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2008年8月 9日 (土)

長崎の鐘は今日も鳴っている!

(※いかりや爆さんの投稿です) 

 原爆投下の事前警告はなかった。

 今日は8月9日、長崎の「原爆の日」です。63年前の今日、広島に続き二発目の原爆が投下された。

 アメリカ人は、原爆投下が戦争終結を早めたと思い込んでいる人が多い。原爆が多くの米軍兵士の命を救ったと主張する。

 日本は終戦の数ヶ月前から、必死に終戦(降伏)を模索していた。それをアメリカが知らぬはずはなかった。

 日本の降伏を本気で早めたければ、先ず大量破壊兵器(原爆)投下の事前の警告を発するのが常識というものだろう。だがアメリカは事前警告は一切しなかった。

例えは悪いが、並みの強盗なら、『手をあげろ!金を出せ!さもなければぶっ放すぞ』と警告するではないか。アメリカの政治家にはその程度のモラルさえもなかった。

 原爆投下前に日本が降伏されては、困る事情があったからである。彼らは人体実験と破壊力のすざまじさを実測したかったのである。

 アメリカは2種類(ウラニウム型とプルトニウム)の原爆を用意していた。原爆投下前に日本が降伏されては、この実験が不可能になるのだ。

 二発目は中2日しか、間をおかなかった。間隔をあけて、その間に日本が降伏されたなら、第二の実験プルトニウム型原爆の「長崎投下」が不可能になるからだ。

 二発目はあろうことか、彼らの信仰する「神」を祀る教会、浦上天主堂の真上近くに投下された。地上における「阿鼻叫喚の世界」、「神」をも恐れぬ「愚劣な行為」、日本人だったなら、「事前警告」なしに、このような愚かなことをするだろうか。

 礼拝中の神父と信者全員が犠牲になった。浦上地区の信徒12,000人のうち、8,500人の人たちが被爆死した。

 倒壊した瓦礫のなかに、奇跡的に聖母マリアの像がみつかった。

 天主堂の「アンジェラの鐘」も瓦礫の中から、掘り出された。

 被爆したその「悲しみに満ちた聖母マリアの像」をご覧ください。
http://homepage1.nifty.com/sawarabi/5hibakuseibo.htm

 被爆した「アンジェラの鐘」は「長崎の鐘」と呼ばれるようになった。

 今日も「長崎の鐘」は、鳴っています。お聴きください。下記をクリックして、少し下方へずらすと 被爆した「長崎の鐘」の写真がご覧になれます。

そこで、
”♪サウンドをお聴きください(4回鳴ります)♪”をクリックすると、平和を希求する「長崎の鐘」の響きを聴くことができます。
http://www.carillon.co.jp/nagasaki.htm

蛇足:
 アメリカ下院議会は、昨年「従軍慰安婦」問題で日本政府の謝罪を求めた。

だが、アメリカ自身が犯した「ジェノサイド」に対しては「反省」も「謝罪」も求めることをしない。
無論、アメリカ歴代大統領は誰一人、この「ジェノサイド」に対して謝罪していない。

 今年の「ヒロシマ 原爆の日」式典には、過去最高の55カ国の代表者の参加があった。ロシア、中国の代表も参加したが、日米同盟?たるアメリカの代表者の姿はなかった。

 アメリカが最も恐れていることは、日本が反米国家になることと、「核保有国」になることかもしれない。アメリカが日本を半永久的にアメリカの属国にしておきたい理由がここにある。

 第二次大戦後、「東京裁判」で極東国際軍事裁判所憲章という事後法をでっちあげて日本のリーダーたちを「平和の罪」で裁き、7名を絞首刑にした。

 イラクには、「大量破壊兵器」もテロリストとされる「アルカイダ」との関連もなかった。にも拘らず、ブッシュ政権はイラクへ先制攻撃をした。ブッシュ政権は、アメリカが「東京裁判」で問うた「平和の罪を超える罪」を犯している。

 本来なら、日本こそが「東京裁判」で裁かれたその同じ論理「平和の罪」で、ブッシュ政権の「罪悪」を問う「権利」と「責任」を有する。だが悲しいかな、アメリカに娼婦のごとく「媚」を売る日本の政治家たち、哀れ・・・「思いやり予算」、「無料ガソリンスタンド」「郵政民営化」etc、もううんざりだ。少しは毅然たる態度はとれないものか。

