忘却の国民精神を掘り起こした「田母神論文」の凄さ!!
田母神論文は忘却の帳(とばり)を開いた
戦後史とは、無理やり眠らされた日本の魂の上に構築された虚構の生存空間である。私は1946年に成立した日本国憲法下で生まれ、その後56年をこの憲法下で生きてきた。普段、憲法とは何であるかなどは、いっさい考えずに、これは日本の秩序や規則を明文化したものだから、とにかく守っていればいいものだというくらいにしか考えていなかった。しかし、いざという時に、愛する郷土や家族、国家を守る概念のない憲法ははたしていいものなのかという疑念にいつもとらわれている。
戦後の高度経済成長期に育ち、成人となる過程で、私は戦争のことはほとんど考えたことがなかった。時々、「太平洋戦争」というワードに目が触れた時は、自分が、いくらその時代を生きていなかったとは言え、何だか後ろめたい気持ちになって、日本がそうとう悪いことをしたのだろうという漠然とした思いしか湧いてこなかった。父親が歩兵連隊で中国で戦ってきたことは知っていた。しかし、詳しいことは知らなかったし、訊ねてみようとも思わなかった。母は若い時に一家で開拓団として満州に住んでいた。
戦争の話や満州の話は、父母から断片的には聞いていたが、詳しく聞くようになったのは比較的後のことだった。物心付いたときから両親の戦後史を何となく知っているだけで、それ以前、すなわち、戦前に彼らの過ごした環境や歴史はほとんど情報として入ってこなかった。私が積極的に聞かなかったからだ。ただし、両親が幼少年時代を過ごした生まれ故郷の話は度々聞いたことはある。私は、父が戦地に、母が満州にいた当時の話は意識して聞かなかったような気がする。
サウジでの黙想
私には後ろめたい気持ちがあった。今、日本は戦争していないからわからないが、以前の日本人は、辺りの国にひどいことをしていたという漠然とした刷り込みが、少年時代や青年時代の私の気持ちを蚕食していたのである。今から28年前の28歳の時、サウジアラビアで働くことになった。その時、砂漠の真ん中で、必死に働く日本人仲間を見ながら、日本人って何だろうかと考えた。そして遠い祖国、日本に思いを馳せた。私が日本をまじまじと考えたのはこの時が初めてである。サウジの国営企業は、巨大な石油プラントのプロジェクトを、多国籍企業を使って建設していた。したがって、労働者の現地キャンプには台湾人、韓国人、日本人、タイ人、イタリア人、ドイツ人、アメリカ人、フランス人などがいて、周辺アラブ諸国からの出稼ぎ者も数多くいた。つまり、プラントという狭いエリアで多様な人種が混じり合って働いていたのである。
そういう擬似的な国際万博会場みたいなところで、いろいろな人種と接しているうちに、おぼろげながら日本人の新しい顔が見えてきたのである。休日に街(リヤド)に出かけて買い物をすると、いろいろな外国人が買い物をしていたが、日本人は別格扱いをされていた。丁寧に扱われるのである。アラビア語で二人称の「YOU」は「アンタ」と発音する。店のアラビア人はアジア人の客に、「アンタ コリア(あなたは韓国人か)?」とか「アンタ ヤバーニ(あなたは日本人か)?」と聞くのである。私は当初、「アナ ヤバーニ」(自分、日本人)と真面目に答えていたが、ずいぶんと親切に応対してくれた。品物を値引きしてくれたり、愛想よくしてくれた。
彼らは日本人とわかると、空を指差して「アッラー フィー?」(神はいると思うか?)と聞く。日本人が確信的に「フィー」(存在する)と言うと非常に喜ぶのだ。
いつか同じ事を聞かれたとき、私は冗談で「アナ コリア」(自分 朝鮮人)と言ってしまった。反応が知りたかったからである。これが大失敗だった。売り子は途端に態度が頑なになり、絶対に商品をまけてくれなかったし、買ったら早く出て行けと言わんばかりだった。同様にアッラーの存在について、「知らない」とか「いないと思う」とか答えたら、態度が激変した。この話は差別感覚で言っているのではなく、正直な体験談だ。
