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2008年7月26日 (土)

真夏の風物詩「西瓜」

○西瓜喰いの奥義、etc・・。

 ここのところ、真夏の猛暑が続いている。これからも一層暑さが強くなっていくだろう。私は冷房が嫌いで、なるべく自然の暑さに身体を慣らそうとして汗が出るままにしているが、さすがにここ数日はつらい暑さである。そこで酷暑になると、条件反射的に思い出すことが貝原益軒の「養生訓」に有名な下記の言葉だ。

 瓜は風涼の日、及秋月清涼の日、食ふべからず。極暑の時食ふべし

 つまり、酷暑の真夏はキュウリや西瓜など、瓜(うり)類を食べると暑さ負けしないということらしい。私は物心ついてから西瓜が大好物であったので、夏になると益軒のこの言葉と関連付けてたくさん食べるようにしてきた。何のことはない、ただ好きなだけなのである。

 父が健在だったころは、畑を少しやっていて、さまざまな野菜類を作っており、西瓜も有機栽培で毎年作っていたが、ここ数年は自家栽培の西瓜を食べていない。そこでスーパーなどで買って食べていたが、なかなかみずみずしくて美味しい西瓜に出会ったことがない。ところが、昨日、近所のスーパーで新潟産の中玉を買って食べたら、これが大当たりで、肉質がきめ細かくみずみずしくて、さわやかな甘さで満足した。考えてみると子供の頃、食べた西瓜はほとんどこのように美味しい西瓜だった。冷蔵庫のない時代だったから、井戸水や付近を流れる小川などに冷やしていた。井戸水くらいの温度で冷やした方が美味しいのである。今のように食べ物が豊富にない時代だったから、西瓜は貴重な夏のおやつであった。冷やした西瓜を母や父が包丁を入れて真っ二つに割る瞬間にときめいたものだった。

 私くらい年季の入った西瓜喰いになると、西瓜に二種類の味わいを求めるようになる。最初はもちろん、赤い果肉のさわやかな涼味と甘みを味わうが、普通の西瓜好きの人は、そこで満足してしまうのである。ところが私のようなレベルに到達すれば、そんなもったいない食し方は我慢ならないのである。西瓜の本当の旨さは、実は皮の白い部分にあるのだ。あの白い部分にこそ、西瓜本来の旨味がぎっしりと凝縮している。その部分にこそ、ウリとしての西瓜の本質がある。内部の赤い果肉の部分の甘さは子孫を増やすために、鳥獣を欺いて、種子を広範囲にばら撒くための偽装ではないだろうか。しかし、ほとんどの人は西瓜の本質をあの赤い果肉部の甘さだと思っている。でも、勘違いしてはいけない。西瓜は果物ではなく、分類学上はウリ科のツル性一年草なのだ。しかし、ウリ類ではメロンと同様に、果肉には糖分がたくさん含まれていて、果物感覚で食べられている。もしかしたら、西瓜は進化の過程で、甘さを好む生物にタネを運ばせるために赤い果肉部分を果物仕様に偽装したのではないだろうか。園芸業界や菜園で、西瓜を果菜類(=果物と野菜の中間の意味)と分類していようが、西瓜はウリなのだ。(笑)

 だから、西瓜を食べている読者さんに進言するが、西瓜はウリ類だという認識を新たにして、虚心坦懐にあの白い部分を味わってみられてはいかがだろうか。果物感覚で甘い果肉を食べた後、まったく気持ちを変えて、キュウリの仲間だと思って、その白い部分を食べてみられるとよい。ウリの絶妙な味が口中に広がるだろう。ただし、促成栽培的に熟したものは皮は不味くて食べられない。あくまでも、自然の条件で、自然に熟したみずみずしい西瓜のみに私の言ったことは当てはまる。

 西瓜には昭和30年代の思い出が染み付いている。切った西瓜を家族で縁側に腰掛けながら、タネをプッと吹いて飛ばしあった。こういう光景は私の年代では、夏の思い出として、みんな似たようなものであろう。懐古趣味ではないが、当時はゆったりした時間と場所があった。今は環境的によくない。縁側もなければ、西瓜を冷やす井戸水もない。人間がほっとする空間がなくなってきているのが現代生活の特徴だ。効率と価値観の特化性、わかりやすい即物的な空間利用。しかし、現代社会のこういう計算された空間の矮小化や特化性にこそ、人間のゆとりや情緒が破壊される元凶があるように思う。昭和30年当時のあの縁側空間や、何にも利用されていない多くの空き地、あるいは森林資源として捉えられていなかった多くの里山こそ、実は人間にとって最も有用な空間ではなかったのか?

 基本的な疑念がある。だいたい、人生の辛酸をなめつくして生き抜いてきたお年寄りに、ほっとする空間を提供できない現代社会を健全な文明と呼べるものだろうか?縁側で、祖父母と孫が西瓜を食べながら、話ができたあの空間はほとんど見当たらないではないか。今はどこかがおかしい。

 現代社会の無機的な空間では、西瓜は風物詩になりえない。

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コメント

スイカはアフリカ原産だそうです。皮に近い白い部分は切り取って酢の物にして食べたことがあります。瓜のさっぱりした味がしました。

投稿: るる | 2008年7月26日 (土) 21時06分

西瓜だけではなく、胡瓜、茄子、トマトも体を冷やす食べ物です。東洋医学で言うところの陰の食べ物なのだそうです。これらを夏に多く食べているせいか、職場のエアコンが効きすぎると感じるようになりました。「秋茄子、嫁に食わすな」とは、茄子を秋口に食べてしまうと、更に体を冷やしてしまうから妊娠できにくくなってしまうので、嫁さんの体を案じてのことだということです。秋茄子が美味しいから、意地悪をして食べさせないということではないのだそうです。

投稿: | 2008年7月26日 (土) 19時14分

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受信: 2008年7月26日 (土) 23時37分

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