蛇足の蛇足:旧聞ですが、日本の核武装論を唱えた西村慎吾議員は弁護士法違反で逮捕された・・・弁護士法違反が微罪とは言わないが、被害者がいて告訴されたわけでもない。背後で糸を引いた奴がいると思うのは考え過ぎだろうか。

 「神の意思」に背いた者は、いずれ「神の意思」による「天罰」が降る日が来るだろう。

お願い、本稿に賛成の方、広めてください。
一昨日夜8時、NHKスペシャル「封印を解かれた写真が語るNAGASAKI 米軍カメラマンの苦悩 原爆の真実」をみた。アメリカにも極めて少数派ながら、「人間の心」を持つ人がいることを知った。

 お願い、本稿に賛同の方、広めてください。
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コメント


「原爆投下は正当だった」とシーファー米大使:この発言を再度検証する。被爆2世3世4世

引用:
原爆投下は正当だったと米国大使:JanJan 小林弘史記者(2008-08-06)原水爆禁止2008年世界大会第2日の8月3日に「戦争終結を早めるため必要だった」とアメリカのシーファー大使の発言が飛び込んできた。

シーファー駐日米国大使が1日、福岡県宗像市での「日本の次世代リーダー養成塾」で講演し、高校生との質疑応答で、広島、長崎の原爆投下は正しかったかとの質問に大使は「より多くの生命が失われるのを救うため、戦争を短くするためだった」と強調した。

(中略)国際会議に参加していた海外代表は、次のようなアピールを採択した。駐日米国大使が【より多くの生命が失われるのを救うため、戦争を短くするためだった】との発言はトルーマン大統領が当時述べたものである。

しかしその後、原爆開発責任者の記録などで、原爆の威力を確かめる長期の実験計画があったことが明らかにされ、今ではむしろ原爆使用まで、戦争を引き伸ばしたということが歴史家の結論となっている。

国連でも原爆投下についての分析が進められ、その後の諸決議で人道上許されない残虐兵器であるとして全面禁止決議が繰り返されている。

国際司法裁判所は国際法違反と判断した。そうして今では核兵器廃絶の世論が世界の大勢になっている。63年前の原子爆弾投下は、広島で14万人、長崎で7万人以上の命を奪い、いまなお多くの被爆者を苦しめている。

これは国際法にも反する非人道的行為であり、どんな理由があっても絶対に正当化できるものではない。われわれは被爆者として被爆県広島の県民として強い怒りをもって抗議する。貴殿は、直ちにこの発言の誤りを認め、被爆者に謝罪するように強く求める。

このアピールは直ちにアメリカ大使館に送られた。

「敏郎日記」は当時「奈良の鹿」として、この記事へ次の書き込みを行った。引用:
奈良の鹿 米国大使は今年も、広島、長崎原爆犠牲者平和祈念式典に欠席。

8月9日の毎日夕刊で長崎の式典に「米国は今年も出席しなかった」と知りました。広島でも同様に欠席した模様です。敗戦後63年間の米大使出欠状態についてはすべて欠席だと想像しますが、たぶん当たっているでしょう。両式典は日本で最も大事な行事です。

シーファー米大使は2005年4月に着任しました。米国大使は米国を代表する立場です。任を解かれて離日するまでに何故欠席を繰り返したのか公の説明をして欲しいと思います。

此処で、思い出すのが米国のお隣の国交断絶中の社会主義国キューバです。1959年、広島を訪れたチェ・ゲバラの忠告を受け入れ、カストロ・キューバ首相(当時)は2003年3月3日に来日、原爆慰霊碑に花を捧げ、原爆資料館にも立ち寄りました。