韓国人と日本人に対する目線の違いは確かにあった。私にはそれが衝撃だった。態度が逆なら話はわかる。日本人は先の大戦で外国人に大迷惑をかけているから、アラビア人も良く思っていないのかなくらいに思っていたからだ。ところが、実際は逆で、日本人はそうとう信用され、尊敬されていたのだ。すべてのアラブ国家ではどうなのかわからないが、少なくともサウジでは日本人は別格扱いされていた。これに驚いた私は、砂漠で日本を思い、それまで自分が培った日本というイメージに大きな修正を迫ることになった。
サウジの荒涼とした砂漠はそこで暮らす者を内省的にした。遠い異国に出て、砂嵐とぎらつく太陽のほかは何もない風景は、日本を強く考えさせてくれた。暑さで脱水気味になっても、愚痴も言わずに必死で働く同胞には誇りが湧いてきた。日本人は何という強い責任感と仕事完遂の熾烈な欲求があるのだろうと思った。他の外国人が怠け者だとは言わないが、圧倒的に日本人は働き者だった。初めて日本人はいいなあと思った。
私はサウジで汗だくになって働いている日本人も、あの戦争でアジア人をひどい目に合わせた日本人も、同じ血が流れているとはとうてい納得できなかった。わずか一世代、二世代の違いで、悪鬼のごとく外国人を惨殺する日本人から、アラビア人に尊敬される日本人に変わるものだろうかと。左翼の人たちは反省と抑制が効いているからだろうと言うかもしれないが、そんなことは受け入れがたい。
民族の習性はどこにいても、どの時代も普遍的に出るからだ。作家の森村誠一氏は戦争は人を狂気に追いやると断言したが、母から聞いた話では、極限状態の日本人は、狂気よりも冷静さや誠実さがよく出ているという感が強かった。関東軍と一緒だった母の満州南下逃避行の話はいつか書きたいと思っている。泣き叫ぶ赤ちゃんを殺せと言った民間人がいた。しかし、殺さないで可能な限り連れて行けと庇った軍人さんがいた。ソ連軍の銃弾が飛び交う中で、母たちや軍人さんたちはそうとうの犠牲を出しながらも、助け合いながら逃げ延びた。その模様は何度も聞いている。
母はかなりの年なので、最近その話をボイスレコーダーに記録した。そこには死の恐怖にさらされた人間のドラマがたくさんあった。しかし、それは狂気ではない。狂気は確かに発生するが、森村氏が指摘したように、全的にデモーニッシュ(悪魔的)な空気に支配されるなどということはない。全的狂気はないが、戦争には美もない。助け合って生き延びた物語は美しい面もあるが、逃げられず無残な最期を遂げた人々の話は、血の匂いがして、気持ちを閉ざしたくなる酸鼻なものだった。逃げ延びても赤痢などで無念の死を遂げた人たちの様子も聞いた。戦争というものを一刀両断にこういうものだとは言えないことだけはわかる。でも、戦争には人間存在のリアリティがある。
サウジで私は思った。もしかしたら、私は大きな勘違いをしているのではないのか?学校で教わったこと、大人に教わったこと、常識だと思っていたことは、実は何らかの理由があって、虚構の上に構築された洗脳的映像だったのではないのかと。アメリカが正義で、日本は中国、朝鮮、台湾などを侵略して暴虐の限りを尽くしたなどという戦史イメージは歪曲されているのではないのかと。
日本人が知らない「閉ざされた言語空間」
今の日本人は、終戦直後の占領軍の行った占領政策の実態をどういう風に認識しているのだろうか。おそらく占領軍(GHQ)は敗戦国日本に上陸して、日本の秩序を建てなおすために何年か管理統制していたくらいにしか思っていないだろう。戦後教育の近現代史では、占領軍の占領政策の内実を絶対に教えないからである。
戦後史のベーシックを知るには、占領期の実態を知ることが必須である。これを知るには、江藤淳の「閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本」(文春文庫1994年)を読むといい。これは江藤淳が1979年10月から1980年6月までの9ヶ月間、アメリカのウイルソン研究所で行ったGHQ占領政策の骨子、すなわち検閲研究の集大成と呼ぶべき研究論文である。以下、主にこの本を参照して書く。この本に出ていない事柄は、私の拙い知識から出ているので、その辺は斟酌願いたい。
