日本経済復活の会に出て
◎積極財政論に見える日本再生への真摯な思い
昨日は、毎月一度開催されている“日本経済復活の会”の講演会に行ってきた。私は地方にいるので毎回は出席していないのだが、ここに講師として招かれる先生の顔ぶれで、どうしても聴いてみたいと思う方の場合は、万難を排して行くことがある。毎回裏切られることはない密度の濃い講演が行なわれている。今回は新党大地の衆議院議員、鈴木宗男氏の話を拝聴した。鈴木氏はパワーのあるお人であった。彼はただパワーだけではなく、一昔前にはごく当たり前だった日本人の類型的な“情”を感じさせる人だった。強烈ではあるが、日本人らしい日本人である。この人が今ではごく稀少なまともな政治家である所以は、“政治の要諦は富の偏りをなるべく均一にして国民に享受させることだ。そのためには国にしかできないことがある”という意味のことを断言したからだ。政治にはこの姿勢が不可欠だと管理人は思っている。この感覚はけっして変わったものではなく、古くは大塩平八郎、近代では高橋是清のような経世済民思想に基づいているからだ。
鈴木氏は2002年に“やまりん疑惑”で受託収賄罪で逮捕されたが、これは植草一秀さんと同様に間違いなく国策捜査である。鈴木氏の場合は事件そのものを徹底否定したために、437日間勾留されたのだ。今はそのことは書かないが、彼を支えたのは奥さんと娘さんの励ましであったそうだ。彼の強靭な意志力でさえ、家族の支えなしでは耐えられなかったかもしれないということを語られていた。それを思うと、植草さんもよく耐えてこられたと感じる。鈴木氏の話が非常に迫真力に満ちていて惹きつけられた。会場に来ていた人は感動していた。主に語られたことは、日本が政治にしても、社会のあり方にしても、アメリカ型にはなじまないということだった。特に政治は小泉内閣になってからがらりと変わり、それはアメリカ型の新自由主義になった。その新自由主義は、あえて鈴木氏に言わせれば“ハイエク”型であり、強いものがより強くなって弱者を牽引し、やがては社会全体の活力を底上げするという構造を持ったと言う。
しかし、こういう形は日本にはまったく合わないと鈴木氏は言った。管理人自身はハイエクなる人の考え方は、図書館で借りた“隷従への道”しか読んでいないが、小泉政治はどちらかと言えばミルトン・フリードマンに近い感じがする。要はどちらにしても、新自由主義(新古典主義)は、日本の文化や伝統にはまったくそぐわないと鈴木氏が語ったことは大いに賛同できるのである。今の政治家は自公・民主に限らず、この新自由主義的な色合いに染まった連中が大勢いると思う。彼らが新自由主義を意識していなくても、その理想とする政治モデルが、無意識裡にアメリカ型新自由主義にあるのは明白だ。東京裁判史観の無意識なる受容のせいで、アメリカを客観的に批判する視点を持てないということである。戦前の日本人なら絶対に新自由主義の浸潤を許すことはなかったはずだ。日本人は敗戦ショックと東京裁判によって、アメリカのものの考え方をデフォルトで受け入れてしまう意識の型をもってしまった。戦後民主主義がその端的な証左である。結果的に見れば、国民が小泉政治なる非人間的な悪政を許容してしまった深層には、東京裁判史観の暗くて深い病理的な桎梏を日本人が有しているからだ。
私(管理人)からすればフリードマンやハイエクは、わかる範囲で言うなら非常に生き生きした経済の感覚からバイアス(乖離)した、言わば狂信的カルト教義のような面持ちを持つ異常な考え方である。ここにはアナーキズムの無機的な世界しかなく、人間の生活を感じさせるリアルな息吹や、社会の多様性、伝統構造はすべて無視されているように思う。思想的に言うなら関岡英之氏の言うごとく、この世界観は明らかに極左急進的無政府主義である。ここには鈴木宗男氏の言うように“情や家族の絆”が欠落しているのだ。また、鈴木氏は今、国会で証人喚問に呼ばれた守屋元防衛事務官について、彼の味方をするわけではないが、今は一民間人となっている者を国会の証人喚問に呼ぶことには大いに疑問だと言った。国会は裁判所ではない。まさに質問者が検察官になっているようで異様であると言った。管理人もそう思う。裁判所があるわけだから、政策論議を行なう場である国会が公判法廷になってはいけないと思う。証人喚問制度は考え直した方がいい。鈴木氏はこうも言った。普通、私のような目に遭った人間はその社会的復活はおぼつかないが、私が政治家に復帰できたことは北海道の人たちの暖かい心と、全国の多くの支援者さんの力が働いたからだと言った。私はこれは政治家特有のリップサービスではなく、本当にその通りだと思った。なぜなら鈴木氏の逮捕勾留は国策捜査だからだ。国民が彼を信じている場合、いかに国策捜査であろうとも充分に名誉回復は可能だという一例だと思う。
鈴木氏は日本人らしい政治家だと思う。彼のことを抵抗勢力だと言って、バラマキの温床的政治家だというレッテル貼りが横行しているがとんでもない話である。正統的ケインズ型政治家である鈴木氏をバラマキだと捉える感覚そのものが、明白な新自由主義の観点なのだ。小泉政治によってガタガタに傷つけられた日本の社会は、鈴木宗男氏のような政治感覚を取り戻さないと崩壊の道をたどることは必至である。小泉政治を否定するなら、新自由主義そのものを否定し、日本は家族の絆と共同体的結束の重要さを見直す時期に来ていると思う。
また定例会には日本経済復活の会・会長さんである小野盛司氏の積極財政論の話があり、今回は彼の新刊書“日本はここまで貧乏になった”にちなんで、小泉政治の深刻な間違いをグラフを用いて説明した。また10月26日の朝日新聞(首都圏だけ?)一面を使って、緊縮財政がいかに駄目であるか、小渕政権が行なった積極財政がいかに日本経済を盛り上げたかを的確に説明していた。管理人はもう少ししたら、小野盛司氏の“日本はここまで貧乏になった”の書評を本記事で書こうと思っている。
日本経済復活の会の講演は、堅苦しい雰囲気はいっさいなく、端的に言って非常に面白い内容である。正直私は一度も裏切られたことがない。そのつど新しい鶏鳴的な触発を得ている。来場できる方は会場に来てもらって、積極財政論に強く内在する日本再生の心を感得していただきたい。
日本経済復活の会
http://www.tek.co.jp/p/index.html
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