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2009年5月31日 (日)

「植草事件の真相掲示板」について

植草事件の真相掲示板」に、植草一秀さんご本人が直接投稿されていた。「植草事件の真相HP」には公判速記録等が格納されていて、仔細な裁判記録を見たいときは便利だ。「植草事件の真相掲示板」にも、なかなか鋭い考察や意見が寄せられていて、とても参考になる。

 今日、植草さんの公判で面識のある管理者のgigiさんとも相談したが、gigiさんは、植草さんが遭遇した事件について、何でもいいから気付いたことや感想を書き込んでもらえればありがたいと言っている。私もまた、事件のことだけじゃなく、植草さんが精力的に展開している「悪徳ペンタゴン」について、すなわち「(特権官僚)」、「(大資本)」、「(米国)」、「(御用メディア)」と癒着する「(自公政権)」という悪の相互互恵構造に関する事柄でも、思うところを真相掲示板に書き込んで欲しいと思っている。なぜなら、これからの日本の政治にとって、国民が『悪徳ペンタゴン』を認識することは、非常に重要なことだからだ。

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 植草さんが主宰するブログ、「植草一秀の『知られざる真実』」には、コメント欄が設けられていないので、もし読者さんが、植草さんの記事内容に何かコメントを書きたいのであれば、「植草事件の真相掲示板」に書き込んで欲しいということである。ただし、植草さんご本人は忙しい方なので、投稿に対する植草さんのレスは期待できないと思う。あのように多くの読者がいるブログは、主宰者がコメント欄に逐次レスを返していたら、ブログは先に進まない。ただし、植草さんのブログを読まれた読者さんが、それぞれに感想や意見を述べるのであれば、真相掲示板にどんどん書き込んで欲しいと私も思う。

 植草さんご本人も、時間がある限り目を通されている真相掲示板なので、活発な意見を投稿して欲しいと思う。


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2009年5月30日 (土)

クルーグマンと与謝野大臣の対談を歪曲して伝えたマスコミ(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第169弾です)

 前回、グルーグマンと与謝野大臣との対談を解説した。あのような形でクルーグマンが登場すれば、それなりのインパクトがあるのではないかと期待したが、残念ながらインパクトはそれほど大きくなかった。その理由は、景気対策は国のお金の無駄遣いと決めつけるマスコミの偏向からくるものだ。

 クルーグマンは2度も繰り返し言っていることは、日本の景気対策は方向は正しいが規模が不十分で、もっと積極的にやれということだ。驚いたことに、マスコミはこれには全く触れず、「定額給付金は0点」というところをやたらに強調していた。そのような報道だと、あたかも日本の景気対策はやるべきではないとクルーグマンが言ったような印象を受けてしまう。日本経済はどうなってもよいから、ともかく緊縮財政に戻るべきだというマスコミの冷血非情な連中が、わざとそのような印象を与えるために事実を曲げて報道したかと思わせるような報道であった。

 思い出していただきたい。11月17日の朝日新聞にクルーグマンの主張が出た。以下、彼の主張の一部を引用する。要するに、景気が十分回復するまで巨額のお金を刷って国民に渡せという主張だ。

「大不況克服へ巨額財政出動をせよ。債務増を心配する時でない」
 金融政策が影響力を失い、財政政策しか残っていないというのは、「不思議の国のアリス」の世界だ。この世界では、貯蓄を高めることが悪いことで、健全な財政も悪いこと。逆に完全にムダな政府支出が善いこと。「あべこべの世界」だ。
 ここは長くいたくない。「奇妙な経済学」を永遠に続けたくない。しかし我々は今ここにいるのだ。

 残念ながら、彼の発言は日本人には十分伝わらなかった。その理由に一つには語学の障壁もあるし、マスコミが彼の言っていることを理解しようとせず、大きく歪めて報道していることもある。今のような経済政策を続けていれば、病院に入院中の日本経済が退院できるのは5年先になるかもしれないし、10年先になるかもしれないとクルーグマンは警告した。それなのに「アナウンサーは景気回復は5年先か10年先か分からない。クルーグマンでさえ分からない難しい問題だと」歪めて解説をした。

 国民が政府への不満を持つ背景には、現在の生活の不安があるだろう。政権交代さえあれば、経済がよくなると考える国民が増えても不思議ではない。そうであれば、与野党で一体政策の違いは何かをしっかり議論していただきたい。本日(5月30日)の日経の2面に与党と民主党の政策の違いが比較してある。違いというより、よく似ているということが書いてある。

①省エネ家電の購入への補助
②環境対応自動車購入への補助
③失業者支援で月10~12万円(これは数字まで同じ)
④子育てへの補助⑤高速料金値下げ

 など、そっくりだ。民主党は自民党が民主党案をマネしたと非難する。しかし、これは自民党が一刻も早く景気対策を行って経済危機を乗り越えようと、民主党案を丸呑みして早期成立を目指したということではないだろうか。与野党案が同じであるなら、合意できるものだけでも、早期に成立させて実行すべきであった。与野党の駆け引きのお陰で国民はひどい目に遭っている。

 次のグラフにあるように2007年7月には3.6%だった完全失業率は5%を超えた。

Photo

 一旦失業すると、次の職を探すのは大変だ。正社員の有効求人倍率は僅か0.27%だという。政権争いのとばっちりを受けて国民はひどい目に遭っているということが分かっているのだろうか。

 先日の党首討論で麻生さんの「国民が最も知りたがっているのは西松問題だ」という発言が、マスコミで繰り返し流された。ここだけ取り出すと非常に違和感のある発言いになる。我々が知りたいのは、与野党でどこが違うのかということだ。やはり最も違うのは、財源だろう。与党は主として景気対策は国債発行を考える。これは事実上お金を刷って国民に渡すということであり、我々は支持している。民主党案では、公務員の給料や公共投資などを削って捻出するということであり、そうであれば削った時点でGDPへはマイナスの効果が生まれ、使ったらプラスになり、「国民にお金を渡す」という観点からすれば、一部の国民から取り上げ、一部の国民に渡すということだ。これは景気対策とは言わないのではないか。その点をしっかり分かる形で次回の党首討論はお願いしたい。

 このような100年に一度の経済危機においては、十分なお金を刷って国民に渡すしか経済危機を回避する方法はないことを、民主党も理解してもらいたいものだ。

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悪徳ペンタゴンが必ずやることは、言論弾圧と言論封鎖

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  政治ブログランキングについて言えば、文藝評論家の山崎行太郎さんが言うように、このランキングが上位になると、そこからブログに入ってくる読者数が圧倒的に多くなり、効率よく、より多数の読者に記事を読んでもらえるという大きなメリットがある。植草さんや山崎さんのように、稀代の悪政を行った小泉政権を、舌鋒鋭く批判、指弾するブログは一人でも多くの方々に読んでいただきたいと思う。その意味で、ランキングが恣意的に操作されることは困るのである。

  とは言っても、小泉政権から続く権力筋は、ネットでも政治言論を監視し、政治ブログランキングも恣意的に操作されている可能性は高い。多くの人がそう感じている。特に清和会を中心とする悪徳ペンタゴンは、テレビや新聞、雑誌など、メジャーな媒体を駆使して国民を洗脳することに長けている。当然その魔手はネットにも及んでいるものと考えなければならない。

 特に総選挙が近づいている時期は、そういう動きは活発になるものと思われる。山崎さんも指摘されていたが、小泉政権はメディア・コントロールを露骨にやったばかりか、ネットにも専属工作部隊を忍ばせて、2ちゃんねるなど、あちこちで工作活動を行っている形跡があった。2006年9月に植草さんが京急事件に遭遇したあと、表の洪水のような印象報道をバックアップするようなネットのスレッドが多く立った。彼らが虎視眈々と目を光らせているのは、もちろん政治ブログである。だから、上位にランクされる政治ブログなどは、その内容が監視され、権力に都合の悪い言説が伝播しないように色々な手を考えているように思う。

 特に植草さんのブログの場合は、御用マスメディアによって国民にかけられている洗脳が解除される効果を持つ情報が発信されている。植草さんがブログで発信している情報は、悪徳ペンタゴンが最もナーバスに監視対象としているはずである。政治ブログで、小泉政権を継承する悪徳ペンタゴンに、最も要注意人物としてマークされているのは植草さんであろう。それを思えば、たとえ、植草さんがブログやランキングの会社を変更しても、似たような妨害活動はあると思われる。

 彼らは何としても植草さんのブログの息の根を止めようと画策するだろう。しかし、植草さんのブログを見守っている大勢の読者がいる限り、下手な小細工は却ってやぶへびになるだろう。

 個人的に言うなら、ランキングが上がればブログ主催者は、ある程度の心理的な達成感や満足を得ることはできるだろう。しかし、それとは別に、特に政治ブログは、主催者が真剣に国益や国民の幸福原理を希求して書いている場合は、一人でも多くの目に触れることを願っている。植草さんの場合は、悪徳ペンタゴンの悪巧みに、国民が騙されないように必死でブログを書き続けている。しかし、悪徳ペンタゴンの息のかかった清和会の牛耳る自公政権は、植草さんに、小泉政権及びその継承政権の真相を暴かれたくない。だから彼らは、植草さんのブログ発信を、あの手この手で妨害しようと企んでいる。

 政治ブログは、百人いれば百様の意見や見解がある。ブログや掲示板に書かれる意見は、政治動向や経済動向に対して、個々にそれぞれの見方を提示している。それが必ずしも正鵠を射た意見ではなくても、ブログや掲示板は、それなりに個人の想いが整理された内容となって表出する。ブログに表現されるものは、管理者の脳内イメージを文章化したものだ。

 政治ブログが興味深いのは、同じ社会現象や政治の動きを見て、幾通りもの解釈や見解があるが、個々のブログの表現様式の違いの中に、じつは共通したイメージがあることに気付く。つまり、ブログ主催者の個性によって表現形態は異なるが、内容的に読者に与えるイメージやメッセージは、意外と共通認識だと思うところが多い。

 たとえば、小泉・竹中構造改革路線については、さまざまな見解があるだろうが、総じて(1)と(2)という二つの見方に分かれている。

(1)自公政権の大方の議員が認識する見解。彼らは言う。構造改革によって、日本の体質は大幅に是正されたが、反面、急速な改革によってひずみが生じ、それが痛みとなって、国民を苦しめている。だから、構造改革は引き続き推進する必要があるが、痛みを受けている部分には、思いやりを持って充分な配慮をする必要がある。

(2)もう一つは、私もその中に含まれるが、小泉・竹中構造改革路線とは、典型的な新自由主義路線であり、国民生活を破壊する暴政だったという見解だ。その実態は、年次改革要望書の強硬な具現化、そして規制改革の名の下に、実に多くの無茶な規制緩和を敢行し、セーフティネットを破壊し、中流層の崩壊とともに、富の再配分も切り崩した。その結果、人間性が潰される非情な格差社会ができ上がった。国民利益に相反する政策理念は、一部特権階級、大企業、外国資本に利益供与を行う売国政治であったと言える。

(1)の見解を持つ者は、米国に隷従し、社会の健全性や国民の幸福をまったく考えていない有害な日本人である。彼らは、小泉・竹中構造改革は、基本的には善であり、一部を修正すればすべてうまく行くという考え方を持つ。これは自己欺瞞であり詐術である。しかし、彼らは自覚している、していないに関わらず、市場原理一辺倒の新自由主義推進論者である。

 政権交代の目的は、悪徳ペンタゴンが敷いた自公政権の新自由主義路線を根本的に軌道修正することである。そのためには、日本をここまで奈落のどん底に落とした小泉政権の政策の本質を、全面的に究明する必要がある。

 最後に、植草さんのブログに対し、悪徳ペンタゴンが手を回し、あの手この手で妨害をしようとしている状況を見て、私は日本の社会が翼賛体制に向かっていることをひしひしと感じる。この状況から容易に類推できることは、このまま自公政権が存続した場合、ネットの政治言論は間違いなく封鎖されてしまうということだ。既存のマスメディアが権力の走狗に堕している以上、最後の言論の牙城であるネットや、鹿砦社の『紙の爆弾』のような言論雑誌が狙われることは必然だと言えよう。

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2009年5月29日 (金)

植草さんの政治ブログ・ランキング急落について思うこと!!