この本には随所に興味深いことが書いてある。江藤氏が研究所に調べものの文書コピーを頼みに行くと、若い係員が「あんた、何を調べたいの?」と訊いた。江藤は「CCDの検閲を調べています」と答えると、若い男は「検閲?」と、怪訝な顔をしてから、「ああ、日本を民主化するためにやったんだろう」と言った。CCDと言うのは、占領軍の米軍民間検閲支隊(Civil Censorship Detachment)のことだ。
この係員の言葉が、戦後史における日本人の誤謬の基本認識を表している。我々戦後生まれの日本人は、占領軍が日本に置いて行ったものは欧米風の民主化だと思い込んでいる。いわゆる戦後民主主義である。占領軍のCCDの検閲の詳細については江藤の本を読むと詳しく書いてある。戦争末期、日本は国土防衛隊の組織を命じて徹底抗戦を望んだが、その武器は竹槍(たけやり)しかなかった。この頃は弾薬も重油も尽きかけており、飛行機の燃料を松根油(松の木から採取した松脂)で代用するような状況だった。戦艦大和に搭載した重油が事実上、日本の最後の重油だったと考えてもいいだろう。
終戦後、CCD(民間検閲支隊)は、占領政策への批判はもとより、竹槍しか武器がなかったことを川柳風(自嘲的)に歌った下記の俳句まで検閲した。
一円と二十銭なる竹槍で
みいくさせしも夢のまた夢
これは国民精神の弾圧と言っていい、言論統制の象徴である。もっとも、俳句を知らないアメリカ人が見たら、この短い文言の中に、日本人だけが理解する闘争心を煽る符牒があると考えたのかもしれない。占領軍は日本の伝統精神が宿るものは片っ端から禁止した。特に剣道、柔道、銃剣術など、武道は真っ先に禁止した。何と碁や将棋まで禁止したと聞いたことがある。
今から思えば教育勅語とは、ただの道徳律である。ただし、これには日本の国体精神が宿っていた。これは日本の固有性であり、危険思想でも何でもない。米国人は教育勅語が日本人の死を恐れぬ闘争精神を奮い立たせた元凶的文言であるかのように勝手に解釈した。要するに日本的なエッセンスの強いものは何でも危険視したのである。
江藤の「閉ざされた言語空間」に書かれた最も重要なことは第五章にある。民間情報教育局(GHQ CI&E)は、CCDの提供する確度の高い情報にもとづいて、WGIP(ワー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program)を数次にわたって強力に展開していた。WGIPとは、戦争についての罪悪感を日本人に植え付け、その潜在意識に刷り込み(imprinting)するための宣伝計画である。簡単に言えば、日本悪玉史観である。これによって戦後の日本人は精神にクサビを打ち込まれてしまったのである。
ナチ・宣伝担当相だったゲッベルズは「嘘も百篇繰り返せば真実になる」と、大衆洗脳の方法を語っている。占領期の検閲と放送コードは、このような洗脳原理が働き、新聞やラジオ放送で日本人の精神を深部まで洗脳した。その宣撫工作の中心がWGIPだった。
大東亜戦争侵略史観は、主にここから展開されていると考えた方がいい。田母神論文では満州帝國、朝鮮総督府、台湾総督府について、きわめて重要なことを述べている。これらは列強の植民地とはまったく性格が異なっていて、そこでは内地と同じようにする政策が取られたと書いている。つまり「同化政策」が取られた。そこでは神社を強制的に拝ませたなどと言う者がいるが、内地では自主的に参拝するだけである。神道には強制性はない。神道は原理的に多神教アニミズムであるから、一神教のように排他的特性はなく、現地の他の宗教も受け入れている。
田母神氏の言うように欧米に比べればきわめて穏健な統治社会であった。それは台湾人の記憶に残っている。一方、李氏朝鮮に朝鮮総督府をつくって統治した日本は莫大な国費を投入してインフラを形成している。しかし、韓半島の人間は統治様態を列強のそれと等価扱いにし、いまだに日本を責め続けている。これは同じアジア人でも民度の違いと言うべきか。満州も同様である。日本が入って国は豊かになった。
大東亜戦争史観から太平洋戦争史観というパラダイムの切り替え
1945年12月8日に民間情報教育局によって、日本の日刊紙に「太平洋戦争史」と題する連載企画が始まった。この「太平洋戦争史」の中で、特に日本軍の南京とマニラにおける残虐行為が強調されている。この時期、BC級戦犯容疑者のリスト発表と関連して、戦時中の残虐行為が強調された「インフォメーション・プログラム」が新聞向けに行われている。徹底的な罪悪感の植え付けである。
