 喜八ログさんの最新記事から引用しよう。

「郵政民営化」はノンフィクション作家関岡英之さんの言葉を借りて言えば、「対米迎合派」対「国益擁護派」の戦いの場です(小泉・竹中がしきりに喧伝した「改革派」対「守旧派」の戦いなどではなくて)。そして私は「郵政民営化」は「対米買弁派」と「国民生活防衛派」による決戦場だと考えています。ブログ「神州の泉」さんは「関が原の戦場」にも喩《たと》えられています。

 私が今の局面が関が原の戦いだと思っているのは、郵政民営化が国家の危急存亡時に該当すると考えるからだ。表層的には郵便事業のユニバーサルサービスの低下が懸念されているが、真の恐怖は国民の共有財産である簡保と郵貯資金、併せて350兆円が国債分を除いて海外に流出する危険が迫っているからだ。日本の国富を狙う大もと的存在と、それに手を貸す買弁政治家たちの真の狙いは民営化ではない。ずばり言ってそれは郵政公社の分社化なのだ。これについてはまた記事を書くつもりである。

尚、植草さんは2005年の12月に出版した「ウエクサ・レポート」のvol・25の「サムライVS代理人の政策論」で次のように言っている。関岡英之氏の「年次改革要望書」を主題とした「奪われる日本ー年次改革要望書米国の日本改造計画」と同様の視点で、1991年の「中央公論」に「バブル崩壊後日本経済の行方」という論考を寄稿した。私神州の泉の考えなのだが、植草さんはすでにこの時点辺りで、要注意人物として米国に目をつけられていた可能性がある。この時期クリントン大統領は日本を素通り(パッシング)して中国を訪問し、日本との外交関係を軽視したが、一つだけ彼らは日本に重大な関心を持っていた。それが日本の金融分野である。フリー、フェアー、グローバルのキャッチコピーは米国からもたらされたものであり、日本の金融市場の規制を取っ払うものであった。その結果、ご存知のように金融ビッグバンが実現され、日本金融市場は無理やりこじ開けられる形になった。郵政民営化はすでにこの時点で明確に計画化されていたに違いない。

 1993年の宮澤ークリントン会談で年次改革要望書は合意され、翌年の1994年に最初の年次改革報告書が出されている。少し不思議なことがある。2005年の8月、民主党の櫻井議員の「民営化は米国からの要望に配慮したのか」という質問に対して、小泉純一郎氏は「私はアメリカが言い出す前から民営化を説いてきた」と答えている。最初の1994年の年次改革報告書が出されたのがその後続いた通例的な10月だとすれば、その前の9月には小泉氏が「郵政省解体論 「マルチメディア利権」の読み方」という本を出しているのである。ほぼ同時期だ。これは小泉氏が単独で郵政省解体論を考えていた時期と奇しくも一致しただけなのか?それとも米国からの何らかの接触が小泉氏にあったのだろうか。

 もっとも郵政の簡易保険に関して、年次改革要望書に初めて出てきた年月日は1995年の11月だった。関岡氏によれば、そこには「郵政省のような政府機関が、民間保険会社と直接競合する保険業務に携わることを禁止する」とあったらしい。米国は日本が国営として営んでいる郵政事業、特に簡保に関して、前提としていきなり官営を廃止して、民間会社に開放しろと要求を突きつけたのだ。小泉氏が口角泡を飛ばして繰り返した言葉、「民に出来ることは民に」のロジックの淵源がすでにこの時期の要望書に見受けられたのだ。そして前掲の小泉氏の「郵政省解体論」の出版、これらは何の関連性もなく出てきたことなのだろうか。小泉氏は1992年にすでに郵政民営化を唱えていたが、この年は宮澤喜一内閣の郵政大臣の時である。宮澤内閣と言えば、クリントン大統領との会談で年次改革要望書を合意した内閣であることは示唆に富む。確かに米国の要望よりも小泉氏の民営化論が先行しているのだが、鳥瞰的なタイムテーブルで眺めると、小泉氏と米国の要求はほぼ同期しているように見えるのは私だけなのだろうか。

 私は米国と、かの国に魂を売り渡した買弁政治家連中が10年後の完全郵政民営化を悠長に待っているとはとても信じられないのだ。彼らの切迫した目的は、民営化そのものではなく、郵政公社の分社化にあるのではないだろうか。今、そのことを調べている最中である。私には今の時期がさしあたっての国家危急存亡の局面であるという直感がある。何と言うか、切迫した危機感がどうしてもぬぐい切れないのだ。

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メディアの暴走、司法の歪みを許容する国民性の深層を考えてみる

 弊記事「鈴木淑夫氏(前衆議院議員)が植草氏の国策捜査疑惑に触れる!」に関して、ある読者の方から下記の貴重なコメントを頂いた。日本人の国民性について少し感じるところがあったので、これに管理人の愚考を加えてみたい。

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  はじめてコメントさせていただきます。

>政権交替の不在こそが、日本の社会をここまで腐敗させるような司法とメディアを作り出した根本の原因だと思う。

私は、むしろ生活優先の日本人の行動様式に問題があると思います。

職業生活において、権力者に圧力をかけられた場合、生活の糧である今の地位を捨てる覚悟で、その職業上の使命、職業倫理を貫こうとする人が、先進国といわれる国と比較して、日本には少ないからではないでしょうか。「長いものには巻かれろ」、「泣く子と地頭には勝てない」等の格言にそのことは表れています。

また、万年与党とは無関係の某巨大宗教団体に対する批判的な記事が、その団体からの広告収入に支えられているマスコミが報じない事を見ても明らかです。

使命、倫理を貫き通そうとすると自らの生活を犠牲にしなければならない事態が起り得る、そういうことに多くの日本人は耐えられないのでしょう。

その点、一神教の精神世界に住んでいる人は、神の意思を実現する事こそが正しい事だと思うことができるので、管理人様が書かれているような評価になるのだと思います。

今回の参議院選挙の最大に問題が「年金」であった事が日本人の精神性を象徴しています。

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  この方は日本人の民族性を非常に興味深く指摘している。現在、我が国メディアの暴走的な権力志向と、司法に深刻なる「いびつ性」が生じた原因は、日本人の生活優先の行動様式にあると喝破されている。確かに現象的にはその通りなのである。生活の糧が何よりも優先され、職業倫理観や社会規範がおろそかにされるきらいが国民の大多数にはある。ただし、問題はこれが戦後顕著に表層に現われた国民性なのか、あるいは戦前、かなり時代を遡る以前から培われていた日本人特有の庶民キャラなのかということにある。

 素人的に解釈すると、私はまず豊臣秀吉の百姓に対する兵農分離策、いわゆる「刀狩り」を思い起こす。思考の方向性を明確にするため、作業仮説として敢えて国民の階級を、わかりやすいように、おおざっぱに働く者と護衛する者に無理に二分すると、お百姓さんと武士階級に分けられる。もちろん実際は多くの職能階級があったのだが、思考実験なので、これを職能的に二分して、農業階級と支配者階級というふうに単純に分けて考えてみようと思う。このような粗暴きわまる階級観を使うことには抵抗があるが、この二分法は煎じ詰めて言えば、支配者と被支配者という人類に普遍的な原型素描となる。被支配階級の農家は武士や支配者に楯突かないように教育されるが、秀吉の時代は飢饉や悪徳地頭などの影響で百姓一揆が勃発することがしばしばあった。権力者としては、そのリスクを少しでも軽減させるために、お百姓さんが銃刀を所持することを禁じたのである。さらに明治維新では廃刀令が出され、大東亜戦争直後にはマッカーサー連合国総司令官が、日本の軍部解体を行い、それにともなって武器、及び伝統的な武道すべてを廃止した。これも刀狩りである。日本人には歴史的に為政者(支配側)に刀狩りされることによって、性格が従順というかお上に楯突かない精神構造が出来上がっているように思っている人は多い。伝統的に庶民はデフォルトで精神の武装解除を施されているのだ。

 と、このように単純化して言ってしまえば、私の頭はマルクスの階級闘争史観そのものになってしまう。(笑)本当のところ、私はその外来の階級闘争史観なるものは日本民族の伝統的構造には思いっきり不整合だと考えている。日本という国はフランス革命のように民衆が支配者の抑圧に対して決起するという構図は原理的に生まれようがない国である。もちろん百姓一揆やその他の反乱は多々見られるが、海外に比べればその血なまぐささはいたって少ない。つまり他国のように社会ダーウィニズムを基調とするバーバリスムとしての反乱・決起はほとんど見られないといってよい。その証明は明治維新を成し遂げた事実によく出ている。たとえば江戸城の無血開城などもその事例だ。支配者の飽くなき抑圧、一見そのように見える民衆の抑圧形態は、日本の場合、実は抑圧ではなく一種の共同体志向から由来していると私は思っている。つまり農耕民族のアーキタイプと、天皇を戴くシステム(体制)が長く続いてきたために、日本人の統治感覚、被統治感覚は「和の共同体志向」がその中核を成しているのだ。

 最近は特に思うのだが、もともと国民とお上の関係は西欧で言うところ抑圧を基盤とした統治形態とは本質が違うと。つまり、日本人の統治原理は力の論理ではなく、和の論理である。これは聖徳太子の十七条の憲法が多大に影響を及ぼしてきたということだろう。文化的にそのことを端的に証明するものはあの「萬葉集」であろう。一つの詩文の世界に、天皇から世俗の人間まで身分の貴賤上下が分け隔てなく編集されている。つまり、日本民族とは、観念や情緒、人間の存在論的なレベルにおいては平等なのである。なぜこういう民族性になったかを分析することは有益なのだが、それは本論を外れる。本論のテーマは現代マスコミの独断性や暴走、そして司法の偏頗性をなぜ国民が受容しているかにある。

 日本という国はマックス・ウェーバーの言うように、プロティスタンティズムの世俗内禁欲が資本主義の原理を健全に稼動させたという作業仮説は絶対に適用できないところがある。ところが知識人たちはなぜかこの「プロティスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を好んで取り上げ、日本論にも適用しようとする人が多い。私もかつてそんな気分になったこともあるが、最近は根本思想においてこの見方は疑問に思っている。なぜなら日本民族は欧米諸国とは存在原理が異なるからである。ルターに始まるキリスト教プロティスタンティズムを基盤とする西欧は、資本主義を支えたエートス(倫理規範)が神との契約概念で成立しているという蓋然的な了解があるが、我が国にはそのような契約概念は存在しないし、出てくる土壌もまったくない。天職と心得る職業に就いた場合でも、それが神の御意志の顕現として労働するという感覚は存在しないのだ。

 しかし、大東亜戦争後、焦土と化した国家を驚異的な短時間で復興し、奇跡と言われた規模の資本主義的社会を形成してしまったことは近現代史の紛れもない事実である。この驚異的なダイナミズムがキリスト教倫理に似たようなもので衝き動かされたとは到底信じがたい。日本的なるエートス概念、それが仏教か、儒教か、神道的エートスなのかと問いかけることはまるっきり無駄な作業だと思う。むしろ、大東亜戦争にしろ、戦艦大和の建造にしろ、戦後の高度経済成長しろ、日本人が引き起こす巨大なダイナミズムは宗教的内発性とはまったく違うものであることを認識するべきだろう。私はそれこそが「和を以って貴しとなす」の共同体原理だと考えている。

 それを展開することは本論の主旨ではないので、マスメディアの横暴を許容する国民性を指摘したい。「長いものには巻かれろ」、「泣く子と地頭には勝てない」、「親方日の丸感覚」等の言葉は、この共同体思考から来ていると考えて間違いない。日本人の規範感覚の要諦は相手と喧嘩しない、恨まれない、相互謙譲である。これが田んぼの水利権争いの平和的な解決から、やむなく生み出された社会規範だとしても、長い時間にDNAに刻み込まれ、民族の原型的性向となった。さてこれからが本論である。圧倒的多数の日本国民がマスメディアや司法の横暴に鈍感なのは、この原型的共同体思考が権力者たちに対しても適用されるからである。つまり、日本人はすべての国民が高貴な精神性を宿しているために、けっして力の強圧による隷従隷属を受容しないところがある。形式的にはその形態を固守したとしても、精神のアーキタイプが萬葉集に出ているように他者と自分は存在論的に身分差別を認めないのである。そのために、主従関係が成り立っても、互いに相手を敵視しない精神土壌が出来上がっているのだ。そうでなければ赤穂藩浪人の敵討ち騒動は起きないわけである。

 つまり日本人は権力者に対しては従順に見えても、その抑制は基底精神で権力者と自分には平等性が担保されていると確信しているのである。原始的な捉え方をすれば、日本人にとって権力機構とは、共同体原理を束ね、それを存続させる求心力なのである。この感覚で現代人もマスコミを眺めているので、マスコミの恣意性や誘導性に対して無感覚なのである。だからこそ、マスコミを牛耳る権力者は日本人の民族性向を正確に捉えて好きなように洗脳しているのだ。彼らは日本人の平和志向を逆利用して世論コントロールを行なっているのだ。非常に奸智に長けていると言える。繰り返すが、和の共同体志向とは、おそらく、狭い土地内で耕作地の水利権を争ううちに、喧嘩して奪い取るよりも、あい和して微妙な棲み分けを考えた方が都合がいいということになったのだろう。こういう有徳の国民性を利用して、映像や音声、あるいは文字で好き勝手に日本人の社会感覚を左右している存在には心底怒りが湧いてくるのだ。

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植草氏が遭遇した偽装事件の真実


植草事件の真実―植草氏は無罪だ(Z氏の考察)

(検察側証言者の証言は作為と誤謬に満ちている)

 「事件」発生時の車内の様子はどうだったのか。いろいろな情報が錯綜し混乱しているがこれも当然のことである。有罪だと主張するのは検察側陣営の2人、すなわち検察側目撃証人(第二回公判で証言)と、第一逮捕者(第六回公判で証言)である。それに対して無罪を主張するのは弁護側目撃証人(今年7月4日、第九回公判で証言)と被告。両陣営の主張は真っ向から対立しているから、当然車内の様子も違ったものとなっている。事件当時の車内の様子が様々な人によって図で示されているのだが、かなり検察側陣営の証言に振り回されているの実情だ。しかし検察側陣営の2人は実際は事件を見ていないし、作為的な証言をしているだけという動かぬ証拠(下記参照)があるので、彼らの一切を信用すべきではないと私は考えている。従って、弁護側の2人、つまり目撃証人と被告の証言のみを信用して事件当時の車内の様子の図を描いてみた。これが図1だ。「目」と書いたのが目撃証人の位置である。この大部分は目撃証人の証言が元になっているが、彼は被害者女性を見ていない。ところが、植草氏は自分が乗ってきたドアの方向に向かってつり革につかまって立っていたと述べている。そして被害者女性は自分の前1~0.8mくらいの所にいたと言っているから、その位置証言を加えると図1のようになる。

図1

Z

  この図でまず気付くことは、被害者女性と第一逮捕者の位置が異常に近いことだ。第一逮捕者の位置は目撃者によってしっかり目撃されているし、被害者女性の位置は植草氏の証言が元になっている。2人の証言を併せてみると、何とこの2人が非常に近くにいたことが分かる!被害者女性は逮捕者の連れのようだったと目撃者が証言していることにぴったりと符合する。表向きは被害者女性と見ず知らずの乗客が逮捕してくれたことになっているが、実は連れだって行動していたのではないだろうか。

 この電車に植草氏は最初、間違えて乗った。そこで降りようとしたら、後から乗ってきた乗客に押し戻されたと言っている。酩酊していた植草氏を押し戻したのはこの2人ではなかったか。図の下のドアから入ってきたのだから、場所的にはこの2人が押し戻したと考えるのが非常に合理的だ。

 何のために押し戻したのか。それは、植草氏が下車して、反対向きの電車に乗ってしまうと、上りの次の駅までの所要時間が2分しかなく、しかも車内はガラガラなので、とても痴漢偽装事件の工作は無理だからである。満員ではなくても、乗客の多い電車であれば、「痴漢です」と女性が声を出しさえすれば、指一本触れて無くても起訴され、99.9%の確率で有罪となるのだから、勇気を出して声を上げるだけで、偽装事件は成功する。しかし、その田舎芝居を見ていた人が、彼は痴漢をやっていなかったと証言すれば、いくら何でも有罪にはできないのだ。今回はそのケースとなる典型的な事例だ。しかし、もし裁判官が当日乗り合わせていたこの目撃証人の証言を不採用とするなら、今回のケースでは明らかに司法の独立性は存在しないことが明らかとなる。考えたくもないことだが、裁判所の三権分立の精神は幻想だということになり、国民は裁判所の公平性という思い込みの中で生きていることになる。さらに言うならば、裁判所まで「国策捜査」の片棒を担いでいる可能性が濃厚となると言ってよい。一国民としては、けっしてそのようなことがないことを祈りたい。国民はこの裁判の帰結を細心の注意を以って見守るべきだろう。国家が健全か、どこまで腐っているのかが判断される裁判だからである。もし、第九回公判に勇気を出して出廷してくれた目撃証人の言が裁判官に否定されるようなら、日本の司法は立ち腐れと言えるだろう。国際社会において、これほど恥さらしな国家があるだろうかということになる。

 この事件が偽装、すなわちでっち上げであるという証拠は数え切れないほどある。もちろん、最も確かなものは、弁護側目撃証人が「植草氏は痴漢をやっていなかった」という直截な証言である。これが嘘だと言うなら話は別だが、検察側もこの証人が嘘を言っているとは主張していない。被害者女性が2分間触られたと主張しても、この目撃証人の証言により、それが真っ赤な嘘だということが証明されている。

 第一逮捕者の証言(3月28日)は間違いだらけで、証言を行った男が実は事件と無関係な替え玉だということをはっきり証明するものとなった。例えば彼は、車内では自分一人で植草氏を逮捕し、京急蒲田駅のホームに降りてから、別な乗客が逮捕に協力してくれたと言っている。しかし、実際は車内での逮捕者は2人であり、このことは植草氏も弁護側目撃者もはっきりと述べている。特に弁護側目撃者は2人が逮捕した様子を鮮明に覚えており、その様子を詳細に証言台にて説明しており、間違いない。もちろん、被告人にも弁護側目撃者にも、1人でなく2人だと嘘を言わなければならない理由は全くなく、それは真実に違いない。もし3月28日に証言した逮捕者が本物なら、一人で逮捕したか、二人で逮捕したかという決定的なできごとを取り違えるわけがない。なぜなら彼は逮捕当事者なのだから。逮捕に協力したもう一人の逮捕者を証人に呼べば、このことが更にはっきりする。

 この逮捕者は植草氏が傘と4kgの重いかばんを肩に下げていたことも気付かなかったと言った。逮捕者ならそれはあり得ない。また、被害者も身動きの取れないほど混んでいたと彼は述べているが、図1と弁護側目撃証言から、それは嘘だとわかる。対面ドアツードアーの四角のゾーンは、人が触れ合う程度だった。また対面ロングシート(座席)のゾーンは「まばら」だったので、目撃者が植草氏の位置周辺を見通すことは充分に可能だった。乗客は充分に身動きできる状況だったのである。また蒲田駅のホームに降りて、しばらくしてから、駅員を呼んで下さいと周りの人に言い、呼んできてもらって駅事務室に連れて行ったと彼は言っているが、実際はホームに降りてから一心不乱に駅事務室に直行したのであり、その証拠に、電車がホームに着いてから、駅事務室に連れて行き、そこから警察に連絡が行き、その連絡が駅近くにいたパトカーに行くまで僅か2分10秒しか掛かっていないことを警察は時限的に発表した。この事件は、事件が起きる前から周到に準備されていたのでなければ、このようにスムーズには絶対にいかない。是非一度、この逮捕者の証言が書かれた速記録を読んでみるとよい。証言が自作の作り話を並べたものということが手に取るように分かる。

 もちろん、これは仮説なのであるが、なぜ、警察が替え玉に証言させたかといえば、次のような事情だろう。それは検察側の証人が思わず口を滑らせたように、現場における本物の逮捕者は私服警官の可能性があるからだ。もしそうであるならば、警官が「事件発生」に備えて逮捕の準備をしていたことが発覚することになりかねない。乗り合わせた善意の一般人逮捕者(常人逮捕者)が、実は私服警察官だったならば、この事件が警察という国家機関が関与して計画遂行された「国策捜査」である構図が法廷の場で浮かび上がってしまうからだ。

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2007年9月29日 (土)

鈴木淑夫氏(前衆議院議員)が植草氏の国策捜査疑惑に触れる!

 植草さんのコラムを見てはじめて知ったのだが、前衆議院議員の鈴木淑夫という方が、HPで植草一秀さんの国策逮捕に言及していた。元衆議院議員という経歴を持つ方の見解なので、この記事の重さはひとしおであり、是非内容を吟味していただきたい。また、鈴木氏は、作家の辻井喬氏著『新祖国論』と、ヤメ検弁護士・田中森一氏著『反転』という書物が、植草さんの書かれた「知られざる真実 -勾留地にて-」と、それぞれ立場もテーマも異なるが、三者ともまったく同じ問題提起を扱い、同じものを告発していることに注意を喚起している。私もさっそく『新祖国論』と『反転』を注文した。

 鈴木氏が、植草さんを潰そうとした社会的勢力がいるのではないのかと語っているのは非常に重い。実は植草さんが巻き込まれた偽装事件の真相を知る政治家は案外多いのではないかと私は思っている。彼らはその世界に身をおくプロだからこそ、この事件の恐ろしさを肌で痛感し、努めてこの事件に触れないようにしているようだ。これを保身じゃないのかと言うことは容易(たやす)いのだが、彼らは生活がかかっているし、米国に睨まれたら二度と政治家として生きていけないことを知っているのだろう。また家族の安全のことも考えるだろう。それほど巨大な背景が絡んでいる。それはよくわかる。わかるが、何と言おうとも、実際のところ、その意識は隷属根性に変わりはない。つまり奴隷なのだ。しかし、植草さんにしろ、城内さんにしろ、自らその枠を超えて戦い抜き、不遇な状況に置かれた人たちもいる。自己の安全を優先した人は、彼らに後ろめたさを持って生きるくらいなら自分の怯惰を突破して声を上げるべきだと思う。恐怖心は誰にもあるが克己しなければ良くない方向にしか行かないのだ。中には竹中平蔵氏のように、自ら率先して米国に利益供与している者がいるが日本人として許せない思いだ。また、小泉チルドレンと称する売国愚連隊もこれと同様である。

 しかし、私は思うが、気が付いた人間たちが触らぬ神に祟りなしで決め込んでしまえば、事態は日本を食い物にする外国勢力と、それに魂を売った一部の国賊的日本人たちにぼろぼろにされ、しまいにはカルタゴのようにこの日本は滅亡するだけだ。政治家であるが、ひとり、ふたりが声を上げるならなら、命も狙われるかもしれない。しかし、10人100人の政治家が声をあげれば事態は容易に変わると思う。我々一般人も政治家だけに任せず声を上げるべき時が来ている。重要なことは気運を盛り上げることだ。米国隷属、国際金融資本が好き勝手に跳梁跋扈して食い荒らし放題の現状。こういう状況がひ弱な個人である自分には関係ないと思っている人が大勢だと思うが、考え直して欲しい。だんまりを決め込んでも日本人に明日はない。それなら、他国から富を掠奪する外国の為すがままに任せる現状は止めて、自分たちの日本を切り拓くべきだろう。それには国民が一人ひとり現状を見究め、悪の根を断ち切る以外にない。

 付け加えるが鈴木氏は、植草さんが指摘したりそなインサイダー疑惑と同様に、郵政民営化も、米国隷従絡みで、政府とメディアが偽装したものだと言っている。以下は鈴木淑夫氏のサイトに載っているコラムである。

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 鈴木淑夫氏のサイトより転載

政治権力に支配された司法とメディアの偽装

―辻井喬、田中森一、植草一秀の新著は共通の問題を訴えている―(H19.9.18)

【多くの人に読んで欲しい辻井喬、田中森一、植草一秀の新著】
 最近、面白い本を3冊読んだ。それぞれテーマは違うし、著者のキャラクターも全く異なるのだが、3冊とも政治権力に支配される司法とメディア、それが作り出す「世論」という怪物、真相の隠ぺい、その結果生じる日本社会の不条理を問題にしているのだ。
 1冊は、作家辻井喬の『新祖国論』、2冊目はヤメ検辯護士田中森一の『反転』、3冊目はエコノミスト植草一秀の『知られざる真実』である。田中森一と植草一秀は、いずれも刑事事犯に問われて裁判中で、それぞれの本を勾留されている時に構想し、あるいは執筆している。
 全く異なるキャリアを持つ3人が、同じ問題を憂い、あるいは告発している事に非常な興味を覚えたので、そのポイントを紹介したい。
 関心のある方は、是非、読んでみて頂きたい。

【メディアに支配された言論の空疎化、政治の堕落】
 辻井喬は、『新祖国論』の中で、次のように訴える。
 改革という言葉が、そのまま内容であるかの如く流通している言論の空疎化。その言論を支配しているのは、「世論」という怪物だ。この「世論」は、センセーショナリズムとセンチメンタリズムを身上にするメディアによって形成されている。
 自分達が努力した結果、国は富み、自分達が苦しむ社会が実現してしまった不条理。改革とは、既得権益を持った人の手から役得や有利性を取り除くことであって、弱者救済と同じ方向性の筈なのに。
 政治は、大衆の中に鬱積している不満を、いつ、どんな方向へ噴出させ、その中で自分の存在を際立たせるかというデマゴーグに満ちている。議会制民主主義は、手続きと数の民主主義に堕している。
 グローバリズムと見えていたものは、実は特定の一国のナショナリズムを偽装したものではないか。
 ナショナリズムが正しいか、正しくないかを判定する鍵は、①情報が常に人々の前に公開されているか、②人々の権利を増大させる方向へ機能しているか、の2点である。情報を隠し、あるいは偽装して、人々の権利を抑える方向に動くナショナリズムは、危険である。今のアメリカは、どうなのか。日本には、正しいナショナリズムが興ろうとしているであろうか。
 今回の教育基本法改正で脱落した文言の中に、「個人の価値をたっとび」「勤労と責任を重視し」「自立的精神に充ちた」の三つがある。全部、民主主義を支える基本的条件なのに。この国は、どこへ向かおうとしているのか。

【身の毛もよだつ検察の「国策捜査」】
 辣腕特捜検事から辯護士に転じて、闇社会の守護神と呼ばれた田中森一は、著書『反転』の中で、日本社会の不条理と理不尽が、政治権力と結び付いた司法によって作られ、あるいは隠されていることを、赤裸々に告白している。ここ迄ひどいのかと、読んでいて身の毛もよだつ。
 彼は特捜検事の頃、上からの命令で、何回も捜査を中止させられ、その経験から、次のような結論に達する。
 検察は法務省の一機関であって、日本の行政機関の一翼をになっている。検察は行政機関として、「国策」のことを考えなければならない。その時の国の体制を護持し、安定させることを専一に考える。最近、「国策捜査」という検察批判がよくされるが、そもそも基本的に検察の捜査方針は、全て「国策」によるものである。
 被疑者に「人権」がある、などと本気で考えている検事はいない。
 現実の裁判官は必ずしも正しくなく、それどころか間違っているケースの方が多い。
 遂に馬鹿らしくなったのか、田中森一検事は辯護士に転じ、検察と裁判を知り尽くした辯護士として、闇社会を護り、大儲けをする。しかし、最後に許永中事件に連座し、獄中の人となる。