  植草一秀さんのブログ・「植草一秀の『知られざる真実』」は、政治ブログ・ランキングでずっと第二位の順位をキープしていたが、最近は第三位とか第四位になっていて、訝(いぶか)しく思っていた。訝しく思っていた理由は、このランキングを使っている自分にも、かつて、似たような経験を思い出したからである。

 二年前くらいになるが、弊ブログにて『アンチの動機を考える(彼らの反擁護のスタンスとは?)』という記事を書いたとき、アクセス数が、それまでの二倍までは行かなかったものの、この記事のアクセスは急増していた。当時は順位が30位くらいだったような気がするが、アクセスが極端に増えたからランキング順位も上昇するだろうと思っていたが、逆に五番くらいいきなり下がったので不可解な思いを抱いていた。

 アクセスが増えても、読者が記事内容に不満を覚えればクリックしないという場合もあると思うが、その記事は自分が植草さんの国策捜査を訴えていた流れに沿った記事であり、それまでの経緯を思うと、クリック数が減ることは考えにくい状況だった。この記事の中で私は、植草さんを貶めようと必死にブログなどを立ち上げているやから(アンチ=つまり反擁護派)は、「統制国家的官憲無謬論に立脚しているのではないか?」と、思いっきり皮肉を込めて書いているが、当時は植草さんを嵌めた者たちが、その言い方に反応したのだと思っていた。まあ、それはともかく、当時もこの政治ランキングについては、恣意性が働いているんじゃないのかという噂はよく目にしていた。文藝評論家の山崎行太郎さんも、一時そういう疑念を書いていたことがある。

  植草さんは、ご自身のブログへのアクセス数と「人気ブログランキング」におけるポイント数との乖離の原因は、「リンク表記に20字の字数制限が存在することにまったく気付いていなかった」と書いておられるが、「リンク表記20字以内制限」はいつからだったのだろう。私のブログ開設は四年前に遡るが、そのことは記憶にない。当時、ランキングに加入していたブロガーさんはこれをご存知だったのだろうか?いつからリンクテキストの文字制限があったのだろうか?

 もし、気付かずにリンクテキストが20文字を超えているブロガーさんがいた場合、人気ブログランキングさんの方で、トップページなどに注意喚起をして欲しいと思う。特に上位50番以内にあるブログなどには、個別に注意喚起をメールで送付してもいいような気がする。このリンクテキスト文字制限については、いつから禁止事項になっているのか、ご存知の方がいたら、教えていただきたいと思う。奇妙なことは、この禁止事項が最近のものでなければ、植草さんのブログには初期開設当時から、ペナルティがかかっていたことになるが、その気配はなかった。なぜ今頃になってランキングポイントが減ぜられるのだろうか。

 このリンクテキスト制限が、最近の追加的禁止事項であれば、上位ランク者への通知義務があるような気がする。リンクテキスト表記文字数などは、ブロガーの悪意とはまったく関係ないことであり、それに抵触したからポイント数を減じるなどもってのほかだと思う。その禁止事項の効力を発動する前に、上位ブロガーには事前に周知徹底するほうが先決であると思う。これはランキングへの政治的な干渉ではないだろうか。何だか、きな臭い香りがする。

 前記事に警告文を寄せていただいた「高原千尋の暗中模索」の管理人さんの憂慮などを考えてみると、この件には政治的干渉が関わっているかもしれない。そこで、この件にかんして、四者のご意見を以下に記載しておく。

(1)ななしさん
     --------
失礼ながらブログの影響力はTV等のマスコミに比べると微々たるものです。
そこにさえ弾圧を加えるとすれば異常としか言いようがありませんね。
小心かつ異常であります。
僅かな異論さえ認めないと言う事はもはや民主主義では無く全体主義であります。
戦前・戦中の共産主義者や反戦主義者弾圧に似たものを感じますね。
この国を新自由主義ファシズムにしようと言う意図が感じられます。
麻生氏個人には好感を持っておりますが、やっぱり最大派閥の清和会町村派や層化公明からは自由でありえ無いようです。
やっぱり政権交代が必要なんでしょうかね。
小沢氏が院政をやって影響力を保持するなら民主党でも構わない気がします。
駄目ならまた政権を替えれば良いだけの話しですしね。
戦後一度も政権交代しない民主主義国家の方が異常でしょうし。

   投稿: ななし | 2009年5月29日 (金) 12時59分

(2)B義 様

  只今、政治ブログのランキングを見てみましたところ、植草氏のブログは4位にまで転落していました…
そのついでに上位20位のブログを見てみたのですが、これが驚くべきことに、植草氏・山崎行太郎氏・天木直人氏の3ブログ以外は全て体制寄り・ネットウヨ系のブログだったのです。
尤も、言うまでも無くブログはネット上にあるわけで、現在ネット上に多くのネットウヨが蔓延っていることを考慮すれば、ネットウヨ系ブログが人気を博するのは自然なことなのかもしれませんが、植草氏の件も合わせてやはりランキングサイト側のいかがわしさは払拭し切れませんね。17/20も体制寄り・ネットウヨブログではねえ…
因みに、確認しておきたいのですが、例の「20字以内制限」は、最近になって設けられたものなのですよね?

>>昔の読者様
 私もスポンサーリンクをクリックしてみました(IEとFireFoxで)。
すると、やはり植草氏ブログのトップにアクセスされました。こちらの方には、スポンサーリンクも表示されていませんでした。
 ただ、スポンサーリンクの上にカーソルを置いてみてブラウザの左下の部分でアドレスを見てみたところ、植草氏ブログと同一のリンクになっておりましたので、これ自体は不可解なことではなさそうです。
 尤も、スポンサーリンクのリンク先が何故植草氏ブログになっているのか、及びスポンサーリンクから植草氏ブログに行った場合には何故スポンサーリンクが消えるのかは謎ですね…

投稿: B義 | 2009年5月29日 (金) 14時03分

(3)在米大和魂 様 (「植草事件の真相掲示板」より転載)

ランキング急落について 憶測  投稿者:在米大和魂  投稿日:2009年 5月29日(金)02時49分39秒   

   私はつぶさにランキングの推移を観察していましたが、5月25日ごろ、「政治ブログ」で上位に位置していたブログのカウント数が軒並みダウンしました。その当時植草ブログに次いで3位に位置していた三橋貴明氏のブログ「新世紀のビッグブラザーへ」の5月25日の投稿『「報道拒否」というテロ行為』に、以下のような書き込みがあります。

『本文とは関係ないのですが、何か「人気ブログランキング」でポイントが増えないときは、他のブログも同様に増えない傾向がありますね。当ブログだけではなく、植草まで100,000切ってしまっています。なぜでしょうか。(とりあえず、本日の内容が気に入られましたら、是非クリックして下さいませ M(_ _)m)』

はい。
これは、急に植草ブログのポイント数だけを下げても怪しまれないようにするための、ソフトランディングを狙った工作ではないでしょうか?
さて…その少し前の植草さんのブログには、どんな内容があったでしょうか???

…はい、これしかないですね。
2009年5月24日 (日)
『失政主犯竹中平蔵氏延命に懸命の田原総一朗氏』
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-a5c8.html

おそらくは、この記事が、『誰か』の疳に障ったのではないかと拝察します。
 T中、官邸のI島、あるいは子鼠は、植草さんが活動を続けている限り、枕を高くして眠れないのでしょう。かつてこれほどT中を具体的に、かつ鋭く批判した記事はありませんでした。

『竹中さん、嘘を言ってはいけない。2001-03年の日本経済崩壊は、小泉竹中経済政策によるもので、03-06年の改善は焼け野原からの軽微な改善に過ぎない。』

 今回のランキング降下措置は、それ自体が目的の嫌がらせ?あるいは、『また痴漢か何かで捕まえるぞ』という『警告』なのでしょうか????彼らからすれば、ブログランキングをいじるぐらい、造作もないことです。

…ご健筆をお祈りしています。神様はみんな見ているでしょう。 

(4)昔の読者 様

神州の泉様
そして高原様

恥ずかしながら本日昼休みにネットサーフィンをしていて初めて植草先生が冤罪だった可能性が高いということを知った者です(先生が賞を取られた著作で感銘したのに申し訳ないです)。そしてネットの危険性についても初めて恐怖を覚えた者でもあります。

さて、ネットに書き込みをしたことのない私がこうして書いているのは、みなさんの書き込みを見てあることに気がついたからです。

私は普段、IEを使用していない(単に遅いからですが)のですが、久しぶりにIEを立ち上げ、ヤフージャパンサイトに行き、植草先生のブログを検索するといろいろと出ていたので、一番上のリンクをクリックしました。すると無事に先生のブログにたどり着きました。ところが、ブログの頁の中にスポンサーサイトへのリンクが複数ありました。私は植草先生をスポンサー支援する人がいるのだなと思ってリンクをクリックするとスポンサーサイトへ飛ぶことが出来ず、もとの植草先生のブログの頁に飛びました。植草先生のスポンサーに対する嫌がらせがされているのかと思い、今度は単純にクリックせずに右クリックで別のwindowsを開いてそのサイトにアクセスしようとするとブランク頁が現れました。そこで、今度はリンクの近くに記載されているネット上のアドレス(うろ覚えですが、一つは、matushita-trade.comだったと思います。)をわざわざ入力してその頁に飛ぼうとすると、今度は変なサイトへ誘導されます。これはいったいどうしたことだろうと不思議に思って、最後に神州の泉様のブログへ戻り、そこから植草先生のブログへ飛んでみると、なんとそこにはスポンサーリンクなど存在していないではないですか!

