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2008年11月24日 (月)

「マッド・アマノの『謝罪の品格』」書評!!

Photo_2  私が親しくお付き合いさせていただいているパロディストのマッド・アマノさんの新著、「マッド・アマノの『謝罪の品格』」が、このほど平凡社新書として発売された。

 実は、この新書は今年の8月中旬に発売される予定だった。その一ヶ月前の7月中旬、本ブログにて、その『前書き』文を掲載したのだが、実際の発売は三ヶ月遅れて11月中旬になってしまった。内容は、企業、大学、芸能人、その他、さまざまな人々の「謝罪」を窓口にして、日本社会の特異で興味深い姿を浮き彫りにするものだが、著者のマッドさん特有の鋭い社会批評眼が余すところなく散りばめられている。

 日本人の公的な『謝罪』の様態は、すっかり慣習化、様式化され、それはすでに日本文化の一形態として強固に根付き、一つの「謝罪文化」を形成するまでになった。だが、マッドさんの鋭い感性は、この謝罪慣習を見て、そこには一筋縄ではいかない、日本人特有のさまざまな事情があることを見て取った。こういう繰り返される公的謝罪は、一体誰に向けてのものか、何のためのものなのか、どんな意味があるのか?などを、マッドさんは長年、社会風刺を生業(なりわい)にしてきた、その洗練されたプロの視点で見事に描ききっている。

 マッドさんは、この十年余り、丹念に集めた300件にも達する諸々の謝罪記録から50選を抽出し、それらの事例から湧出する社会の姿を面白く描いている。謝罪には、もちろん真摯な謝罪もあるが、中には謝罪する側の論理からくる止むに止まれぬ裏事情や、世間を騙す嘘の文脈で行われる場合もかなり散見される。私がマッドさんを尊敬するのは、パロディストとして、彼の作品に強く惹かれることはもちろんだが、その作品を創出するご本人の透徹した深い知性と、お人柄に惹かれているからだ。当然、私は彼の手になる文章そのものにも強く惹かれている。非常に洗練された知的文章であり、適度に抑制された表現や、その配置バランスの美しさは、柔らかく徐々に脳に働きかけ、読むものをけっして疲れさせないのだ。この本も、全体を通じて非常に読みやすい筆致で書いてある。

 この本には謝罪の「頭下げ」写真がふんだんに使われており、それに応じたマッドさんの社会批評文が個々に記されている。18個の小見出しがあり、その中には全部で50近い謝罪エピソードが語られている。しかし、このエピソードは年次的にも、話題的にも個々に独立した謝罪マターを陳列しているように見えるが、読み進むうちに、謝罪から見えてくる日本社会のパノラマ的視界が徐々に開けてくるようになっている。ざっくばらんに言うと、各駅停車の列車に乗って、各駅の風物詩を観光しているような視覚的な楽しさ、新鮮さがある。

 だから、読み始めると止まらない面白さがある。特に「神州の泉」を見ていただいている方々も同じような読書体験ができるだろう。謝罪マターが無機的に羅列されているのではなく、時にはマッドさんのユーモア、ブラック・ユーモアの目線を通じて、時事問題の本質が語られていく。読み進むうちに、個々の謝罪マターの背景に、一本の有機的な連環が見えてくる感じがとても面白いのだ。

 主にマッドさんが、力点を置いて書いている事柄は、裏に国際金融資本の暗躍が垣間見える背景を持つ「謝罪」である。私が最も興味深く読んだのは、やはり、証券会社や銀行に関する記述だった。例えば、山一證券が破綻し、北海道の拓殖銀行もつまづいた。山一證券はあの金融ビッグバンの犠牲になった最初の金融会社である。また長銀が破綻し、八兆円という国庫金が充当されたが、リップルウッドに破格の超安値で買収された。そして2003年のりそな銀行の「不自然な」国庫救済の話である。マッドさんはこれらの動きに、ある種の符号を感じ取り、影に国際金融資本の暗躍を読み取っている。同時に「年次改革要望書」によって、商法改正やその他、ネガティブな力学が日本社会に作用していることをマッドさんならではの視点で鋭く読み取っている。

 りそなに関する記述の中で、マッドさんは植草一秀さんの事件にも言及している。植草さんは小泉経済政策の全体を批判する急先鋒だったこと、りそな銀行救済劇の裏にインサイダー取引の疑惑があることを提起したことで謀略的に嵌められた。マッドさんも、私と同様に、植草さんの無罪を信じ、彼は嵌められたものと信じると書いている。これについて、マッドさんはもっと紙数を費やしたかったようだが、本の主旨やその他の理由で最小限に止めている。それにしても神州の泉は、平凡社という大手出版社が、この事件における冤罪観点の記載をよく許可したものだと思う。実に懐が深い出版社だと思う。

 この本の内容はハードなものが多いが、軽快な筆致とマッドさん特有の抑制された読みやすい文章力で、最後まで新鮮な気分で読み進める。是非、一読をお勧めしたい一冊だ。

 最後に、最近、歌手のフランク永井さんが永眠され、淋しい思いをした。彼の有名な代表歌がある。「♪あなたを待てば 雨が降る 濡れて来ぬかと気にかかる ああ ビルのほとりのティールーム」で始まる「有楽町で逢いましょう」である。昔から大好きな歌だ。恋人達の逢瀬を、しっとりとした情感で歌い上げた名曲である。新自由主義が猖獗(しょうけつ)をきわめる現代東京では、もはやありえない叙情性である。この二番目の歌詞に「♪ああ 小窓にけむるデパートよ」と、デパートが登場するが、このデパートは破綻した「そごう」である。マッドさんは、一時代を築いた「そごうデパート」の凋落の影に国際金融資本の暗躍を読み取っている。この視点は私にとって実に新鮮な驚きだった。なるほど、これもそうだったのかと。(※マッドさんのパロディ・タイムスにも私の簡単な書評が出ています)

                       神州の泉・管理人 推薦の一冊
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コメント

ボス@和白組 様

 はじめまして。さっそくのコメントありがとう
ございます。私も驚いたのですが、謝罪は深いも
のがあります。

 こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。

投稿: 高橋博彦(管理人) | 2008年11月24日 (月) 23時02分

初めまして。いつも拝読させて頂いております。

確かにここ数年、不祥事なりで謝罪するトップの姿が当たり前になってますが、ただTVなりマスコミの後追いだけでは分からない事も多いのかもしれません。


自分も書店なりアマゾンで購入しようかと思います。


それでは今後ともよろしくお願い致します。

投稿: ボス@和白組 | 2008年11月24日 (月) 16時56分

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