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2008年5月31日 (土)

誰がために金は成るのか? 国の借金500兆円は誰のために使われた?(いかりや爆さん第6弾)

6)誰がために金は成るのか? 国の借金500兆円は誰のために使われた? 

 内閣府5月16日発表の統計表によれば、1997年と2007年のGDP(名目暦年)はそれぞれ、515.2兆円と515.6兆円である。この11年間の日本の経済成長はゼロだったことを示しています。

 財務省公表の資料によれば、今年3月時点の国の借金の合計は849.2兆円になっている。
 11年前の1997年3月末は355.1兆円です。この11年間で、国は借金を約500兆円増やしたことになります。前代未聞の巨額のマネー500兆円を使っても、まったく経済成長をしなかった。世にも不思議なことがあるものです。

 このシリーズ第3回多重債務者「おちこぼれ」ニッポンでは、GDP上位60カ国中、1995~2006の日本の経済成長はマイナス(ドル表示)だったこと、それもずばぬけて低い。統計的な検定をするまでもなくて明らかに他の59カ国とは、有意差がみられる。これは単なるバラツキの問題ではなく、品質管理という視点からみれば、不良品を発生させたということになります。

 何故不良品が発生したかを検証するのが常識なのだが、政治家やジャーナリストは言うまでもなくエコノミスト、経済学者先生さえも誰も口を閉ざして真実を語っていない。彼らは無能なのか、卑怯なのだろうか。

 今回は敢えてこの世にも不思議な「不良品ニッポン物語」に切り込んでみた。

 この11年間で国が増やした借金約500兆円は日本の経済成長には全く役に立たなかったことになります。

 国の経済成長にはなんらの役にもたたなかったということは、実物経済に還流させることなくどぶに捨てたことと同じ現象が発生しているのです・・・・、少なくとも経済成長ゼロということは、国民生活にに全く寄与しなかったことだけは確かである。

 繰り返しますがこの11年間で名目GDPはゼロ成長ですよ。国家が投じた金は本来なら経済成長を通じて国民の所得が増え、国民の金融資産が増えていくのが正常な姿です。
 参考までに言えば、この11年間の日本の金利は限りなくゼロに近い超低金利を維持してきました。所得も増えず、金利収入も得られない状況下では、庶民の金融資産は食いつぶしによる目減りはあり得ても、増える要素はあり得ません。

ところが実際には、日本人の金融資産は、1996年3月末には約1270兆円だった、それが2007年6月末には1550兆円になっています。従って約280兆円が個人の懐に入ったことになります。

 日銀の福井俊彦総裁は昨年5月25日の衆議院決算行政監視委員会に出席し、『ゼロ金利政策の影響』で 民主党の岩國哲人氏の質問に答えている。1991年から最近までの間に、家計で330兆円程度の利子収入を逃したとの試算、大まかに見て逸失利子額は「だいたい200兆から300兆円くらい」と答弁している。

彼は国民の得べかりし金利収入200兆円~300兆円を逸失したということを自ら認めているのです。一般国民の収入は低下し、資産は目減りしているにもかかわらず、国民全体の金融資産が増えたということは、その殆どは金満家たちの懐に所得移転したものと推測されます。

 個人の金融資産の増加分280兆円は、超金持ちたちや金融機関が通貨マフィアやハゲタカファンドどもと組んで、日本の超低金利政策を食い物に(悪用?)して、荒稼ぎしたものと推察されます。
 庶民の収入が低下する一方で、彼らは気が遠くなるほど稼ぎに稼ぎまくったことになります。にもかかわらず国家の税収増に全く反映されていないのは何故か。まさに国家の課税の怠慢、税の不公正以外のなにものでもない。それでも、消費税アップですかね?

 国の財政破綻は政治家の怠慢によって起きているということを意味します。一方で、ことあるごとに政府は財源不足をもちだして、消費税アップは避けられない雰囲気づくりに懸命です。なかには『耳障りなことを言う。それが私の仕事』などととてもまともな神経の持ち主とは思えないが、そんな方がポスト福田候補と目されています。

消費税アップは、与党の衆議院数が三分の二以上のこのとき以外にありえない、現実のものとなる恐れがあります。政治家の無責任から生じた財政破綻を国民に押し付けるもの、あまりにひどすぎる話である・・・不届き千万もいいところ、いくらなんでも国民は怒らねばならない。

 この11年間に、国の借金を増やしながら、財務省は外貨準備高を90兆円以上増やしています。民間企業の貿易で外貨を稼いで増大化しているのに、それ以上に何の目的のために外債を買っているのか不思議である、しかも国内の借金をふやしながらである。そんな金があるなら、足りない医療費や介護など福祉に何故遣わないのだろうか。

 上述の金融資産の増加分と国の外貨準備高増の合計で約370兆円になります。
その他金融機関の不良債権処理のためと称して公的資金を投入、そしてその後この超低金利を利用して?あっという間に、大手金融機関は最高益を計上するまでに業績を回復している。日本経済が停滞しているというのに、不良債権に苦しんだ金融機関だけが急速に業績をあげる摩訶不思議さ。

金融機関の不良債権問題のどさくさにまぎれて国が金融機関に投入した巨額のマネーは、通貨マフィアらと組んであっという間に莫大な収益をあげたと考えるしかない。

 このように、考えるとこの10年余りの間に国が増やした借金500兆円の大半は、大多数の国民のために使用されたのではなく、一部の超金持ちたちを太らせ、金融機関、大手企業及び外資の手に収益移転をおこなったものと推測される。しかもそれらは、国家の税収増にもつながっていないところをみると課税の対象から漏れている、きわめて悪質不公正である。

 バブルを発生させ、バブルを潰し、景気悪化を誘導し、国の借金を膨らませ、そのあげくもっともらしい屁理屈(不良債権)をでっちあげて超低金利政策を10年以上も続けてきた。さらに景気刺激策と称して量的緩和政策まで打ち出した。日銀は世界的に見て例のない超低金利と金融の量的緩和策という非常事態の策を採ったが、日本の景気は回復しなかった。

 その結果起きたことは、国の500兆円の借金拡大と、富裕層たちや銀行などの金融機関、外資らの焼け太り、そして国民の貧乏化現象です。つまり、大多数の国民の生活を豊かにすることとは、程遠いことが起きていたことになります。

参考:5月25日東京新聞のコラム『時代を読む』に、生田正治元日本郵政公社総裁が次のようなことを書いている。国連ホームページで国民一人当たりGDPを見ると我が国は1995年は世界五位であったが次第に低下して2006年は三十二位である。大田弘子経済財政担当相の1月18日の「国民一人当たりGDPが十八位」との発言が各界に衝撃をあたえたが、これはOECD三十カ国内の比較であり、BRICs等を含めた国連の全世界比較では三十二位である。

 言葉は悪いが、500兆円のマネーの不正流用みたいなもの、個人がやれば当然犯罪行為になりますが、国家ぐるみでやれば誰も責任を取るわけでもない。政治家やジャーナリストは言うまでもなくエコノミスト、経済学者先生さえも誰も口を閉ざして真実を語っていない。彼らは何を恐れているのか、それとも無能なのか、卑怯なのだろうか。このようなシナリオを造ったの誰だろうか。

蛇足:上述した政治経済の状況下で、りそなの国有化問題が起き、植草事件は起きている。植草氏を社会的に抹殺しなければならない何かがあった?