私は夢を見ていたのでしょうか?それともヤフーから飛んだ植草先生のブログの頁は実は、そっくりに作られた別のサイトなのでしょうか?私にはさっぱり分かりません。

取り急ぎ。
乱文乱筆で失礼します。

投稿: 昔の読者 | 2009年5月29日 (金) 13時08分

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2009年5月28日 (木)

植草一秀氏の「「人気ブログランキング」でのポイント急減について」について(高原千尋氏より)

 (※今日、「高原千尋の暗中模索記」というブログの管理人さんから下記の投稿をいただいたが、重要だと思うので掲載する。テクニカルなことなのか、どこかで故意が働いているのかわからないが、情報操作の意図があるとすれば大問題である)

  植草一秀氏の「「人気ブログランキング」でのポイント急減について」について

高原と申します。
 突然、別件でお邪魔をさせていただきます。
私は植草氏を陰ながら応援しているものの一人です。その関係で以前より、神州の泉様のブログを以前より拝読させていただきております。

 早速本題ですが、勤務先のPCで、<植草一秀の『知られざる真実』>へのアクセスが5日ほど前より、制限されるという事態が発生していました。あるネット監視ツールで閲覧禁止になったのです。『知られざる真実』が、なぜか「ポルノ」に分類されていました。

 システム管理者に確認したところ、社内の問題ではなく、ソフトウエア提供者の側が何か設定したのではないか、ということでした。現在はシステム管理者にアクセス可能に復元してもらい、閲覧可能状態になっています。しかし、同じソフトウエアを導入している企業ネットワークでは閲覧禁止状態になっている可能性が考えられます。

 こうした状況にあって、5月28日に<「人気ブログランキング」でのポイント急減について>という記事を植草氏が掲載されました。タイミングが私の問題とほぼ重なることから、これはもしかすると巧妙な言論攻撃の可能性があるのではないかと推察しております。警鐘を植草氏に届けたいのですが、メッセージを届ける先が分からず、また私のブログでは視聴率が低く、届かない可能性があります。そこで、植草氏とパイプが大きく、植草氏の支援者の多くが閲覧されているであろう神州の泉様のブログをお借りして、メッセージを発信させていただきました。

 ことがことだけに、間違いや誤解があると問題がありますので、監視ソフトウエアの社名などは伏せさせていただきます。もし、同じような問題を認識されている方がおりましたら、何らかの形で植草氏にメッセージを届けていただければと思います。

 もし植草氏にこのメッセージが届きましたら、ITの専門家にご相談いただくなど、くれぐれも慎重にご対応いただきますよう、お願いしたいと思います。

 神州の泉様、勝手に、スペースを使わせていただき、大変に申し訳ございません。深くお詫び申し上げます。

高原千尋
http://blog.goo.ne.jp/hardsix/

投稿: 高原千尋 | 2009年5月28日 (木) 10時20分

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2009年5月24日 (日)

クルーグマンと与謝野大臣の対談(小野盛司)

     (日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第168弾です)

 本日(5月24日)のフジテレビ報道2001で、クルーグマンと与謝野大臣の対談があった。与謝野大臣がクルーグマンの著書をよく読んでおり(しかも原書で)一生懸命理解しようとしていることを知り、与謝野大臣に対する私の評価は、少なからず上がった。この番組での発言で重要な所を少しピックアップする。クルーグマンは私が言いたかったことを、代弁してくれている。

クルーグマン:日本は輸出中心、耐久性のある製品を輸出していて、こうした(世界不況の)影響を大変受けやすい。日本は「失われた10年」から完全に回復したわけではなかったというわけです。今振り返ってみれば、日本は2003年に景気回復が始まってから緊急経済対策を止めてしまった。利率はほぼ0にし続けるべきだったし、もっと財政の拡大をし続けるべきだった。その結果日本は失われた10年の状態に戻っている。今は失われた25年の状態に突入している。(まさにその通りである。大規模経済対策を続けていたら、日本経済はこれほど悪くならなかったはずだ。)

景気回復にはどうすればよいか

クルーグマン:こういった状況では物事は簡単ではないですが、私は実現可能なインフレターゲットがあればいいと思います。

【筆者のコメント:クルーグマンは日本に4%のインフレターゲットを設定するように提案している。デフレ脱却には若干高めのインフレターゲットを設定したほうがよい。日銀は、何と0%~2%を目標にすると言っている。こんな低いターゲットは異常であるし、馬鹿げている。】

与謝野:経済にとって健全なインフレ率というものは私は存在すると思っています。

吉川洋:問題は2~3%くらいのインフレをどうやって起こすことができるか(この答はクルーグマンの言うように、お金を刷って大規模な財政出動をすることなのだが、多分ここで、与謝野、吉川氏はインフレ政策は悪魔的だという主張をしたのではないか。インフレが庶民の財産価値を落とすという与謝野氏の主張。しかしクルーグマンはこれをはっきりと否定する。)

クルーグマン:一つ決定的に同意できないことがあります。テレビ的には嬉しいことでしょうが。インフレに対する恐怖はひどく強調されすぎています。(これは与謝野氏がインフレ政策を悪魔的政策と酷評したことに対する反論だろう)それは大洪水のまん中(集中豪雨のときにと言いたかったのだと思う)で火事の危険を叫ぶようなものです。日本銀行がインフレ率を発表する事を恐れているのは分かりますが、その目標を公表するのが大切なのです。2%でもある程度効果があるでしょう。(もちろん、彼は4%ならもっといいと言いたいのだ。番組でカットされたのかも。)

 (クルーグマンは日本の景気対策についてコメントした。エコポイントに関しては評価保留だ。エコポイントが何に使われるか決まっていないだけと説明すれば、そう答えるしかない。定額給付金の2兆円に関しては評価はゼロだった。しかし、評価しなかったのは額が少なすぎたからであり、これを50兆円の対策であったら賛成したのではないか。後でクルーグマンは、経済対策の方向は間違えていない、規模が小さすぎるだけだという意味の発言をしている。)

クルーグマン:他の国で失敗しているのに、日本がこの政策を実行しているのは意外です。米国でも同じ政策があったが、全く駄目でした。米国では歴史的に見て給付金は使われず、ほとんど貯蓄されます。私ならこの政策はやりません。

与謝野:多分、消費に回るほうが、貯蓄よりはるかに多いということが、過去の経験から推定できるので、定額給付金というある種の減税をやった。
(定額給付金は、即効性という点では、あまり期待できないかもしれないが、収入はいつかは使われるものだと考えれば、効果はあるはず。この点では私は与謝野氏に同意する。)

アナウンサー:では、何が必要だと考えるか

クルーグマン:私なら過去に前例のないレベルの金融政策を積極的に進めます(お金を刷る政策ということだ)。ドイツと日本はとても似た状況にあります。両国とも輸出に大きく依存し製造部門に強く金融部門は比較的安定しています。しかし、日本にはドイツにはない利点があります。ユーロに縛られた国よりも積極的な金融政策を取る力を持っているということです。(これは非常に重要なポイントだ。EUという経済共同体を維持しようと思うと、加盟国が勝手にお金を刷っていたら、EUは滅茶苦茶になってしまう。例えばある国の特定の州が通貨発行権を与えられていて、その州だけがどんどんお金を刷り始めたらその国は滅茶苦茶になる。これと同じようにドイツも自由にお金を刷って財政を拡大するわけにいかない。ドイツはEUの一つの州のようなものだからだ。しかし、日本はどの経済共同体にも属さず、そのような制約はないからお金を刷れる。

与謝野:私は日本銀行ではないんで。(金融政策には口出しできないと言いたいのだ)

クルーグマン:でも話さなければならない。

与謝野:もちろん、よく知っています。彼ら(日銀)は我々の期待以上に非伝統的な政策(お金を刷る政策)を取っています(いえいえ、あれではとても足りません)。彼らにこれ以上期待してルースマネタリーポリシー(自由な金融政策)を取れということはほとんど無理なことだと思います。

クルーグマン:いえいえ、余地はいくらでも残っています(それはそうだ。刷ることができるお金には上限はない)。繰り返しますが、日本の財政政策は正しい方向に向かっています。しかしもっとやるべきなのです。(ここが重要なポイントだ。もっと大規模な財政出動をやらねばならないということ。)

与謝野:我々が作った政策は金融と需要を作り出すこと。この2つしかありません。(番組からのコメント:この2つの制作はクルーグマンの著書を参考にしたもの。大臣は著書が発売される前に原文で読んでいたという)

与謝野:非常に興味あるおもしろい本です。その最後に書いてあるたった2行のことですが、私はその本を補正予算を作る前にちゃんと読んでいて・・・
(その2行とは「世界の政策指導者は2つのことをする必要がある。それは信用フローを回復すること。そして消費を喚起すること」)

番組からの質問:財政出動は需要を増やすのか

与謝野:今回の財政出動の規模はGDPの3%におよんでいます。その効果は今年のGDPを2%押し上げる効果があります。ほとんど米国と同じような規模の財政政策をやっていると考えています。

クルーグマン:米国の政策がそうであったように、日本の政策も間違っていません。しかし、もっと積極性が欲しいのです。(つまりもっと大規模な財政出動が必要だと、ここでも念を押した。)

与謝野:麻生総理はもっとたくさん財政出動をせよとおっしゃいました。それが本当にワイズスペンディング(賢い支出)かどうかは一つずつチェックしました。

クルーグマン:経済学者ケインズはこう言いました。できるならばお金は賢く使え、しかし賢くない使い方でも役に立つことがあるのだ。ともかくお金を使うべきなのです。(つまりどのような形であれ、お金を国民に渡すことが重要なのだ。大規模な財政出動でなければ十分お金が国民に渡らない。様々な経路で国民にお金が渡る。どれが悪いなどと細かくケチをつけていたら、大規模な財政政策などできるわけがない。これは民主党に理解して欲しい点だ。)

与謝野:今回の財政出動は大胆すぎると我々は批判を受けています。どうせお金を使うのだったら、一時に人を驚かせるほどの額を使わなければいけないというのが我々の考えでした。(15兆円程度では誰も驚かないのだが

クルーグマン:そうでしょう。全く一緒です。オバマ政権は、お金を使いすぎると多くの人が批判している。しかしオバマ政権はまだ全然少ない資金しか投入していないと思います。中途半端な政策は何もしないのとお案じくらいタチが悪いのです。

アナウンサー:日本の景気回復はいつ頃か。

与謝野:たぶん来年の春には日本の経済はプラス成長になっていると私は思います。(ちょっと待って下さい。2008年度と2009年度で日本経済は7%位縮小する見込みで、その後プラス1%~2%成長しても、それは景気回復ではないでしょう。2007年から来年春までの平均成長率は絶対に大きなマイナスになることは間違いなく、それは景気回復とは言えないですよ、与謝野さん。

クルーグマン:米国について言えば、今年の終わり頃には経済は回復の兆しを見せる可能性が高いと思います。日本は患者は最悪の状況は脱したと思います。しかし、いつ退院できるか分からない。5年後かもしれない。10年後かもしれない。(こんな貧弱な経済政策では、今後5~10年は、日本経済は病気で入院中の状態が続くというのが彼の考え。)

与謝野:米国もヨーロッパも日本も手品のようなことはできません(彼は、お金を刷る政策を「手品」だと言う)。汗と知恵を出さなければ本当の富(刷った金は本当の富でないといいたいのか。デフレで消えたお金を取り戻すだけなのに。)を作り出すことはできないと思っています。

クルーグマン:しかし、現在の世界経済危機では、ひょっとしたら魔法のようなことができるかもしれません(お金を刷る政策で経済復活は可能ということ)。ケインズはこんなことを言っています。私たちは強力なエンジンがある(財政出動のこと)けど、一つ異物(お金を刷ることが悪いのではないかという迷信)があって、動き出さないだけで、その異物を取り除けばエンジンは動き出すのだと。私たちは、その異物がどこになるのかを見極めなければならない。

アナウンサー:どの産業が日本を救うと思いますか。

クルーグマン:分かりません。希望があると思っているのは、米国、そして環境産業です。どんな産業なら新しく投資をしてくれるか真剣に考えねばなりませんね。環境方針を厳しくすることによって、得られる可能性に皆投資するのではないかと思います(環境エネルギーに大規模投資をせよという我々の主張と同じだ)。大規模で明確な温暖化対策を打ち出すことは、かなり役に立つのではないかと思います。日本はそこで大きな役割を果たせるのではないかと思います。