芳名録には「このような野蛮な行為を決して犯すことの無いように」と書き残したと聞いています。

政治的手法についてはそれぞれ意見は分かれるでしょうが、このエピソードが伝えるキューバの両指導者には日本人全員が尊敬と感謝の念を持つでしょう。

敗戦後63年間、「原爆投下」についての重大な「次の事実」を今日はじめて知りました。原爆研究者のオッペンハイマーは自己の責任の重さに耐えかね自裁したと記憶しています。その気持ちが理解できます。その死に新たな気持ちで向き会います。「次の事実」とは:毎日朝刊 09・01・25 発信箱「原爆投下正当化論を改めよ」
引用:
・・・さて、オバマ大統領である。「核兵器廃絶」を世界の究極的な目標に掲げたことを評価し、期待もしている。それだけに、米国の歴代大統領が譲らなかった「原爆投下正当化論」を改めてほしい。

原子爆弾は通常の破壊兵器ではなく、体内に入った放射性物質は組織細胞を傷つける。傷つけられた細胞は再生する際に、傷のあるコピーをつくっていく。あえて書くが、被爆2世3世4世・・・と幾世代にもわたって不安に陥れる。(中略)「核兵器廃絶」という「変革」を成し遂げるためには、原爆投下の正当化論をまずは見直すべきであろう。

<原子爆弾は通常の破壊兵器ではなく、体内に入った放射性物質は組織細胞を傷つける。傷つけられた組織は再生する際に、傷のあるコピーをつくっていく。あえて書くが、被爆2世3世4世・・・と幾世代にもわたって不安に陥れる。原爆は使ってはならない悪魔の兵器だった・・>

こんな大使はさっさと米国へ帰れ! というのがぼくの意見だった。が、今は違う。正当化論を引き下げるまで日本に滞在して欲しいと思う。被爆2世3世4世、なんということだ。言葉も無い。 

投稿: 小野田 敏郎 | 2009年1月26日 (月) 12時01分

毎日夕刊連載08・10・08
「横道世之介」吉田修一

引用開始

 火葬場の煙突から白い煙が上がっており、しばらく二人で見つめていると、「世之介、【焼き場の少年】って写真、見たことある?」と清文が聞いてくる。
「【焼き場の少年】?」
「そう。原爆が落とされたあとに、アメリカの従軍カメラマンが撮った写真」
 清文の話では、その写真には大きな穴で火葬される犠牲者たちを、直立不動でじっと見つめている少年の姿が写っているという。少年はぐっすりと眠り込んだ幼子を背負っている。しかし、この写真が撮られたあと、火葬していた男たちが、少年に近寄り、背中からその幼子をゆっくり下ろして、目の前の炎の中に横たえたらしい。幼子はすでに死んでいたのだ。少年は長い間その炎を直立不動で見つめていた。強く噛み締めめすぎて、少年の唇から真っ赤な血が流れていたという。

引用終わり


奈良の鹿
08・10・09

投稿: 小野田敏郎 | 2008年10月 9日 (木) 02時13分

8月2日ナンシー・ペロシ米下院議長(民主党)広島を訪問。
議長サミットの一員としてナンシー・ペロシ米下院議長が原爆慰霊碑に献花、犠牲者の霊に敬意を表しました。

米下院議長は、米大統領継承順位はD・チェイニーに次いで2位の大事な職です。この人の訪問は画期的なことであるとおもいますが、何故か3日の中央紙には記事がありません。中国新聞とワシントン・ポストで確認しました。(1984年、ジミー・カーター元米大統領が個人の資格で広島を訪れています)

歴代米大使の63年間もの長きに渉って広島、長崎訪問を拒否してきた非礼が浮き彫りになりました。

投稿: 小野田敏郎 | 2008年9月 4日 (木) 03時38分

Kenkennsya さま、
 コメントありがとう。

>折角新潟に行ったのに競馬場しか行かなかったのは恥ずかしい限りです。 
若い頃、私も友人と新潟競馬場に行ったことがあります。

>昭和20年、当時国鉄員であった亡父も汐留の近くで焼夷弾を浴び大火傷を負いました。

 終戦時の悲惨な思い出は、いっぱいあります。
 我が家にも焼夷弾(小型)が玄関口に落ちましたが、幸い防火用水の近くだったので、父が水に浸した毛布をかぶせて消化しました。

 当時、狭い我が家には空襲で被災した家族が三家族(我が家を含めて四家族)がしばらく、同居していました。
そのなかには、背中に大火傷した子供(姉弟、私より2,4歳年上)をかかえたHさんがいました。当時は無論、抗生物質もなかった時代、病院に見舞った際、火傷した背中に、「蛆」がうごめいているのを見て、子供ながら強烈なショックをうけました。

