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2009年3月31日 (火)

急激に悪化する日本経済に対応する経済政策に関する質問主意書(小野盛司)

    (※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第158弾です)

 急激に悪化する日本経済に対して、政府は本気で経済対策をしようとしているのだろうか。過去における景気対策は、遅すぎて規模が小さすぎて、しかも早く中止してしまった。国債を発行しすぎると何か悪いことが起きるのではないかと恐れてそうなったのだ。平成10年、橋本内閣でも国債発行を抑えようと緊縮財政を行い経済を悪化させたが、財政は改善しなかった。平成10年には国債残高は273兆円にすぎなかったが現在はその2倍以上の553兆円にまで増えている。

 しかし、長期金利は僅か1.3%であり、国債暴落の気配は全くない。「あと280兆円国債を発行しても何も起こりませんよ」と橋本総理に教えたら何と言っただろう。何だ、エコノミストの言うことはまるでデタラメではないかと橋本総理は絶句しただろう。橋本総理が、財政再建を急がずに、むしろ思い切った財政出動(何も280兆円も出さなくてもよいのだが)を行っていたら、日本経済は今よりはるかによい状態になっていたに違いない。しかし、馬鹿なエコノミストの馬鹿な発言は続いている。

 今からでも遅くない。何とかして政府に理解させて、適切な経済対策を実行させたいと思い、我々は滝議員を通じて、質問主意書を提出し、先週その答弁書が返ってきたのでここで紹介する。

 残念ながら、政府は名目GDPを引き上げる意味を理解していない。次の質問主意書では、このことをしっかり教えることにする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――______

急激に悪化する日本経済に対応する経済政策に関する質問主意書

                    衆議院議員滝実

 国際取引所連盟の調べによると、主な証券取引所に上場する企業の株式時価総額は、
2008年末で約2953兆円で前年末で46%減、つまり約2500兆円が失われたとのことである。東証第一部上場会社の株式時価総額で2007年6月から2009年2月の約1年半の間に330兆円も失なった。これは失われた資産のうちの、ごく一部である。しかも、日本の場合株価の下落は2007年からでなく、1989年からの下落であり、最高値38915円から80%以上の値下がりしたのであり、事実上の株式市場の崩壊と言うべきである。このような状況で景気の本格的な回復を達成するには、大規模な経済対策が必要と思われる。このことに関して質問する。

一、図1~3は、名目GDPの国際比較である。名目GDPの伸びが大きくなれば、所得が増え、景気回復の実感が出てくると言われている。日本の名目GDPは伸びておらず、その意味で実感なき景気回復と言われ続けてきた。これらのグラフから、経済の成長という点において、日本だけが世界から取り残されてきたと思うがどうか。

二、過去十数年間、もしも適切な規模の財政出動を行ってきたら、世界の中で日本もこれほど取り残されることはなかったと思うがどうか。

三、3月13日の日経新聞によると、10人のエコノミストによる2009年度の実質GDP成長率の予測の平均はマイナス4.3%である。これをプラス成長にするだけでなく、正常な成長軌道に乗せるためには、どの程度の財政出動が必要かに関して、計量モデルを使った試算を国民に示すべきだと思うがどうか。

四、景気対策は、目先の景気だけでなく、長期的に日本をどのように成長させるかという視点が重要であるので、単年度でなく5年計画といった目標の設定が必要だと思うかどうか。

五、この100年に一度と言われる経済危機を克服するために、世界各国が協調して、失われた巨額の富を取り戻す政策を行ったらどうか。例えば、GDPの10%に相当する国債または政府紙幣を中央銀行が買い取り、そこで得られた財源で、各国が内需拡大のための財政出動を行うという案を日本が提案してはどうか。

図1
Oecd

2006

図3  出所 OEDC Economic Outlook 84
2007

――――――――――――――――――――――――――――――――

内閣衆質171第213号
 平成21年3月24日
                     内閣総理大臣 麻生太郎
 衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員滝実君提出
 急激に悪化する日本経済に対応する経済対策に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

 衆議院議員滝実君提出急激に悪化する日本経済に対応する経済対策に関する質問に対する答弁書

一及び二について
 お尋ねの「経済の成長という点において、日本だけが世界から取り残されてきたと思うがどうか」という点については、物価動向を考慮した実質GDP成長率も含めて判断する必要があり、ご指摘の名目GDP成長率のグラフのみでは、一階に判断することはできないものと考えている。

三及び四について
 政府は、国民生活と日本経済を守る観点から、当面は「景気対策」、中期的には「財政再建」、中長期的には「改革による経済斉唱」という三段階で、経済財政政策を進めることとしている。現下の厳しい経済金融情勢に対しては、平成20年8月以降、総額約75兆円の3次にわたる経済政策をとりまとめ、「景気の底割れ」を防ぐことを最重要課題として、これらの経済対策の速やかな実施に全力を挙げているところである。
 内閣府の計量経済モデルについては、それぞれの時点で、入手可能な情報等を基に、随時必要な改訂を行っているところである。

五について
 世界経済の状況が深刻さを増しているという共通認識の下、世界経済や国際金融システムの安定性に対する信認を回復すべく、各国が、金融・世界経済に関する首脳会合の場等を通じて連携し、その置かれた経済・財政状況等を踏まえつつ、この難局に立ち向かう必要があると考えている。
 我が国においても、三及び四についてで述べたとおり、総額約75兆円の経済対策の速やかな実施に全力を挙げているところである。

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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2009年3月30日 (月)

小沢一郎氏に日本米国化の阻止を期待する

 私がなぜ小沢一郎氏率いる与党政権の実現化を強く願っているか、その説明を試みる。私はこのブログで、小泉政権の本質をしっかりと見究め、それを総括するというプロセスを通過しなければ、日本の再生・刷新は絶対に起こらないと言い続けている。小泉政権が、それまでの歴代政権とまったく異なっていることは、一気に国策のパラダイム・シフトをやったからである。

 小泉政権は旧田中派政治を継承する自民党政治の型を全否定し、聖域なき構造改革という新しい政治体制を唱導した。小泉政治に旧来政治が持つ金権・利権体質、官僚主導構造の是正を熱烈に期待した。そしてここからが肝心な点であるが、国民は急進的な小泉構造改革が、修正資本主義の枠内で景気浮揚と社会矛盾の矯正を行ってくれるものと勝手に思い込んだ節がある。これは、国民側が小泉政権が持つ真の謀略的意図に気付かなかったこともあるが、じつは、この政権の悪質さは、国民の了解を得ずに従来型の修正資本主義とはまったく異なる国策、すなわち新自由主義経済にシフトさせていたことにある。それに加えて、米系国際金融資本の国富収奪を手助けするシステムを構築していた。官邸とマスメディアは手を結び、実に巧みにこの真相を隠蔽した。

 修正資本主義を簡単に説明する。産業革命以来の純粋な形態の資本主義は、そのままでは資本の暴力性が作動する。富は偏在し、労働力を切り売りする層の劣悪な労働環境や低賃金化を招き、格差が際限なく助長されるというような数々の悪条件がてんこ盛りになる。これに対する反動として、マルクス経済のような共産主義が生じたが、結果として既存の資本主義よりも凄惨な問題が生じ、20世紀の終わりには完全な機能不全を起こして消滅した。

 しかし、資本主義も、むき出しの原理的な形態のままでは、上述した問題が山積するので、資本の横暴を抑制するために、制度的な社会保障や計画経済を取り入れた。私の単純な理解では資本主義各国は、再分配を確保し社会保障をある程度具備することによって、資本の暴力から人々をガードするために混合経済形態を採用した。市場原理も働かせた上に、規制を設けてセーフティ・ネットを張る混合形態が修正資本主義だと認識している。

 私自身も小泉政権発動時には、構造改革が修正資本主義のカテゴリーで進められているものだとばかり思い込んでいて、ただ黙って推移を見ていた。ところが平成大不況が是正される動きはまったくなく、竹中平蔵氏が政策中枢(金融政策部門)に参画し始めてから、この構造改革はグローバル・スタンダードへ無理やり日本市場を切り替えているのではという疑念が募っていた。しかし、2004年(平成16年)に関岡英之氏の「拒否できない日本」を読むまでは、この日本に何が生じているのか、明確に理解できていなかった。関岡氏の本を読んで衝撃を受けた。

 小泉・竹中構造改革とは、修正資本主義に見せかけた典型的な新自由主義そのものだった。すべては内政干渉指令書である年次改革要望書に従って、急進的な日本市場の破壊が進められていた。官邸やメディアは、規制緩和と称する個々の危険な法律改正のチェックを故意に行わず、国民に問題提起もしなかった。ましてや、規制緩和の社会的影響等のリスク・アセスメントもいっさい行わず、国民に知らせもしなかった。それはこの構造改革の計画自体が胡散臭さに満ちていたからだ。

 佐藤優氏は「テロリズムの罠」で、克明に新自由主義を論じていて、知的な刺激を受けるのだが、小泉・竹中新自由主義路線は必然的発生だったと断言している。佐藤氏は、因果論的に言うなら、ソ連が自壊(崩壊)して共産主義浸透の脅威が消滅、資本主義国家はもはや共産主義に対抗するための混合経済を採用する必要がなくなった。そうなると、産業革命直後のイギリスのような、獣性むき出しの純粋な新自由主義が必然的に発生するという文脈らしい。

 大きな流れとして、それは当たっていると思うが、小泉氏と竹中氏がアメリカのインセンティブがなくて、自発的に新自由主義を採用したかのようなとらえ方には賛同できない。彼らや、彼らを支持して構造改革を急進的に推し進めた連中には、国家転覆罪に等しい罪があると私は思う。しかし、佐藤氏が新自由主義はアトム(原子)的世界観と親和性を持ち、その結果として国民統合としてのナショナリズムが脆弱化したと言っていることはまったくそのとおりだと思う。

 また、労働者階級の貧困率が、収入的に家庭の再生産を不可能にしている現実は、産業革命以降の搾取経済とほとんど似た傾向を示している。これもそのとおりであり、まことに恐ろしい現実である。家庭の再生産不能というのは、若者カップルが結婚できず、子供も生めない年収になってきていることを言う。これでは監視社会を徹底し、警察権力を極限的に強化しても国家が自壊するのは時間の問題であろう。支配階級がネオリベを究極的に推し進めて国民を奴隷化し、自分達に都合のよい国家体制を築こうとしても、それは原理的に無理なのである。出生率は極限的に低下し、人口が少なくなった上に、希望を喪失した人々には社会を機能させていくパワーが失せているからだ。

 私は小泉政権が新自由主義を採用したことは、歴史の必然的発生ではなく、明らかにアメリカの収奪計画に基づいた国替えだったと確信している。「国家の罠」に書かれている国策捜査の定義には、時代が国策的に別のものに変わろうとする時点で、「けじめ」として、旧時代の思想や考え方を象徴する有識者を人身御供にする。そのことによって、前の時代は終わったんだぞということを知らせる意味があると言っている。

 小沢一郎氏は旧田中派、旧経世会などの良いところも悪いところもしっかりと見てきた。彼は小泉政権の圧政を見て、ネオリベの流れを変える気持があるような気がする。そうでなければ国民の生活が第一だという言い方はしない。ネオリベ政策が国民生活の犠牲に成り立つものである以上、国民生活重視はアメリカによる日本属国化を軌道修正するという強い信念ががなければできない。「第七艦隊」発言はアメリカと真っ向から対峙する覚悟ができている証拠である。これだけのことを言うには、彼は命を賭けていると思う。今は政権交代を実現して、小沢氏の戦闘的手腕に期待したい。

 彼の政治的手腕を知っている既得権益継続派(売国連中)は、小沢氏が宰相になることを異常に恐れ、なんとしても彼のイメージダウンを謀ろうとして、微妙なタイミングを無視して公設秘書を逮捕した。政治資金規正法の罰則ハードルを異常に低くして大久保秘書を狙い撃ちした。国民は郵政民営化法案成立の直前に、メディアが政権に都合のよい偏向報道を行ったことを今では感づいている。今回の小沢氏秘書の件では、何か変だぞという意識が芽生えている。でなければ国策捜査の疑念がここまで多く出てくることはあり得ない。

 小沢氏が清和会筋に敬遠されているという事実は、彼がネオリベ潮流を変える政治的豪腕を有していることの証左である。重要なことは、誰が弾みの付いているネオリベ体制を切り替えて、経済中流層を再生してくれるかにあり、これを成し遂げる力量は、アメリカと対峙する胆力の持ち主にしかない。小沢氏は日本の良さを変えないないためには、自分が変わる必要があるとどこかで言い切っている。つまり、これは背理ではなく保守の真実を言っていると思う。小沢氏には小泉氏のようにアングロサクソン・モデルを取り入れるとひどいことになることがよくわかっている節がある。そうでなければ国策捜査のターゲットにはならない。  

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2009年3月29日 (日)

小泉政権が人間蹂躙であったことを銘肝すべし!!

 人はよく言う。「教訓はいつも後からやってくる」と。多くの人々が、小泉・竹中構造改革の破壊的な結果の数々に気が付いたのは、小泉政権が終焉した後が多い。もちろん、小泉政権時代にも、植草一秀さん、紺谷典子さん、内橋克人さん、森永卓郎さんなど、ごく少数の知識人は構造改革の破壊的側面に心を痛めていた。いや、破壊的側面とか、負の側面とかいう形容は不正確である。この政権のまがまがしい実態は、既にアメリカで前例を作っているように、日本国憲法第25条、生存権の侵害を行う政策内実を伴っていた。

 昨日、ある人と話をしたが、彼は1998年から続いている年間三万人の自殺者数は公称であって、実態はその二倍くらいはあるのではないかと言っていた。しかも年々増大しつつあるという。二倍はともかく、今の日本の状態を考えると、希望のタネはほとんど見当たらず、きわめて突出した二極分化社会が形成され、それが固定化してしまった感がある。経済中間層の消滅である。小泉政権は年次改革要望書に従って軒並み規制緩和を断行した。その結果、日本市場は、グローバル・スタンダードという、国際金融資本のルールに切り替えられてしまった。

 アメリカのインセンティブによる構造改革を怒涛のように行った結果、日本国内は激しいデフレに蚕食(さんしょく)され、再配分システムが壊されてしまった。その上、さまざまな安全を担保していたセーフティ・ネットが軒並み破壊されてしまった。

 小泉・竹中構造改革は、ネガティブな側面ももたらしたと言ってはならず、あれは全面的に国民毀損、国家毀損の国策だったというほうがはるかに正しい。小泉政権は既存システムの大破壊と、新自由主義構造への組替えを行った、まさに国策パラダイムの大変換だった。小泉政権とは、旧田中派政治の金権利権構造を、抵抗勢力と名づけてそれらを打破し、「聖域なき構図改革」というスローガン掲げて、さもそれが、最も進歩的な政策理念であるかのように国民を詐術した。ここに持ち出された竹中平蔵氏の独善的スローガンこそ、「構造改革を否定する者は進歩に逆行する抵抗勢力だ」という単線的な進歩史観であった。

 何が悪質なのかと言うなら、「進歩=構造改革推進」というスローガンを掲げて、行った政策実態が新自由主義政策だったからだ。小泉・竹中構造改革は修正資本主義の範疇にあると偽装しながら、ネオリベ経済というまったく別物の国策に切り替えてしまった。新自由主義とは経済で言うなら、あらゆる政府規制を解除して、原理的な市場経済に任せることだが、それを行うと、福祉、医療、教育、安全等が、欲望資本主義の荒波に翻弄されて機能不全を起こすことだ。その際、資本力のない企業や個人のような経済弱者は、酷使や搾取によってひどい目に遭い、一方、少数の資本強者は富を寡占する状況になる。傾斜配分である。

 新自由主義の特徴として、企業が儲かるか儲からないかという発想だけが優位を占め、他の考え方や価値観は無駄なもの、非効率なものとして切り捨てられてしまう。その中で特筆に値するものは後期高齢者医療制度であった。2006年春の衆議院厚生労働委員会で強行採決されたこの法案は、75歳以上の高齢者を制度的に社会から隔離してゲットーに押し込めるものであり、稀代の悪法である。今まで保険料は家庭単位で徴収されていたが、これは個人単位で保険料を徴収する。収入のない老人に自己責任原則を被せ、年金の支払いから天引という強制徴収を行う。

 「後期高齢者の心身の特性」というものがある。

①老化に伴う生理的機能の低下により、治療の長期化、複数疾患への罹患(特に慢性疾患)が見られる。
②多くの高齢者に症状の軽重は別として認知症の問題が見られる。
③後期高齢者はこの制度の中で、いずれ避けることのできない死を迎える

 この制度には選択権はなく、75歳になったら自動的に後期高齢者の枠組みに編入されてしまう。わかりやすく言うなら福祉破壊の可視化である。①~③までをご覧いただきたい。①は、人間が老いると、さまざまな複数の病気に罹りやすくなり、それは長期化すると言っている。これが何へ帰趨しているかといえば、75歳以上の老人は生きているだけで金がかかるから、存在自体が無駄だと言っているのである。

 ②はこれに区分された年齢に達すると痴呆になると言っている。③は「死は不可避だ」と言っているが、それは人間が生物である以上、すべての年代に当て嵌まる自然の成り行きだが、75歳以上に限って、死は避けられないという言い方は、「早く死ね!」ということである。

 要するに、この後期高齢者医療制度の思想とは、機械論的人間存在論であり、身体の各パーツが機能している若い時代だけが有用性があり、ある高齢に至ると消耗部品のように使い道がなくなり、それは存在の権利を持たないと言っているのである。もし、存在したければ自分で金を払ってもう少し生きさせてくださいと、社会に嘆願せよと言っているに等しい。この思想は紛うことなき棄民思想である。

 小泉政権が強行採決したこのような邪悪な法律は、社会に希望を欠落させ、国力を削ぎ落とす元凶となる。高齢者を社会制度という目に見えない柵で別枠の領域に囲い込み、ゴミ捨て場のゴミのようにスクラップとして扱う棄民制度。まさに生存権の破壊そのものだ。これも世代的な意味における階級分化社会であり、老人のゲットゥー化である。

 ちなみにゲットゥーとは、ユダヤ人が法律によって居住を強制された市街地区を指す言葉であり、中世ヨーロッパの諸都市に設けられたユダヤ人の強制居住区域のことである。イメージとしては強制隔離収容所に近い。収入のあてのない老人から保険料を強制徴収するむごさは、社会が人間の生存権を認めるのは75歳未満までですよという制度であり、それ以上になったら、廃棄処分にしますよということである。

 後期高齢者医療制度は、可視化できる非道なるネオリベ政策の一端を示したものであり、小泉政権がもたらした人間性破壊の要素は数多くある。自公政権が継続したら、このような人間性破壊と社会の不安定要因が限りなく増大し、圧倒的多数の極貧生活が現実のものとなる。このまま自公政権を放置すれば日本は第二のニューオリンズになる。しかも、言論の自由は完全に封じ込まれ、翼賛状況は常態化するだろう。

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2009年3月27日 (金)

売国勢力が唯一畏れるのは小沢一郎氏!!