【植草一秀を社会的に潰そうとした勢力が居るのではないか】
 辻井喬が今の日本の民主主義の堕落、権力に支配されたメディアが作る危険な潮流を正面から告発しているとすれば、田中森一は権力と結び付いた司法が作り出す、日本社会の不条理と理不尽を、裏から告発しているのだといえよう。
 このような日本の社会の中で、もみくちゃにされたのが、エコノミスト植草一秀である。普通なら起訴されない、あるいは冤罪かも知れない痴漢事件で一審有罪となり、社会的地位を失った。
 辻井喬と同じように日本の政治、社会を憂えて、主としてエコノミストの立場から政府・自民党を批判し続けた植草一秀が、田中森一の告白にあるような「国策捜査」の検察の手で葬られたのではないかという疑いを、田中と植草の本を読んだ人なら、誰でも抱くのではないだろうか。

【経済政策の「見逃された偽装」を正当に告発】
 植草一秀の著書は、その第1章「偽装」で、政治権力による司法とメディアの支配が作る「見逃された偽装」を詳細に述べている。
 96年にバブル崩壊不況から脱出した日本経済が、97年度緊縮予算によって「平成恐慌」(菊池英博の表現)に陥った際の「NHKスペシャル」や「クローズアップ現代」による偽装。
 「金融再生プログラム」の失敗で03年春に再び金融恐慌前夜の様相を呈した時の、りそな銀行救済劇の不公平と理不尽、それを偽装する政府とメディア。
 これを契機とする株価急反発と一連の不良債権処理の中で、いかに外国資本に利益供与が行われたか。郵貯民営化も、同じような米国隷属政策によるものだが、政府とメディアの偽装で国民はそれを知らない。

【政権交替の無い万年与党の存在が社会を腐敗させた】
 以上の3冊が共通に述べている日本社会の不条理と理不尽は、何故生まれたのであろうか。司法とメディアが政治権力に支配されるのは、当然なのであろうか。他の先進国は、ここ迄ひどくはない。司法は行政から独立している。メディアは、どの政治勢力と同じ考えを持っているかを明らかにした上で、論陣を張っている。不偏不党で公正だという建前で、実は時の政治権力を護るようなことはない。
 何故違うのか。政権交替が行われる議会制民主主義が根付いているかどうかの違いだ。政権交替が行われる議会制民主主義の下では、司法とメディアが一つの政治勢力に支配されることはない。
 日本では、細川・羽田政権時代の短期間を例外として、半世紀以上にわたって自民党が与党を続け、政府を作ってきた。この万年与党の存在、政権交替の不在こそが、日本の社会をここまで腐敗させるような司法とメディアを作り出した根本の原因だと思う。

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2007年9月27日 (木)

植草一秀氏著『知られざる真実 - 勾留地にて -』

 今、郵政民営化問題をブログに書いていて、植草さんのご著書の紹介文、及び感想文が遅れ、植草さんには大変申し訳ないと思っている。もっと早く書きたかった。このようなきわめて優れた本の全貌を無学非才の私が上手く解説することはできないが、感じた部分を思いをこめて書いてみた。 なお、第二章と第三章は植草さんの人となりがよく出ていて、読み物としても、とても面白いが、字数の関係でその部分の感想は割愛した。しかし、このようにすぐれた有識者の植草さんに、昭和30年代に色濃く残存していた日本人の美風が醸し出されていることには驚かされる。この時代の暖かさと思いやりが植草さんに強くあるからこそ、彼の経済視点は一貫して国民の幸せに向いているのだ。ご自分の青春時代や世の中、歴史などに対する思いが素直に書かれている。

                                      神州の泉・管理人 高橋

            Shirarezarushinjitsu

『知られざる真実 - 勾留地にて -』の感想文

 プロローグ 想像力

 この中で植草氏は酩酊して事件に巻き込まれた要因をつくったことを反省しているが、けっして疑われているような罪は犯していないと断言。彼は「本書執筆当時においては裁判所が真相を正しく究明し適正な審判を下してくれることを念願するが、裁判所の判断と独立に真実は存在する」と明記している。これは品川事件の裁判を踏まえて、裁判所が公正な裁定基準を厳格に堅持してほしいという植草氏の切実な願いが込められている。逆に言うなら、裁判所が独立していない、すなわち他の権力機構からの干渉があれば正しい裁定は望むべくもないということである。彼は前回の裁判で最も採用して欲しい審議内容が不採用にされた不条理を経験している。そのようなことが本裁判でも起こらないようにという強い希求がこの文には込められてある。裁判所の独立とは、他の権力機構の影響を受けない厳格性だと私は受け止めている。

 メディアの俗悪趣味は個人のプライバシーを拾い集めて針小棒大に騒ぎ立て、事実無根の虚偽情報を無責任に流布すると彼は言う。しかし、私(神州)から言わせるなら、この執拗さ、申し合わせたように画一的で低劣な内容など、これらを鑑みれば、植草さんをメディアが扱ったレベルは「俗悪趣味」をはるかに超えている。それはメディアの背後に横たわる得体の知れない巨大な権力的策謀を浮かび上がらせるものである。マスコミによる大泥流のような植草さん攻撃は、彼が言うように「いじめの構図」そのものではあるのだが、このいじめを生み出した底意には明らかに政治的な背景が存在する。しかし、大きく言えば、マスコミといういう巨大権力に個人がいじめられている現実を、大勢の国民が感知できないところに大きな問題がある。国民は戦後民主主義教育で権力機構の横暴にはすこぶる敏感になった。しかし、どういうわけか、マス・メディアという巨大権力に対しては従順というか、思考停止的でさえある。

 植草さんはメディアについて深い指摘をしている。今日本列島を覆い尽くしているいじめ問題をマス・メディアはこぞって取り上げるが、肝心のマス・メディアが行なっている大がかりないじめをきちんと見つめる必要があると言う。大掛かりないじめ、そう、この言い方は意味深である。彼はマス・メディアが国策捜査に加担する今の日本の体たらくを、言外に嘆いているのだ。もちろん、植草さんは自身の巻き込まれた状況を国策捜査とは言っていないが、メディアが政治と結託した場合の悪しき世論誘導がどれほど深刻に真実と乖離するか、その警鐘を鳴らしている。

第一章 偽装

 この章のタイトルが「偽装」と付けられたのは、りそな銀行問題が主題となっているからであるが、植草さんが巻き込まれた事件の本質を表していて意味深である。

1 沖縄知事選と徳洲会病院臓器売買事件

   この本の最も最初に植草さんは愛媛県宇和島の徳洲会生体腎移植問題が不自然に大きく取り上げられ、これもまた不自然にいきなりその話題が終息したことを指摘して、これと沖縄知事選の相関関係を国策捜査の観点から捉えている。ここに政治権力に介入された司法とメディアの作為が存在した可能性を見ている。

2 テレビ・メディアの浅薄さ

 テレビが政治権力に加担して恣意的な世論誘導を行なう危険について、メディア論を展開している。小泉政権は政治権力、司法、メディアの三位一体による世論誘導政権だった。植草さんの名誉が著しく傷つけられることに、メディアは強い役割を果たしている。本質的なことは伝えないのに、どうでもいいことや愚劣なことは執拗に伝え続ける今のメディアは、国民総愚民化を目指す洗脳機関に成り下がっている。

3 偽装三兄弟

  郵政民営化選挙で、追い出された自民党議員を復党させたこと。それとタウンミーティング、耐震構造偽装事件を偽装三兄弟と言ってる。

4 耐震構造偽装

5 偽装タウンミーティング

    小泉政権は発足年の2001年6月から2006年9月まで、合計174回のタウンミーティングが行なわれ、小泉政権の妥当性を国民に知らしめたと言っているが、それはやらせだった。このことは国民の意見を反映して推し進めたと、誇らしげに強弁しながら遂行した小泉・竹中構造改革路線の実態をよくあらわしている。つまり彼らの実行した構造改革は「偽装」なのである。

6 福井日銀総裁追及の深層

 福井日銀総裁バッシングの深層を植草さんがするどい切り込みで追求している。昨年の量的金融緩和政策の解除やゼロ金利政策解除を実行した福井氏を強く評価している。しかし、財政当局は別の思惑があり、福井氏を叩いた。ここにも表に出ない謀(はか)りごとがある。

7 摘発される人・されない人

 国策捜査で摘発される人と摘発されない人の違いは、米国にとっての「抵抗勢力」の度合いであるということが指摘されている。西村眞悟議員は北朝鮮問題で米国の思惑に反したから抵抗勢力度を高く見られて国策捜査に嵌められた。また、木村剛氏のことにも言及している。木村氏はりそな銀行実質国有化を発表する前とあとでは、言動が完全に異なっていると言っている。

8 りそな銀実質国有化

   本章の主題に位置する重要な内容である。植草氏は小泉政権が発足し、国民が熱狂的に支持している時に、有識者としては唯一と言っていいくらい異端的な存在だった。りそな銀行の実質国有化は大掛かりな偽装であり、小泉政権の実質的破綻を意味していると植草氏は言う。しかし、民主党はこれを追及しなかった。りそな銀行の実質公的救済が発表された日、2003年5月17日、大阪読売テレビのウェークアップ(桂文珍司会)に出演していた植草さんは、番組中に求められたコメントで、「常識的に考えれば週明けの株式市場は大混乱に陥るでしょう」と答えた。すると番組のエンディングで桂文珍氏が、金融庁から入ったとされるメッセージを読み上げた。「現状においては金融システム全体に影響が及ぶ状況にはありません。・・・」

 神州の泉・管理人の意見であるが、このテレビ番組で、偽装を見抜いた植草さんの慧眼に惧れをなした竹中平蔵前金融担当大臣が、慌てて番組に植草さんの見解を否定するメッセージを出したものと思える。このエピソードは植草さんが偽装事件に嵌められる要因を成す重要な契機の一つかもしれないのだ。

9 小泉政権五つの大罪

  小泉政権の本質が国民を不幸に陥れる売国姿勢にあったことを見事に説明している。興味深いことを植草さんは書いている。郵政民営化は小泉氏個人の怨念=ルサンティマンと米国政府の要求によって推し進められたこと。

10 自由党定例研究会

 2001年3月、自由党幹部の定例研究会で植草氏が講師をし、80年代の後半部から2001年までの日本経済の推移を経済政策との関連を軸に講義した。2001年当時に日本経済が直面した不況、財政赤字、不良債権の三重苦は90年代初頭に米国が直面した状況に類似しており、これを解決するためには経済改善が優先されるべきであることを説明。経済改善が資産価格下落の回避に有効であり、金融問題解決や財政赤字が縮小されると。米国は先代ブッシュの時代にS&L(貯蓄貸付組合)預金者を公的資金で保護した。公的資金投入による不良債権問題解決策を法律に盛り込んだことが大きな効果を生んだ。米国の金融問題処理では、巨額の公的資金投入によって金融システム破綻を防ぐが、責任は厳格に問うという原則が貫かれた。(※これは植草さんがりそな銀行インサイダー取引疑惑を語る時の根拠にも使われているから重要である。植草さんはこの原則を日本の金融問題に当て嵌めてみた時、小泉構造改革が「まやかし」であることをあざやかに指摘した)

 米国の財政再建は景気回復実現によって実現したことが、定例会の主要テーマとなっている。(小泉純一郎氏はこの歴史に学ぶ前に、植草さんの言葉自体を耳に入れなかったようだ。この時点で小泉氏には国家国民を不幸に導く愚宰相の徴候が出ているようだ)

11 日本経済混迷の真相
 
 90年代以降の日本経済の推移を植草さんが解説している。これは彼の著書「現代日本経済政策論」で書いたことの抄録を「自由党定例研究会」で発表したことをかいつまんで説明している。ここに1992年から2007年までの日本経済推移の植草さんのグラフがあるが、これは小泉構造改革派が最も忌み嫌っているグラフである。なぜなら、このグラフ自体が視覚的に小泉・竹中的経済政策の偽装性、不当性を端的に示すからである。経済に関心のある方は必読部分である。
1_3   

12 異論の表明

  ここにも植草さんと竹中氏の金融問題についての見解が真っ向から対立していたエピソードが書かれている。自由党定例研究会で竹中氏は植草さんにかなり腹を立てていたようだ。

13 小泉純一郎氏への進講

 自由党の定例研究会の一年半前、植草さんは小泉氏に経済政策の進講を行なった。日本経済新聞の現社長と小泉氏は深い親交があり、社長(当時は副社長)の依頼によるものだった。(留意してもらいたいのはこの席に中川秀直氏がいたこと。神州の泉・管理人の独断で言うなら安倍政権の幹事長を勤めた中川氏は、構造改革継承のお目付け役として配置されたのだ)この時、植草さんは小泉氏に持論を言おうとしたが、小泉氏は遮って緊縮財政論一点張りの主張をまくし立てたそうだ。何のための勉強会?この時、植草さんは彼が宰相になったら、日本経済はお先真っ暗だと感じたそうである。

14 日本経済の崩壊

   ここでは、小泉氏が緊縮財政政策を行なって日本経済をジリ貧に誘導したことが解説されている。

15 標的にされたりそな銀

  竹中氏が発足させた金融再生プログラムの時から、りそな銀行が標的にされた経緯。

16 1・3・5の秘密

  りそな銀行を追い落とすために、竹中金融相、奥山公認会計士協会会長、木村剛氏が連携して謀議を企んだ可能性を指摘。その際、繰延税金資産の計上に秘密があったこと。1・3・5とは、1年、3年、5年のことである。知りたい方は本文を読んでいただきたい。

17 小泉・竹中経済政策の破綻

 彼らは植草さんの提言を無視したために、文字通り日本経済は奈落に突き落とされた。
しかし、植草さんは言う。背後に米国政府と米国金融資本の誘導があったのではと。

18 巨大国家犯罪疑惑
19 りそな銀処理の闇
20 求められる事実検証
21 天下り全廃なくして改革なし
22 第一種国家公務員の廃止

  18~22までは「知られざる真実」の山場なので、本で読んでください。

23 切り捨てられる弱者

 小泉氏は官僚利権は温存して、弱い人々を冷酷に切り捨てた。また政府税調会長に就任した本間正明氏はすぐに失脚したが、就任早々法人税を引き下げるという新自由主義路線そのものの政策を行なった。植草さんはここで興味深いことを言っている。米国の財政支出には福祉予算が自動機械的に決められる「プログラム支出」と、額が個別に裁量される「裁量支出」がある。日本の財務省は、国税配分である地方交付税を、このプログラム支出から裁量支出に切り替えようとしている。理由は官僚利権死守と権力増大志向。

24 米国隷属の外交
25 外国資本への利益供与
26 露見した郵政米英化の実態
27 濫用される権力
28 蔑視されていた国民
29 言論封殺のメディア・コントロール

  24~29は本を読んでください。

30 竹中氏の抗議

 竹中氏は植草氏の言論を徹底的に嫌悪していた。当時植草氏は夕刊フジの「快刀乱麻」でコラムを書いていたが竹中氏はこれに圧力をかけた。植草さんが勤めていた研究所の上司からコラムの表現に手心を加えるように言われた。(刑事ドラマでは、政治家の犯罪を追及していた刑事が上司から担当を外される場面などはよくあるが、まさか竹中氏がこれに類似したことをやっていたとは驚きである。露骨な言論介入である。しかし、植草さんに生起するいろいろな良くないことには不思議と竹中氏が頻繁に登場しているようだ)

第二章 炎

1 『オールウェイズ?三丁目の夕日』
2 小学校
3 中学校
4 こっくりさん
5 百字作文
6 炎
7 受験
8 『隠された十字架』
9 みんなちがって、みんないい
10 『エデンの東』
11 経済学
12 TPR
13 情報操作
14 公益法人の実態
15 転機

16 消えた放送委員会
17 政治権力に支配されるNHK
18 テレビ・メディアの偏向
19 多様な価値観との共生

第三章 不撓不屈

1 美しい地上
2 人類の歴史
3 弱き者のためにある政治


 
特にこの部分で植草さんの重要な視点が出ているので書いておく。彼によれば、近年、日本の政治思潮は従来の「ケインズ的経済政策と市民的自由」の組み合わせから、「ハイエク的経済政策と治安管理を重視する政治体制」の組み合わせに大きく旋回したように思えると書いている。(※神州の泉・管理人の捉え方では植草さんが言う「ハイエク的政策と治安管理の重視」とは、新自由主義の極相である「夜警国家」に日本が変化したということだと思う。特に国策捜査が頻発した小泉体制は「警察国家」の特徴が色濃く出ている。)

4 信長ぎらい
5 望ましい政治
6 平和国家の追求
7 個性を尊重する教育
8 不条理
9 救済
10 執筆の契機
11 他者への祈り
12 弱くもろい社会
13 不撓不屈

エピローグ

巻末資料 真実

1 2006年事件
2 自殺未遂
3 捏造
4 懇親会
5 電車利用
6 脅迫
7 2004年事件
8 横浜駅ビル「シアル」
9 変遷した追跡開始経緯の供述
10 決定的な矛盾
11 12分間の出来事
12 卒業生への電話
13 N氏への電話
14 刺客
15 弁解録取
16 錯乱
17 1998年事件
18 創作された調書

19 罠
20 隠滅された防犯カメラ映像
21 隠蔽された神奈川県警不祥事
22 控訴拒絶

 以下は神州の泉・管理人の見解であるが、巻末資料では1998年、2004年、2006年の事件の経緯が詳述されている。第一章の「偽装」を念頭において読めば、彼が国策捜査に陥れられた背景が明瞭になるとともに、国策捜査を別個に置いて考えたとしても、三度の事件がいかに不自然なものかよくわかるのである。2004年の品川事件における構内カメラの録画の扱いは、植草さんが無実証明として検証するように提示したにも関わらず、無視されたまま、録画は自動消去された。この故意の放置は不可解そのものである。被疑者から訴えているのに、最も有力な証拠が隠滅されている。この事件の公判中に、神奈川県警の現職警察官による多数の盗撮事件が発生していた。すべての事件において警察官は逮捕されておらず、それどころか退職金が支払われている。問題はこれらの事件が植草さんの裁判が終結するまで公表されなかったことにある。皆さんは妙だとは思われないだろうか。

 現職警官が盗撮行為をすれば、テレビや新聞、他のマスコミがこぞってニュース報道を行なうはずである。ところが、植草さんの公判中は故意に報道を控えているのである。明らかに植草さんの裁判への影響が出ないように意図されているのだ。この構図を見れば、植草さんの逮捕、勾留、裁判の流れが、ただの個人的事件の取り扱いではないことがはっきりと見て取れる。植草さんは官邸主導を行なった権力筋によって政治的言論を封殺されたのである。

 虚心坦懐にこの「知られざる真実」を読めば、植草さんの身に起きた理不尽な出来事の真相が透視できるのである。真相とは何か。それは国策捜査である。私、神州の泉は今、10月1日から始まる郵政民営化の亡国性をしろうとなりに検証し、警鐘を発しているが、小泉政権の国家毀損という犯罪性は、植草さんが指摘していた「りそなインサイダー疑惑」のみならず、郵政民営化という究極的な売国法案にも色濃く出ているのだ。従って、郵政民営化のペテン性に気が付いているかたがたも、この「知られざる真実」をお読みいただければ、小泉・竹中路線の売国本質がよく見えてくるのである。何度も言うが、植草氏のこの著書は戦後史の中でも稀に見る名著である。現在おかれている日本の位相が非常に明確に認識できる内容なのだ。是非、読んで欲しい。読めば売国構造改革推進論者にはだまされなくなる。

 この本は最初から最後まで本物の憂国心情に溢れている。読み進めるうちに、きっと読者にも鶏鳴の轟(とどろき)がひびきわたるだろう。これからの日本は国賊的改悪を断行した小泉政権の本質を明確に総括し、断固として悪い部分を見定めて置かなければ先へは進めないのだ。安倍晋三前総理の失敗は、それを怠って構造改革をそのまま踏襲したことにある。「美しい国へ」の構想そのものは全体としてはけっして悪くはない。しかし日本を思う展望と、実体が売国本質の構造改革の狭間で、彼が地層の断層のように引き裂かれるのは時間の問題であった。私はケインズ的な政策がいいか、新自由主義的な政策がいいかという二項対立的な視点でこの問題を捉えていない。この二者の間には絶妙な中間領域が存在するのだ。しかし、このどちらかを選べと言われればもちろん前者である。植草氏は、たとえば企業や銀行が回復の余地を残していて運営破綻に直面した場合、政府救済のシステムは温存していて、なおかつ自己責任原則を守るという一見二律背反的な考えを基本とする。しかし、これには絶妙なバランス感覚が必要なのである。そういう中庸の感覚は日本人の繊細な神経の使い方によく出ている。このバランス感覚を持つエコノミストが、植草さん以外に我が国にいったい何人いると言うのだろうか。怪獣のように粗野な日本破壊を行なった稀代のデストロイヤー・小泉純一郎氏、この男の根本姿勢に疑念を持ち始めた人々は、いまこそ植草一秀という人物の真価を評価しなければならないと思う。

 この本全編に、植草さんの誠実なお人柄が横溢していることを感じるだろう。マスメディアが故意に作り上げた植草氏の人物像と、この本からにじみ出る彼の人格がどれほど極端に乖離しているか、読み進むうちに読者は思い知らされるだろう。今の日本のマスコミには「真」、「善」、「美」が完全に欠落しているのだ。

 

                    神州の泉・管理人  高橋博彦

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2007年9月26日 (水)

関係各党各位に郵政民営化凍結の意見を言おう!!

  「村野瀬玲奈の秘書課広報室」というブログに、「とくらBlog」さんと「神州の泉」を紹介して、郵政民営化凍結にはまだ間に合うという指摘があった。私もそう思う。郵政民営化は日本という国を事実上破綻させてしまう建国以来の悪法である。何としてもこの国家毀損法の計画を頓挫させないと日本と日本人に未来は残されていない。それくらい我々が生まれ育った大切なこの日本を壊滅に導く法案なのだ。その第一段階があと数日で実行されようとしている。

 この危険性を最も知悉する政党である国民新党、売国議員を半数くらい抱えている民主党にも意見を書いたメールを提出し、FAX、電話をしよう。問い合わせ先、意見の送り先は村野瀬玲奈さんがご自身のブログで明記している。意見の文案はおよそ次のようなものでいいと思う。

 10月1日から実行される郵政民営化は、郵貯資金200兆円、簡保資金150兆円、併せて350兆円もの膨大な国民財産を外資に委ねるという稀代の国家毀損法案です。特に簡保の資金は2017年を待たずとも、郵政公社が民営分社化された途端に外資に流れ出す惧れがあります。郵政民営化の真の実体を国民に知らせないために、9月の国会休止は意図的に行なわれた可能性が大です。今からでも遅くありません。郵政民営化を即時凍結するために行動していただきたいと思います。国家国民が今危殆に瀕しています。国民の汗の結晶である350兆円を国外に流出させることを阻止しなければなりません。郵政民営化の凍結に声を上げて世論を引き付けて下さい。そうしなければ国富が海外資本にただ取りされてしまいます。そうなれば、我が国の国力は敗戦直後のレベルに限りなく近づくものと思われます。

 以下は喜八さんたちや私と同様に、郵政民営化の凍結を願ってやまない村野瀬玲奈さんの熾烈な危機感が出ている記事である。 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-410.html

 ◎郵政民営化凍結は、あらゆる改革につながる本丸。国民の財産を国民の手に取り戻すこと。

 郵政民営化推進になお疑問を持つ立場から、ひとまず郵政民営化を凍結して政治家と国民全体に再考をうながしたいと思い、精力的に関連の記事を書いている「神州の泉」さんの記事と、もともとの事実紹介をしている「とくらBlog」の記事に私も触れたいと思います。

内容は「驚きの新事実」でもなんでもなく、郵政民営化を国会審議していた2005年に言及されていたことではありますが、人間の記憶力ははかないもの。2年前の議論であれなんであれ、筋が通った内容は何度でも書き、記憶を新たにしてもよいと思いますので。

神州の泉 2007年9月25日
郵政公社のままと、民営分社化の場合の驚くべき損益試算があった!!
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2007/09/post_8aa3.html

とくらBlog 2005年8月30日
郵政民営化について、真正面から論議して!
http://ttokura.exblog.jp/1122335/

とくらBlog 2007年9月24日
民営化すると600億円の赤字、公社のままなら1383億円の黒字?
http://ttokura.exblog.jp/6512594/

事実の要点は次の通り。

2005年当時の竹中平蔵郵政民営化担当相の試算によれば、民営化10年目の2017年3月期の郵便貯金銀行の最終損益(税引き前)は600億円の赤字。日本郵政公社のままなら同時期の郵便貯金事業は1383億円の黒字。 (村野瀬:黒字のものをわざわざ赤字にするカイカク。)

早稲田大学の田村正勝教授のHPによると、郵政職員の給与に税金は使われていない。郵政公社が5年間で、1兆円の国庫納付金を納め、これは全金融機関の10年分の法人税総額に相当する。さらに本来国庫が負担すべき年金部分を、現在は郵政公社が負担している。したがって民営化すれば、財政が改善されるのでなく、逆に悪化する。 (村野瀬:財政が悪化するカイカク。)

あとは、「神州の泉」さんと「とくらBlog」さんをもう一度お読みください。「神州の泉」さんの「350兆円を扱う重要な法案が、こんなわけのわからない経緯で決められていくとしたら、国の秩序はどうなるのかと思う」という指摘は重いです。350兆円ですよ、350兆円。

数日前の新聞に出た、「日本郵政株式会社」の西川善文社長(元・三井住友銀行頭取)名による、バラ色の未来を強調する全面広告、思い出しても腹が立ちます。

過ちを正すのにためらうことはないはずです。過ちを正したいと願う方は、郵政民営化を凍結したいと動いたが民主党の折衝で断念した国民新党と、なぜか国民新党の提案を蹴った民主党にとりあえず出しましょう。あきらめる必要はありません。

国民新党と民主党の個別の議員(特に幹部)への意見はよろしかったらこちらの名簿↓をお使いください。

衆議院・参議院 国民新党・そうぞう 全国会議員 名簿 (2007年8月31日更新)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-11.html

民主党 幹部 名簿 (2007年9月10日更新)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-7.html

また、他党の個別の議員(特に幹部)にも投書するなら、その名簿はこちらから。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-86.html

また、マスメディアへの投書はこちらからが便利。

News for the people in Japan
マス・メディア 問い合わせ用 リンク集
http://www.news-pj.net/link/media.html

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郵政民営化法案の凍結
http://tbp.jp/tbp_9088.html

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米日主従構造

9月21日の弊記事、「マスコミが麻生氏劣勢の誘導報道を行なった理由(わけ)」に、シーサン様という方から興味深いコメントを寄せていただいたので掲載します。日米関係と日本のマスコミの真相に肉薄しています。おおむね私の基本見解と一致しています。

*********************************************************************************

 初めて参加します。

小生は、政治や経済など専門的なことは一切解りません。
ただ、小生も多くの皆さんも共通の戸惑いは、郵政民営化を初めとし、この日本社会に様々な難題を突きつけられているのに、何で多くの政治家が異常な事態を黙視しているのか、何でこの位のことが解らないのだろう、かという、事だと思います。

そして、マスコミが怪しい、何か操作されているなと思いながらも、そのほとんどの知識や情報は、大マスメディアによるもので、これに左右されています。
ここが、また、情けないのです。

なぜ、こうなったのか。小生の独断と偏見を聞いてください。
本格的な奴隷化は中曽根や竹下内閣の時に始まったのです。この時代から銀行はじめ、民間企業は戦後の中小企業が編み出した全ての知恵と財産をも抱えてこれを外国へ持ち出しました。国民を捨てたのです。

企業が円高で国外に出始めた時、日本は再占領されました。30年前のことです。
戦時中、中国やアジアの資源を求めて、日本軍は荒し回り内部がおろそかになりました。その姿と同様なのです。
現在、企業は更なる合理化、効率化を謳っていますが、これは、ジェスチャーです。
もう、果実はモンスターに吸引され、国内には回りません。
これが小泉に与えられた使命で、構造改革ではなく構造革命ですべてが奪われたのです。

あちこちで死人がでているのは、革命だからなのです。

そして、マスコミです。私企業である以上、スポンサーや権力には逆らえません。公共のものである、との地位を自ら放棄したのです。

彼らは、普段、虚実をチリばめて報道しますが
事ある時は一方向に集中砲火します。
この時は、必ず、作為されています。

日本が再占領された理由は、経済が無視できぬ脅威となったからで、当時、悪の枢軸国となざしで蔑視されたのです。今の北朝鮮と同じ扱いです。

軍事も経済も同盟国なのにです。
信じられますか。マスコミは沈黙です。タマがひとつ抜かれてたからです。

この時から日米構造協議が始まりました。
そして、今の年次要望書に受け継がれているのです。経済の憲法です。官僚もロボット化し米国の指示通りに動くものとなったのです。

これで、全てのことに対し、「内政干渉だ」と言い張る、政治家は皆無となったのです。

当然、政治家不在、国会も無用の長物となりました。日米軍事経済同盟が全てに優先するのです。
大統領補佐官は、外務省の歴代大使が勤めました。内部は大蔵省や総務省の次官が、構造改革を錦の御旗にして日本を引っ張ってきたのです。

日本の予算も米国の代理人と日米閣僚会議で決定されてきたのです。日本の国会論議は儀式でガス抜きでしかないのです。
その極端な例が、小泉と安部で全ての法案は強行採決です。国会不要なのです。
アフガンもイラクも国会では、憲法に抵触しても真剣な議論にはなりませんでした。
結論ありきなので、野党は無視です。

安部君の最後は特に見事でした。
国会がノーと言うかも知れない時に、テロ特措の延長を米国に約束したのです。しかも約束の不履行を気にして病気になったのです。

日本国民の事は、倒れるまで念頭にもなかつたのです。
如何に、自民党の首脳がアメリカの指示に従って動いてきたかの見本だと思います

頼りない、政治家に変って上記の官僚をテレビに引き込み、虚構の世界を語ってもらいたいと思います。また、今後、彼らがどんな命を受けているかを聞きたいのです。

民主党も政権奪取の時は、日米軍事経済同盟と真剣に向きあわねばなりません。
原爆を落とすぞ との恫喝に耐えうるか。です。

投稿 シーサン | 2007年9月25日 (火) 23時46分

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2007年9月25日 (火)

奥山の精・アケビに思う!