無名さま、

靖国参拝について

>ここ十数年来、夏が来る度に蒸し返され、いい加減うんざりしてきた「靖国参拝論争」について手前勝手な解釈をしてみたい
>・・・「本物の信仰心」に欠ける・・・偽善に我慢ならない・・

 彼らの靖国参拝は、偽善、偽装ですね。
口先では、彼らは『二度と戦争を起こしてはならない、今日の平和と繁栄は、戦争で尊い命を犠牲にされた方々の上に成り立っている、だから「哀悼の誠」をささげて何が悪いのか』と開き直ります。

 政治家ならば、ましてや一国の総理ならば、「じゃー、どうすりゃいいのか」を語らねばならないし、実行しなければならない。

 先の戦争は15年戦争とも言われています。そもそもの始まりは、昭和初期中国へ出兵(侵略)したことに始まりました。これがなければ、太平洋戦争へ追い込まれることもなかったはずです。

 先の大戦の最大の教訓は「日本は、海外に軍隊を派遣しない」ことです。そうすれば、戦争に自ら巻き込まれることもなかった。それを国是とするべきです。

 アホな小泉氏は、ブッシュの犯罪的イラク攻撃に膨大な戦費で加担したのと違いますか。そればかりか、事前の国民の了解もなしに、ブッシュのイラク攻撃に賛同して、さっさと自衛隊の派遣を決めてしまった。

 靖国の祀られている、「英霊」は当時、全員「鬼畜米英」を骨の髄まで叩きこまれて、戦場に送り出された人たちです。

もし、政治家が「哀悼の誠」を捧げるのであれば、その「鬼畜米英」に呪縛されて戦場に向かった兵士と、出撃した特攻兵たちの「呪縛」を解く作業をするのが、戦後政治家たちの役割でなければならない。

 何故にブッシュの要請に応じてイラクへ自衛隊を派遣しなければならなかったのかを、納得のいく説明がない限り、鬼畜米英をたたきこまれて散って『英霊』となった兵士たちの「御霊」は浮かばれない。

小泉の靖国参拝の「誠の哀悼」は「英霊」たちへの冒涜でしょう。

 私は、小泉氏が首相として参拝して以来、「靖国神社は穢されてしまった」との思いが抜けきらず、靖国に参拝しなくなりました。

JAXVNさま、

シーファー大使のごまかし発言。

シーファー大使の戦争終結を早めるためだったという発言は、アメリカが原爆投下を正当化するための嘘でしょう。

 シーファー大使の福岡県宗像での、西日本新聞の記事ありがとうございました。
高校生の質問がやらせでなく本心から出た質問なら、たいしたものです。
 日本人はアメリカに限らず諸外国に向かってはっきり自分の意見を主張すべきだと思います。

 当時、日本は旧ソ連に対して「国体の護持:天皇制の存続」を条件として戦争終結を模索していた。それは当然トルーマン米大統領も充分知っていた。
 
 戦争終結を早めるためなら、ポツダム宣言をわざわざ「無条件降伏」にせずとも、日本が飲める何らかの条件項目をつけてしかるべきだった。

 スターリンもチャーチルそのように進言した、トルーマンはそれを請けつけなかった。しかも「ポツダム宣言」の調印国から、土壇場でソ連の名を削除した上に、イギリス、中国(国民政府)の署名もトルーマンが一人三役で署名とういう異常な形になった。

投稿: いかりや爆 | 2008年8月27日 (水) 15時53分

いかりや爆さまへ

> 北朝鮮拉致被害者には、事のほか深い同情を示し、横田夫妻の案内で横田めぐみさんの拉致現場とされる新潟寄居浜を見学した。
 
横田めぐみさんが拉致されたのは寄居浜だったのですね。坂口安吾の「ふるさとは思ふことなし」という碑が立っているそうで安吾の愛読者だった私としては一遍訪ねなければいけないと思っていました。以前、折角新潟に行ったのに競馬場しか行かなかったのは恥ずかしい限りです。 
 