 経済成長の原動力は、「信用創造」である、信用創造は実物経済に金が回転することである、「金は天下のまわりもの」であることが必須なのだ。この11年間の経済成長がゼロだったということは、国が投じた500兆円分(年当たりにして45兆円)は、実物経済に回らなかったことを意味する。何故か?結論から言えばそれに見合う需要がなかったからである。

もっとはっきり言えば需要を喚起する「まともな政策」を避けて、逆に意図的に需要を搾る(抑制)する政策(市場原理主義、生産効率をあげるためリストラと称して首切りや労働者の賃金を搾取、医療費の削減、福祉関連予算の削減、一方で所得税の各種特別控除の廃止などなど)を採ったからである。

つまり、超低金利と量的緩和策という表向き景気刺激策という強力なアクセルを踏みながら、市場原理主義とそのグローバル化という強力なブレーキを踏んだ。アクセルとブレーキを同時に踏むという極めて欺瞞に満ちた政策こそ、それがこの11年間のゼロ成長と言う結果を生んだのである。

そうでない限り日本だけが、経済成長から取り残されるという異常事態は起きなかったはずである。実体経済への金の使い道をふさいで、大量に流した金の行く先はカジノ経済へ流れた、しかし国際的賭博場には課税する仕組みを構築していなかった。

参考:ATTAC Japannというところが、『国際的な投機マネーに課税(トーピン税)を!』と提唱している。彼らの主張によれば、1977年には1日当り通貨取引額は183億ドルだったが、なんと2004年には1日当り200兆円を超える1兆8800 億ドル(国際決済銀行の発表による)にまで膨れあがりました。現在の通貨取引市場での取引の多くは、実物経済には役立たない投機、つまり「賭け事」によって占められています。全世界の貿易やサービスの必要な通貨は取引総額の僅か5%にすぎないのです。95%は投機マネーなのです。

 新自由主義者(市場原理主義者)たちが掲げる大義名分「グローバリゼーション」が規制緩和をもたらした、そうすることがあたかも善であるかのように。そのなれの果てが、国際金融投機の跳梁跋扈を許し、国の巨額の借金500兆円は彼らの作り出したブラックホールのなかへ吸い込まれていったと考えるのは間違っているだろうか。

 グローバリゼーションでは幸せはやってこない、いや日本はグローバリゼーションの最大の犠牲者である。日本人の多くはそれさえも認識できていない。欧米諸国の指導者たちはそれを知っているからこそ、日本を冷ややかに見つめている。日本一人当たりの名目GDPは32位に転落しながら、国連の予算負担19%(第二位)を負担しており、国連の常任理事国入り求め続けたが、いまだに悲願?を果たしていない。だが、サミットには第一回ランブイエ会議からのメンバー国である。彼らのその下心こそ、日本をグロバリーゼションの奔流に巻き込んだ。

 或る政治家は改革々々『改革なくして成長なし』と言って国民を騙し続け、選挙ポスターには、『この国を想い この国を創る』というキャッチフレーズを掲げた。国民はそれにうなされたのか踊らされたのか、三分の二を越える議席を政権与党に与えてしまった。しかし、マッド・アマノ氏は『あの米国を想い この属国を創る』とパロッたが、真実はマッド・アマノさんにあったことは言うまでもない。いくらなんでも、国民も何かがおかしいことに気づきはじめているのではないだろうか。
一人でも多くの国民が目を覚まして欲しいと願わざるを得ない。

最後にお願いです、本稿に賛成の方、広めてください。異論反論がある方歓迎します。但し、罵詈雑言や脅迫はお断りします。

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2008年5月30日 (金)

政府貨幣発行に対する国会議員の考え方(小野盛司)

(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第78弾です)

 お金を刷ると言えば、すぐ思い浮かべるのが政府貨幣発行だ。日銀も刷れるのだが、紙幣をいくら刷っても、それだけでは、そのお金が国民に渡るというわけではない。日銀券発行残高は70兆円程度であり、実際大きくお金が動くときは、銀行を通じて行われる。会社間の取引では、ほとんど銀行を通じており、紙幣をカバンにつめて支払いに行くことは少ない。お金をいくら刷っても、使ってもらえないのでは景気を浮揚する効果は無い。もちろん、40万円づつ、現金封筒に入れて、国民全員にボーナスをして送るのであれば(「40万円をボーナスに」というのは丹羽春樹氏のアイディア)効果はある。

 最も重要なことは、国庫にお金が入ることだ。おカネを合法的に刷る(つくる)ことができるのは日本銀行と政府である。日本の現行法で規定している「通貨」は、「政府貨幣」と「日銀券」がある。一般に知られている「1万円札」「5千円札」「1千円札」の日銀券と「500円硬貨」「100円硬貨」「50円硬貨」「10円硬貨」「5円硬貨」「1円硬貨」の他に政府発行の「記念貨幣(記念紙幣)」などの「政府貨幣」があり、「政府貨幣」には金属で鋳造されたコインだけではなく、「政府が発行する紙幣」すなわち「政府紙幣」も含まれる。「政府貨幣」は、通貨に関する基本法である「通貨の単位および貨幣の発行に関する法律」(昭和62年、法律第42号)では、「貨幣」(すなわち「政府貨幣」)の製造および発行の権能が政府に属するという「政府の貨幣発行特権」(seigniorage/セイニアーリッジ権限)が明記(同法第4条)されており、その発行には上限が無い。

 刷った(つくった)お金をどうやって国民に渡すかは、すでに述べたので、今回は政府貨幣発行に対する国会議員の考え方をお話ししたい。筆者は2003年に日本経済復活の会を立ち上げた直前に『政府貨幣発行で日本経済が蘇る』という本を書いた。この考えに大賛成をしていた牧野聖修衆議院議員(民主党)は、この本を大量に買って、国会議員に配った。当時、スティグリッツや榊原英資や丹羽春樹が政府貨幣を発行せよと発言していたこともあり、国会議員の中にも、そんな手があったのかと、政府貨幣について勉強しようという気運が高まっていた。『政府貨幣発行で日本経済が蘇る』という本は、そのお陰もあり、国会議員が本会議中にまでも読んでいたとのことだった。

 注意して頂きたいのだが、政府貨幣発行の意味も、主張している人によって随分異なる。例えば丹羽春樹氏は、政府貨幣発行権を日銀に売り渡して、その代金を国庫に入れるというもので、権利が動くだけで、政府貨幣は発行されない。貨幣回収準備資金に関する法律(平成十四年五月十日法律第四十二号)と貨幣回収準備資金に関する法律施行令(平成十五年一月二十九日政令第十九号)があるために、丹羽氏の方法ではうまくいかない。これらの法律・施行令は丹羽氏の提案を阻止するために作られたのかもしれない。
 最初に予算委員会で我々の主張で政府を問い正したのは西村真悟衆議院議員(当時は民主党)である。2003年2月28日のことだった。詳しくは
http://www.tek.co.jp/p/reply/reply_budgetcommittee_030228.html
をご覧下さい。塩川財務大臣が相手だったが、彼は質問の内容がよく理解できなかったようだ。政府貨幣発行を主張しているグレゴリー・クラーク氏も谷垣氏に政府貨幣の事について話したそうだが、谷垣氏は全く政府貨幣の事を知らなかったそう。

 斉藤斗志二衆議院議員(自民党)は政府貨幣発行大賛成の政治家である。2003年だったと思うが、筆者は議員会館に土曜日に出かけ彼に政府貨幣に関し色々教えた。斉藤氏は平成研究会の会合で政府貨幣を発行するべきだとはっきり主張したという。絶対やると言っておられたのだが、なかなか簡単ではなかったのだろう。

 岩國哲人衆議院議員(民主党)も一貫して政府貨幣発行を言っておられる。彼の考えは実際に日銀券の替わりとして使うものだ。私は彼と直接話し、単純な通貨発行は、紙幣や硬貨の流通量が多くない現実を考えれば、工夫しなければ景気浮揚に役立たないことを教えた。政府貨幣発行を唱えながら、一方では消費税増税を主張しておられるのは、残念である。政府貨幣を発行するなら消費税を増税しなくても財源は十分だ。

 私の提案は、政府貨幣は超高額にする。例えば、1兆円の紙幣を100枚印刷すれば、それで100兆円だ。それを日銀に持って行き、金庫に収めてもらい、その金額だけ国庫に入れてもらうという考え。しかし、これも上記の法律・法律施行令を変えなければうまくいかない。一つ気がかりなのは、もし政府貨幣を財務省が勝手に発行できるようになったら、そうでなくても強すぎる財務省が、更に強くなり、何をし始めるか分からないという怖さがある。誰がブレーキを掛けるのかを、余程うまく決めておかねばならない。
 野呂田芳成衆議院議員(自民党)も政府貨幣発行大賛成である。計量モデルによる説明は難しすぎて、国民を引っ張っていくことはできないのではないかと言う。2003年8月に