   

Photo_5  幼年期を過ごした故郷の友達のメールに、今日懐かしい写真が添付されていた。なんとアケビの写真である。私が少年時代を過ごしたのは秋田県の田沢湖町という所である。田沢湖に近い山間の集落である。四方を山に囲まれ、中央部を雄物川の支流が通っている典型的な山里である。今私は静岡県の富士山のふもとに居住していて、朝な夕なに富士のお山を眺められるという贅沢を享受している。この場所も自分の第二の故郷で気に入っているが、私の内面の原風景を形作ったのは幼年期の田沢湖町である。思えば私が子供時代をすごしたこの場所は、子供にとっては文字通りパラダイスであった。川に行けば岩魚や虹鱒がいたし、山に行けば豊かな山菜や木の実、きのこが見つかった。

 今、私はつくづく都会の子供じゃなくて良かったと思っている。林業や細々とした田畑で生計を営んでいた集落には工場というものがなかった。それは大人たちの生活感情から見れば、経済的に大変な辛酸に結びつく淋しい光景だったと思うが、能天気な田舎の子供たちにとってはわが世の春?を謳歌できる桃源郷であったのだ。なぜなら自然の山河が人手で荒らされていなかったからだ。山遊びや川遊びの思い出を書けばきりがないが、私が特に好きだったのはアケビ狩りであった。アケビの中身と皮が食べられるものだということを知っている人はどれくらいいるだろうか。山形県の人たちはアケビの皮を好んで食べるようだから、それは常識的なことかもしれない。アケビの甘い中身を食べることは無上の楽しみだったが、私はそのアケビを見つけることに執念を燃やしていた。

 今から思えばその執念は食べることがもちろん最大の目的だったが、自分ではアケビの姿を見ること自体が好きだった。アケビは形といい、色合いといい、とても山間の興趣が色濃く出ていて、自生する場所自体がなにやら神秘めいていた。だからこそ、アケビは山の精なのだ。しかし、真っ青で、大きくて、姿のいい物は渓流などの水辺にあったような気がする。それで当時はそのたちのいいアケビを「水アケビ」と呼んでいたように思う。秋田を離れてから、私は一度もその水アケビを拝んだことがない。富士山のふもとの森にもアケビはたくさん見受けられるが、美しい瑠璃色で大きなアケビは一度も見つけたことがない。どこかにはひっそりと存在しているのかもしれないが。そのアケビの最後の姿を見てから、すでに四十年以上の月日が経過しているが、最近は秋口になるとその水アケビが脳裏に甦ってくる。嫌なことばかり多いこの世の中で、このアケビに対する強い想いは、あの楽園であったふるさとへの永劫回帰の願望なのかもしれない。

B  現代文明とはいったい何であろうか。人工的で巨大な都市化、高速で行き交う交通手段、情報技術の進展。産業革命以来我々人類は何か大事なものを見失っているような気がしてならない。縄文時代に普通にあった精神風土が今は失せているように思える。私は自分のブログに「神州の泉」と名づけているが、それを見て戦時中の「神州不滅」を想起し、眉をしかめる方も多いだろう。しかし、無理に言う必要も感じないが、私の言う「神州」とは、美しい瑠璃色のアケビが日本の各地にそのままの姿でいつまでも残っていて欲しいというごく単純な祈りをこめただけなのだ。薄汚れたおっさんがこういうことを言うのも気が引けるが、子供たちの健全な情緒性を涵養するのは優れた教師ではない。人間が欲得で引っ掻き回さないごく自然な風景、風物があればいいのだ。さらに言うなら、その心象風景に教育勅語が沁みていけばなおいいと思う。

 健康な野山のシンボルであるアケビが季節の彩(いろどり)を沿え、そこに住む人たちの心を和ませる。たんぼが黄金色に色づき、刈り取った稲の香りが鼻腔をくすぐる時、日本人は平和を感じるだろう。今年ももうそんな季節がやってきた。ちなみに私が最も好きなアケビの姿は、晩秋の紅葉の中で実る水アケビの姿である。鮮やかな黄色や紅の色彩の中に真っ青な水アケビ、その姿を見た時、私がどれくらい癒されるか、はかり知れないものがある。しかし、それは私だけだったりして。(笑)

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郵政公社のままと、民営分社化の場合の驚くべき損益試算があった!!

郵政民営化凍結  郵政民営化凍結TBキャンペーン!


 「民主党山口県参議院選挙区第一総支部 代表」のとくらたかこさんのブログ、「とくらBlog」に、昨日の私の記事「城内実氏からコメントがよせられました!!」が取り上げられていた。で、とくらさんの記事を読み進めていくうちに本当に慄然とした。とくらたかこさんは、二年前のあの悪夢、9月11日の衆院解散総選挙の前の8月30日に「郵政民営化について、真正面から論議して!」という記事を書かれていた。その中に郵政公社と、民営分社化した場合の二つの前提で、10年後の損益試算があったことが書かれていた。それを見て、あきれ返るというか、とんでもない話が書かれていると思った。その部分を引用する。

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6月6日の共同通信のニュースで以下のように伝えられています。

竹中平蔵郵政民営化担当相は6日午後の衆院郵政民営化特別委員会で、民営化10年目の2017年3月期の郵便貯金銀行の最終損益(税引き前)が600億円の赤字になるとの試算を明らかにした。日本郵政公社のままなら同時期の郵便貯金事業は1383億円の黒字になるとの試算も合わせて示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050606-00000184-kyodo-pol(※現在表示不能)

(続き)

郵政公社は、黒字分を国庫納付金として納めているそうですが、金利引下げによりあれだけ国民から銀行へ所得移転した上、税金を投入した民間銀行はどのくらい法人税を払えているのでしょうか?
早稲田大学の田村正勝教授は、HPで以下のように書かれています。

郵政職員の給与に税金が使われていない。郵政公社が5年間で、1兆円の国庫納付金を納め、これは全金融機関の10年分の法人税総額に相当する。さらに本来国庫が負担すべき年金部分を、現在は郵政公社が負担している。したがって民営化すれば、財政が改善されるのでなく、逆に悪化する。
http://www.waseda.jp/sem-masakatu/main.html(※現在表示不能)

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 まずびっくりするのは、当時の郵政民営化特別委員会は、分社化したあとの郵便貯金銀行の10年後、2017年には最終損益が600億円の赤字になる、また、今のまま郵政公社で進めば同時期には1383億円の黒字になると試算が出されていたことだ。しかも郵政職員には税金が一円も使われていないし、郵政公社が過去五年間で、日本の全金融機関の10年分の法人税を納めているそうだ。とくらさんが引用したこのニュース記事全体が、今は読めないので文脈はつかめないが、それでも、この情報には驚愕する。特別委員会でこの試算が出されたなら、なぜ民営化を強行するのだろうか?参議院の否決を反故にするという暴挙までして、なぜ民営化なのか。民営化すれば600億円の赤字を許容させる何か確実なメリットでもあるというのだろうか。しかも、この試算は郵政民営化担当大臣の竹中平蔵氏が自ら発表している。このような試算が出ているにも関わらず、なぜ郵政公社を存続させないで民営化する必要があったのか。私にはその理由がまったく理解できない。

 というか、竹中氏たち推進論者たちの行動は思いっきり非論理的だと言うしかない。しかし、350兆円を扱う重要な法案が、こんなわけのわからない経緯で決められていくとしたら、国の秩序はどうなるのかと思う。法案が順当な手続きで検討されるのであれば、日本は民主主義国家なのだから、誰もが納得できる説明があってしかるべきだ。民営化したあとの経営状態が赤字に突入することがわかってる民営化をやらねばならない理由とは?そこで確実に見えてくるのは、この郵政民営化が国民利益とは違う論理構造で動いているということだ。竹中氏たちが狂っているのでなければ、その論理構造はただ一つ、目に見えない外圧である。すなわち対日政策として年次改革要望書を策定した存在の意志だ。こういう理不尽な法案が強行されたのは小泉氏や竹中氏がアメリカのパペットだからだ。それ以外にこのような無体な法案が国会を通過して実現される寸前まで行くことは考えられない。

 小泉純一郎氏は年次改革要望書がもたらされる以前から、郵政民営化に固執していたことは確かである。郵政民営化の中身に自分は最も知悉していると豪語したそうだ。本当に彼は知悉していたのか。彼の行なった構造改革をみればわかるが、稀代の詐欺師的宰相であった小泉氏が、郵政事業の民営化を憑かれたように、かなり前から考えていたのは、国民利益とはかけ離れた売国動機からだったに違いない。それが断言できるのは、それだけ郵政民営化を考え抜いていたのであれば、米国のエクソンフロリオ条項(※)に匹敵する国家防衛策を盛り込んで当然なのだ。しかし小泉氏が外資規制や国富の防衛策に積極的に言及したことが一度でもあっただろうか。まったくない。それどころか彼は大きな声で外資はむしろ歓迎だと言っている。国民利益、国家利益、国家防衛の理念なくして、こんな巨大なプロジェクト、郵政事業に手をつける理由は、国賊的モチベーション以外にないではないか。郵政民営化を早くから考えていた小泉氏はほんとうに日本を思っているのか?この法案に固執した動機は反日的世界観なのではないのか?私にはそうとしか思えないのだ。小泉という御仁は日本を熾烈に憎んでいるとしか言いようがない。知覧で特攻隊の遺書に涙し、靖国神社では英霊に参拝した小泉純一郎氏。英霊は国の未来に一縷の願いと祈りをこめて若き命を散華した。その英霊を参拝しながら、先人たちがかけがえのない努力で造り上げた郵政事業を破壊する男。国富を消尽させ、国家の破滅を招来しかねない法案を提起しながら、国を守ろうとした英霊たちに感謝できる道理はないはずだ。二度と神聖な境内を汚してもらいたくない。国を売り渡すこの法案に賛同した為政者たちも同様である。

 またとくらさんは、当時の「世に倦む日日」に書かれた記事も引用しているが、その内容も重要なので、引用の引用だがここに記載する。

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それは8月13日の世に倦む日日に書かれているとおりだと思います。

(以下、抜粋してみます。)

郵政改革については二年前に郵政公社法が成立施行されて、公社法に則って公社自らが経営改革を進めることになっている。言われているところの、東京駅前に中央郵便局の建物があるから交通渋滞の原因になっているとか、特定郵便局の世襲制の問題とかは、現行の公社法の枠内で改革を進めて行けばよい話であって、何も無理に郵政民営化法まで持ち出す必要のある問題ではない。事業内容の拡大や変更については、四年間の郵政公社の経営実績と業務改善を見て、そこで判断すればよい問題であった。

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 つまり、私も当時から根本的に強い疑念を持っていたことは、郵政事業の不備や改善すべき点があった場合、なぜそれが「国営を取り外す」ことに直結するのかということだった。国民は気が付くべきだ。難しいことはわからないが、これだけは素朴な考えとして言える。創始者の前島密以来、郵政事業は壮大な国家事業として列島の隅々まで浸透し、郵便事業、金融など民族の総合的な公益事業として立派な歴史と伝統を持つに至った。郵政事業の便益性というのは金の動きだけに還元される市場原理だけで考えるべきではない。郵便事業とは地域の安定や国民生活に寄与する立派な事業だ。それは日本人の知恵が結集した非常に精緻な社会システムなのだ。そういう公益性の部分で銀行などとは質が違うのである。従って、竹中平蔵氏が口をすっぱくして叫んでいたイコール・フッティング(競争条件の同一性)は郵政事業に当て嵌めてはならないものだ。なぜなら巷の金融機関と郵政事業は同質ではないからだ。郵政事業は国家の安定システムの重要な柱なのだ。

 繊細な神経を持つ日本人が、長い時間をかけて試行錯誤を積み重ねてできがった、公益を目的とする精緻な社会システムが郵政事業ではないのか。そしてこの公益事業は国家システムだからこそ維持可能であり、国民の信頼の裏づけとなっている。国民は郵便局が国営だから安心してささやかなお金を預けたのである。郵政事業は日本が誇れる制度なのだ。それを今、国家の絆を解いてなぜ民営化しなければならないのか。郵政事業の問題点はそのままの国営形態で不具合を修正すればいいだけの話ではないのか。ところが小泉構造改革の最大の中心であった郵政民営化は、きちんとした思想も、理由付けもないまま、考えるべきことを無視していきなり国営から民営に切り替えるという話である。まさに暴挙としか映らないではないか。一番考えなければならないことは、郵政民営化を前提的に是としている考え方が、アメリカ由来の新自由主義(ネオリベ)であることだ。いつ国民の総意がこのネオリベを無条件に是と認めたのだろうか?竹中氏や小泉氏のような売国一味だけが勝手にそういう前提をつけただけではないのか。小泉構造改革自体も思いっきり胡散臭いが、その中心に位置する郵政民営化は根本思想がペテンであることは確かなのだ。みなさんに気が付いてほしいのは、究極的な「小さな政府」論が危険思想だということ。



※ 米国のエクソンフロリオ条項に関しては下記PDFの13及び14ページを参照のこと。
 http://www.meti.go.jp/press/20070607001/070606_houkokusho_kariyaku.pdf

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2007年9月23日 (日)

城内実氏からコメントが寄せられました!!

城内実さん  
(喜八ログさんから無断でお借りした)


 ◎売国郵政民営化と闘う戦士であり、先駆者の城内実氏からコメントが


  9月19日の拙記事「阻止か国家崩壊か!!郵政民営化は何としても解消するべきだ!!」に、前衆議院議員の城内実氏からコメントが寄せられていた。

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  はじめて貴ブログ拝見しました。メディアの激しい世論誘導がなされている中、これだけ正確に真相をご存じとは正直驚きました。

メディアがあまり報道しようとしないこと。
一、①10月の民営化にともない、各種窓口手数料が3~10倍になること。
②集配特定局の無集配化にともない、誤配、遅配が続出していること。
③簡易郵便局の四分の一が既に閉鎖。

二、分社化された保険会社、郵貯会社の株が10年以内に完全売却される。それにより、本来日本国民のくらしと安全、福利厚生、社会資本整備などのために使うべき350兆円という巨大な資金が外資の手にわたり、その結果某国の公共事業(=5年~10年に一回の戦争)、財政赤字補填、失業対策等に使われてしまうこと。(いわゆる日本売り)

郵政法案の中身の問題点については、私のブログhttp://www.m-kiuchi.com/でも紹介してありますので、是非ご覧になって下さい。

(2007/8/24のブログ「☆お知らせ☆なぜ郵政民営化法案に反対したか」をクリックしてください。) 

投稿 城内実 | 2007年9月23日 (日) 07時31分

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  びっくりした。そして恐縮した。今朝メールをチェックしたら、前衆議院議員の城内実さんから弊ブログへコメントが寄せられていた。私が尊敬する植草一秀さんも、城内実さんも、共通することは自己の名利や保身を求めず、曲がったことを許さないという姿勢に徹している。植草さんはエコノミストであるが、その経済提言は時の国策経済に直結しており、重大な影響力を持つ実戦派の人だ。同様に城内実さんも、政治家としての理念と良心を固守し、理不尽なものにまっすぐに向かっていく潔さがあるお人だ。このご両者とも、日本再生にはけっして欠かせない人材である。ご両者の視点で特に共通することは、庶民利益、国民利益の観点であろうか。それを経済的な言葉に置き換えれば、富の正常な国内分配と国内還流を妨げない健全な政策を取るということに尽きる。お二人とも明らかに現代日本の国士なのだ。国士と言っても、国粋主義者という意味ではなく、国民利益、国家利益を重要視するというごく当然の考え方を持っておられるという意味で使用した。今は普通の感覚を持つ有識者を国士と呼ぶ時代なのだ。

 その当たり前のことが、特に小泉政権以来、完全に壊れてしまい、今や政治や経済は国民を欺き、外資を利する方向性で固められてしまった。しかし、植草さんも、城内さんもこの潮流に敢然と反旗を立て、不惜身命を賭して闘っておられるのだ。お二人は国家を危殆に瀕する暴虐な政治に不退転の覚悟で対峙されている。だからこそ彼らは紛れもない「国士」「憂国烈士」なのだ。さて、城内実さんであるが、小泉政権が郵政民営化法案を提起し、国会で審議された折り、民営化の問題点を、周囲のやめろという雰囲気を排して、勇敢に彼は質問した。その結果、我々、「欺瞞の構造改革」反対派は竹中平蔵氏などの貴重な言質を得ているのだ。たとえば平成17年6月、衆議院の郵政民営化特別委員会で、城内氏は竹中平蔵郵政民営化担当大臣(当時)に、過去一年間で日本政府は米国と何回協議したのかということと、あと、アメリカの対日要求で拒否したものはあるのかという質問だった。竹中氏はその時、17回の協議を認めたが、対日要求についてははぐらかした。17回という言質は小林興起さんの著書「主権在米経済」にも取り上げられている。

 小泉隷米政権にとって、国会審議で最も警戒していたのが、米国で言うところのエクソンフロリオ条項のような外資規制に関する質疑応答だった。これを竹中氏たちは芸術的とも言える対応で展開させないように乗り切った。しかも国会でも、この問題はやり過ごそうという雰囲気があり、テレビと新聞を中心とする巨大メディアは努めてそれを報道することを忌避していた問題、すなわち、郵政民営化が施行された場合の外資規制はどうなっているのかということを、城内実さんは率先して質問した。良心的な国益派の自民党議員は陰湿な脅しをかけられ、メディアは国民を洗脳して、郵政民営化が莫大な郵貯・簡保資金をアメリカに捧げる法案であることをひた隠しにしていた時期に、城内さんは身を捨てて向かっていった。その結果、党籍剥奪、在野流浪の身分に陥った。

 城内氏は{「わが青票」に悔いなし}でこう言っている。郵政資金という巨大な財産は国民の共有財産、その利益は国民に還元されるべきだと。その通りなのだ。国民の共有財産は国内で還流され、国民利益に供されるべきである。使い方はあくまでも民族自決的にやるべきなのだ。しかし、小泉氏や竹中氏らは、その大切な財産を海外の自己利益本位の金融資本に委ねようとしているのだ。また「人生の失敗」ではこう述べている。「郵政民営化法案は、私の良心というか、私の心の許容範囲をはるかに超える悪い中身、非民主的な手続きだったので、これは反対しなきゃならんと思ったわけです」。これこそ、植草氏も範例として掲げる上杉鷹山の「経世済民」思想ではないのか。

 城内実さんは植草一秀さんと同様に、日本再生に不可欠の人物である。こういう本物の人物たちを舞台から遠ざけて、無為に置いてはならないと切に思うのだ。城内さんには日本国の舵取りを任せていい人物だと自分は確信する。だって、政治家に必須の条件を完全に備えているお人だからだ。こういう人物は、今の不遇な状況を御自身の可撓性(かとうせい)を養う材料にしているに違いない。今後目を離さずに応援したいと思う。植草さんもそうである。日本にはまだ希望がある。   

さて参考までに、「162-衆-郵政民営化に関する特別委員会-9号 平成17年06月07日」城内実さんと竹中平蔵氏のやり取りを見ていただきたい。その中で竹中氏のこんな興味深い返答があったのでピックアップしてみた。

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竹中国務大臣 ≫  
 城内委員から二点、完全売却等々の内容がそれに近いではないかというような御指摘だったと思いますが、これは何度か御答弁申し上げましたように、きちっと国との関係を切ろうという我々独自の考えに基づいているものでありますので、その点、御理解いただきたいと思います。
 タウンミーティング三回ということですが、私たちは、私自身、地方懇に、二十一カ所でそういったテレビ出演を含めた会合を持たせていただいたりしておりまして、国民との対話というのはしっかりと重視をしてきたつもりでございます。
 そういった意味で、あくまでも国民のために郵政民営化を行うという観点からしっかりと対処をしておりますので、ぜひその点、御理解を賜りたいと思います。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 竹中氏が「きちっと国との関係を切ろうという我々独自の考え」と語るのは、アメリカが日本に年次改革要望書で構造替えを指令した、いわゆる新自由主義経済(ネオリベ)のことであり、実質的には無分別な規制撤廃、規制緩和を指す。国との関係を切ろうという思想は極限的な「小さな政府」構想であり、ミルトン・フリードマンの考え方である。また、竹中氏はタウンミーティングできちんと国民の理解を得ていると答えているが、ご存知のようにあれはいかさま、やらせ懇親会だったのだ。ここにも郵政民営化を中心とする構造改革の本質があらわれている。まさに城内氏の言う「カイカク真理教」、「カイカク原理主義」の欺瞞性がここにも先取り的にあらわれていた。

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2007年9月22日 (土)

「郵政民営化」列車を発車させるな!!

2007/09/19-19:56 郵政凍結法案、再提出を断念=民主との「統一会派」先送り-国民新

 国民新党は19日の幹部会で、郵政民営化凍結法案の民主党との共同提出を断念することを決めた。これに伴い、参院での同党との統一会派結成を当面、見送る。
 幹部会に先立ち、国民新党の亀井久興幹事長は国会内で民主党の山岡賢次国対委員長と会談。亀井氏は、民主党が求める統一会派結成を受け入れる条件として、郵政民営化凍結法案の共同提出を改めて求めた上で、

(1)参院に郵政問題特別委員会を設置し、委員長は国民新党から起用する
(2)凍結法案と別に、郵政民営化の修正法案も共同で提出する
(3)統一会派での党議拘束を解除する-なども要求した。

 しかし、山岡氏は凍結法案の共同提出以外は「時間をかけて検討したい」と回答を留保。このため、国民新党は、来月1日の郵政民営化のスタートを控え、民主党との協議を続けても、時間的に間に合わないと判断した。
 (「時事通信」より引用)

                         
民主党の対応は酷すぎはしませんか?
あまりに悠長であり、大局観を決定的に欠いているように思います。

小泉・竹中政権が恥も外聞もなく強引に推し進めた「郵政民営化法案」の実態は、日本庶民の生活を犠牲にしてまでも「宗主国アメリカ」に奉仕しようという「郵政売国法案(※)」でした。     (9/22の喜八ログさんより引用)

          http://kihachin.net/klog/
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   喜八ログの喜八さんが、郵政民営化凍結法案が民主党の及び腰のせいで、むざむざ流れてしまった経緯を熾烈に怒っている。喜八さんの表現は紳士然として穏やかだが、最も大事な局面をかくもあっさりと放擲した民主党に激怒と無念さを持っていることがよく伝わってくる。この気持ちは神州の管理人である私もまったく同様である。民主党には初期から郵政民営化に堂々と反対した猛者・櫻井充議員などがいる。しかし、国民新党が救国の乾坤一擲で、共同提案を持ちかけたこの凍結法案を、なんと、民主党は無下に見放したのだ。

 民主党の執行部連中は何をやっているのかと思う。物事はなんでもそうだが、動き出してイナーシャ(はずみ)が付いてくると、そう簡単には止められなくなる。だからこそ10月1日以前に、この国家壊滅法案に機能停止(凍結)をかけることが急務なのだ。今の日本は、国家を安定させている350兆円の国民財産が、自己利益しか念頭にないわけのわからない外資に好き勝手に運用されようという瀬戸際にある。米系の国際金融資本が、前島密依頼、先祖たちがこつこつと蓄えてきた巨大な国民財産に手をつけようとしている。フリー、フェアー、グローバルというインチキ標語で各国をだまし、国際金融市場で暴利をむさぼるハガタカたちに日本の国富が奪われようとしている。みなさんは普通に考えてもお分かりとは思うが、彼らハゲタカが日本のために資金を上手く運用してくれるとはもはや思っていないはずだ。そう、彼らは自己利益獲得、日本の資産を掻っ攫(さら)うことしか頭にない。彼らに日本人の大事な財産を根こそぎ貢ぐ政策を押し進めたのが、小泉・竹中両氏を中心とした売国構造改革派なのだ。もちろん、日本で最も誠実で良心的なエコノミストである植草一秀さんを罠に陥れて口をふさいだのもこの一派である。

 まさに今は国家の命運がかかっている関が原の戦場なのである。その重大な攻防で、戦局が勝つか負けるかに収斂される究極的な局面が今なのだ。だからこそ、民主党は今の特別な時局を読み取って、売国自民党と闘う必要がある。ところが元来が能天気でアホなのか、あるいはアメリカから強い重圧がかけられているのか知らないが、民主党は国家破滅を招く法案をすんなりとレールに乗せるつもりらしい。これは空気が読めない(KY)で済ませる問題ではない。民主党は従米自民党と気脈を通じている売国議員たちをさっさと除名し、文字通り庶民の視点に立った党是で一本化するべきだ。

 まずは郵政民営化という地獄の列車を発車させるな!!!