>小野田さんは74歳ですか、私は73歳です。地方都市ですが、米軍の激しい空襲で左足に火傷を負いました。戦争の悲惨さを知る最後の世代です。

昭和20年、当時国鉄員であった亡父も汐留の近くで焼夷弾を浴び大火傷を負いました。TVなどで空襲場面を視ると「あんなもんじゃない、あんなもんじゃない」と呪詛の言葉を吐いておりました。もっとも火傷治療のため温泉治療に行ったのはいいのですが土地の芸者とねんごろになって家に戻ってこなくなった挙句、土地の顔役と切った、はったをやったのは、いただけませんが。

投稿: kenkensya | 2008年8月27日 (水) 03時08分

ここ十数年来、夏が来る度に蒸し返され、いい加減うんざりしてきた「靖国参拝論争」について手前勝手な解釈をしてみたい。

まず靖国参拝否定派・攻撃派の心情的根拠は、参拝する自民党議員たちに「本物の信仰心」の欠けていることが丸見えなことに対する嫌悪感ないしは苛立ちだと思う。どうにも政治的演出から参拝しているとしか感じられないのが何とも腹立たしく、その偽善に我慢がならないのである(ちなみにTVの画面で見た限りでは私が参拝に違和感を覚えなかったのは国会議員では平沼赳夫氏と島村義宣氏の2氏だけであった)。そして何を考えたか、これを与党攻撃の手段として使おうと考えたのだ。マスコミと国民の支持があるとでも勘違いしたのだろう。
ところが、これは至難の技である。「お前は誠の信心からではなく本当は政治的パフォーマンスで参拝しただけなのだろう」と言い立てても相手に「いや、私は誠の祈りを捧げてきました」と答えられてしまえば「それじゃあ、腹を割って調べさせてくれ」とも「嘘発見器にかかってみろ」とも言えないからだ。
また裁判所に訴えて懲らしめてやろうにも「政教分離」を定める憲法第20条は、制度的保障規定のため客観訴訟の制度が設けられていない国政レベルでは司法の判断をあおぐことが出来ない。
そこで彼らは「A級戦犯の合祀」という国民のとうに忘れていた、もっともらしい反対理由を持ち出してきた。しかしこれは二つの意味で、ある種のいかがわしさを国民に抱かしめた。
第一に、靖国参拝反対派の出した建前の反対事由と本音のそれとに乖離が存することを、そして宗教心とA級戦犯とが何の関係もないことを国民が直感的、無意識的に感じ取ったことである。
第二に、「A級戦犯」という言葉の陰に隣国の謀略的な意図を嗅ぎつけたことである。

結果、国民の大多数は、靖国反対派に胡散臭さを抱き、その気運に乗った形で親米保守派による少々変わった反論が出てくることになった。
曰く、「A級戦犯」などは戦勝国が一方的に開いた「東京裁判」で、でっち上げられたもので国際法上認められるものではない(だから靖国参拝にA級戦犯が合祀されていても構わない)、とA級戦犯そのものを否定してきたわけだ。
親米派の人間がこう反論すること自体、些か滑稽な気もするが、これも国民に二つの訝しさを感じさせる。
第一に、もし彼らが「東京裁判」と「A級戦犯」の不当性を言うのであれば米国に対して何らかの名誉回復運動(政府ぐるみで)を起こしていなければおかしい。もうあれから60年以上が経過しているのだ。ところが、かかる痕跡は皆無、少なくとも国民は聞いたことがない。それどころか声高にこれを叫ぶ人間に限って同時に米国流ネオリベ礼賛派で売国運動に邁進または協力している。
第二に、戦勝国が敗戦国に対して、理不尽なことをしてくるのはある程度致し方ないという歴史認識(?)をこれまた国民の大多数が有している。もっとも米国・日本間については長年の洗脳活動の結果もあるだろうが。

かくして「靖国論争」はこれからも国民意識の遥か彼方で虚しく且つトンチンカンな空中戦を展開していくものと考えられる。

投稿: | 2008年8月12日 (火) 10時02分

こんにちは。
小野田様、いかりや爆様、当該記事について内容を再度確認してみました。
「高校生に「原爆正当」 シーファー駐日米大使「被害者最少限に」 福岡県宗像で講演

