派遣労働者はバッファなのか?
大分昔に習ったような記憶があるが、電気(電子)回路には「バッファ(buffer)回路」と言われる領域が存在する。バッファとは緩衝器の意味がある。情報機器的にはデータの一時的な記憶装置みたいなものだ。今から37年ほど前になるが、その頃、アメリカなどで使われていたロジック・サーキット(論理回路)は、今のようなICやLSIではなく、トランジスタという前近代的な素子を使っていたから、かなり大きなサイズの装置だった。それには論理ボードというものが付いており、電気に明るい人はわかるが、AND、OR、NOR、NOTなどの論理ゲートを、リード線の先に着いたチップを差し込んで、マニュアルで任意に変えることができた。
今の技術屋さんには信じられないかもしれないが、当時の工場の現場製造ラインなどでは、論理ゲートの切り替えをマニュアルでやっていたのだ。パソコンなどは陰も形もない時代である。この時代から今の電子回路を見ると、その桁違いのコンパクト性、起動の応答性に奇跡的な進化を見る。まさに隔世の感だ。で、バッファの話に戻るが、回路的に言えば、バッファの役割はデータの一時的な記憶部分とか、入出力回路のインピーダンスの整合性を取るとか、信号の逆流入を防ぐとかいろいろあるが、何となくわかりやすいのは「緩衝装置」という意味合いである。まあ、バックアプに近い感じもある。
さて、いきなり政治の話に移るが、今日の参議院予算委員会の質疑応答で、派遣切りの問題が質問に出た時、麻生首相は派遣社員の存在を「バッファのような」という形容を説明の中でしていたのが印象的だった。その言葉は質疑応答の文脈には、特に強い関係性はなかったので、そのままスルーされていたが、聞いていた私には、けっこうインパクトがあった。「派遣社員はバッファのようなもの」か、なるほどなぁ、言い得て妙だと思った。バッファとは企業が生産拡大をして、人員が必要になった時、すぐに募集して補充が利く働き手であり、生産縮小した時は、逆に「控えて」もらうことができる便利な「緩衝要員」なのかと思った。
派遣要員という、企業にとって便利な緩衝要員を「安全弁」という表現で言われることも多い。むしろ安全弁の方が一般に言われている言葉だろう。しかし、バッファとかセーフティ・バルブなどというのは、工業的に言えば、生産ラインの必要不可欠な装置群の一部であり、それらはいざというときに正常に機能させるために、定期的に保全され大事にされている。しかし、派遣労働者で構成される「緩衝要員」の場合は、実物のバッファとか、安全弁なるものとはまったく異なっていて、契約期間が終了するか、企業の都合で契約解消になれば、その企業から完全に切り離されてしまうのだ。人間は部品ではない。社会的存在である。企業で働くということは、それで収入を得て食べているという現実があり、衣食住を満たす必要不可欠な条件となっている。
ひとつの企業に縛られずに自由に動ける身分を自ら選んだのが派遣労働者であって、雇用の流動性は自己責任原則の範囲にあるという言い方が企業側に横行している。麻生首相もそれに近い言い方に終始していた。しかし、現実を無視したこの論理が如何におかしいことか、少しかんがえてみればわかることだ。企業の生産性は不確定であるから、就業要員のある程度の流動性はやむを得ない面はある。だが、流動性という言葉には生存権の保持が当たり前だという前提がある。社会が働き手の需要と供給がバランスよく機能しているなら、この流動性という言葉は使えるだろう。
しかし、今のように不可抗力的に不況が襲来した時は、派遣労働者や期間労働者は、生存の糧を得る場から強制的にパージ(排出)されてしまう。この状態をバッファ(緩衝)とは言わない。あえて言うなら、この状態は生存権の強制剥奪であり、国民の姥捨て(棄民)状態である。国家や政府の重要な任務は、国民の生存権を保障してやることだ。小泉政権は聖域なき構造改革という派手な銅鑼(どら)を打ち叩き、セーフティネットを破壊した。2004年の労働者派遣法改正(改悪)は、今日生じている「派遣切り」を想定していなかったどころか、想定していて故意に強行したと私は思っている。労働者を使い捨て部品のように取り扱い、いくらでも取替えの利く一過性の労働力としか考えていなかった証拠だ。政府も企業の要望に応じてこれを認可した感がある。
労働分配率が低下したことと、派遣切りの無残な現実は、日本が独自性を喪失して、アメリカの言いなりになって国政を推し進めた結果である。かつての銀行には、優良な企業を育てていくという社会的な使命感があったが、今の銀行は、アメリカの商法感覚に汚染され、無情に企業を喰い潰していくプレデターに成り下がっている。企業コード(コーポレート・ガバナンス)がアメリカのいいように塗り替えられたせいで、かつての日本の商習慣や互助感覚が消滅した。これで派遣労働者に対して人間的な暖かさを持てと言うほうが無理である。