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2007年9月21日 (金)

マスコミが麻生氏劣勢の誘導報道を行なった理由(わけ)

 今日あたりから少し風向きが変わってきたが、昨日まではテレビも、新聞も福田氏が圧倒的に優勢で、麻生氏はかなりの劣勢に置かれていると、まるで判を押したようにパターン化された報道が主体であった。私はマスコミを操作した権力筋が、なぜ麻生氏の総裁選出を恐れたのか、今日の時点でやっと理解した。

 これは私個人の見解なので、必ずしも確定的に断定することはできないが、私の推測はほぼ的を射ていると確信している。この総裁レースで読売を主体として、福田氏圧倒的有利と印象付け報道したことは、やはり麻生氏を選出させないためであった。その理由を言おう。今から三年前の2004年9月、小泉純一郎首相は郵政公社の民営化に向けて二年半後の2007年4月に「四分社化」するという大枠を定めた。当時は自民党も総務省も郵政公社もこの案に反対していたのだ。小泉氏は郵政公社の生田総裁を呼びつけ、その案を提起したら、生田総裁は難色を示し、「経営者としてできないことはできない」と言った。小泉氏は必死で生田氏を説得し、分社時期が遅れてもいいという含みで彼を納得させた。(現実には半年遅れて今年の10月になった)。そして、経済財政諮問会議の学者ら民間人議員が四分社化を主張した。

 ところがこの時、麻生太郎総務相、生田総裁は、民営化当初の経営形態を、最初単一会社にしておいて、徐々に(段階的に)分社化していくということを主張していたのである。そして、麻生氏は28万人の常勤職員を各社に振り分ける際に、納得を得るまで時間がかかると言っていた。ここまで言ったら、マスコミが今、麻生氏劣勢を故意に報道し、彼を総裁レースから外す意図を持った理由がよくわかると思う。

 つまり、麻生氏の考えであった「郵政の単一会社から段階的に分社化していく」という方針、そして常勤職員の各社振り分けへの手続きに時間がかかるという彼の考え方を、アメリカがナーバスに嫌っているからだ。要点は、郵政民営化に対する麻生氏の考え方が、小泉・竹中氏本流の四分社化案と著しい差異があり、麻生氏の案だと分社化に時間がかかりすぎるということなのだ。だから、麻生氏が総裁になった場合、再び彼の持論が頭をもたげて、郵政民営化のスタートを混乱させる懸念があったからだろう。そうなった場合、密かに計画し、国民には見えない郵政資金の動きが計画通りに行かないからであり、もたついている間に、この法案のいかがわしさが露見する危険があるからだ。和製エクソンフロリオ条項がないことや、資金運用の危険性が国民に見えてくる可能性があるからだろう。麻生氏の考える段階的四分社化は、アメリカエージェントにとってかなり都合の悪いものだと思う。麻生氏が総理権限でこの方策を取った時、郵政民営化の裏の目的が露見する可能性がある。つまり、民営化のブラックボックスが国民の疑惑を招いてしまうからだ。年次改革要望書を推進したエージェントたちは、分社化にわずかでも時間を掛けたくないのである。

 以上が、今日気が付いたマスコミの誘導操作報道の理由である。

 参考図書: 鈴木棟一著「小泉政権50の功罪」


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2007年9月20日 (木)

「郵政民営化法案凍結」のトラックバック・ページが開設!!是非TBお願いします!!

 ◎郵政民営化法案に怒りと憂慮の念を持って記事を書いた方は是非下記のページにTBをお願いします。

 喜八ログの管理者・喜八さんが一念発起して、「郵政民営化法案の凍結」というトラックバック・ページを作成しました。

 年次改革要望書に従って、アメリカに膨大な国富である郵政資金を貢ぎ、日本列島全国くまなく網羅していた郵政事業ネットワークを破壊して、地域コミュニティや地域文化を破壊する稀代の悪法である「郵政民営化法案」。これを何としても阻止したいと考える有意のみなさんは、是非このページに怒りと憂慮の記事をどんどんトラックバックしてください。

  ちなみに、喜八ログは郵政民営化に敢然と反対したあの城内実氏が高く評価するブログです。

 郵政民営化法案を凍結しましょう!!

          

        「郵政民営化法案の凍結」
   
http://tbp.jp/tbp_9088.html



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まだあきらめない方がいい!!凍結を叫ぼう!!

 今日、読者さんのJAXVN様から非常に重要なコメントを寄せていただいたので本記事に掲載する。

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こんにちは。高橋様、レスをありがとうございました。
今回の自民党総裁選は、唐突な安倍首相の辞任表明といいその後の福田氏優勢の流れの作り方といい、過去に例の無い「強引さ」が感じられます。福田氏の出馬にしても、前回は年齢を理由に見送ったという事を考えればあまりもに不自然であり、これは最初は「麻生後継で良い」と考えていた「彼ら」が、途中で(例えば高橋様のおっしゃる様に「麻生氏の性格」に不安を抱く、等の理由で)
「やっぱり麻生ではまずい」とあわてて福田氏を担ぎ出した、とも考えられる様に思います。しかしそれは、逆に言えば「彼ら」のあせりの表れでもあります。「郵政民営化凍結法案」をめぐる民主党内の動きにしても、逆に山岡国対委員長等が「彼ら」及び自民党の別働隊である事を知らしめる事になったともいえます。ここまであせっているというのは、逆に自分たちのやったいかさまがばれそうになっている事を自覚しているからだとも思うのです。「彼ら」の力は確かに強大ではありますが、「無敵」ではありません。反撃は決して不可能ではないと信じています。

投稿 JAXVN | 2007年9月20日 (木) 08時03分

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JAXVN さんの貴重なご意見でつとに思うことがあった。小泉内閣も、安部内閣も明らかに米国の傀儡政権であった。傀儡政策を遂行している以上、これを常に監視し、表に裏にコントロールしている存在が日本にいる。米国エージェントたちである。ハーバード・ンジケートからダイレクトな指令を受けている黄色い顔をした売国奴たちがいる。彼らは植草氏を罠に嵌めたおおもとでもあるが、直接表には堂々と顔を出さないから、自分が米国エージェントだなどとはけっして言わない。しかし、表面上は正統保守の顔をして、魂をアメリカに売り渡している政治家連中が大勢いる。彼らは加藤紘一氏のようなチャイナシンジケートよりもはるかにたちが悪い。なぜなら日本の構造替えを行なって伝統的な日本を破壊しまくっているからだ。彼らは表の顔とは違って、米国利益給与活動を隠密に行なうようだ。しかし、JAXVN さんの言うように、彼らの行動力学はけっして磐石でもないし、緻密でもないようだ。

 ここに、日本国民はまだ突破の糸口があると確信する。なぜならJAXVNさんの指摘したように、9月の臨時国会を慌ててつぶしたこともそうであるが、読売新聞という巨大メディアを使ってまで、麻生氏選出の可能性を何としてでもつぶしておこうという焦りが確実に見て取れるからだ。理由は判然としないのだが、彼らにとっては、麻生氏が選出された場合、郵政民営化凍結法案が注目されてしまうリスクを避けたいのだろう。それがほんのわずかな可能性だとしてもだ。この焦りの理由は、私個人の推測で言えば10月1日の民営化スタートなのである。一般には10月1日にスタートしても、11月1日にスタートしても大差ないように思われるが、彼らエージェントは10月1日に強固に固執しているのだ。なぜこのように焦っているのだろうか。郵政公社が分社・株式会社化され、上場してから外資に乗っ取られるとしたら、まだ多少の時間はあるとは思うが、なぜ今10月1日に固執するのか意味がわからない。何か裏があるかもしれない。私は国民の目を欺いた場所で、郵政資金がこの日を境に自動的に海外に流出する仕組みが出来上がっているのではないかと踏んでいる。

 だから今こそ、みんなで「郵政民営化凍結」を声を大にして叫ぶほうがいいのだ。もしかしたら、来月の末では遅きに失するかもしれないのだ。ところで今日のニュースを聞いただろうか。麻生氏の人気が巻き返しているというニュースだった。国民新党の「郵政民営化凍結法案」提示が、民主党から蹴られた途端、麻生氏巻き返しの報道である。彼らはすでに凍結法案の気運が出ないことを見切ったのだ。

 しかし、我々憂慮する国民は沈黙してはならない!!

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郵政資金の消尽迫る!!

 郵政資金消尽が迫っている

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郵政凍結法案を断念 国民新、民主が拒否
2007年9月19日 21時35分

 国民新党は19日、郵政民営化の実施を1年間凍結する郵政民営化法改正案(凍結法案)の今国会提出を断念した。民主党が共同提出を拒否したためで、参院での両党の統一会派結成問題も先送りされる方向。今後の連携に影響する可能性もありそうだ。

 国民新党の亀井久興幹事長は同日、民主党の山岡賢次国対委員長と会談し(1)凍結法案の提出(2)10月1日の民営化スタート後は、民営化の中身を見直す改正案を提出(3)参院に郵政民営化に関する特別委員会を設置(4)同委員長は国民新党(5)次期衆院選での選挙協力-の5条件を提示。民主党が同意すれば参院での統一会派を結成すると提案した。

 これに対し山岡氏は「10月1日までに時間がなく、凍結法案を提出しても意味がない。そのほかの条件も、すぐに対応するのは無理だ」と述べ、合意しなかった。

(共同)

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 それにしても民主党は何という駄目な党であろうか。自民党はアメリカに魂を売った売国政党に成り下がり、それに対抗しうる規模の唯一の政党である民主党はこのザマである。今の日本は、二大政党が日本を奈落の底に突き落とそうとしているから最悪なのだ。せっかく参院選で大勝した絶好の機会を民主党は自らつぶしてしまった。民主党のこの醜態が何を意味するのかと言えば、自民党の猿芝居に加担したということだ。国民新党の「郵政凍結法案」に対し、山岡国対委員長の拒絶理由が「10月1日まで時間がないから」である。これは民主党にも、明らかに多くの米国エージェントが巣食っているということだ。小沢のカリスマもまったく功を奏していないということか。あのシーファー会談は何だったのか。絶望的な気分になる。

 見事な政治バナーを造る職人さんでもある SOBAさんが、またまた面白いバナーを作ってくれた。「自民党の国会すっぽかし」バナーである。しかし、バナーが面白いなどと言っている場合ではない。バナーのメッセージが意味することは将来の日本にとってあまりにも重大なのである。

政治空白、安倍を病院に隠し、総理空席状態⇒総裁選ごっこ街頭演説パフォーマンスを許すな!「自End」=「でたらめ自民をThe End」バナー

 安部首相が力説していたテロ特措法は、もともと2001年の第一次小泉内閣時代に、暫定的に成立した時限立法だ。それが延ばしに延ばされて今日に至っている。これをまた延長するか、あるいはあらたに恒久法を制定するかという議論は、今の時点で優先順位のトップにする理由はない。また年金問題と格差問題は非常に重要であり、時間をかけて真摯に取り組むべきだが、半月や一ヶ月で打開できるものでもない。だが、今の9月、マスコミはこの三点の政治問題を異常にピックアップして垂れ流し続けている。加えて唐突な総裁選である。これらを見ると、権力中枢にいる誰かが、まるで国会の審議を忌避しているとしか思えない。マスコミを牛耳って、三点の政治問題を不自然に取り上げ、総裁選をこの時期に配置した黒幕の意図とは何か。

 この政治空白の意図、それは間違いなく郵政民営化だ。郵政民営化が10月1日から施行される。民営化は二段階になっていて、第一段階が10月1日の郵政公社解体、そして分社化、当面は政府が株式を保有し、10年の間に民営化に移行、そして完全民営化という第二段階を迎える。問題はこの10年間に、膨大な郵政資金がきちんと運用されながら国内に残っているのかという話である。小泉政権が国民を裏切る売国政権であった以上、郵政株式の政府持ちが安全であるはずがないのだ。最も考えられるのは、10月1日を待って、現在郵政公社が保有する資金350兆円のうち、約200兆円は海外投資に向かう事になる。これが国益的投資にならないどころか、出たきりで戻ってこない可能性が強い。つまり、米系外資のネコババだ。私は10年の緩慢な移行期間はごまかしであろうと思う。

 これには国民が気が付いていないカラクリがきっとある。二年前に郵政民営化関連法案ができた時、国会審議でボイコット(ごまかされた)されたものがある。それが外資規制の審議である。いわゆる米国で言うところのエクソンフロリオ条項に類似した規制がまったく審議されていないのだ。それどころか外資が参入することを前提とした三角合併が今年5月に解禁されている。自民党が数に物を言わせてごり押しした法案が国民利益とは対蹠的なものであったことは、今や多くの人が知るところである。だからこそ、国富を外へ出す法案を稼動させてはならないのだ。

 郵政民営化が国富流出法案であることを考察したTrend Reviewさんの論考がある。読みにくい法律文が引用されているが、非常に深い実証的な考察なので、是非それを参照して欲しい。

     http://www.trend-review.net/blog/2007/08/000390.html


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2007年9月19日 (水)

阻止か国家崩壊か!!郵政民営化は何としても解消するべきだ!!

 郵政民営化は絶対に阻止しなければならない(メディアの世論誘導はなぜ?)

 前掲の水間政憲氏の記事を見ると、明らかに構造改革急進派(亡国政治家たち)の肝煎りで、大新聞が世論誘導を行なっていることがわかる。総裁選活動において、現状では麻生氏のほうが圧倒的に人気もあり、説得力もあって、その場の聴衆の関心を惹きつけているのだが、マスコミは一様に福田氏がほぼ完全に優位を占めているように取り扱っている。我々国民は大手マスコミが国民利益をもたらすような報道は絶対にしないということを、二年前の熱狂的な郵政民営化是か非かの衆院解散総選挙で学んでいるはずである。だとすれば、今行なわれている福田・麻生氏両名の総裁選出レースに関しても、マスコミは国民利益と反する報道を行なっていると判断するべきである。

 騙されてはならない。福田氏優勢は世論誘導だ!!国民はこの事実を重く受け止めて、なぜ今の時期に、総裁選を世論誘導して福田氏を祭り上げねばならないか、その理由を見究めねばならない。非常に簡単なことである。これは小泉・竹中構造改革路線を敷いた大元が構造改革を推し進めるために、マスコミに報道管制を敷いたのだ。小泉構造改革は間違いなく国力を最低レベルに低落させる亡国的政策である。この構造改革で地方の惨状は目に余るものがあり、日本は急速に弱肉強食の格差社会に向かった。その結果、無用な痛みを味わった地方が怒りを持って、この間の参院選に投票し、売国自民党の完敗を招来したのだ。この結果を踏まえて、今自民党はダッチロール状態に陥り、求心力を失っている。この現状を憂えた者がいる。それはアメリカである。アメリカは日本の国富を吸い取ることに国家存続の命運がかかっている。そのために小泉純一郎前総理を籠絡し、売国エージェントの竹中平蔵氏にネオリベ構造改革の旗を振らせた。

 よく聞いてほしい。アメリカによる日本国富収奪の最終目標は郵政資金なのである。従って、アメリカはすぐ先に迫っている郵政民営化を滞りなくスタートさせることが急務なのだ。だからこそ、今月9月の国会を混乱させ、会期をつぶす算段なのだ。唐突な安部首相の退任表明は、郵政民営化凍結の気運を根こそぎつぶす目的に収斂していると私は見ている。アメリカが最も驚愕し恐れたのは、8月に民主党と国民新党で出された「郵政民営化凍結法案」の提示である。ところがこの重要な法案が、誰にも知られない状態でひっそりと廃案の憂き目に遭っている。誰にも知られないように廃案。ここが重要なポイントである。もし、マスメディアが「郵政民営化凍結法案」の消滅を、理由と根拠をあげて報道すれば、国民に不信感が生じ、郵政民営化そのものに疑念を呈する世論が生じる。そうなると、郵政民営化関連法案の実地を急がずに、中身をじっくり検討しようじゃないかということになる。この話が国会で展開されると、アメリカに隷従した構造改革急進派は非常にまずいことになるのだ。彼らはどんなことがあっても構造改革を止めたり停止したりするわけには行かない。アメリカに脅されているからだ。

 だから、今は二年前の郵政民営化時と同じ理由でマスコミは世論誘導を行なっている。その目的は、郵政公社を滞りなく四社分割化することにある。なぜ、今、小泉氏が出てきて福田氏を押したのか。それは福田氏なら構造改革派がコントロールできると踏んだからだ。麻生氏が総理総裁になったらまずいと彼らが焦っている理由は一つ、麻生氏が構造改革に熱心ではないからだ。従って、いま国会審議が行なわれると、再び郵政民営化凍結の気運が起こる可能性がある。アメリカはこれを阻止する動きに出た。これが上述の読売新聞を中心としたマスコミの世論誘導なのである。国民は気が付かねばならない。小泉氏から安部氏に引き継がれた構造改革は、実は国家を破壊する最悪の政策であることを。

 構造改革は、緊縮財政でデフレを拡大させ、不良債権を増加させた。その上、その不良債権を加速的に処理して日本経済を破壊したのである。構造改革派はなぜこのような破滅的政策を行なったのだろうか。ここにこそ、植草一秀氏の小泉政権批判と弾劾の要点がある。すなわち、日本の優良資産の価値を低落させて外資買いに便宜を供与する政策にほかならない。文字通りの売国政策である。そして、この売国政策が収斂している最終目標こそ郵政民営化なのだ。それが今日の時点からあと11日で実行される。国家の命運がかかるこの歴史的に重要な時期に、安部氏退陣と総裁選が出てきた。おかしいとは思わないだろうか?テロ特措法も、年金問題も、格差問題も、今の時点では、郵政民営化が阻害されないために方便として強調されているのだ。

 以上の文脈において、エコノミストの植草一秀さんは嵌められたのだ。植草さんは確実に無実である。そして彼が七年も前から小泉政権を果敢に弾劾した事実とその内容を評価するべきである。植草氏が指摘していた「りそな銀行インサイダー疑惑」は、国富収奪の予兆的形態を持っていた。もっと言うなら、350兆円に及ぶ膨大な郵政資金を収奪するための予兆的収奪が「りそな銀行の公的救済」にあらわれている。小泉・竹中構造改革は偽装の改革であり、その目的は国富流出だ。25日に臨時国会が開催されて新総理が誕生するが、国民新党でも、民主党でも、この日に再び「郵政民営化凍結法案」を国会審議にかけるべきだ。それで何としても世論喚起をして、この売国法案の稼動を停止しなければならない。

 最後に皆さんに重要なことを問いかける。郵政民営化は2007年の10月から始まって、2017年までの移行期間を経て完全民営化に到達する。つまり、移行期間が10年というゆっくりした充分な時間を設けていることになっている。皆さんはおかしいとは思わないだろうか?10年の歳月を要して徐々に民営化に移行するなら、なぜ二月に米国副大統領のチェイニーが来日して来月からのスタートをテコ入れしたのだろうか?米政府の上位の人物がなぜこのような露骨な内政干渉をしたのだろうか。そして、8月に提起された「郵政民営化凍結法案」が、なぜひっそりと廃止されたのか。開始を直前にした今、なぜ国会を混乱させ、審議が開かれない事態が生じているのか。そして、最も重要なことだが、なぜマスコミは世論誘導してまでも、福田氏を必死で担ぎ上げるのだろうか。それは小泉構造改革継続のためであり、郵政民営化を確実に実行するためである。

 はっきり言おう。民営化移行期間の10年は国民を欺くペテンなのだ。アメリカは郵政資金の確保を最優先に急いでいることは明らかだ。どう考えても、売国構造改革派とアメリカは10月1日の郵政公社解散と四分社化を待って急いでいるとしか思えない。その日がきたら、たちどころに郵政資金が国外に流れていくのではないのか?

 心ある人たちは、何としても今、郵政民営化を凍結する叫びを上げてほしい。国富がアメリカに渡ってからでは取り返しがつかないのだ。

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クーデターの主犯はメディア(水間政憲)

 あとわずか11日で郵政民営化はスタートする。「なめ猫」さんのブログで知ったのだが、実に重大な記事が掲載されていた。それは、正論の執筆陣の一人でもある水間政憲氏のスクープ記事が、衆議院議員の戸井田徹氏のブログ、「丸坊主日記」に載っていたことだ。全文掲載を条件に著作権フリーとのことなので、コメントから全文転載する。

 要は、福田氏と麻生氏の総裁候補活動に際して、日本のマスコミが世論誘導を行なっている端的な証左を挙げた論考である。

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  http://blog.goo.ne.jp/toidahimeji/e/f00bc6600d3a4d49e024cd353a98ee0f

クーデターの主犯はメディア (水間政憲) 
2007/09/17 19:06
                                                                        
 私は、現在ジャーナリストとして論文を発表しているものです。
今、自民党総裁選を取材していて、戦後の日本の闇が明らかになった。時系列に取材結果を報告し ます。

昨日の自民党本部での麻生氏、福田氏の所見発表演説会は、圧倒的説得力で麻生の圧勝であった。
帰りのエレベェターの中で、福田側に動員されて来た年配の男女が、「麻生さんに負けていたね」とか「「あれじゃ、とても福田さんじゃ無理だよ」などと、感想を述べていた。

 後、午後4時から渋谷ハチ公前の両者の 演説、6時45分からの秋葉原での麻生氏単独演説を取材した。

 渋谷は、一万以上の聴衆で溢れていた。
NHKは「年配者は福田」「若者は麻生」との趣旨で報道していたが、実態は全然違うのです。

 拍手も掛け声も8割方麻生氏支持で圧倒していたのです。
この状況をテレビで見ると、福田氏へ世論が動くように操作されているのです。
 この世論操作を可能にしたのは、街頭演説を土日だけとし、NHKなどのメディアは両者揃ったところ以外報道しないことで、聴衆がどちらを支持しているかを隠すことが出来るのです。
 メディアの中で反麻生氏の急先鋒は、日テレと読売新聞で朝日グループではないことなのです。この件に関しての報道では、朝日グループがまともに見えることが、いかに異常か理解でるでしょう。

 秋葉原での麻生氏単独演説会は、一万人以上が押し掛けて いたが、メディアが報道するようなオタクだけではなく、突然決まった演説会だったことで、9割以上は買い物客が足を止めて聞き入っていたのだ。

 会場には、 その日の午前中にテレビに出演して、福田氏を支持するような発言をしていた平沢勝栄議員も来ていた。

 メディアが如何に異常かは、会場を取材していたNHKテレビクルーと会話を再現することで理解できる。

筆者「すごいよね、今撮っているの今日報道するの」
カメラマン「わからないです、上がどう判断するか」
筆者「麻生さんを隠そう隠そうとしているのおかしいよね」
カメラマン「そうですよね」

と、メディアの現場もこの異常な状況を実感している。

クーデターの主犯をメディアと判断したことを、明らかにする。今日、テレビ朝日のスーパーモーニングを見て確信したことを披瀝する。

それは、鳩山邦夫氏の発言からすべてが明らかになった。

そもそも、雪崩を打って自民党の派閥が福田氏支持に回るきっかけとなったのは、10日夜都内のホテルで開催された「太郎会」終了後の映像が各テレビ局が、繰り返し報道したことによ る。

それは、テレビカメラに向かって鳩山氏が「太郎会は、みんなで麻生さんに総理大臣になってもらうため集まっている会」です。それが、鳩山氏は安倍首相が退陣する意向を麻生氏から聞いた上での発言として、ネガティブキャンペーンに利用されたのです。

ところが、スーパーモーニングで鳩山邦夫氏は「太郎会は昨年10月に発足して毎月第二月曜日に会合をもって、今まで10回になる。」また、「麻生さんに、 総理大臣になってもらいと思っているものが集まった会」との趣旨を説明したとのこと。また、「麻生さんから、一切安倍首相が辞意を漏らしたことを聞いていない」と断言した。

仮に、鳩山氏が聞かされていたのなら、カメラの前で一点の曇りなく、あれほど堂々と「麻生さんに総理なってもらいたいと…」などと発言することは、あり得ない。

一連の報道は、あまりにもできすぎなのです。

太郎会は、いままで、10回開催されていたにもかかわらず、何故、10日夜のニースで報道されたのか。報道各社はどう説明するのか。

安倍首相が辞意を漏らしたことを知っていたのは、麻生氏だけだったことになっているが、取材したテレビ局も知っていたことになる。そうでなければ、太郎会を取材する意味など 一切ないのです。

その映像で、麻生太郎氏と西川京子氏の笑いながらホテルから出て来る姿の同じ映像が使用されているか、その映像を撮ったテレビ局が、このクーデターの首謀者なのです。
                                                                        
筆者は、GHQ占領下言論検閲を専門に近現代史を研究しているが、公開情報を分析するだけで9割以上の真相が明らかにすることができるのです。

今回の一連の報道で一番酷いのは、日テレと読売新聞です。
17日読売朝刊一面トップは、「福田氏圧勝の勢い 本紙調査 衆参213議員支持世論も福田氏58%」と、見出しを打っているのだ。

読売新聞は、何か相当焦っているようだ。
この世論操作は、まるで人民日報と同じではないか。

今回の世論 操作を見ると、朝日よりも読売が突出しなくてはならない理由を分析すると、戦後史の闇がある。

現在、安倍首相と麻生首相誕生を望んでいないのは、中国より米国なのは歴然としているのだ。それは、米国と同盟国であって北朝鮮問題では、日本の国益と一致しない。これは、専門家にとって周知のことだが、元読売新聞社主正力松太郎は、CIAのスパイだったことが米国の公文書で明らかになっている。

今、日本で進行していることは、GHQ占領下の言論統制と同じなのです。

筆者は、ITのことは、よくわかりません。論文として発表する時間がありません。
この書き込みを著作権フリーとします。使用するときは、全文掲載すること だけを条件とします。
                                                                        
 簡単に説明すると、太郎会を利用することができた人物は、麻生太郎氏が安倍首相から辞意を申し入れされたことを知っている人物だけが、太郎会を利用できたのだ。それは、官邸で麻生氏を安倍首相に言われて呼び止めて会談の内容を聞いた人物であろう。メディアに連絡をとった人物が同一人物かは、判らないが、連携した人物がいる可能性がある。いずれにしても太郎会は利用され、鳩山邦夫氏は、嵌められたのです。
                                                                        
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国家崩壊か阻止か!郵政民営化を凍結しよう!!