シーファー駐日米大使が1日、福岡県宗像市で開かれている高校生対象の「第5回日本の次世代リーダー養成塾」(塾長・御手洗冨士夫日本経団連会長)の特別講座に招かれ、「私が高校生だったころ」をテーマに講演した。質疑応答で、高校生から「原爆投下は必要なかったのでは」と問われた同大使は、「戦争被害者を最少限に抑えるためだった」などと答え、広島、長崎への原爆投下の正当性を主張した。
(中略)
 質疑応答では、2人の高校生が「原爆投下は正しかったと思うか」「長崎の原爆投下は必要なかったのでは?」と質問。シーファー氏は「(原爆投下に)賛成しないまでも理解できる」と前置きした上で、「降伏しない日本に原爆を投下したのは、より多くの人命が失われないためだった」などと説明した。」
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/38483
まず、この二人の高校生は良くこのような質問をしてくれたと思います(主催者側のサクラだった可能性も皆無ではありませんが)。そして改めて見ると、それに対するシーファー大使の返答はかなり苦しい物になっているとも思われます。
この記事をみると、まず最初の質問が「原爆投下は正しかったと思うか」で、それに対する答えが「(原爆投下に)賛成しないまでも理解できる。降伏しない日本に原爆を投下したのは、より多くの人命が失われないためだった。」ということだと思います。
しかし次の質問は、「広島はまだ『より多くの人命が失われないためだった』と言えるかもしれないが、長崎への原爆投下は必要なかったのではないか?」というものだったのではないでしょうか?そしてそれに対する返答が、前の質問への返答と同じだったのではないかと推測します。百歩、いや一万歩ゆずって広島原爆はまだ「戦争終結のため」という理屈が成り立たなくは無いとしても、長崎原爆はいかに米国大使といえど正当化はできなかった。だからまともな返答ができなかった、というのが実際の所なのではないかと思います(それにしても、この講座は経団連主催だったのですね。あらためて、経団連という団体がどこを見ているかという事がよく分かります)。
それから、はてさて様の意見についてですが、日本政府全体という事は無いとしても政府の一部に連合国の内通者がいた、という事ならば、その事が疑われる要素は十分あると思います。先の戦争での「日本軍の不可解な行動」の例はいくつも、特に海軍で多く見られます。やはり、一部には本当に「敗戦革命」を望んでいた勢力が存在していたのかもしれません。

投稿: JAXVN | 2008年8月12日 (火) 09時10分

小野田さん、はじめまして。

 シーファー大使の発言は、二枚舌、三枚舌でしょう。

 北朝鮮拉致被害者には、事のほか深い同情を示し、横田夫妻の案内で横田めぐみさんの拉致現場とされる新潟寄居浜を見学した。

 一方、太平洋戦争中の従軍慰安婦について「強制的に売春をさせた」という立場で日本政府の謝罪をもとめる発言をしています。

 自国のしでかした原爆投下による大量虐殺に対する反省や謝罪は全くしていません。

無論、ヒロシマ、ナガサキの「原爆の日」の式典にも参加していない。
これでどうして、日米同盟なんですかね?
 
 小野田さんは74歳ですか、私は73歳です。地方都市ですが、米軍の激しい空襲で左足に火傷を負いました。戦争の悲惨さを知る最後の世代です。

投稿: いかりや爆 | 2008年8月11日 (月) 21時35分

63回目 長崎原爆の日 米国は今年も出席しなかった。(毎日夕刊:08・08・09・土)

前略
ネット紙:オーマイニュースに投稿しましたが
没になったようです。ご一読くだされば幸甚です。
小野田敏郎拝

タイトル: 63回目 長崎原爆の日 米国は今年も出席しなかった。毎日・夕刊8月9日(土)

「原爆投下は正当だったと米国大使」、これはオーマイニュースの見出しです。原水爆禁止世界大会国際会議第2日の8月3日に「戦争終結を早めるため必要だった」とアメリカのシーファー大使の発言が飛び込んできた(小林弘史記者080806/17:30)。現場の衝撃が伝わってきます。引用を続けます「シーファー駐日米国大使が1日、福岡県宗像市での「日本の次世代リーダー養成熟」で講演し、高校生との質疑応答で、広島、長崎の原爆投下は正しかったかとの質問に大使は「より多くの生命が失われるのを救うため、戦争を短くするためだった」と強調した。