 もちろん、誰も特効薬を持っていません。いやこう言い換えましょう。特効薬はあるかもしれないが、それがどんなものか誰にも分からないのです。あらゆるボタンを押してみることが大切なのですから。どれにどれだけの効果があるか分からないのですから。(ともかく、お金を刷って色んな方法で国民にお金を渡していれば、そのうち健康を取り戻し、退院できるようになる。

与謝野:私は今年の経済対策をクルーグマン先生の本に合致するかどうか、いつも考えていましたから、今日お目に掛かって非常に光栄だと思っています。とても得られるものが多い対談でした。

(だったら、もっと大規模な財政出動をせよという彼のアドバイスに従いましょうよ、与謝野さん。財源の問題をもっと議論して欲しかったですね。そうすれば、お金を刷りなさいというクルーグマン氏の主張がもっとはっきり分かった。もっとも、番組の冒頭で、彼の「お金を刷りなさい」という主張を紹介している。

 ポール・クルーグマン『世界大不況への警告』より引用しよう。アメリカを代表する経済学者ポール・クルーグマンは日本経済の現状が1970年代のベビーシッター協力組合で起こったことと、そっくりだという。詳しくはこの本を読んで頂きたいが、この協力組合では、約150組みの夫婦からなり、ベビーシッターをお互いにしあうために、クーポン券を発行した。ベビーシッターをしてもらったときに、クーポン券を渡した。しばらくすると余り使わずに、将来に備えてどんどんクーポン券を貯め込む人がでてきた一方、逆にクーポン券が不足する人が出てくるようになり、それはだんだん使われなくなり、うまく機能しなくなった。会員の多くが将来に備えできるだけ貯えておこうとしたからだ。

 いわば、景気後退、つまりデフレ状態なのである。役員達は、「構造改革が必要だと言い、一ヶ月に二回外出することを義務づけた。しかしこの構造改革は失敗に終わった。経済学者は、もっと発行量を増やせばちゃんと機能するようになると予言し、実際発行量を増やしたら、正常に機能するようになったという。なぜ発行量を増やしたら皆が使うようになったのだろう。それは、もうこれ以上貯めてもしょうがないほど、充分にクーポンを皆さんが入手したからである。つまり、デフレは構造改革では、解決できなかったが、単に発行量を増やすだけでちゃんとクーポンが流通するようになったということである。クーポン増発は「禁じ手」だろうか。そんなことはない。益あって害無しだ。この制度を円滑に運営するためには、不可欠の方法である。クーポンは少なすぎても、多すぎても機能しないのだ。

 35頁『換言するならば、景気後退は、ただ紙幣を印刷することによって解決することができるのだ。景気後退は時として(ないしは常に)いとも簡単に解決可能な問題なのである。』クルーグマンによれば、日本の不況は、構造改革によっては、克服することはできないが、紙幣を印刷すれば簡単に解決する。)

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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先に進むために、小泉・竹中構造改革の見直しは重要

 今日は田原総一郎氏司会のテレ朝の番組「サンデープロジェクト」を見ていた。竹中平蔵氏と自民党元幹事長の加藤紘一氏が小泉構造改革について対論していたが、両者の見解は総じてすっきりしないものだった。加藤紘一氏は小泉構造改革を批判する本を出したそうだが、内容が気にかかる。加藤紘一という人は、管理人の思想的スタンスから言えば、チャイナ・ゲートの中心に位置していて問題の大きい人である。この人の中国寄りは売国の域にあると思う。だから、けっして好感は持っていない。政治姿勢も一貫性がなく腰砕けだという印象がある。

 確か森政権の時、森総理に謀反(むほん)を企て、それなりに期待させたが、すぐに腰砕けになって、謀反の撤回をしたという、実に格好の悪いできごとがあったような気がする。どんな政治スタンスでも、決起行動を途中で挫折させるのは政治家の恥じである。まあ、そのような人でも、彼が小泉構造改革を面と向かって批判した本は読んでみたい気がする。竹中氏は相変わらず構造改革が中途半端だから、日本が陥った深刻なデフレ経済は浮揚しないのだという論調をごり押ししていた。

 竹中氏という人物が、相変わらず厚顔無恥だと思ったのは、1990年代の「失われた10年」の是正に一役買ったのが小泉政権の成果だと強調していたことだった。この話に含まれる悪質な嘘は、宮崎学氏の「直言」に書かれた植草さんの次の小泉政権批判によく出ている。

 以下は「Uekusa レポートPlus」の2006.06.25 第10回「失われた5年-小泉政権・負の総決算(4)」から一部引用。
____________________________________________
  小泉政権の経済政策は2003年春に事実上、完全破綻した。緊縮財政政策と企業の破綻処理推進の組み合わせは、日本経済を金融恐慌の入り口まで誘導し、多くの罪無き国民に悲痛な苦しみを与えた。結局、「自己責任原則」を代償として完全放棄することにより、金融恐慌を回避したのである。一連の経過のなかで、外資系ファンドを中心に巨大利益を供与された人々が存在することを忘れてはならない。
 小泉政権の政策評価に際してもっとも重要であるのが、2003年のりそな処理なのである。このりそな処理についての厳密かつ客観的評価なくして、小泉政権の政策評価は不可能である。2003年から2006年までの株価反発、経済改善をもって小泉政権の「改革」政策を高く評価するような軽薄な論評には、まったく存在価値が無いことをしっかりと見抜かなければならない
  ____________________________________________

  小泉政権のやったことは、福祉の切り捨て、累進課税構造の変更による大企業優遇、中小零細企業への税制的圧迫、非正規社員の増加、国家的安定システムとして、我が国の社会を守っていた郵政事業を解体し、その莫大な富を市場経済に投擲(とうてき=放り投げること)したこと等、彼の政策的行動原理がすべてフリードマン思想に立脚しているのである。官僚主導構造を縮小するという意味合いでの「小さな政府」ではなく、セーフティネットを無残に切り捨てるという文脈における「小さな政府」の断行であった。

 もちろん、小泉構造改革の知恵袋として、この悪辣な政策の数々を牽引した竹中平蔵氏は、彼の政策的な基本スタンスが、新自由主義の開祖的存在であるフリードマンの思想であることは充分に承知していたと思う。その彼が、公共の電波で「自分は新自由主義者ではない」などと平然として言い切る態度は醜悪である。

 竹中氏は加藤氏を、失われた10年を作った張本人の一人なのに、それを是正する改革を非難するのはおかしいと言っていたが、それこそがおかしいのである。自分のことを棚に上げて他者をあげつらう言い逃れが醜い。自分が敷いた郵政民営化で、その始動を監督もせず見届けもせずに議員を辞職したその行為こそが無責任のきわみである。米系外資が郵政資金の収奪をしやすくなる環境を整え、郵政利権の収穫ができるように道筋を付けたら、後は野となれ山となれという心境が露骨にあらわれていた。

 小泉政権の2003年以降の株価反発や経済改善は、構造改革が奏功した結果ではなく、植草さんがダイレクトに指摘したように、それまでの政策スタンスを真逆に切り替えたせいである。自己責任原則を放擲(ほうてき=投げ出すこと)して、頼らないはずの政府に全面的に頼るという大変節をしたのである。それならば、それまでの厳格な自己責任原則の適用は何だったのかという話になる。何年にも及ぶ無用な景気低迷と、年間3万人を超える自殺者は生み出す必要がなかったことになる。

 小泉改革をひと言でいうならば、『日本破壊』なのである。小泉・竹中構造改革が、「隠しモデル」として採用したのが「新自由主義」であった。これはアメリカが陰湿に仕掛けていた年次改革要望書の意を百パーセント汲んで行われていた。加藤紘一氏が言ったことで、納得したことは、小泉構造改革の新自由主義が、市場主義経済だけを念頭において、社会を無視したことだということである。これはまったくその通りである。新自由主義路線には、社会の実体がなく、国民の幸福や福祉が完全な形で無視されてしまう。

 そこにあるのは、金持ちだけがいかに効率よく金を稼ぐかという、無情な金銭至上主義だけが見えてくる。資金力、資本力のない一般庶民や中小零細企業は、大企業や大金持ちに搾取され、収奪される対象としてのみ認識されている。階級格差社会とは金持ちと奴隷階級の二極分化社会のことである。この体制造りの中心を担った竹中平蔵氏の罪は重い。

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2009年5月20日 (水)

④裁判員制度導入の根本的な胡散臭さ

  いよいよ裁判員制度が実施される。

 この制度は「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」という名で、2004年の5月21日に成立した。これから、ちょうど5年後の明日、5月21日に施行される。7月下旬から実際に法定に一般市民が参加する。政府はいつものことながら、国民にあまり知れ渡っていない状況であるにも拘らず、充分に説明責任を果たしたと言っている。だが、マスコミが通知する内容は形式的であり、裁判員制度がすでに国民に充分に容認されているという前提で広報した。

 制度実施を明日に控え、正直、国民はこの制度成立にかなり不可解な思いを抱いている。この制度を肯定的に説明する有識者は、間違いなく「向こう側=御用有識者」の陣営である。向こう側の陣営とは、植草さんが語る「悪徳ペンタゴン」に与し、その考え方を擁護し推進する輩(やから)である。この制度は悪法だと思う。なぜなら、法曹の専門的なことは省くが、この制度の成立起源と設計理念がはなはだ怪しいからである。

 まず、難しいことを言わずとも、この制度は小泉内閣の司法制度推進本部がまとめたものであり、そのことだけでも、この基本構想が国民利益や生活向上を見ていないことは明らかだ。では、この制度設計が誰の思惑で、何を目的にして為されたかと言うなら、それはアメリカの日本収奪の一環として構想されたことであり、国内にいる半島系の有力者、及び買弁日本人有力者たちの日本解体意志が結実した結果、もたらされていると言える。

 後期高齢者医療制度などによく現れているように、小泉内閣が行った数々の棄民政策とは、改革と称する百個の政策があるとすれば、その中の99個は国民に有害な政策と考えてもいいような気がする。簡単に言えば、小泉・竹中構造改革路線とは、一部の特権富裕階級、大企業、外国資本の利益一辺倒を志向し、一般の国民や中小零細企業を、奴隷的立場に追いやって、限りなく収奪される対象と化した極悪の政権だった。

 これを実行するために、悪徳のペンタゴンは、数々の胡散臭い法律を美辞麗句で装い、国民を騙しながら有害法律を成立させた。司法制度改革の狼煙(のろし)を上げて断行した「裁判員制度」も、その極悪路線の一環と考えてまず間違いはない。これを奨励する有識者は美辞麗句ばかりを精一杯語っているが、魂の腐った人間の顔は醜い。

 小泉政権とは、有害無益な悪徳政権であった。その主な理由は基本がアメリカの意を汲んだ売国政策だからだ。構造改革も郵政民営化も司法制度改革も、国民にとっては有害無益な悪法の数々であった。