 あとわずか11日で郵政民営化はスタートする。「なめ猫」さんのブログで知ったのだが、実に重大な記事が掲載されていた。それは、正論の執筆陣の一人でもある水間政憲氏のスクープ記事が、衆議院議員の戸井田徹氏のブログ、「丸坊主日記」に載っていたことだ。全文掲載を条件に著作権フリーとのことなので、コメントから全文転載する。

 要は、福田氏と麻生氏の総裁候補活動に際して、日本のマスコミが世論誘導を行なっている端的な証左を挙げた論考である。

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  http://blog.goo.ne.jp/toidahimeji/e/f00bc6600d3a4d49e024cd353a98ee0f

クーデターの主犯はメディア (水間政憲) 
2007/09/17 19:06
                                                                        
 私は、現在ジャーナリストとして論文を発表しているものです。
今、自民党総裁選を取材していて、戦後の日本の闇が明らかになった。時系列に取材結果を報告し ます。

昨日の自民党本部での麻生氏、福田氏の所見発表演説会は、圧倒的説得力で麻生の圧勝であった。
帰りのエレベェターの中で、福田側に動員されて来た年配の男女が、「麻生さんに負けていたね」とか「「あれじゃ、とても福田さんじゃ無理だよ」などと、感想を述べていた。

 後、午後4時から渋谷ハチ公前の両者の 演説、6時45分からの秋葉原での麻生氏単独演説を取材した。

 渋谷は、一万以上の聴衆で溢れていた。
NHKは「年配者は福田」「若者は麻生」との趣旨で報道していたが、実態は全然違うのです。

 拍手も掛け声も8割方麻生氏支持で圧倒していたのです。
この状況をテレビで見ると、福田氏へ世論が動くように操作されているのです。
 この世論操作を可能にしたのは、街頭演説を土日だけとし、NHKなどのメディアは両者揃ったところ以外報道しないことで、聴衆がどちらを支持しているかを隠すことが出来るのです。
 メディアの中で反麻生氏の急先鋒は、日テレと読売新聞で朝日グループではないことなのです。この件に関しての報道では、朝日グループがまともに見えることが、いかに異常か理解でるでしょう。

 秋葉原での麻生氏単独演説会は、一万人以上が押し掛けて いたが、メディアが報道するようなオタクだけではなく、突然決まった演説会だったことで、9割以上は買い物客が足を止めて聞き入っていたのだ。

 会場には、 その日の午前中にテレビに出演して、福田氏を支持するような発言をしていた平沢勝栄議員も来ていた。

 メディアが如何に異常かは、会場を取材していたNHKテレビクルーと会話を再現することで理解できる。

筆者「すごいよね、今撮っているの今日報道するの」
カメラマン「わからないです、上がどう判断するか」
筆者「麻生さんを隠そう隠そうとしているのおかしいよね」
カメラマン「そうですよね」

と、メディアの現場もこの異常な状況を実感している。

クーデターの主犯をメディアと判断したことを、明らかにする。今日、テレビ朝日のスーパーモーニングを見て確信したことを披瀝する。

それは、鳩山邦夫氏の発言からすべてが明らかになった。

そもそも、雪崩を打って自民党の派閥が福田氏支持に回るきっかけとなったのは、10日夜都内のホテルで開催された「太郎会」終了後の映像が各テレビ局が、繰り返し報道したことによ る。

それは、テレビカメラに向かって鳩山氏が「太郎会は、みんなで麻生さんに総理大臣になってもらうため集まっている会」です。それが、鳩山氏は安倍首相が退陣する意向を麻生氏から聞いた上での発言として、ネガティブキャンペーンに利用されたのです。

ところが、スーパーモーニングで鳩山邦夫氏は「太郎会は昨年10月に発足して毎月第二月曜日に会合をもって、今まで10回になる。」また、「麻生さんに、 総理大臣になってもらいと思っているものが集まった会」との趣旨を説明したとのこと。また、「麻生さんから、一切安倍首相が辞意を漏らしたことを聞いていない」と断言した。

仮に、鳩山氏が聞かされていたのなら、カメラの前で一点の曇りなく、あれほど堂々と「麻生さんに総理なってもらいたいと…」などと発言することは、あり得ない。

一連の報道は、あまりにもできすぎなのです。

太郎会は、いままで、10回開催されていたにもかかわらず、何故、10日夜のニースで報道されたのか。報道各社はどう説明するのか。

安倍首相が辞意を漏らしたことを知っていたのは、麻生氏だけだったことになっているが、取材したテレビ局も知っていたことになる。そうでなければ、太郎会を取材する意味など 一切ないのです。

その映像で、麻生太郎氏と西川京子氏の笑いながらホテルから出て来る姿の同じ映像が使用されているか、その映像を撮ったテレビ局が、このクーデターの首謀者なのです。
                                                                        
筆者は、GHQ占領下言論検閲を専門に近現代史を研究しているが、公開情報を分析するだけで9割以上の真相が明らかにすることができるのです。

今回の一連の報道で一番酷いのは、日テレと読売新聞です。
17日読売朝刊一面トップは、「福田氏圧勝の勢い 本紙調査 衆参213議員支持世論も福田氏58%」と、見出しを打っているのだ。

読売新聞は、何か相当焦っているようだ。
この世論操作は、まるで人民日報と同じではないか。

今回の世論 操作を見ると、朝日よりも読売が突出しなくてはならない理由を分析すると、戦後史の闇がある。

現在、安倍首相と麻生首相誕生を望んでいないのは、中国より米国なのは歴然としているのだ。それは、米国と同盟国であって北朝鮮問題では、日本の国益と一致しない。これは、専門家にとって周知のことだが、元読売新聞社主正力松太郎は、CIAのスパイだったことが米国の公文書で明らかになっている。

今、日本で進行していることは、GHQ占領下の言論統制と同じなのです。

筆者は、ITのことは、よくわかりません。論文として発表する時間がありません。
この書き込みを著作権フリーとします。使用するときは、全文掲載すること だけを条件とします。
                                                                        
 簡単に説明すると、太郎会を利用することができた人物は、麻生太郎氏が安倍首相から辞意を申し入れされたことを知っている人物だけが、太郎会を利用できたのだ。それは、官邸で麻生氏を安倍首相に言われて呼び止めて会談の内容を聞いた人物であろう。メディアに連絡をとった人物が同一人物かは、判らないが、連携した人物がいる可能性がある。いずれにしても太郎会は利用され、鳩山邦夫氏は、嵌められたのです。
                                                                        
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 ここからは「神州の泉」管理人の訴え

 これを見ると、明らかに構造改革急進派(亡国政治家たち)の肝煎りで、大新聞が世論誘導を行なっていることがわかる。総裁選活動において、現状では麻生氏のほうが圧倒的に人気もあり、説得力もあって世論を国民の関心を惹きつけているのだが、マスコミは一様に福田氏がほぼ完全に優勢を占めているように取り扱われている。我々国民は大手マスコミが国民利益をもたらすような報道は絶対にしないということを、二年前の熱狂的な郵政民営化是か非かの衆院解散総選挙で学んでいるはずである。だとすれば、今行なわれている福田・麻生氏両名の総裁選出レースに関しても、マスコミは国民利益と反する報道を行なっていると判断するべきである。

 騙されてはならない。福田氏優勢は世論誘導だ!!国民はこの事実を重く受け止めて、なぜ今の時期に、総裁選を世論誘導して福田氏を祭り上げねばならないか、その理由を見究めねばならない。非常に簡単なことである。これは小泉・竹中構造改革路線を敷いた大元が構造改革を推し進めるために、マスコミに報道管制を敷いたのだ。小泉構造改革は間違いなく国力を最低レベルに低落させる亡国的政策である。この構造改革で地方の惨状は目に余るものがあり、日本は急速に弱肉強食の格差社会に向かった。その結果、無用な痛みを味わった地方が怒りを持って、この間の参院選に投票し、売国自民党の完敗を招来したのだ。この結果を踏まえて、今自民党はダッチロール状態に陥り、求心力を失っている。この現状を憂えた者がいる。それはアメリカである。アメリカは日本の国富を吸い取ることに国家存続の命運がかかっている。そのために小泉純一郎前総理を籠絡し、売国エージェントの竹中平蔵氏にネオリベ構造改革の旗を振らせた。

 よく聞いてほしい。アメリカによる日本国富収奪の最終目標は郵政資金なのである。従って、アメリカはすぐ先に迫っている郵政民営化を滞りなくスタートさせることが急務のなのだ。だからこそ、今月9月の国会を混乱させ、会期をつぶす算段なのだ。唐突な安部首相の退任表明は、郵政民営化凍結の気運を根こそぎつぶす目的に収斂していると私は見ている。アメリカが最も驚愕し恐れたのは、8月に民主党と国民新党で出された「郵政民営化凍結法案」の提示である。ところがこの重要な法案が、誰にも知られない状態でひっそりと廃案の憂き目に遭っている。誰にも知られないように廃案。ここが重要なポイントである。もし、マスメディアが「郵政民営化凍結法案」の消滅を、理由と根拠をあげて報道すれば、国民に不信感が生じ、郵政民営化そのものに疑念を呈する世論が生じる。そうなると、郵政民営化関連法案の実地を急がずに、中身をじっくり検討しようじゃないかということになる。この話が国会で展開されると、アメリカに隷従した構造改革急進派は非常にまずいことになるのだ。彼らはどんなことがあっても構造改革を止めたり停止したりするわけには行かない。アメリカに脅されているからだ。

 だから、今は二年前の郵政民営化時と同じ理由でマスコミは世論誘導を行なっている。その目的は、郵政公社を滞りなく四社分割化することにある。なぜ、今、小泉氏が出てきて福田氏を押したのか。それは福田氏なら構造改革派がコントロールできると踏んだからだ。麻生氏が総理総裁になったらまずいと彼らが焦っている理由は一つ、麻生氏が構造改革に熱心ではないからだ。従って、いま国会審議が行なわれると、再び郵政民営化凍結の気運が起こる可能性がある。アメリカはこれを阻止する動きに出た。これが上述の読売新聞を中心としたマスコミの世論誘導なのである。国民は気が付かねばならない。小泉氏から安部氏に引き継がれた構造改革は、実は国家を破壊する最悪の政策であることを。

 構造改革は、緊縮財政でデフレを拡大させ、不良債権を増加させた。その上、その不良債権を加速的に処理して日本経済を破壊したのである。構造改革派はなぜこのような破滅的政策を行なったのだろうか。ここにこそ、植草一秀氏の小泉政権批判と弾劾の要点がある。すなわち、日本の優良資産の価値を低落させて外資買いに便宜を供与する政策にほかならない。文字通りの売国政策である。そして、この売国政策が収斂している最終目標こそ郵政民営化なのだ。それが今日に時点からあと11日で実行される。国家の命運がかかるこの歴史的に重要な時期に、安部氏退陣と総裁選が出てきた。おかしいとは思わないだろうか?テロ特措法も、年金問題も、格差問題も、今の時点では、郵政民営化が阻害されないために方便として強調されているのだ。

 以上の文脈において、エコノミストの植草一秀さんは嵌められたのだ。植草さんは確実に無実である。そして彼が七年も前から小泉政権を果敢に弾劾した事実とその内容を評価するべきである。植草氏が指摘していた「りそな銀行インサイダー疑惑」は、国富収奪の予兆的形態を持っていた。もっと言うなら、350兆円に及ぶ膨大な郵政資金を収奪するための予兆的収奪が「りそな銀行の公的救済」にあらわれている。小泉・竹中構造改革は偽装の改革であり、その目的は国富流出だ。25日に臨時国会が開催されて新総理が誕生するが、国民新党でも、民主党でも、この日に再び「郵政民営化凍結法案」を国会審議にかけるべきだ。それで何としても世論喚起をして、この売国法案の稼動を停止しなければならない。

 最後に皆さんに重要なことを問いかける。郵政民営化は2007年の10月から始まって、2017年までの移行期間を経て完全民営化に到達する。つまり、移行期間が10年というゆっくりした充分な時間を設けていることになっている。皆さんはおかしいとは思わないだろうか?10年の歳月を要して徐々に民営化に移行するなら、なぜ二月に米国副大統領のチェイニー氏が来日して来月からのスタートをテコ入れしたのだろうか?そして、8月に提起された「郵政民営化凍結法案」が、なぜひっそりと廃止されたのか。開始を直前にした今、なぜ国会を混乱させ、審議が開かれない事態が生じているのか。

 はっきり言おう。民営化移行期間10年の謳い文句は国民を欺くペテンなのだ。アメリカは郵政資金の確保を最優先に急いでいることは明らかだ。どう考えても、売国構造改革派とアメリカは10月1日の郵政公社解散と四分社化を待って急いでいるとしか思えない。その日がきたら、たちどころに郵政資金が国外に流れていくのではないのか?

 心ある人たちは、何としても今、郵政民営化を凍結する叫びを上げてほしい。国富がアメリカに渡ってからでは取り返しがつかないのだ。

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2007年9月18日 (火)

第九回公判傍聴記とその考察(3)

Z氏による公判(7月4日)傍聴記―目撃証人によって暴かれた植草事件の真相

 平成19年7月4日の第9回公判には弁護側の目撃証人の証言により、この事件の裏側が明らかになった。マスコミが大々的に植草氏が痴漢の常習犯だと報じている中で、彼は痴漢をやっていなかったということを法廷で証言するということは、相当の決断と勇気がいったに違いない。これは「それでも地球は回っている」と言ったガリレオの心境だったろう。それだけに極めて信用度が高いので、彼の証言はもっと詳細に分析する必要がある。植草氏を訴えた訴状にある犯行時間の品川を出発した直後から2分間が犯行時間ということで、この間は植草氏は誰とも密着していなかったという証言をこの証人が行ったのだから、完璧なアリバイが成立した。では、被害者女性や植草氏を逮捕した2人の逮捕者の行動はどのように理解すればよいのだろうか。これは100%でっち上げ事件であり、痴漢事件では絶対にあり得ない。その証拠は山ほどあるが、例えばその一つが、植草氏を逮捕した理由である。逮捕したのは、その車両に乗っていた「乗客」2人であり、その名前も住所も分かっている。

 2人共痴漢を目撃していない。検察側証人が逮捕者は私服であったと言ったのだから、私服警官が植草氏を尾行していた可能性は高いが、仮にこの2人が単なる乗客だったと仮定してみよう。例えばあなたが、たまたま乗客として、その事件現場にいたとしたら、あなたは植草氏を逮捕しただろうか。

 他人を逮捕するということは、一歩間違えば大変な罪を犯すことになる。刑法第二百二十条には、不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処するとある。もしも植草氏が痴漢をしていなかった場合は、自分が懲役刑に処せられるのだ。あるいは相手が暴れて自分が怪我をするかもしれない。図を見ていただきたい。目撃証人が描いた事件当時の車内の様子であり、極めて信頼できるものだ。ただし、二番目の逮捕者hは筆者が書き加えている。

図2
Photo

 図2でkと書いたのが最初に逮捕した乗客である。hと書いたのは二番目に逮捕した乗客である。事件は被害者とされている女性が、品川を出て2~3分後に「子どもが見ている前で」と、植草氏の方を振り返って少し大きめの声で言ったことから始まる。植草氏には「子どもが見ている前で」と聞こえているが、目撃者証人までは届いていない。あなたがkにいたとすると、あなたは痴漢を目撃していないし、女性が振り返って「子どもが見ている前で」と発言した瞬間も目撃していないが、声は聞こえたかもしれない。あなたはその女性の方を振り向いた。そしてその約30秒後には、すでに植草氏を「押しつぶすように(目撃者の証言)」押さえつけたのである。

 あなたがこんなに簡単に逮捕することは絶対にあり得ないことは納得できるだろう。植草氏は、当時逃げる様子は一切なかった。逮捕理由を一切語られなかった中で逮捕された彼は女性が何かを抗議しているのかと思い、その後、女性と話させてくれと言い続けたのだが、kはそれを一切許さなかった。
 女性と植草氏の間には「子どもが見ている前で」という言葉以外、一切の会話は無かった。女性と逮捕者kとの間の会話も、植草氏も目撃証人も聞いていない。それでいきなり逮捕したということは、女性が声を上げ、それを合図に逮捕するような作戦を事前に持っていたとしか考えられない。もっと明瞭なのは第二の逮捕者hだ。目撃証人が言うように、この男は、痴漢を目撃していないばかりでなく、痴漢事件であることの説明を全く受けることなく、走ってやって来て逮捕に協力している。目撃者と検察の会話を書く。

証人:具体的に見えなかったのですが、何度かわめいて、二番目に来た男が、また植草さんを押さえました
検察:最初の人はどのあたりを押さえていたのですか、肩ですか腰ですか。
証人:横の後ろ側から押さえていたと思います
検察:植草さんはあなたから見て背中を見せていたということですか。
証人:そうです
検察:野次馬はどのように来ましたか。
証人:自分が座っていたところの、品川側の方から、反対側の入口の方からというか、反対側の後ろの通路から入ってきた雰囲気の方ですけれども、横っ走りできましたから。

 これらの証言は極めて重要な意味を持っている。単に痴漢の疑いがあるというだけで、2人の乗客が押さえつけるということはあり得ないことである。もし、男が暴力をふるっていて、他の乗客に怪我をさせたというなら、勇敢な乗客がいれば押さえつけることもあるだろう。無抵抗な容疑者であり、逃げようとしてもいないのであれば、このように植草氏が苦しくてうめき声を出すほどの力で、いきなり押さえつけることは絶対にあり得ない。もう一つ、野次馬と表現された二番目の男hは、何の容疑か全く聞いていないし、ましてや痴漢を目撃していないのだから、100%これは不当逮捕である。警察は直ちに取り調べを行うべきだし、弁護側は彼を不当逮捕で告訴すべきだ。

 目撃証人は、この事件が痴漢事件でないと確信した。だからこそ証言しようと決心したのだ。隣の年配の女性も全く同意見のようで、そのことを話していたとも証言している。おそらく、周りで見ていたすべての乗客も同意見だったろう。目撃証人はそのことを何度も強調している。

証人:はじめから目をあけていたのではありませんが、自分の斜め前の男が動いて行って、植草さんがその男に押さえられていました
弁護人:押さえた人は一人でしたか。
証人:はい
弁護人:どういう感じの人でした?。
証人:ちょっと何というか、ごついような人でした
弁護人:けっきょくのところ、一人で押さえたのですか?
証人:あとで野次馬が大騒ぎしながら加わりました。
弁護人:女性の声は聞いていますか。
証人:聞いたかもしれませんが覚えていないです。私は車内暴力かと思いました。女性のことは覚えていません
弁護人:車内暴力とはどういう意味ですか。
証人:植草さんが、フラフラと左右に揺れていたので、誰かにぶつかったか、その人の足を踏んだとか。
弁護人:ユラユラ揺れていたということですか。
証人:はい、それでぶつかってきた人に暴力を。
弁護人:被告人が被害者なのかと思ったということですか。
証人:そうです
弁護人:押さえた人物の声は聞きましたか。
証人:いいえ
弁護人:押さえられた人の声はどうですか。
証人:うめき声を上げたと思います
弁護人:蒲田駅に着いた時、被告人と押さえた男性はどうでしたか。
証人:あとから加わった人はわめきながら降りでゆきました。
弁護人:一緒に降りた女性は見ていますか。
証人:はい
弁護人:どういう感じの女性だったのですか。
証人:どちらかの男性の連れのように思いました。

弁護人:ほかの乗客には何かを話しかけましたか。
証人:席に戻った時、隣の年輩の女性から、「酔っぱらいが絡んだのでしょうかね~」と声をかけられ、私はそれに対して「どうしたのでしょうかね」と言いました。


 目撃証人は、これは痴漢事件などではなく、2人の男が言いがかりをつけて、電車から引きずり出したと認識した。しかも2人の男と一緒に降りた女性が「どちらかの連れのよう」に見えたと言っているように、彼は、3人が何かの仲間のようだという印象を持った。

弁護人:翌日のニュースを見て、どう思いましたか。
証人:「え!ウソだろ」と思いました。
弁護人:法廷で証言する気になったのは、どうしてなんですか。
証人:事件がハレンチ罪と聞いた時、、自分は車内暴力だと思っていましたから。すぐに警察に行くべきでしたが、通りすがりの通行人をやってしまいました。
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検察:女子高生に気が付いたのは蒲田に着いた時でしょうか。
証人:若い子だなと思った。制服着てるような雰囲気ではありませんでしたから。俗にいうセーラー服とか、ブレザーとか、そういうようなものを着ているような雰囲気の方はいなかったです。
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 あと、弁護人の質問に対しては、女性は「二番目の人(野次馬)に寄り添うような感じで降りて行きました」と言っている。また男に取り押さえられた時の情況については、

証人:とにかく車両が揺れるんで、それで、なおかつ酔っ払っていた人なので、それでちょっと異様だったんですよ。男の人に取り押さえられたときの雰囲気が。まあ、何と表現したらよいのか。その時点で女性にからんでたとか、女性にやったとか、そういう雰囲気には見えなかったんで。

 彼は何度も何度も、これは痴漢事件ではないと繰り返して証言していた。事件現場の雰囲気から、彼は確信していたようだ。

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2007年9月16日 (日)

安部氏辞任に思うテツさんの日本論

本ブログの読者であり、時々深い考察を寄せてくださるテツさんからの9月14日のコメントです。管理人も、この透徹した見方には全面的に共感します。(管理人)

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   安倍首相の辞意表明に思う      
                             (神州の泉の読者さん テツさんより)

 私はやはり2年前の郵政選挙が見えない踏絵であったと思います。「みなさん、これからは手紙を書かなくてもメールという手段でいくらでもコミュニケーシンがとれるのです。あっ、今妻からメールが届きました」「ホリエモンは時代が生んだ寵児です」「官から民へ、改革を止めてはならない~。」これらは安倍さんの選挙期間中の応援演説での言葉です。
 安倍さんは小泉さんの亡国的政治に賛同していました。いちばん政治家として成長しなければならないときに小泉さんにかかわってしまったことで、彼の政治家としての資質が大きく損なわれたのではないかと思います。「これからはメールで・・・」というところに教育再生を唱える人の言葉ではないものを感じました。政治家は言葉が命だと私は思います。真の保守政治家はその言葉の真奥に「日本」がなければなりません。かりにも保守を標榜する者は、先祖から繋がる時間とそこに紡がれてきた歴史・伝統・美意識を自分なりに体現してゆかなければなりません。常に深遠なる「日本」に少しでも近づく努力をしなければなりません。いはんや国を守る政治家においてをや、です。安倍さんには決定的にそこが欠落していました。    

 そのつけが首相になってからの胆力のなさ、先祖のお力をいただけなかったことにつながっていたのだと思います。その資質に対して自分たちの夢を託すために目をつぶって本質を指摘してこなかった保守系の論説家・知識人・マスコミあるいは国民にもおおいに責任があります。安倍さんのことよりも「日本」を考えるべきでした。         

 2年前、郵政の民営化について保守・革新・リベラル問わず、「小泉のやりかたはいけないが、民営化はしなければならない」「族議員をなくさなければならない」など表面的な議論に終始していました。関岡さんの指摘に始まり、城内さんや平沼さんのように「アメリカに資金が流出するためのとんでもない法案」であることに気づいた政治家が存在したことには救われましたが、それでもまだ核心に触れ得ていません。評論家遠藤浩一氏は「(たかが郵政の民営化)で国政を誤るな」と言いましたが、そこにも日本の美的感性・情緒の欠落を見ることができます。「民営化」という言葉がどれほどわが国の国柄にそぐわないものであるか。国土を守りつつ都市の人たちよりもはるかに天皇のご存在を潜在的に意識している山間僻地の人たちの生活にそぐわないものであるか。そんなひとつの言葉さえ世の中を気づかぬうちにあらぬ方向へ導いてしまうことに、今の日本は(特に街に住む人)は気づくことができません。                 

 私は、片田舎の小学校で厳格な校長のもと、あたりまえのように「日の丸」を揚げ「君が代」をうたっていました。目の前には霊峰「富士」が我々を見守ってくれていました。わが家に隣接する郵便局には200~300円の貯金をするために農家の方々が来ては、日の当たる暖かな待合室で談笑し、煙草をくゆらし、お茶を飲んで帰っていきました。いまだからこそ思うことですが、そこには山間僻地の人がわずかな額でも「お国に託す」ことで、潜在的に「公」とつながる懐かしくて暖かな空間が広がっていたということです。ここにも「日本」がありました。

 そんな「日本」をかたちは変わっても心に残る風景として次世代へと繋いでゆく知恵と努力がすべての国民に求められているのだと思います。政治にだけ期待するのではなく、自らのうちに「日本」を蓄え、紡いでいかなければならぬと感じています。安倍さんにはこれを機に疎遠となっている先人との対話を始めてほしい、そして「生まれ変わった政治家安倍晋三」として帰ってきてほしいと思います。

投稿 テツ | 2007年9月14日 (金) 15時13分

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 管理人の安部氏に対する感想

 私は安部氏は基本的にお坊ちゃん的な育ちのよさがある人だと思う。しかし、政治家として見た場合、その基本政策を支える思想信条が思いっきりぶれているように見える。それを端的に表しているのが矛盾だらけの彼の行動原理であろう。まず「戦後レジュームからの脱却」と言うが、この定義を彼はまったく捉え切れていない。戦後の日本人が伝統と文化の正当な継承路線に歩んで来なかったという意味なら、まさに安部氏の言うようにそこから出でて、正道に復帰することはその通りである。しかし、はっきり言って「戦後レジューム」というものの核心は東京裁判史観という一種の洗脳史観なのである。この東京裁判史観という非正統的歴史観に加えて、マルキシズムの世界観が合体して出来上がった異常な歴史観、社会観が、いわゆる戦後レジュームというものの正体なのだ。

 ところが、安部氏は村山談話を踏襲し、アメリカで議会にかけられた従軍慰安婦問題を認めるという大きな愚を犯してしまった。東京裁判史観を全面肯定し、従軍慰安婦問題を史実と認めた彼が、いったいどのような考えを持って「戦後レジュームからの脱却」と言えるのだろうか。そして安部氏が政策展望の重要な柱としてあげた教育問題でも、致命的な欠陥を露呈しているのだ。安部氏が小泉構造改革、すなわちアメリカのネオリベ継承者だということは否定しようもない事実である。政治をネオリベ体制に持って行きながら、教育に「美しい国」構想を謳っても、それは原理的な意味ですでに自己矛盾なのだ。その証左が厳然としてある。安部氏は政権公約に「改憲と教育」を挙げているが、教育基本法の改正に加えて「教育バウチャー制の導入」を行なうと明言している。内橋克人氏の「悪夢のサイクル」によれば、このバウチャー制度は教育に市場原理システムを導入することなのだ。

 ミルトン・フリードマン著「選択の自由」によれば、教育バウチャー制とは、これまで学校ごとに与えてきた助成金を、直接各家庭にクーポン券という形で分配し、子供たちが自由に学校を選べるというものだ。これをアメリカやイギリスで導入したところ何が起きたかと言えば、貧困地区の子供たちがその権利を行使できないと言う格差悲劇が起きたのである。安部氏はこれをそのまま踏襲しようとしていた。美しい国へと言いながら、全人格的な教育をと言いながら、子供たちの教育環境に市場原理至上主義を押し付けてどうやって徳育教育が可能なのか?貧困層がたとえ学校を選んだとしても、その地域に子供を居住させたり、移動させたりする自由が得られないならば、学校格差、居住格差を生む効果以外にないではないか。教育バウチャー制については、同じフリードマンの著書「政府からの自由」でも少し触れていた。

 これらのことから、安部氏の思想上の信念は評価に値しないことになる。失脚した人間を叩く趣味はないが、国民に否定された小泉氏の構造改革を頑強に踏襲する基本姿勢では、いかなる日本文明論を語っても空虚なだけであろう。なぜならネオリベの構造改革自体が我が国の国柄にそぐわないからである。小泉構造改革を支持推進した者たちは、一様に「バラマキに戻ってはいけない」と言いながら何をやってきたのか?彼らは旧弊政治手法の欠陥を盾にとってネオリベ的な構造改悪を行なった。バラマキどころか、これは日本破壊である。福田康夫氏の「構造改革は重要です」発言が、戦略的なリップサービスであることを心から祈らずにはいられない。

 安部氏の理論上の失敗は、祖父・岸信介の親米政策と、継承的な日本文明論の理念的な統合が成立していないところにある。私個人はアメリカという国は、その標榜する自由や民主主義と違って、その本質は、他の国々や民族を食いつぶし、自国の一部の民を誤まった享楽に陥れ、他方では大多数の国民を犠牲にする現代のリヴァイアサンだと思っている。あの国は個々の人権を保証するという建前上、国家が奇怪な暴力装置と化し、世界を不幸に導いている。日本とアメリカの和の統合は文明整合的に無理なのだ。だからこそ大東亜戦争は思想戦でもあった。この深層を見ることもなく、安部氏は岡崎久彦氏のアングロサクソン隷従論と大差ない感覚に陥った。私は思うのだが、アメリカに隷従を誓っている者たちは、堂々とその旨を開示して、郵政資金をアメリカに貢ぐことでしか日本の生存は保証されないと言うべきなのだ。これに国民大多数が賛同したならそれは仕方ないことなのだろう。国民の総意が自国文明を否定したことになるからだ。問題はこの本心をひた隠しにして姑息な欺瞞政治を行なう卑劣さにある。


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「郵政民営化凍結」を即時に行なうべきだ!!