 国民は、テレビを中心として、連日展開されている「小沢一郎失脚キャンペーン」に目を見張らせ、その意味を充分に吟味しなければならない。自民党清和会を中核とする売国勢力が、今何を考えているのか、子飼いの大手メディアを駆使して国民をどのように印象操作をしようとしているか、冷静に見たほうがいい。

 それは民主党の政権交代を阻止するというよりも、小沢民主党の与党化を何が何でも阻止するという熾烈なキャンペーンである。自民党清和会を中心とし、官僚、財界、大企業、外資、民主党凌雲会、大手メディアが狙うのは、小沢一郎個人の失脚である。彼らの本当の腹は、国民利益を犠牲にして米国の意向に従い、小泉・竹中構造改革を引き続き展開し、日本を完全属国化するまで「構造改革」と称する国家解体作業を継続することにある。

 この国家解体というのは、日本にかろうじて残る自主独立の残渣を完全に消滅させ、社会体制も国民精神もアメリカを牛耳っているパワーエリート(産軍コングロマリットの元締め、あるいは国際金融資本)の意のままにしようとする計画だ。自公政権売国勢力、またはそれに繋がる官、財、業、マスメディアは民主党が政権交代して実権を掌握するということよりも、小沢一郎という政治家が日本の宰相になることを極度に恐れている。

  小沢氏一人の失脚をスポット的に狙うために、メディアは連日、検察リークの一次情報の国策報道を垂れ流し、自民党は自らの献金疑惑は無視して、小沢氏の西松建設献金疑惑を連呼している状況だ。秘書の政治献金疑惑に対する掌握責任を問いかけるのであれば、植草さんが言うように、森喜朗氏、尾身幸次氏、二階俊博氏への献金が同時的に捜査の対象とされるべきだ。初期捜査が小沢氏秘書だけに向かったという事実は、あとで何をしようと変わらない。世論の批判を浴びて、二階氏への調査が後日、しぶしぶ行われたことは、最初から小沢氏一人を狙い撃ちした政治的な意味合いの強制捜査だった。

 しかも、元検事の佐々木知子弁護士が書いているように、「政治資金規正法違反は,贈収賄と違って形式犯であり,その違反による強制捜査(逮捕)は従来1億円が基準であった。しかし,3日の逮捕は,わずかにその額2,100万円(+100万円)。」だ。つまり、慣例的には強制捜査の対象外とされる額で公設第一秘書がいきなりしょっ引かれ、人質司法の拷問を受けているのだ。

 従来の強制捜査の要件を外れて強行された今回の逮捕には、明らかに政治的策謀が関与していると考えざるを得ない。

 東京地検特捜部やメディアが、後付の理由で自民党政治家を調べ始めても、小沢氏の公設第一秘書がいきなり逮捕勾留されたという事実には、明確な恣意性、謀略性が存在する。ここにおいて、二つの外的な条件を羅列すれば、これが紛うことのない国策捜査であることが見えてくる。一つは政権交代の直前である微妙な時期であること。もう一つは官房副長官の漆間巌氏が「自民党には波及せず」と断言したことだ。この二つの異常な所与の前提条件を鑑みれば、小沢氏が率いる民主党与党政権の樹立を阻止する魂胆であることは間違いない。

 では、なぜ小沢宰相が率いる民主党政権が売国者、国賊どもにとって都合が悪いのか。それを考えなければならない。

 アメリカに従属する売国勢力の最終目的は、日本を階級社会、従属国家に造り替え、米国の意のままに日本人を働かせ、やがてはアメリカが起こす戦争の尖兵として日本兵を戦地に送ることにある。近々説明するが、小泉・竹中構造改革路線の最終目標は、外国資本に国富を移転し、一部の富裕階層(特権階層)に富を集中させることだけではない。この構造改革を完成させることによって、日本国民を階級的に極度の低所得階層に固定化し、労働成果を恒常的にアメリカに貢ぐのみならず、就職先を失った日本の若者の職業的選択権を奪うことによって、自衛隊に入隊させるアメリカの魂胆がある。

 小泉政権から特に強調されて来た憲法九条改憲論議は、日本の自主独立とはまったく正反対であり、自衛隊を合法的に米国の傭兵化とするためである。日本という国は日本人の手で守るという主旨で、小沢一郎氏は「第七艦隊」発言を行った。これはアメリカの意志による自衛隊傭兵化を明確に拒否したというメッセージになっている。国民はこの重大な意味を把握していない。この事実を指摘すると、馬鹿なネット右翼は、米国から離れて中国に日本を明け渡すのかというきわめて愚劣な論理をぶつけてくるが、小沢氏が中国に隷属するという国策を採用することはありえない。

 その一つの証左として、小沢氏は国連主導による自衛隊の国際派遣を奨励している。中国はこの考え方には反対するはずである。中国は日本が国連常任理事国家になることを絶対に認めない。もし小沢氏の米国占領軍放逐の後に、中国人民解放軍を代替的に引き入れる魂胆ならば、軍事力行使も含めた国連主導による国際貢献は絶対に唱導しない。それに米国への奴隷根性になれた日本人も、中国人民解放軍の日本駐屯は絶対に認めないだろう。チベットの二の舞になるからだ。従って、アメリカに従属するか、あるいは中国に従属するかという二値論理的発想は日本負け犬根性であり、有害である。どの国にも従属しない国家建設を目指すべきだ。

 従って、小沢氏の第七艦隊発言には期待がかかる。日本の真の問題は米国への隷属状態から脱却することが、国際政治的にも経済的にもベストだという主旨である。この基本見解は唯一正しい方向性を示している。ただし、私自身は国連中心主義の国際貢献説には与しないし、小沢氏の唱える永住外国人への地方参政権付与には反対である。だが、小沢氏が半島系や中国系に気を遣っている事実は、もしかしたら彼が政権を取る上での深謀遠慮の可能性が高い。

 これは中川秀直氏の国家破壊政策である、外国人一千万人移住振興とは違うものに思える。国内の半島在日勢力の反感を買ったら、彼らの熾烈な妨害に遭って、政権交代そのものが難しくなる。しかし政権を奪取した場合、小沢氏の本音が政策に反映される可能性は高い。小沢氏が在日(半島系)に気を遣っている事実は高度な政治的判断であることを願う。現実問題として政策を実行するには権力を掌握するしか方法がない。

 仮に小沢氏の外国人参政権の話が文字通りであっても、それは時間的にはまだ修正の可能性が高い。今の政治局面では、小沢一郎氏以外に米国隷従への悪しきベクトルを変えられる男は存在しないと思っている。今の局面では米国支配からの離脱、国民目線の復活、メディアの売国報道の是正が何よりも優先すべきなのである。民主党凌雲会は、自民党清和会の命を受けて、小沢降ろしに躍起となっているが、国民は自民党と気脈を通じる反小沢陣営を許さないだろう。

 買弁化した今の政権を変えるには、田中角栄譲りの小沢氏の豪腕が必要だ。小沢党首以外では民主党は自民党にすぐに潰されるだろう。小沢氏を支える民主党員は国民が自公政権の残虐性に訣別したいと願っている事実を重んじるべきだ。何としても小沢氏の続投を堅持して、売国勢力の台頭を阻止することが肝要である。正直、今の局面で日本の将来は小沢氏の双肩にかかっている。小沢氏が国策捜査に狙われた事実は、米国支配階級の反感を買ったからである。また、自民党は反小沢キャンペーンをマスコミを通じて行なってきている。彼らが如何に小沢という人物を畏れているかの証拠である。それは小沢氏の政治的手腕をいやというほど知っているからだ。

 売国政治家やマスコミの小沢潰しの動きを見れば、小沢氏が宰相になった場合、日本の悪しき国政ベクトルが変えられることを売国屋どもがよく知っているということである。加えて、自分達の罪が暴かれるという強い懸念が彼らを畏怖させているのだ。

 最後にメディアに関して重要なことを言う。民主党の福田昭夫氏はNHKの西松建設献金報道に強い疑念を表している。それはNHKのニュースが記事の説明を「関係者への取材によると」で誤魔化しているからだ。関係者って誰なんだ?と福田氏が問いかけても、NHK関係者は取材源の秘匿を盾にして答えない。しかし、この取材源が検察リークであることは疑う余地がない。NHKがその事実を関係者からの取材と言って、曖昧にする理由はたった一つしかない。NHKもこれが国策捜査であることを知っていて加担報道しているからだ。

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2009年3月25日 (水)

WBC連続制覇の壮挙!!

 WBC決勝戦を途中から最後まで見た。韓国チームは互角というよりも、長打力で完全に日本を上回っていた。点数では9回まで3対2と日本がリードしていたが、韓国チームは終始緊密なパワープレイで押していて、いつ逆転されてもおかしくはない緊迫した試合展開が続いた。その感じは的中し、9回には3対3の拮抗状態になった。延長イニングで先制点が取れない場合、韓国チームの強打力がサヨナラ得点をする悪夢がよぎっていた。

 しかし、その不安をイチローの奇跡が払拭した。二死ランナー二、三塁の後がない状態で、イチローが打席に立ち、決勝戦の雌雄は彼のバットにかかることになった。しかし、今回通算して2次ラウンドまで33打数7安打、非凡なバッターの名を冠する彼にしては絶不調とも言えるコンディションだった。このイチローの打席に観衆は、おそらく期待半分だったのではないだろうか。今回のイチローでは凡打でお仕舞いかもしれないという空気はあったと思う。

  しかし、すでに世界に名を留めているイチローはやはり非凡だった。8球の粘りを示した後、ピッチャー頭上を強襲する奇跡のセンター前ヒットだった。決勝戦最大の局面で、不調のイチローが、最も彼らしいヒットを打ったのである。後のインタビューでイチローは実に興味深いことを語った。延長10回の打席では何を考えていたのか?という質問に次のように答えた。

 「本当は無の境地と言いたいところだが、めちゃくちゃいろんなことを考えていた。今(日本では)ごっつい視聴率だろうな、とかここで打ったらおれは(ツキを)持っているなあ、とか。そんなことを考えるとあまりいい結果が出ないものなのに、出た。ひとつの壁を越えたような気がしている」(イチロー談)

 イチローは、バッターボックスの心境が、武道の練達者のような無の境地ではなく雑然とした世俗的な想念で占められていたという。これは物凄い話である。世界大会の決勝戦で、自分の一打が勝敗を決するという大事な場面で、視聴率とか自分のツキ具合とか、世俗的なことを考えていたこと自体がこの人物の非凡さなのだろう。つまり、まったく緊張もしていなかったし、上がってもいなかったということなのだろう。

 肩の力が抜けて極度のコンセントレーションが出来ていたということだと思う。あのタイムリー・ヒットは完全にバットの真芯に当たっていて、いつものイチローらしいものだった。武道で言うなら、無の境地とかいう格好のいいこととは正反対のことを思いながらも、そういうものに囚われず、さらっと勝ってしまう境地なのだろうか。もしかしたら、イチローは野球の極意を会得したのかもしれない。

 試合の大きなプレッシャーや観衆のざわめき、そして自らに湧いてくる雑多な想念があったという。自分が置かれたTPOが、試合の雌雄を決する重大な局面で、それらに囚われていなかったということなら、これこそ真の意味における無我の境地、「無念無想」なのかもしれない。それにしても、何という胆力と集中力であろうか。イチローの精神力は驚嘆に値する。野球史にまた金字塔を築いてしまった。絶不調であっても、この人物が侍ジャパンの求心力になっていた意味がよくわかった。

 言葉が適当かどうかわからないが、イチローのここ一番の働きはまさにカタルシスそのものであった。まるで、日本や世界にいる多くの日本人の思いが彼に乗り移ったという感じだった。ただ、面白いなと思うのは、イチローが対戦相手が韓国チームのときだけ、熾烈な闘争心をむき出しにしていることだ。前回もそうだったが、今回もそうだった。それは、おそらく韓国チームや韓国人たちの日本チームに対する病的と言ってもいいほどの異常な対抗心があるからに違いない。それは必ずしも敵愾心だけではない。何につけても日本を意識しすぎるのだ。日本人としてはそんなに意識せずに普通にさらっとしていてくれと言いたいところだが、彼らの対日意識の強さには辟易してしまう。

 歴史認識問題においても、彼らは日本帝国主義を悪魔の侵略国家だったとして、自制心を失うほどの怒りと憎悪をむき出しにする。半島人の対日コンプレックスである。韓国人は野球でも他のスポーツでも、米国に勝つよりも日本に勝つほうが何十倍も嬉しいように見える。朝鮮総督府の日帝支配という文脈で、そういう対日感情をあらわにするのだろうが、国際大会でそのような心根をさらけ出すのはまったく大人気ない。イチローは、ジェントルマンの常識を欠いたそういう韓国チームの敵愾心に強い対抗心を持ったのだろう。

 スポーツの国際試合は戦争を遊びの領域に昇華させて楽しむものだから、プレーヤーも応援者も、限度を弁えた排外主義的ナショナリズムを発揮することは当たり前だと思う。排外主義的ナショナリズムが介在するからこそ、国際試合は面白いのである。しかし、そこには遊びの心が必要なのだ。それを忘れて、国家の威信をかけて、スポーツの試合にリアルな昔年の恨みを被せてしまうことは大人気ない行為である。そういうのを露骨にやられると、日本のような温厚な民族でもつい反応してしまうことになる。日韓戦は因縁の対決などと言われるが、因縁をもたらしたのは半島人のほうだ。野球は娯楽のスポーツなのだから、国際試合のマウンドに国旗を立てるなどという児戯に等しい行為は、国際世界に対して恥ずかしいことだ。

 日本人はチームも応援者も、それに眉をひそめたが、表立って騒ぎにはしなかった、それにがんがん抗議したり怒ったりすれば、彼らと同じ民度になってしまうと思って抑制するのである。もしも、日韓戦緒戦でコールド・ゲームにした時、日本チームがマウンドに日の丸を立てたりしたら、その後は誰も日本を応援しないだろう。そういうことは廉恥の情を持つ日本人はやらない。イチローが韓国チームに強い闘争心を持つことは、彼が韓国チームの異様な対日感情を目の当たりに見ていたからだろう。

 日本人は対戦の途中で韓国チームをコテンパンにやっつけてくれと思っていた人でも、優勝してしまった今は、もう韓国を打ち負かしたということよりも、優勝した喜びの方に気持が移っている。もし、優勝が韓国チームだったら、おそらく国を挙げて、優勝した喜びよりも日本に勝った喜びを祝うような気がする。そう感じている人は私だけじゃないだろう。

  あとは原辰徳監督の人間性がとても重要な要素だったと思う。前回WBCでは王監督の人間的魅力に、チームが一丸となったという面があった。今回、原監督もそういう役割を持っていたように見える。まあ、自分が原辰徳氏を現役時代から好きだったこともあるが、彼は王さんのあとを担う名監督なのかもしれない。

 日本チームは韓国を破って、WBC二連覇の悲願を達成したが、決勝戦の攻防は一つのドラマとして見ていて感動的だった。人間性を失った自公政権の暗黒政治のおかげで、日本の世相は暗く沈んできている。こういう中にあって、侍ジャパンが優勝したことはほんとうに嬉しいことだ。しかもイチローの一打が決定的な勝利をもたらした。国政では小沢一郎氏に国策捜査の魔の手が伸びているが、小泉政権にひどい目にあって学習した国民は、多くが国策捜査の疑いを持った。これが検察の手を鈍らせたことは間違いない。これも日本人の民度が高い証拠である。

 WBCの攻防戦は娯楽の範疇であるが、メディアと売国勢力が一体と化した小沢失脚キャンペーンに対抗する攻防戦は、日本人の命運を決する真剣なものだ。騙されてはならない。まかり間違っても、自公政権の存続や、売国小泉構造改悪路線を担う第三極勢力を野放しにしてはならない。

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2009年3月22日 (日)

新自由主義下におけるベーシック・インカム論の胡散臭さについて!!

  ベーシック・インカムという経済的な考え方をご存知だろうか。私は言葉は知っていたが特に考えたことはなかった。拙記事「小泉政権の本質とは何であったのか?」のコメント欄にあった下記書き込みに触発され、ベーシック・インカム論を素人なりに少し考えてみた。
______________________________________
ミルトン・フリードマンは、新自由主義により、格差拡大することを認めています。
その対策として、ベーシック・インカムなどをあげています。中谷巌は、懺悔したと言われているが、アソタロウの識者会合で、ベーシック・インカムを提案した。
(curonikeru氏の投稿より)
______________________________________

 ミルトン・フリードマンというと、ベーシック・インカム論というよりも、「負の所得税」の提唱で有名である。ただ似たような地平にある考え方だから、今回はベーシック・インカム論について考察する。これはすべての個人に対して無条件に一定の所得が与えられる制度のことで、ざっと言えば次の要件で成り立っている。、

①世帯ではなく個人に交付される。
②無条件に交付される。
③他の所得の有無を問われない。
④資産力に左右されない。
⑤学歴・職歴を問われない。
⑥個人的な能力差を問われない。
⑦就労義務を課されない。

  この考え方は、アメリカで生まれ世界に広まったが、これを実践する国は皆無である。経済に詳しい人は、いや、アメリカでは既に勤労所得税額控除(EITC:Earned Income Tax Credit)という制度で、1975年から導入されているよと言うかもしれない。しかし、フリードマンが提唱した「負の所得税」というものが基底にある以上、それがそのままの形で実践された事例は一つも存在しない。EITCは従来の福祉制度に重畳された形で行われており、フリードマンの提唱した従来福祉制度を完全撤廃するという条件を満たしていない。(※「負の所得税」とは、一定の収入のない人々は政府に税金を納めず、逆に政府から給付金を受け取るというもの)

 はっきり言って、新自由主義に肯定的な政策を採用する国も、「負の所得税」導入に当たっては、フリードマンの絶対条件である「福祉制度の完全取り外し」は、あまりにも過激すぎて、到底実践には至らないという話なのだろう。だから折衷案として、従来福祉制度に付け加える形でベーシック・インカム制度を取り入れたが、全体としては福祉行政機能が煩雑化し、大きな行政支出を招来してしまうという弊害が生まれている。この部分ではフリードマンが「選択の自由」で説明している危惧とほとんど同じネガティブな結果がアメリカに現出しているということになる。

 さて、中谷巌氏というラディカルな小泉政権信奉者であった著名な経済学者が、その信仰を捨て、小泉・竹中構造改革を批判し始めた。中谷氏は構造改革崇拝教(ネオリベ教)という宗教に背教したわけだが、彼は麻生政権に「ベーシック・インカム」論を提唱しているという。高名な経済学者であるから、十分に考え抜いてのことなのだろう。どのような説明をしたのか、大層興味がある。。

 このベーシック・インカムは昔から、議論されているようだが、どっちかというと非現実的な政策として位置づけられてきたように思う。私自身も時々、思い切ってやったらどうかと思うこともあるのだが、人間存在論的、あるいは社会学的にこれを考えると、どうしても根本に難しい問題が横たわっている。この論議は経済合理性のみでは絶対に収束しない。たしかにミルトン・フリードマンはベーシック・インカムを肯定的に見ていたようだが、私には彼の提唱する基本思想と、この考え方には絶対に整合しない思想的に大きな溝があるように思えてならない。

 皆さんにわかりやすく私の不信感を申し上げるなら、小泉政権は「後期高齢者医療制度」という露骨極まりない棄民政策を実現したことを思い出して欲しい。小さな政府を官僚天下りや官僚利権の縮小という方向性で考えるなら理屈はまだあるが、必要な福祉行政を縮小して国家の保護を必要とする層への財政還流を絞ることはおかしい。資本強者を利する方向のみで社会機能を考えていくと、国家秩序は機能しなくなる。

 単純に考えてみても、国家の役割である官僚制度というシステムを、間違った方向へ機能させることは財政的な無駄を生じ、社会の安全面が崩壊するだけだ。官僚の力を誤導して、どこに分配機能を持たせるというのだろうか。ましてや福祉を司る機能を果たす官僚をただ削減することは、何のための効率化なのだろうか。ネオリベ経済は、弱者には金をかける必要がないという冷徹な作用だけしか生み出さない。人間を使い捨ての消耗部品のように定義するのがこの経済の特徴である。そういう棄民思想を原動力として稼動する社会が、国民に漏れなく生活費を配るという発想を取り入れるということ自体が自己矛盾である。

 平等分配、個人が自発的自生的にそれを行うとでもいうのだろうか。では誰がその機能を監視するのだろうか。つまり政府機能を可能な限り極小化させて行く中にあって、個人への平等な分配を誰がどういう形で行うのか不明確である。むしろ市場原理主義を放任(レッセ・フェール)させて、政府から各個人へある額の再分配を恒常化させるという考えには理論的に無理があるような気がする。徴税システムにも問題がある。法人や外資を優遇する制度をどんどん敷き、逆進の課税システムに移行して、どうやって全国民に分配する税金を徴収するのだろうか。富の富裕層への集中化、それは弱小企業や個人からの搾取で成立する。そういう傾斜配分社会、階級格差社会を目的とするなら、発想として全国民の生活費を無条件に配布する制度は絶対に生まれないはずだ。

 以前、私は資本強者を優遇し富ませるとトリクルダウンという作用が働いて、強者の余力が下にこぼれて底辺層に恩恵をもたらし、全体としては経済がボトムアップされて活性化するという話は、まさしく大嘘、虚構であると言った。資本強者が儲けた分を、ある程度他者に回すなどという話は現実にありえないからだ。資本は儲けた分を資本維持と拡大にまわすだけである。だから資本強者を優遇すればするほど大多数の国民は不利益を蒙るのがネオリベ経済の原型である。

 資本主義には、強い倫理感がともなっていないと、それは暴走し、弱肉強食の歯止めが外れる。一部の強者が暴利をむさぼり、抜け目なく行動する連中が、善悪の桎梏を無視して弱者を食い物にし、果てしなく欲望資本主義へ収斂して行くのだ。フリードマンら、シカゴ学派の経済思想には、マックス・ウエーバーの唱えたプロテスタント倫理は微塵も存在しない。つまり資本主義の獣性を抑制するエートス(ethos精神性)が存在しないのが、自由放任主義を肯定する市場原理至上主義の最大の特徴だ。

 だから、市場原理のリヴァイアサンが自由に解き放たれる社会において、ベーシック・インカム、あるいは「負の所得税」という救済システムが稼動すると考える方に無理がある。だからこそ、ベーシック・インカム論議は経済合理性の問題ではなく、人間社会の文明論的、存在論的な深い考察なしには無理なのだ。つまり、人間性は複雑であり、欲望追求の側面と倫理的高潔さの側面が波状的に現れる厄介さがある。だからフリードマンのような極左急進的アナーキズムという、獣的欲望性を野放しにするという社会のあり方では、ベーシック・インカム制度は絶対に存在する余地はない。悪魔と天使を一緒に並べて、両者に上手くバランスを取ってくださいとお願いするようなものだ。

