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2008年6月28日 (土)

植草一秀さんというお人について・・。

  ほんとうにブログというものはうっかりしたことは書けないものである。6月25日に書いた拙記事『無題(管理人より』で、心ならずも曲解的な記事になっていたことを強く反省する。植草さんが6月22日に書かれた『政治の対立軸(2)三つのトピックス』というブログ記事の中で、グリーン・ピースに関する記載が少しあったが、愚かな「神州の泉」管理人の私は、グリーン・ピースの記載に過剰反応し、あたかも植草さんがグリーンピースの行動を全面擁護したと言わんばかりの誤解を与える書き方をしてしまった。

 まったくもって私の曲解である。あとで植草さんの書かれた該当記事をよく読んでみたら、私が受け取った文意とまったく違う文脈で書かれていたので、しばし恥じ入った次第である。誤解を与えた人たちや、植草さんご本人には多大なご迷惑をおかけしたことを深くお詫びする。グリーンピースに関する私個人の見解と、植草さんがブログに書かれた内容にはまったく関連はないことであり、私の書き方が植草さんを否定するかのような印象を与えてしまったことは悔いが残る。植草さんには心からお詫びする気持ちで一杯である。

 植草さんはグリーンピースに関しては下記のことしか書かれていない。
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グリーンピース関係者が逮捕され、世論がグリーンピース・バッシングに誘導されているが、財政資金が投入されている機関の不透明な実態の全容を解明することの必要性はまったく減じていない。

 グリーンピース関係者を逮捕までする日本政府が、拉致問題の全面解決を棚ざらしにしたまま、経済政策解除に動くのは、日本の「対米隷属」を象徴する以外の何者でもない。
__________________________________________

 この文脈が主張することは、世論がグリーンピース叩きに矮小化され、GP関係者に強硬に対応する方向だけに傾いて、肝心の公的資金が投入されている調査捕鯨関係者の不透明性を棚上げしてもいいのかということである。まったく植草さんのおっしゃるとおりである。グリーンピースの不法な行動を責めることと、調査捕鯨関係者が不公正なことを行なっていることはまったく別のことであり、公的機関の社会的責務を厳しく追求する必要性は微塵も減じていないというのが植草さんの本意だった。

 これに対して不肖な私は、グリーンピースという団体は強硬に叩かなければいけないというような、植草さんの文意をまったく無視した書き方をしてしまった。まったく自身の不明を恥じるばかりである。私の書き方は、排外的ナショナリストと受け取られてしまっても仕方のない稚拙な書き方になっていた。私自身は2006年9月13日に、植草さんが理不尽な偽装事件に遭遇した次の日から、植草さんを擁護し続けている。当日のブログを見ていただければお分かりのように、私は植草さんが国策捜査に遭遇したと、確信的に書いている。しかも、品川事件を含めて謀略に巻き込まれたという視点を鮮明に打ち出している。

 この確信の理由は何かと問われたら、表層的には植草さんが小泉政権を糾弾していたからと言えるのだが、私自身のもっと深いところで、植草さんに対する人間としての確信的な洞察があったからだ。このお人なら、良心や筋を曲げないで、悪いものを悪いと、どこまでも真っ直ぐに言い続けるだろうと。この世の中には、稀にだが、自爆しても良心を曲げない人たちがいる。彼も明らかにその人たちの一人だ。その確信があまりにも強かったので、私は即座に擁護し続けることを決心した。そのことは今になってもまったく変わっていない。私と植草さんは、歴史認識にも、思想にも、核兵器に対する考え方にも差異はあるが、そういう差異をはるかに超える真摯な雰囲気をこのお人は持っている。それが何であるかを、言葉で言うのは難しいかもしれないが、『知られざる真実ー勾留地にてー』を読んで、たった一つだけは明確に言えることがある。第三章第2節「人類の歴史」からの175-176ページにこう書かれている。
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「人類の歴史を振り返ると美しい世界は広がっていない。人類は支配と被支配、戦争と殺戮(さつりく)を繰り返す歴史を負ってきた。動物の世界の弱肉強食は自然の摂理に従って起こる。しかし、人間の支配、被支配、戦争や殺戮は自然の摂理によって生じるものでない。
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 絶対的な楽園である「エデンの園」を追放された人類は、今日まで戦争や殺戮、病気、裏切り、侵略、収奪、奴隷化など、さまざまな凄惨な光景を目にし、苦痛を味わい、苦痛の種を撒きながら現在に至っている。じつは私も根底は排外的ナショナリストではなく、人類の大きな歴史観の根底に、植草さんが書かれた上記の俯瞰的情景を強く有している。人間存在の持って生まれた罪深さ(キリスト教的には原罪)には、何とも言えない哀しみと絶望感に時々さいなまされる。ここにおいて、植草さんは自分と世界観的感性で似たところがあるお人だと思っている。私も若いときから、人間が人間に対して、その関係性の中で行なう最も無礼でむごいことは、『支配、被支配』だと思ってきた。