  野呂田芳成(衆議院議員)     今村治輔(清水建設会長)
  香西昭夫(住友化学工業会長)  宮原賢次(住友商事会長)
  奥井功(積水ハウス会長)      野村吉三郎(全日空会長)
  荒木浩(東京電力顧問)       林有厚(東京ドーム社長)
  岡村正(東芝社長)            植村伴次郎(東北新社会長)
  飯島英胤(東レ特別顧問)       生田正治(日本郵政公社)
  福原淳嗣(野呂田議員秘書)     田中順一郎(三井不動産会長)
  佐藤和男(三井不動産顧問)
  山口信夫(日本商工会議所会長、旭化成会長)
  武井俊文(石川島播磨重工業株式会社相談役)
  加賀見俊夫(オリエンタルランド社長)
  和田紀夫(日本電信電話株式会社社長)
  内田進(三井住友海上火災常務取締役)

といった方々を集め、筆者を講師に招いてくれた。積極財政が財政を健全化するのだという話をして、好評だった。
 大前繁雄衆議院議員(自民党)は、丹羽氏を先生として政府貨幣の勉強会を開いている。
中馬弘毅衆議院議員(自民党)も政府貨幣発行論者である。ホームページで政府貨幣発行を訴えている。
http://www.chuma-koki.jp/special/2003/200307.html

 このように政府貨幣発行を訴える国会議員は少なからず存在する。しかし法律を改定するほどの勢力になりうるのかは疑問である。かつて、丹羽春樹氏は積極財政を唱えていた志帥会で政府貨幣発行に関する講演を行ったが、そこでは強い反対意見が出たという。
 私は、政府貨幣発行は分かりやすいが、多くの国会議員の支持を得るのは難しいと判断し、日銀が国債を買うことによってお金を刷り、日本経済を復活させる方法を提案している。2001年にノーベル賞をもらったスティグリッツがもっと強く政府貨幣発行を主張してくれたら、実現可能かもしれない。2004年4月24日、日本経済復活の会はスティグリッツを招いて、国会議員を相手に講演をしてもらうことにしていた。段取りはできていたのだが、スティグリッツがドタキャンした。どうも、彼は日本人は保守的だから、いくら教えてもここまでの改革はやらないだろうと思ったのではないか。

 『円の支配者』で有名なヴェルナー氏にも政府貨幣のことについて聞いてみた。彼は大賛成だが、それを主張してもどうせ日本政府は、そこまではやらないだろうから、自分は主張しないと言っていた。
 政府貨幣でなくても、日銀が国の借金である国債を買い取れば、同じ効果があり、日本経済は復活する。これなら法律改正は不要であり、買いオペはどこの国でもやっていることである。この効果は、はっきり経済モデルで示されている。後日そのことはもっと詳しく話したいと思う。国債発行なら国の借金となり、利払いが大変だが、政府貨幣発行なら借金でないからそれがないという意見がある。しかし、国債を日銀が買い取れば利払いは日銀を通じ国庫に返ってくるから同じ事だ。

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『植草事件』を惹起した巨大な闇(1)

 (※植草さんが遭遇した事件を何回かのシリーズに分けて神州の泉が考察してみます。)

 
必然を暗示する政略的背景を見つめる

 2006年9月13日、京急電車内で起こった「植草事件」。その逮捕劇を、高名な電波芸者たちが、植草は痴漢性癖で捕まったと面白おかしく騒いでいた。彼らの人間としての良心を疑わざるを得ない。電波を使ったこの空騒ぎは、植草一秀氏が京急電車内で、身に覚えのない偽装事件に巻き込まれた直後のことである。

 2006年9月21日に大阪朝日放送(ABC)が放映した情報番組「ムーブ!」では、評論家の大谷昭宏氏、宮崎哲弥氏、弁護士の橋下徹氏(現大阪府知事)などが、週刊誌「女性セブン」の捏造記事を下敷きにして植草氏の病的常習性を強調していた。彼らは植草氏の病的常習性を指摘したに止まらず、薬による治療にまで言及していたからかなり悪質だ。一般の視聴者にとって「有名人」といえば、彼らテレビ・コメンテーターたちを思い浮かべる人も多いだろう。彼らが発信したテレビジョン言説の影響はすこぶる甚大だ。

 植草氏は経済学者ではあるが、その経済学的視点は徹底して政治に反映されてこそ意味があると考える、いわば実戦派エコノミストである。つまり植草氏はちまたで甘言を弄する衒学的な経済"エッセイスト"ではない。国家の政策中枢レベルに影響を与えうる提言と予見ができる非常に稀有なタイプのエコノミストなのである。「どんな犯罪を行ったか」ばかりが興味本位に報道されるこの事件だが、マクロ政策に影響を与えうる実践派エコノミストの逮捕の意味は重大であった。植草氏の逮捕騒動をメディアの初期報道で知らされた国民は即座にこう思ったことだろう。痴漢性癖のある著名人が電車内でついに迷惑防止条例違反でつかまったと・・。

 そう思うように、メディアの初期報道は一様に彼の病的性癖説に傾注した報道内容に固執した。それは冤罪の可能性を微塵も受け入れる余地のない報道姿勢であった。それを示すキーワードの一つが「ミラーマン」という侮辱的なあだ名であった。このミラーマンなる言葉が京急事件にも使われた背景は、2004年4月に品川駅構内で起きた事件との連続性が、何の根拠もなく前提として疑われたからだ。じつは品川手鏡事件も身に覚えのない濡れ衣事件なのであるが、その説明は後に譲る。電車内の痴漢では冤罪が多発している現実があることをメディアは植草事件に限っては故意に無視している。植草氏が遭遇した事件を、まるで疑う余地のない既遂事実として取り扱ったのだ。あとで説明するが、この連続性が巧妙に用いられていることに、この事件の重大な作為性が存在する。結論的に言えば、植草氏は政治的謀略に嵌められたのだ。

 彼の逮捕劇の裏には、政権中枢による国策パラダイム変更という、大掛かりな時代転換と決して無縁ではないという一つの見方が存在する。つまり、小泉政権以降、特に顕著になった新自由主義に基づくマクロ的な国策変更推進には、ケインズ的積極財政路線を志向する植草氏のようなレベルの経済学者が最も邪魔な存在なのである。小泉構造改革路線を積極的に推進した官邸主導勢力は、構造改革路線発足当初から、植草氏の提言が政策推進上、最も有害この上ないものと見ていた節がある。その見方を最も強く持っていたのは、第三次小泉内閣当時、総務大臣兼郵政民営化担当大臣であった竹中平蔵氏であった。郵政民営化を事実上の統括者として推進してきた竹中氏が、2007年10月の郵政民営化始動を待たずして、前年2006年9月15日に四年近くの任期を残したまま政治家を廃業し、在野に下った。この日付に留意してみてほしい。なんと、植草氏が事件に遭遇した翌々日なのである。しかも長期政権を率いた小泉純一郎首相(当時)の任期が切れたのが9月20日、第三次小泉内閣が終焉したのが9月26日であった。はたして植草氏の京急事件は偶然なのであろうか。

 作為的な金融操作の疑いが濃厚なりそな銀行国有化、それに郵政民営化を何とか無難に決定した小泉内閣は、最後の仕事として植草一秀氏をつぶせと指令されていたのではないだろうか。

 小泉政権の不倶戴天の仇敵は、郵政民営化に反対した真に良識ある議員さんたちであったが、経済・金融政策で最も重大な影響力を持つ提言が可能だったのがエコノミストの植草一秀氏であった。米国の傀儡となっていた小泉官邸主導(自民党清和政策研究会主導)勢力は、米国主導による「年次改革要望書」の対日プログラム実践にとって、植草氏を最も邪魔になる存在と考えたのではないだろうか。植草氏の言動を放置しておけば、米国の対日経済占領計画が深刻な阻害を蒙ると考えたのであろう。場合によっては売国的国家プロジェクトである郵政民営化さえも実現を阻まれるかもしれないと考えていたかもしれない。今、国民はそこを冷静に考えてみて欲しい。第一次小泉内閣発足当初から、この政権の危険性を察知し、積極的に小泉内閣にアプローチしていた人物が植草氏であった。植草氏が京急事件に巻き込まれる以前、竹中氏はテレビ番組でも植草氏と同席することを拒み、植草氏の言説に異常な警戒感を持っていたことは植草氏の著書『知られざる真実-勾留地にて-』に詳しく書かれてある。