 しかし、もしも理想的に高度な倫理観が達成され、それが社会秩序の根幹を占めていれば、獣的欲望資本主義の抑制は可能であり、適度な再分配システムは構築できるだろう。しかし、人間が厄介なのはケモノと高潔さの両方を併せ持っていることにある。私が小泉・竹中構造改革に怒りを持つのは、その政策理念が、資本主義の獣性で占められているからだ。それだけじゃなく、先人達の汗と努力の結晶である国民資産を、外国資本にただ同然で売り飛ばす悪辣さを持っている。彼らの悪の本質は、ネオリベ政策に加えて日本国富の叩き売りを行ったことにある。ここには国民生活の充足や弱者への気遣いはまったくなく、彼らの犠牲や苦痛を糧にして肥え太っていく、獰猛で醜い欲望資本主義がのた打ち回っている。

 このように、人間生活に目線がないネオリベ原理主義の社会には、ベーシック・インカムが実現する道理はない。フリードマンが、もしこの考えを全面に打ち出して、極左急進的無政府主義の新自由主義を唱えていたとしたら、それは自己矛盾と言うしかない。すべての人々に、生かさず殺さずのお金を恒常的に配布して、後は個人の有意で好きなだけ稼いでもいい社会というのは、言葉上は確かに確実なセーフティネット構築のように見えるが、理論としては非現実的である。

 経済弱者を徹底的にいじめ抜いて極端な傾斜配分に向かうのがネオリベ経済の最大の目的であることを思えば、この経済体制下でベーシック・インカム論はありえない。むしろ小泉政権が、「後期高齢者医療制度」や何の保証もない非正規労働者をもたらしたように、フリードマンら、シカゴ経済学派のネオリベ体制下では多くの人間の奴隷化、搾取化が進むだけである。

 欲望資本主義を剥き出しにした大資本がブレーキ無しに増大加速する社会。猛獣にも等しい彼らの飽くなき蓄積、優位性を保障しながら、すべての人の生活をどうやって保障するのだろうか?ベーシック・インカムは、儲けた者が下へ還流しない限り、理論的にはありえないことだと思う。パイが無限に増大していくなら話は別だが、分配資源が原則的に限られている以上、ガリガリ亡者どもが資本をディストリビューションすると考えるのは現実的ではない。

 新自由主義は、弱肉強食の市場原理至上主義を極限まで加速させることによって、生産品、サービス、社会福祉、医療、等、金銭的価値に還元できるあらゆる社会資源を狭い入り口に傾斜流入させ、大企業や外資など、一部の資本強者に集中することになる。このあまりにも非情で不道徳な構造を“市場の自動調節機構”と言うことはできない。ハゲタカが自由に舞い降りて、好きなエサをついばむことができるように、市場の屋根を取っ払うことを、フリー、フェアー、グローバルと言って、他国に強要した存在こそ、本物の悪の枢軸である。

 大きな政府から小さな政府へという概念を、小泉政権に関わった政府関係者は、政府が関与する公共事業や公共福祉を無駄の温床のように断定し、政府規制を取り払った民間主体の競争原理こそ経済発展の原動力になると実に簡単に言った。人間が生み出す文化や多様な価値観を全否定して、経済合理性という一点だけで経済活動を限定すると、マーケットの競争条件に無理やり参入させられた福祉は、その質が極端に劣化する事実がある。

 わかりやすく言うなら、医療を経済合理性だけの市場原理に投下すると、競争条件の効率性が、医療にまつわる人間的要素を殺してしまう。結果的に医療の質は劣化し、民営の保険会社が跋扈して医療費はどんどん上昇していく。家計が破産するような高額の医療費を負担しているのに、肝心の医療サービスは低下している。アメリカの医療費が無茶苦茶高いのは、民間の胡散臭い保険会社が医療機関の経営を駄目にしているからだ。日本の国民皆保険制度がいかに優れたシステムであるかというのは、アメリカの窮状をみれば納得がいく。

  映画「ジョンQ」や「シッコ」を見ればその実態がわかる。複雑化した現代社会は、ネオリベの非人間性に気付いても、以前のような単純なケインズ主義に戻るわけにも行かないが、少なくとも感性的にはジョン・メイナード・ケインズのような人間性を大事にする社会構築を目指さすことは大事である。それから、欲望資本主義のリヴァイアサンを押さえつける力が、国家権力以外に何があるか真剣に考えることだと思う。私は国家権力以外にそれに代わる代替物はないと思う。だからこそ、国家そのものをリヴァイアサンにしないように国政を考えることが必要だ。戦後の日本人は国体の重要さを軽んじたからネオリベに侵襲されたと思う。帰属していることに、国民が誇りと喜びを感じる国家を再建することは可能だと思う。

 外国に優良資産を安値で売り渡し、国策捜査が頻発するような国家にしてはならないと切に思う。

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2009年3月21日 (土)

縮小する日本経済(小野盛司)

(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第157弾です)

 IMFが2009年度の日本のGDPはマイナス5.8%と予測した。本当だとすれば、これは恐ろしい数字だ。更に詳しい分析を発表しているのかと思いIMFのホームページを見た。様々なデータが見つかったが、慣れないと使いにくい。色々苦労してこのデータを使って、GDPの国際比較のグラフを作ってみた。

Photo

 これは名目GDPなのだが、名目だから意味がないと勘違いしてはいけない。一つの国のGDPの長年にわたる推移を見るなら名目だと物価の変動を考慮する必要がある。しかし、このような国際比較では、為替の調整があるので、名目GDPを比較することにより、実質的な経済規模の比較ができる。

 このグラフは予想した通りであった。バブル崩壊後、日本だけが停滞を続けている。特に小泉内閣が始まった2001年以降がひどい。諸外国はどんどん経済が拡大しているのに、デフレ下で緊縮財政という無茶苦茶な経済政策を行った日本は経済成長が余りにも遅い。日本経済の米国経済に対する割合を次にグラフにしてみた。

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 これも予想通りだろう。1995年には、日本のGDPは米国のGDPの71.3%にまで近づいていた。それが、経済政策の失敗により、2007年には31.7%にまで下がった。よく、日本は人口が減ったから没落したのだという的外れの説明をする人がいる。1995年にこれだけ経済規模が拡大したのは、日本の人口が増えたからというわけではないし、2007年にこれだけ減ったのも人口が減ったのが原因ではない。もしも人口現象が原因とすると、人口は半分以下にならなければならないからだ。実際は1995年から2007年までに人口は逆に200万人ほど増加している。デフレで、お金がどんどん消えているときに緊縮財政をやれば、経済規模が縮小し、国は際限なく貧乏になっていく。これほど当たり前のことがなぜ理解できないか。

Photo  

 上図は、人口と実質GNPの推移を長期に渡って比較したものである。当然のことながらGNPの成長速度のほうが、人口の増加速度よりはるかに早い。手作業の時代から、機械の導入・改良を経て、一人当たりの生産量はどんどん増えていく。だから経済は人口の増加よりずっと早く増加する。現在の日本の経済の停滞は、経済政策の失敗の典型的な例として、世界の経済史に残るだろう。デフレでもお金を刷らずにどんどん貧乏になっていった馬鹿な国だ。どんなに機械が改良されても、国民により多くのお金を渡さねば、折角多くの物が生産されても、国民はそれを買うことができない。となると、多くの物を生産しても意味が無いのだ。これは世界中に日本だけに起こる「珍事」だ。

 だからFRBの元理事のフレドリック・ミシュキンも日本のことを大バカ野郎(ゴッド・ダム・ストゥ-ピッド)と言い、「米国は日本のてつを踏むな」と主張した。全くそのとおりだと思う。現在の経済停滞が人口のせいだと主張するエコノミストは大バカ野郎だということをよく覚えておいて頂きたい。

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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2009年3月20日 (金)

小泉政権の真の姿とは何であったのか?

   小泉政権の本質とは何か

 小泉ネオリベ政権以前の自民党には、旧田中派の流れを汲む「金権・利権」と言われた暗い影がまとわりついていた。その影には、不当な政治献金が横行し、結果的に政・官・財・業の利権構造を保っていた。公共事業を主体とするケインズ型行政の負の側面であった。ここには日本の賂(まいない)習慣という昔ながらの悪しき伝統もあった。しかし、このような悪しき慣習をともないながらも、日本型資本主義市場には、相互扶助システムや、富の確実な再分配機能が作動していた。

 このような日本型市場システムを、しばしば社会主義経済と混同する人がいるが、まったく違うものであり、日本特有の市場形態であった。これを修正して、より良い方向に持っていくのが、従来型の修正資本主義であり、小渕政権、森政権辺りまでは、その型がかなり根強く残存していた。これをラディカルに新自由主義システムに切り替えたのが小泉政権であった。

 小泉純一郎氏は、従来の自民党をぶっ壊すと威勢の良い言葉を吐いて、国民の耳目を引き、「聖域なき構造改革こそ喫緊の政策課題である」と、いかにも響きの良い政策スローガンをぶち上げた。しかし、この「聖域なき構造改革」というアジェンダこそ、日本を地獄に追い落とす魔のキーワードだった。なぜなら、その掛け声には従来構造を改革するという肯定的な響きがともなっていたからである。「構造改革」という用語そのものは、その内実を説明しない限り、何の意味も持たない中性的用語である。何をどのように改革するのか、その結果はどうなるのかということをきちんと説明して、初めて構造改革はその実態が見えてくるのである。

 したがって、聖域なき構造改革推進という掛け声だけを連呼し、その内容と予想される結果を国民に提示しなかったこと、あるいはその本質を隠して体裁のいいことだけを言ったことは、きわめて重大な問題だった。国民は改革という言葉に自分の都合のいい内容を忖度し、小泉氏ならうまくやってくれるだろうと思い込んでしまった。ざっと言うなら、国民はヒトラー総統のように確信に満ちて、虚しい言葉に力を込めた小泉氏のワンフレーズ・ポリティクスに完全に幻惑され、愚かな希望を抱いてしまったのだ。

 小泉氏の演説を冷静に分析すれば、彼が知的な政策体系を持たないだけでなく、まともな説明も出来ない人物だったということを見抜けたはずだった。しかし、どういうわけか国民はくどくど説明しなかった小泉氏に、間違ったカリスマ性を感じてしまった。人々には、学者や評論家のように、知識と明晰な論理で緻密に政策を語らなかった(語れなかった)小泉氏を、逆に頭でっかちじゃなく、きちんと行動してくれる人物として評価した。しかし、小泉氏は見たまんまの人物で、パッションが多少強いだけで、知的な政策を考えられる人物ではなかった。国民は彼が異常な執念で郵政民営化を唱導していたことにもっと強い疑念を持つべきであった。

 小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と言いながら、日本型の市場構造をぶっ壊した。国民は小泉氏が従来型自民党政治の金権利権体質を修正し、官僚利権構造の打破をやってくれることを期待した。しかし、小泉・竹中構造改革は、恐ろしい数量の規制緩和断行という蛮行によって、従来型政治の正常な機能をことごとく破壊してしまった。つまり、日本型資本主義の持つ欠陥の修正ではなく、故意に良い面を破壊してしまったのだ。

 国民は、郵政民営化も従来型の修正資本主義の文脈で行われるものだと勘違いした。小泉氏が、官僚利権の絡んだ従来型の金権利権体質の資本主義体制を修正して、経済を活性化してくれるだろうと強く期待してしまった。おまけに、その線上で国民は小泉氏が「改革に伴う痛みを我慢してくれ」と言ったことを単純に受け入れてしまった。結果的には小泉政権の本質が憲法第25条を無効化するような政策、つまり、国民が享受するべき文化生活の最低レベルさえ保障できないような地獄の国策が実践された。官邸主導政治のファッショ性と、マスコミの報道操作によって、国民は小泉政権の悪魔の本質に気付くのが遅れてしまったのである。

 竹中平蔵氏は日本をネオリベ国策に転換するために、米国が送り込んだエージェントである。彼の使命は「年次改革要望書」の完全な実施にあった。この男には日本人の心根が存在しない。何が恐ろしいかと言って、国政の中心に位置する総理大臣と重要政策を司る閣僚が、日本人のメンタリティから完全にかけ離れた傀儡的性格を帯びた時である。私には小泉氏の潜在願望が日本解体であり、竹中氏のそれは外国資本へ日本国富を貢ぐことであるとしか思えない。二人が行ったことは政策と言うよりも国家反逆罪である。彼らは国民をペテンにかけて、日本売りを行った。

 小泉・竹中構造改革路線とは、修正資本主義に見せかけて国民を騙し、構造改革と称して強行したアメリカ型新自由主義政策そのものだった。つまり、それは日本社会をアメリカ型のネオリベ構造社会に一気に切り替えた大規模な国策転換だった。国民の了解のない所で、日本市場をアメリカ型の新自由主義社会へ切り替えた罪は重い。この事実に気付いていない人はまだ大勢いる。しかし、肌で感じ取る生活感として、何かが悪い方向へ根本的に変化してしまったなと自覚した人は多い。ただ、理屈としては、小泉政権はせいぜい市場原理主義の傾向が強すぎた政権だったと思うくらいである。

 そのレベルで感じている国民はもっと深刻に小泉政権という政治事象をとらえるべきだ。小泉政権を牛耳っていた清和会や買弁勢力は、マスメディアを駆使して「小泉・竹中構造改革」バンザイ路線を一本調子でキャンペーンしていた。その結果、国民はその詐術にたぶらかされ、この構造改革路線が従来型の修正資本主義内で行われた構造改革であったというまったく誤まった認識を持っている。実はこの路線の実態はアメリカに指令された売国的政策の数々であった。階級分化社会、極端な傾斜配分社会への意図的な実現であった。

 私はこのブログで何度も言っているが、小泉政権は小泉総理自身も閣僚も構造改革がミルトン・フリードマンらが唱導した新自由主義に基づいていたことを絶対に説明しなかった。ここにこの政権の最大の悪質さ、そして許されざる罪がある。注意深くこの政権の性格を見つめていた有識者はおそらく充分に理解していたと思うが、この政権がもたらした政治出力は、大企業(資本)利益の極大化とともに、中小企業や労働者の搾取化が進み、税制的には累進課税の逆進化が起こった。また企業利益に対する人件費の割合を労働分配率と言うが、これがかなり低下してきていることは、労働法改悪によって非正規労働者が増大したことは大きいと思う。この結果、青い目の株主に利益配分が多く流れている。

   小泉・竹中構造改革路線とは人間の尊厳と命を毀損する棄民政策である

 ネオリベの特徴は一部の富裕階層に富がますます集中し、集中した分だけ労働者階層や中小企業へ回る分が減らされることにある。また、福祉や医療に関して言えば、歳出削減という名目で国家予算がどんどん減らされている。占領米軍へ「おもいやり予算」として毎年使われる額と同じくらいの福祉予算(2000億円?)が確か毎年削減されている。ネオリベ構造改革が結果的に多くの偽装事件を生み、福祉や医療という国民の生命に直結する社会の仕組みが瀕死の瀬戸際に喘いでいる。この現実は、小泉政権が新自由主義という棄民思想に基づいた政策を実行したからだ。この棄民性格が可視化されたのが「後期高齢者医療制度」や「障害者自立支援法」である。

 このように国民を害する政権は糾弾されねばならない。小沢一郎氏の失脚を狙って国策捜査を企んだ者たちは、米国に魂を売り渡した国賊の徒たちである。そして彼らは自民党にいる。やっぱり、今の時局では植草さんの言うように、政権交代をしないと日本は立ち上がらないだろう。これだけ、小泉政権の悪しきイナーシャ(慣性)が付いてしまった日本は、この強大な慣性抵抗を外すだけでも相当のエネルギーが要る。これに新しいベクトルを持たせるには小沢氏の豪腕が必要である。今の局面では田中角栄型の指導者しかできない仕事があると思う。日本人は潜在能力の大きな民族だから再生能力はすこぶる強い。あとは、その再建を導く志の高い指導者が必要だ。田中角栄の薫陶を受けている小沢氏に期待がかかる。

 国民が自民党を存続させた場合、日本は人類の吸血鬼である米系国際金融資本に最後の血の一滴まで搾り取られるだろう。文字通りの暗黒社会が到来する。自民党はすでに吸血政権である。小沢氏を批判する町村信孝氏や伊吹文明氏の顔が吸血鬼に見える。彼らにこの国を任せた場合、子孫に美田を残すどころか、我々自身の生命さえ危ういものとなるだろう。

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世界経済を救うには、お金を刷るしかない!(小野盛司)

(※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第156弾です)

 日本経済を救うにはお金を刷るしかないと私が主張し始めてから今年で14年目となる。14年前には、誰も口にしなかったことだが、だんだんその重要性が認識されてきたようだ。3月16日の朝日新聞では「時代を先取りした男 高橋是清が世界に残した教訓」と題して世界大恐慌から世界最速で日本を景気回復に導いた高橋是清の先見性が詳しくが紹介されている。

 3月18日にはFRBが国債を3000億ドル(30兆円弱)購入することを決めた。中央銀行が国債を買うと、その引き替えにお金が出ていくので、まさにお金を刷る政策になる。その発表で円相場が対ドルで一気に93円まで急騰した。つまり米国がどんどんお金を刷り始めると、ドルの価値が下がるだろうと思い、ドルを売って円を買う動きが加速したのだ。

 お金を刷らない国、ニッポン。それによりどれだけ日本の経済が悪化したか分かるだろうか。デフレではどんどんお金が消えていく。土地も株も下がり、銀行からも多くのお金を借りられなくなるから、お金が消えていく。更に悪いことに、お金を刷らないから円に「希少価値」が出てきて、円高になる。そうすると日本製品は値上がりするから売れなくなる。お金を刷らないから国が貧乏になる。お金が無くて弱体化した製造業に円高のダブルパンチだ。今回の経済危機で世界で最も深刻な打撃を受けたのは日本だ。本日(3月20日)、マスコミはIMF予想が2009年に日本の成長率はマイナス5.8%の世界最悪水準になるだろうと報じている。

 我々は主張し続ける。今からでも遅くない。お金を刷りなさいと。米国が30兆円するのなら、日本は60兆円刷るべきだ。なぜなら、日本経済は米国よりはるかに悪化しているからだ。それに、米国はGMとかAIGとかの民間企業に巨額の資金を投入している。AIG一社に15兆円もの刷ったお金を出しているのだ。麻生内閣の3回の景気対策の財政規模が12「兆円だったから、如何にこれが巨額かが分かる。日本政府は日本企業を救うために巨額資金を提供しているだろうか。このような不平等な環境下で日本企業に競争させるのは無謀だ。

今、日銀が思い切って国債を買い増せば何が起きるか。①円安になり、輸出企業を救う ②巨額の資金が市中に流れる。これが株に向かえば株が上がる。③金利が下がり、企業の設備投資を助ける。④政府が景気対策をしやすくなる。・・・よいことばかりだ。

 我々が再三、質問主意書という形で、日銀は国債の購入を増やすべきだと主張してきた。最近やっと日銀も国債の購入額を月1.8兆円に増やすと言っている。しかし、騙されてはいけない。買うと言っても、国債には償還期間がある。保有している国債も、何もしなければどんどん償還期間を迎える。そのときは国が国債を買い取ることになるから、事実上の売りオペということになる。つまり日銀は国債を買わないなら、どんどん保有額が減る仕組みになっている。次のグラフは日銀の国債保有額の推移だ。日銀はこの数年間国債保有額を減らしている。つまりお金を刷るどころか、お金を国民から奪い取って、国を貧乏にしている。これだけの大不況に日本を陥れた一因はここにあった。

Photo_2

 あまり注目されなくて残念だが、国民新党の緊急提言は注目に値する。
これは40兆円の景気対策を5年間行うというものだ。財源は国民備蓄の活用、埋蔵金の活用、日銀が刷ったお金の活用である。景気対策の内容は、①減税、②未来を見据えた公共投資、③生活セイフティーネット、④エネルギー・環境・地方再生・食料である。
詳しくはホームページを参照して頂きたい。

http://www.kokumin.or.jp/seisaku/pdf/keizai-20090313.pdf

 大規模に、刷ったお金で、数年間という長期にという我々の主張をほぼ満たしたものであり、これほどの正しい経済政策を提言した政党は私の知る限り存在しない。国の経済を救うための本格的な経済対策の案であり、注目に値する。

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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小沢一郎氏の事情聴取が延期になる

 小沢氏の事情聴取延期?
 
