お金を刷るのがなぜいけないのか(小野盛司)
(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第100弾です)
多くの政治家やマスコミに出演するコメンテーターなどは決して、「お金がなければ刷りなさい」という提言など行わない。しかし、本日(7月20日)の報道2001にあったように、皆さんお金が足りなくて本当に困っている。番組で調査したところ生活が苦しくなったと答えた人が72%もいたそうだ。それはそうだ、デフレはお金が消えていく怖い病気。お金が消えれば国民はどんどん貧乏になっていく。貧乏になった国、日本に、ヨーロッパなどの金持ちになった国からどんどん観光客がやってきて買い物をする。彼らにとって貧乏な日本の物価は安い。給料が安いからだ。
お金が消えていく病気を治す方法はただ一つである。「お金を刷りなさい。お金をつくりなさい。」ということだ。しかし、報道2001に出演した方々は一言もそれに触れなかった。本当は言いたいのかも知れないのだが、言えない。なぜだろう。それは単純な迷信からくるもの。よく似た例がエホバの証人たちが、宗教上の理由から輸血禁止を言っていることと非常によく似ている。私はエホバの証人を非難するつもりはなく、宗教の自由は日本では憲法で保障されているのだから、このことに関して彼らを攻めるつもりもない。何らかの理由で血が足りなくなったら、私は輸血をしてでも命を救うことは良いことだと考える。これは私の考えだ。私は輸血禁止の考えを取らない。
お金を刷ることを禁止する考えは、一種の宗教だろう。デフレでお金が実体経済から消えてしまい、国民生活がどんなに苦しくなっても、お金を刷るべきでないという考えが日本を支配してしまった。これは経済学上、あるいは計量経済学上の結論ではない。もしも経済学上の結論でお金を刷る政策が否定されるのであれば、政府も堂々を論争に応じるだろう。政府は徹底してその議論を力で封じようとしている。その証拠に、我々が質問主意書という形で質問をしても、総理からの答弁書はいつも「内閣府のモデルは誤差が大きすぎるので参考にならない」となっている。「黙れ」と言ったつもりなのだろう。政府はやっかいな宗教にとりつかれたものだ。
先週、内閣府は2008年度の名目と実質のGDPの予測を出した。実質から名目を引けばデフレーターが計算でき、2008年度の予測は-1%だ。これを使ってデフレーターの国際比較をしてみる。日本以外はOECDのデータだ。
デフレーターが0以下になると、デフレと呼ばれ、大不況を意味する。お金がどんどん消えていき、国民がどんなに長時間働こうと、どんなに素晴らしい発明をしようと、経済システムをどんなに改革しても、どんどん貧乏になる運命にある。だからこそ、どの国も絶対にデフレにしないようにしている。短時間だけデフレにしてしまうことはあっても、政府は直ちに景気を刺激して(お金を刷って)デフレから脱却している。日本はとんでもない宗教にはまってしまったもので、理由もなくお金を刷ろうとしない。それどころか、増税や歳出削減をしてデフレに拍車をかけている。
例えば政府が1兆円の増税をして国の借金を1兆円だけ返したとする。国の借金は現在長期が800兆円、短期が200兆円くらい、合わせて約1000兆円ある。1兆円の増税でそれが999兆円になるのか。いや違う。毎年政府は利払い等で30兆円近く新たな借金を増やしている。1兆円の増税で、借金の増え方がほんの少し減るかもしれないが、借金は増え続ける。この方法でいつ借金は返せるのかというと永遠に返せないのだ。しかし、国には通貨発行権というものを持っている。これを使えば、国の借金は一夜にして返せる。
これは輸血と同じだ。血が足りなくなっても輸血を受けないとがんばる人、出血多量の場合は死ぬしかない。輸血を受ければ血液不足によるショック死は免れることができる。日本の経済もこれに似ている。お金が足りなくなった。お金は刷らないと、いつまで頑張るつもりだ。お金を刷れば、日本経済を助けることができるのだ。もちろん、刷ったお金の額が多すぎればハーパーインフレになるが、計量経済学でしっかり計算して刷ればそんなことには決してならない。輸血でも多く輸血してしまうと害になるが、適量なら人の命を救う。
7月24日(木)には、日本経済復活の会が開かれます。今回は8月8日(木)の大田大臣との公開討論会での戦略を話し合いましょう。どなたでも参加できますし、今からでも申し込みが可能ですので、一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。
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日本に希望を与える信念の男、城内実
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コメント
7/22の東京市場における値下がり率ランキングのベスト20のうち何と12社までが、不動産、建設業の株式である。東証一部の株式でありながら既に高値の10分の1の株価になっているものもかなりある。これは平成バブルの崩壊以来のことである。一刻も早く「景気対策」(官から民への資金の移動。この意味では国民新党の意見が正鵠を射ている)を行わないと大変なことになる。今、手をうたないと「株には先見性がある」から数年後には日本に昭和恐慌以上の失業者が溢れて餓死者が出るような本物の地獄絵図が到来する。
池田勇人は、若手の新聞記者に新聞の株式欄を叩きながら「株価さえ見ていれば経済の姿が見えるのだ。お前たちも吉田派だ河野派だと下らないことばかり追っかけていると、馬鹿がますます馬鹿になるぞ」と教育したそうである(たしか早坂茂三氏の著書)。
投稿: kenkensya | 2008年7月23日 (水) 01時11分
1918年の米騒動と同じ事を繰り返すのか?
お金を刷って急場を凌ぐのか?
