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2008年12月 8日 (月)

植草一秀さんが遭遇した二度の偽装事件を考える

  植草さんは、2004年の品川手鏡事件、そして2006年の京急電車内事件という二つの事件をメディアに大きく取り上げられ、あたかも植草さんには常習的性癖があるかのように強く印象付けられた報道が行なわれた。小学館の「女性セブン」は「過去7回の示談あり」と嘘の記事を書いた。この記事を鵜呑みにして、大阪朝日放送のムーブは、宮崎哲弥氏、橋下徹氏、大谷昭宏氏など、テレビ等で顔を知られた彼らの口を借りて、植草さんの性癖説を垂れ流した。

 テレビや大新聞などが、嘘を報道しないと思い込んでいる人たちは、植草事件の初期報道を完全に鵜呑みにした。品川事件も、京急事件も、事件に付随する幾多の事実を見るだけでも、これらが謀略的に植草さんを罠に嵌める偽装事件であることは間違いない。私はそのことを、弊ブログや雑誌などで何度も指摘してきたし、他の人々も同様な指摘をしている。1998年の東海道線車両の案件は、ボックス席対面に座っていた女性の勘違いである。女性については知らないが、男の場合は夜、仕事の残業続きで風呂を使えない日が続き、身体を良く洗っていない場合や、物を介して他者からの感染があった場合、鼠蹊部(そけいぶ)に常態的な痒みを持ってしまう場合がある。

 このような場合、わずかなきっかけで強い痒みに襲われる。冬季の電車、特に当時の東海道線車両は、私も経験があるが、かなり暖房が強めであり、不快になることがよくあった。上記のように、鼠蹊部に痒みの原因を持った人が、強めの暖房が効いている電車のボックス・シートに座った場合、下からの熱の浸透で痒みがいきなり増大し、我慢できなくなることは充分に考えられる。植草さんはオイラックスという痒み止めの薬を使用していたが、シートの熱で痒くなってしまった。そこで数度掻いた。その事情を察知しない女性の場合、その行為を見て、それを自慰行為だと勘違いしてしまうシチュエーションはあると思う。前の女性は通りかかった車掌に「この人、感じが悪いんですが」と言った。

 これが鉄道警察によって、「女性にさわった」ということにされてしまった。こういう場合、女性の言い分が断然強い。私はこの成り行きに官憲の計画性があったかどうかはわからない。だが、警察は植草さんに対し、認めなければ逮捕すると脅したのであるから、これは典型的な人質司法である。そして、品川事件も、京急事件も、嵌めた側は、この98年の案件を母体として、思いっきり利用している。二件とも、この案件を表面化させ、植草さんの性的性癖説をいかにも本当であるかのように印象付けている。事実、メディアの初期報道が鬼の首を取ったかのように、98年の案件を付け加えている。

 評論家の宮崎哲弥氏は大阪朝日放送の「ムーブ」で下記のように喋っていた。

「だからね はっきり申し上げるけれども、彼の経済的な知識や彼の経済理論と、彼の下半身がどういう方向性を持っているかということは、まったく別なんですよ。ですから、彼は、私は更生して欲しいと思う。更生されるためには、冤罪とかね、陰謀とかね、そういうことを言っちゃいけないんだよ、治療させるべきなんだよ

 特に下線太字の部分は激昂して喋っていた。しかし、彼がこのように自信を持って断言したことは、何の下調べもなしに「女性セブン」の捏造記事のみを下敷きにしているのだ。テレビ放送の浸透力、影響力の大きさを考えたら、この発言がどう影響するか、よくわかったはずだ。自分で独自に裏も取らず、大衆的な週刊誌記事だけを鵜呑みにして、ここまで断言してもいいのだろうか。提訴の結果、小学館「女性セブン」は、2008年4月4日、100万円の支払いと「お詫び」、および「お詫び」文の「女性セブン」誌への掲載で和解が成立した。事実上の勝訴である。つまり、宮崎氏のいい加減なホラ話は完全否定されている。重要なことは、この国策捜査に加担したものは、メディアや官憲だけではなく、有名人も何名か意を含まされて発言していた可能性がある。

  2004年の品川駅における国策逮捕事件は、わざわざ子供の誕生日を選んで行われた。ある会合で知り合った女性が、私にそれを強調してこう言った。子供の誕生日にこういうことを仕掛けるのは悪質すぎる、並みの悪意ではないと。また、最近では別の人が、子供の誕生日という日付を使ったのは、いかにも米国のやりそうなことだと言った。GHQは、今上天皇の誕生日である12月23日にA級戦犯の処刑を行っている。これは偶然ではないだろう。この日付にはアメリカの強いメッセージが込められているに違いない。同様に、植草さんが品川事件に嵌められたのが、お子さんの誕生日であったということは、我々の対日経済占領に歯向かえば、こうなるぞという強い意志を示したものと思える。つまり、この計画に歯向かうとこうなるぞという強いメッセージを含ませている。

 植草さんは「知られざる真実ー勾留地にてー」の110ページに書いている。1999年の夏にはアメリカにいて、旧長銀(1998年に破綻した日本長期信用銀行、現新生銀行)の落札先が、「リップルウッド・ホールディングス」という米国投資ファンドに内定したことを事前に情報としてつかんでいたと。帰国して長銀の売却先を注視していたら、はたして、9月28日に譲渡先がリップルウッドに決まった。これには米国政界の大物が関与していた。植草さんはこういう不透明な動きをあちこちで語り始めた。彼が買弁権力筋(買弁とは外国に利益供与する者達)に危険人物として睨まれたのは、かなり以前からだと思うが、リップルウッドによる旧長銀買収を、事前にアメリカで植草さんがつかんでいた件も、米国が日本に知られたくないことの一つだったことは間違いない。