  18日、企業・団体献金の全面禁止に触れた民主党の小沢一郎代表の発言が政府・与党内に波紋を広げている。NIKKEI NETによれば、麻生太郎首相は官邸で記者団に「企業献金というものが悪いという前提に立つことはない。献金の仕方について各党、各界でずっとやってきた長い歴史の結果、今のものがある」と全面禁止への反対を皮切りに、自民党内で次々と小沢発言への反対を示した。

 今日(19日)も、夜の八時ごろのネットニュースに、森英介法相が午前の閣議後の記者会見で、民主党の小沢一郎代表が企業・団体献金を全面禁止する政治資金規正法改正に意欲を示したことについて「なぜこの時期に(小沢氏が)そういうことを言ったのかは若干の思いがある」と疑念をあらわした。

 自民党は企業・団体献金の全面禁止がいかに都合悪いかを、小沢発言への露骨な反応によってはっきりと露呈した。一方、同じ政権与党の公明党・北側一雄幹事長は、記者会見で「現行法のままでいいとは思っていない。企業・団体献金はまだまだ規制すべきところはある」と、小沢発言に比較的賛同的な表明をしている。これは公明党の小沢氏に対するエールなのだろうか。

 そういう中で、19日の夜のニュースで、東京地検特捜部は、小沢一郎民主党代表の参考人としての事情聴取を当面、見送る方針を固めたようだと伝えていた。理由は監督責任の立件が困難であるということらしい。これを聞いて私は少し意外な気がした。検察特捜部は意地でも小沢氏本人へ仕掛けた国策捜査を予定通り遂行させると思っていたからである。特捜部が小沢氏の事情聴取を延期した理由はわからないが、強いて考えれば、世論の反応があまりにも予想外だったというところであろうか。

  小泉政権以降、特に多発化していた国策捜査は、メディアの全面的協力によって比較的簡単に成功していた。成功という意味は国民をうまく騙しおおせたということである。しかし、小泉政権を継承した自民党政治への熾烈な批判が国民から上がるに連れて、ストレートに国民の目を欺くことが出来なくなったのだろう。特に政権交代を目前に控えた今、不自然に小沢氏を狙い撃ちした特捜の無理筋捜査は、小沢氏の失脚を目指したその目論見とは逆に、国民の自民党に対する疑惑を強く喚起してしまった。そればかりか、権力と検察の癒着構造を目の当たりにした国民の強い反感を買っている。

 このまま強引に小沢氏を逮捕勾留に至れば、国民は国策捜査を確実に確信して、一気に反自民党気運が盛り上がり、同時に検察という権力官僚へ批判が集中するだろう。おそらく東京地検特捜部の首脳は、小沢氏の公設第一秘書逮捕時点から、ネットを中心に出てきた国策捜査疑惑を注視しているに違いない。検察によるリスクアセスメント (risk assessment)なのだろうか。小沢氏逮捕を強行した場合と、途中でやめた時の世論状況を考えた場合、小沢氏本人の事情聴取を一時延期して様子を見るということなのだろうか。

 この延期が、検察側の世論へのリスクアセスメントの結果なら、その決定的要因は漆間官房副長官の例の「西松建設の違法献金事件で自民党議員には波及しない」と言ったことだろう。前警察庁長官で事務方トップの政府高官の発言だから、これは国策捜査ですと公言したと同じである。姦計を行った側のこの失策は、すでにどう足掻いても糊塗しようがない。大手メディアも小沢批判がトーンダウンしている。つまり、この国策捜査は国民に見透かされているのだ。

 小沢氏本人への矛先を緩めたということは、東京地検特捜部の保身本能が働いているのだろうか。この国策捜査を小沢氏の逮捕まで強行した場合、国民の反発は次期総選挙に強く反映されてしまい、自民党の議席数は党の存続を揺るがすほど激減し、民主党の圧勝に至るかもしれない。そうなった場合、民主党の独壇場になる。小沢氏の理念を組む党員たちは、本格的に小泉・竹中構造改革の見直しに取り掛かることになり、その一環として、官邸と検察の癒着等、国策捜査の構造にメスが入る可能性が強い。国策捜査に動いた検察特捜は失職どころか、国家権力の濫用で糾弾されることになる。検察はそういう悪夢を見始めたのかもしれない。

 私は植草さんを応援しているが、その本来の目的は小泉政権という悪徳傀儡政権の分析とその糾弾にある。つまり、植草さんが経済的に小泉政権の何を糾弾していたのか、それを突き詰め、それを経済学的・政治学的に究明することは、真の意味で日本の再生に行き着くからである。小泉政権を正しく総括しないと、日本の再生は敵わないのだ。その理由はまたの機会に詳述するが、この政権は国民を欺瞞し、邪悪な姦計による規制緩和の強行によって、外国資本や経済強者に利益の極大化を行う最悪の政策を採用した。日本史上最悪の国賊政権、売国政権である。

 小沢氏に小泉・竹中構造改革の本格的糾弾をやってもらいたいと思う。

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2009年3月18日 (水)

小泉・竹中構造改革の罪を暴け!!

Photo  書店に寄った時、偶然、「小泉純一郎と竹中平蔵の罪」(毎日新聞社)という書名にひきつけられ、買ってきて読んでみた。評論家の佐高信(さたか まこと)氏が書いたものだ。佐高氏の左翼的な観点から、どれほど舌鋒鋭い「小泉・竹中構造改革路線」への分析と批判が展開されているのだろうかと内心かなりの期待をもって読み始めたが、通読して役に立つ部分は第一章のみであり、尻切れトンボであった。しかし、佐高氏の書いたこの短い第一章は読む価値がある。タイトルの重さから言えば、この第一章だけが、かろうじて評価できる。全部で六章あるが、他の五章は交遊録とか、ほとんど小泉・竹中構造改革とは無縁な内容である。

 巻頭言には次のような文句が目に付いた。小泉・竹中改革には、googleの「ストリートビュー」に感じられるような無神経さと押し付けがましさがあり、現代日本の荒廃はそこに根ざしていると思われる。まったくそのとおりなので、これはそうとう期待できると思った。だから第一章だけここで論評する。

 第一章で佐高氏は非常に重要なことを言っている。それは小泉氏が国民的にバカ人気を博していたころ、小泉氏や竹中氏を批判する言論はほとんど登場の場を与えられなかったという峻厳な事実があったということだ。小泉政権とメディアの報道姿勢の問題はとても大きい。この偏頗な報道体制によって、国民は今何が進行しているのか、その真実を見究めることが出来なかった。小泉政権は民意が大賛成したかのように見えるが、それはほとんどが、メディアによる小泉氏の虚像キャンペーンが国民を詐術したからである。日本の大手メディアは御用メディアであり、時の政権の走狗と化している。

 それでも、小泉政権の悪に果敢に挑戦していた有識者がいた。植草一秀さんである。当時の国策によって、メディアが小泉構造改革の批判を封じていた時、それを突破しようとして、この極悪政権を糾弾し続けた有識者が植草一秀さんであった。そのために彼は黒い政権の毒牙にかかった。メディアが植草さんをどのように叩いたのか、冷静に思い返せば、彼が小泉政権の黒い罠にはめられたことは疑う余地がない。今、小沢一郎氏に対する国策捜査の疑念が強く浮上しているが、対米従属派に都合が悪いという意味では、植草さんの政権批判こそ、彼らが最も忌み嫌ったものであった。

 対米従属による既得権益派は小沢氏主導による政権交代を極度に嫌っているが、それこそ、植草さんが糾弾した「りそな金融疑惑」や、今糾弾している「かんぽの宿」問題が小沢政権によって、より鮮明に政府犯罪として徹底的に糾明される可能性を持つからだろう。今、植草さんのネット言論を読んでいる人々なら容易に理解していると思うが、彼の行う政策論的な糾弾には妥協の余地がなく、常に問題の核心を暴いている。彼はこの調子で小泉政権が賞賛されていた当時から、その危険な本質を暴き続けていたのだ。政権側から見ればこんな厄介な有識者はいなかったはずだ。だから彼は国策捜査に狙われた。

 メディアの政権擁護と従米姿勢、これについてはもっと佐高氏に語ってもらいたかったが、残念ながらマスメディアについての本質的言及はなかった。佐高氏は、個人の購買力を重視し、護憲の旗を上げて、憲法九条と二十五条を関連させる経済論の系譜として、城山三郎、内橋克人、そして自分自身を上げている。この対極として、個人の購買力よりも会社の業績を主張するバブル派系譜に、長谷川慶太郎、堺屋太一、そして竹中平蔵の系譜があると言っている。

 佐高氏は、竹中氏はすべてを黒字赤字で考える経済学(サプライサイドオンリーの経済学という意味なのか?)で、公共という概念を殺してしまったと断言している。これは私も大いに同意するものである。竹中氏が、年次改革要望書やR・ゼーリック(前米国通商代表部・国務副長官)から指図されて行った構造改革は、M・フリードマンの考えに沿った典型的な新自由主義であり、彼の唱導した「小さな政府」主義は、佐高氏の言うとおり、公共概念を殺すという意味での小さな政府論であった。

 2005年当時、民主党の櫻井充議員は竹中氏に寄せられたR・ゼーリックの手紙の内容を公開している。その中の文に、保険、銀行、速配業務において、競争条件を平等にすることは私たち(アメリカ?)にとって根本的に重要です。郵貯と簡保を民間とイコール・フッティングにすること、すなわち民間と同様の税制、セーフティネットの業務化し、政府保証を廃止するように望みます。ついては、以下の点であなたを(竹中氏を)後押しします。

①民営化の開始(07年)から、郵貯・簡保業務に(民間と同時に現行の)保険業法、銀行法を適用する。
②競争条件の完全な平等が実現するまで、郵貯・簡保に新商品や商品の見直しは認めてはならないこと。
③新しい郵貯・簡保には相互扶助による利益を得てはならないこと。
④民営化の過程においては、いかなる新たな特典を与えてはならないこと。
⑤その過程は常に透明なものにし、関係団体に意見を表明する機会を与え、これを決定要因とすること。

 ①~⑤までの箇条書きを見ると、すべてにアメリカの狡猾な意図を感じ取るが、②③④などは露骨すぎるほど露骨な内政干渉である。要するに郵政事業の国営的恩典をすべて解除しろと言っているわけである。これは国家が関与する事業はインフラであろうとも、セーフティネットであろうともすべては悪だという強引な前提がある。お年寄りや地域の大多数の国民は無理に市場原理に加担して生活の向上を計ろうなどとは考えておらず、ごく普通の生活ができればいいと考えている。と言うか、それが国民大多数が中流と位置づけられていた時代の普通の感覚だったと思う。ところが、小泉・竹中改革は、またたくまに極端な階級分化、傾斜配分社会に切り替えてしまった。そんな社会を国民が望んでいたとは到底思えない。

 ごく普通の生活とは安定的で人並みの生活享受という意味である。これには郵便局の国家を背景した存在感は大きな安定感を人々にもたらしていたはずである。当時、それを急激に壊して市場原理に委ねるという発想を国民の何パーセントが賛同していたか疑問である。

 米国は1929年の大恐慌の原因を探って、1933年にグラス・スティーガル法を制定して、銀行と証券の業務的分離を行った。その法律が1999年に廃止され、9年後にリーマン・ショックに始まる経済危機が到来した。これはアメリカが金融恐慌から得た教訓で66年も保ってきた妥当な規制を撤廃した時から、破綻への道をたどったという言い方もできる。無秩序な金融カジノ資本主義の暴走を招いた元凶と言えるかもしれない。日本がアメリカの指令で強力な構造改革に踏み切る寸前にアメリカはカジノ資本主義への暴走を加速する大規制緩和を行っていたということである。

 そういう流れを知っていて日本に規制緩和の嵐をもたらした竹中平蔵氏の罪は重い。佐高氏は、小泉氏と竹中氏をギルティ・ペアー(罪深きペアー)と言い、そのブレーンを務めていた木村剛氏を、日本振興銀行の件を絡めて手ひどく糾弾している。また、第一章の最後で規制緩和を推進したオリックスの宮内義彦氏を強烈に皮肉っている。第一章に小泉・竹中路線の悪をここまでわかりやすく書いていて、他の章にそれが出ていないのは残念な本である。

 ところで、ゼーリックが竹中氏へ宛てた書簡であるが、⑤にある「その過程は常に透明なものとし」という文言はどこかで見た記憶がある。今月の13日に郵政民営化委員会(田中直毅委員長)がまとめた見直し意見書はまったく見直さない内容になっているが、その中に「意見書には、郵政民営化を成功させるには株式上場で経営の透明性を高めることが重要との考えを盛り込んだ」とあった。

 物凄い意見である。株式上場の凍結を最重要課題として論議しなければならなかったはずなのに、四分社体制も問題ない、株式上場も当然だと言う。狂気の沙汰である。しかも株式上場後の透明性を高めるとわけのわからないことを言うに及んでは、呆れる以外にない。透明性という言葉はゼーリック書簡の⑤にあるように、米系外資による収奪のためのキーワードでもある。日本型の相互扶助形態は外資が参入しにくいから解除せよということであり、その反対に、「透明性」は狙いやすいから大歓迎なのである。

 小泉・竹中構造改革の悪の本丸である「郵政民営化」は見直す必要がある。郵政民営化を含めて構造改革全般を見直す指導的人物は小沢氏にやってもらいたいが、その時は、植草さんの濡れ衣案件をきれいに片付けて、植草さんの力を大いに発揮してもらいたいと願う者は多いと感じている。

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2009年3月16日 (月)

「郵政民営化見直し」を潰す動きがここ一ヶ月で先鋭化している

 政治の動きを大まかに単純化して見ると、ある一つの巨大な謀略が垣間見えてくることがある。それを見るには、権力の走狗と化した日本の御用マスコミ全般の誘導操作を読み解けばいい。

 鳩山総務相はオリックスへの「かんぽの宿」安値一括譲渡を問題視し、それに歯止めをかけた。これに呼応するかのように、麻生首相は2月初めに郵政4分社化を見直すべきだと発言し、さらに「郵政民営化には賛成ではなかった」と衆院予算委員会ではっきりと断言した。この発言に激しく反応したのが、例えば郵政民営化を強力にキャンペーンした日経新聞であり、郵政民営化は当時の民意によって成立したものだから、見直すなら民意を問うべきだと麻生首相を糾弾した。郵政選挙推進キャンペーンで、国民をペテンにかけることに最大限協力したマスコミは、小泉・竹中構造改革を逆行させるような麻生首相の論調に危機感を抱いた反応だったと言える。

 私は麻生首相と鳩山総務相は、申し合わせて、自民党清和会の小泉構造改革路線のベクトルを変えるべく、郵政民営化そのものの是非を世論を巻き込むことによって、根幹から見直す算段をしたものと見える。この時点での麻生-鳩山(那)ラインは、郵政民営化クーデター(蜂起)を起こそうとした。ところが、郵政民営化を主導した張本人の小泉元首相は政界引退を表明していたにもかかわらず会合を開き、麻生氏の郵政民営化見直し論に強く反対し、中川秀直氏をはじめとする構造改革推進派に注意を喚起した。

 この時、自民党の党内世論は小泉氏の反麻生扇動に動かなかった。この時点では中川(秀)氏を筆頭とする構造改革推進派(郵政民営化推進派=偽装CHANGE派)はかなり衰退の兆しを見せていた。実際に、昨年12月9日には、自民党の「有志」が議員連盟「郵政民営化を堅持し推進する集い」を発足し、この時は63名の議員が集まったが、今年の2月19日はたった18名しか集まらなかった。この事実は小泉氏の影響力が完全に薄れてしまい、党内に郵政民営化や小泉構造改革の見直し気運が高まったことを示していた。

 ところが、このすぐ後に国民には気付かないところで自民党全体にそうとう強いアメリカの圧力がかかったと私は見ている。なぜなら、かなり盛り上がっていた郵政民営化見直し論が短期間で急速に有名無実化していたからだ。まず、メディアが他のニュースにばかり異常な力点を置いて、「かんぽの宿」究明を覆い隠し、麻生首相が表明した郵政民営化の見直し、四分社化体制の見直しについてまったく報道しなくなっていた。たとえば、G7会議後における中川昭一氏の朦朧記者会見問題とか、邦画「おくりびと」が受賞したことを執拗に繰り返し報道したこと、ヒラリー国務長官の訪日、北朝鮮のミサイル発射準備の件などがニュースを占め、肝心の「かんぽの宿」糾弾や郵政民営化見直し問題が、メディアから完全にボイコットされた形となっていた。

 冷静に二月中旬から今日までのメディアの報道傾向をつぶさに見てみると、いつの間にか郵政民営化見直し問題が、国民の関心からそらされる方向に進んできたとしか言いようがない。そして、郵政民営化見直し論潰しの総仕上げが、民主党の小沢党首の公設第一秘書の逮捕、元秘書の石川知裕衆院議員の事情聴取問題になっている。これが、政権交代を阻止し、小沢氏失脚を狙っている勢力の国策捜査なら、ここ一ヶ月のメディアのニュース報道に郵政民営化見直し論を封じ込める誘導報道の要素とも強く繋がる話であることは間違いない。郵政民営化見直しを封じ込める報道も国策的報道だったと考えていいだろう。

 私は北朝鮮のテポドン発射騒動も、日本の郵政民営化見直し論の世論封じ込めだと位置づけている。北朝鮮は通常の衛星打ち上げであるとか言っているが、事前に発表したミサイルのコースをたどると秋田県沖200キロメートル海上に第一弾ロケットが落下、第二弾は東北地方を飛び越え太平洋沖に落下する予定だ。これは制御が上手く行かなければ日本本土に着弾するというかなり物騒な話であり、アメリカを目標と見せかけて、日本に落とし日本人を騒然とさせるのが目的の可能性もある。アメリカは莫大な郵政資金と郵政利権が手に入れば、北朝鮮をそそのかすために使った費用などたかが知れているということである。

  アメリカが小沢民主党の政権与党化を嫌っているのは、やっぱり郵政民営化の見直しが本格的にやられると困るからだ。昨年の9月、民主党の小沢一郎代表と国民新党の綿貫民輔代表は、国会内で会談し、政府が100%保有する日本郵政グループ各社株式の売却凍結法案の可及的速やかな成立などを衆院選マニフェスト(政権公約)へ盛り込むことを柱とした郵政事業の抜本的見直しの合意文書に調印している。

 当初、アメリカは小沢氏を小泉元首相と同じように、簡単に傀儡宰相に出来ると踏んでいたと思う。しかし、小沢氏の国民目線が本気であり、小沢氏の対米戦略が発揮されたら日本から金をむしり取れなくなると思ったのだろう。だから小沢氏への国策捜査がアメリカの肝煎りで発動したと見るほうが自然だと思う。おそらくCIAや横田幕府が本気になって動いていると思われる。

 3月12日に発表された郵政民営化見直し案は、2月26日に発表された「四分社体制の見直し案」よりはるかにひどい内容で、ほとんど見直しになっておらず、四分社化体制維持が前提となった骨抜き見直し案である。つまり、メディアが他の報道で国民をそらしている間に郵政民営化見直し論は換骨奪胎され、見るも無残に潰されていたのである。私は以前の記事で、2004年当時、自民党員はほぼ四分社化に反対していたが、年が明けた2005年の1月には小泉総理の四分社化という鶴の一声が通ってしまった事実を書いた。

 これは自民党の七不思議というよりも、国民の知らぬところでアメリカの強い圧力が干渉したという以外に原因を考えることができない。今回の見直し論の強引な潰しも、同じようにアメリカの介入が起きたと自分は思っている。日本は大分以前から、悪しき対米構造のベクトルに陥っている。小沢氏がアメリカに本気で狙われたということは、逆に小沢氏には悪しき対米構造からの脱却を実現できる力があるという証左ではないのか?前述したように、小沢氏が小泉氏や竹中氏のような米国隷従意識にあったのなら、米国は小沢民主党政権成立を座視するはずである。麻生-鳩山ラインは党内蜂起の失敗だったということなのか。

 小沢一郎氏をアメリカが容易ならざる人物と位置づけている何よりの証拠が、今進展している国策捜査ではないだろうか。考えてみればアメリカが歓迎するような人物がトップになって政権を運営することが如何に恐ろしいか、国民は骨身に沁みて思い知ったはずである。そこから小沢氏が狙われている現実を冷静に評価してみたらいかがだろうか。小沢氏が国益派であるという一つの可能性が見えてくる。

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2009年3月13日 (金)

自民党『郵政民営化見直し』案は偽装見直し案!!