  「とむ丸の夢」さんの12日の記事、「ひどいよ、郵政民営化」のコメント欄に「とくらBlog」さんがTBを入れていたので読んでみた。そこには「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報」の郵政民営化に関する記事が引用されていたので該当記事を読んでみたら、安部首相辞任の本当の理由はともかく、ここ数週間はテロ特措法や年金問題だけが取り上げられ、郵政民営化凍結法案のことはすっかり忘れ去られた格好になっていることが書かれていた。そこへ安部総理退陣から新総理選出のサプライズが重なって、郵政民営化凍結に関する提言や国会審議の出る幕がなくなったということも書かれてあった。私と同じ見方である。

10月1日になると、郵政公社が事実上解体、あらたに四つの株式会社に分かれて郵政事業が民営化に向けてスタートする。早期から年次改革要望書と陰険な圧力を日本にかけ、アメリカが用意周到に種まきしてきた最も重要な計画が身を結ぼうとしている微妙な時期が9月の今である。今のタイミングで政局流動化が起きたのはけっして偶発的なことではないだろう。これは、アメリカが我が国の国富である郵政資金の国際流動化を確実に遂行したいという確固たる意志の発動と見るべきだろう。また、9月11日、郵政民営化について駄目押しのような下記の記事が出ていた。つまり、総務省と金融庁は郵政事業の民営化を最終承認したというニュースだ。

10月1日からの郵政民営化を承認    2007/9/11 
            
 総務省及び金融庁は、郵政民営化法(平成17年法律第97号)第163条第3項の規定に基づき、日本郵政から認可申請のあった「日本郵政公社の業務等の承継に関する実施計画」について認可したと、2007年9月10日に発表した。これで07年10月1日からの民営化が最終的に承認された。

    http://www.j-cast.com/2007/09/11011167.html

  このように郵政民営化のスタート直前の今の微妙な時期、アメリカのエージェントと化している売国構造改革派は「郵政民営化凍結法案」の再燃だけは絶対に避けたいわけである。そのために安部総理に圧力をかけて、総理交代劇の空白を作ったと考えるのはけっしてありえないことではない。

 さて、ここで植草一秀さんことにも言及するが、郵政民営化と植草さんの国策逮捕も密接な関連があると私は見ている。2004年4月8日、品川駅構内エスカレーターで植草さんは女性のスカートを手鏡で覗いたという嫌疑でつかまった。この直後、植草さんの天敵である竹中平蔵氏の動きは看過できないものがある。4月26日には、郵政民営化準備室が発足し、副室長には竹中氏の子飼いである高木祥吉金融庁長官が就任した。そして、9月の内閣改造では竹中氏本人が郵政民営化担当大臣に就任した。前年の2003年5月17日にはりそな銀行の実質国有化が発表されているが、これについて、金融庁の不審な動きやインサイダー疑惑に植草さんが気が付いて世論喚起を行なうことを彼らは恐れていたのだろう。りそな銀行の公的資金による救済にはもちろん竹中氏が深く関与している。植草さんが品川で遭遇した手鏡事件も明らかに偽装事件である。私も寄稿しているが「植草事件の真実」でそのことは克明に確証されている。これは政治的背景を傍証せずとも、その時の状況から嵌められたことが明瞭にわかる事件なのだ。

 構造改革急進派(国賊派)は、植草さんにりそなインサイダー疑惑を言及されると、世論の怒りを駆り立て、政府がらみの金融犯罪の追求だけではなく、郵政民営化自体がつぶれてしまうリスクがあったからだ。それほど植草さんの存在は彼らにとって大きなものだったのだ。ポイントは、りそなインサイダー疑惑には当時の金融庁が深く関与していることにある。

 ところで、10月1日に郵政民営化が施行されると各種手数料が下記のようになる。

振替口座サービス:150円→330円
電信現金払い:180円→630円
公共料金払い込み:30円→240円
定額小為替:1枚10円→100円

ブログ「とむ丸の夢」さんの記事で初めて知ったが、郵政民営化が来月から施行されると各種手数料が上記のように民間銀行並みの値上になる。市場競争にさらされることが民営化なのだから、当然と言えば当然であるが、私と同様にこの事実を知らない人が多いと思う。知らないのは当然である。マスコミが郵政民営化の負の部分を一切報道しないからだ。特に郵政民営化を直前して安部総理が退陣した今の時期は、上記の手数料の値上のことはけっして言わないだろう。それは前述した理由でアメリカのエージェントたちが深刻にナーバスになっているからだ。小泉純一郎氏は「米百俵の故事」を言って国民をペテンにかけた。もし、本当に改革を実行するには痛みが伴うという真摯な理由であれば、郵政民営化に伴う混乱やその他、以前と比べて変化する部分をマスコミにわかりやすく報道して国民の理解と受容を得る努力が必要だった。しかし、竹中氏を中心とする関係者はそれを行なったのだろうか。

 竹中氏が国会やテレビで郵政民営化の混乱に対する対応策を語っていたが、私から言わせれば、小難しい経済用語ばかり駆使して国民を煙に巻いていたように思えた。B層さえ納得させればあとは何とかなるという方針を固守していた。国民が真に知りたかったことは、例えばこの手数料のように、負担や不便が出る部分についてはきちんと理解されるように言うのが普通だと思う。ところが誠意ある報道をしないということは、この郵政民営化という政策思想そのものがいかにいかがわしい本質を持つかを示している。生活レベルで言うなら、銀行が統合合併を行なって数を減らし、庶民はただでさえ生活空間から金融窓口が離れてしまった。メガバンク化した銀行が力を持ったために、市場原理が働いて手数料は上がるだけである。銀行にとって、庶民という個人はお金を預けてくれるありがたいお客様という思いは微塵もない。銀行が無機的な対応になったことは誰しもが感じることだ。明らかに金融機関はアメリカ化に向かっている。

アメリカの年次改革要望書に従って、二年前に衆参両院の異常な状況の中で郵政民営化法案は成立した。たった一つの法案イシューのために、結果的に亀井静香氏や平沼赳夫氏など、正常な感覚を持つ実力者が排斥されるという狂気の道程をたどってこの法案は成立した。アメリカにはエクソン・フロリオ条項なる金融的な経済防衛体制がきちんと整っている。それに比して我が国はこの防衛的方策に関して、国会もマスコミも故意に排斥したような態度を取っていた。政府が管轄する郵政事業はもちろん完璧なものではないだろう。改善の余地は多くあったと思うが、拙速に民営化する必然性も蓋然性もまったくないものだった。郵政事業は地域の文化維持やコミュニティの安定に深く寄与していた。大きな経済でみれば、財政投融資先に官僚の天下りの問題があって、特殊法人による多額の公金無駄遣いがあり、これは絶対に強硬的な対策を必要としても、巨大な郵政資金は国内還流だった。それが民営化された途端、国外に流出するゲートを開いたことになる。日本よりも金融工学で20年も経験を積んでいるアメリカにとっては、郵政資金を騙し取ることは赤子の手をひねるより簡単なことだろう。

 我々は、郵政民営化の凍結にあらゆる努力を傾注しなければならない。これを放置しておくと、我が国は経済大国から凄惨な貧窮国家に転落する。その時になって気付いても、這い上がる余力は残されていないかもしれない。日本民族には驚くべき復元力が備わっている。かつて日本は敗戦の焦土から立ち上がった。しかし今日、日本が経済戦争、金融戦争に敗北した場合、再びそこから這い上がる道程を歩めるとは限らないのだ。郵政資金には戦後の努力の血と涙、そして巨大なパワーと将来への可能性が蓄積されている。それをむざむざアメリカに貢ぐほど馬鹿らしい自殺行為はない。

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2007年9月14日 (金)

「郵政民営化凍結法案」消滅の真相

「とむ丸の夢」さん9月12日の記事に「郵政民営化凍結法案」のことが書かれていたので、それを紹介する。まずは読んでいただきたいと思う。

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http://pokoapokotom.blog79.fc2.com/blog-entry-415.html

  ひどいよ、郵政民営化

 今日の報道によると、今国会で民主党が提出する主要法案が、年金流用法案、政治資金規正法改正案、イラク特措法廃止法案の3本とする方針を固めたらしい。

 あれ、8月に参議院に提出した郵政民営化凍結法案はどうなってしまったの? と思いませんか。

 8月9日に民主、社民党、国民新党の3党が提出したこの法案は、結局4日間だけの会期を終えた8月の臨時国会が閉会して委員会に付託されないまま廃案になってしまった、ということです。

 そして今度の臨時国会での提出が断念されたのはなぜ?

 これについてはこちら「『自民党』vs『民主党』政権をかけた闘い!」さんが、興味深い推論を載せられてました。
 
 鍵は「臨時国会を前に国民新党が民主党との統一会派に参加しなかったこと」にあると言われています。

 たしかに、民主党と統一会派を組むのが日本新党だとのニュースに、あれ? と思ったのは私だけではないのでは。

 つまり、国民新党そのものが、郵政民営化反対で離党した平沼赳夫の自民党復帰を機に自民党に入って、自民党内の郵政民営化造反組と連携しようとしているのではないか、と言われています。

 さらに、郵便料金、ゆうパック料金等は変わらない、とHPにも書かれているのですが、

10月1日の民営化と同時に各種手数料が民間銀行並みに大幅アップするとのこと。
こちらに載っています。

振替口座サービス:150円→330円
電信現金払い:180円→630円
公共料金払い込み:30円→240円
定額小為替:1枚10円→100円

 これをメディアは国民にまったく伝えていないんですよね。
 その上で10月1日以降には新聞・テレビ等にどっと溢れんばかりに喧伝される、というシナリオでしょうか。

 それにしてもひどい値上げですね。

「送金・決済サービスの料金は、次の通り料金区分の簡素化をさせていただきます」と告げられていますが、なんでも‘簡素化’すればいいというものではありません。

 こうなったら次の選挙では郵政民営化に賛成した候補者たちを落として、その後郵政民営化の見直しをしてもらうよりしかたないかな、

 と諦める前に、喜八ログさんところのrさんの提案を受けて、

「郵政民営化反対」の世論を盛り上げると同時に、民主党以下国民新党、社民党、共産党、日本新党にも「凍結法案提出」を働きかけましょう!

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  まあ、庶民の生活上の問題としても、郵政民営化は重大な悪影響を生むと思われるが、国民全体、国家というレベルで見たとき、このザル法で作られた売国民営化は、340兆円もの国富の消尽を意味している。小泉・竹中両氏は国民を欺いてこの売国法案を成立させ、その実行期限は10月1日、民営化稼動まで、すでに今月九月の残り日だけとなっている。前出の記事で、安部総理の退陣劇は今月の国会討論をつぶす目的だったのではないかという推論を行なった。「とむ丸の夢」さんの記述にもあるように、八月に提出されていた「郵政民営化凍結法案」はひっそりと廃案の憂き目になっていた。不思議なことにマスコミはこれについてまったく報じていない。日本のマスコミは売国マスコミだから、肝心なことは絶対に国民に知らせないことになっている。三角合併などという利敵法案は看過しておきながら、エクソン・フロリオ条項などの防衛法案については露ほども提示しない政治家連中は問題である。

 従って今回の首相辞任劇やコイズミチルドレンの異様な動きは、明らかに郵政民営化の計画実行を完遂するためのものだろう。テロ特措法というのはインド洋における自衛隊の米軍に対する給油活動である。しばし、日本が給油をしなくても米軍にとってはなんら差し支えない。問題は予定されている日本からの莫大な資金が、政治的思惑で急遽止められることにある。アメリカはそれを恐れている。従って今期の国会を何としても妨害して郵政民営化のスタートを滞りなく遂行するつもりだろう。私は米国の魔手が自民党のみならず、当然、民主党にも伸びていると確信する。その結果、郵政民営化凍結法案が消滅する事態となったのだ。

 今日、友人からこんなメールが来ていた。もしかしたら安部さんは城内実さんから教えてもらっていて、郵政民営化の真の構造、真の恐ろしさに気が付き、民営化の土壇場でそれを阻止する動きに転じたのではないのかと。その可能性もあるかもしれない。もしかしたら安部さんは自分の命ばかりか、家族の命も人質に取られてしまったのかもしれない。横田幕府ならやりかねないのだ。

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第九回公判傍聴記とその考察(2)

 ◎Z氏による公判傍聴記―植草氏は痴漢をやっていない

植草事件の公判を傍聴して、植草氏が痴漢をやっていないことを確信した。平成18年12月20日には検察側の目撃証人(以降「検察側証人」という)、平成197月4日の第9回公判には弁護側の目撃証人(以降「弁護側証人」という)の証人尋問があった。マスコミの植草氏への誹謗中傷の報道の中での尋問であったことを考えれば、弁護側証人が証言台に立つには、大変な勇気がいったと思うし、自分には何にもメリットは無かったことを考えれば、嘘を言うために証言台に立ったとは、とても考えられない。第9回公判直後、マスコミは一斉にこの証言は役立たずだと報道した。つまり、弁護側証人が犯行時間にうとうとしていたために、犯行を目撃していなかったと勘違いをしたようだ。しかし、犯行時間は実は品川駅を出て0~2分だということが訴状にあったことで、この時間帯に植草氏が痴漢をしていなかったことを彼はしっかり確認していた。完璧なアリバイ成立だ。弁護側の証人の供述を聞いた全員が、彼が正直に話しているということは確認しており、嘘を言っていると思った人は誰もいない。

弁護側証人と検察側証人の供述は大きく異なるから、どちらかが嘘を言っていることになる。重大な第一の相違点は品川駅を出て0~2分の間の植草氏の痴漢について、弁護側の証人はやっていないと言い、検察側の証人はやっていたと言ったことだ。同一時間帯で完全に相反する事象を両者は証言した。第二の相違点は、植草氏を車内で逮捕したのが弁護側の証人では2人だったと言い、検察側の証人では1人でしかもその男が私服だったと言ったことだ。この2つの重大な相違点は、記憶違いなどでは絶対にあり得ない。

弁護側の証人が、植草氏を極めて注意深く観察しており、記憶が当時の状況を正確に矛盾なく再現できたのに反し、検察側証人は実際と相違する点が多く、しかも中には現実離れした発言も行っていて、信用性は極めて低い。例えば植草氏に関しては

①メガネをしていたのに、していなかったと言った。

②持っていたかばんも傘も見ていない。被告の左手を非常に注意深く見ていたと言っているのに、そこに掛けていたはずの傘を見ていない。

③事件当日と公判の日で植草氏の体重が10kg程度違っていたことは、身体的な印象上から言って一目瞭然だったのだが、その変化に気が付かなかった。

④植草氏は泥酔状態だったのに酔っていなかったと言った。

⑤植草氏を左から見たのに、植草氏の左肩は見なかったが右肩ははっきり見たと言った。これは致命的な発言でありあり得ないことである。

⑥植草氏が被害者に密着して前かがみだったが頭は離れていたと言った。身長差から考えて、そんなことはあり得ない。

⑦自分の40cm前に身長160cmの女性がいて、その前に植草氏がいた。自分と植草氏の距離は70cm。彼はその女性の肩越しに痴漢をしている植草氏の手が見えたとのこと。何と下に降ろした指先まで見えたのだそうだ。身長183cmの彼からは、肩越しに見るのは物理的に絶対に無理。

⑧植草氏の体が不自然に右に傾いていたと言ったが、もし右に傾いていたら、右肩に掛けていたカバンが滑り落ちたはずであり、あり得ない。通常は左側に傾く。

⑨犯行時間も品川から出発して1~2分してから始まり2分間触り続けたとのことで、被害者の主張である品川駅を出発直後からと言うのと食い違っている。

⑩彼は被害者も加害者もつり革につかまっていなかったと言った。図1で分かるようにつり革はつかまろうと思えばつかまれた。あのように激しく揺れる電車内で、両者共、つり革につかまらず2分間もじっとしていること自体、不可能だし不自然である

 このような矛盾だらけの供述をどうして信用できるだろうか。

犯行時間とされている電車が出発してから0~2分の間の車内の様子を最も正確に記述しているのが、弁護人証人による図1である。弁護人証人は「私」と書かれた位置にいた。

図1
1

このとき植草氏はつり革に捕まっていた。これは極めて重要な証言である。以下、証人の供述の枢要を書く。

『自分が座る時、はじめに見た頃は吊り革につかまっていなかった植草さんは高い方の吊り革に右手でつかまっていました。植草さんは電車の揺れにつれて身体が揺れていました。大森海岸のあたりで騒ぎがあることに気付きました。隣の年配女性の近くにいた人が反対側の座席の方に行きました。彼が誰かを押さえていました。その場で立って見ると、植草さんが押さえられていました。


 ごつい感じの男が押さえていました。運動靴とジーパンの人。そのあとから、野次馬風の男が騒ぎながら植草さんを押さえました。女性の声は覚えてないです。植草さんが揺れていたので誰かにぶつかったとかしたのだろうと思いました。その時は被害者が植草さんだと思っていました。うめき声が聞こえました。蒲田駅で彼らが降りる時は野次馬風の人はわめいていました。その時に一緒に降りた女性がいました。この人はどちらかの連れのように見えました。席では隣の年配女性が「酔っ払いにからまれたのでしょうか」と言ったので、私は「どうしたんでしょうかね」と言った覚えがあります』

植草氏も車内で2人の男に逮捕されたと言っているし、弁護側証人も同じことを言っているが、検察側証人は1人だと言っている。しかし、2人目の逮捕者の名前も住所も記録されているわけだから、その男を証人として呼び出し、逮捕した状況を説明させれば、より状況がはっきりするだろう。

弁護側の証人は事実をそのまま述べているし、何の矛盾点も不自然な点も感じられないのに反し、検察側の証人は矛盾だらけである。弁護側証人の証言は植草氏に完璧なアリバイを成立させており、これを崩すに足る証拠は何もない。

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なぜ今のタイミングで安倍総理は辞任なのか?

  ◎唐突な辞任と総裁人事は9月国会の時間つぶしでは?

9月12日、午後二時ごろ、安倍首相は突然退任を表明した。政治家、ニュース解説、評論家などは、所信表明演説を行ったあとで、国家の命運を預かる最高職に就く総理が、今のタイミングで辞職することは無責任だという論調が圧倒的である。この退陣劇について、いろいろな憶測が乱れ飛んでいるが、どれも決定打とはなっていない。民主党の小沢党首との会談を断られたからだとか、消化器系の病状が悪化して気力を喪失したとかいろいろ取り沙汰されている。しかし、安倍首相自身が語ったテロ特措法の延長を考えてのことというのはまったく説得力に欠いている。なぜなら、テロ特措法は暫定立法であり、延長ができなくても、新法として制定すれば問題ないからだ。従って、延長にしろ、新法設立にしろ、民主党を初めとする野党が反対することは同じであるから、今安倍総理が辞任するということがテロ特措法に関わるとは到底思えない。病気入院は後付の体裁だと考えている。そこで私は突飛かもしれないが、安倍総理の退陣理由を別の角度で考えてみた。

 総理大臣は日本国を統べる重責だから、誰がなっても並大抵のストレスではないだろう。しかし、少なくとも15年も政界の空気を吸った安倍氏は、このタイミングで辞める道理がまったくないことは百も承知であろう。つまり個人が調子悪いからと言って会社を休むこととはまったく異なる位置にある。安倍氏にそれがわからないはずはない。しかし、なぜ引き際にこのような不名誉な形態を取ったのであろうか。これを的確に説明しているものはいない。これには冷徹な国際政治が影響しているに違いないと私は考えている。安倍氏が退陣しても後継総裁が浮上するが、国会を中断してまでも退陣した理由があるはずである。

  ここで、スリーネーションリサーチ(株)の最新コラムで、植草氏が書いている末尾の部分を引用する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

http://www.uekusa-tri.co.jp/column/index.html

  9月10日に臨時国会が召集された。安倍改造内閣は総理の座に留まりたい安倍晋三首相と次期首相を狙う麻生太郎自民党幹事長の私的な利害の一致によって組成された内閣である。経済政策運営では、小泉政権以来の「市場原理主義」を否定する思潮が新内閣内で広がり始めているが、安倍首相は十分な説明を示していない。与謝野馨官房長官は経済政策運営での基本理念を「市場原理主義=弱者切り捨て」から、「弱者への配慮」に転換する意向を示しているが、一方で天下り問題については官僚利権温存をより鮮明に示す可能性が高い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今までの安倍政権は、安倍総理と中川秀直氏とのタッグで小泉構造改革路線を継承していた。しかし、新自由主義に基づいた小泉・竹中構造改革路線は、この間の参院選で国民の審判を受けた形となった。与謝野馨氏が言うように、弱者切捨てから、弱者救済の方向転換を模索する勢力が自民党内に生まれていて、これに平沼赳夫氏などの郵政造反組の勢力が加わる様相を呈して来た。つまり、固定化したように見えた新自由主義政策(構造改革)のベクトルが変わろうとする動きが活発になってきたことに、安倍氏辞任の大きな要因があると私は思っている。理由は安倍氏の基本理念が、美しい国という言い方はしているが、結局は小泉構造改革路線の継承を絶対化していたからである。安倍氏は拉致問題の果敢な解決と日本国の主体性を目指すことを「美しい国づくり」の根幹と捉えるなら、政権発足時に鮮烈な小泉批判を行なって、新自由主義路線の確固とした否定路線を目指すべきであった。ところが、安倍氏は構造改革継続は絶対の条件のように旗を振ってしまった。ここに彼のグランドデザインの決定的な間違いがあったものと思える。

 小泉路線を修復するには祖父に当たる岸信介の対米政策を否定して、それを乗り越えなければならなかったのだ。しかし、安倍氏は基本で岡崎久彦氏の「アングロサクソン国家絶対宗主国」という隷属思想を堅持してしまった。ここに彼の自己矛盾が内包され、早晩行動様式上の亀裂が露呈することは避けえなかったと思われる。しかし、安倍氏の器量の問題や国政運営上の矛盾のほかに、安倍氏には深刻な事態が生じていたのではないだろうか。私はそれこそが10月1日から稼動する「郵政民営化」の稼動プランだったと思うのである。テロ特措法の有効期間は11月までである。安倍氏は表向きはこの延長を至上命題としているが、実は言葉に出せない命令をアメリカから強制されている可能性が高い。それこそが10月から始まる郵政民営化の完全遂行なのだ。

 思い出してもらいたい。アメリカの副大統領のチェイニー氏が今年の二月に来日した折、有識者はこのレベルの大物が何のために来日したのかという大きな疑念を持った。それは副大統領自ら、日本の郵政民営化をテコ入れしに来訪したとしか思えない。イラク人道支援という名の下に自衛隊を送り込み、実情はアメリカの軍事作戦の軍事支援であった自衛隊の派遣。その自衛隊の長である久間防衛長官にチェイニー氏は会わなかった。アメリカを批判されたからと言って、アメリカの軍事作戦の大元が外交上で防衛長官と会わない理由はない。だからチェイニー氏の来日は郵政民営化のテコ入れ、すなわち関係者に対する脅しのために来たのだと思う。その結果、あとは郵政株式会社がスタートするのを待つだけで膨大な郵政資金はアメリカ資本の手に落ちるだけである。ところが、最近野党から、「郵政民営化凍結法案」が出された。この法案はいつの間にか消滅していたが、安倍氏が続投していれば、この国会期間にその凍結法案が再び生まれる可能性があった。つまり、国会答弁で郵政民営化問題が一気に燃え上がるかもしれなかった。

 そこでアメリカの政府機関は日本の財務省に働きかけ、安倍氏を孤立無援の状態に追い込んだ。一連の大臣を襲った金銭スキャンダルもアメリカの作戦だろう。植草さんによれば、日本の財務省は外務省よりも売国的体質が強力である。今のタイミングで安倍氏が退陣することにより、時間的な政治空白が生まれ、来月に控えている郵政民営化実行の前に、凍結法案を国会で審議する可能性は限りなくゼロに近くなった。これこそがアメリカが安倍氏に望んだことなのだろう。

 もう一つのできごとは自民党の若手の動きにある。両院総会で次期総理を選ぶ機関が短いのは承服できない、なるべく選出を判断する時間を長く取るべきだという彼らの熾烈な主張である。特に片山さつき氏や佐藤ゆかり氏、小池百合子氏、コイズミチルドレンの必死の叫び、あとは武部勤氏、中川秀直氏、山本一太氏などもそれに呼応して動いている。彼らは小泉前総理の擁立に時間をかけたいということなのだろうか。私は彼ら構造改革派の真意は、総裁選に時間をかけて九月中の国会の時間をつぶすことにあると感じている。これはアメリカによる郵政民営化計画遂行にもとづく動きの一環であろう。アメリカに魂を売り渡した構造改革強硬派の当然なる行動ではないだろうか。小泉氏が突然福田康夫氏を推したことも、郵政造反組みの動きを封じる構造改革継続派の反撃ではないだろうか。彼らの言い方で憤懣やるかたないのは、地域間格差の是正は改革の推進でという空虚な鸚鵡返しだ。「また以前のバラマキに戻ってもいいのか?」と必ず言う。つまり生産性のない無駄な公共事業で地方を疲弊させるのか、それとも改革かという二分法に持って行く。しかし、この小泉論法で言う「改革」とは、弱者切捨て、地方切捨てのことだ。コイズミチルドレンが使うのはこのペテン論法だけである。本心は宗主国様に国富を貢ぐことしか考えていない。

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2007年9月13日 (木)

あれから一年

 今日は9月13日、今から一年前、植草さんは日本をアメリカに売り渡そうとする奴ら(あるいは奴)に無残に嵌められた。奇しくもその日は私の誕生日でもあった。正直言って、当時私は植草さんのことを有名なエコノミストであるという程度にしか知らなかった。テレビでは数回彼の言説を聞いたことはある。真摯にきちんとした根拠をあげて理知的にしゃべるお人だなぁという程度の認識だった。正直、そのころは彼の言う経済についてはあまりよくわからなかった。私自身が経済は専門家に任せておけばいいという実にいい加減な考えでいたからだ。品川事件の当時は、植草さんが小泉政権の政策上の基本構想と対立するエコノミストであることを知らなかったせいか、彼が嵌められたのかもしれないという思いはまだなかった。しかし、西村眞悟議員が国策捜査にやられたと確信した時に、私はその前に植草さんも同じ構図を持つ策謀の被害を受けていたんじゃないかという見方をすでに持っていた。小泉政権が発足し、竹中平蔵氏がその政権に重要な参画をするようになった辺り、つまり2、3年目にこの政権は基本姿勢が妙だ、かなりいかがわしいと自分なりに気が付いていた。

 小泉純一郎氏が総理大臣になった時、私は無知な国民の一人として、この男なら閉塞的な現状を打開してくれるかもしれないと大いに期待した。自民党をぶちこわすと宣言したからである。小泉氏が唱えたスローガンの一つ、「米百俵の精神」は、ウィキペデアによれば、長岡藩の小林虎三郎が言った教育の重要さを示す故事で、「百俵の米も食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万俵、百万俵となる」という、現在を耐え忍べばやがては大きな成果に報われるという話である。郵政民営化という巨大な国家破壊プロジェクトに移行する露払いとして、これは小泉氏が用いた許しがたい詐話(さわ)であった。定義の不明確な構造改革を劇場型パフォーマンスで強行し、国民に我慢を強いておいて緊縮財政下における不良債権処理を急いだ。この結果、日本は歯止めのないデフレ・スパイラルに迷い込んだが、この最悪の政策を裏で行なわせたのはアメリカである。小泉構造改革が実際はどのようなものだったのか、国民はやっと気が付き始め、この間の参院選でその評価が下された。やや遅きに失した感もあるが、零細・中小企業を苦しめ、アメリカ型の格差社会へ構造が変更されたために、いまや老人医療や福祉の根幹が危殆に瀕している。小泉氏の構造改革とは弱者を踏み台にしたり切り捨てたり、一部の金持ち連中が利得を得る構造への改革だったのだ。犠牲者を際限なく出し続けて、米国に連なる外資と一部の金持ちだけが儲かるシステムへの構造替えである。弱者の犠牲、被害が恒常的になっていく社会への切り替えが構造改革の本質だった。そしてその破壊型の構造改悪は今も続いている。

 マスコミが初期報道で植草さんの病的性癖説を土石流のように流布したために、国民はスキャンダラスな次元にばかり目が行って、植草さんの経済提言や小泉政策批判の妥当性に気が付かなかった。政治家も経済界のお偉方もそうだが、ペテン的な小泉政策に幻惑されないで植草さんの言葉を真摯に受け止めていたなら、世の中がこのような有様にはならなかっただろう。国民新党を形成した勢力や平沼赳夫氏など、郵政民営化のペテン性を見抜いていたまとまな政治家たちが頑張って、歪んだ国策の是正に尽力していただろう。国策捜査に嵌められたのは植草さんなのだが、我々国民も、稀代のペテン師である小泉氏や竹中氏のいかがわしさを見抜けなかったために、『国策操作』(国民洗脳)に嵌められていたといえるだろう。もっと言えば完璧にアメリカの思惑通りに日本が操られていたということになる。

 次回は安倍総理がなぜ今突然退任したのかについて、自分なりの突飛な推測を書いてみようと思う。


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2007年9月12日 (水)

過去7回示談報道の真相は国策捜査の補強だった!