シーファー駐日米大使(2005年4月着任)について記憶に新しいのは、前任地がオーストラリアであったこと、任命者ブッシュ米大統領の個人的な友人であること、一年前の8月9日民主党の小沢代表と会談、テロ対策特別措置法を延長する法改正をめぐり、同法に基づく米軍支援活動の継続を要請した人物であり、外国人記者クラブで「日本は日米同盟での米国側の貢献によって得をしており、日本は今よりも防衛費を増やす必要がある」と発言した人物であることです。具体的な法案の対応をめぐり、駐日米大使が野党党首に直接要請するのは異例のことです。日本の防衛予算の増額を要求する演説等、政権与党の自公がクレームをつけても良かった内政干渉まがいの行為でした。

歴史は繰り返す。1945年8月6日、広島が原爆でこの世の地獄と化したとき、トルーマン米大統領(当時)はポツダム会談からのの帰路大西洋上の巡洋艦オーガスタ上にあり「・・・私は原爆の悲劇的な意義を理解している。われわれがこれを使用したのは戦争の苦痛を短縮し、多数のアメリカ青年の生命を救うためである」(社会タイムス・昭和28・8・7)と声明を発し、さらに1958年テレビ番組「今だから話そう」に出演し「私は広島、長崎の原爆攻撃を指令した後に良心のとがめを少しも感じなかった。これからも万一の水爆使用は確かだ・・後略」(東京新聞・昭和33.2.3)と発言しています。

広島、長崎への原爆投下の意義について問われた米大使の回答は1945年のトルーマン声明の引き写しです。世界が「核兵器の廃絶なくして人類の未来はない」と核廃絶に向け大きく前進しようとするとき、米国のマインドは旧態依然、戦勝国と敗戦国、加害者と被害者、利益相反の二元論に閉じこもったままのようです。このような状態からは「原爆死没者に対する追悼の気持ち、原爆の惨禍を世界中の人々に伝える、永遠の平和を祈念する、過ちを再び繰り返さない」決意を期待するのは困難でしょう。長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に「米国は今年も出席しなかった」そうですが、駐日米大使に惻隠の情はないのでしょうか。

シーファー発言に抗議して、座り込みがあり、アピールも採択され直ちに米国大使館に送られました。原爆投下は人類に対する犯罪です。原爆投下を指揮した米戦略爆撃隊ルメイ将軍自身「アメリカが敗戦するなら自分は戦争犯罪人として処せられる」と自らを評しています(ウイキペディア)。核廃絶はこの63年の間にこの時代の支配的な物の見方になりつつあり、多くの国々が賛同しています。戦勝国と敗戦国、加害者と被害者の枠を超え、世界の平和を希求する地球的規模の問題となりました。「リーダー養成塾」の高校生の質問にその自覚を読み取ることができます。出席した高校生の反応は如何であったのか、講師の人選に問題はなかったのか改めて気になるところです。同盟国の駐日米大使が来年こそ式典に参列してくださることを期待いたします。黙祷

住所:〒274-0822 船橋市飯山満町3-1761-97 年齢74歳

投稿: 小野田敏郎 | 2008年8月11日 (月) 11時11分

 廃墟の浦上天主堂

 本日のTV朝日、ザ・スクープをご覧になられた方もおられると思います。

かねてより、心にひっかかっていた疑惑が少しわかった気がする。

 アメリカ側にとっても、「消し去りたい過去」のシンボル的存在だったものと思われる。

 廃墟と化した浦上天主堂を「原爆記念碑」として遺さなかったのは、真に残念と言うしかない。

 「神」をも恐れぬアメリカの「愚劣な行為」の象徴として永遠に遺すべきだった。

 本来なら遺す予定だったはずが、当時の田川長崎市長のアメリカ訪問後の突然の豹変は何だったのか。

今となっては、当時の関係者はすべて故人となって、謎のままだが、田川市長はアメリカに脅されたのではないだろうか。

投稿: いかりや爆 | 2008年8月10日 (日) 18時06分

 さてはてさん、レスありがとう。

 まもなく(午後2時)、TV朝日 ザ・ズクープSP 「消えたマリア像・・・長崎原爆63年のナゾ~」が始まります。面白いかも?