この「太平洋戦争史」の前文で、マッカーサーは日本の軍国主義者の権力濫用や国民の自由剥奪、捕虜への非道な取り扱いなどを強調している。これらの洗脳宣伝が戦後日本の歴史認識のパラダイムを規定した。日本の言語空間が閉ざされたのである。その象徴的出来事は、この宣伝文章に初めて「太平洋戦争」という呼称を日本語の言語空間に嵌めこんだということである。昭和20年12月15日、大東亜戦争という呼称は禁止され、それに伴って、日本側から見た大東亜戦争史観は封印されてしまったのである。
これが私が冒頭に書いた、日本の魂が眠らされてしまったあとに戦後史が始まったという意味である。
田母神論文の歴史的意義
田母神論文の画期的なことは、歴史の地下深くに封印されていた真実の大東亜戦争史観を白日の下に引き上げたことにある。彼は閉ざされていた言語空間を開いたのである。日本人は深く考えてみるべきだ。先人たちが常用的に使用していた「大東亜戦争」が、ある日を境に「太平洋戦争」に入れ替えられたのだ。その結果、何が起きたのか。日本人の伝統的精神や潔癖性、先祖を尊崇する極当たり前の感情が封印され、相互互恵精神や助け合いの共同体的心情が溶解した。日本人本来の美しい民族特性が掻き消されていった。
その原因は精神の深部に「自民族はデフォルトで有害な性向を持つ」という間違った刷り込みが行われてしまったからだ。そのために若者は自国に誇りが持てなくなり、先祖を蔑むようになった。由々しき事態である。しかし、あの戦争の時代、日本には侵略ではなく自衛の要素や共和の精神が息づいていたとしたらどうだろう。日本人はまったく違う精神の位相に移ることになる。だから日本人は、あの戦争の何が史実で、何が捏造による洗脳史観なのか、よく見極める必要がある。
田母神論文こそ、迷妄の眠りに沈んでいた日本人に救国の鶏鳴を轟かせているのだ。戦後日本の言語空間とは、アメリカに都合の良い歴史観、すなわち「太平洋戦争史観」に対しては、思いっきり開かれており、日本側の真実の「大東亜戦争史観」に対しては、思いっきり閉ざされていたのだ。現行日本国憲法第21条に謳う言論表現の自由とは、太平洋戦争史観に対してのみ、有効に作用してきたのだ。しかし、この表現の自由は大東亜戦争史観に対しては、こじ開けられない牢獄のように、まったく無効化しているのが戦後の現実だった。
つまり、日本人が忘却している真実の歴史認識は、凄絶なる非対称性の中で戦後の60年を放擲(ほうてき)されてきたのだ。田母神論文は、この闇に沈んでいた日本の精神を地上に今、引き上げたのである。まさにこれは戦後史の快挙というべきできごとである。
特に若い人たちは、田母神論文を精読し、そこから日本の真実を汲み取って欲しい。この論文には、失われた日本の原風景がたしかにある。
江藤淳は書いている。昭和20年12月8日から15日にいたる僅か一週間の間に、日本人が戦った戦争、「大東亜戦争」はその存在と意義を抹殺され、その欠落の跡には、米国人の戦った戦争、「太平洋戦争」が嵌めこまれたのだと。これは単なる呼称の入れ替えではなく、この戦争に託されていたすべての意味や価値観そのもの、すなわち歴史認識のパラダイムまでが米国製に入れ替わったことを示している。
この事実認識から田母神論文に意識を照射してみて欲しい。封印されていた真の日本が浮かび上がってくる。そして最後に、田母神氏が参考人招致を終えたあとで、記者に「村山談話の正体が今回わかった。言論弾圧の道具だ、あれは」と喝破した。そのとおりである。村山談話とは大東亜戦争パラダイムと言う、本邦の言語空間を閉ざすための道具にほかならない。
神州の泉 高橋博彦
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コメント
また朝日のサヨク紙が田母神論文叩きをしています。田母神氏の「ルーズベルトに嵌められて云々」の記述を「多くの歴史家が否定」と書いてあるがその歴史家とはサヨクの歴史家か政府の御用学者だろうが!
