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2008年7月 3日 (木)

鹿砦社・松岡利康大弾圧事件は夜警国家変貌への証し(その2)

   二、強者が弱者を狙い撃つ暗黒の夜警国家

 昨今日本の病弊を簡単に言うなら、対米属国化がより顕著になり、それは特に金融経済領域に著しい。もともと新自由主義的な傾向は中曽根政権辺りから顕著になっていたが、小泉政権に至っては、聖域なき規制緩和のもとに、日本型の市場構造をグローバル・スタンダードに激変的に適合させた。

 「聖域なき構造改革」と銘打ったこの急激かつ圧倒的な構造改変が、どれほど無辜の人間や企業の命を奪ったか、その弊害は測り知れないものがある。市場原理至上主義による弱肉強食型の経済体制を敷設することが小泉・竹中構造改革路線の目的であった。この構造改変以降、我が国は国策パラダイムが極端な新自由主義(ネオリベ)に傾斜した。この動きはラディカルな革命に近いものであり、日本の社会構造は根底から拙速に変質した。わかりやすく言うなら、強者が弱者を徹底的に支配し、搾取し尽くすシステムに切り替えられたのである。これに呼応して、言論の自由は急激に蚕食され、大手メディアは権力の走狗と化した。

 国民は深刻なデフレが固定化した平成大不況に意気消沈している間に、憲法第21条がつとに無効化されてきた状況に気付いていない。このままでは、ごく近いうちに言論や出版の自由がすっかり形骸化し、人々は本当に言いたいことが言えなくなってしまうことになりかねない。

 国民はやがては権力に迎合した生活を余儀なくされ、経済強者や官憲の顔色を伺いながら、卑屈で怯惰な心持ちで日々を過ごすようになる。言論界は太鼓持ちのような当たり障りのない表現だけになり、社会悪の批判や弾劾は夢のまた夢となる。おそらく風刺さえも禁止される社会に突入するだろう。鹿砦社の弾圧は、そういう究極的な閉塞社会が間近に迫っていることを我々に教える。

 なぜそう感じるのかと言えば、植草氏や松岡氏に対して官憲が行なったことを見て、それを国家を牛耳るパワーエリートの意志として捉えれば、彼らがこれから造ろうとしている日本の姿がおぼろげながら浮かんでくるからだ。

 この動きは超絶的な格差社会の到来を予見させる。小泉・竹中構造改革路線は、米系国際金融資本の言うかがままにネオリベ経済体制を敷設した。これが生み出す超格差社会は固定化され、国民労働の成果である富は不公平に傾斜分配される。わかりやすく言うなら、会社の利益は株主に還元され、社員には分配されない。強者が弱者を犠牲にしてますますいい目を見る社会システムが構築されつつある。それに加えて、似非保守連中が策動する主体性なき改憲論の動きは、自衛隊を合法的にアメリカの傭兵にしようとする策謀にほかならない。ただし、傭兵は報酬をもらうが、この場合は日本の莫大な国富をアメリカに貢いだ上に、アメリカのために日本人若者の血が流されることになる。

 このような冷血な法律を策定する売国奴たちの方向性にこそ、言論の自由が封殺される契機が存在するのだ。日本の構造を改変し、自分たちの欲望をほしいままに実現するシステムを円滑にするために、エスタブリッシュメントは、日本にミルトン・フリードマンを始めとするシカゴ経済学派たちの創設した新自由主義をもたらした。

 その目的は、日本型資本主義システムによる富の公平配分を破壊して超格差社会を出現させ、構造的に経済弱者を大勢生み出すことにある。国民の大多数を経済弱者に落としてしまえば支配が容易になるからだ。これを行なうためにはメディアを掌握し、世論を随意に形成する必要があった。そのために権力中枢は国際金融資本の資力を使って主要メディアを握った。メディアは資本強者や権力を批判できなくなり、一部の特権階級だけがわが世の春を謳歌する最悪の状況が訪れようとしている。小泉構造改革継承路線とはこのような構造を帯びている。

 社会動向を安易に生物学的な類推で考察するのは、必ずしも有効とはかぎらないが、時にはわかりやすいこともある。社会が変化する時は森林生態学的な経過をたどる場合がある。それは森林の多様な植生が変化し、やがては平衡してゆく有様と似ていなくもない。植物群落が遷移していき最終段階になると、群落と環境との間に一種の動的平衡状態ができるが、群落は安定的に落ち着いてしまう。これを極相と言うが、このアナロジーを小泉・竹中構造改革路線に適用すると、彼らが目指した徹底した自己責任論、小さな政府、聖域なき規制緩和等は、それまで築き上げてきた日本本来の自生的秩序をことごとく破壊しつくす暴虐であった。

 その結果、日本特有の社会セーフティネットは消滅した。今年の4月から始まった「後期高齢者医療制度」は老人に自己責任原則を被せ、彼らのなけなしの年金から強制天引きを行なうという非道さだ。しかも、二年毎の見直しで天引き増額が行なわれることは目に見えている。文字通りの棄民政策だ。これが象徴する近未来の日本は、新自由主義社会の行き着く先、すなわち極相社会として、数パーセントの大金持ちと、自由と批判精神を奪われ奴隷化した大多数の貧乏な市民に階層分極化する。

 この極相社会を夜警国家というが、徹底した奴隷労働と相互監視、密告(チクリ)社会が実現するかもしれない。強力な武器を持った警察が市中を徘徊し、市民を睥睨する恐怖社会が到来する公算は大きい。オーウェルも真っ青の監視社会はけっして幻想ではないのだ。

(3)に続く

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