 植草氏を特に敵対視していた重要人物には、竹中平蔵氏、本間正明氏、奥山章雄氏、木村剛氏などがいた。植草氏に対して、どの人物がどのような策謀を持ち、具体的にどのような実行策を弄したのか、もちろん直接には見えないことなのだが、少なくとも、国益よりも外国資本の優位性を先に考える売国勢力が植草氏を陥穽に落としたことはよく見えてくる。

 植草氏が権力筋に狙われる動機は充分すぎるほどあったのである。メディアはそのことをいっさい報道しないが、国民は植草事件の真相について、深慮する必要がある。メディアコントロールによって、国民は小泉政権が敷設した構造改革路線の真の破壊性をまだ認識していないが、障害者自立支援法や後期高齢者医療制度の非人道性を見れば、小泉政権がもたらした政策傾向の真意がわかるはずである。小泉構造改革の本質とは、破壊、売国(優良資産の投売り)、弱者切捨てなのである。

 今になってみれば、植草氏がエコノミストとして、最も初期から小泉政権の誤導性を見抜き、警鐘を鳴らしていたことがわかると思う。植草氏の予見性、洞察力、エコノミストとしての良心を鑑みれば、彼が身をもって国民に警醒の声を上げていたことがよくわかると思う。特に、京急事件に遭遇する前、宮崎学氏の主催するWeb「直言」に、植草氏が書いた「失われた5年-小泉政権・負の総決算(4)、(5)、(6)」では、他のエコノミストが臆して言えない内容を堂々と展開しているのだ。今こそ、国民は彼の勇気と本物の正義感を認めるべきであろう。植草氏が身体を賭して叫び続けた声を聞き逃したために、彼は二度も官憲のむごい偽装事件に嵌められてしまった。今こそ、国民は植草氏の良心の真実を知るべき時である。

 (つづく)

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2008年5月29日 (木)

6月7日『紙の爆弾』7月号発売

 6月7日に発売される雑誌『紙の爆弾』に、神州の泉・管理人(高橋博彦)の記事が9ページ掲載されます。内容は鹿砦社・社長の松岡利康さんへの弾圧事件について書いていますが、植草さんのことにも言及しています。植草さんや松岡さんへの弾圧を深く考えると、新自由主義社会への変貌が著しい日本は、言論の自由が侵され、福祉国家とは対極に位置する夜警国家へ向かっているのではないのかという考察が基調です。

 私の記事はともかく、「紙の爆弾」は権力や大企業に媚びない記事ばかりですので読み応え抜群です。是非、読者さんもご覧になってください。定価500円です。私の記事は下記目次にある 『①鹿砦社・松岡利康大弾圧事件は夜警国家変貌への証し』です。小泉政権以降の趨勢に怒りをこめて書きました。

尚、下記出版ニュース中に、松岡利康さんが天木直人さんのブログ記事に触れていますが、それは『雑誌ジャーナリズムから学ぶ』という2008年5月7日付けの記事です。

 鹿砦社・出版ニュース
(クリックするとよく見えます)

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2008年5月28日 (水)

政府の経済モデルのトリック(小野盛司)

(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第77弾です)

 それが、単なる学説であり、研究論文であるなら我々はそれほど気にも掛けないだろう。現実離れした経済モデルであっても、単にそれが世間を知らない学者の思いこみであれば見逃しただろう。しかし、内閣府のモデルは違う。その結果に従って国の経済政策が決められていて、間違えた経済政策のために日本経済が没落している。だから、政府はそのモデルに全責任を持たねばならぬ。このモデルのトリックは専門家には一目瞭然なのだが、素人にはなかなか分かりにくいようだ。

 内閣府以外にも、経済シミュレーションをやっているのが参議院調査情報室である。これは自見庄三郎参議院議員の要請に基づき計算されたものだ。こちらは、国民を騙そうとしておらず、ずっとまともだ。図1で、両方の結果を比べた。公共投資をGDPの1%分継続的に減らした場合の名目GDPの変化を示した。参議院調査室の試算ではどんどんGDPが下がっているが内閣府は横ばいだ。どちらが正しいかお分かりか。

図1
Photo

 皆さんはデフレスパイラルという言葉をお聞きになったことがあると思う。政府が公共投資を減らす。そうすると、最初に建設会社等が打撃を受ける。今まで政府から民間に流れていたお金がストップし注文が来なくなるからだ。建設会社に資材を納入していた会社も打撃を受ける。もちろん、それらの会社の従業員の給料もへるし、リストラされる者も多い。そうすると、消費が落ち込む。それが更に会社の売り上げを減らす。つまり際限なく経済縮小に向かうのであり、参議院調査室のデータはそれを示している。

 それが全く起こらない内閣府のデータはインチキであることはすぐ分かる。彼らのモデルでは、日本の経済は絶好調であり、失業者は一人もおらず、遊んでいる設備などなく、すべてフル稼働している。だから、政府の公共投資のお陰で仕事ができなかった民間企業が、政府の公共投資削減を待ってましたとばかり、操業を始めるから民間投資も住宅建設なども一気に伸びてくるということになっている。内閣府が実体経済を見ていないことは明らかだ。小泉さんが公共投資を削り始めてから、住宅建設は伸びるどころか減少している。参議院調査室のモデルでは、もちろん民間投資は減る。国から入っていたお金が入らなくなるのだから、当然民間投資は減る。

 内閣府のモデルでは、いくら増税しても、いくら歳出を削減しても、「超好景気」の日本経済にとっては、心地の良いそよ風のようなものだと言いたいのだろう。GDPの減少は小幅でしかも一時的だが、税収の増加は毎年持続し、歳出の削減はずっと確保されるという現実離れしたものとなっている。だから最初に1,2年を我慢すればあとは財政が改善するという珍説だ。その珍説を盲信した小泉氏が緊縮財政を行った。しかし、その説はもちろん正しくなかった。3年以降も借金は増え続けた。小泉氏が2001年に緊縮財政を初めてから今年で8年目になるが、国の借金は減っていない。

 自らを浅学非才と言った彼は、どうして借金が減らないのだろうと頭を抱えた。答えは簡単だ。内閣府のモデルは国民を騙すために作られたでのあり、小泉氏もそれに騙されてしまったのである。日本経済は「超好景気」などではない。デフレ下の緊縮財政のお陰で、世界経済の中で急激に没落をしている状態だ。デフレ下での緊縮財政で財政が健全化することはあり得ないことは、経済学の常識だ。なぜ、昭和恐慌や世界大恐慌の経験を生かさないのか不思議でならない。現在の日本経済が「超好景気」であるという前提の経済モデルで考えているから、増税だの歳出削減だのという政策しか頭に浮かばない。そんな経済政策は止めて頂きたい。

 図2では、公共投資をGDPの1%だけ削減したという仮定で計算した国の債務のGDP比を、2つのモデルで比べた。内閣府のモデルでは、歳出を減らしても名目GDPが減らないという無茶苦茶な仮定をしているのだから、もちろん債務のGDP比は一気に減ってくる。実際は小泉内閣の緊縮財政政策で債務のGDP比は減らなかった。参議院調査情報室の計算では、逆に債務のGDP比は増えるとなっている。GDPも税収も減ってしまうので当然のことだし、実際に起こっていることを見事に説明している。デフレ下で、緊縮財政をやればやるほど財政は悪化する。結論は簡単だ。お金を刷って積極財政を行いなさい。そうすれば財政は健全化しますということ。

図2
Photo_2

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ぐっちー氏のブログとメディアが取っている奇怪な偏頗性

 植草一秀さんが、ブログにて果敢に反撃行為に出られたことをとても心強く感じる。身に覚えのない事件に巻き込まれ、巨大なメディアに叩かれるだけ叩かれた植草さんは、人間の尊厳とその存在を賭けて、今、反撃にその姿勢を向けた。私は2006年9月13日に植草さんが遭遇した京急事件の翌日から、彼は謀略に嵌められたとブログで主張してきた。その観点は今も一向に揺らぐことはなく、その確信はますます強まっている。植草さんは『知られざる真実-勾留地にて-』で、非常に冷静に客観的に自己の遭遇した事件やその背景を語られているが、今度はブログでも堂々と自己の見解を提起、主張し始めた。