まあ朝日に文句言うのは馬鹿に理屈とくのと同じ事だが。
韓非子いわく「亡国は不必要な時は遊侠、学者を大事に危急の際に兵士、農民を大事にする」と。隣国に支那、朝鮮、ロシアといつ牙を剥いて来てもおかしくない連中が居てアメリカと言う信用ならない「同盟」国が居る中でいつまで国防の重要に目覚めぬ輩の多い事か。
有事の際、真っ先にケツを捲って逃げ出すのは己の言動に酔いしれているサヨク連中だろう。
投稿: 中村主水 | 2008年12月 1日 (月) 08時45分
何時もお世話になっております。
私もイランにしばらくおりましたが、貴方様と同じような経験をしました。
その理由は日本が欧米と戦った事、欧米の人達は現地の人を豚のように使うが、日本人は人間として扱ってくれる事のようです。
韓国人の人気が悪いのは、先進国人ぶった尊大さのようです。
また勝手に貴方様の記事の紹介をさせて頂きました。
今後ともご活躍をお祈りしております。
投稿: 無党派A | 2008年11月15日 (土) 16時17分
いかりや爆さん
戦争は殺し合いですから、美しい戦争も絶対的
な正義の戦争もないでしょう。もちろん聖戦など
という言葉も虚しい響きです。
世界史を見て、アングロサクソンやユーラシア
大陸のさまざまな人種は、日本と比べて戦争が少
なかったという人はいないでしょう。もし、日本
人と同じレベルで彼らが自虐史観を持つなら、彼
らはとうの昔に悔悟の念で精神をすり減らし、発
狂して自滅しているでしょう。なぜ日本だけが永
遠におのれを責め続ける責務を負うのでしょう
か。
尊敬するいかりや爆さんですが、間違いなく自
虐の罠にはまっていると言わざるを得ません。
アメリカは二つの異なるタイプの原爆を日本に
投下しました。この罪を相殺するために、日本人
を悪逆非道なる民族だと歴史的に規定する必要が
あったのです。だから、平和を侵した罪を着せて
日本人を裁かねばならなかった。これが濡れ衣で
なくて何でしょうか。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年11月15日 (土) 02時13分
gao様
コメントありがとうございます。
>日本の軍人が全て悪いと言うのでは、国のため
>に死んで行った者たちがまったく浮かばれません。
おっしゃるとおりです。軍部が悪く一般国民は
彼らに引きずられ強要されて戦争に出たという言
い方は田原総一郎氏のオハコですが、これが階級
闘争史観であり、この適用は完全に間違いです。
当時は軍人も銃後の国民も気持ちを一致させてい
たのですから。
>田母神論文は「自国を守る自衛隊の存在をきち
>んと認識してくれ」という観点から見るとここ
>に意義があると思います。
自国のことは自国で守るというのが一番重要な
ことだと思います。田母神氏に反感を示し、自衛
隊は文民統制の下にあると、がなりたてている人
たちの本音は、自衛隊に足かせを嵌めているだけ
です。シビリアン・コントロールなどといかにも
当然のように言っていますが、自衛隊の一挙手一
投足に口出しをして、がんじがらめに縛っておき
たいだけなのです。
本音では危急のときに自衛隊に守ってもらいた
いと思っているくせに、普段は、“大きな顔して
存在しちゃならんぞ、お前ら!!” と言ってい
るようなもんですね。最低ですね。憲法から逃
げ、他国の理不尽な戦争犯罪非難から逃げ、自衛
隊の自己同一性の問題から逃げています。
きちんと憲法と自衛隊を考えろよと言いたいわ
けです。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年11月15日 (土) 01時59分
ビン・モハマドさん
おひさしぶりです。
>日本がアメリカから自立するには核武装等の
>強力な抑止力が必要ですが、戦前の日本軍の
>行為を肯定してしまったら到底核など持て
>なくなる。
経済も軍事もアメリカから自立するためには
日本人が目覚める必要があります。その第一段階
として太平洋戦争史観を大東亜戦争史観へ切り替
えることです。別の言い方では東京裁判史観の超
克です。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年11月15日 (土) 01時39分
一葉 様
コメントありがとうございます。
>高校生のとき、図書館の棚に「大東亜戦争肯定
>論」という背表紙の本を見たときの衝撃は、今
>も鮮やかに憶えています
「大東亜戦争肯定論」という背表紙の本の作者
は林房雄(はやしふさお)ですよね?私もその本
を初めて読んだ時は衝撃でした。タイトルからし
て戦後常識と対蹠的ですからね。
私個人の見解ですが、日本人が忘却している本
来のプリミティブな国民精神を自覚するまでは憲
法九条は堅持するべきと考えます。理由は先述し
たように、これをアメリカさんの都合で下手に手
をつけた場合、実行可能な交戦権は傭兵戦力とし
