「日本国憲法と田母神論文についての手前勝手な考察」(3) (kenkensya)
「日本国憲法と田母神論文についての手前勝手な考察」(3)
次いで、「田母神論文」の順に従って、私の抱いた支持しうる部分、そして疑問点を挙げる。
朝鮮半島の植民地化と満州の一部への権益強化が、当時の国際的通念ないしは国際法に悖るものでないことは、論をまたない。当然ながら私もこの見解を支持する。また朝鮮半島および台湾の支配が緒列国のそれと異なり搾取どころか日本の持ち出しであったこと、更に日本の教育制度を移植したため、それが戦後の韓国・台湾の復興や経済発展に大きく寄与したことは大書されて良いことだと思う。しかし以下に述べる細部について私は氏の論文に疑義を呈する。
第一に、張作霖爆殺事件の主犯が河本大作ではないとする推論の引用は、信用ある証言が残っている当時の首相・田中義一の「軍のやつら、親の心、子知らずとはこのことだ。とんでもないことをしてくれた」という発言を全くの聞き違いであったというのに等しい。
更に当初、昭和天皇に「今回の事件については関東軍の関与が濃厚であるので厳正に処分いたします」と一旦は奏上した田中義一が、陸軍への温情または陸軍からの圧力に屈し、「今回の事件は中国便衣隊の行ったものと思われます」と前回の内容を翻す奏上をして、昭和天皇から「田中のいうことは信用ならん」とのお怒りを買い、総辞職したのは虚妄であったと言い得るのか。もしそうであるとするならば昭和天皇はつまらない勘違いをなさって政治を壟断なされたことになってしまう。平気でこう述べるのはあまりに畏れ多いことではないだろうか。
次に田母神氏は、中国侵略(または侵攻)の理由として、中国側の条約不履行を挙げておられるが、これは現代国家、しかも極めて中央集権的なそれを土台とした見解であろうと思う。私たちは生まれてこのかた、中央集権的現代国家に暮らしてきたため、それ以外の国家像(?)というものを想像することが非常に難しい。人はすべて時代の子たることを免れ得ないのだ。
かく申すそれがしなぞも、昭和初期のシナが、軍閥割拠という近代以前の形態の土地であったことに、おぼろげながら気付いたのは、天安門事件をテレビで視ていて、この40万人分の食糧の代金は一体誰が出し、糞小便の始末はどうやっているのだろう、とあれこれ思い巡らした結果、どうやら鄧小平に対抗する大きな軍閥の存在を疑ったところからなのである。「これは中国を日本のような国家と思うのはとんでもない間違いなのかもしれない。一つに見える中国も一皮剥いてみれば群雄割拠なのかもしれんぞ。この事件はある軍閥から鄧小平軍閥への揺さぶりなのだろう(だから鄧小平は軍隊への発砲を命じたし、別の軍閥の助けがあったからこそ女子大生の指導者は国外に逃れることができた)」私はこんな考え(妄想)をいだくようになった。
さらに勝手な想像をたくましうしてみるのならば、当時の軍閥の長は、そもそも国家という概念がないのだから国際条約に拘束を感じる、またはそれを遵守するなどという考えは持ち合わせていなかった、つまり「なーに、何時でも破って構わない口約束か、その場限りの便法を紙切れに書いただけだ」くらいに考えていただろう。そして日本側も薄々これは存知していたのではないか。このような当時の事情を無視して日中戦争の「きっかけ」を一方的に中国側の条約無視に求めるのは、大人気ないのみならず、歴史を捻じ曲げている、といえるのではないだろうか?(間違えていただいては困るが、この部分についてのみへの私見である)
戦争の「原因」と「きっかけ」は全く別物である。田母神氏が論文で述べられているのは、日中戦争の「きっかけ」が主となっている。失礼だが「きっかけ」なぞ、いくらでも説はあるだろうし、後からなら何とでも言えるものなのだ。
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