 このとこで、またもや彼を陥れた勢力の悪意を浴びることになるかもしれないが、今度はそう簡単にはいかないことは確かだ。なぜなら、私を含めて、この問題に関心を寄せる多くのブロガーや読者層の強い注目を引き付けている現状にあっては、むごい仕打ちはできにくくなっているからだ。それでも敢えて植草さんを攻撃するということであるなら、その者たちは覚悟した方がいい。日本全国に大勢いる確信的な植草さん擁護派がけっして黙っていないからだ。私はさまざまな人にメールを頂戴しているが、植草さんの無実を信じている方々は想像以上に多いことをここに付して置く。それも、ただの冤罪ではないと感じている人は多い。

 さて、5月27日(火)付けの植草さんブログを見て欲しい。5月25日付けの記事では、植草さんは「債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら」について、ぐっちーなる人物が行なった捏造記事の悪質さに言及して、『私に対する負のイメージを強烈に作り出そうとしたことの政治的背景を考察せざるを得ない』と断言している。要するにぐっちー氏が、京急電車内で植草氏の遭遇した事件が、あたかも既遂事実であるかのような書き方をしたのが、タイミング的には翌日の9月14日であったということは注目すべきことである。
______________________________________
(「植草一秀君-2」(社会 / 2006-09-14 16:25:34)という記事から引用)

・・・略・・・
これから本人に会いに行ってきます。
蒲田だそうで、餃子を食べに行ったくらいしか記憶にありませんが(笑)。
また、こちらでご報告いたしますが、3回目はさすがにまずいだろうね。私は偽証罪を問われたりするかもしれんの(笑)。
________________________________________

 正直、このタイミングで植草さんを既遂事実であったかのような記述をするということ自体が不自然極まりないことだ。印象操作を目的とした記述としか考えられない。5月27日(火)の植草さんの記事では、ぐっちー氏のブログからコラム記事が盗用されている問題について、ぐっちー氏自身と、それに対する三大コアー新聞の取り扱い姿勢の偏頗性について憤りをもって語っている。それはわが国のコアーなマスメディアに位置する毎日、産経、朝日の三社が、ぐっちー氏のブログ盗用問題だけは大々的に取り上げながら、植草さんに関する捏造記事についてはだんまりを決め込んでいるという事実である。

 おかしいとは思わないだろうか。メディアによるこの偏頗性、非対称性を。ぐっちー氏は明らかに植草さんの事柄について『嘘』のブログ記事を書いている。三大メディアは、この問題には徹底的に無視を決め込んで置きながら、盗用問題に対しては『正義の視点』から報道しているのだ。報道に関して、このようなダブルスタンダードが許されるのか。朝日、毎日、産経はぐっちー氏の植草さん関連記事について速やかにきちんと言及する責務がある。

捕捉: 植草さんはぐっちー氏に対し、内容証明郵便を送り、弁護士が電話で通知しているにも関わらず、ぐっちー氏は、一年も経過しているが公的には何のリアクションも取っていないらしい。明らかに虚偽の記載を行なって植草さんの人格権や名誉を毀損しているにもかかわらず、ぐっちー氏本人も、三大メディアもこれに触れないことは不当そのものだ。この無視には巨大な悪意を感じる。

 あと・・、ぐっちーなる人物のブログを見ていて気が付いたが、そのURLには気になる人物の名前が見えている。

 http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55

 kitanotakeshi=北野たけし氏である。タレントのビートたけし氏が何度か植草さんを誹謗している事実がある。このこととぐっちー氏とは何か関係があるのだろうか。

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2008年5月25日 (日)

政府が国民を騙そうとしている証拠(小野盛司)

(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第76弾です)

 先日、宍戸駿太郞先生より電話があった。今年発表された政府の試算によると、原油価格が上がると、消費者物価が下がるということになっているというのだ。私は、当初、コア指数のことかと思った。つまり、原油価格が上がると、国民は高いガソリンを買うために、それ以外の物を買うお金が少なくなり、それらの商品が売れなくなり値段が下がる。コア指数は原油値上がりの分を除いた物価だ。それなら分かる。しかしそうではないというのだ。日本の物価全体が下がるというのだ。これは笑い話としか言いようがない。

 原油価格が上がると、インフレが家計を直撃することは、誰でも知っている。オイルショックで過去にも経験しているし、最近の消費者物価上昇率が今年の3月には1.2%に達しているのも、原油価格の高騰が影響しているのは誰もが認めることだし、内閣府の試算は間違っているのは明らかだ。

 なぜこんな馬鹿な説を唱えるのだろう。日本の恥だと言って良い。理由は明らかだ。政府は、景気対策をやらせず、消費税を上げたいのだ。それを正当化するには、色んな方程式をいじくり回し、不自然な形にするしかなくて、そのしわ寄せが、このような形で現れてくる。

 景気対策とは、事実上、国がお金を刷って国民に渡すことであり、これは将来返す必要がないお金だ。景気対策をやれば、税金も安くなり、崩壊寸前の医療・教育・福祉なども救われる。日本の没落も食い止めることができる。国の借金は増えるが、GDPはもっと増えるので、借金のGDP比は減って財政は健全化する。本日(5月25日)の報道2001で桝添大臣は「お金が降ってくるわけではない」と何度も言っていた。確かに降っては来ないが刷ることはできる。

 景気対策をすればどうなるか。内閣府の試算では、景気対策により、GDPは増え、デフレは脱却でき、失業者も減る。国の借金のGDP比という意味で財政も、少なくとも最初の1,2年は改善する。内閣府は無茶苦茶な論理で、方程式をいじくって、3年以降借金のGDP比が増えるようなトリックを考え出した。そうでもしなければ、景気対策をしない理由が全く無くなってしまうからだ。

 参議院調査情報室というところでも、経済シミュレーションをやっている。これは参議院議員の要請に基づき、シミュレーションを行う。今回、自見庄三郎参議院議員の要請に基づいて計算した結果を見せてもらった。景気対策により、GDPは増え、デフレは脱却でき、失業者も減るというところまで内閣府のものと同じだ。違うのは借金のGDP比で、こちらは1年目から5年目まで減り続ける。常識的な経済モデルでは必ずそうなる。内閣府のものは、財務省に指示通りに、常識外れの方程式を入れて無理な結果を出しているだけだ。下の図で公共投資をGDPの1%増やしたときの実質GDPの変化を比べてみた。

1

  この図で分かるように、初年度は両者の結果はほぼ等しい。2年目以降、内閣府の試算では、GDPの伸びはどんどん小さくなるが、参議院調査情報室のほうは、拡大する一方だ。実際は公共投資の拡大を毎年行うと、どんどんGDPは増えるから参議院調査情報室のほうが常識的な結果だ。これで、景気対策で国民にお金を渡すと、経済は成長し、デフレは脱却でき、財政も健全化することが、より明確になった。

 内閣府のトリックを内閣府はどのように弁護するのか。内閣府によれば、日本経済は現在過熱状態にあり(そんな馬鹿な!)、公共投資を国が始めると、民間の仕事を取ってしまうだけで、GDPは増えない。日本には失業者はいないし、工場はどこもフル稼働の状態で、公共投資を増やしても、それは民間の仕事を取るだけで、全体では経済活動はほとんど変わらないと言いたいのだ。実際は中小企業で、そんな景気の良い話を聞いたことがない。国から国民にお金が流れれば経済は活性化するに違いないということは、ほとんどの人は同意すると思う。

 内閣府のモデルでは、GDPが増えず国の借金だけが増えるから、3年目から国の借金のGDP比が増えるという、おかしな結論を出しているのだが、参議院調査情報室はこれをはっきり否定した。もっとも、参議院調査情報室にも財務省からの圧力がかかっている。どうやら、財務省に遠慮して、公共投資を行ったときの税収の伸びは、随分小さく設定しているようだ。ここで引用したデータ(上図など)にしても、参議院調査情報室は、非常に神経質になっており、発表しないように我々に頼んだ。悲愴な訴えだ。しかし参議院調査情報室は国の税金で仕事をしており、シミュレーションは国民のものであり、発表しないのはおかしい。私は、直接交渉し、「自見議員の要請に基づいて、参議院調査情報室で計算した結果」だと述べる形で許可させた。