て使われる可能性が高いからです。
しかも、イラク侵攻のように大義のない戦闘に
日本の自衛隊が傭兵参戦しますと、罪もない人々
を殺戮する殺人部隊になりかねません。これをや
ってしまいますと、日本は二度と平和のメッセー
ジを世界に発信できなくなります。
もう一つは、今の日本が九条改悪をして、米国
指令で自衛隊が世界各地に派遣されますと、アメ
リカは型落ちの武器を、高値で大量に売りつける
でしょう。つまり、アメリカから実際的に独立し
ませんと軍事も経済もいいようにされてしまい、
アメリカ人のために血を流すことになります。
しかも大義のない戦いならば無辜の民を殺すこと
になって最悪です。
本来は九条で馬鹿な戦争の歯止めをかけるので
はなく、日本人の本来の心に戻って、チンピラの
アメリカを抑止するくらいの国際的な正当性を主
張できる国になればいいと思います。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年11月15日 (土) 01時18分
匿名希望様
>山本夏彦曰く「理解して自分が不利になる様な
>事は、人は絶対に解ろうとしないものだ。」
まったくですね。自虐に拘泥する日本人は昨
日、今日からではなく、何年も何十年も継続した
自虐史観を続けてきています。明晰な論理でこれ
を否定されますと、自分が今まで保ってきた、あ
る信条や重要だった認識が覆ります。
これは一種の自己否定であり、下手すればゲシ
ュタルト崩壊の危険にさらされます。そういう危
険を察知しているのでしょう。自己防衛本能から
言って田母神論文に強い忌避感情を示すのは理解
できます。それだけGHQの洗脳呪縛は熾烈なも
のと考えていいでしょう。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年11月15日 (土) 00時53分
>詐欺に注意さん
決して新手の詐欺ではありませんよ。
何故、常温固体核融合の研究に資金が投入されないのかは、ここの読者の皆様は既に御存知かと思って書き込みいたしました。管理人様は、リチャードコシミズ氏のブログもリンクされており、それを閲覧する皆様は既に御存知のことと思ったのです。荒田吉明氏は、松藤氏の設立した株式会社方式には強く反発されております。
どうか、荒田吉明氏の動画を御覧ください。新手の詐欺かどうかの判断は、紹介する動画を御覧になってからにしてください。
http://richardkoshimizu.at.webry.info/200811/article_6.html
投稿: 超適当翻訳 | 2008年11月14日 (金) 23時31分
今忙しいので皆さんに充分にコメントできませ
ん。夜になると思います。
さて、サウジ様
>「親米」というより「従米」隷属のマスコミ
>が、「反米」言論を、押さえ込もうとしてい
>る。「属国」が、「親分国」に楯突こうとし
>ているのを、押さえ込もうとしている。
私もそういう見方をしています。この国の言論
の非対象性とは、米国批判が閉ざされてしまって
いることです。この点において真の言論自由はな
い国です。しかし、それが見えないように巧妙に
カモフラージュされていますので、なかなかわか
りません。しかし、多くの国民がその真実に気が
付けば事態は変わって行きます。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年11月14日 (金) 12時54分
思うに、この件は、
「平和主義者」が、「軍国主義者」を叩いているのではなく、
「知的言論人」が、「国粋主義者」を叩いているのでもなく、
「左翼」マスコミが、「右翼」言論を叩いているのでもない。
(それは、そう、見せかけているだけ。)
「親米」というより「従米」隷属のマスコミが、「反米」言論を、押さえ込もうとしている。
「属国」が、「親分国」に楯突こうとしているのを、押さえ込もうとしている。
自尊心を持たせないよう、お前達は悪い事をしたと誘導・洗脳。
独立意識の萌芽を摘もうとしている。
マスコミ上層部は、「左翼」でも「平和主義」でもない。
マスコミ上層部は、単なる「従米」隷属主義。
田母神論文には、明らかに、「反米色」がある。
わが国が「属国」である事を、国民に気づかせたくない勢力が存在する。
田母神論文を、色眼鏡無しに読めば、「気づき」が生じる。
TV放映しなかったのはおかしい。
TV放映した上で、議論の対象にすればよい。
それをしなかったのは、報道規制だ。
マスコミ上層部は、すっかり握られてしまっている。
政治家がそれを口にしたら、政治家生命が終わる。
マスコミが、同一方向で何かを言い出したら、疑うべし。
誰かを一斉バッシングしていたら、間違いなく、裏に何かがあるときだ。
投稿: サウジ | 2008年11月14日 (金) 12時35分
↓これは新手の振込み(振込ませ?)詐欺ではありませんか?
