「竹中平蔵氏&木村剛氏」と植草さんの確執
日曜日(27日)の御用番組「サンデープロジェクト」に、竹中平蔵氏と木村剛氏が仲良く肩を並べて出演していた。ほんの少ししか見られなかったので、全体として彼らがどのようなことを言っていたのかわからないが、竹中氏のりそな銀行救済に関して言及した部分は印象に残っている。正確ではないが、竹中氏は、「あれは非常に適正な不良債権処理だったわけです」という意味のことを言ったように思う。りそな処理に対する当事者として、竹中氏のこの発言は、当然ながら植草さんの指摘する見解と真っ向から異なっている。竹中氏と木村氏が仲良くテレビ出演している姿を見ると、竹中氏が2002年9月30日の組閣の後に、金融再生プロジェクトチーム(PT)なるものを発足させ、後に木村剛氏を参画させたことに思い当たる。このチームの目的は金融行政のルール変更であり、その首謀者がこの二人であった。
植草さんは2006年9月13日に京急事件に見舞われた。品川手鏡事件も含めて二度にわたる植草さんの国策捜査論に懐疑的な連中は、しばしば次のような質問を行う。それは小泉政権にとって、植草一秀氏という一介のエコノミストの存在が、そんなに影響力のある重要な存在なのか?という疑問である。その答えはYES、小泉政権の本質を見抜いていた植草さんは、彼らの政策遂行にとって、理論的に最も懸念すべき阻害要因だったことは確かである。京急事件の起きた年の6月25日に書かれた「第10回『失われた5年-小泉政権・負の総決算(4)』」にはこう書いている。
『2003年のりそな処理=株価底入れの過程については、3つの重要な論点があると述べた。①金融行政と外国資本との連携の疑い、②りそな銀行がなぜ標的とされたか、③りそな銀行処理における繰延税金資産計上の不自然さ、の3点だ。
小泉政権は大銀行についても、「退出すべきは退出させる」方針を貫くことを再三にわたり表明していた。日経平均株価が7607円まで暴落した最大の理由がこの点にあった。大銀行が倒産させられるなら、企業の破綻は一気に拡大する。そして連鎖的に第二、第三の銀行破綻が引き起こされるだろう。いわゆる「金融恐慌」の懸念である』
結果的に金融恐慌は起こらなかった。繰延税金資産計上の不自然さなど、大銀行を破綻寸前まで導いたが、寸前でその自己責任原則論を放棄して救済した。りそな救済にまつわる一連の動きには究明すべき背景があると植草さんは力説している。つまり、植草さんは、りそなの実質国有化には非常に不自然で大掛かりな人為的操作が施されている可能性があることを繰り返し指弾しているのだ。外国資本および買弁勢力と結託した金融再生プロジェクトチームが主導して、巨大なインサイダー取引疑惑が行われた疑惑を植草さんだけが見抜いていた。植草さんは現在も、竹中氏だけではなく、木村剛氏にも相当強い警戒心を抱かれていると考えてもまったく不思議ではない。その一つの証左が、最近、木村氏と関係の深い藤井まり子氏が、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」で、唐突に植草さんの誹謗中傷を行ったことも間違いなくその線であろう。植草さんが現在ブログで精力的に清和会や「偽装CHANGE」勢力の胎動を警告し始めたことも、木村氏や竹中氏などを痛く刺激しているに違いない。
植草さんを敵視している人物は、もちろんこの二人だけではなく、小泉政権を持ち上げた勢力すべてが、当時の政策パラダイムに反する植草さんを第一級の抵抗勢力として、その発言を封じたいと考えたとしても当然である。小泉政権が終え、その後を引き継いだ安部政権、そして現在の福田政権になっても、清和会主導の売国勢力は存続しており、小泉政権が敷いた国民を苦しめる政治体制の堅持に躍起になっている。その趨勢を植草さんは「偽装CHANGE」勢力に警戒しろという、まことに適切な表現で、今、精力的にブログで発信し続けている。「偽装CHANGE」勢力の構成要素は植草さんの言う「悪徳のペンタゴン」である。悪徳のペンタゴンとは、「政治屋(政)・特権官僚(官)・大資本(業)・米国(外)・御用メディア(電)」の五角形構造である。
気をつけなければいけないのは、中川秀直氏の唱える上げ潮路線などは、ともすれば官僚主導論の弊害という、一見納得できる論法に隠れてその偽装性に幻惑されてしまうが、植草さんはその見分けを、高級官僚と一般公務員の区別をしないで、一般公務員が悪いと指摘する論法にあると指摘している。つまり、本当の悪は財務省が主導する一部高級官僚の天下りなどにあるが、偽装CHANGE勢力は、そこをぼかしたまま、一般公務員悪玉論にすり替えているから注意を要すると言っている。これは平沼赳夫氏などの官僚認識にも通じるところがある。中川秀直氏はその著書「官僚国家の崩壊」で繰り返し、「ステルス複合体」なる造語で、官僚とも学閥ともつかぬ曖昧な勢力を熾烈に非難しているが、これは普通に読んでいくと、私には一般公務員を指しているようにしか見えない。中川氏は、自分たちの身内共同体を尊重し、自分達の身分の安定を優先して動くエリート集団、彼らこそ抵抗勢力の本尊であるなどと書いているが、植草さんのようにはっきりと特権官僚に標的を定めていないように思う。
「神州の泉」で時々、鋭い適切な意見を書いていただいているkenkensyaさんから、木村剛氏と植草さんのテレビ出演に関する貴重な投稿を頂いているので、それを以下に記す。木村氏や竹中氏は、テレビ対論において植草さんと強い確執を示したし、金融再生プロジェクトチームでも、彼らが画策した不自然な金融行政のルール変更などを考え合わせると、彼らが植草さんにどのような思いを抱いているか、かなり鮮明に見えてくるが、いかがであろうか。言論弾圧が起こるのは、言われると不都合な連中が、然るべき不都合な事情を抱えているからである。