 彼らが財務省を恐れていることは明らかだ。財務省は金を自由に動かせるのだから、参議院調査情報室を潰すことなど簡単にできるのだ。積極財政で財政が健全化するという事実をなぜ暴露したのかと、財務省からお叱りを受けるのだろう。

 5年前に日経新聞社の経済モデルを使って、積極財政で財政が健全化するという結論に到達したときも、日経は私に圧力を掛けてきた。今回と全く同様だ。もしこのような結果を発表されると、財務省に潰されると青くなったのだろう。私は「この結論を発表させないなら、日本経済復活の会の顧問の議員を通じて国会で追及する」と言って対抗し、最終的には発表の許可を得たが、その後、日経は二度と同様な計算ができないようなトリックをコンピュータに仕組んだ。

 財務省からの圧力は確実に掛かっている。そのうち小野盛司は抹殺されるのか。抹殺されそうになったとき、逆襲すれば、言論弾圧を執拗に仕掛けてくる連中の実体を暴くことができる。それがきっかけで、日本の夜明けが来る可能性が来るかもしれない。私は楽観主義者だからそんなことを考えている。私は何が起ころうと、日本経済を復活させる活動を止めるつもりはない。

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ブログにも見られる印象操作(植草事件の底流に)

植草一秀さんが「植草一秀の『知られざる真実』」というブログを開設しておられるので、植草事件に関心をお持ちの方々には読んでいただきたいと思う。
    http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/

 今日付け(5月25日)のブログにはネットによる報道被害に触れている。2006年の京急事件が起きた翌日の9月14日、「ぐっちー」なる人物が、「債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら」なるブログで、植草さんに関するありもしないことを書いていることに言及している。当時は私もその記事を見ているが、その人物も植草さんとの関係もまったく知らないし、コメントのしようもなかったので特に弊ブログでは書かなかったのだが、『筋のよくない』ものだという強い印象だけは持っていた。

 以下、ぐっちー氏(Y・M氏)の書いたことを植草さんのブログから引用する。
______________________________________
(引用開始)
 私が事件に巻き込まれたのは2006年9月13日の夜だった。9月14日午後4時25分の記事にこのような記述がある。

http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/d/20060914

「どうしたもんでしょう??やはり病気だったんでしょうか。こちらで植草擁護論をぶちあげ、東京地方裁判所にて証人に立ったぐっちーとしてはもうマカロニ状態ですな。(みんなにやめとけ、とかいわれたけど・・・)

これから本人に会いに行ってきます。

 また、こちらでご報告いたしますが、3回目はさすがにまずいだろうね。私は偽証罪を問われたりするかもしれんの(笑)。」(一部抜粋)

 そして、9月15日の午前9時14分の記事に「いかにもな話」と題してこう書いている。
  http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/d/20060915

「植草君に会ってきました。
今はあまり詳しくいえないんですが、やはり彼は相当世の中を甘く見ているかもしれない。
何がいいたいかをいうとそういう一連の非合理性の証明が前回の裁判でかなり有効だった・・・・という事実に味を占めてしまった、という感じがしないでもない。つまり片手にかばん、片手にかさ、触れる訳無いじゃん、と供述したというのですよ。これは結構痛い。前回と違い証人が3人(被害者を含めて)。それも全て民間人で・・・ってなことになると嵌められた説はなかなかとれませんよね。で、警察も相当不信感を持って、問い詰めた所「酔って覚えてない」、となったという訳ですから、おい、確信犯かよ、という受け止め方になっていて簡単には離してくれそうにない・・・・というのが現状です。

 彼の復帰にほんとに粉骨砕身した人々がたくさんいるんですよ。それをどう受け止めるか、今後の人生に全てをかけて欲しいですね。私はもう長いつきあいなので、まあ、仕方ないですけどね(笑)。最後までお付き合いしましょう、ってな感じでどっぷり疲れて帰って来た、という話。人を信じるってのもパワーがいるんですよ、時に。私の修行だと思ってがんばりますわ・・・」(一部抜粋)

 この2つの記事以前、2005年3月23日にも記事を掲載している。
http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/c18d2801ccc64ba38a07c274ba774911

 「私は彼とは数年間酒を飲んだり、カラオケにいったり、キャバクラにもいったし、ずいぶん仲良くしていました。結構楽しい時間を過ごしたもんです。」(一部抜粋)

 (以下は植草氏)

 このブログの筆者は、現在の所属は知らないが、かつてはABNアムロ証券に勤務していたY・M氏だ。今回の記事ではとりあえず実名を伏せておく。拙著『知られざる真実-勾留地にて-』にも記述したが、恩師として、多方面にわたって指導賜っていた方が、飲食店を経営されていた時期があり、よくその店を訪ねていた。Y・M氏もその店に来ていた結果、何度か話をしたことがあった。恩師の誘いで1度か2度、お酒を飲みに行ったことがあったが、それだけの関係だった。
  (引用終了)
________________________________________

 植草さんご本人が、ぐっちーなる人物が書いたブログ記事は事実無根だと断言しているし、この人物とは一度、二度飲んだだけで、植草さんとは友人でも何でもないということがわかった。当時、メディアの初期報道は大々的に植草さんの事件を「既遂事実」として取り扱ったうえ、ミラーマンなどという侮辱的な形容で面白おかしく報道していた。わずかばかりの被害者証言だけしか出ていない中で、警察による第一次情報をそのまま鵜呑みにした報道ばかりが先行され、事実の検証に関する意見も考察もいっさいなかった。それはメディアが京急事件に対し、いきなり品川事件とからめて報道したからである。私(神州の泉)は、すでにこの時点で、植草さんがとてつもなく大きな力にからめ取られていることを強く感じていた。

 この時期の報道を振り返ってみると、いまさらながら不思議なことに気が付く。京急電車では被害者と称する女性、それに『一般人』と称する二人の逮捕者(もしくは逮捕協力者)がいたが、この三人に対してメディアはいっさい取材活動を行なった形跡がない。有名なエコノミストとして、植草さんの知名度を考えれば、テレビのワイドショーや週刊誌の記者は格好のネタとして、この三人の関係者に飛びつくはずである。ところが、なぜかそういう取材的な動きはいっさい表面に出てこなかった。しかもである。京急蒲田駅にはこの事件に関して緘口令が敷かれているのである。妙だとは思わないだろうか。京急側にとって、一時的に取材活動を受けることには何らの不利益も生じないはずだ。植草さん逮捕のきっかけとなった関係者に対しては、何ら取材活動が行なわれた形跡がなく、京急蒲田駅には不自然な緘口令が敷かれた。冷静に顧みれば、この事実は不可解である。

 私は、マスメディアが行なった植草事件の報道には、最初から決定的な方向性が存在していると見ている。それは『植草有罪論』という確定的な決め付けである。そのために、他の検証を要する事実や傍証にかんしては、警察や初期報道からは故意に省かれている気がしてならない。被害者の徹底的な匿名性もそうだが、逮捕者にかんする初期情報の皆無性もそれを裏付ける。加えて肝心の植草さん側の弁明が極端に少なかったという非対称性も歴然と認められた。ここには明らかに権力筋による誘導的な操作がマスコミに働いたことが伺えるのだ。週刊誌やテレビの世俗的、常識的な対応を考えてみれば、まず第一に被害者、それに一般人である逮捕者に話を聞くというのが普通だ。著名人の事件なのである。ところがメディアにそういう取材の形跡はいっさい出ていなかった。しかも、奇妙なことに、関係者への取材殺到の代行現象として、ネットには二つの奇怪な情報がいち早く掲載されていた。

 その一つが、以前、私が弊ブログでも指摘したmixiの日記の件だ。植草さんを逮捕した『一般人』と同じ職場の同僚が書いた9月15日付けのmixiの日記である。

(※クリックするとより鮮明に見えます)

Mixi_2 

 ぐっちー氏のブログ記事は事件の翌日であり、このmixiの日記に逮捕者同僚が書いたのは翌々日である。この二つの記事のタイミングといい、その怪しさといい、これがばらばらに現出したものとは到底思えない。事件に対し、その念の入った補足的な内容と言い、記述の妙な具体性といい、両者とも、明らかに何者かの計画的意図が働いていると考えなければおかしい。その目的は植草さんに負のイメージ付与を行なうことにある。