 他の人間に対して、力やお金を誇示して隷属させるくらい罪深いことはないと思う。人間は個々に尊厳を保ち、自由であるべきだ。他者や他国を意のままに支配しようとするところに人類の不幸が現出する。この感覚は植草さんと強く共通している。だから、巨悪を憎んで単身でそれを糾弾する人たちには、心から賛同し、応援したくなる。私が植草さんや、鹿砦社の松岡さん、西宮冷蔵の水谷さんに惹かれるのはそういうことである。彼らには強い良心があり、他者の利益のために不利な立場を覚悟して巨悪に向かう心がある。ここには人間としての本物のやさしさがある。私のことはともかく、植草さんのように人類史の俯瞰に静かな目を投じている人は、どのような道から入っても、人類の負の側面を何とかしなければならないという考え方に逢着するだろうと思う。だからこそ、彼は小泉政権の弱者廃棄姿勢が許せなかったのだと思う。

_________________________________________
私は私の主張に対する批判を封じ込める考えを一切持っていない。あらゆる問題について、多数の見解、意見があることは当然であり、自由主義社会の美点のひとつは、自由な言論活動が容認されることにあると思う。建設的な論議は非常に大切だと考えている。
________________________________________

 この文章を見ると、私の書いた軽率な記事が、植草さんに無用なご心労を強くおかけしたかもしれないことを強く感じる。しかし、時々胸に手を当てて思うのだが、生きることも、ブログ記事を書くことも、後悔や恥ずかしさとの対峙の連続である。

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コメント

kenkensyaさん

 植草先生の大変興味深い逸話、ありがとうござ
います。

投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年7月 2日 (水) 10時28分

証券関係者の間で、まことしやかに流れている植草一秀先生の逸話がある。2002年だったろうと推測されるが、当時まだ野村総研におられた植草先生が株式講演会で「このままの政策を採る限り、これからも株式は下落するものと思われる」という話をなされた時、
野村の1兆円ファンド(投信)で大損をこいている聴衆の一人が「馬鹿野郎、そこまで分かっているのなら、どうして野村證券に教えてやらねえんだ!」と怒鳴ったとのことである。植草先生は絶句なされて立ち往生、かろうじて「野村総研と野村證券は別会社ですから」とおっしゃったというものである。

出来過ぎた話なだけに真偽の程は定かではないし嘘臭い気もするが、もし本当だとすれば二つの意味で植草先生の素晴らしさを語っていると思う。

第一に親会社(?)に遠慮せずに自らの信じるところを述べた植草先生の精神の強さである。いくら野村総研とはいえ宮仕えであることには変わりはないのだから私も含めた弱い人間だったらもう少し話を曖昧にして、お茶を濁す。
第二に、聴衆の野次を真に受けて反応された誠実さである。竹中某や木村某であれば居直るなり、軽く受け流すことは間違いないだろう。

投稿: kenkensya | 2008年7月 2日 (水) 09時00分

ウィキ:年次改革要望書での植草氏の記述について
*「竹中平蔵は、政策上の議論で植草一秀氏にまったく歯が立たなかった」という文言を不記載とする。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8&diff=20424326&oldid=19604143

投稿: | 2008年6月29日 (日) 14時10分

いつもブログ更新、ありがとうございます。
私にとっては、植草さんも、神州さんも、反NWO陣営の同志です。
お二人ばかりでなく、全ての反NWO陣営の同志たちを、心から応援しています。
全ての同志たちに、神の加護と祝福を祈念して止みません。

投稿: マナセ | 2008年6月28日 (土) 23時59分

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