国の借金を返した5つの例(小野盛司)
(※日本経済復活の会 会長 小野盛司氏の記事、第二十六弾です)
http://tek.jp/p/
財務省の発表によれば、2007年度末で、日本の国と地方を合わせた長期債務残高は773兆円で、GDP比では148%となっている。このように一時期債務残高のGDP比が上昇したが、それを低めることができた5つの例について、具体的に何がGDP比を低めたのかを調べてみよう。データは米山秀隆(2003)とOECD(2007)から引用する。
イギリスの対フランス戦争であったナポレオン戦争(1793~1815年)後、イギリスの政府債務は大きく累積し、政府債務比率(国債残高/国民所得)は210%(1818年)に達した。これを減らしたのは、産業革命による工業力の飛躍的向上がもたらした経済の発展であった。1891年までに債務比率が8割も減ったのだが、その要因が2つある。一つは国債残高が少し減ったこと。それよりもずっと大きい要因は国民所得が4倍にもなったことだ。
②第一次大戦後のドイツ
ドイツは第一次大戦の敗戦によって、1921年のロンドン会議によって1320億マルクにものぼる多額の賠償金の支払いを課せられた。これは当時のドイツのGNPの20倍であったということで、債務/GNPは2000%ということになる。しかも債務も国債発行残高ではなく、外国からの借金というわけである。このような巨額の借金の返済に、増税ではとても無理で、通貨を乱発するしかなかった。結果としては価値ある物は外国に持ち去られ、物不足と金余りで、ハイパーインフレになった。1924年にはドイツが毎年支払う賠償金は現実的な額まで削減され、政府も強力な引き締めを行った結果、インフレはピタリと止まった。
この例では、インフレにより名目の国民所得が増加し、政府債務は事実上消えてしまった。もちろん、インフレが収まった後、通貨の信用は回復したわけで、ハイパーインフレの続いていた短い期間のみが通貨の信用が失われただけである。
③第二次世界大戦後のアメリカ
第二次世界大戦後の1945年、アメリカの政府債務比率(政府債務/GNP)は110%に増加していた。国債市場に混乱が起こらないようにするため、第二次世界大戦中の1942年に連銀と財務省が、国債の買い支えを行って金利が一定水準を上回らないような措置をとることで合意した。この結果国債の利回りは2.5%以内の水準で維持された。1965年には政府債務比率は36%にまで下がった。
政府債務は3%増加したものの、名目GNPが3.2倍になったために、政府債務比率はここまで下げることができた。つまり名目GNPの増加率のほうが、債務の増加率よりはるかに大きかったために債務比率は大きく下がったというわけだ。
④第二次世界大戦後の日本
戦後、1944年には政府債務比率(政府債務/GNP)は189%に達した。これは軍事費の調達を国債発行に頼ったからである。国債の日銀引き受けにより日銀券が大量に発行されただけでなく、戦争で生産設備を破壊され物不足になったためにハイパーインフレとなり、国の債務はほぼ帳消しになった。ただし、1949年にドッジラインを実施し、緊縮財政に移ってからインフレは一挙に収まり円の信用は回復した。
⑤イタリア
1998年にはイタリアの債務のGDP比は132.6%であった。これは社会保障費の増大によるものであった。EU通貨統合という外圧により、財政再建の取組がなされた。その結果2007年には債務のGDP比は116.9%にまで減少している。この間、債務は24%増加しているが、名目GDPは41%増加し、債務以上に増加したため、結果として債務のGDP比は減少した。
以上、5つすべての場合で共通して言えることは、債務のGDP比が100%を超えるような場合、債務を減らすには、GDP(GNP)を増やすしかないということだ。債務を減らしたことが主たる要因で債務のGDP(GNP)比が減った例はない。①のみが債務を僅かに減らしたことが債務比率の減少に貢献しているが、債務比率の減少への貢献度から言えば、GNPの増加のほうが約4倍大きい。それ以外の4つの場合はすべて政府債務は増えているが、それ以上に名目GDPが増えたために、結果として債務のGDP比が減っている。このことから結論されることは、日本は今は債務を減らすことを一旦棚上げし、景気対策をしてひたすら経済成長率を高めることに専念すべきだということだ。行き過ぎたインフレにする必要はなく、インフレ率の上限を若干高めに設定し、名目成長率を高める努力をすれば、実質成長率も高まり、暮らしも豊かになる。その際、国債市場に混乱が起こらないようにするため、1942年にアメリカで行われたように、国債の買い支えを行い、国債の下落を防ぐようにするとよい。円の信用は落ちることは考えられない。(小野盛司)
米山秀隆(2003) Economic Review 2003,7
OECD(2007) OECD Economic Outlook No.82 (2007)
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(日本に希望を与える信念の男、城内実)
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コメント
JAXVNさん、こんにちは。
>「インフレ=日本の終わり」のように言い
>続けられていたこと自体が、すでに詐欺で
>あったのではないかと思います。
まったく同じことを考えていました。思い起こ
せば、インフレがいかにも有害で一度おきてしま
うと収束不能であるかのような論調の話は度々聞
いています。でもおっしゃるようにインフレで滅
びた国はありません。対処法がきちんとあるのに
打つ手がないような印象を与えていますね。
考えて見ますとこの長期デフレで持ちこたえて
いるのは日本が潜在力が強いからなんですね。こ
れが他の国だったらとっくに亡国の憂き目に遭っ
ていたと思います。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年2月15日 (金) 12時08分
こんにちは。
私はずっと疑問に思っていた事があります。財政出動で景気対策を行うことに対して「超インフレが起こる。円が紙くずになる。」と言う人がいます。もう10年以上も言い続けている人もいます(その人の場合、「二年後に超インフレが起こる」と言い続けてもう10年になるわけですが。政府が「来年デフレは解消する」と言い続けて7年たった事と似ていますね)。しかし「超インフレの結果どうなる。」という事は「超インフレ論者」の人からは聞いた事が無い様に思います。考えてみれば「超インフレ」で滅亡した国はありません。小野会長が例に挙げている「第一次世界大戦後のドイツ」も、「天文学的賠償」が現実的なものに引き下げられた事でインフレは収束し、その後ナチスの「ケインズ的政策」で高度成長を成し遂げます。ベンジャミン・フルフォード氏も以前「日本がアルゼンチンになる」という内容の本を書かれましたが、その当のアルゼンチンも別に滅びたりはしていません。今「超インフレ」が起こっているのはジンバブエだそうですが、これはインフレが起こっているのに「白人農園の接収」を行って生産をさらに絞る、という明らかな失政が原因です。インフレはすでに治療法が確立されているのです。「インフレ=日本の終わり」のように言い続けられていたこと自体が、すでに詐欺であったのではないかと思います。
投稿: JAXVN | 2008年2月15日 (金) 08時33分