米騒動
http://ja.wikipedia.org/wiki/1918%E5%B9%B4%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95
投稿: | 2008年7月23日 (水) 00時12分
>tomitaさまへ
それにしても不思議でならないのは、なぜ本邦財務省が米国の国益(または米国の一部の人間の利益)にしかならない米国式グローバリゼーションを一意専心、総卸元となって日本に広めようとしているのかということです。それは、あたかも赤道直下の熱帯雨林に人口スキー場を造成しているかの如き観があります。財務省官僚にとっておそろしく利益になることがあるのでしょうか?
かつて司馬遼太郎はその名著「人間の集団について」の中で「政治体制というのは極めて土着性の強いもので他国へ輸出することは不可能である。従ってもしソ連式の社会主義を他国で行わせようとすれば戦車を背景とした恐怖政治を必要とする」という卓見を述べています。
この文章の「ソ連式の社会主義」を「米国式グローバリゼーション」に置き換え、「戦車」の部分を「諜報機関とトマホーク」に置き換えてみれば、現在の日本の置かれた状態にぴたりと嵌るから吃驚します。
「植草教授捏造逮捕事件」「人権擁護法案」「郵政解散における刺客」と並べてゆけば、日本の政治が恐怖政治に流れていっているのが一目瞭然だと思うのです。
投稿: kenkensya | 2008年7月22日 (火) 23時42分
尚、バブルの犯人についてですが、私の方こそ素人ですので
日銀が主犯か大蔵省が主犯かなどは確信は持ち合わせていないのですが、
kenkensyaさんの見解(特に現場感覚に基づいて書かれたくだりなど)興味深く拝読しました。
どうもありがとうございます。
投稿: tomita | 2008年7月22日 (火) 22時39分
長文のご返信恐縮です。どうもありがとうございます。
これを機に改めて植草氏の主張をネット上だけですが読み直してみました。
私は正直、植草氏は構造改革反対論者であると思い込んでいたのですが、微妙に違うのですね。
私は勘違いをしていたようです。植草氏の最大の主張は大蔵省財務省批判なんですね。
また、デフレリスクよりもインフレリスクを重要視している印象も見えてきて、
おかげさまで植草氏の言動が納得できました。
しかしだからといって、
・日銀が厳然たる構造改革派であること
・日銀がデフレを放置し続け国民を苦しめるばかりか、それにより構造改革のエンジン役を果たしていること
この2点を植草氏が容認し続けることは納得はすれど、やはり共感はできないですね。
また、もし植草氏の主張のように金融面でも財務省が絶大な力を持ち続けているというのであれば、
法的に独立性が高まった現在、なおのこと日銀にしっかりやれと怒るべき、厳しく見るべきと私は考えています。
投稿: tomita | 2008年7月22日 (火) 22時28分
>tomitaさまへ
経済に関しては全くの素人である私が申し上げるのは、些かおこがましいのですが植草先生は財務省(大蔵省)の統制が日銀に深く及んでいることを危惧なされているのではないでしょうか?少しでもこのクビキを軽くしない限り、日銀は常に財務省の言いなりとなってその尻拭いをさせられたり、共犯(主犯)とされてしまう、そのように考えておられるのではと勝手に仄聞いたしております。
世上、平成バブルを生成させたのも日銀、それを無理やり崩壊させたのも日銀とされておりますが、この両者ともに大蔵省の果たした役割のほうが大きいように思うのです。否、大蔵省が行った間違いを日銀の責任にすり替えたと考えるべきです。
平成バブルを生起させたのは日銀の公定歩合引き上げが遅れた為と言われておりますが、第一の原因は大蔵省の指示によって行われた猛烈なドル買い円売りの為替介入です。これが外為市場という何処か見知らぬところで行われたと勘違いなされている方が多いが、各銀行の口座には手持ちのドルと交換された大量の円が日銀から振り込まれたのです。どうやって運用しようかと頭を悩ませていたドルが突如、国内で通用する円に化けたのですから各銀行員がその融資先を求めて大慌てで行動を開始しました。
第二の原因は、税制の不都合です。土地税制を杜撰なまま放置しておいたため国民はこぞって土地は値下がりしないという土地神話を抱いておりました。私見ですが、有利な税制が25年(one generation)続くと皆がそれを信じる神話が生まれるのではないか。こういうところに大量の円が融資という名で注入されたら土地バブルが起こらないはずはないのです。税制を整備できるのは日銀ではありません。大蔵省なのです。
次に平成バブルを崩壊させた者は誰なのか、と考えてみたい。これも日銀の三重野総裁による急激な公定歩合引き上げが原因のように言われておりますが、平成バブルは、橋本内閣のときに出された大蔵省の不動産融資総量規制という通達によってそのずっと前に終っていたと思います。私はその頃、平成バブルの末席の隅のそのまた隅のホコリのような仕事に就いていたためこれを実感しました。もう銀行から金は出ない、不動産業者はノンバンクに殺到するしかありませんでした。また人間、行き詰まるとまことに下らないことを考えるもので、足りなくなった資金を株式市場で何とかしようと無理して集めた資金を、価値もないような株の仕手戦に投入して更に株式市場のバーストを大きくしました。無論、本人もあっという間に悲惨な没落です。
# これ以降のことについては、いずれ機会があれば投稿いたします。これだけでも十分長過ぎます。
投稿: kenkensya | 2008年7月21日 (月) 12時44分
日本のデフレを推進する構造改革と日銀。
植草氏も構造改革だけでなく日銀の責任にも気付いてくれればいいのですが。
投稿: tomita | 2008年7月21日 (月) 11時10分