派遣労働者の一斉解雇は、どこをどう見ても棄民状態であり、国民の生存権の放擲(ほうてき)である。政治が国民の生存権を保障しないで、どこに政治の存在意義があるのだろうか。国民が、このまま政党政治を認めるなら、日本の国民を犠牲にする自公政権には存続の理由はまったくない。憲法第25条を破壊するのが構造改革だと言うならば、そんなものは二度と必要ない。
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コメント
こんにちは。
「これはひどい。これじゃ派遣社員はもの扱いじゃないか。本当に首相はこんな事を言ったのか?」
そう思い検索をかけてみたところ、毎日新聞にこの答弁に関する記事がありました。
「労働者派遣:製造業への派遣禁止に首相慎重--参院予算委
麻生太郎首相は20日の参院予算委員会で、製造業への労働者派遣について「景気が良くなったり、悪くなったりする時のバッファー(緩衝材)として、企業の存続には必要だった。両面を考えて対応しないといけない」と述べ、禁止に慎重な考えを示した。社民党の福島瑞穂党首の質問に答えた。
首相は「派遣が可能になったから、企業が安い労働力を求めて海外に出るのを止める効果があった」「世界のルールと同じでないと競争力が成り立たない」と語った。【野口武則】
毎日新聞 2009年1月21日 東京朝刊」
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090121ddm002010050000c.html
確かに言っていました。これでは「企業が生き残るためには派遣が犠牲になってもやむをえない。」と言っているのも同然です。しかも
「派遣が可能になったから、企業が安い労働力を求めて海外に出るのを止める効果があった」
「世界のルールと同じでないと競争力が成り立たない」
これは、完全に「財界」の言い分そのものです。まさか麻生首相がこれほどの「グローバリスト」だったとは。渡辺氏等の動きには確かに「偽装CHANGE」の疑いがあるし、警戒は必要です(日本のメディアがやたらオバマ新大統領を持ち上げるのも、どうも胡散臭さが感じられますし)。しかし、少なくとも麻生首相にはもはや何の期待も出来ない、というのも確かであるように思えます。
投稿: JAXVN | 2009年1月22日 (木) 19時45分
オリックスはどのみち「かんぽの宿」を建て直す気はないでしょう。
数年後に、例えば外部環境が回復に向かったときに売り飛ばす気満々だと思いますよ。
大体、オリックスに建て直すノウハウがあるとは思えませんしね。
宮内氏流の投資のつもりでしょう。
政府もこの様に、不況がさらに鮮明になった時期に売る必要もないわけですけど、何を考えてるのか…。
国民資産を安値で切り売りする売国行為といえるでしょう。
宮内氏としては政商の面目躍如ですね。
投稿: ロイヤルタッチ | 2009年1月22日 (木) 19時30分
テーマとははずれますが、今週号の週刊朝日に、かんぽの宿のオリックス譲渡の関連記事が記載されていました。こっそりとこんな付帯事項がついていたそうです。
「かんぽの宿等の各施設に付帯する社宅等の施設等の施設及び首都圏社宅9施設を含む」と
70施設の名称と住所の一覧の下に、オマケのような扱いで首都圏社宅9施設が付けられていた。
調べたところ、交通の便がよく一等地で、不動産関係者に調べてもらった所、合計で47億円相当のものだとわかった。106-47=・・・と計算したくなります。
これが、民間へ下ろす実態なのですね。
投稿: ねぎ坊主 | 2009年1月21日 (水) 21時32分
ロイヤルタッチ様
こんばんは。コメント感謝です。今後は有効な
総需要喚起しかないと思います。日本の為政者が
一番駄目なことはグランドデザインが描けないと
いうことでしょうか。オバマみたいにグリーン・
ニューディールみたいな構想をぶち上げる人は一
人もいませんからね。
日本を夢のある輝く国にしたいという目の輝い
た政治家はいないのでしょうかね。このグランド
デザインが描けないところにパイを大きくする政
策は生まれないと思います。
投稿: 高橋博彦(管理人) | 2009年1月20日 (火) 19時25分
企業は短期的な利益の事しか見てないので、労働者=消費者というのを忘れてるのでしょう。
それと経団連で発言力があるところは、もう日本を市場として重視してないので、
総需要の増加という選択肢をとる気は無いのかもしれないですね。
長期的には企業の自殺行為であるとともに、今、現に報いを受けているわけですが、
それでも経済的に弱い人から被害を受けるわけだからやり切れませんね。
結局、政府が総需要増加策を取るしか根本的解決にはならないですね。
パイの切り分けで揉めるより、パイ自体を大きくするしかないです。
投稿: ロイヤルタッチ | 2009年1月20日 (火) 19時13分