  3月12日、中谷元氏を座長とする自民党の「郵政民営化見直しに関するプロジェクトチーム(PT)」は、民営化推進派及び見直し派双方の妥協点を汲むという形で、党政調審議会に報告して了承されたらしい。

       http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090312-00000072-jij-pol
       http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009031200851

Photo_3   私は3月2日に「自民党の「四分社化見直し」案は見直し案になっていない!!」という記事を書いた。その時点(2月26日)で発表された「四分社体制の見直し案」は、左図のように「三分社化案」と「二分社化案」という二種類の分社化案で占められていた。私は、この二つの分社化案には「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」の二大超メガバンクが分離したままでいいのか、この二つを合体させる案こそが、見直し案の骨子だというような意味のことを書いた。要するに、郵政の金融事業を扱う肝心な二大会社の合併(合同)案がないのは全然抜本的な見直し案になっていないじゃないかという意見を書いた。

 
 今回の最終(?)見直し案は前回の骨抜き案よりも、さらに有名無実化したひどい内容だ。なんと、今回まとまった見直し案なるものは「提言は『4分社化を踏まえた3事業の一体的なサービスを確保する』とし、現在の4分社体制を維持する一方、将来的な経営形態見直しも示唆する文言に落ち着いた」という話だ。

 これは事実上、本格的な見直し案は先送りされた形になり、現状維持と何ら変わらない最悪の結果となっている。要するに、プロジェクト・チームの見直し案とは、何にも見直さないという結論だということだ。「四分社化を踏まえた三事業の一体化サービス」など、本気で民営化を憂慮する心ある者たちからすれば、気休めにもならない誤魔化しだ。見直して欲しいのはサービスよりも、四分社化形態が営業形態として、金融的融通性や金融的防御の観点からどうなっているのかという肝心な点にある。

 一部の人はご存知のように、我が国には、米国が国家安全上の観点から外資の規制を行う法律、つまりエクソン・フロリオ条項に該当する規制が存在しない。従って、その他の方法を用いて、民営化された郵貯・かんぽの莫大な郵政資金を守る必要がある。郵政民営化法案が成立した2005年当時、小泉首相や竹中郵政民営化担当大臣、あるいはそれを強力に推し進めた閣僚連中は、外資による郵政資金流出に関する防衛策をいっさい検討した節がない。それどころか、官邸主導を推し進めた連中はマスメディアと一体になり、国民に対して、郵政民営化の巨大なリスクである外資問題をいっさい問いかけることはしなかった。

 じつは、外資規制について国民にはいっさい啓蒙しなかったという、その重大な一点が郵政民営化の本質を物語っていた。四分社化の理由で、竹中氏は、合体したままだと、一つの事業の損益状況が他の事業に影響を与えることを防止すると言っていた。しかし、実際は逆ではないのか?むしろ、三事業一体化で動くことにより、三事業共通の経営資源を共有するというポジティブなメリットを共有するのではないのか?これを『範囲の経済性(スコープ・メリット)』と言うらしい。
   
 三事業一体化による相補性、融通性により、全国の過疎地の地域でも三事業の綜合的サービスを安定的に受けられた。この意味で言うなら、不安定な純粋市場に郵政事業をバラバラにして放置するよりも、三事業一体化で郵政業務を総合的に進めたほうが、効率、収益性、地域格差是正等にもいいに決まっている。三事業とは下記の三つの総称である。

(1)郵便事業(郵便・物流など)
(2)郵便貯金事業(金融・銀行業)
(3)簡易保険事業(保険業)

 四分社化は経済効率から言っても、敵対的外資に対する防衛策から言っても最悪である。大体、日本版エクソン・フロリオ条項が存在しない状況で四分社化などを実行したら、米系外資に郵政株を買い占められることは目に見えている。竹中氏や小泉氏が四分社化に異常に固執したことは、米系外資に郵政の資産を移転させることにあるとしか思えない。それに郵政民営化が実質的にスタートした2007年10月に先駆けて、5月には三角合併が解禁されたことも、外資による収奪の下準備としか言いようがない。

 エクソン・フロリオ条項のような国家防衛策がない現状なら、郵政関連の各会社が株の一部を持ち合って、一体化維持を堅持すれば少なくとも収奪型外資の侵略からは防衛できるだろう。三事業の再統合を検討する意味は外へ国富移転が起こることを防ぐ目的もある。

 郵政民営化は根本から見直す必要がある。この民営化は、日本人が自発的にやったことではなく、米国政府の強大で陰湿な圧力をともなったインセンティブで行ったものであり、その目的は、米系外国資本の日本国富収奪にある。彼らは郵政事業が抱える膨大な資金の収奪と優良資産を根こそぎ手に入れる計画なのだ。だからこそ、その観点から民営化がはたして本当に妥当なのかは、根本的に問い直す必要がある。三事業を一体化したまま民営化するか、あるいは再度国営化を行うかである。半官半民の組織形態もあると思う。

 要は国民生活に益になり、国益を毀損しない形態や体制作りを検討すべきだ。今すぐに行うことは郵貯・かんぽの株式の上場や売買が出来ないように即時凍結することである。本当の見直しを先送りにした場合、株式が上場されてからでは取り返しのつかないことになる。

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2009年3月11日 (水)

小泉政権の本質をけっして言わないあくどさ!!

   与謝野馨財務・金融・経済財政相が、小泉政権が執行した経済政策について「間違い」だと指摘したが、私としてはそれをそのまま看過できない。
___________________________________________________
小泉政権の経済学は「間違い」 財務相、参院予算委で

 与謝野馨財務・金融・経済財政相は10日の参院予算委員会で、小泉政権の経済政策に関して「世界が順調に成長していくという前提の経済学だった。その証拠に中小企業金融公庫や日本政策投資銀行などを民営化しようと、そういう政策金融機関は不要だ(と判断した)」と指摘した。その上で「不況が来ないことを前提とした経済学で、間違いだった」との認識を示した。

 小泉構造改革については「財政出動を手控えていたため、副作用が起きたのは間違いない」と表明。「やむを得ない側面があったにしろバブル(経済)の後始末の過程は日本社会につらいことで、その間に非正規雇用が生まれた」などと述べた。

NIKKEI NET  11日  (00:42)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090310AT3S1001F10032009.html

より引用

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 与謝野大臣は、一介の市井の人とは立場が異なり、その発言には充分な責任がともなう。ましてや与謝野氏は財務大臣、金融大臣、経済財政担大臣という三つの重責をともなう省庁の統括責任者である。その人間が小泉政権が実行した「経済学」を、国民に誤解を与えかねないいい加減さで批判していることは許しがたい。日本人全体が惨憺たる生活破壊から立ち直り、全体として国民の幸福に寄与する経済が実現するためには、為政者や有識者が小泉政権の正しい総括を行う必要がある。ところが、与謝野氏の小泉政権批判はまったく批判にもなっていないばかりか、あの政権が産み落とした無意味で残酷な社会荒廃の現実を覆い隠す魂胆がある。

 上記のような物言いで小泉政権の本質を誤魔化されてしまっては、この政権によって自殺した者や倒産した多くの無念な企業が浮かばれることはないだろう。それに、このようなデタラメな総括まがいを吹聴されて、納得したら、いつまた小泉・竹中構造改革路線のような悪魔の政策が猛威を奮うかわからない。

 「世界が順調に成長していくという前提の経済学」だったと言うのは、外需頼み、サプライサイド一辺倒の小泉・竹中構造改革路線では、まさにそのとおりなのだが、「不況が来ないことを前提とした経済学で、間違いだった」というのは、日本の市場構造の大破壊を行った小泉政権の本質から目をそらす、まったく誤まった物言いになっている。「不況が来ないことを前提とした経済学」などという亡羊とした言い方では、成長が右肩上がりで続くと思われた高度経済成長時代をとらえる物言いと何ら変わるものではない。

 つまり小泉政権の負の出力は、経済政策上の一部の過誤であり、全体としての方向性は正しかったと断言しているようなものである。これは悪質なごまかしである。小泉政権とは、従来の日本型の修正資本主義の文脈からは天と地ほどのずれがあり、あれはネオリベ革命政権と断言してもよい。米国に都合のよい傀儡国家に日本を改変するために、それまでの日本型伝統と然るべき民族共同体の知恵で築き上げた、いわゆるケインズ的な富の再配分構造を徹底破壊した悪魔の所業であった。富の公平配分システムを破壊した上、一部の富裕層と米系国際金融資本に極端な傾斜配分を行う売国的改変作業が小泉政権であった。

 弱肉強食の市場原理至上主義、福祉を消滅させるという意味での小さな政府、アメリカによる内政干渉に阿諛追従(あゆついしょう)した隷属政策、国富収奪を目論む米系外国金融資本(外資)の参入手引き、インフラ破壊と膨大な郵政資金流出の郵政民営化、教育バウチャー制度の検討など、小泉政権は紛うことなき新自由主義政策であった。このネオリベ政権を踏襲した安倍政権は「美しい国へ」というスローガンを掲げながら、教育バウチャー制度(クーポン券で学校を自由に選べる制度)の導入を検討した。これはネオリベの大御所・ミルトン・フリードマンの「政府からの自由」に書かれている思想に基づいている。

 保守思想と資本主義、左翼(革命)思想と共産主義は一般には整合性があると思われている。しかし、新自由主義はそのどちらにも与しない。それは伝統を完全否定するからだ。つまり、広義の意味におけるアンシャン・レジーム(革命以前の世界)の全否定が基礎になっているから新自由主義と保守(右翼も含む)にはまったく整合性がない。その意味で小泉政権には保守政権とはまるで異なる異様なものだった。

 強いて言えば、あれは「ネオリベ革命政権」であり、人間の尊厳を著しく欠損する「極左急進的無政府主義」である。それは後期高齢者医療制度の設立思想を考えればよくわかることだ。人間存在への慈しみとか生命への畏敬などという人間社会の根底にまつわる要素が欠落しており、剥き出しの資本論理だけが優先される無情で荒廃した社会が形成された。小泉政権をひと言で言えば「身売り政権」である。国民の財産や労働成果を湯水のように外国資本に捧げる政策に邁進し、セーフティネットをとことん破壊し尽くした。

 民営化というのは、国営の事業を効率の向上という掛け声だけで民間の市場原理に委ねれば経済効果が上がるという旗振りなのだが、その実態は北海道大学の山口二郎教授の言うごとく公共財産の私物化であり、民営化や規制緩和とは、一部の政商や外国資本が大儲けを企む発想が基になっている。そのために法的な傾斜配分システムを構築した。これによって庶民に回ってくるべき富や仕事の機会は著しく損なわれたのである。

 与謝野氏の語ったことで特に悪質なのは、「小泉・竹中構造改革路線は、『財政出動』を手控えていたために副作用が起きた、『やむを得ない側面があったにしろバブル経済の後始末の過程は日本社会につらいことで、その間に非正規雇用者が生まれた』」というのは、小泉政権の悪の本質から人々の関心をそらしている。非正規雇用者が生まれたのは、根底に政府が企業雇用の利便性のみを重視したためであり、労働者の生存権がないがしろにされたからである。これも人間無視のネオリベの特徴である。

 私はこのブログで感度も書いているが、小泉政権の欺瞞性は、国策としてモデル化した経済学が「新自由主義モデル」であるということを、政府関係者が公式の場でけっして国民に向かって言わなかったことにある。国民にわかりやすく、今の政策モデルは完全な新自由主義ですよと国民に説明すれば、国民は確実に反発して倒閣世論を形成することがわかりきっていたからだ。だからこそ、政府は現今の政策がアメリカに指令された新自由主義モデルであるということをひたすら押し隠した。それは現在の麻生政権でも続いている。

 為政者は、小泉・竹中構造改革路線は負の遺産を多く残したという言い方はよくするが、その構造改革が米国主導の新自由主義だったと説明する者は皆無だ。産業革命直後のイギリスの資本主義経済は資本家が搾取の鬼となり、一般国民は惨憺たる労働条件と低賃金に呻吟した。剥き出し資本主義の横暴がまかり通っていた。ちょうど、アメリカが世界各地に伝播させたネオリベ政策もそれに近い非道なものだった。それでも欧米では、ある時期はマックス・ウエーバーの言うようにキリスト教倫理が資本主義の暴走を抑えていた面はあったように思う。しかし、アメリカはとっくにその抑制を失い、世界に先駆けて極左急進的無政府主義の経済感覚に突入しており、それが夜警国家化を強めて軍を強力にした。

 アメリカのパワーエリートの頭にあることは、いかにして他国から金融的な富を収奪するかにある。この作戦に完全に乗ったのが小泉・竹中構造改革路線推進派である。小泉政権を総括し、見直すなら、かの政権の売国性をきっちりと見定め、国民にその実態を強く認識させることだ。今の自民党員は卑怯である。自分は小泉政権には批判的だったとは言うが、何に対して批判的だったのかということを言わない。やっぱり、国益を考え、国民の幸福原理を思うなら、米国の対日政策の実態を国民に啓蒙することが政治家の良心だと思う。

 その意味で、小沢一郎氏の『第七艦隊』発言には日本再生の鍵がある。確実に見えることは、テレビや新聞が、中川秀直氏や小池百合子氏など、偽装CHANGE派を第三極として祭り上げようとしている動きだ。彼らは地獄の小泉構造改革推進派である。彼らはアメリカに盲従し、日本国の国柄(くにがら)も国益も売り飛ばす最悪の亡国の徒であることを一刻も忘れてはならない。
  小泉政権が強行した千項目以上に及ぶ規制緩和を見直すべきだと思う。その相当数が国民に不利益な改竄になっていることは間違いない。

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2009年3月10日 (火)

今の動きは第三極(偽装CHANGE)勢力の浮上に向かって収斂!!

YouTubeにこの間のサンデープロジェクトの番組がアップされていた。田原総一郎氏と田中真紀子女史の対論であった。動画を見ていて、田中真紀子女史の強靭な主体性を見て実に驚いた。やっぱり田中角栄の娘である田中真紀子女史は只者じゃない。小泉純一郎という稀代の日本破壊者を生み出したのもこの女史だが、その稀代の悪党に追い出されて煮え湯を飲んだのもこの田中女史だった。

 女史は、最近の日本は軽くて騒々しい軽騒国家になっていると言っている。まさに政権交代が起きる直前、今までの政権が柿が熟して落ちようとする時、世(マスコミ)は騒然として本質の問題から目をそらす。これでは小沢問題は国策捜査が働いていると思われても仕方がないと言っている。漆間官房副長官というポストには政務と事務の二つの仕事があって、事務は官僚のトップであり、事務次官会議の議長を行う。漆間巌官房副長官はこの間まで警察庁長官をやっていた。こういう権力装置のトップにいたような人が、国民の目の届かないところで官邸主要メンバーになっていることは問題である。

 田中女史の説明に従って、この構図を見ると、官邸主導政治の中で、警察庁長官あがりの官房副長官が「その気」になったら、ちょっとした「鶴の一声」で、検察や警察が思い通りに動く可能性があるという話だろう。つまり事実上の指揮権発動である。三権分立の考え方から言っても、こういう人事配置は異様ではないだろうか?

 漆間巌官房副長官が、「今回の献金疑惑は自民党に波及せず」と断言したのであれば、この御仁が小沢代表の公設秘書逮捕に関わっている可能性が大であることを端的に示している。このことは疑惑に対する司直の公平中立の立場から言って、民主党党首だけに恣意的に捜査を行ったことになり警察権発動の公平性を著しく欠いたものである。ありていに言えば、小沢代表を狙って仕掛けた国策捜査であり、しかも内閣が指揮権を発動して国策捜査を決行したことを想起させるに充分だ。

 つまり、考えられることは自民党の従米売国勢力が官房副長官に働きかけ、東京地検特捜部が動いたというところだろう。田中真紀子女史の言った官房副長官の指揮権発動が本当の話であったら、これは明らかに小沢氏個人を狙い撃ちした国策捜査である。この政治的背景は、政権交代阻止、「郵政民営化見直し論及び四分社体制の見直し論の封じ込め」、「かんぽの宿」疑惑追及の潰し、そして従米構造改革継続のためにやったのである。

 今のメディアと官邸、そして官憲の動きを冷静に見れば、民主党の政権奪取を阻止し、鳩山大臣を含めた麻生陣営を潰し、偽装CHANGE勢力という第三極勢力を浮上させるための策動であることは間違いない。背後で米国の指令があったということだろう。渡辺喜美議員の離反騒動や小泉元首相の反麻生行動、これらはすべて第三極勢力の浮上に収斂している。真紀子女史はマチュア(成熟度、民度)が試されると言っているが、こういう政府筋のえげつない動きに翻弄されることのないように、小沢一郎氏を守り、政権交代させることが今の時点ではベストの選択だと思う。そうしないと売国勢力が日本を食い尽くす。

  あと、北朝鮮のテポドン威嚇も、明らかに日本を騒然とさせて郵政民営化の見直しを潰すためのアメリカの陽動作戦だろう。

参考までに、(3月8日)TV朝日、サンデー・プロジェクトに出演した田中真紀子氏の動画映像。

http://www.youtube.com/watch?v=XBvEUWHvDEY

http://www.youtube.com/watch?v=C0D41XLvxNo

http://www.youtube.com/watch?v=zHrkENovHOM




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2009年3月 9日 (月)

大衆に認知され始めた「国策捜査」

 民主党代表・小沢一郎氏の公設秘書が、西松建設をめぐる違法献金容疑で逮捕された。これについて、今世論はネットを中心にして「国策捜査」疑惑が想像以上に多く浮上している。神州の泉は、今から約二年半前の2006年9月13日にエコノミストの植草一秀さんが京急事件に遭遇した時、これは小泉政権による国策捜査の疑いがきわめて濃厚だという論調で、翌日の9月14日からブログ記事に書いている。この当時は元外務省国際情報局分析第一課にいた佐藤優氏の「国家の罠」が話題になり、その中で使われていた『国策捜査』という用語がピックアップされていた。

 しかし、この国策捜査なる用語は、世間的にはまだ一般化していなかった言葉であり、佐藤氏の著書によってイメージが浸透して行った感がある。ただし、政治的背景を持ち、時のマクロ政策に不都合な人間を犯罪者として人身御供にし、その政治的な影響力をそぎ落とすという意味では、国民はかなり認識していたことではあったと思う。ただ、そのことを「国策捜査」という言葉で言挙げしたのは佐藤優氏の「国家の罠」であった。

 佐藤優氏がこの本の中で国策捜査は「時代のけじめ」として起こると明確に断言している。具体的には、佐藤氏は292ページでこのように定義づけている。

①内政 ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換
②外交 地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換

 佐藤氏は時代が国策変換を行う時に、上記の①と②が交錯する地点に、国策捜査の犠牲になる旧時代を象徴する人物がいるという意味のことを言っている。頭のいい佐藤氏が熟考して、上記の①と②、そしてその二つが交錯する地点に惹起される「時代のけじめ」として「国家の罠」があると結論付けた。

 ①については、実にわかりやすくてまったくそのとおりだと思う。経済的には富の再分配が機能していた時代から、富が一部の富裕層や外国資本に集中して不公平な配分構造に変わったことは、小泉・竹中構造改革の無鉄砲な規制緩和による無情な格差社会がそれを端的に示している。わかりやすく言えばセーフティ・ネットの破壊が起こった。要するに修正資本主義から新自由主義への大胆な政策転換が小泉政権の役割であった。つまり、大胆な政策転換と言うよりも、完全ネオリベという「国策変換」だったのである。

 佐藤氏は鈴木宗男氏逮捕の例を上げて説明しているが、実にわかりやすいし、まったくそのとおりである。鈴木宗男氏は田中角栄型政治家の典型である。つまり、地方の弱者の声を吸い上げ、ケインズ型公平配分の実現を強く志向する政治思想である。ところがネオリベ国策にとって、このケインズ型再配分政策は忌避すべき政治感覚なのである。そういう国民目線は最大の阻害要因であるということだ。だからこそ、この政治感覚を持つ旧田中派の政治家は小泉氏によって徹底的に排撃されたのだ。その排除論理は「権力を金に変える腐敗した抵抗勢力」である。

 つまり、構造改革派は善、反構造改革派は進歩に水を差す悪という勧善懲悪型で処理されてしまったのである。「聖域なき構造改革=善」、「構造改革に反対する勢力=悪」という単純な善悪二元論で、ネオリベ市場原理主義の弊害を覆い隠し、修正資本主義のカモフラージュを凝らした実質ネオリベ政策を進歩だと国民を欺瞞したのだ。国民は思い出して欲しいが、小泉政権の閣僚は公の場で、構造改革が新自由主義だと語った者は誰一人いなかった。奇妙だと思わないだろうか。国策として選んだ国政転換が新自由主義であることを彼らはひた隠しに隠し抜いており、いかにも修正資本主義の範囲にあるかのように装ったのである。

今の時点では、この理由は、もうかなりの人に見抜かれてしまっているが、小泉政治はアメリカの内政干渉に忠実に従った傀儡政策そのものだった。弱肉強食の市場原理至上主義への改変作業を主導したのが竹中平蔵氏であった。

 佐藤優氏はとても頭がよく、自己防衛感覚も実によく研ぎ澄まされていると思う。彼は①で説明した、「ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換」という説明でも、けっしてアメリカや米系国際金融資本、米国通商代表部(USTR)、在日米国商工会議所(ACCJ)、年次改革要望書のことには言及していない。つまり、佐藤氏は「国家の罠」で日本の国策転換が米国のインセンティブで行われたということをひと言も出していないのだ。その理由はよくわかる。

 これだけ頭脳明晰で国際政治の分析に優れている人物が米国の要素を完璧にレジェクトしていることは、彼がそれを言及すれば命が危ないということを知悉しているからだろう。彼の傑出した頭脳が、米国追従の小泉政権の実態を説明しだすと、異常に説得性の高い物が世間に出ることになり、それは世論喚起に大きな影響を与えかねない。彼がそういう本を出版すれば、あるいは言論活動をすれば、冗談ではなく彼はCIAや横田幕府に命を取られる可能性が高いということだ。石井紘基議員の後を追うことになる。