 私は事件初期から、植草さんが遭遇した身に覚えのない事件は『国策捜査』であると言い続けているが、これに対して擁護派の中からも、確証性の乏しいことを言ってどうするのかという言辞がよく聞かれる。しかし、私から言わせれば、通常冤罪論を主張する彼らが、わずか三年以内に二度の迷惑防止条例違反に植草さんがかかわったということに、合理的な説明がまったくできない事実を重く受け止めた方がいい。品川事件に警察官の関与があったという決定的な事実をスルーしたまま、品川事件も冤罪、京急事件も不幸な冤罪に巻き込まれたでは、かえって筋が通らないだろう。その個別的な冤罪論に説得力が乏しいのは自明だろう。二度の事件という事象に「偶然か必然」が関与する場合、これが『必然』であることを指し示す傍証的事象は、すでに複数出ているのだ。メディア報道の偏頗性、被害者の徹底的な匿名性、逮捕者の行動様式、犯行目撃者の矛盾証言、mixiの記事とぐっちー氏によるブログの捏造記事等、事件にはこれだけ多くの偽装性が存在するのだ。

 そして、最も決定的なことは、弁護側目撃者が植草さんの犯行そのものがまったくなかったことを見ていたという事実なのだ。当日の植草さんが犯行に及んでいないという目撃証言にスポットを当てると、事件が紛らわしい冤罪か、あるいは決定的な謀略に嵌められてしまったのかということが見えてくる。しかし、私が述べたように、付随して出てきた数々の不自然な事柄を鑑みた場合、この事件の全体像が限りなく『必然』に近い様相を帯びていることは誰でも気が付くことなのだ。それは『謀略的な必然』のことである。

 お分かりだろうか、京急事件で植草さんを中心に見ると、犯行があったのか、なかったのかの二者択一になる。やったのを見たという目撃者、そして『やっていないことを見た』という二人の目撃者が出ている。ここにおいて通常冤罪論にはほとんど説得力がない。あまりにも多くの作為的傍証が出てきているからだ。ぐっちー氏のブログも、mixiの日記も謀略説の重大な傍証だ。重要なことは、品川事件において、植草氏は警察官によって事件を作出されているという厳然たる事実だ。これを自明と見るならば、『なぜ警察官がここまでやるのか?』という当然の疑問を感じなければおかしい。これをうやむやにしたまま、二年四ヶ月後に起きた京急事件も、通常の冤罪であったと強弁する方がはるかに異常であろう。

 植草さんは明らかに官憲が介入した国策的謀略によって嵌められている。繰り返すが、京急事件が通常の冤罪でないことは、上述したようにマスメディアが関係者をいっさい取材しなかったということと、京浜蒲田駅に厳重な緘口令が敷かれたことだ。加えて、初期報道と機を一にして、mixiの日記とぐっちーなる人物のブログ記事によって、偽装事件があたかも本物であったかのように補強されているという事実だ。

 植草事件の本質とは、植草さんが、小泉政権の国益毀損性とマクロ政策的なミスリーディングを早くから舌鋒鋭く指摘していたことと、りそなインサイダー取引疑惑を指弾していたということに尽きるのだ。これによって彼は権力筋に狙い撃ちされたのである。また、そのことによって、植草さんは他の良心的な有識者たちへの『見せしめ』にされたのだ。植草さんの存在の重さを認識して欲しい。小泉政権がもたらした非道な結果は、今、国民全体を徹底的に苦しめている。小泉政権の初期からこの非道性を見抜き、良心にもとづいて果敢に批判していた植草さんを今こそ見直して欲しい。この素晴らしい先見性、そして並外れた洞察力、同胞への無償の思いは日本再建に絶対に必要なのだ。彼はけっして犯罪者ではない。他の有識者よりも弱者に対する同胞愛が強かったために、悪魔に魂を売った権力筋に狙い撃ちされた無辜の人物なのだ。

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2008年5月23日 (金)

デフレは悪化している ・・・ 内閣府発表(小野盛司)

(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第75弾です)

 5月16日の新聞には、1-3月期のGDPが年率で3.3%成長であったと大きく報じられた。一見、大幅な成長に見えるのだが、実体は決して褒められたものではない。これで2007年度の成長率が確定し、実質が1.5%、名目が0.6%となり、デフレーターは0.6-1.5=―0.9だから、―0.9%となり、デフレは悪化した。経済政策の大失敗のお陰であることを忘れてはならない。

 賃金の伸びとか、実際の生活実感に近いのは名目であり、これは僅か0.6%の伸びでしかない。元々、2.2%の見通しを政府が発表していたから、なんと1.6%もの下方修正だ。率にすれば73%も下方修正してしまった。これで、日本経済がいかに停滞しているか、ますます明らかになった。

2007 

 実際は、成長率はもっと低い。というのは。2007年度は、今年の3月までだから、うるう年で、2006年度より1日長い。だから全く成長しなくても1日分だけGDPは増える。これが約0.3%だから、本当の意味の成長は、0.3%を引かなければならない。だから、実際は0.6%というより、0.6-0.3=0.3で、0.3%が、本当の意味の成長率だ。上のグラフで日本の成長率を、更に半分にしなければならないわけで、虫眼鏡で見なければ見えないほど小さくなってしまう。

 0.3%成長では、2倍になるまでに、230年かかる。中国のように12%成長なら5年で倍増するし、日本以外で最低レベルは4%程度で、これでも17,18年で2倍になる。日本は何と哀れな国だろう。お金を刷って、デフレを止めれば諸外国並、あるいはそれ以上の成長ができるというのに。

 名目成長率ではなく、実質成長率だけ気にしておけばよいと主張する人がいる。それは違う。デフレは国を貧しくする。貧しい国ほど物価が安いし、豊かな国ほど物価が高い。デフレで物価を下げると、豊かな国が貧しい国へと変わる。デフレ時に、実質成長率が本当に意味があるか。パソコンの値段が変わらなくても、性能が上がれば、例えその機能が使われないものであっても、実質値下がりしたとみなされ、所得は上がっていなくても、実質金持ちになったとみなし、実質GDPは上がったことにしている。携帯電話のシェア争いが激化し、値段が下がっても、その分実質GDPは上がったことにしている。これって、本当に「経済成長」と言えるのだろうか。

 状況は最悪だ。NY原油は135ドル台に達している。もし、原油価格が130ドル台で為替が1ドル102円の状態が続いたら、実質成長率は0.7%も下がるという第一生命経済研究所の試算がある。すずめの涙ほどの成長率が更に下がるということ。当然だろう。給料が上がらない。しかし、原油価格が上がるとなれば、国民は限られたお金で、以前より少ない財・サービスしか購入できない。そうすると、国内の企業も売り上げが落ち、利益も落ちる。そこで、更に賃金も下がり気味になる。というわけでデフレスパイラルが進んでいき、日本は果てしなく貧乏になっていく。

 これに対抗するにはお金を刷るしかない。お金を刷って国民のために使えば、収入が上がるから、もっと多くお金が使える。そこで企業は売り上げも、利益も伸ばすことができ、賃金も上げることができる。見事デフレ脱却だ。その結果貿易黒字が転じて貿易赤字になって、そのうち外貨不足で輸入ができなくなるのではないかと心配する人がいる。

 しかし、心配しなくてよい。日本には外貨は有り余るほどある。しかも海外で稼いだお金は、海外で運用しており、外貨が底をつくなど考えられない。円はすでに国際通貨として通用している。円が価値無しと外国人が思う日が来るわけがない。円を使えばトヨタの車もキャノンのカメラも買える。日本製品が価値を失わない限り、円はいつまでも価値を失わない。しかもお金を刷って日本経済がどんどん盛り返してくればますます円はその価値・信用を増す。もちろん、円安になる可能性がある。日本人に十分なお金を政府が渡すと、日本人はよみがえり、経済活動(内需)が正常に戻り、輸入が拡大し、今まで世界に迷惑をかけ続けていた過度の経常黒字が解消され、世界の経済の健全な発展に貢献できる。日本への輸出を増やしたいと思っている国々の喜びはどれだけ大きいか。異常な低金利も終わるし、危険な円キャリートレードも終わる。

 経済を立て直すためには、政府は大本営発表を直ちに止めなければならない。デフレーターの政府通しを見れば、政府が大本営発表で国民を騙し続けているのが良く分かる。デフレ脱却とはデフレーターがプラスになることだが、先週政府が発表したのは2007年度のデフレーターはー0.9%で、まだまだデフレが続いているということだ。2002年からの発表を見ても、毎年、政府はデフレは1~2年の間にデフレは脱却できると言っている。そして下方修正を毎年繰り返している。

 2005年度の発表では、2007年度にはデフレはとっくに脱却していて、デフレーターはなんと1.8%にも達するという見通しを発表していた。それが2006年度には1.1%、2007年には0.7%に下方修正され、最終的にはー0.9%まで下方修正された。政府の行っている緊縮財政では、デフレ脱却は不可能であり、国は貧乏になる一方なのに、政府は嘘を言い続けている。同じ嘘を2002年からずっと言い続けている。わざわざデフレを脱却させない政策を続けている一方で、国民にはデフレは直ぐ脱却できると騙している。かつて勝てる見込みがない戦争で大本営発表と称し国民を騙し続けていたのと全く同じパターンだ。国民が気が付いたとき日本は焼け野原になっていた。国民よ、目を覚ませ。日本が大変なことになっている!!今こそ、日本経済復活のために立ち上がろう!