投稿: いかりや爆 | 2008年8月10日 (日) 13時53分

いかりや爆さん、レスありがとうございます。

もちろん大量殺戮の責任の中心は英米支配層でしょう。しかし、黒木雄司氏の「原爆投下は予告されていた!」を読んだだけでも、日本の上層部(大本営等)がわかっていたことは否定しがたいと思います。
鬼塚氏は、その名にふさわしく、鬼気迫る追求で、もやもやを晴らしてくれたと思います。いくら実験しなければといわれても、自分たちが責任をとる、どうなってもよいと戦争をやめてくれれば落とせなかったでしょう。(特にプルトニウム爆弾はぎりぎり(七月半ば)まで完成していなかった)
しかし、そうできないので落とされた。
かれらは、市民にも一般の軍人にもなにもしらせようとしなかったし、時間に合わせて、他人には動員をかけさえしたでしょう。
このことはとても否定できないのが残念です。

動員をかけられたなかに、いったい誰がいたのでしょうか?

投稿: さてはて | 2008年8月10日 (日) 13時23分

神州の泉さん、表に登場させてくださって、ありがとうございます。

kenkensyaさん、コメントありがとう。


さてはてさん、

 貴方の「さてはて メモ帳 Imagine & Think!」は常にウオッチしています。それを踏まえた上で、私論を述べました。

 今回の貴ブログのなかにあった”鬼塚英昭説(原爆の秘密」・天皇は知っていた)”は、面白い見方かも知れませんが、一方的に過ぎませんか? もっと当時の支配層側がそれを容認していることを裏づけるものが欲しい。

 戦争の「終わり方」と「終わらせ方」については、仲晃氏の『黙殺』上下・ポツダム宣言の真実と日本の運命という本の中で、日米双方の立場から詳述されている。

投稿: いかりや爆 | 2008年8月10日 (日) 12時44分

正確に言うと、「知らせなかった」のは、英米と日本の支配層でした。
以下参照

原爆ホロコースト:長崎
http://satehate.exblog.jp/9404672/

原爆ホロコースト:広島
http://satehate.exblog.jp/9381417/

原爆投下は予告されていた by 黒木雄司
http://satehate.exblog.jp/9358512/

アメリカ兵捕虜の予告 「八月六日、ヒロシマは焼け野原になる」
http://satehate.exblog.jp/9365812/

東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」 by 鬼塚英昭
http://satehate.exblog.jp/9373582/

東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」 2 by 鬼塚英昭
http://satehate.exblog.jp/9379355/

八月七日(火)晴 長崎原爆投下予告 by 黒木雄司
http://satehate.exblog.jp/9389254/

白洲次郎のプリンシプルとは? by 鬼塚英昭 原爆ホロコーストへの道
http://satehate.exblog.jp/9332877/

原爆の秘密 by 鬼塚英昭 を原爆ホロコースト真実の書として推す。
http://satehate.exblog.jp/9318506/

投稿: さてはて | 2008年8月10日 (日) 07時48分

ゴキブリを丸めた新聞紙を使って一発で仕留めたときの、あの嬉しさ。茶バネゴキブリに悩まされている際に効き目のある新型バルサンを焚くときのあのワクワクするような期待感、アメリカが広島・長崎に原爆を投下したのは、これと同程度のものだったのではないでしょうか。
話はコロリと変わりますが「いかりや爆氏」の怒りに身を震わせて、額に青筋を立てながら書く文章の生硬さというか、地がそのまま出たような性急さって堪らなく良いものですな。無作為の顔をした作為の極みというべきこのようなものは自分が真似できないだけに、何時も微苦笑(または、ある種の憧憬)を禁じえません。
閑話休題。日本にとっての不幸は戦後60余年間政権与党であった自民党の資金的基盤がロッキード事件で名を馳せた右翼の某氏が中国から略奪(この点は高橋博彦先生とは意見を異にします)してきた石油缶一杯のダイヤモンドと数百本のプラチナのインゴット、それに米国某諜報機関の提供したドル札だったことだと思います。

投稿: kenkensya | 2008年8月 9日 (土) 15時04分

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