 私は、この裁判員制度について、友人とざっくばらんに語ったが、二人とも法曹とは無縁であるから、かなり感覚的な物言いになったが、気持ち的に言うなら、それは一般庶民の思うことと大差ないものだと思う。ただ、私やその友人は年次改革要望書の意味も知っており、小泉構造改革が米国の傀儡政権だったという見方をしているから、裁判員制度に対する解釈も自ずとそういう見解で一致していた。友人は小泉構造改革がアメリカの意志と、国内に瀰漫(びまん=はびこること)する半島系勢力の日本解体意志との相乗作用で起こった日本大破壊だと指摘していることは私も頷けることだった。

 友人と語った裁判員制度についてのおおよその感想は以下のことであった。

●大きくはこの制度が茶番に近いものだということ。茶番ではあるが国民にとっては有害無益。

●これは一種のショーである  暴君皇帝ネロのコロッセオにおける野蛮な観戦のような本質がある。奴隷同士を闘わせ、見る人に嗜虐的娯楽を供するイメージである。「シオンの議定書」にある3S(スクリーン、スポーツ、セックス)の新しい現代版のようだ。

●国民は年次改革要望書の具現化によって、経済面で甚だしくストレスをかけられているから、そのストレス緩和策として、重罪犯を裁くという「新たな娯楽」を提供してやる。

●矯激(きょうげき=極端)な格差社会からドロップアウトした連中を生贄にして、くじであたった国民が、自らの意志でその生贄を引き裂く楽しみを与える。

●厳しい上下分極階層社会になるから、下の方に不満や怒りが鬱積し、内圧が高まって暴動的騒動を起こしたり、気が狂って犯罪多発社会を誘発しやすい。この状況を厳罰志向で抑えるためには、世論の後押しが必要である。秋葉原での連続殺人もこの文脈に属する一つの明確な予兆である。

●国民の声という美名の下に、厳罰化を推し進める。これを推し進めた者の本音は、裁判員が、理性じゃなくて感情で裁かせることを敢えて奨励する。感情で動く人間は操作しやすい。

●素人国民が了承したという形だけの参加によって、発案勢力は好き勝手に事を進めることができる。

●裁判官は重罪犯を裁くことの心理的な負担を、国民にも分散させることによって、心の荷を降ろす。

●国民を司法というものに少しずつ慣らしていく → 司法に興味を持たせる → ご近所との諍いも、企業間の諍いも、どんどん司法の場に持ち込む風潮を醸成する。

●司法権益のパイを拡大させ、米国業界人(法律事務所)の活躍の場を日本に増やすことを考えている。一粒で何倍も美味しいアイディア。

●日本の国民同士、日本の会社同士を競わせることによって、訴訟ビジネス社会を繁栄させ、同時に日本の相互互恵的システムを崩壊させて日本の国力の低下をもたらす。これには半島系がかなり力を出す。
         
●総体的には、その闘いは訴訟ビジネスの興隆につながり、結果的には米国系のローファームがそれを受任することになる。ロースクールで粗製乱造された多数の日本人弁護士は、派遣社員のように、安すぎる賃金で米国系の法律事務所に酷使される。

●国民に多大な負担を強いる。新たな義務の創設であり、これは憲法違反である。

●私の感覚では、この制度は冤罪や国策捜査を濫造するような気がしている。審議時間の圧縮行為は、無辜の被告人の釈明の機会を奪う。権力がやる気になれば冤罪をでっち上げやすい環境になっている。

 この他にもいろいろと感想が出たが、おおよそは国民や国家にとって何の利益もない有害な制度だという結論が出ている。この制度を推奨する学者や法曹関係者、あるいは政治家、評論家などは、間違いなく小泉構造改革の支持者であり継承者である。彼らは根性までアメリカの奴隷になっており、魂が腐りきっている。あとは半島系の日本解体意志もこの制度の裏には強固に存在しているように思う。

大まかに言えば、この制度を構想して実施した連中は、相互互恵、相互扶助と言われる日本特有の「和の感覚」をどぶに捨て、人が他人をまったく信用できなくして、すぐにあい諍う、アメリカのような荒廃した社会の実現を想定しているのだ。そのためにも極端な新自由主義を導入して階級格差社会を構築した。現政権はそれを是正しようともしない。ここに悪徳ペンタゴンの破壊的で身勝手な棄民思想が見えてくる。

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2009年5月17日 (日)

田母神俊雄氏の講演(ワールドフォーラム5月例会のご案内)

 5月21日(木曜日)ワールドフォーラム5月例会のご案内

「 日本は侵略国家であったのか?- 戦後占領体制下、日本国民洗脳の為に歪められた歴史観と真実 - 」

 Photo   

防衛省航空自衛隊前航空幕僚長 
      田母神 俊雄氏

 ワールド・フォーラム4月例会では、昨年11月に入り企業の懸賞論文に応募して最優秀賞に受賞した発表論文によって退職を迫られ、実質的にこの発表論文で免職になった  防衛省航空自衛隊前航空幕僚長 田母神 俊雄 氏 をお招きし、問題になった同氏の 「 日本は侵略国家であったのか? - 戦後占領体制下、日本国民洗脳の為に歪められた歴史観と真実 - 」 というテーマで、お話し戴きます。

 先の大戦とは、何だったのか? 対中戦争について言えば、1937年7月北京市郊外の盧溝橋で、中国共産党学生部長劉少奇が率いた共産党ゲリラが、国民党軍を偽装して駐留日本軍へ仕掛けた発砲事件に端を発した 日本軍 vs 国民党軍 の軍事衝突は、その裏に実は、モスクワに本拠を置く国際共産主義(コミンテルン)の仕掛けた日中衝突の謀略であった。このことは、中国共産党が正史で認めている歴史であって、毛沢東も周恩来も劉少奇自身が認めている。だから、日本軍が対中国侵略を意図して十分なる準備を積み重ねた上で起こした「侵略戦争」などでは決して無かったのである。

 このことは、当時の日本陸軍は、北からの脅威の対ソ連国境防衛に対処するのが日本陸軍の伝統であったことから、中国侵略など考えていなかったことは明らかであった。だから、戦後に流布されたような歴史観、すなわち十分準備を積み重ね積極的に中国領土内に侵略して行こうとした意思などというのは全く無く、これは明白なる歴史の捏造である。

 また、対米戦争について言えば、1941年12月8日未明の日本海軍の真珠湾攻撃についても、米国内の怨戦気分払拭の為に日米軍事衝突を望んでいたのはルーズベルト米国大統領やチャーチル英国首相であって、対独戦で欧州戦線に米国の参戦を望んでいた米英側は、日本軍を誘導して先制攻撃を米本土以外の外国米軍基地を攻撃させることによって、伏見宮海軍軍令部長らの対米強行派や山本連合艦隊司令長官の唱える真珠湾攻撃を起こさせようと仕組んでいた。そうした国際共産主義(コミンテルン)の仕掛けた謀略に、むざむざ日本軍は、対米戦への誘導に嵌められたのであります。

 つまり、国際共産主義(コミンテルン)の仕掛けに、帝国陸軍は望んでもいなかった「対中戦争」に嵌められ、帝国海軍 は望んでもいなかった「対米戦争」に嵌められたのは歴史的な史実であります。だから、歴史の真実に熟知していれば、「日本侵略国家論」のような虚構の歴史捏造に洗脳されたりはしないものなのですが、戦後の占領体制と歴史への無知が生み出したのが、捏造された歴史観/日本侵略国家論であり、その定説化であります。その結果、今回のような田母神論文への拒否反応に見られるような「歴史の真実追究姿勢の欠如」が露わになるのであります。

 このように安全保障にとって最重要のテーマについて、当事者であられる田母神氏から直接にお話を戴きます。皆様には、大変ご多忙かと存じますが、お誘い合わせの上で多数の方々のご参加をお願い申し上げます。
パンフレットのダウンロード(PDF形式・394 KB)


プロフィール
田母神 俊雄 氏

1948年福島県生まれ。1967年防衛大学入学、1971年防衛大学電気工学科卒業(15期)卒。航空自衛隊入隊。地対空ミサイル・ナイキ部隊勤務。航空幕僚監部厚生課長、南西航空混成段司令部幕僚長、第6航空団指令、航空幕僚監部装備部長、統合幕僚学校長、航空総隊司令官、2007年3月航空幕僚長・空将。2008年11月定年退官。

日時・場所・詳細

日時: 2009年5月21日(木)
     18:30 - 21:30

場所 : 北とぴあ 7階 第二研修室(定員120名) 北区王子1-11-1
TEL.(5390)1105

交通 : JR & 東京メトロ「王子駅」前 徒歩2分
地図 : 北とぴあへの地図
参加費 : 当日払いの場合 4,000円 (事前振込みの場合:3,000円) 
振込先 : 三菱東京UFJ銀行 田無駅前支店/普/3826681/口座名義 さそうくにお 

参加申し込み先:

ワールド・フォーラム例会にご出席いただける方は、下記宛にご連絡下さい。

ワールド・フォーラム代表幹事 : 佐宗邦皇(さそうくにお)

FAX : 03(3353)6499
携帯 : 090(7234)9792
E-mail :
sasokunio2009@hotmail.co.jp

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重要なことは悪徳ペンタゴンからの緊急離脱

悪徳ペンタゴン: エコノミストの植草一秀さんが命名した言葉であり、その実態は、「官(特権官僚)」、「業(大資本)」、「外(米国)」、「電(御用メディア)」と癒着する「政(自公政権)」という悪の五角形構造を持つ。

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(パロディストのマッド・アマノさんの作品)

NIKKEI NETより
__________________________________________

  小沢氏は選挙担当 民主・鳩山代表、岡田氏も要職に

 民主党の鳩山由紀夫新代表は17日、小沢一郎前代表の処遇について「小沢氏の選挙手法が大変奏功してきた。これからも手伝ってほしい」と述べ、選挙担当の要職就任を打診する考えを明らかにした。

 その上で小沢氏が今後も党の実権を握る「二重権力」構造になるとの見方を否定し「あくまでも代表は私だ。選挙資金も当然、代表として取り仕切らせてもらう」と強調した。都内で記者団の質問に答えた。

 これに先立つNHKの番組では、岡田克也副代表の処遇について「代表選で95票と立派な票を出した。挙党態勢を築くため、岡田氏の支援者の思いを人事に反映したい」と述べ、幹事長を含む要職就任を要請する考えを重ねて示した。〔共同〕 (14:22)
___________________________________________

 私は民主党に政権奪取してもらいたいと思っていた。ただし、それは小沢一郎氏がトップの座に着くという条件が満たされる限りにおいてだった。半数近くの民主党員が岡田克也という新自由主義者を担ぐ姿勢を見せたことは、この党に何かあれば、すぐに四分五裂(しぶんごれつ)になることを強く予想させる。民主党総体を見れば、今回の小沢党首辞任の件も、その後継者選挙で岡田vs鳩山の対立構造ができあがっていることを見ても、民主党は腰の定まらない根無し草のような党であることを露呈している。

 この党は小沢一郎氏のように、海千山千の政治の荒波をくぐり抜けてきたような強烈な個性が求心力を持たなければ、早晩空中分解する脆弱性を持つ。党首選では、鳩山氏も岡田氏も「小沢派か反小沢派かでこの選挙を見ることはやめてください」とナーバスに言っていたが、そのこと自体がこの両者の指導性のなさを象徴している。自信があれば、そんなことはおくびにも出さないはずだ。彼らの臆病な態度は、小沢氏を中心にして党内が二分している圧倒的な事実を指し示しているだけである。