 さて、②の「地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換」という定義づけだが、私自身は異論がある。小泉政権には、いわゆる愛国とか、ナショナリズム(民族主義)とか、パトリオティズム(祖国愛主義)とかいう実態は微塵もない。この政権が行った国策の大転換は、アメリカに命令された①の「新自由主義」政策そのものだけである。年次改革要望書に謳われている徹底した市場原理至上主義、その新自由主義の実態を覆い隠しながら、修正資本主義の形式を外面的に保ったところに、小泉政権の大きな特徴があった。

 小泉氏の靖国神社参拝や、英霊(特攻隊)へのシンパシー発言は、旧田中派への怨恨によるケインジアンつぶしと、構造改革が新自由主義に基づいていることを押し隠すための方便としか言いようがない。小泉氏には英霊への崇敬の念はないものと確信している。その理由は村山談話を肯定し、なおかつ大東亜戦争を階級闘争史観でとらえているからだ。この歴史観は英霊に対する冒涜以外の何物でもない。したがって、小泉氏の靖国参拝はネオリベ導入を糊塗することと、修正資本主義の破壊を、保守の衣で覆い隠すためのポーズに過ぎなかったのだ。女系天皇論の模索をしたこともこの男の最終目的が日本国体の破壊にあったことは間違いない。皇室を抵抗勢力と言ったそうである。不敬罪もいいところだ。

 佐藤優氏の「国家の罠」は、郵政解散総選挙が9月11日にあった2005年の5月に発売されている。この時期は官邸が郵政民営化計画にピリピリしていて、アメリカも買弁勢力も神経質に反論に目を光らせていた時期である。このような最もリスクの高い時期に「国策捜査」をテーマにした「国家の罠」が発売されたが、佐藤氏は何の妨害も受けなかったらしい。それは当然である。あの著書からアメリカの要素を完全に除外していたからだ。もし佐藤氏が関岡英之氏と同じ切り口であの本を書いていた場合、今、彼が言論活動をできていたかどうか疑わしい。

 さて、今回の小沢氏の公設秘書の逮捕は政治家や有識者から国策捜査の疑いがかけられている。特に漆間巌官房副長官が、今度の捜査は自民党には及ばないと発言したことで、ほぼ完全に国策捜査の疑いを補強することになった。京急の植草事件から約二年半が経過しているが、この間に国策捜査という言葉は国民レベルでもかなり定着した言葉になってしまっている。それだけ、国民は自公政権が警察国家の性格を帯びてきていることを認識したということになる。

 小沢氏に関するこの事件について、テレビには元検察や警察のOBなどがコメントを求められ、一様にこの逮捕について肯定的に評価している。地検特捜がやる気になればどんな無垢な人間でも罪に落とすことはできるだろう。国策捜査は権力の不当濫用だからだ。国策捜査が時代のけじめとして行われる。ならば、政権交代して民主党政権が実現することは、ネオリベを確信犯的に導入して日本の方向性を超格差社会、階級固定社会へ固定化したい勢力の逆鱗に触れることになる。もっと言えば、この政権交代はアメリカの対日戦略に対する真っ向からの抵抗という形を持つ。

 アメリカ型のネオリベ国策を確定した勢力にとっては、小沢党首が総理大臣になれば、今までの従米構造にクサビを打つ政策が今後採用されてしまうことになりかねない。そしてネオリベ構造に変革された日本の国政ベクトルを修正資本主義に変える可能性がある。小沢民主党の与党化は、ネオリベ国策から修正資本主義国策への大転換になる。だから、これを阻止する大きな力が働くことは充分に考えられる。つまり小沢氏を中心とする政権交代は国策が逆ベクトルを向くという意味で「時代のけじめ」となる。私はこのタイミングにも、従米的なネオリベに切り替えた勢力が、今度はこの体制を死守しようとして時代を切り替える力を持つ小沢氏に国策捜査を仕掛けることは充分にあり得ることだと確信する。

 つまりアメリカの要望でせっかく造り替えた日本社会が、基本的にはネオリベ以前の従来日本型資本主義に戻されることを嫌う従米路線の分子が、アメリカの意を受けて小沢新政権の実現を阻もうとしているのではないだろうか。従米勢力と言えば、中川秀直氏、小池百合子氏、武部勤氏、佐藤ゆかり氏、山本一太氏、渡辺喜美氏、片山さつき氏など小泉・竹中構造改革路線を牽引した偽装CHANGE派である。彼らが郵政民営化の見直し、四分社体制の見直し、かんぽの宿見直しを必死に阻止しようとする売国奴どもだ。

 しかし、国策捜査を検討する場合、テレビは検察OBばかりに言わせないで、さまざまな有識者にも賛否等分に意見を開陳させるべきである。それが公器の役目だ。どの番組を見ても、あるいは新聞報道を見ても、この事件を「国策捜査」という政治がらみの謀略事件としてみる見方と、いやそうじゃなく、これは特捜によるごく当然の捜査だという見解の両者を等分の割合でコメントさせている場面は皆無と言ってよい。小沢氏の進退問題ばかりが既定事実として当然のように報道されている。

 フリードマンのネオリベ感覚を取り入れた構造改革を推進し、階級格差社会を固定化しようとする偽装CHANGE勢力を絶対に国政に出してはならない。

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2009年3月 7日 (土)

政治と金の問題について(小野盛司)

  (※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第155弾です)

 小沢さんの秘書逮捕ということで、マスコミで話題になっている。西松建設から合計3億円が小沢氏側に流れたということだそうだ。小沢さんの主張が正しいのかどうかをここで論じるつもりはない。問題は、いつも政治と金の問題で政治が混乱し、政治空白ができることだ。政治改革を叫び続けていながら、まだこんなことをやっているのかをため息が出てしまう。

 政治にはお金がかかる。政党助成金の総額は年間300億円程度である。いや0.03兆円と言わせていただこう。次の景気対策は30兆円程度だと言われているのだから、その1000分の1だ。私は提案したい。政党助成金を今の2倍~3倍にして、企業献金も個人献金も一切禁止とするとよい。0.03兆円の出費も0.09兆円の出費も、刷ったお金を使う限り、国民の負担というわけではない。こんな小額の出費で国民が得るものは、極めて大きい。

 もし、それが実現したら、今回の小沢氏のような問題は発生しなくなり、有能な政治家を政界から葬り去ることをしなくてもよくなるのだ。政治家との付き合いが多い人はよく知っているだろう。政治家は、政治資金を集めるために大変な努力をし、時間を使っている。これは極めて大きな無駄である。政治家が政策を勉強せず、金策に走っている。だから政治が良くなるわけがない。しょっちゅうパーティーを開きパーティー券を売る。パーティーで同じような演説を何度も聞かされる。本当にこんなに何回もパーティーをやらねばならないのだろうか。政治家と会って交渉しなければならない立場にある人さえも、パーティー券を買わされるのを恐れて、政治家を話をしたがらない。パーティー券の売買による弊害は計り知れないほど大きいのではないだろうか。

 我々のような活動をしていると、多くの政治家と接触する。名刺交換をした後、やってくるのが1枚2万円のパーティー券を買ってくれという手紙だ。2万円という額は、我々のような貧乏人にはとうてい手も足も出ない。無料招待券も来る。それには恐縮してしまう。自分がこのような豪華パーティーに無料で参加させて頂いてよいのだろうかと思う。政治家のパーティーはどれも多くの政治家が参加している。政治家はパーティ-巡りで忙しそうだ。経済の勉強をしてもらおうとしても、なかなか時間を取ってもらえない。

 重要なことは、政治家は政策研究に使うお金が極めて少ないことだ。何兆円の景気対策で、どれだけの経済効果があるかという問題には、是非与野党問わず研究して欲しい。多くの国会議員と話したが、自分でマクロ経済モデルを使って計算してみたいと言っていた議員は、たった一人しかいなかった。それは鳩山由紀夫氏だ。自分で計算しなくても、民間のシンクタンクを使ってでも計算をさせることができるくらいのお金を政治家に渡したらどうだろう。今、国はどのような経済政策を行えばよいかが、手に取るように分かるだろう。政治家のパーティーの一部を止め、それを政策の勉強のための時間に使えば、日本の抱えている経済問題も理解できるようになるに違いない。

 ある自民党幹部は次のように言っていた。「オバマ大統領が、日本が経済政策の失敗で失われた10年と呼ばれる経済の停滞に陥ったが、あの二の舞になってはいけないと言っていたが、こんな失礼なことはない。日本は他国に迷惑を掛けなかった。しかし、今回の金融危機はアメリカのお陰で、アメリカは世界に迷惑をかけている。」

 私はこの発言は彼の勉強不足だと思う。オバマ大統領の発言は正しい。もし、日本が適切な規模で景気対策をやっていたら、このような大不況にはならなかった。日本の間違えた政策により、日本人は大きな被害を受けたのだが、その結果日本はゼロ金利政策を取らざるを得なくなった。それが円キャリートレードを誘発させた。つまり安い金利で日本からお金を借りて、高金利のサブプライムで稼げば巨額の利益が上がった。つまり日本で刷ったお金が、アメリカでバブルを発生させた。バブルが崩壊すると、資金は日本に帰ってきて、それが円高を引き起こした。これがこの金融危機で日本が最も大きなダメージを受けた理由である。しっかり経済を勉強していれば、こんなことはすぐ分かったはずだ。

 政治家に金を集めることばかりに時間を使わせるのでなく、十分な政治活動資金は刷ったお金で供給し、政治パーティー開催を制限し、政治家にはしっかり政策を勉強させるという案はどうだろう。

小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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城内みのるさん応援サイトへ日本に希望を与える信念の男、城内実

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マッド・アマノさんがインターネット・ラジオに出演!!

 マッド・アマノさんの作品『あの米国を想い、この属国を創る』は官邸主導政治を激震させた!?

 ジャーナリスト・烏賀陽(うがや)弘道氏のインターネット・ラジオに、パロディストのマッド・アマノさんが出演した。

 放送は3月4日を初回として、毎週水曜日の午後8時から約25分間、全部で4回ある。あとの3回分は、12日(水)、19日(水)、26日(水)の合計4回になる。3月4日の放送分はバックナンバーとして聴くことができる。このインターネット・ラジオは「ブルー・レディオ・ドット・コム」(blue-radio.com)と言い、バックナンバーのリスニングには簡単な登録が必要。詳しくはサイトをご覧になっていただきたい。

『カルチャー&エンターテイメント放送局 Blue-radio.com』
http://www.blue-radio.com/index.shtml
番組名 「烏賀陽弘道のU-NOTE」

 私も3月4日分の放送を早速聴いてみた。インターネットラジオはアメリカのジャズ番組しか聴いたことがなかったが、このブルー・レディオはクリアーな音質でとても聴きやすい。

 さて内容だが、パロディストととして長年創作活動に勤しんでこられたマッド・アマノさんが、時代に応じて表現の自由や規制などが変遷したことや、その他、さまざまな貴重な体験談を軽妙に語る番組である。烏賀陽氏もマッドさんの話のツボを的確にとらえていて、小気味よいトークが進む。

Photo   マッドさんが語った一つの面白いエピソードを紹介する。また、その話は小泉政権の陰険な体質を非常によく表している。2004年(平成16年)の7月に行われた参院選の時、自民党は選挙ポスターにスローガンとして『この国を想い、この国を創る』と書いた。これを見て、マッドさんは、そのスローガンの欺瞞に満ちた嘘に目を着け、『あの米国を想い、この属国を創る』というパロディ図画(フォト・モンタージュ)を作成した。

 当時、参院比例代表から立候補した「みどりの会議」代表の中村敦夫氏が自身のホームページにマッドさん作成のパロディ図画を掲載したことをきっかけにして、自民党執行部はマッドさん作成の『あの米国を想い、この属国を創る』というパロディ図画に通告書という形で難癖を付けてきた。安倍晋三幹事長と顧問弁護士の連名入りで、その内実は脅し文書であった。(通告書全文はこちら

 マッドさんは田中角栄元首相のことは、相当多くパロディ化したが、この時は特にクレームは付けられなかったと言う。田中角栄の時代と今の時代では、批判や風刺に対する権力者の度量や許容度は全然違ってきているということもあるが、マッドさんは、昔より最近の政権が極端に狭量になったのは、日本の属国化が顕著になったからだと断言している。まったく同感である。

 自民党幹事長と言えば、執行部という日本最高権力者の集団にいる。その幹事長が、一枚の風刺図画にここまで目くじらをたてて削除要求することの異常さは、まさに歴史の椿事と言ってもよい。私はこのできごとが権力者の度量や許容度の問題をはるかに超えていて、マッドさんが小泉政権が孕む巨大なタブーを強く刺激したことを感じ取る。

 今だから俯瞰できることがある。2004年当時、一人のアーティストが描いた一枚のパロディに対して国家は猛然と牙をむいた。この過激なクレームには、政府側にとって、実に充分な根拠と理由があったことが見えてくる。それは郵政民営化法案の成立に米国が最も神経を使っていた時期だったからだ。

 2005年、6月7日、「第162回、衆議院・郵政民営化に関する特別委員会-9号」において、城内実議員(当時)は、竹中平蔵国務大臣に重要な質問を浴びせた。

城内実議員       「略・・。そこで、質問ですけれども、郵政民営化準備室が発足したのが昨年の四月ですから、この昨年の四月から約一年間、現在に至るまで、郵政民営化準備室に対する、米国の官民関係者との間で郵政民営化問題についての会談、協議ないし申し入れ等、こういったものが何回程度行われたのか、教えていただきたいと思います。」

竹中平蔵国務大臣  「昨年の四月二十六日から現在まで、郵政民営化準備室がアメリカの政府、民間関係者と十七回面談を行っているということでございます。」

 つまり、2004年4月26日から翌年2005年の6月7日までの約一年と一ヶ月間、郵政民営化準備室は、アメリカ政府筋や民間関係者と17回も会っていたことが判明している。これは間違いなく年次改革要望書に謳われる対日内政干渉の最大の項目である「郵政民営化」の具現化に、一月一回以上の頻度で、アメリカが日本政府に直接口出しをしていたことを示す。竹中氏が米国の官民関係者と秘密裏に会っていたこの事実は、日本が重要な国政について宗主国の指令を受けている構図に他ならない。これこそ、日本が属国化している何よりの証左であろう。

 例の「この国を想い、この国を創る」という自民党のスローガンを描いたポスターは、この時期、つまりアメリカがナーバスに郵政民営化法案の実現を望み、事細かに郵政民営化準備室に働きかけていた真っ最中であった。小泉自民党の悪質さは、郵政民営化という売国法案の策定が着々と進行し、政府筋がアメリカの日本国富収奪に手を貸している時、「この国を想い、この国を創る」という正反対の愛国・国益表現のスローガンで国民を欺いていた。表では愛国を標榜しながら、裏では売国的な動きをしていたことになる。だとしたら、この愛国的なスローガンを掲げた政府の動機とは、売国政策を覆い隠すためであったとしか言いようがない。

 つまり、マッドさんの大傑作パロディ・『あの米国を想い、この属国を創る』は、アメリカの最大の要望であった郵政民営化計画が、国民の見えないところで日米ともに佳境に入っているときに発表されたのである。私のブログをご覧になっている方々にはもうおわかりと思うが、マッドさんのこの風刺表現はアメリカと買弁勢力の度肝を抜いた。日本国民に最も「属国化」を意識して欲しくない微妙な時期に、いきなりマッドさんの天籟(てんらい)的な風刺画像が現れたのである。

 安倍晋三元自民党幹事長は、マッドさんの作品を見て心底肝を潰したに違いない。この属国表現を強調したパロディ作品が国民の耳目を惹き付けた場合、アメリカに盲従して売国法案を策定している官邸の動きが、世間に筒抜けになってしまうかもしれない。だからまだ今の段階でマッド・アマノをつぶしてしまおうと考えたのである。幹事長と専任弁護士の署名入りで「通告書」を送りつければ、相手は怯えてすぐに引っ込むと考えたのだろう。しかし頭が悪すぎる行動だ。政府筋が民間の一表現者の一作品に、ここまで青筋を立てて威嚇すると、却って藪蛇になるとは思わなかっただろうか。

 しかし、悲しいことに日本国民の惰眠は想像以上に凄まじく、この騒動は面白おかしくとらえられてしまい、誰も属国化の恐ろしい現実まで考えが及ばなかったようだ。『あの米国を想い、この属国を創る』というマッドさんのこの傑作パロディは、彼ら売国勢力にとっては、ただの権力風刺ではなく、大型爆弾に等しい破壊力を秘めていたのだ。国民が属国覚醒を起こせばアメリカと買弁勢力の影の努力がすべて泡沫と化してしまう。

 80年代の日米構造摩擦の時代はアメリカは居丈高に日本を脅していた。しかしプラザ合意以後は対日戦略を変更しアメリカは静かになった。アメリカは日本人の意識構造を変えることによって、日本人自らが内部からアメリカに協力するように仕向けていったのだ。静かなる洗脳である。1993年に合意された年次改革要望書こそ、その端的な成果である。

 アメリカはすでに中曽根政権の辺りから日本郵政の膨大な資金と利権収奪を計画していたと思われる。それが小泉・竹中構造改革路線で、ようやく実現する公算が出てきたのだ。どんな阻害要因もただちに排除して置こうという翼賛的な空気が出ても不思議ではない。マッドさんは奇しくも、政権与党がこのもっともナーバスな空気に包まれていた時に、例の傑作パロディを投下してしまったのである。2004年から2005年当時、米国は日本の郵政民営化に隠密裏に何度も指令を下していた。

 この時期、ファッショ性格をかなり強めていた官邸主導政治は、国民に対してマスメディアを使い、郵政民営化を成就するために必死で誘導操作、印象操作に腐心していた。しかしその実態は、宗主国が属国に内政指令を事細かに働きかけていたという構図である。マッドさんの例の風刺画像はマスメディアの取り上げ方如何では、国民の覚醒を促すのに充分な力を持っていたのではないだろうか。しかし、国内メディアは属国日本の本質をけっして伝えない。国民は相変わらず深刻な状況に無頓着である。

 以上、マッドさんの『あの米国を想い、この属国を創る』が当時の官邸に与えた衝撃を考察してみたが、本記事はマッドさんがインターネット・ラジオに出演していることを知らせるつもりで書いた。読者の皆さんにもマッドさんの本質を衝いた軽妙洒脱な話を聴いていただきたいと思う。私はマッドさんご本人から、いろいろお話をうかがえる僥倖に預かっているが、何度うかがっても、マッドさんの話は面白いとしか言いようがない。初回放送はすぐに聴くことができる。今後、あと三回(12日、19日、26日)の放送分が楽しみである。

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2009年3月 6日 (金)

「第七艦隊」発言こそ、小沢氏の真骨頂だ!(それが国策捜査に狙われた理由)

  今、日本に求められている宰相像はアメリカに面と向かって「ノー!」を言える人間だ。このたった一つの資質に合致する人物が、今の政界にはたして何人いるだろうか。小沢一郎という人物は毀誉褒貶(きよほうへん)の多い人で、なかなかその人物像はつかみにくい。しかし、最近の彼の公的言動で見逃せないものがある。それこそ、小沢氏が面と向かってアメリカに「ノー」を突きつける度量のある人間だということが見えた発言である。それは今、日本人が最も自覚しなければならないことだ。

「アメリカのプレゼンス(存在感)は、私は必要だと思っております。それはおおむね、第7艦隊の存在で十分じゃないかなと」(2月25日大阪市内にて)

 
小沢氏には今、国策逮捕が間近に迫っている。アメリカは彼が政権を取った場合、日本が自主独立の気運を持つと看做しているからだ。小沢一郎という男は日本の国益を第一に考えていることは間違いない。従って小沢氏の失脚を企んだアメリカは日本の官憲に圧力を掛けていることは間違いない。今の官憲は正義よりもアメリカの意志で動く。植草一秀さんの国策逮捕もその文脈だ。国策逮捕が頻発してこの国は最低の国へ堕そうとしている。この動きを止めるのは世論である。

 誰もがこの時期に小沢氏の公設秘書を逮捕して自民党関係者には手を付けていないことに、絶大な不信の念を持ち、検察が小沢氏個人を狙い国策捜査を発動していると考えている。だから、国民は沈黙してはならない。検察がアメリカに隷従した小泉・竹中構造改革派の犬に成り下がったかどうかを見究める必要がある。国策捜査がここまで頻出する事態は、日本が暗黒の時代に突入していることを示す。国民は売国メディアの誘導に嵌らずに、誰が何の目的で小沢氏を失脚させようとしているか見抜き、非難の声を上げるときだと思う。でないと、日本の国富は吸い取られ、日本人は究極の貧乏に喘ぐことになる。