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「2003年の「りそな銀行」救済が発表されて間もなくだったと記憶する。東京放送のワールド・ビジネス・サテライトに出演されていた植草先生は、「りそな銀行救済策が出た後、意見と態度を180度変えた」木村剛氏と、この件について番組の中で小さな論争になるという場面があった。この時、ふてぶてしく居直る木村氏に対してムキになって反論された植草先生の目に光るものが、あったのを私は忘れることができない。おそらく、無念と、「してやられた」という思いが交錯した、「悔し涙」だったのだろう。
「ああ、この人は誠実な人間なのだな」私は直感した。私は、それ以来二つの事件について、植草氏の「無実」を疑ったことはない。高橋博彦先生のブログに出入りさせていただいている由縁である。
余談になるが、この少し前、私の弟子を僭称する証券マンが夜遅く突如電話をかけてきて
「師匠、木村剛って街金のオヤジにそっくりだと思いませんか?」
私も思わず吹き出し「ははは、そりゃそうだが、あいつは日銀出身だぞ」
「いや、私、吃驚しましてね、何故、街金のオヤジが突如、経済評論家になるのかと」
「ははは、だからお前は馬鹿だと言われるんだ」
こんな会話の直後、木村剛氏が街金まがいの銀行設立に関係したと聞き、私は呟いた。
「あの野郎、意外と人を見る目があるのかもしれん」
投稿 kenkensya | 2008年6月10日 (火) 01時23分
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コメント
バブル崩壊後、金融機関は一変してしまった。
融資分析を厳しくしていた時代から、マニュアル審査に変ってしまった。
金融機関は、融資先には「健全経営」を求めるが、金融機関自体の経営は「日銀と金融庁」の指導によって経営を変化させている。
法人貸付を増やす指導があれば「不良債権」を増産し、個人借り入れを増やせという指導があれば、「自己破産」を増産させる。どちらも一定のリスク範囲で行なわれる。
こういった現状から、りそな問題も財務省主導で「容易に」計画される。
金を扱う連中には「巨悪」が潜んでいる。
その中心に小泉がいるのだろうか・?
もはや社会的使命等という言葉は死語になっており、弱者はこれらの餌食になる。
日本版サブプライムは既に起こっている。
いずれにしても、金融機関に正義は無い!
投稿: 元金融マン | 2008年7月30日 (水) 16時12分
kenkensyaさん、こんにちは。
メディアが躍起になって植草先生の悪いイメー
ジ化を固定化しようとしていることが、冷静に
見るとよくわかります。品川事件後のフライデー
記事も、京急事件後の女性セブンの記事も、水に
落ちた犬を叩く以上の意図があります。これらは
明らかに植草先生の言論封じ込めを目的とした国
策捜査の一貫として放たれたことは間違いありま
せんからね。先生を誹謗中傷している芸能人も、
この策動の一環です。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年7月30日 (水) 12時33分
「妄想譚」
幼い頃から妄想癖だけは強い。植草先生の「品川駅でっち上げ事件」を聞いたとき、私は半信半疑ならぬ三信七疑であった。三分、これを信じたのは社会的に地位のある方がちょっと変わった性癖を有している例を二つばかり知っていたからである。七分、これを疑ったのは、下俗な言い方になるが「植草氏ほど凛々しい、いい男が(しかも地位も金もある)ご面相も分からぬ女子高生のスカートの中を覗かねばならぬほど女に不自由はしていないだろう」という、男なら誰でも有するであろうごく普通の常識であった。
私はその日、コンビニエンス・ストアでスポーツ紙を4紙購入して関連箇所を開いてみた。するとそこに掲載されている植草先生の写真は全て同じものであった。目を少し上方に泳がせ、いかにも変態性欲者に見えるような例の顔写真である。こんなことは通常ありえない。
そのとき私の脳裏に二つの像が浮かんだ。
一つはJ・F・ケネディの暗殺を扱った映画のCMで、暗殺実行者にでっち上げられるオズワルドの顔がカルカーノ銃を持って、いかにもKGBのスパイを思わせるような男の写真に合成されてゆくシーンである。
もう一つは、どこかの会議室で(おそらく築地から汐留に移った広告会社)数人の男たちが100枚を超える植草先生の写真の中から、最も変態イメージを植えつけるのに適した写真を選び出しているという謀議の図であった。私は総毛立つ思いで体を震わせた。(実際、品川駅事件について話をした3人の女性は判で押したように「あの目は絶対に変質者の目だわ」と言っていた。彼女たちは間違いなく郵政選挙では小泉自民党に投票しただろう)
これと同じ恐怖を味わったことがある。18歳のときに松本清張の「日本の黒い霧」を読んだ。その中の「帝銀事件の謎」の章に帝銀事件の真犯人は顔貌からして731部隊の○×□某であろうと思われる、という記述が確かにあった。ところが約10年後、これを読み返す気になって同じ文春文庫の「日本の黒い霧」を再度購入した。しかしいくら探しても真犯人の実名の部分は、すっぽりと抜け落ちて見付けることはできなかったのである。
投稿: kenkensya | 2008年7月30日 (水) 10時52分