  反国益政治をやる地獄の自公政権に対し、実質的に対抗できる人物は小沢一郎氏だけである。民主党が政権を奪取する最大の目的は、自公政権の悪徳政治に終止符を打つことである。その最大目標をないがしろにして、党内権力抗争をやっているようじゃ、この党に国民が期待をかけていくことは難しいだろう。今の民主党が挙党一致体制の地盤も固められないのであれば、すぐに自民党にいいようにあしらわれ、まったく期待できないことは明らかだ。そうならないように、小沢氏が実質的指導権を持って強固な院政を敷く以外に民主党の生き残る道はないだろう。

 鳩山氏も岡田氏も「院政などとは言わないでいただきたい」などと、過剰に小沢院政に反応しているところを見ると、小沢院政以外に民主党の生き残る道がないことをはっきりと裏付けている。衆院選で勝利して民主党が政権与党になって権力を持てば、党内の不統一性がより鮮明になる。これを防ぐ唯一の方法が、小沢氏を総理大臣にすることなのだが、それができるか否かはこの党の命運を決めることになる。できなければ政治に混迷をもたらすことになる。今は誰が国政を運営しても、アメリカの従僕政策をただちに止めて、国益志向の政治に切り替えることが重要なことだ。

 今の日本は、悪徳ペンタゴン体制を固めようとする地獄の自公政権が潰される可能性を持つなら、どんな選択もありうると言っていいくらいひどいものだと思う。極端なことを言えば、野党の辺境にいる日本共産党が政権を取っても、小泉構造改革を継承する政権よりはまだ増しなんじゃないかと思うくらいひどいありさまだ。

 日本がアメリカの傀儡性格を強く帯びてしまった原因は、大手マスコミの売国報道によって国民の判断力が曇らされてしまったことは大きいが、それ以上に大きな責任を持つのは、政治家が本来の志を失って完全に主体性を喪失し、売国政治の傾向を正そうとしないからだ。こういう隷属政治が定着した中にあって、小沢氏の発した「第七艦隊」発言の意味はすこぶる大きい。そこに含まれるメッセージは、小沢氏が総理になったら、可能な限り隷属状態を改めるということに他ならない。

 小沢氏に迫った国策捜査と国策報道を鵜呑みにして、小沢氏を庇わなかった民主党員は岡田氏を担いで小沢路線からの脱却をはかった。この人々は日本が置かれている深刻な状況をまったく把握していないと言える。小沢氏は連休前に深く考えて、自分と反目する勢力と党内抗争を起こした場合、党そのものが脆弱化し、せっかく政権交代のチャンスがめぐってきても、その前に自爆すると思ったのだろう。従って自分が引くことで政権交代の実現を優先したということなのだろう。

 小沢氏の腹には深謀遠慮が働いていると思う。当面は自公政権の権力行使を制止することが第一の目的であるから、政権交代に全力を尽くし、それが実現したら小沢氏は民主党与党化継続には執着しないだろう。政局は混沌とし、離散集合を繰り返して大きな新党が出てくるだろう。その前には連立政権ができるかもしれないが、それは細川政権や村山政権を見てもわかるように短命であることが宿命付けられている。

 重要なことは、早急に悪徳ペンタゴンを阻止することだ。アメリカの意のままに動く完全な隷属政治には終止符を打つ必要がある。今、優先すべきことは、党派政治による思想性の違いよりも悪徳ペンタゴンを打ち砕くことが先決だ。これをやらなければ政治の刷新はない。もちろん長期的視点では党派思想は重要である。右か左か、保守か革新か、新自由主義か国家主義傾向の強い政治か等、そういうベーシックな姿勢は厳しく問われるだろう。しかし、今重要なことは属国性格を基盤とする極端な新自由主義からの脱却だ。これをやらずして打開はないだろう。

 その意味でも、悪徳ペンタゴン相互利益主義者の思惑を忠実に実現した小泉・竹中構造改革路線は、きっちりと総括するべきだと思っている。小泉・竹中構造改革路線には、日本を不幸にするエッセンスが充満している。私はこの路線を理論的に支えて推進した功労者であった元財務官僚・高橋洋一氏は悪徳ペンタゴンに嵌められたと思っている。それは小泉路線の悪の真相を国民に知られないためである。

 政権交代にしろ、政界再編にしろ、重要なことは小泉政権に顕著に現れた悪徳ペンタゴンの支配体制を完全に壊滅させることであり、国民生活のセーフティネットを復活させることである。悪の巣窟は自分たちの権力が持続する構造なら、国民の目を欺いて一見、新しい政治をやるような姿勢を見せつけるが、これは偽装である。民主党が、前原氏や岡田氏を中心勢力とするような体制になった場合、この勢力は間違いなく悪徳ペンタゴン相互利益主義者たちの手駒として使われることになり、自民党の亜流政党が一つできるだけである。

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景気対策に関する質問主意書と政府の答弁書(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第167弾です)


 民主党の新代表に鳩山氏が決まり、我々としては彼に日本経済復活のために活躍していただきたいと願うものである。ただし、鳩山氏は無駄をはぶいて財源を確保することばかり主張しておられるので、我々としては不安が残る。無駄を省いて景気対策をしたとき、マクロ経済にはプラスになるかどうか分からない。もちろん、無駄を省くことはよいことだし、是非やってほしい。しかし、それで経済成長率を引き上げ、経済を活性化できるのだろうか。無駄を省いた時点で歳出カットだからGDPにはマイナスの影響があり、それを他に振り向ければプラスだが、両方会わせてプラスマイナスゼロかもしれない。プラスだとしてもごく僅かではないか。デフレ脱却などとても無理のような気がする。

 今の日本には数十兆円規模の景気刺激策が必要で、これと同じ程度の効果を「新たに作られたお金」を使わずに行う経済政策で実現するのは夢のまた夢だ。私は何年か前、50兆円程度の景気対策を数年続ければ、日本経済は素晴らし高成長となり、デフレが脱却でき、また財政も健全化することを鳩山氏の事務所で鳩山氏にたっぷり時間をかけて説明させていただいた。計量経済学に対する鳩山氏の理解は素晴らしく、彼は経済学者並の知識と理解力をお持ちであると感じた。頭脳明晰な鳩山氏には、きちんとしてシミュレーションをして、何が今の日本に必要か研究していただきたいと思うし、必要ならいつでも再度ご説明にお伺いしたい。

 ところで質問主意書に対する答弁書が返ってきたので紹介する。それは失望させられるものだった。この質問主意書の目的は、「国債を発行して景気対策を行えば、それが将来世代へのつけを回すことになる」という表現は正しくないし、止めるべきだと言うことを政府に認めさせることである。政府が大規模景気対策をためらう理由は「将来につけを残す」からであり、そうでないと認めさせれば、大規模財政出動への道が開ける。

 うまくいけば今回何らかの形でそれを政府が認めるかもしれないという希望があったのだが、残念ながら今回は完全に失敗した。しかし、我々は何回でもトライする。

 なぜそれを政府が認める可能性があるかと言えば、次の2つの理由があるからである。

①政府は債務のGDP比を減らすことを目標としている
②政府発表の数字を使えば、今回の景気対策で債務のGDP比が減ることが簡単に分かる

 今回は以下に示すように、完全にごまかされた。是非、一度政府の答弁を読んでいただきたい。質問したことに全く答えていないし、国民を馬鹿にするなと抗議したいところだ。15.4兆円もの大金(国民一人当たり約12万円)を使っておいて、その経済効果についてまともな説明しようとしない政府を、我々は今後徹底して追求していく。

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十五・四兆円で日本経済は経済危機から脱却できるのかどうかに関する再質問主意書

 前回の質問主意書に対する答弁書(内閣衆質一七一第三二号、以下「答弁書」という)に対して再度質問する。

一 答弁書の二及び三についてで、「国債を財源とする財政出動によって将来世代への国債の負担が重くなることはないとは一概にいえない」ということであった。この議論に反対するつもりはないが、反対に「国債を財源とする財政出動によって将来世代への国債の負担が重くなるとは一概にいえない」ということも事実である。国は単純に「国債発行が将来世代への負担になる」と決めつけるのを止めるべきであり、財務省のホームページにあるそのような表現を削除すべきなのではないか。

 答弁書では「我が国の債務残高対GDP比の発散をとめることが極めて重要である」とある。それは大規模景気対策によって間違いなく止められることは、次のようにして示すことができる。GDPをY、債務残高対GDP比をr、景気対策の規模をK、それによってGDPはmKだけ押し上げられるとすると、税収の増加分を無視しても、その景気対策後の債務残高対GDP比は
(rY+K)/(Y+mK)=r+K(1─rm) /(Y+mK)
となるから、m > 1/rであるような景気対策をすれば、債務残高対GDP比は減っていくことになる。現状ではr=一・七四一(OECD Economic Outlook 八十四より)であるから、m > 〇・五七であればよい。つまり一兆円の景気対策で〇・五七兆円以上のGDP押し上げ効果がある景気対策であれば、債務残高対GDP比は減る。景気対策の規模が大きければ大きいほど、減少幅も大きくなる。実際は景気対策による税収の増加もあるので、押し下げ効果はさらに拡大する。

 債務残高対GDP比のrが限りなく大きくなると、ほぼどんな景気対策を行っても債務残高対GDP比は下がるということになる。日本はすでにそれに近い領域にあり、余程効果の少ない景気対策で無い限り、景気対策を行えば行うほど債務残高対GDP比は下がる。rが大きくなればなるほど、景気対策によってrは大きく下がるが、逆に十分な景気対策を怠ってGDPを下げてしまうとrを大きく上昇させてしまう。実際、このままでは今年度債務残高対GDP比は大きく上昇してしまうが、この現実をどう考えるか。

二 今回の景気対策は、環境への配慮も見られる点や、消費を促す形での減税等、評価できるところも多いが、問題はこの規模で一〇〇年に一度の経済危機から脱することができるのかという点にある。

中 国は昨秋、総額四兆元(約五十六兆円、GDP比十五%)の景気対策を始め、その結果景況感指数は四か月連続で上昇し、銀行融資も増加しているすでにその効果がはっきりと現れている。一方で、景気対策をためらう欧州では景気回復の兆候は見られない。世界大恐慌の際も、金本位制から離脱し大規模な景気対策を行った国ほど、景気が早く回復した。

 今回政府が提出した財政規模十五・四兆円の景気対策であるが、最終的な政府支出が本当に十五・四兆円に達するのかという点にも疑問がある。例えば、助成金・補助金を出したとき、果たしてどれだけの人がこの不況の中で、住宅・車・家電を買ったりするだろうか。二〇一一年から増税が始まるとなれば、不況の深刻化を予測し、当然消費行動にもブレーキは掛かる。国民が買わなければ助成金・補助金も使われない。

 日本経済研究センターは、今回の景気対策の真の'真水'は総額五・六兆円、GDP押し上げ効果は一%にすぎないとの試算を四月二十七日に発表している。また、モルガン・スタンレーでも真の'真水'は七・三兆円と見積もり、GDP押し上げ効果は一%程度としている。
 