> 常温固体核融合の第一人者である荒田吉明氏が、研究資金に窮しておられるとのことです。
> 投稿: 超適当翻訳 | 2008年11月13日 (木) 21時45分
投稿: 詐欺に注意 | 2008年11月14日 (金) 10時44分
最後に一言
私の知人の千葉県の或る高校教師の話をさせてもらいます。
彼は日教組(高教組)華やかなりし頃の昭和三十年代に教師になった。
自分の信ずるところにより、入学式や卒業式には「国旗掲揚と国家斉唱」を求め、又日教組には加盟せず教頭や校長になるなどの栄達を求めず(当時は日教組加盟者でなければ教頭や校長になれなかったと聞いております)。四十年近くの教師生活をただひたすらに一教師を貫き通して、十年以上前に定年退職した。
そしてこの四十年間いや退職後の今もなお、祝祭日いわゆる旗日には、雨が降ろうが風が吹こうが、あばら家(?)の自宅玄関に日の丸の旗を掲揚しているそうです。
彼の授業は、荒れた教室とは無縁で生徒に人気があったそうです。退職後は、請われて或る私立高校の臨時教師となった。七十数歳になる今も頼まれて、臨時教師として働いている。
田母神氏の自宅には、祝祭日に「日の丸」を掲揚しているだろうか。自衛官のトップとしてこの誇りあるニッポンを主張するくらいだから、それくらいのことはしているに違いない。
それとも彼は「俺も、そろそろ定年だ、第二の就職先、いいところないだろうか」探していたのではないだろうか。
田母神氏のような「濡れ衣説」を主張する男よりも、愚直なまでに自分の信念を貫き通した「男らしい男」を、俺は尊敬する。
高橋さんも、海外でお仕事の経験がおありなんですね。私も、現役時代は海外の仕事でした。
海外出張は四十数回、アメリカには出張で一ヶ月近く滞在したり・・・、南米に2年間駐在している時は、私の住居の隣家はアメリカ人のえびトロール船のオーナーでした。
治安の悪いところでしたが、彼らが所有する岸壁では、腰に拳銃をさげて仕事しているのには驚かされました。
また南米へ出張する際にアメリカ経由(ニューヨーク、マイアミ)ですが、自分の旅行バッグが行方不明になる事件を三度も経験しました。一回だけなら、偶然ということもあり得る・・・、アメリカの下っ端の労働者は、仕事に対する忠誠心がまるでない、というか忠誠心をもてない状態におかれている。日本人憧れの国アメリカも、私の場合とても憧れるような国ではありませんでした。
誇りのもてる日本でありたいですね。
いろいろ不愉快なこと申してごめんなさいね。 もうこれ以上はやめます。
投稿: いかりや爆 | 2008年11月14日 (金) 09時22分
現在、何度再読み込みしても「コメント(0)」と表示されますが、何かあったのでしょうか。
投稿: 超適当翻訳 | 2008年11月14日 (金) 08時46分
いつまで田母神の話をしているつもりなのですが?
◎ 政 治 ◎ 「国籍法」の改悪に反対する!
http://www.m-kiuchi.com/2008/11/11/bakawashinanakyanaoranai/
先週、「国籍法の一部を改正する法律案」が閣議を通過。衆議院の法務委員会で審議されるという。私が数年前に現職の衆議院議員の時分に深く関わった、というか、身の危険を感じつつ誰よりも一番最初に先頭で警鐘をならした「人権擁護法案」という名の「人権侵害糾弾ナチスゲシュタポ法案」をほうふつさせる悪法のまたぞろ再来である
日本国籍の棄損を助長する法律が自民党得意の混合審議で通過???
マスコミで取り上げた話題は目隠しなので、早々に引き上げてマスコミで全く触れない話題を提供して下さい。
金融安定化法は中小企業救済の建前ですが、投入する資金は100兆ほどに膨れあがるでしょう。
これもマスコミが報道しなくなった案件ですね
投稿: | 2008年11月14日 (金) 01時11分
田母神氏が問題提起するなら、「侵略は濡れ衣だ」というのではなく、
逆に「満州事変が国際法違反なら、アメリカの原爆投下や無差別爆撃も、ロシアのシベリア抑留や北方領土問題も、中国の中越戦争やチベット動乱も国際法違反だ」と言うべきでしょう。
中国で「人民解放軍」という名称で「中越戦争や、チベット動乱も虐げられた人民を解放する戦いだった」と言うのと同列です。
日本軍も「アジア人民解放軍」とでも名づければ正義があったのでしょうか?