まず第一にアメリカのくびきから離脱して自由になることだ。

  最近ネットで、左翼傾向の強い方々が、「60年以上もアメリカの占領状態を是認しておきながら俺は右翼だ保守だと言われもねえ、説得力がねえ」、という言い方が私の興味をひきつける。確かに、単純に考えてみれば、愛国とか、憂国とか、保守、祖国愛などという言葉が指し示す国家像とは、最低限、「植民地ではない」、「占領されていない」、「自立している」、「国際的にきちんと自前の発言権がある=他国の顔色をうかがって臆病にならない」というイメージが出てくると思う。

 しかし、戦後の日本は上のどれ一つ取っても、まともな国家のイメージに合致していない。常にアメリカに従い、常にアメリカの顔色をうかがっている卑屈な隷属国家が日本である。戦後の自民党55年体制下では、それでもまだ面従腹背の気持が為政者に根付いており、中には臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、捲土重来(けんどちょうらい)の気持を持ち、「見てろよ、いつかは独立してやるぞ」という気概を持つ者はいた。

 それに加えて、政治や社会に、和の伝統的な相互扶助社会がまだ息づいていたので、大多数の人々が中流層と言われる生活レベルを保っていた時代があった。田中角栄型のケインズ感覚の政治には、大きな欠陥はいろいろあったが、それでも富の再分配構造はきちんと機能していたのだ。だから、生活格差はあまりなく、日本人はそれなりに文化生活を堪能していた時代があった。しかし、高度経済成長やその後の経済発展の時代は働きアリとかエコノミック・アニマルとか言われ、貿易を中心とした産業経済の量的発展だけに特化して狂騒的に邁進していた異様な日本人の姿があった。この時代は最近の中国と同様に、均質な製品を大量生産することこそ善であり、環境汚染もアジア諸国との調和も何も考えていなかった。

 日米安保に安住し真の国家防衛を模索しなかったツケ

 しかし、そういうことが出来た条件の一つには、日米安保に庇護感覚を付託して、自国の軍事防衛や国民の安全にほとんど思考停止状態になっていたことがある。国家として、真に考えるべきことを怠っていた時代、この時期は日本史における恥の時代と言える。この恥は今も続いているが、多くの日本人はそれを恥と認識しない。これが本当の意味での自虐意識である。東西冷戦構造の時代は米ソという二大軍事国家が対峙して、アメリカは防共体制に腐心していた。日本はそういう二大国家の冷たい軍事均衡の狭間の中で、工業生産増進だけに奔走していた。この間、対米自立を唱えた為政者は何人いただろうか。

 実に不思議なことに、この時代は改憲(九条改正)論は完全に異端思想と化しており、これを少しでも論題に上げる人物は超右翼とか軍国主義者とかいう狂人レベルのレッテルを貼られていた。改憲論でさえそういう体たらくだったから、日本国憲法見直し論はどこかの遠い惑星のことのように現実離れしたことだった。基本的には戦後の日本人は、米国だけに憧れてしまうという大きな間違いを犯した。米国はアンシャン・レジームを全否定した新興国家であり、物量の優位で大東亜戦争に勝利した国である。

 鬼畜米英と叫び、果敢に大国アメリカと戦った武士の気概は完全に失われ、戦後日本は米国の豊かな文化生活に憧れ、国家モデルを米国に固定した。自国の伝統的特質をないがしろにすると同時に、米国の属国国家に甘んじてしまった。戦後日本人の姿とは、たとえは悪いが、レイプされた女性がレイプした男性と離れなくなってしまうような奇妙な倒錯心理に囲繞されてしまった。つまり、何かもアメリカ一辺倒であり、アメリカの発する文化も国際感覚もすべて良い物だという隷従心理である。基本的にこの感覚はベルリンの壁が瓦解して冷戦が終焉してからも続いた。権力側はむしろ冷戦終結後も従米傾向を強めてきた。そして小泉政権時に完全にアメリカの奴僕に成り下がってしまった。これではローマに占領されたあとのカルタゴと同じである。

 アメリカを熾烈に憧れるという、戦前とは逆転した倒錯心理で米国を庇護国家として認識したことが、完全に間違いであったことにまだ気付いていない。この世界に他国を面倒見て温情で軍事的な庇護を与える国があると考えるほど日本人はおのれを失ったのだ。しかも憧れた相手は最大の敵性国家であったアメリカである。歴史には偶然も働くが、必然的要素は大きい。特に戦争にはそれなりの因果論がきっちりと作用している。先人たちが列強と戦う覚悟を決意したのはそれなりの理由と思いがあったからである。

 軍事を米国に預けて隷従したら、経済までも米国に乗っ取られる

 対米戦に敗北したことは歴史の成り行きであるとは言っても、開戦には日本なりの理由がある。その魂を忘却した戦後はひと言で言えば、アメリカの言いなりに木偶(でく)人形と化してしまった。他国の軍隊を60年以上も駐留させておく国家など、日本以外にこの地球上には存在しない。この状態をどんな解釈で強弁したところで、日米関係は殖民地と宗主国の関係以外に説明のしようがない。小沢氏は「米軍が引くことによって、日本の安全保障と防衛に関連するようなことについては、日本がその責任をちゃんと自分のことなんですから、果たしていけばいい。そういう意味です」と述べている。

小沢氏の言うとおりである。自国の安全保障と防衛は自国で守るのがどの国であっても、共通の原則である。この原則を無視して、アメリカ軍の駐留を許したら、日本はいつまで経っても搾取され続ける植民地に甘んじることになる。事実上、国際金融資本が構造改革利権をむさぼり、これから郵政民営化の諸々の利権をむさぼることは、根底に日本の隷属志向があるからだ。アメリカという略奪国家から距離を置いて、軍事的に独立しないと奴隷国家になる。

 政治家や有識者で、りっぱな保守論を唱導する人たちはたくさんいても、堂々と正面切ってアメリカから独立せよという意思表明する人はほんとうに少ない。日本人には大東亜戦争のしこりが潜在意識に強く巣食っており、国家が普通に自立して軍隊を持つという考え方そのものに強い抵抗感を示す人は多い。大東亜戦争で死力を尽くして戦い抜いた後遺症が、世代を超えてまだ作用している。負け犬(敗北)史観である。それがあるために、今の日本を取り巻いている国際問題やほとんどの政治問題の解決を困難にし、物によっては解決そのものを不可能にしている。日本人の戦争アレルギーは経済的にも国力衰退へ向かわせているのだ。この傾向は民族的な病気と断言してもいい。この病気を蔓延させたのが、あの忌むべき東京裁判史観というウィルスなのだ。

 小沢氏の逮捕を看過すれば、日本は日本版ゲシュタポが暗躍する警察国家になる

 小沢一郎氏が逮捕勾留されるようなことになれば、もはや日本の官憲はゲシュタポ化していると言い切ることができる。ゲシュタポとはナチス・ドイツの秘密警察の略称を言う。その活動内容はWikipediaを参照すると、ドイツおよびヨーロッパ占領地におけるレジスタンスの弾圧、スパイ摘発、ユダヤ人の狩り立て・移送、反ヒトラー陰謀の捜査に関して厳格な取扱いなどであった。

 ちょっと考えてみよう。小沢氏は2月27日、米軍再編に関し、「極東におけるプレゼンス(存在)は第7艦隊で十分」と断言した。これを直訳すると、日本に駐留する占領米軍は日本領土から撤退しろということだ。小沢氏は、米国による日本の占領状態を脱したいという明確なメッセージを発したことになる。しかし、これは一国の常識として当然の発言なのだ。自国防衛は自国で行う。この基本が満たされていて、初めて経済は国益に向かって稼動し始めるのだ。米国は日本の庇護国ではない。それは尖閣諸島については関係しないとはっきり断言していることでもわかる。領土問題で中国や韓国に侵略されても米軍はそれを放置する。そうなれば日本は漸次侵略に甘んじることになってしまう。だから、自国戦力を使って戦闘できる体制に鞍替えしたほうがいい。戦闘力、交戦の覚悟ができれば領土・領海問題は話し合いで解決する可能性は高い。

 その意味で、小沢氏の第七艦隊発言は日本人として最も妥当な発言だと思う。自国防衛は自国がやるんだという姿勢は対中国に対しても絶大な効果を持つ。日本人は勘違いをしている。特にネットに跳梁する親米右翼は、米国と組んで中国の脅威から日本を守るしか道はないと思い込んでいるが、その思い込みが日本人を堕落させ脆弱化させる巨大な錯誤だ。中国と同等に対峙するには、米国の桎梏にない自前の軍事力を有するべきだと思う。必要なことは、一人前の国家であろうとするなら、自国は自国で防衛するという当たり前の体制になることだ。

 最悪なことは、アメリカの属国支配下にあって憲法九条を改変し、交戦権を有することだ。それをやれば、下手をするとアメリカのために日本人が中国と交戦させられる事態に国際力学が働くことになる。その可能性は高い。アメリカは日本の国富を吸い上げたら、今度は属国軍隊として、自衛隊に交戦権を付与しろと圧力をかけてくるだろう。アメリカの覇権主義や欲望資本主義のために、日本人が血を流すことがあってはならない。

 「国家の罠」を書いた佐藤優氏は、検察は民主党に政権が移ると、国益が害されると本気で思っている節があるというようなことを言っている。仮に、政権交代を嫌った検察側の思い込みが、国益信奉にあったとして、そのために小沢一郎氏の国策捜査が行われたとしたら、彼らの思う国益とは一体何だろうか。私は咄嗟に岡崎久彦氏を思い出した。彼は言う、日本はアングロサクソンに逆らったら滅ぶと。植草一秀氏を姦計に嵌め、これから小沢氏の逮捕を画策している連中は、祖国や先祖の気持を踏みにじる亡国の徒である。

 国民は官憲が小沢氏に何をするかをよく見届けて、日本の官憲がゲシュタポ化することのないように監視して行く必要がある。小泉政権以降、特に日本の官憲は中立性を失い、米国の傀儡性格を強めたように思う。日本への愛を喪失した恥知らずたちが強権を発動したら、この国は暗黒社会に突入する。小沢氏の国策逮捕を今看過したら、日本は第二、第三の小泉・竹中という売国奴たちが無際限に登場することになり、国民を阿鼻叫喚の地獄に追いやることになる。

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2009年3月 5日 (木)

第2次補正関連法案成立のインパクト(小野盛司)

    (※日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第154弾です)    

 第2次補正予算の関連法案が成立し、やっと実施にこぎつけた。4ヶ月かかった。政府のやることは遅いと言う人もいるが、野党の協力があったなら、もっとずっと早く実施できたはずで、これだけ遅れたのは政府だけのせいとも言えない。

 さて、この効果はどの位だろうと思っていたら、本日(3月5日)の日経にGDP押し上げ効果は僅か0.2~0.3%であると、野村證券の試算が引用されていた。しかも歳出総額4.8兆円なのだそうだ。あれ?と思った。内閣府は押し上げ効果は1%、定額給付金の押し上げ効果は0.15%、歳出総額は12兆円だと言っていた。ここまで食い違うと、訳が分からない。こういうときは内閣府に聞くのが一番と思い、電話してみた。内閣府の人も良く分からないということで、内部で調べて下さった。少々時間が掛かったのだが、調べた結果は以下の通りである。

 内閣府が計算した押し上げ効果は第2次補正だけでなく、次の3回の経済対策を合わせたものだそうだ。

①第1次補正予算、10月16日成立1.8兆円の財政措置
②第2次補正予算、10月30日決定4.8兆円の財政措置
③「生活防衛のための緊急対策」(12月19日決定)

 この3回の対策を合わせると、財政措置の総額が12兆円で、そのGDP押し上げ効果は内閣府の試算で1%だという。②の単独の押し上げ効果は計算していないとのことであるが、比例計算をすると(1%×4.8÷12で計算)0.4%となる。多分、内閣府は多めに言うだろうから、野村證券の0.2~0.3%と比べておよそ現実的な値の検討がつく。

 2008年度も2009年度も成長率はマイナス3%程度と言われているので、今必要とされている、次の補正の必要な規模は推測ができる。つまり、第2次補正の10倍程度の規模、つまり50兆円程度の財政措置にすれば、なんとか0%成長に持って行けると言うことだ。日本経済に責任を持つ政府であれば、0%を目標にするのでは余りにもお粗末だ。しかし、少なくとも数十兆円の規模の景気対策はやって欲しい。それ以下であれば余りにも規模が小さいのは明らかだ。

 本日の日経の7面を読んでいただきたい。中国は景気刺激へ歳出109兆円だと書いてある。大規模財政出動をすれば、もちろん景気はよくなる。中国の一部の企業は政府の財政出動で、生産が追いつかないと悲鳴を上げているくらいだ。日本だって同じだ。日本はすでに恐慌だと言う人もいる。大規模財政出動で間違いなく日本経済は復活する。これまでの景気対策の規模が小さすぎたこと、遅すぎたこと、早く止めすぎたことを反省し、今こそ中国に見習って経済を正常に戻すための対策を是非断行して欲しいと願う。

小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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城内みのるさん応援サイトへ日本に希望を与える信念の男、城内実

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2009年3月 4日 (水)

小沢一郎氏が狙われた理由を推測する

 今回の事件は、民主党・小沢代表秘書ら3名が、西松建設から迂回献金と知りながら、受け取っていた疑いで、政治資金規制法に抵触した理由で逮捕されたことだ。次期衆院選が迫り、自民党人気の衰退著しい今、政権交代の実現が確実視される中で起きた今回の事件は、限りなく国策捜査の疑いが濃厚である。東京地検特捜部は、今の微妙な時期になぜこの逮捕をやったかについて、闇献金の一部が時効になりかけていて、今しかチャンスがないと言っているらしい。それが事実だとしたら、なぜもっと早期にやらなかったのだろうか?明らかに次期衆院選に多大な影響を及ぼす今の微妙な時期にことを起こすのは怪しいとしか言いようがない。

 なぜ小沢氏は国策捜査に狙われたのだろうか?前回の記事でも指摘したように、これは清和会筋による政権交代阻止と、郵政民営化の見直しを封じるためであると私は思っている。しかし、背後には明らかに米国の強い意志が働いていることは間違いないだろう。小泉純一郎元首相は、自分が一貫して唱導し、竹中平蔵氏を中心として実現させた郵政民営化を、麻生首相が見直しを示唆した。また鳩山総務相は「かんぽの宿」譲渡問題に疑念を呈し、待ったをかけた。麻生政権から起きたこの郵政民営化見直し論は、小泉・竹中構造改革の存在理由を根底から否定する方向性を含んでいる。

 それどころか、構造改革の検証までこの問題が飛び火した場合、植草さんが指摘したりそなインサイダー取引疑惑における政府犯罪の構図が明らかにされ、関係者は軒並み逮捕という大疑獄問題に発展しかねない。同時に今、植草さんが精力的に解明を続けている「かんぽの宿」疑惑は郵政民営化という巨大な改革利権の構図と、ゆうちょ・かんぽが抱える膨大な国富をアメリカへ移転する計画を浮き彫りにしかねない。その国富移転が2010年に予定されている郵貯・かんぽの株式上場と関わるならば、郵政民営化の見直しは、株式上場及びその売買の即時凍結に結びつく。

 年次改革要望書や米国政府筋の人間を執拗に派遣して郵政民営化を実現させ、その上、三角合併まで解禁させたアメリカは、もうすぐ手中にできる日本の膨大な金融資産の移転を邪魔されたくない。なぜなら、郵政民営化の真の目的はそこにあったからだ。小泉・竹中が企んだ郵政民営化とは、景気浮揚でも改革の本丸でも何でもない。国富のアメリカ朝貢作戦にほかならなかった。従って、麻生首相や鳩山総務相の郵政に関する見直し発言は、晴天の霹靂であり、属国日本がそれを言うことは許されない話だったのだろう。

 だから、どういう手段を弄してでも、郵政民営化や四分社体制の見直しは阻止することにした。もしかしたら、ヒラリー・クリントン国務長官が小沢代表と会った主なる目的は、民主党が政権を奪取した時、郵政民営化は予定通り進めてほしいということを、小沢氏に確約させたかったという話だったかもしれない。つまり、ありていに言えば、ヒラリーは、小沢氏に小泉純一郎氏と同様の傀儡宰相になることを要請(命令)した可能性がある。ところが本音では日本の自主独立を希求する小沢氏は、面従腹背の衣を脱ぎ捨て、この時ばかりはヒラリーの要請を一蹴した可能性が高い。

 つまり、彼はアメリカに楯突いた可能性がある。それを証明するかのような小沢氏の発言がある。今月の1日、彼は在日米軍再編に関し「極東におけるプレゼンス(存在)は第7艦隊で十分」と断言した。これがニュースでは米国隷従派の眉を顰(ひそ)めさせたように伝えられたが、実際は小沢氏がアメリカに発信した強力なメッセージだと思う。つまり、小沢氏は、自分は小泉純一郎氏とは違って、あなたがたの傀儡政権は作らないし、郵政民営化も構造改革も小泉・竹中方式は絶対に取らないと態度を明瞭にしたように思う。

 米国は小沢一郎氏を見限って潰す決意をしたのかもしれない。それが今回の国策捜査になったと思われる。小沢氏はこれから事情を説明することになるが、彼は絶対に辞めずに徹底抗戦に入るだろう。小沢氏は、民主党内の反小沢勢力がはっきりと浮き上がることを冷静に見届け、彼らを駆逐するいい機会になるかもしれない。私は小沢氏が一昨年の8月にシーファー米国駐日大使と会談した時、テロ特措法の延長をストレートに断ったのを見てあることを感じた。もしかしたら小沢氏は強い憂国派で、米国に対しては面従腹背の構えがあったが、機会を見て自主的国政を運営するかもしれないと思っていた。なぜなら、あの時点で米国の意に逆らえる政治家は皆無だったからだ。命を掛けていないとあの発言は出てこないと思った。

 今回の国策捜査はあまりにも直截、かつ露骨であり、これは謀略側の意図に反して逆ベクトルを与えるかもしれない。このいかがわしい稚拙な仕掛けは民主党にとって大きな追い風になる可能性がある。

 もうひとつ、私が引っ掛かったのは、2月28日に石破農林水産大臣が唐突に解散総選挙を言い出したことだ。予算案の成立を第一命題にして、解散総選挙を延しに延し、政権延命を図ってきた麻生政権が、ここに至って急にある大臣から総選挙への催促が出ることは異常である。この意味は郵政民営化の見直し案を潰す方が、自民党にとって不利な解散総選挙に打って出ることよりも優先するということなのだろう。つまり自民党の動きが何に対して収斂しているかと言えば、郵政民営化の見直しを何としても潰そうという一点だと思えるのである。

 今まで不利だった総選挙を有利に逆転するために、小沢氏の献金スキャンダルを無理やり捏造して自民党の起死回生をはかったということだろう。しかし、その大きな目的はアメリカによる郵政見直し論の封殺である。今回の小沢氏に対する国策捜査はその仕上げとして出てきた可能性が高い。

 しかし、あまりにもタイミングが怪しすぎるということで、この一件は逆効果になるような気がする。

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小沢一郎氏への国策攻撃は何を意味するか?