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2008年5月20日 (火)

後期高齢者医療制度が自民党に致命傷(小野盛司)

(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第74弾です。)

 自民党も福田内閣も支持率の低下が止まらない。福岡政行氏が週刊朝日5月23日号に書いた記事によると、福田首相で衆議院選を行った場合、自民党は現有議席305から189議席にまで議席を落とし、麻生首相で闘っても212議席にまで議席を減らすそうだ。先日、衆議院山口2区補選で民主党の平岡氏が大勝したが、与党支持層から民主党へ投票したその理由を調べたら、圧倒的に後期高齢者医療制度が多かった。つまり、この制度が自民党に致命傷になったようだ。

 この制度は2年前小泉氏が首相の時に決めたものである。小泉構造改革の実体が、だんだん明らかになってきた。要するに、国が国民に渡すお金を少なくすればするほどよいという、小泉氏の単純思考だ。高齢者は金がかかるから早く死んでくれと言っているような印象を受ける制度だ。死に際に、どこで治療を打ち切るかを、老人にアンケート調査をさせるという。医療費削減にここまでやるのかとあきれてしまう。

 この問題を議論するには、経済だけでなく、人間は何のために生きるのか、幸せとは何かという根本問題を避けて通れない。哲学的な議論をするつもりはない。あくまで科学的に人間を見つめたときの議論である。その答えは進化論から得られる。人間は進化が生み出した一生物である。どのような行動をする生物が進化的に有利なのか、シミュレーションで探ることができる。結論から言えば、人間が生きる目的は、すべての他の生物を同じで、「子孫を残すこと」であり、その目的に貢献できたときに、人は幸せを感じ、そうでなかったときに不幸と感じる。このことに関し、説明し始めたら長くなるので、もっと詳しくは『人間の行動と進化論』小野盛司著
http://www.tek.co.jp/president/intro.html
http://www.tek.co.jp/book.html
を見て頂きたい。

 若干、混乱を招く議論がドーキンスによる「利己的な遺伝子」だ。ノーベル賞に最有力と噂されるドーキンスだが、利己的という言葉の意味を誤用しており、そのことも詳しく『人間の行動と進化論』で説明し、国際会議(IUSSI(2002))でも発表した(Group selection vs. mutation balance can explain the occurrence pattern of selfish phenotypes:a computer simulation model for the parthenogenetic ant.)。

 人は、長く生きれば、それだけで幸せになるということでもない。植物人間になり、人工呼吸器をつけて、何の意味もなく苦しみに耐えながらひたすら延命治療を望むわけでもない。しかし、国の財政が厳しいから、お前の治療はここまでにして、早く死んでくれと国に言われれば国民は猛反発する。日本経済をここまで発展させてきた人たちに、そういう扱いをすべきではない。「子孫を残す」という意味で、一定程度の貢献をした後は、次の世代にバトンを渡す。すべての生物は、次世代にバトンを渡しながら、生き残っているのであり、個体が永遠に生き続けようとしている訳ではない。人生の中で、やらなければならないことはたくさんあるが、死ぬことは、その中の一つである。しかし、最終医療の段階で、一律の医療費抑制の話が登場したら、大変な反発が出ることを覚悟すべきだろう。

 では、どうすれば人間は幸せになれるのか。お金を刷って、75歳以上の老人はすべて医療費をタダにすればよいのだろうか。それは何の解決にはならない。そうしたら、病院はどこも老人であふれ、患者は長時間待たされ、重い患者も十分な治療を受けられなくなるだけだ。お金だけの問題ではないのだ。医者の数も、病院の施設も限られており、それを有効に利用する仕組みを作ることが重要になってくる。

 どうやれば有効利用ができるか。その鍵を握るのが医療のIT化だ。医者や看護師が行っている医療行為のうち、コンピュータができるものをコンピュータにやらせる工夫をしていかなければならない。そのためには患者のカルテの電子化が重要な第一歩だ。厚生労働省は01年、「06年度に診療所と400床以上の大規模病院での普及率6割」という数値目標を掲げたが、導入のピッチはそれよりずっと遅い。その理由はコストがかかりすぎるということ。システムを各病院ごとに作らせるのでなく、国が標準仕様で作りサーバーを一括管理し、端末を病院に安く使用させればよい。

 個人の病歴、家族の病歴、アレルギーの有無、各種検査結果、DNAのタイプ等の情報をそのサーバーで一括管理したほうがよい。個人情報保護ができるのかということが議論されるだろう。確かに超えなければならないハードルは高い。しかし、我々がより良い医療サービスを受け続けるための絶対条件であり、何としてもこのハードルを越える努力をすべきである。それによるディメリットより、メリットのほうがはるかに大きいことは、必ず理解されるときが来る。

 電子カルテが普及し、個人のデータが十分蓄積されたら、次は診断システムである。インターネットにつなぎ、病状を入力すれば、その人のデータを基にコンピュータが適切な指示をしてくれるシステムだ。十分なデータと、最新の医薬に関する情報が入れば、診断は通常の医者の診断よりも正確だというレベルにするのは容易なことだろう。そうであれば、医者に行かなくても、インターネットに接続されたコンピュータさえあれば、自宅から診断してもらえる。コンピュータは入力された情報に基づいて、救急車を呼べとか、暫く寝ているだけでよいとか、市販のどの薬を飲めとか、あるいはどの病院のどの医者と相談せよとかの指示を出す。コンピュータの入力が苦手な人もいるかもしれないが、合成音声と音声認識の技術を使えば、普通に人と会話するように、コンピュータと会話するだけで、キーボードに頼らなくても良くなる。もちろん完璧なレベルに達するには時間が掛かるが、これは確実に進歩していく。

 もちろん、病院で医者に診察を受けることが無くなるわけではない。コンピュータによる予備検診の後、コンピュータが詳細な分析を行い、その結果を持って医者の診察を受ければ、医者もより高度な診断が可能となる。この診断システムは、医者の負担を軽減し、収入増にもつながり、本当に必要な医療サービスに医者が専念できるようになる。

 このように、一つ一つ人間が行っている仕事をコンピュータに覚えさえ、コンピュータに替わりにやってもらうようにすることが、医療サービスの質も向上に繋がってくるし、医療費削減も可能となる。そのようなシステムの開発に金が掛かりすぎるということであれば、その部分は刷ったお金を使えばよいということだ。

 政府は75歳以上の老人を一般の人と切り離して医療保険制度を作り、75歳以上の老人向けの健康保険料をこれからどんどん上げていくつもりのようだが、老人いじめをやっているようでは、自民党の未来は無い。コンピュータの活用により、より高度な医療が、より多くの国民に受けられるように努力すべきだ。

 コンピュータの進歩は早い。今世紀中にロボットはほとんどの能力で人間を上回ることは間違いない。ロボットが提供する医療サービスも例外ではなく、それを前提で医療を改革していくべきだ。

“おしらせ”

明日(5月21日水曜日)は日本経済復活の会・第51回定例会があります。憂国のエコノミスト・紺谷典子先生です。小野盛司会長のお話もあります。読者さんもこぞってご参加ください。(神州の泉)

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