また国連至上主義も現実的ではありません、極論すれば幻想でしか過ぎません。
最終、国連もアメリカも日本を守ってくれる保障等どこにもありません。
日本の国連分担金の多さにも大いに疑問が残ります。
分担金を正常に戻し国防費に当てたほうが有効と思いますが、こうした議論がないのも不思議です。自分の国は自分で守る気概がなければ、守れません。
このことを啓発した意味で田母神氏の論文は評価してもいいと思います。
北京で感じたことですが「日本人学校で一部の生徒が日本国歌を歌えない」現実があります。
これは一部の地域の日教組の影響ですが、私はこうしたことに怒りを感じます。
中国人も馬鹿にしていました。
日本は民主国家ですから反対するなら法律を変える運動をすることが正解であって、
今ある国歌を歌わせないというものではないと思います。
ともあれ戦勝国の歴史観を鵜呑みにし、歴史について日本悪者論(自虐歴史観)だけがマスコミに氾濫することへの警鐘かもしれません。
日本の軍人が全て悪いと言うのでは、国のために死んで行った者たちがまったく浮かばれません。
田母神論文は「自国を守る自衛隊の存在をきちんと認識してくれ」という観点から見るとここに意義があると思います。
投稿: gao | 2008年11月14日 (金) 00時40分
田母神論文について
田母神氏がどんな人かは知らないが、私には彼の考えが理解できません。
何故終わった話を何度も何度も蒸し返すのか。
私はいかりや爆氏の意見に賛成です。
思想的にはいかりや爆氏とかなり異なると思いますが。
以前、いかりや爆氏は「如何なる理由があろうとも他国へ軍を派遣してはならない」と仰ったが、全くその通りだと思いますね。
日本がアメリカから自立するには核武装等の強力な抑止力が必要ですが、戦前の日本軍の行為を肯定してしまったら到底核など持てなくなる。
日本人が自国に誇りを持つ事と大東亜戦争肯定とは別の話です。
投稿: ビンモハマド | 2008年11月14日 (金) 00時36分
高校生のとき、図書館の棚に「大東亜戦争肯定論」という背表紙の本を見たときの衝撃は、今も鮮やかに憶えています。もう、何十年も前のことです。今、田母神論文に「信じられない」とか「びっくりした」という感想を述べている人は、そのときの私と同じで心底そう思ったのでしょう。
それにしても、戦後60年以上も経ったというのに「信じられない」と言って憚らない人たちの知的怠慢さには驚くしかありません。それとも、生きるため「閉ざされた言語空間」と知りつつそこに棲息し続けることがなにかと都合がよかったということだったのでしょうか。
私は、背表紙の衝撃から今日に至るまで考えや考え方の軌道修正を何度も余儀なくされました。それは、自分の信じたもの、愛したものとの決別(否定ではなく)であり、けっこう辛い作業でした。しかし、私には「ぶれまくってきた」という自負があります。
ぶれる=フレキシビリテイーだという思いがあり、むしろ「ぶれない」ことを信条にしている人を軽んじてきたのです。
最近の例では、私は一貫して憲法9条改正を願ってきたのですが、ここにきて改正反対になりました。管理人様と同じで、反戦思想からではなく、米国の傭兵化につながることへの嫌悪、憤怒があるからです。管理人様の「そんなものを認めるくらいなら9条を堅持してアカの方々と協力し、アメリカに逆らうことの方がよっぽど愛国的態度といえる」との文言とまったく同じことを考えていたので、思わず笑ってしまいました。
田母神氏が国会で、言説を訂正されたり弁解されたりしないだろうかと少々不安に思っていた自分を恥じています。(余りにもそういう場面を見てきましたから)退職金についても、きっぱり「使わせていただく」と言われたことはとても好感が持てました。
投稿: 一葉 | 2008年11月13日 (木) 23時21分
記事と関係なくてすみません。常温固体核融合について忘却してもらっては困るので、未来のエネルギーについて掘り起こして書き込みしてみました。
常温固体核融合の第一人者である荒田吉明氏が、研究資金に窮しておられるとのことです。常温固体核融合は、既にみなさんが詳しく御存知ですが、国際金融資本にとっては広がってもらっては困る技術です。実現が極めて困難な熱核融合には、5000億の資金が出る上に、放射線をばら撒きます。実現容易な荒田氏が作りたがっている「放射能、中性子の出ない」中型機は、¥5000万程度だそうです。
三菱東京UFJ銀行 住吉支店(店舗番号513) 普通 0023712 常温固体核融合研究所 荒田吉明
投稿: 超適当翻訳 | 2008年11月13日 (木) 21時45分
山本夏彦曰く「理解して自分が不利になる様な事は、人は絶対に解ろうとしないものだ。」。田母神氏を批判している連中をみるとこの言葉を思い出します。
投稿: 匿名希望 | 2008年11月13日 (木) 17時50分