政府が試算したGDP押し上げ効果は一・九%であり、これは十五・四兆円がすべて使われたときの数字であり、見通しが甘すぎるのではないか。

三 答弁書によると「需要不足のすべてを財政支出で埋め合わせることについては、過度に公需依存となり、民間経済の自立的回復をむしろ遅らせる」とある。状況によって、あるいは景気対策のやりかたによってはそのようなこともあると思われる。しかし、国の経済がデフレスパイラルに陥ったとき、需要不足を財政支出で補わなかったら、経済は果てしなく縮小し、国が貧乏になり、民間経済の自律的回復どころではなくなる。国民の可処分所得が減り続けたら、民間の力では反転は無理で国が強力な経済対策を断行する以外に経済の発展は望めないのである。そのような現在の日本経済がどのような状況にあるのかを十分理解すべきである。

 一九九七年に日本のGDPは五百十三兆円、二〇〇七年には五百十五兆円であった。名目成長率の政府目標は二〇〇八年度が△三・二%、二〇〇九年度が△三・〇%だということは二〇〇九年度のGDPは四百八十四兆円で、十二年前より約六%縮小させることが現在の国家目標となっている。十二年間かけて国を六%も貧乏にすることを国家目標にするような政府は日本以外どこにも見あたらない。

 IMF発表のデータによれば、十二年前に比べ名目GDPはイギリスで七十一%、米国で六十九%の増加となっている。民間経済の発展とは、売上が伸び賃金が上がるという状態であり、国が思い切った経済対策を断行しない限り、経済の停滞が続くのではないか。
実質成長率はそれほど悪くないと言われているが、実質GDPは、パソコンの改良によってかさ上げされている。例えば、二年半前に発売になったWindows Vistaの普及率はまだ二割程度と言われている。パソコンの新機能は使われていないように、パソコンの進歩が国の発展を示すとは言えず、国の実質経済成長率をかさ上げすべきではない。今、日本経済に求められているのは大規模経済対策で名目成長率を上げることにより経済を活性化させ、民間経済が自立的に回復できる環境を国が整えることではないか。

四 名目GDPの予測を図で示した。二〇一〇年度と二〇一一年度の名目成長率が一%と三%の二種類のグラフを示してある。三%成長は余程の大規模景気対策を行わなければ無理だが、それでも二〇一一年度のGDPは二〇〇七年度の五百十五兆円に達しない、つまり経済が成長軌道に乗ったとはとうてい言えない状況である。つまり二〇一〇年度も二〇一一年度も、景気対策を打ち切る状況には無く、消費税増税など論外だと思うが、政府はこのことをどう考えているのか。

 右質問する。

Gdp 

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答弁書

内閣衆質一七一第三六五号
平成二十一年五月十五日
内閣総理大臣    麻生太郎
衆議院議員滝実君提出十五・四兆円で日本経済は経済危機から脱却できるのかどうかに関する再質問に対する答弁書

一について
 前回答弁書(平成二十一年四月十八日内閣衆質一七一第三二七号)二及び三についてでお答えしたように、国債を財源とする財政出動を行った場合の国債残高の対G D P 比への影響については、内外経済状況や経済対策の効果の発現の態様等に左右されるため、「国債を財源とする財政出動によって将来世代への国債の負担が重くなること はない」とは一概にはいえない。

 我が国の債務残高対G D P 比の発散を止め、安定的に引き下げていくことは、財政の持続可能性を確保する上で極めて重要である。政府としては、当面、過去に前例のない不透明な内外経済状況に弾力的に対応しつつも、財政規律の維持の観点から、将来世代への安易な負担の付け回しをしないことが重要であると考えており、中期的には、財政健全化に向けた取組を進めてまいりたい。

二について
 総額約五十七兆円(うち国費約十五兆円)の「経済危機対策」(平成二十一年四月十日「経済危機対策」に関する政府・与党会議、経済対策閣僚会議合同会議決定)の効果については、「平成二十一年度経済見通し暫定試算(内閣府試算)」(平成二十一年四月二十七日内閣府公表)において、同対策に盛り込まれた施策の裏付けとなる平成二十一年度第一次補正予算を着実に実施していくことにより、民間最終消費支出や公的固定資本形成等が増加し、平成二十一年度の実質GDPを十兆円程度、実質GDP成長率を一・ 九パーセント程度押し上げる効果があると見込んでいるところである。

三及び四について
 経済政策を行うに当たっては、様々な経済指標を参考にしつつ、その時々の経済状況等を十分に踏まえて総合的に判断することが必要であると考えている。

 政府としては、現下の厳しい経済金融情勢に対しては、平成二十年八月以降、総額約七十五兆円の三次にわたる経済対策を取りまとめ、その速やかな実施に全力を挙げてきた。さらに、先般、多年度による対応も視野に入れた総額約五十七兆円の「経済危機対策」をとりまとめたところであり、これにより、「景気の底割れ」を防ぎつつ、国民の安心を確保し、未来の成長力強化につなげることとしている。

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2009年5月14日 (木)

民主党は小沢一郎氏を軸足に

    (ライジングサン氏の投稿)
         
 今回の辞任は残念でしたが、あえて悲観はしていません。政治とは一寸先は闇ですから小沢氏もそのことは十分わかっていると思われます。

 しかし、小沢支持者ならびに民主主義を定着させたいと強く思っている国民にとっては、この理不尽な共産国並みの権力で小沢氏に攻撃して世論誘導し今回の辞任に結びつけたことは絶対許せないことでしょう。

 日本国民の悪いところは1つの戦略(政権交代)に対して1つの戦法(イケイケどんどん)しかないところだと思います。確かに「先手必勝」「先んずれば人を制す」という言葉もありますがいつもそれで勝てるわけではありません。

 政権交代とは衆議院での自民党と民主党の議席争いのみではないのです。 私が思うには、政権交代とはある意味 日本国民とアメリカ(自民党や大資本、親米)との本気の戦争じゃないかと。これに負けるとさらに悲惨な生活や、国家としての日本になってしまうでしょう。

 戦争はそんなに簡単に勝てるわけではない(謀略や裏切り)ということもしっかり国民は頭に入れていどまなければ、表向き辞任した小沢氏を見捨てて諦めてしまうのはあまりにも単純な考えだと思います。

 しかし小沢氏は剛腕と言われる人物であり、今回の西松以後 状況に応じていろいろな戦略を考えていたと思います。それはあえて国民や植草さんの言われるような悪徳ペンタゴンに先に知られてはいけないのです。
「敵を欺くにはまず味方から」

後、孫子もこのように言っています。

軍事の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為せばなり。
故に其の途を迂にして、之を誘うに利を以てし、人に後れて発し、人に先んじて至る。此れ迂直の計を知る者なり。

「 戦闘は難しいのは、迂回しながら結果においてはそれを近道とし、不利を転じて結果として有利としなければいけないからである。 そこで、迂回しつつ敵を利で誘って遅らせ、遅れて出発しながら敵に先んじて要点に到着する。 これができる者が『迂回の計』を知る者である」 と。

 簡単にいえば「急がば回れ」でしょう。
戦いにおいては情報戦やいろいろありますが、あえてイケイケどんどんの戦法から 迂回の戦法に切り替えたのではないでしょうか。戦いは始まったばかりだと思えば、今回の自民党、検察における卑劣な行為をとりあえずかわして次への戦略に知られることなく総力をそそいでいかなければなりません。

 ボクシングでもストレートだけでは勝てず、ジャブやフック、アッパー、ボディーブロー、また相手の攻撃をかわす柔軟性も必要でありますから今回は攻撃をかわしてジャブしながら相手(自民党)の疲れと隙を見計らっているとこでしょう。

まだまだ小沢氏は健在ですよ。

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(管理人)

 政権交代は対米自立への足がかり

 ライジングサン氏の言うように、いまの局面における政権交代の本質は、日本を統治する政治権力の交代という、ただの国内権力闘争ではないと思う。これは脱アメリカのきっかけとなるかどうかの関が原なのである。従って、誰が民主党党首になろうとも、小沢一郎氏を中心軸にする体制が大事なのである。

 戦後60年、ほとんど自民党の一党独裁政治が行われたが、この裏には常にアメリカの院政的影響下にあったことがあげられる。そのために日本が汗水流して貯めたお金や富を湯水のごとく米国に吸収されてしまうという悲惨な状態がいわば恒常的に見られるようになってしまった。

 仕事の成果も、蓄えた富も、宗主国に貢ぐような傀儡体制では、いつまで経っても国民の幸せはおぼつかない。どこかで誰かがこの悪しき隷属ベクトルを変える必要がある。この契機、すなわち隷属からの突破口を開けてくれる可能性を、小沢氏の「第七艦隊」発言に見た思いだった。

 私は過去の自民党議員がすべて、魂まで腐りきった対米隷属派であったとは思っていない。中には歯を食いしばって臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、捲土重来(けんどちょうらい)の気持を持続していた人々はいたと思う。面従腹背である。私は故・田中角栄もその一人に上げている。ところが、小泉政権にほぼ制圧された形の今の自民党員は、ほとんど隷米派か優柔不断の日和見主義である。

 小泉構造改革を称揚し、売国法案に賛意を示してきた多くの自民党員が、風向きが変わった途端、格差社会は良くない、福祉を考えようなどと平然と言い始めた。これは人間として大変卑怯な態度と言うしかない。そのことは小沢一郎氏を庇わなかった民主党員にも当てはまる。第一、民主党議員は2007年の夏期参議院選挙で党が大勝を収めたことは小沢一郎氏個人の尽力によるところが大きいことを知っているはずだ。

 民主党が政権交代の可能性を持つまでに至った功労者は小沢一郎氏である。このことを無視して、小沢氏の手腕を都合の良い時だけ利用して、舞台が整った時点で足蹴にする行為は人間として最低である。小沢氏の力なくしては、日本の悪しきベクトルは変わらないだろう。その意味でも政権交代は、国政の内向きの修正ではなく、アメリカと対峙して抵抗できる体力をつける最初の一歩となる。

 日本が自主独立を果たすには、まだまだ長く辛い道程があるだろうが、現状は誰かが今の属国状況をブレークスルーする導火線になる必要がある。小沢一郎氏以外に誰がいるだろうか。米国の傀儡メディアは岡田克也氏を必死でクローズアップしているが、これは裏を返せば岡田氏は属国状況を踏襲することを意味している。ここは鳩山氏をヘッドにして、小沢氏が強烈な院政を敷くことだと思う。時には院政政治も必要だ。

 政権交代は、日本がアメリカから脱却する最初の一歩にするべきだ。小沢氏を排斥する民主党員は自民党に鞍替えすればいい。

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2009年5月13日 (水)

小沢氏辞任で流れは民主党に。しかし・・

 民主党の小沢一郎代表が、2009年度補正予算案の衆院審議が終わるのを待ったうえで辞任すると表明した。連休前から腹を決めていたのだろう。それにしても、これは痛恨のできごとだ。小沢という人物は、昭和から平成への激動の時代を、海千山千の妖怪が跋扈する政治の舞台裏で生き抜いてきたような人である。毀誉褒貶、一筋縄では語ることのできない経歴を持つが、基本には田中角栄元総理の薫陶を受けいるから、原日本人の型を持っていると思う。価値観が、アメリカ一辺倒の教育を受けた政治家連中の中では稀有の資質を持つ政治家である。