  ◎偽装事件の補強として出た記事

 喜八ログさんが今日、「植草一秀さんが朝日放送を提訴」という記事を載せていた。この中で私の記事も紹介されていたが、あの記事から大分時間が経過して、私はより鮮明に例の朝日放送の該当番組が国策的な意志にそって放送されたことを確信している。女性セブン誌が昨年の10月5日号で、「植草痴漢で示談7回の過去」という唐突な記事を出した。朝日放送は、情報番組「ムーブ」の中で、この記事の信憑性をまったく検証することなく、植草氏が痴漢の示談を7回やっていたというでたらめ記事を、あたかも既成事実であるかのように引用した。活字メディアの記事をテレビで報道する場合、視聴者の数や視覚メディア独特の影響の大きさを考慮すると、朝日放送のこの番組は、植草さんにまつわる事件の真相について、決定的かつ重大な意味を持つと言える。

 植草さんは朝日放送に対し、事実無根の放送を行なったとして名誉毀損で1,100万円の損害賠償を請求した。だが、私は国策捜査を基調とする応援者の立場から、元になった週刊誌記事と、その記事を既成事実として放送したできごとを、普通の名誉毀損のレベルで論じる以外に、もっと巨大な背景が存在することを指摘しなければならない。その前に、テレビ番組「ムーブ!」の引用報道に使われた女性セブン誌の該当記事を紹介しておく。

 冒頭部分には痴漢犯罪の量刑や罰金について少し触れており、つづいて犯罪心理学の作田明氏の次の言葉を太字で強調して書いている。

 「痴漢などを含む性犯罪は他の犯罪と比べ、常習性が顕著です。性的嗜好というものは快楽、快感と直結するだけに、なかなか忘れられないからです」

 次に、9月13日の京急事件について語り、その次に品川事件に関わった際に、植草氏が冤罪や無実を主張したこと、植草氏から押収した写真のことなどが書いてある。そして、肝心の過去7回示談記事に触れ、その後に名古屋商科大学大学院での授業に触れ、数十名の女子学生の前でいきなり冤罪の主張を始めたこと、それについて女子大生の一人の感想を書いている。そのあとは大学院事務局の担当者のコメントや別の女子大生のコメントが記述されていて、「研究室で何かされるという危険さえ考えてしまいます。近寄りたくもありません」などと否定的な記事で埋められている。私はこの記事を読んだ時に、あれ?過去7回の記事の具体的な内容はどこにある?と思った。

 それについて書いている箇所は、全記事の真ん中辺にある下記の短い文章だけである。

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 捜査関係者が言う。「最初はいまから14年前の‘92年頃だったと言います。女子高生でチェック柄のスカートを狙う犯行が多かったということで、警察内では要チェック人物でした。ただし、被害者との示談という対応に応じていたので、話は明るみに出なかったようですが、今回で10回目の摘発なんです」(捜査関係者)  つまり、逮捕されたのは三度目だが、過去7回の被害者とは示談が成立していたというわけ。確かに満員電車などで痴漢に間違われる冤罪も少なくない。10回の摘発がすべて被害者の勘違いだというのだろうか。しかもその後示談にしていたというのは事実だ。

******************************************************

 過去7回の示談に関する記事はたったこれだけである。この内容で一体何がわかるのだろうか。捜査関係者から聞いたように書いているから、過去十回の示談に関しては日時と状況、被害者の年齢くらいは最低限度書くべきではないか。しかも、チェック柄と要チェック人物の駄洒落などを書いていることから記事自体に関する真摯性、信憑性はまるで感じられない。加えて私が不審に思ったのは、後半部に「示談7回の過去について、妻に話を聞こうとしたがインターホンの応答はなかった」と書いていることである。俗的な週刊誌だから、奥さんにインタビューする行動はあるような気もするが、肝心の7回示談の内実が示されていない状況で植草さんの関係者にインタビューを取るだろうか。

 以上、女性セブンの記事はタイトルの重要性に比べて肝心の過去7回に関する内容がまったくない記事なのだ。つまり、過去7回の実証的内実がまるでない空虚な記事なのである。この馬鹿げた記事を、朝日放送が検証することもなく、複数の有名人に私見を取り入れて報道させたことになれば、テレビ局の報道姿勢はファッショ的だと糾弾されても当然であろう。巨大メディアが弱い個人を狙い撃ちした最悪な事例の一つと言えるだろう。

 しかし、皆さんは不思議に思われないだろうか。この報道をおこなった週刊誌にしても、テレビにしても、検証の事実がなかったことは歴然としている。しかし、報道はあたかもその過去7回の示談報道が既成事実であるかのように報道された。この異常な形の報道姿勢にこそ、ことの本質が潜んでいるのだ。すなわちこれは権力筋からの意向が働いていると見たほうが筋が通る。私が最近7回に分けて連載したMixiの日記に関する考察とともに、この7回示談報道も、国策捜査を仕組んだ存在が、植草氏が見舞われた偽装事件を補強するために故意に行なったと見たほうがより明瞭に理解できる。公判でこの二種類の記事が採用されていない事実がそれを物語る。今となってみれば、これらの勇み足報道は、法廷で内容を検証された場合、策謀した側にとっては明らかにまずいことになる。当初は勢いで偽装事件の確定性を補強するつもりだったのが、国策捜査の疑惑が生じたために、今度は彼らののど元を突き刺すトゲになったのである。権力側からすれば大失策であったことが見えてくる。

 植草氏の事件が異様な偽装事件の様相を呈していると感じている人たちが、この名誉毀損報道の奥深い真相を汲み取っていただければありがたい。


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2007年9月11日 (火)

ひき潮

  最近の記事の傾向とはまったく無関係なのだが、少し秋めいてきたので矢沢永吉ソングについてとりとめのない話を少し。私の年代で矢沢永吉ファンは結構いると思う。

 私は今年55歳、いいオヤジである。永ちゃんの歌にとりつかれたのが25歳の時だったから、かれこれ30年も永ちゃんソングを聴いてきたことになる。若い時は「バイバイ サンキュー・ガール」のようなロック調の歌も好きだったが、歳が行ってもよく聴いていたのは、やっぱり彼のバラードである。初めてファンになったころは、武道館ライブに行って生の永ちゃんを堪能したが、彼の人気がうなぎのぼりになってくると、チケットの入手が難しくなり、なかなかライブに行けなくなった。そこで、当時はカセットテープで彼の歌を聴いていた。当時のE・YAZAWAのロゴ入りバスタオルやTシャツ、その他の永ちゃんグッズが押入れの奥に仕舞い込んである。私が好きな永ちゃんのバラードを挙げたら、あまりたくさんあって羅列不能である。

 永ちゃんの作曲したメロディは彼独特の際立った世界を持っている。いわゆる矢沢メロディである。永ちゃんファンは例外なくその世界に耽溺している。その中で私が好きなものを強いて言えば、「LAHAINA」、「棕櫚の影に」、「エイシャン・シー」、「SEPTEMBER MOON」などである。私は海の情景が強く出ている歌では「ひき潮」が最も好きである。この歌はメロディも詞も過ぎ行く夏の切なさがよくあらわれていて、心にしみる。

 ふと秋めいた風が肌にまとわりついたら、どういうわけかこの「ひき潮」が無性に聴きたくなった。比較的最近出た永ちゃんのDVDで「ROCK OPERA2」というのがあって、オーケストラをバックに彼が歌っている。非常にクオリティが高いサウンドである。この中に収録されている「ひき潮」がひときわ秀逸なのだ。力強く伸びやかに歌っているのは若いころと変わらないのだが、永ちゃんは年齢に応じた深みをこの歌に加えている。この叙情性がたまらないのだ。永ちゃんの歌はみんな持っているよという人でも、このDVDを聴いていなければ是非お勧めする。30年前の永ちゃんの曲とは思えない進化(深化)を経験できるだろう。



 さらば夏よ つらい恋よ
 あたなただけは幸せに

 あなたとたたずむ渚はもう秋
 一晩ばかりのわかれは終わった
 海よ わかってくれ たった一度だけの
 いのちもかけたそんな愛を

 振り向くあなたの 別れの叫びを
 むなしくかき消す冷たい潮騒
 海よ 笑ってくれ 命賭けた人を
 奪ってゆけない弱い俺を

 こんなさよならになるとわかりながら
 真夏のめまいに負けた二人

 さらば夏よ つらい恋よ
 あなただけは幸せに 
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第九回公判傍聴記とその考察(1)

 Z氏による第9回公判(7月4日)傍聴記とその考察(1)
   

 これは7月4日に行われた公判証言録と、それへの考察である。被告が痴漢をやっていなかったという決定的証拠になるものを中心に書いてみた。

 証人は座席を探すときに、植草氏のまわりとぐるりと回ったことから、至近距離で彼を注視していた。植草氏は、子どもの頃に見た「スーパーマン」の映画でクラーク・ケントがかけていたような透明っぽい特徴のあるメガネを掛けていたのでよく覚えているとも言っており、メガネに関する記憶も正確である。その時はつり革につかまっておらず、普通に立っていて、どこかで見た顔だと思ったが、植草氏とは気付かなかったと言った。

図1

1

 目撃証言者は自分の座ったときの様子を描いて説明した。それが図1である。この図は証人自身が描いたものがプロジェクターに映し出されたものを、筆者ができる限り正確に写しとった物である。この図では目撃者の右隣には年配の女性gが座っていた。彼は座るとき、その女性に「どうも」と声をかけている。彼が入ったときは席はふさがっていた。発車寸前に座席の右端から二番目の方がちょうど立ったので、そこに座れたと言っている。その時布製のバッグを持っていて、荷物を網棚に上げるとき植草氏をよく見た。それで植草氏だと確信したと言っている。有名人が間近にいるということで、彼は余程植草氏のことを注意深く観察していたことが分かる。
 「疲れているような、くたびれたサラリーマンがつり革に掴まってこうべをさげているような感じでした。黒いカバンを下げていた。」というところまで注意深く観察していて記憶も極めて正確である。通常の乗客に対しては、そこまでは細かく観察しないし、ほとんど記憶に残らない。彼が、植草氏の周りをぐるりと回った時、「乗り込むときに植草さんの横をとおって、ちょっと酒臭く感じました。つり革の掴まり方が、だらしない感じでした」という彼の印象を表現している。植草氏が酒をのんでいたかどうかに関する検事と証人の質疑応答は以下の通りである。

検事: 先ほどの主尋問ではお酒のにおいと言って、今はたばこのにおいもとお話ししましたけど、それはどちらなんですか。 証人:両方だと思いますけれども 検事:酒のにおいに本当に気付いたのですか。

証人:(植草さんが)ふうって言いながら電車の中で立っていましたので、立ってというか、そこを私、通り過ぎましたので、ちょうど人の息のかかるみたいなところですから。

それでお酒の匂いだとわかったのですか? 証人:はい  植草氏のメガネ、泥酔状態であった様子、立っていた場所、カバンを持っていたこと、顔を至近距離で見ていて、植草氏であることを確認していること電車に乗った時間、車両の位置などすべてを考慮に入れて、この証人が事件を目撃したことは100%間違いない。証人は植草氏を非常によく観察している。

検事:青物横丁まであなたは寝ていなかったということですね。

証人:はい。

検事その間に植草氏があなたの方を後ろを向いて振り返ったというような記載があなたのファックスのなかにありますけれども、これは事実なんですか

証人:はい。酔っ払っている方なんで、こうやってこうしたりとか、こうしたりとかやっていましたよ。本人を目の前にして申し訳ないですけれども、やっぱり酔っ払いだなという感じですけれども。

検事青物横丁まで、何回くらい植草さんが後ろを振り向きましたか?

証人:動作ですから、回数と言われると、分かりません。

「被告人がつり革に掴まらずに立っていられる状態だったと思いますか?」との質問に証人は「北品川を過ぎるあたりから京急はすごく揺れるので、掴まっていなかったらひっくり返ると思う」と答えた。つり革につかまらなければひっくり返るだろうということを注視すると、これもこの痴漢事件がでっち上げだと分かる。4kgもの重いかばんを下げ、泥酔状態の人が両手を使って、こんな所で2分間もの間、痴漢をしたなどというできごとはあり得ない作り話だ。この証人は、痴漢をしたとされる最も重要なこの段階で、被害者女性を目撃していない。恐らく女性そのものは視界に入っていたのだろうが、余程注意しないと印象には残っていなかったということだろう。彼は自分の前にいる有名人「植草一秀」のことばかり注目していたために、この女性に関しては記憶に残っていないものと思われる。

 さらに言えば、植草氏が近くにいる女性に触れる行為を2分間も継続していたなら、確実にこの目撃証人によって目撃され、被害に遭った女性の印象も強く刻印されたはずである。その二分間、証人には女性に関する記憶が皆無だ。もし、座席に座っていた証人と植草氏を結ぶ線の延長上、つまり証人から見て、植草氏の陰に位置していた女性がいて、植草氏によって被害を受けていたと仮定するなら、確かにそこは死角になっている。しかし、この仮定もあり得ない。なぜなら植草氏は右手で吊り革をつかんで自分の身を支えていたからである。つまり、植草氏は全方位的に誰にも触れていなかったことは確実なのである。吊り革もつかまず4キログラムのカバンを肩にかけ、酩酊状態で揺れる電車内にいる彼は、吊り革なしでは立っていることもできなかったはずだ。ましてや、その状態で両手を自由にして女性に触れる余裕、余力など生じるわけがない。

 また、起訴状によれば、被害者女性は電車進行方向に向いて植草氏の前にいたことになる。検察の言うその位置を真実と仮定すれば、図1に描いたdの位置にいたことになる。もしも女性がこの位置で痴漢の被害にあったとしよう。そうすると、この位置は図でa,b,c,e,f,g,kのすべての人から目立つというか、丸見えの位置だということに注目しよう。もちろん立っている人はどちらを向いているか分からない。しかし、この証人に加えa,b,f,gの人は向いている方向が確定しているので、痴漢が起きていたら絶対に見ていたはずである。(ただし眠っていない場合であるが)特にa,bは至近距離である。2分間も触られ続けたとすると、例えばbの人に視線を送ればきっとなんらかの行動を起こしてくれたと思う。

 また、証人は車内は混んではいない、「まばら」の乗客だったと証言したが、これは椅子と椅子のあいだのスペースのことであり、座席は満席であり、出入り口付近の四角のゾーンは人が触れ合う程度(表現は違うかもしれないがこのような意味)だったと証言した。図1を見ればわかるが、痴漢を行なったとされる位置が、出入り口付近の四角のゾーンと座席のゾーンの中間領域だとすれば、目撃証人は植草氏を視野に捕捉していたわけだから、位置的に被害者女性が見えなければおかしい。いくら何でも、こんなまばらな所で痴漢をする者がいるはずがない。被害者女性が座席のゾーンに立っていたとするなら、そこは痴漢には最もふさわしくない場所になる。ここでやるくらいなら、ホームで待っていたときに女性を捜してやるほうがまだ理にかなっている。揺れないし、目の前でじっと見ている人もいないではないか。

 しかし、ホームで痴漢に遭うこともほとんどあり得ないことだ。痴漢と言えば混んだ電車内と決まっている。満員電車でどさくさに紛れて触れるから痴漢という卑劣な犯行は成立するわけで、図のような環境では痴漢が起きる条件には程遠い。痴漢に特有な隠蔽性という条件が成立していない。電車内で痴漢にあったという話を作るのは簡単だが、目撃証人が現れたら嘘が簡単に露見するということだ。四方から目撃できる車内環境で二分間の痴漢行為は非現実的である。それでも、今の日本の痴漢冤罪事情とは、女性が故意に痴漢に遭いましたと田舎芝居を実行し、狙った誰かを捕まえれば、起訴するのは検察の判断でできるし、起訴となれば99.9%が有罪になるという現実がある。つまりどんな下手な田舎芝居でも99.9%は成功するという保証を裁判所で与えていることに問題があるのだ。今の日本は、痴漢の摘発の仕方にも問題があるが、司法の取り扱いも先進国としては非常に恥ずべきものがある。

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2007年9月 9日 (日)

植草氏は国策捜査の犠牲に?「知られざる真実 勾留地にて」を読んで

ネットの市民記者ニュースというサイトに、ひらのゆきこさんという方が、植草さんの新著「知られざる真実 公留地にて」に関して素晴らしい感想文を書かれていたのでここに掲載する。

http://www.news.janjan.jp/culture/0709/0709071957/1.php

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植草氏は国策捜査の犠牲に? 「知られざる真実 拘留地にて」を読んで 2007/09/08

関連記事:植草裁判 最終意見陳述で無実訴える

Shirarezarushinjitsu  元大学教授の植草一秀氏著「知られざる真実 拘留地にて」(イプシロン出版企画)を読んだ。

 06年9月、電車内で痴漢行為をしたとして逮捕・起訴された植草氏は、無実を訴え、現在裁判で闘っている。植草氏は本書を当時拘留されていた東京拘置所で書いたそうだ。多くの制約や条件があり、データを充分示せなかったため、その点を保釈後に補足したとの記述があるが、一読して伝わってくるのは、論理の明快さと、その主張に一貫性があることである。

著者:植草一秀
発行:イプシロン出版企画 植草氏は自らにかけられた疑惑に対し、「天に誓い、疑いをかけられている罪を犯していない」と本書の冒頭で明言している。また、「痴漢は卑劣な犯罪」であり、「痴漢犯罪を憎悪していた」とも語っている。そして、「私の言葉を信じてもらえるか、読者に委ねられる」と述べ、「本書で私は真実をありのままに記述した。私の心に一点の翳りもない」と断言している。

 今回の事件に遭遇する直前まで植草氏は、「直言」というサイトに「失われた5年-小泉政権・負の総決算」という記事を書いていた。筆者は「直言」の愛読者だったので、植草氏の記事についても毎回欠かさず読んでいた。最後となった06年9月6日掲載の記事には、小泉政権の5年半の期間、日本経済は最悪の状態に陥った、と植草氏は小泉政権の経済政策を厳しく批判していた。

 小泉政権時代、日経平均株価は7,600円まで暴落した。植草氏は、国民が本来直面せずにすんだ苦しみを与えたと述べ、失業、倒産、自殺などの悲劇が国民に襲い掛かった一方で、日本の優良資産を破格の安値で外資が大量取得したことに言及し、小泉政権の経済政策の失敗による「人災」であるとして糾弾していた。

 本書は、第一章「偽装」、第二章「炎」、第三章「不撓不屈」と三章からなり、巻末資料として「真実」と題する、植草氏が遭遇した事件の経緯について詳細に述べた文章が載っている。筆者がもっとも強い関心を持って読んだのは、本書の眼目ともいうべき、第一章「偽装」の中にある、りそな銀行が国有化される過程で行われた処理の経緯である。

 植草氏によると、それまで銀行には5年分の「繰延税金資産」計上が認められてきたそうである。しかし、りそな銀行だけがなぜか3年計上しか認められず、債務超過に陥った。そのままだと破綻するはずだったりそな銀行に、政府は預金保険法第102条第1項第1措置の「抜け穴規定」を適用し、税金を投入してりそな銀行を救済した。

 問題は、なぜ、それまで認められていた5年計上が、りそな銀行だけ3年しか認められなかったのかということである。「繰延税金資産5年計上」を前提に3月末を迎えたりそな銀行に対し、監査法人が3年計上を伝えたのは5月6日だった。この時期に指摘を受けても手立てを講じることができないことから、植草氏は「謀略」の可能性を指摘している。りそなと同じような程度の財務症状の銀行は複数ある中で、なぜりそなが標的とされたのか。その理由についても、植草氏は言及している。

 りそな銀行については、06年12月、朝日新聞や東京新聞などが、りそな銀行が3年間で自民党への融資額が10倍となったことを伝えていたことが記憶に新しいが、国有化された銀行が一政党に私物化されているような状況は大きな問題であるにもかかわらず、なぜかこの問題について追及する記事がその後書かれることはなく、議論にもなっていないことに、疑問を感じた国民も多いのではないだろうか。

 植草氏は、りそな処理に関する巨大なインサイダー取引疑惑の存在について、テレビで何度も指摘していたそうだ。本書で植草氏は、今回の事件とこうした発言の関連性については一言も言及していない。ただ、事実をありのままに述べているだけである。そこからなにを汲み取るか、読者の想像力に委ねている。

 植草氏は、04年の「手鏡事件」の真相について記述した原稿300枚を書き終え、小泉政権の総括と新政権の政策課題を経済政策論として出版する予定だったそうだ。事件に遭遇したことによって予定が白紙となり、新規に書き下したものが本書である、と述べている。

 前回の事件(エスカレーターで女子高生のスカートの下を手鏡で覗いたとして警察官に逮捕された事件)については、植草氏を横浜から品川まで尾行してきた警察官の目撃証言が二転三転したことや、実際に現場で実況見分した人たちによって、警察官の主張の信憑性に疑いが出ていることや、監視カメラに映像が残っていないことなど、えん罪の可能性が強いことを多くの人が指摘している。植草さんを支援するインターネットのサイトでは、今回の事件が起きたときも真っ先にえん罪の可能性を指摘し、不当な長期拘留に抗議の声を挙げた人が数多くいた。

 佐藤優氏の件で「国策捜査」という言葉が知れ渡るようになったが、植草氏の事件も「国策捜査」であると指摘する声がある。これらのほか鈴木宗男氏、辻元清美氏、西村慎吾氏など、国策捜査と言われている事件に共通するのは、メディアによる異常ともいえるような情報操作だ。

 植草氏の場合も、まだ事実が明らかになっていない段階で、一方的に犯罪者と決め付け、植草氏を貶めるような報道が連日のようにテレビで報じられた。本人が言ってもいないことを言ったように伝え、なんの裏付けもない不確かな情報を、あたかも事実であるかのように報じていた。報道番組やワイドショーなどの司会者やコメンテーターと称する出演者は、一般の視聴者の代弁者のような口調で植村氏を誹謗中傷するような発言を執拗に繰り返していた。

 裁判が始まってからも、公判で審理された内容を正確に伝えず、故意に歪曲し、植草氏を貶めるような記事を書いていた一部のメディアもあった。特に、植草氏の無実を証言した、同じ電車に乗り合わせた目撃証人に対し、犯行があったとされる時間帯のあと、ウトウトしたという目撃証人の言葉をとらえ、「ウトウトしていて(植草氏が犯行行為に及んだか否か)見ていなかった」と断じたことは、著しく事実に反していると言わざるを得ない。

 植草氏は「偽装は偽りがさらされたときにはじめて偽装だと知らされる。偽装が露見するまで、偽装が本物として扱われる。偽装が怖いのはこの点である」と本書で述べている。

 小泉政権の行った経済政策の実態が徐々に明らかになり、小泉首相の唱えた「改革」がだれのためのものであったのか、多くの国民が気づき始めている。自民党惨敗という、参院で示された民意について、閣僚の不祥事や年金問題や政治とカネに対する処理に問題があったこと、また、「自民党にお灸をすえた」などととらえている意見もあるが、大企業や一部の富裕層を優遇する一方で、地方を切り捨て、弱者を切り捨てる小泉政権の政策を継承した安倍政権に対して国民は「ノー」を突きつけたのである。

 政治は弱い立場の人たちのためにある、との信念のもと、弱者切り捨ての小泉政権の経済政策を厳しく批判してきた植草氏がなぜ事件に遭遇したのか、本書を読めばその答えは得られるはずである。「偽装」を見過ごせば、ふたたび同じことが繰りかえされる。植草氏が本書で訴えているように、メディアの情報操作に惑わされず、1人ひとりが自分の頭で考えが、判断することが「偽装」を見抜く大きな手立てとなることを、いまこそ私たちは心して肝に銘じなければならない。

 なお、巻末資料の「真実」には、今回の事件や04年4月の手鏡事件に加え、98年の事件についても、その経緯について真相を明らかにしている。

 1人で多くの人が本書を読み、不当な理不尽と戦いながら、なおも勇気をもって発言を続ける植草氏の声に耳を傾けてくれることを願っている。

(ひらのゆきこ)

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2007年9月 5日 (水)

ネクタイをキーワードとして考察する(7)

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 この記事から弁護側が引用した時、検察官は異議として、それは何の証拠にもなってないと言い、裁判長は、引用されているのかもわからないし、実際にそういう記載があるのかないのかも確認のしようがないので質問を変えてもらいたいと言っている。検察官は該当記事が何の証拠にもならないと断定したが、内容は明らかに事件を直接よく知る者によってもたらされたものだ。しかし、証拠能力がないということは記載内容に問題があるということになる。記事中のネクタイをつかんで逮捕ということと、女の子が「やめてください」と言っていることは公判と一致しているが、その他の記述に不整合があるということなのか。記事中の「咄嗟のことで周囲は動かない」とか、逮捕者が「駅員さん呼んでください、と言ってもなかなか周りは協力しなかった」などということは公判と違っているが、こういう差異が検察側証言を阻害する要因だとは思えない。ではなぜ、この記事を検察が忌避したのかと言えば、おそらく記事中に「あってはならない記述」が盛り込まれていた可能性が高い。