   この時期に強制捜査か?この時期だからこそ国策捜査を疑うべきだ

 1月23日に「小沢一郎氏に迫る国策捜査の魔手!?」でも述べたが、西松建設裏金摘発事件が唐突にクローズアップされた。メルマガの小野寺光一氏が西松建設の闇金問題と小沢一郎氏への国策捜査を結びつけて最初に警鐘を鳴らした。植草一秀さん、喜八ログさん、その他のブロガーの人も、これは、政権交代を阻止するために小沢一郎氏の失脚を謀る布石じゃないかと思っていた。

 今日の夕方、下記のニュースがテレビから流れた。

_______________________________________________
小沢代表の第1秘書逮捕  西松建設から違法献金容疑

 準大手ゼネコン西松建設の裏金をめぐる事件を捜査していた東京地検特捜部は3日、同社OBが代表をしていた政治団体を通じ、多額の企業献金を違法に受け取っていた疑いが強まったとして政治資金規正法違反容疑で、小沢一郎民主党代表の公設第1秘書で資金管理団体「陸山会」の会計責任者大久保隆規容疑者(47)ら3人を逮捕した。

 特捜部は東京都港区の陸山会事務所などを家宅捜索。政治団体を隠れみのにした政界工作の全容解明を進める。

 ほかに西松建設の前社長国沢幹雄容疑者(70)=外為法違反罪で起訴=を再逮捕、元総務部長岡崎彰文容疑者(67)を逮捕した。

 西松側の政治団体は「新政治問題研究会」(新政研)と「未来産業研究会」(未来研)で、ともに2006年に解散。(以下略)」

http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009030301000531.html

_______________________________________________

 小泉政権下で、国策捜査が常態化していた推移を見ていたわれわれは、こういう事件が起こると、まず第一に、政権を脅かされたくない権力筋が仕掛けた罠ではないかと疑う癖がついている。権力中枢と検察・警察の官憲、そして大手メディアが結託して謀略を意図した場合、こういう国策捜査はいとも簡単にできる。

 しかし、今回の小沢氏の秘書逮捕はタイミングとしても、あまりにも露骨過ぎやしないだろうか。明らかに政権交代を阻止するために民主党へのダメージを企図したものにしか見えない。このあまりの露骨さに、民主党の鳩山由紀夫議員は「国策捜査だ」と感想を述べていたし、国民新党の亀井久興議員は「この時期ですからねえ」と思わせぶりに言っていた。また民主党・山岡国対委員長は「政府による陰謀だ」と言った。

 政治資金規正法違反の疑いを掛けられているのは、小沢氏の秘書だけじゃなく自民党議員にもその疑いのある人物がいるという。それにも関わらず、東京地検特捜部が動いてこの事件が表面に出された。この事件の解明を部外者の国民が、今の段階で詳細に検討することはもちろんできない。しかし、ある思考実験は明確にできる。それはこの事件が起きたことに関するリテラシー(情報を読み解くこと)を働かせることだ。表に出た報道だけでリテラシーを駆使すれば、これは自民党清和会を中心とする従米売国構造改革派の最大の反撃という可能性が浮上する。

 郵政民営化を怒涛のように実現化してしまった小泉純一郎元首相や竹中平蔵元総務大臣・元郵政民営化担当大臣は、最近のマスコミへの出演頻度が上がっているにもかかわらず、すっかり凋落傾向にある。すでにこの二人には売国構造改革派の応援をする力は失せており、売国勢力は独自に自分達を防衛する必要に駆られている。そこへ彼らにとっては青天の霹靂が起きた。それは鳩山邦夫総務相が突然言い出した「かんぽの宿」譲渡問題である。これが売国構造改革派の意に反して大問題となり、ついには日本郵政からオリックス不動産子会社への売却が停止されるという事態に至った。

 これに呼応するかのように、麻生首相は「郵政民営化には実は反対だった」発言を行い、四分社体制の見直しを示唆した。これに真底慌てた従米売国勢力は、メディア、主にテレビを使って、郵政民営化(及び四分社化)見直し論を封殺する手段に出た。

   喜八ログさんのブログを参照すると、2008年12月09日、自民党の「有志」が63名集まって、議員連盟「郵政民営化を堅持し推進する集い」を発足した。しかし、今年の2月19日に同じ集会を催した時はわずか18名しか集まらなかった。来なかった議員連中は小泉・竹中構造改革派の凋落を敏感に感じ取っていたのだろう。この期に及んで郵政民営化の推進という舟に乗ることは、泥舟に乗ることだと感じ取ったのだろう。小泉構造改革派は完全に衰亡の道をたどっている。それも崖を落ちるように急速に衰えている。しかし、郵政利権の甘い汁をこれから啜(すす)ろうと待ち構えていた米国は、このまま郵政民営化が進展し、予定通りにゆうちょとかんぽの株式が上場されなければ困るので、何としても見直し論を潰さなければならない。

 米系国際金融資本と、それに手を貸した国内日本人買弁勢力は、あともう少しで、ゆうちょとかんぽにストックされている膨大な金融資産と、全国的に配置されている郵便局不動産の利権獲得を手にするところまできていた。その最初の甘い汁が「かんぽの宿」だった。ところがこれは鳩山総務相に待ったをかけられ、それどころか鳩山総務省は東京中央郵便局再開発のストップを言い始めた。この郵便局は全国の優良不動産を兼ねる郵便局の象徴的存在であり、この再開発(市場原理化)が実行されると、全国の再開発に飛び火し、そこには莫大な再開発利権が発生することになる。従って、米国の操り人形と化した売国構造改革派にとって、鳩山総務相と麻生首相が志向する郵政民営化の根本的な見直しへの旗振りは売国奴の怒りと惧れを充分に喚起するものである。

 彼らはテレビや新聞に報道管制を掛けて、郵政民営化見直し論の封殺に躍起となっていた。小沢一郎への国策捜査の決行は、もちろん、テレビなどが言うように政権交代を睨む民主党への打撃という意味合いが強いが、それ以上に郵政民営化見直しの封印をねらったのではないのか。つまり、小沢民主党党首の国策逮捕を画策すると同時に、この騒ぎを拡大させて郵政民営化見直し論の封じ込めを意図しているように思う。

  しかし、この手の国策捜査が国民を巻き込んでうまいこと成功するだろうか?なぜなら、2005年の郵政民営化是か非かの衆院解散総選挙で、メディアはB層国民と位置づけられた、いわゆる物を考えないと言われる国民層をきれいに欺いて得票に成功したが、騙された彼らは現在は、小泉政治のあまりのひどさに、すっかり見方を変えている。その端的な結果が一昨年夏の参院選挙に現れている。今の自公政権が凋落したのは、小泉構造改革の凄惨さが可視化されたことと、メディアのいい加減さがかなり自覚され始めていることだと思う。日々更新される植草一秀さんのブログが上限に近いランキングに位置していることは、それだけ売国構造改革政治の弾劾に、多くの人が興味を持ち始めていることを示している。

 「植草一秀の『知られざる真実』」というブログも、相当に偽装CHANGE勢力を慌てさせていると思う。何としてもこれを潰しておきたいと虎視眈々と狙っていたことだろう。毎日新聞社のいちゃもんや、ブログ「貞子ちゃんの連れ連れ日記」の管理人の攻撃なども、底流には売国構造改革派の意志が働いていたと思う。植草さんが米国隷従構造改革派に睨まれ、官憲や裁判所を使った国策捜査に巻き込まれたと感じている者は大勢いる。その理由は今、植草さんが展開しているブログの内容を読めばわかるように、一貫して国民を害する勢力を攻撃するぶれない姿勢は、小泉政権時代も同じであった。だからこそ、彼は国策捜査に二度も嵌められている。国策捜査を掛けられた事実が、彼がほんものの憂国者であることを物語っている。今、植草さんは、りそなインサイダー疑惑を追及していたときのように果敢に郵政民営化の欺瞞解明に突き進んでいる。植草さんは絶対に筆を折らない人だ。彼に狙われたら、悪徳勢力は助からない。

 小沢一郎氏の場合は人物の評価が賛否両論で二つにくっきりと分かれている。彼が国政を運営できる人間かどうか判然としないという国民は多いだろう。しかし、私は以前にも書いたが、小沢氏が小泉氏や竹中氏と同類の売国奴であったら、官憲に狙われることはないと思う。すなわち国策捜査のターゲットにはならないと思う。国家や国民を害する勢力にとって都合の悪い人物が、権力の手駒となった官憲の毒牙(国策捜査)に掛けられる。だとすれば、おのずと小沢氏の位置が見えてくるように感じる。今、小沢氏にもその危険が迫っている。政権交代が実現して、小沢氏が国政の采配を揮うことを極度に恐れている連中が小沢氏を国策捜査に陥れようとしている。そのことは同時に郵政民営化見直し論の鎮圧効果をも併せ持つ。

 一月に少し騒がれた西松建設の裏金疑惑が、今回は政治資金規正法違反容疑で、小沢一郎氏の公設第一秘書の逮捕という形に結実した。検察のOB筋は西松建設の容疑が時効的にギリギリのところにあるから政局がらみとは関係ないと、判で押したように言っているが、私にはその方が信じられない。これは小沢一郎氏を嵌める国策捜査の発動だと私には思える。それに、私にはもう一つの思いがある。それは政権交代実現の延長上には、もし小沢政権が実現してしまうと、小沢一郎氏は小泉売国構造改革派の主要連中を片っ端から国家犯罪で責任を訴求するのではないだろうか。サンプロで、元警察庁の亀井静香議員が発した東京地検特捜部という言葉がここで奇妙に強調されてくる。

 検察も一枚岩ではないと思う。小沢氏の国策捜査に動き出した検察と小泉政権と気脈を通じた検察は異なっていると思う。言うなれば愛国派と亡国派であろうか。

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2009年3月 2日 (月)

自民党の「四分社化見直し」案は見直し案になっていない!!

 
 自民党は昨年の11月26日、「郵政民営化の見直しに関するプロジェクトチーム(PT)」を発足した。政府が保有する日本郵政グループ各社の株式売却凍結法案に関連し、政調幹部は、民営化を前提とした見直しだと強調した。議論が外に漏れないよう会議室前から記者団を排除するという異常な慎重さでスタートした。「民営化を前提」としたという言い方に、このPTの及び腰がよく見える。
 
 麻生太郎首相は2月5日の衆院予算委員会で、日本郵政グループの4分社化体制について「四つに分断した形が本当に効率がいいのか。もう一回見直すべき時に来ているのではないか」と述べた。おそらく、これを受けてのことだと思うが、「自民党郵政民営化に関するプロジェクトチーム」(PT、中谷元・座長)は「四分社体制の見直し案」を2月26日に発表した。自民党PTの提示した四分社化見直し案が下図に示されているのでじっくりと見ていただきたい。

Photo_2 
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090216/stt0902162332013-n1.htm より)

 私のブログをご覧になっている読者の諸姉諸兄は一瞥して、この四分社化体制の見直し案が肝心な部分で見直しになっていないことに即座に気が付くと思う。そう、「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」の二大超メガバンクが分離したままだからだ。これは非常に奇妙である。もともとの郵政事業の本質は、郵便貯金と簡易保険の業務的合体におけるシナジー効果にあったはずである。ところが、アメリカ政府筋の肝煎りによって実現された郵政民営化の最も重要な改変部分は、①郵便、②郵便貯金、③簡易保険という三事業の完全分離化であった。四分社化を見直そうというからには、三事業の分離の理由を明らかにして、そこに何らかの不具合が見つかったら、もう一度三事業の一体化(バンドリング)を検討すべきなのだ。

 ところが、上図に明らかなように、見直し案も結局は「三分社化案」と「二分社化案」という二種類の分社化案で占められている。分社化案の見直しが、いったいどうしてまたもや分社化案なのだろうか。これではほとんど見直しになっていないと思う。この二案のどちらも「郵貯」と「かんぽ」はセパレートしたままである。最初に問われなければならないことは、巨大金融機関の郵貯とかんぽが分離した方がいいか、以前のように再統合化した方がいいかということである。この議論がなくて、いきなり三分社化、あるいは二分社化の二択しか選択肢がないように結論付けていることは、肝心なところはまったく見直しになっていないことを物語る。

 四分社化体制見直し論の最も重要な箇所は、①郵便、②郵便貯金、③簡易保険という三事業の一体化(再統合)を検討することにある。それを故意に潰しているところに、麻生自民党の怯惰な正体が垣間見える。この郵政PTチームは、国民を欺瞞するごまかしチームであることは間違いない。麻生自民党は、売国小泉構造改革派にいまだに気を遣っているとしか言いようがない。この軟弱な姿勢が麻生政権の致命的な欠点なのだ。麻生政権が少しでも評価に足るものなら、徹底して小泉構造改革と、郵政民営化の売国本質を国民に提示して真の意味での見直しをはかるべきだ。

 アメリカの忠実な飼い犬であり、郵政民営化担当大臣であった竹中平蔵氏が主導した郵政民営化は、いわゆる郵政三事業を、郵便、郵便貯金、簡易保険及び窓口ネットワークの4つの機能に分離して、持ち株会社である日本郵政株式会社の下に、四つの単独な会社組織に分割することであった。民営化主導者の竹中氏は、この四分社案の実現に熾烈に執心した。同時に彼は「小さな政府」構想を繰り返し、郵政事業を市場と同等条件に置くこと、すなわち彼が好んで唱導した「イコールフッティング」を強調した。竹中氏の本心は340兆円の郵政資金と郵政事業が保有する膨大な資産を米系国際金融資本に貢ぐことである。その道筋を整えるための四分社化である。

 だから、四分社化体制を見直すというなら、まず最初に郵貯とかんぽの膨大な国民資産の保護、防衛の観点で見直すことだ。その文脈で「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」の再合体(再バンドリング)を検討するべきだ。つまり、郵便事業、郵貯、簡保という三事業の再統合を検討すべきである。これがない見直し論は国民を騙すペテンとしか言いようがない。麻生首相もゆうちょとかんぽの再合体には言及していない。麻生氏は本心はそれを言いたいが、アメリカが恐くて慎重にその言及を回避しているということろだろう。まったく蚤(のみ)の心臓と言うしかない。私は麻生首相の発言と自民党の「郵政PT」の発表した上の図を見て、郵政民営化見直し論の最も肝心な部分を故意にスルーして、骨抜きの見直し論に堕していることにすぐに気が付いた。

 また郵政民営化が、郵政の金融収奪の危機や、不動産などの国民の優良資産収奪の危機に直面する稀代の悪法であることは肝心な見直し点だが、130年の日本国家のインフラを誇る伝統的な利便性や安心保証の危機についても検討を行う必要がある。

 郵政民営化を実行して何か国民のためになったことがあるのだろうか?「かんぽの宿」の一括譲渡問題などにも、国民資産を安値で外国資本に叩きうるような構図が見えてくる。郵政民営化の本質は売国である。これに加えてユニバーサルサービスの低下や手数料の値上げ、過疎地の地方郵便局の消滅など、インフラから見ても、地域にとってはマイナスの要素が目立つようになっている。郵政民営化は国民資産の外国移転とインフラ破壊以外には何物ももたらさなかったと言える。

 麻生政権はせっかく小泉構造改革に反旗を翻したわけであるから、このような効果のない軟弱な反撃ではなく、小泉政権の悪の本質を暴くストレートな攻撃をするべきだ。郵政民営化の見直しはその格好の標的になる。

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2009年3月 1日 (日)

2004年当時、自民党議員には「四分社化」が外資への売却要件であることがわかっていた

  麻生首相の致命的欠陥は優柔不断である。郵政民営化についても、小泉構造改革についても、それなりにまともな見識を持つと思うが、そのことを前面に押し出して、意見を通し自らの姿勢を貫く覚悟がない。小泉時代に総務大臣の位置にしがみついて、小泉・竹中構造改革路線をまったく批判しなかったことに、その軟弱な姿勢がよく現れている。また、政権の座に着いて、初めての施政方針演説で、小泉構造改革を屹然と否定しなかったことは麻生首相の大失態である。サブプライム問題から発したアメリカの金融危機が対日監視の手を緩め、オバマ政権に変化したことで、小泉路線を批判する気になったと思うが、それは政権初期にやるべきだったと思う。

 2004年9月7日当時、小泉首相は郵政公社の民営化に向けて、二年半後の2007年四月に「四分社化」するという大枠を決めていた。この時、総務省の麻生太郎大臣や郵政公社の生田正治総裁は難色を示していた。自民党そのものも大枠では反対だったようだ。

 当時の生田総裁は四分社化に対して、システム構築対策に大変時間がかかるということで反対していた。しかし、彼は「経営者の良心としてできないことはできない」と断言しているのだ。まあ、四分社化対応のシステム構築は時間と経費の問題だけだと思うが、良心が許さないという言い方は穏やかではない。生田氏は小泉氏にスカウトされて郵政公社総裁になった。彼は小泉構造改革の支持者であり、郵政民営化には賛成論者であった。その生田氏が恩人の小泉氏に対して、不思議なことに四分社化には強い難色を示したのだ。それも、良心の問題とまで言っている。これは尋常なことではない。

 生田氏は郵政民営化や小泉構造改革の支持者であった。その彼がなぜそこまで「郵政公社の四分社化」に忌避感情を抱いたのか、手元の資料にはまったく触れられていない。しかし、このことは容易に推測できる。つまり、四分社化は、生田氏の良心に背反する内実があることを生田氏が当時しっかりと見抜いたからにほかならない。ここまで言えば、神州の泉の賢明な読者さんならすでにお気づきかと思うが、生田氏は四分社化が外資参入を許す体勢作りであることに気付いたという推測が出てくる。つまり、ここが重要なことだが、四分社化という分離形態は、売国的な外資参入への絶対条件だということに我慢ならなかったというのが、彼の反対理由の核心だったはずである。だからこそ「良心」が疼(うず)いたのだ。

 だが、四分社化の本質が「売国」にあることに気付いた生田総裁も、結果的には小泉氏に説得され、これを了承してしまった。米国の後ろ盾がある強大な小泉氏の権勢にひれ伏してしまったのだ。これ以降は主に「小泉政権50の功罪」(鈴木棟一)を参照して書く。

 それにしても小泉氏や竹中氏はなぜここまで強硬に分社化にこだわったのだろうか。彼は郵政民営化を改革の本丸と位置づけたが、もう少し掘り下げた彼の本音を言えば、四分社化こそ、民営化という旗振り作業の底意にあった本心だった。2004年の段階で小泉氏や竹中氏は四分社化を最優先課題としていたことは確実であり、当時の麻生総務大臣や生田郵政公社総裁はそのことに強い懸念を抱いていた。この当時、小泉氏が四分社化にこだわる理由を政府筋の人間が少し触れている。それは、今のうちに分社化を決定しておかないと、2007年の任期が過ぎて政権が変わったとき、かつてのグリーンカードのように廃止法案が出される危惧があり、だから最初から分割を明確にして閣議決定をしておくべきだという考えだった。

 つまり、小泉氏や竹中氏の郵政民営化構想の本音の本音には、国営郵政という巨大な事業体をバラバラに切り刻むという魂胆が確実にあったということだ。2004年当時、分社化論は自民党全体を喧々囂々(けんけんごうごう)に巻き込んでいた節があるのだ。ただしそのことはメディアがまったく伝えなかったから、国民は蚊帳の外に置かれていた。四分社化という形態が、民営化とどう関わるか、あるいはなぜ四分社体制が取られたのかということが、国民に注目されたのは、麻生政権が始動して五ヶ月経った09年2月である。「四分社化」という言葉はすでにメディアに出ていたが、それが意味することを国民に問いかける形で出てきたのは現在なのである。

 ここでとても興味深いことを指摘する。実は、2004年当時は四分社化案はかなりの自民党員に懐疑的にとらえられていた。10月15日、自民党合同部会の最初の議論において、与謝野馨氏ら政調執行部は、党の公約としてマニフェストに書いてあるからと、民営化を前提として議論すべきだと意見を提示したが、小林興起議員がこれに待ったをかけた。彼の言う、政府は党を無視して勝手に基本方針を作ったという反論を皮切りに、政府案への反対論が続出した。結局、政調会長や座長を除き、一般議員の席には民営化賛成論者が一人もいなかったそうだ。

 特筆すべきは、この合同部会の議論で「分社化=外資への売却」論が出ていたことだった。岩崎忠夫、小泉龍司衆院議員らが「分社化したら郵貯や簡保だけを外資に叩き売ることができる。日本の貴重な金を外資に渡すのは売国の行為だ」と指摘しているのだ。結局、合同部会の会議での議論の方向は三事業の分離化を絶対条件とした小泉氏の思惑からは大分隔たって、公社のままで改革、三事業一体化の堅持という意見が多数出た。これに対し、小泉氏やイエスマンの武部勤幹事長は解散風を吹かして党員を脅かしている。

 しかし、この当時の自民党議員がほとんど反対だった郵政民営化が、いつの間にか騒がれもせずに結果的に賛成に覆されてしまっていた。小泉首相は翌年、1月21日の通常国会冒頭の施政方針演説で、郵政民営化の四分社化を明言している。私は外部から相当強い圧力があったと思っている。まあ、推測でしか言えないが、USTR(米国通商代表部)、ACCJ(在日米国商工会議所)、米国大使館辺りから強い圧力をかけられていたと思う。なぜなら、郵政民営化は米国の対日戦略なのだから。この当時の小泉氏が異常なカリスマ性を帯びていたとしたら、それは有形無形のアメリカの下支えが小泉氏に働いていたからだと思う。自民党員は小泉氏や竹中氏の背後霊として君臨するアメリカに恐怖を抱いていたと推測する。現実には横田幕府が睨みを利かせていたのかもしれない。

  こういうことはメディアは絶対に報道しない。この当時、世間に流布され注目されたことは「郵政の民営化は是か非か」という単純な二元論だけだった。四分社化の意味などはいっさい表に出ていなかったと思う。
 冒頭の話に戻すが、麻生首相は優柔不断だ。それでも麻生首相には大きく評価すべきところがある。それは郵政民営化の見直しと四分社化の見直しを首相として公言したことだ。実はそのことこそ、郵政民営化を企てたアメリカと、その実現に手を貸した売国日本人勢力が最も恐れたことであった。武部勤氏のように、自民党内に麻生総理を弾劾する動きが強まっている。その先駆けとして、中川昭一前大臣が米系国際金融資本の毒牙にかけられた。

 日本国内のメディアは、鳩山総務相の「かんぽの宿」疑惑と、麻生首相の四分社化見直し論が出てから、いっせいにそれを封じ込めようとしている。中川前大臣のスキャンダルを延々と報じ、邦画の賞のことを不必要に過大に報道した。そういう報道が一段落した後に、「かんぽの宿」疑惑も、郵政民営化見直しも、四分社体制見直しも報道に出てこない。

 出てくるのは麻生政権を批判する声だけである。売国小泉構造改革是認派は今、構造改革の見直しを必死で阻止しようと躍起である。「かんぽの宿」問題解明は郵政民営化見直しの本丸であるから徹底的に追及すべきである。

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