 あと、これは完全に私個人の推測なので、間違っているかもしれない。それでも敢えて言ってみる。2001年の総裁選のとき、亀井静香氏が本選挙を辞退して、小泉純一郎氏の応援に回ったことは誰でも知っている。これは禅譲とでも言えばいいのだろうか。この時、亀井氏と小泉氏はある約束を交わしたそうである。一説には九項目の約束があったという。ところが当選した小泉氏はこの約束を反故にしたばかりか、亀井氏を不倶戴天の政敵扱い(抵抗勢力の筆頭)にしてしまった。亀井氏がどんな約束を小泉氏に取り付けたのか、正直わからない。しかし、今となってみれば、亀井氏の要望は小泉・竹中路線のネオリベ政策とは真逆のケインズ的色彩の濃い政策だったに違いない。

 ここまではおそらくそれほど見当違いではないだろう。しかし、私はこの密約?に植草さんの抜擢のことが盛り込まれていた可能性を強く感じるのだ。一時、ネットでも噂になっていたことがある。2002年の9月30日の内閣改造において、竹中平蔵氏は経済財政担当大臣と金融担当大臣を兼任して、事実上小泉内閣のナンバー2の権力者になった。この抜擢を快く思わなかった勢力が自民党にいた。日本型資本主義を牽引していた実力者達である。彼らは以後、守旧派、抵抗勢力と呼ばれ、小泉氏に徹底的に弾圧を受けた。代表格が亀井静香氏や、参議院のドンと言われた青木幹雄参議院会長だった。竹中氏のあまりの売国政策に業を煮やした彼らは、何んとしても彼を引き摺り下ろし、代わりにジョン・メイナード・ケインズのような人間性のある人物を竹中大臣の位置に付けたいと思っていた。その第一候補者が植草さんではなかっただろうか。

 そう思う理由は、竹中氏の植草さんに対する異常とも言える怨念と言うか、憎悪を感じるからである。「知られざる真実ー勾留地にてー」を読むと、植草さんに対する竹中氏の憎しみは半端ではない。私はなぜここまでやるのかと疑念を持っていた。ただの政策スタンスの違いであるなら、人間は政敵をここまで憎悪することはない。そこには植草さんの国政登場の芽を何としても摘み取らねばならない強い意志があったのではないだろうか。つまり、表面的には見えなかったが、裏で亀井氏や青木氏の一派が、竹中氏を打倒して植草さんを擁立する計画を立てていたのではないだろうか。もちろん、これは完全に推測の域を出ない話であるが、もしかしたら亀井氏は総裁選のとき、小泉氏に、植草さんを然るべき地位に付けることを条件として提示していたのではないだろうか。

 ところが、米国の傀儡(パペット=操り人形)になっていた小泉氏は、反ネオリベの植草さんが国政に現われたらとんでもない阻害要因になることは明らかであり、これは絶対に阻止するという、固い決意を有したのではないか。なぜなら植草さんが然るべき重要な地位に着いたら、年次改革要望書がご破算になってしまうからである。小泉氏は政権発足以前に植草さんの進講を受けており、植草さんがアメリカの計画に反する人物であることをよく知っていたからである。小泉氏は植草さんのレクチャーを受ける気はまったくなく、無造作に遮(さえぎ)った上に、自分の意見を強引に開陳したそうである。

 植草さんの政策スタンスは、アメリカ政府筋、そして国内ではアメリカ大使館、あるいはACCJ(the American Chamber of Commerce in Japan=在日米国商工会議所)の連中に、危険視されていたに相違ない。つまり、植草さんは彼らに取って、年次改革要望書の具現化、及び新自由主義政策の敷設にとって、最も邪魔になる存在としてマークされていたに違いない。具体的にはりそなの計画も、郵政民営化も、植草さんが然るべき地位についていたなら実現しなかった可能性は非常に高い。この文脈で眺めれば、竹中氏が植草さんに対して取った尋常ならざる態度がよく理解できる。植草さんと竹中氏は実に鮮明な対蹠的存在なのである。

 植草さんが品川事件に陥れられたのは、ただ、反小泉・竹中路線の批判的急先鋒だったからではなく、実際に植草さんを国政の壇上に挙げようとしていた動きが水面下であったからではないだろうか。2004年の品川事件の背景には、こういう国策的暗闘があったのではないだろうか。

 また、2006年の京急事件の背景には、植草さんが「りそな」に関する巨大なインサイダー疑惑を指弾し続けたことが直接の契機だと思う。

 つまり、植草さんの二つの事件は間違いなく国策的謀略で仕掛けられたものだ。宮崎哲弥氏の言ったような、経済政策と下半身は別だなどというレベルにはない。国家政策というグランドデザインの違いによる紛うことなき謀略である。今、小泉政権を継承した政権が残していった負の遺産が国民を苦しめている。これから日本人が取るべき道は、小泉氏や竹中氏の敷いた路線を完全に消滅させ、植草さんの知恵を国政に反映させることである。植草さんを活かしていくのが国家再生の道であることは、もはや疑う余地はない。

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コメント

まつたく賛成です 向後も植草氏応援下さること
お願いいたします

投稿: 松澤利成 | 2008年12月11日 (木) 14時08分

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