 私は記事に記載されてはならなかった記述こそが、「でね、警察から金一封もらったんですって」という箇所に違いないと思うわけである。我々一般人は、金一封と言えばすぐにそれは賞罰的な意味での報奨金だと思うだろう。しかし、この場合の金一封はニュアンスが異なっていて、何か良いことをしたことへの礼金ではなく、長時間拘束して協力者に迷惑をかけたという意味でのいわば迷惑料に近いものだ。すなわち捜査協力へのお礼である。話を戻すが、もし記事に書かれたようにこの逮捕者が警察署から金一封を受け取っていたとすれば、この人物の身元と職場が固定化される。彼が一般人ならそれはプライバシー保持以外には何の問題もないだろう。しかし、もしも彼が国策捜査プロジェクトの一員ならば、マスコミやその他から彼に話を聞きたいという状況が持ち上がった場合、非常にまずいことになる。国策捜査ならば彼の身元は極秘にしなければならないからだ。ましてや「私服の男性」の逮捕者が警察官をさしていた場合、金一封はあり得ない事になる。繰り返すが、この日記が検察側の言い分を強力に補強することになるのであれば、審議に採用して当然だと思われるが不思議なことに即却下されている。採用されない理由の方に目が向いてしまう。

 この日記は他の媒体で一切取り上げられていない。普通に考えてみてもわかると思うが、有名な植草教授を捕まえた一般人という立場なら、ニュースバリューが非常に高いわけで、その逮捕者にマスコミのインタビューが殺到してもよさそうなものだ。ところがマスコミはこれについて一切触れていない。テレビのワイドショーならば、「この方が植草氏を捕まえたんです」と真っ先にインタビューに飛びつきそうなことを思えば、このやる気のなさは不思議である。マスコミは植草氏が不利になることなら何でも飛びついて報道を行なっていた時期である。しかし、その気になればMixiに書かれたこの逮捕者を調べ、彼の口から聞いたことを記事に書けるはずなのに、週刊誌でさえもこの人物に触れていないのだ。宮崎哲弥氏や橋下徹弁護士が堂々と植草氏の病的性癖論をぶっていた時期でもあったが、なぜかマスコミはこの記事に飛びつかなかった。この現象を逆から投射してみると、この記事内容には、国策捜査を仕組んだ側にとって、絶対に外に出したくない要素があるとしか考えられないのだ。それがおそらく金一封をもらったという記載なのだろう。当日、蒲田警察署にそのことに関して金一封の事実はあったのだろうか。

 以上が私の推論の概要であるが、私がネクタイをつかむことにこだわったのは、植草氏の容疑が都の迷惑防止条例違反であったことと、植草氏自身が暴れたり逃走したりする気配がなかったが、弁護側目撃者の証言を信じれば、車内では屈強な男が二人がかりで強制的に連れていったことが事実としてあるのだ。ところが公判で出された検察側の証言では、なぜか一人の男がネクタイをつかんで逮捕していることになっている。これに強い不自然さを感じた。要は、二人が強い力で制圧したこの連行形態が国策捜査の計画遂行を想起させるからである。それならば、二人という事実と植草氏の上半身が身動きできないほど強力な力で押さえつけられた状況を隠蔽する理由が成立するからである。


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ネクタイをキーワードとして考察する(6)

 植草氏は小泉政権が採用したマクロ的経済政策の誤導性と犯罪性を熾烈に指摘していた。当時の官邸筋の主要な人間、特に竹中平蔵氏は植草氏を政策遂行上の最大の天敵とみなしていた。なぜなら、竹中氏こそが「年次改革要望書」実現の最大の功労者だったからだ。言葉を換えて言えばアメリカの走狗的存在の第一人者である。竹中氏がテレビの経済政策論争で唯一勝てずに避けていたエコノミストがいる。それが植草一秀氏であった。竹中氏は植草氏との論争を努めて回避していた。なぜなら彼は植草氏に完全に打ち負かされてしまうからである。アメリカに魂を売った者と、国益と庶民の幸福原理を念頭に置く者との真摯さの差異とでも言おうか。植草氏の瑕疵のない論旨に竹中氏の水準では歯向かうこともできないということだ。竹中氏が植草氏を嵌めた国策捜査の首魁だとは言わないが、国策捜査という大きな策謀的デザインから言えば、彼にとって植草氏の経済分析・政策分析は最も大きな阻害要因であったことは間違いない。

 もう一度話をネクタイの件に戻すと、第二回と第六回の公判に出た検察側証言者が植草氏のネクタイをつかんだことに言及しているが、冒頭に説明したように、この状況はMixiで、事件の2日後の9月15日の深夜1時9分、逮捕者の同僚と名乗る人物によって、「84a2さんの日記」と題したブログで語られている。
 
 「とりあえずは教授捕まえて次の駅で突き出そうとして、ネクタイぐいっと引っ張って行ったらしいですが、云々」

Mixiのブログに描かれた逮捕状況が、第二回公判の目撃証言と、第六回公判の逮捕者の証言と奇妙に一致していることは、このブログの作者がその事件に関する情報を仕入れていることは確かである。しかも作者は最後尾で、「この日記は当事者の方に許可を得て書いています☆」と明記してあるのだ。これは憶測では書けない内容である。しかし一番不思議なのはこの記事に書かれた逮捕状況が「ネクタイをつかんで」というところにある。車両内の逮捕状況を整理すると、検察側証人の語るものと、弁護側証人の語るものが二つに分かれている。

 (1)検察側証人は二名とも、一人がネクタイをつかんだという逮捕状況を語る 

  (2)弁護側証人は二人の男が、上体が身動きできないほど強い力で取り押さえたと語る(ただしネクタイには言及していない)

 Mixiの記事の作者はこの二つの筋のうち、(1)の検察側証人の語る内容に合致している。すなわち、車両内では一人がネクタイをつかんだと書いているからである。逮捕者の職場の同僚であるということと、当事者の許可を得て書いているということを見ればこの記事が検察側証言の相当に有効な補強材料となるはずである。ところが公判ではなぜかこの記事が採用されなかった。採用されない理由を考えてみると、この記事の出所が国策捜査の初期プランを考えた者たちから出たという推測が出てくる。それは、偽装事件が発生した当初、この記事は事件をもっともらしく見せるために補強的に役立っていたのではないだろうか。この記事は、初期報道でマスコミが偏ったイメージを世間に怒涛のように植えつけたこととまったく同様の意図が働いて、補強的にネットに出されたものと思えるのだ。

 Mixiの当該記事に関するその疑惑は、もちろん私個人の憶測であるが、そうすると、このブログがいつも間にか非公開になり、当該記事が公判で採用されなかった理由がおぼろげに見えてくる。記事の内容に公開を継続してはまずい記述があるのではないだろうか。

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ネクタイをキーワードとして考察する(5)

  さて、ここで再びネクタイに話を戻そう。この逮捕劇が通常の痴漢逮捕の状況だとすると、まったくありえない連行行為だとは断言できないが、少なくとも上述の意味ですこぶる異様である。ホームでの連行途上、植草氏は女の子と話をさせてくれと何度も言っているが、電車内では大人しくしていた。逃亡の気配さえなかった。この状態で、江戸時代の下手人捕縛のような二人がかりの完全制圧はやはり常軌を逸している。このような逮捕状況に論理的必然性は感じられない。繰り返すが植草氏の容疑は強制わいせつ罪ではなく、都の迷惑防止条例違反である。しかしながら、彼らはあまりにも強い周到性と計画性に沿って動いているように見える。二人の検察側証言者による公判証言録によれば、この異様な逮捕事実をそのまま発表することを努めて避けているように思う。そこで彼らは車内では一人でネクタイをつかんだという話にすり替えたのではないだろうか。これなら植草氏の無抵抗な態度と合致するからである。検察側証人がネクタイにこだわったのは、屈強な二人が強制的に制圧したというイメージを避けたからである。これは国策逮捕の事実から世間の目を逸らすためだったのではないのか。もちろんこれは私個人の推測であるが、これを読まれている皆さんも、力の強い大の男が二人で取り押さえたという事実を伏せて、ネクタイをつかんだという表現に故意に変えている事実を考察してみて欲しい。ここで、もう一つ参考になる材料を提供しよう。それは第二回公判の目撃証人が車内で植草氏を逮捕した者を「私服の男性」と思わず語った事実である。「逮捕」という能動的行為にいたる人間を「私服」という言葉で表現すれば、私に限らずダイレクトにその男性が私服の警察官ではないかと考えてしまうだろう。

481 T証人 車両の前方の方から私服の男性があらわれて、女子高生に話しかけました。

 私服の警官が都合よく電車に乗り合わせていたのだろうか。私は、そのことよりも、この検察側目撃証人が逮捕者を私服と形容したことに強くこだわりを持つ。同時に、植草氏を逮捕した二名のどちらかの連れのように見えた女性の存在が、弁護側証人によって目撃されていたと言う事実がある。これらを冷静に鑑みると、偽装事件を成立させるために、複数のスタッフが植草氏の近くに待機していたように連想せずにはいられないのだ。

 植草氏を貶めるために国策逮捕という偽装事件の計画が存在した。犯罪名は過去の二度の事例を引き合いに出して、三度目の同質性を持った事件に仕上げることだった。植草氏の人間性を貶めるために最も適した罪名が「迷惑防止条例違反」だった。これなら彼の病的性癖による事件として世間にイメージを固定化できるからである。卑劣な性癖を持ったエコノミストというレッテルを貼れば世間は彼の言説に耳を傾けなくなる。国策捜査の目的は、標的にした者の犯罪を立証することよりも、標的の信用度や名誉を剥奪することにある。そしてこれはマスコミによる初期の土石流のような報道洪水で半ば成功している。権力と結託したマスコミの個人攻撃と、公判で露呈された事件関係者のさまざまな矛盾によって、これが政治的背景を有した国策捜査であったことがよく見えてくる。加えて、8月21日の最終弁論においても、マスコミは弁護側目撃証人に関する弁護側主張をまったく報じていない。このマスコミ報道の露骨な非対称性こそ、植草氏の事件が紛れもない国策捜査であることを物語っている。弁護側証人に関してマスコミがやったことと言えば、一部マスコミによる「痴漢被害を居眠りしていて目撃していなかった」という虚偽報道だけである。しかも最終弁論でその誤報が明確になったにもかかわらず、マスコミはそのことにはまったく触れていないのだ。初期報道からしてその形は露骨に出ているが、今の段階においてもマスコミは、植草氏に有利な情報は一切報じない。この異常な偏向性にこそ、権力と結託したマスコミの深刻な堕落が見えるのだ。

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ネクタイをキーワードとして考察する(4)

 考えてもらいたいのは、植草氏の上の記述及び第九回の弁護側証人の証言、この二つの証言と検察側が用意した二人の証言とのギャップである。最も大きな差異は逮捕状況であろう。つまり、植草氏や弁護側証人は、ほんの少しの時間差はあるが、ほぼ同時的に二人の逮捕者に押さえつけられたと言っており、ネクタイをつかんだことには言及がない。一方、検察側の証人は車内における逮捕者はあくまでも一人であったことと、ネクタイをつかんだということが強調されている。植草氏が逃げないように確保する状態が、ただネクタイをつかむだけというのは、かなりの不自然さを感じる。二人で植草氏の両腕や肩、あるいは腰のベルトをがっちりと掴むことの方がはるかに合理的である。格闘術を身に着けていない一般人でも、犯罪者を逮捕する時は両腕の自由を奪うことを考えるだろう。人間は自分の身を守る本能から、相手からの不意の攻撃を封じる最も効果的な手段が、両手の自由を封じることにあるのは自明の理だ。ネクタイをつかむ行為は犯罪者確保の視点から見ても非常に不自然だ。連行が目的の場合、逃げられないことと、自分が攻撃を受けないことを念頭において、相手の両腕の制圧を考えることが普通である。一人でネクタイだけをつかんで連行するという行為がいかに不合理であるかよくわかるだろう。

 ではなぜ、「ネクタイをつかんで」というこの不合理な逮捕行為が公判で証言されているのだろうか。端摩憶測と捉えられてもかまわないが、私は「ネクタイ」が国策捜査のキーワードになっていると考えている。逮捕者について事実を正確に伝えているのは、植草氏本人の供述と第九回公判に出た弁護側証人の目撃証言である。この両者に共通するものは、二人の逮捕者が有無を言わせない強力な力で植草氏を制圧しているという点だ。彼らの語る逮捕状況にネクタイは出てこない。これが実際に起きたことであり、犯罪の有無は別にして、純粋に逮捕行為という観点から見ればこの捕らえ方は合理的である。次に、車内での逮捕者の数について、検察側証人はどうして一人だったと説明しなければならなかったのだろうか。一人がネクタイをつかむという行為は、膂力(りょりょく)のある二人が協力して植草氏を制圧的に押さえたというイメージとまるで正反対である。

 この理由を推測してみると、それは植草氏の起訴理由が「迷惑防止条例違反」ということにかかってくると考える。もし植草氏が刃物を持って車内で人を切りつけたり、暴れたりしたなら、二人の屈強な男が彼を制圧することは充分に考えられる。しかし、女子高生の尻にさわった嫌疑だけで、ろくに事情も聴かずに大の男が二人がかりで制圧する光景はこのうえなく異様だとは思わないだろうか。被告人が暴れもせず、強い抗議もせず、逃げる気配もまったくなかった状況で、男二人が身動きできないように取り押さえる必要がいったいどこにあるというのだろうか。植草氏自身は厄介なことにかかわりたくない、騒ぎに巻き込まれたくないという心理から大人しくしていたと言っている。しかし、その場での植草氏の佇まいは別にして、私はこの二人の唐突とも言える野蛮な制圧行為には確たる目的があったのではないかと推測している。

 これも端摩憶測であるが、この二人はホームにおいて、植草氏の抗議を他の人間に聞かせたくないために、植草氏を駅事務室まで強引に、そして可及的速やかに連れて行く必要があったということだ。植草氏は著名人である。ホームで抗議や弁明の時間を与えると、周囲の人間に注目され、植草氏が第三者によって強く印象に刻まれてしまうかもしれない。要はホームにいる人々には逮捕されている人間が植草氏であることをなるべく知られないように急いだものと思える。もう一つは、女の子と植草氏が押し問答した場合、それは非常に周囲に目立つから、一緒にいる逮捕者たちは周囲の目に自分たちが目撃されることを避けたのではないだろうか。植草氏の意見陳述書では、「強烈な力で押さえつけられ」という表現を二度も使っている。推察すると、この二人は最初から植草氏に女の子と話をさせるつもりは毛頭なく、できる限り早く駅事務室に連れて行こうという強い意志を持っていた。

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ネクタイをキーワードとして考察する(3)

 さて、上記の速記録と、例のMix記事とを対比させてみればお分かりと思うが、両者には否定しがたい類似性がある。特にネクタイを掴んで連行したという箇所はそのものずばりである。私は本ブログに書いた「国策捜査を疑わせる箇所を考察する」という記事で、ネクタイをわしづかみにする連行は不合理だと考察した。その理由として、ネクタイをつかむ行為の象徴的な意味を考えると、その行為は人間に対する侮辱である。それは逮捕者側に被疑者が確実に犯罪者だという強い確信がなければ、人間としてこのような屈辱的な取り扱いはできないと思うからである。首に巻かれたネクタイをつかむ行為は、人間が家畜や動物を連れ回す時につかう首紐や頚木(くびき)のイメージがある。容疑段階の人間にこのような非人道的な扱いをする権利があるのだろうか。もしあると考えるのなら、犯罪を確信した警察官か刑事であろう。また被疑者が駅事務室へ行くことを承諾している場合なら、なおさらネクタイをつかむ形は取るべきじゃないだろう。自分の場合に置き換えて考えるとよくわかる。自分が痴漢に間違われ、弁明の機会も与えられないまま、強引にネクタイを掴まれてどこかへ引き連れて行かれたらどう思うだろうか。このような人間の尊厳を冒涜する行為が間違いでしたで許されるものだろうか。

  もう一つの理由は、視点をまったく変えて、ネクタイをつかんで連行する行為の実践的な不合理性についてである。第二回公判の目撃者と第六回公判の常人逮捕者の証言が、植草氏のネクタイを掴んだという状況説明では完全に一致している。しかし、よく考えて欲しい。我々一般人が考えても、この逮捕状況は非常に奇妙だと思わないだろうか。つまり、被疑者の犯罪を確信した有意の一般人逮捕者が、ネクタイをつかんで連行するという行動自体が非常に不可解なのである。なぜならどのような罪を犯した犯罪者であっても、逮捕のあとに、その犯罪者の両手を自由にさせたままで、ネクタイだけを掴んで連行するという状態は逮捕術の原則から言って不合理である。普通は犯罪者が暴れないように、両手を後ろで固定するように保持するのではないだろうか。もし有意の一般人がもう一人協力したなら、二人で左右の腕と肩を分担して確保すればいい。植草氏自身は記憶が曖昧ながらも、その意見陳述書で、駅事務室まで連行したのは二人だったと書いている。しかも、その確保状況は「強烈な」という言葉を二度も使っているし、上半身がまったく身動きできないほどだったと述べている。その記述から、植草氏はかなりの膂力(りょりょく)で両手、上半身の自由を奪われていたことがわかる。

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突然私は左側とうしろ側を誰かに強く掴まれました。自分が犯人に間違われたと思い、がく然としましたが、自分が人によく知られている身でしたので、ここで騒ぎにしたくないと思い、大きな声も出さずに駅に到着するのを待ちました。

 駅に着いたら、女性に事情を聞き、私が無関係であることを理解してもらわなければならないと思っていました。  駅について、当然その女性と話ができると思っておりましたが、おそらく二人だったと思うのですが、私を掴んだ人たちが強烈な力で私を押さえつけて、事務室の方向へ連れて行きました。途中で私は何度も「女性と話をさせてくれ」と言いましたが無視され、上半身が全く身動き出来ないような強烈な力で押さえられ、駅事務室の左側の小さな部屋に私一人だけが、連れてゆかれました。

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ネクタイをキーワードとして考察する(2)

植草氏が京急電車内で一般人に逮捕され、蒲田署に勾留されたのが9月13日である。一方、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の代表的会社であるMixiのある会員が、上図の記事を、なんと2日後の9月15日に公表しているのだ。2日後とは言っても、時間を確認すると実際はほぼ1日後に書いている。当時、私も Mixi の会員になったばかりで、このページは直接Mixi 上で見ている。9月13日の事件の翌日、9月14日の植草氏逮捕のニュースを観て、私は直観的にこれは国策捜査だと確信し、『植草一秀氏の二度目の逮捕はまたもや国策捜査の疑いがある』というタイトルで速攻の記事を書いた。しかし、その翌日に、植草氏を捕まえた男に関する上記の記事がネットに出たので、私はかなりのショックを受けた記憶がある。なぜなら、その男からかなり生々しい逮捕状況が語られるだろうと考えたからだ。上記のMixi記事は、植草氏を捕まえて駅事務室まで連行した男性と同じ職場の同僚が書いた記事ということであるから、逮捕者当人は普通の会社員であり、近々にも、テレビのワイドショー等の取材などで当人から仔細な逮捕状況が聴けるかもしれないと思った。しかし、マスコミはこの男をいっさい取り上げず、Mixiの上記の記事もいつしか閲覧できなくなっていた。

 その記事を見てから約三ヵ月後、第二回公判に事件を目撃した人が証言台に立ち、同様に事件から約半年後の3月28日の第六回公判に、一般人の逮捕者(常人逮捕者)が証言に出てきたのだが、実はこの両者の語る証言内容と、上記のMixiブログに書かれた内容に、偶然の一致と言うにはあまりにも酷似した内容があることに大変驚かされる。ここまで逮捕状況が酷似していた場合、これが偶然の一致ということはあり得ず、Mixiブログの作者が何らかの形で事件に繋がっていることは明らかだ。記事の作者は、逮捕者が通う職場の同僚女性のように書いているが、はたしてこの記事の真の作者は誰なのだろうか。その前に、その記事が検察と裁判長によって取り上げられなかった経緯を第六回公判の逮捕者K氏の証言録から示す。

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501弁護人3 ホームに着いてから、「駅員さんを呼んでください」といったけれども、周りの人は協力しなかったということはありましたか。

502K証人 いえ、ありません。

503弁護人3 証人は事件のことを、その後、勤務先の同僚の方に話したことはありませんか。

504K証人 あります。

505弁護人3 その人がインターネットのホームページにそのことを書いているのはご存じですか。
 
(※ 職場の同僚女性はMixiでこう書いている。 → いろいろ誰かに聞いちゃいました。その時は「植草」って名前を聞いても気付かなかったんです。)

506K証人 知りません。

507弁護人3 実はそこには、ホームに着いてから「駅員さんを呼んでください」といったけれども、周りの人は協力しなかったということが……。

508検察官1 異議です。それは何の証拠にもなってないと思いますから。

509神坂裁判長 引用されているのかもわからないので。実際にそういう記載があるのかないのかも確認のしようがないので、質問を変えていただけますか。

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裁判長が「引用されているのかもわからないし、実際にそういう記載があるのかも確認のしようがない」と言っているが上記の記事が出たことは事実である。そこには第二回及び第六回公判に出た内容と奇妙に一致している箇所がいくつかあるのだ。そのそっくりな部分なのだが、それはネクタイを掴んで連行したとなっている箇所、そして植草という名前を確認していたという箇所である。まず、公判で語られた二人の証言録から、「被告人のネクタイ」に関する部分、そして植草という名前を確認した部分を取り上げてみる。

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(1) 第二回公判における目撃者によるネクタイに関する箇所(速記録より)

493T証人 話しかけた男性がおじさんのネクタイをつかみました。

526検察官1 痴漢行為を働いていたおじさんは、どういうふうにして電車からおりていきましたか。

527T証人 ネクタイをつかまれたままおりていきました。

(2)第六回公判における一般人の逮捕者の語るネクタイ、その他について

389弁護人2 あなたは具体的にどういう行動をとったのですか。

390K証人 その男性に並んで男性のネクタイを左手でつかみました。

391弁護人2 あなたがその男性のネクタイを左手でつかんだときというのは、電車のドアからおりる直前ということですか。それとも、まだ駅に着いて、例えば電車内にいるときなんですか。それともおりる直前ですか。

392K証人 直前というのがどのぐらいかわからないのですけれども、とまり切ってなかったかもしれませんが、それほど長くはない、ドアがあくまでの時間は。

393弁護人2 あなたがその男性のネクタイをつかんだのは、ドアの近くですか。それとも、ドアから少し離れた場所ですか。

394K証人 ドアの近く。ほかの乗客はもうよけてくれていたので、ドアに向かって先頭で2人並びました。

715弁護人1 それからもう1点、男性のネクタイをつかんだという説明なんですが、ネクタイのどの辺をつかんだんですか。

716K証人 ネクタイの真ん中辺を、細い方、太い方両方、同時につかみました。

717弁護人1 首から垂れ下がっているネクタイ、これのちょうど真ん中あたりですか。

718K証人 そうですね。みぞおちあたりです。

719弁護人1 太いのと細いのがありますけれども、これを一緒につかんだということですか。

720K証人 はい、締まらないように両方つかみました。

747大村裁判官 あなたは電車をおりるときには被告人のネクタイを持っていたということなんですけれども、これはいつまでということですか。

748K証人 事務室まで。

808K証人 電車が着くのを待っている間か、おりる直前にネクタイをつかもうとする動作のときか、ローマ字の字体で「Uekusa」と書いているのが見えまして、ああ、そういう名前の人なのかと。

(※Mixiブログの記事  → 色々細かく聞いちゃいました。その時は「植草」って名前を見ても 気づかなかったんですって。)

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ネクタイをキーワードとして考察する(1)

  植草氏が巻き込まれた痴漢事件は、通常の意味合いにおける冤罪ではありえない。これは公権力が行なったれっきとした国策捜査事件なのである。その最大の理由は、植草氏のけっして手を緩めなかった小泉政権批判と、りそな銀行にかかわるインサイダー取引疑惑という政府絡みの金融犯罪の可能性を指摘したことである。これに呼応するかのように権力筋に掌握されたと思えるマスメディアは、植草氏が巻き込まれた事件について、異常な偏向報道を行なった事実がある。この報道の特徴は植草氏がまだ容疑段階であるにもかかわらず、彼が常習性を持った病的痴漢性癖者のように扱ったことだ。ここには著名人が痴漢をしたという話題性をはるかに超えた底知れぬ執拗な悪意、そして攻撃性があった。

 ネットを除くほぼすべての報道媒体は、植草氏があたかも確定的な犯罪を行なったかのように一様にセンセーショナルに報道した。この異常な過熱報道は植草氏という個人の人権を著しく毀損ずるどころか、マス・メディアの犯罪とも言える暴走的体質を示した。植草氏の弁明を完全に無視したまま、事件を伝えた警察も、マスコミも、完全に良識とバランス感覚を逸した報道を行なった事実が、この事件に対する彼らの異常なこだわりがあったことを物語る。マスメディアがこの事件に示した異常なこだわりとはなんだろうか。それこそが公権力と結託したメディアが国策捜査の片棒を担いだという紛れもない事実なのだ。つまり、時の政府が、国民をだましながら誤導的国策を行なっていた事実があった。これを鋭敏に見抜き熾烈な政府批判を敢行した有識者を、国家がマスコミと官憲を使って狙い撃ちしたのが、植草氏に関わる事件の真相なのである。すなわちこれは国策捜査であり、植草氏は紛れもなく無実なのだ。

さて、本題に移ろう。第二回及び第六回公判で、検察側証人の語った逮捕状況に奇妙に類似したブログ記事が存在する。強いて言うなら、これは類似というよりも、その記事自体が検察側公判証言のプロット・モデルとして先行していた観があるのだ。何と、その記事は植草氏逮捕の2日後にインターネットのブログに出ていたのである。この記事が先行的な指標となって公判が行なわれたというのは奇妙な言い方であるが、冷静に考えるとまさにそのように思える決定的な類似性が存在する。私がいまだに不可解なのは、逮捕状況を克明に補完すると思われるその記事を弁護側が提示しかけたにもかかわらず、なんとそれは裁判長によって即座に却下された。それは公判に時間を掛けたくないという意味なのか、あるいは別の思惑が存在するのかよくわからないが、その記事の証拠能力を否定されたことで、却ってその記事と公判証言録との類似性が強調された結果となったことは注目に値する。

 公判録を読むと、その記事が採用されなかったというよりも、検察はその記事が出ることを慌てて忌避したようにも見える。その理由を考察してみると、この事件が冤罪よりもはるかに根深い性格を持つ、公権力による国策捜査を浮かび上がらせる結果となった。審議不採用になったその記事は、内容が証拠としてに不適格ということになるのだろうが、そうであるならば、そこに描かれる逮捕状況が、検察側証人二名による逮捕状況の描写とあまりにも酷似する事実をいったいどのように説明すればいいのだろうか。私はそこに検察側の深刻な苦慮を読み取った気がした。この記事は国策捜査を計画した側が、9月13日の京急事件の事実性を補強するために仕組んだものではないだろうか。ところが、彼らの補強を目的とした思惑とは別に、公判内容はこの記事の内容とは若干不整合な進展をたどったのである。その結果、週刊誌「女性セブン」の「植草氏は七回も示談を行なっていた」という事実無根の勇み足報道と同様に、このMixi記事も彼らは採用できなくなっていたのである。以下にそのことを説明していく。

 ともかくはキャプチャーとして残っていたMixiの記事を読んでいただこう。

Mixi


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