 彼はどす黒い権力闘争の真っ只中を渡ってきており、きれいごとが通じない政治の本質を知る者である。悪く言えば権力闘争こそ政治の本質だという基本姿勢を持つ。そのことはかなり真実である。政治は道徳や倫理の実践ではなく利害の調整作用と再配分に関わる金の流れを決める、実にプラグマティックで生々しい世界だと思う。豪腕と言われた小沢氏も、ある年齢に達してかなり角の取れた穏やかな面が出てきたように見える。権謀術数渦巻くダーティな世界に対して、きわめて強い耐性を有した人物だが、情に厚いところがある。小沢氏は田中角栄の影響を受けているから、その基本は、小泉純一郎氏のように人間同士の信頼を裏切ったり、平然と棄民政策を断行できる非情さも野蛮性もないが、情に脆すぎるところが見える。

 今回の辞意表明には正直がっかりした。小沢氏率いる民主党だからこそ、希望があったのだ。今後の民主党は小沢氏の意志を継ぐ者が代表に就き、小沢氏を影響力の強い位置において、摂政的構造にするしか民主党の生き残る術はないだろう。この際、思い切って凌雲会派閥は切ってしまう事だ。彼らは日本の癌である。鳩山氏や菅氏はきわめて弱々しいが、彼らのどちらかが代表になって、小沢氏がそれを補佐するという体制が望ましいと思う。

 実は昨日のニッポン放送(ラジオ)、「高嶋ひでたけ特ダネラジオ 夕焼けホットライン」という番組で、小沢氏辞任に対する一般人の感想を披露していた。最初に紹介したものは、小沢氏はあのような献金疑惑を起こしておいて、説明責任を果たしていなかったから当然だという自民党と同じ言い分があった。驚いたのは司会者の高嶋氏が紹介した次の感想文であった。それは、小沢氏の件は国策捜査であり、彼の秘書だけが捜査され、自民党議員にはそれが及ばなかった事実は、誰が考えてもおかしい話だというようなことであった。ラジオはテレビよりも本音が出やすいメディアだが、それでも小沢氏秘書の逮捕が国策捜査だという国民の意見を、高嶋氏が紹介していたのは実に驚きだった。

 しかも、その献金疑惑が自民党には及ばなかったことをおかしいと書いてきた人は他にも多くいたそうである。もしかしたら、小沢氏の辞意表明という帰結に、自民党と地検特捜部の癒着を感じ、不審の念を抱いている国民が実はかなり多いことを裏付けているような感じがした。小沢氏が説明責任をはたしていないと言うなら、検察特捜が、なぜ自民党議員を捜査しないのかについて説明責任をはたしていない。政府もマスコミもこれについて沈黙を保っていることの方がはるかに奇異である。

 メディアがここまで、西松建設の献金疑惑が小沢氏だけに向かったことを、あまり報道しなかったが、それでも、漆間巌官房副長官の「自民党の方にまで波及する可能性はないと思う」発言などは流れたから、国民はかなりの人間がこの件に対して変だと思っている。それが高嶋氏のラジオ番組にリアルタイムで出たのだろうと思う。

 だから、テレビでよく見かける街頭インタビューで、小沢氏の説明責任がなっていないというコメントを繰り返して流していたのは眉唾物である。その説明責任をもう少し突っ込んで、どういう説明責任ですか?と訊ねれば答えられただろうか、はなはだ疑問ではある。ただ、テレビや新聞を鵜呑みにしていて疑うことをしない多くの国民は、小沢氏の辞意は当然だと思っているかもしれない。

 小沢氏は自分が総理大臣になることよりも、民主党の政権奪取を優先し、挙党一致体制を称揚した。これがいい方向に向かえばまだ希望はある。小沢氏の影響力を温存する形で、凌雲会の反対勢力を駆逐できれば、党はまとまる可能性はまだあるだろう。しかし、民主党には優柔不断の人間が多すぎるのだろうか。覚悟を決めて小沢氏を守る勢力が弱いと思う。民主党が政権奪取に成功しても、求心力を持つ小沢氏が駆逐された場合、この党は終わりである。

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2009年5月12日 (火)

次の民主党代表に望むこと(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第166弾です)

 小沢代表が辞任した。党首討論の2日前というタイミングでの辞任ということで何が起きたのかと驚かされる。そもそも党首討論は与党が再三申し入れたにも拘わらず小沢氏は断り続けており、実現すれば5ヶ月ぶりだった。今回も奥村展三役員室長が4月30日に小沢氏に直談判し、「やるよ」という言質を得たということだ。いやいやながら一旦受けたものの、大嫌いな党首討論をやらされるくらいなら、党首を辞めたほうがましということなのだろうか。

 2007年11月の大連立構想が小沢・福田両氏で話し合われた。小沢氏は前向きだったが、党の役員会で反対され実現しなかった。それなら自分は党首を辞めると小沢氏は言い出し大騒ぎになった。要するに、自分の思い通りにならないならいつでも代表を辞任するという彼の考えは今回と共通するものがある。参議院と衆議院とで与野党が逆転しているという、いわゆるねじれ現象が存在する中で、悪くすると国会では何も決まらないという最悪の状況を避けるためにも大連立構想は一つの選択肢ではなかったか。

 間近にせまる衆議院選だが、ねじれが更に悪化する可能性がある。つまり、現状ではねじれと言っても、最悪衆議院で3分の2の多数で再議決すれば、時間はかかるが法案は通る。しかし次の衆議院選で与党が3分の2議席を確保するのは不可能で、選挙後は与野党が対立する法案はすべて成立しないという可能性が強くなった。となると景気対策もできないという、暗黒時代に突入する。是非、次の民主党のリーダーにお願いしたい。日本の経済、日本国民のことを真剣に考えていただきたい。与野党譲歩して、次々と経済対策を打ち出し、没落する日本経済を救っていただきたい。

 民主党は現在の政府の間違えた経済政策をもっと追求すべきである。世界に占める日本のGDPのシェアは1994年の17.9%から2007年には8.1%にまで下落している。それだけではない。次の表に示すとおり、世界の中で日本が急速の没落をしているのは明らかだ。

Photo

 間違えた経済政策が日本をここまで貧乏にしてしまった。世界の中で経済規模は半分以下になってしまった。今や、米国でも「日本のてつを踏むな」というのが合い言葉のようになってしまっている。こういった場合にはお金を刷る政策が極めて有効であることを、野党が理解するれば、選挙で圧勝できるのは間違いない。いくら立派な年金制度を作っても、国を貧乏にしてしまったらどうしようもない。

 昨日(5月11日)の予算委員会で民主党の長妻氏が与謝野大臣に質問をしている。

長妻:「09年度補正予算案の財源確保のために、10兆円超の国債を追加発行するが、これは国民一人当たりにするといくらになるのか」

与謝野:「約8万5000円になる」

長妻:「これは定額給付金より多い額だ」

 長妻さんに言いたい。こんな質問をしているようでは、民主党は政権を取れませんよと。マクロ経済というのは国債残高の増加額だけ考えていればよいという単純なものではない。この補正により、GDPは1.9%増加するのだ。ということは債務のGDP比は約1.9%減少することを意味し、これは国の借金が約15兆円減ったことと同じ。国民一人当たりにすれば12.6万円借金を減らしたことに相当する。それだけではなく、補正により税収の増加も確実にあるようになっているから、それ以上借金を減らすことになる。長妻さん、ここまで経済を勉強しなければ、政権交代は無理だ。

 国の借金を減らそうと思うなら、赤字国債を大量に発行して大規模な景気対策をするしかない。きちんとシミュレーションをすれば、誰でもそういう結論に達する。長妻さん、きちんと計量経済学を勉強なさっては如何でしょうか。いつでも協力いたします。

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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2009年5月11日 (月)

事後救済型社会に切り替えた小泉改革は、アメリカの邪悪な意図

 

  「日本人」という国民性の特徴は、その長所も短所も表裏一体となって、実にはっきりとした形で出てくる。それは永い間、狭い列島で、他者との軋みを避けるために、相手の欠点や罪過を寛恕してしまう傾向があることを言う。この辺りは、よく言えばさっぱりとしていて、半島人の執拗な粘着質とは正反対である。その一方で、起きたことに対し、それが良いことであっても、悪いことであっても、実に忘れっぽいということがある。他者の悪事をすぐに忘れることによって、なるべく嫌な気分を後に引かないと言えば、それなりの言い分にはなっている。しかし、それは、しばしば悪の本質を看過してしまうことになりかねない。

 私は今の国民が、小泉改革によって惨憺たる苦汁を嘗めさせられているにも関わらず、この政権の悪の本質を徹底的に探ろうとしないことに大きな危惧を感じている。民主党は寄せ集め所帯であり、党是の決まっていないカオスのような首の定まらない政党だと思っている。獅子身中の虫も多いし早急に党改革の必要もある。それでも、日本を生き地獄に変えた自公政権に比べれば、民主党にはまだ人間としての良心は残っている。

  国民はまたしても大きな勘違いを起こそうとしている。小泉政権はもうすでに過ぎたことであり、今は麻生自公政権と民主党の二大政党のうち、どちらがまともな政治をしてくれるのだろうかと比較的暢気に構えている。最も大きな勘違いは、自民党が今は小泉政権と訣別して、国民のための新たな政治体制を模索しているかのように思い込んでいることだ。今までの流れとして自公政権が国民を向いているとは到底思えない。彼らはいかに権力の座に居座るか、米国の傀儡体制を守るかということしか念頭にない。

 自公政権の存続が大変危険であることは、これを主導する勢力が形を変えた小泉政権の残党であるということにほかならない。すなわち植草さんの言う「偽装CHANGE」勢力であり、「悪のペンタゴン」である。米国、そして権力の犬であるマスコミは、日本を地獄に変えた自公政権を浮上させようと必死である。国民は、小泉改革の本質をきちんと解明し、二度とあのような破壊的な政権が立ち上がらないように学習する必要がある。

 小泉構造改革の中に司法制度改革があり、その中にはロースクール制度や裁判員制度がある。今月の21日から始まる裁判員制度は、これから日本がアメリカ型の訴訟社会に移行することを見越して設計された悪しき制度である。なぜなら、これは訴訟ビジネス利権を獲得しようとするアメリカの意図に基づいて作られているからだ。小泉政権が米国の意志に基づいて行った規制緩和の一大特徴は、事前規制型から事後救済型に切り替えられたことにある。理由は弱肉強食の市場原理主義を通用させ、富の偏在する状況を築いて、極端な格差社会を作るためである。

 事前規制というのは、ざっくばらんに言えばセーフティ・ネットと考えてもいい。これを外した時点で、新自由主義の暴力的な資本主義が稼動した。事後救済型社会とは、中流層を壊滅させて貧窮状態に陥れ、底辺層の不満や鬱積を基に、争い事が多発する社会のことである。この状態を想定して、アメリカは日本にロースクール制度や裁判員制度を創設したのである。注意して聞いてもらいたいが、事前規制型社会から事後救済型社会に切り替えるというのは、わかりやすく言えば、紛争が多発しやすい社会状況を故意に造ることを意味している。日本国民は当然ながら、そのような社会を望んではいないのだが、狡猾な自公政権は国民をペテンにかけてそのような社会造りを果たしたのである。

  つまり、小泉政権が行った聖域なき構造改革とは、その内実が不透明で歯止めのない規制緩和であり、その効果は、日本に階級格差社会を築いて、一握りの富裕階級を富ませることや、外国資本に国富を移転するシステム造りであった。それと同時に、日本をアメリカ型の訴訟社会に切り替える目的もあったのである。この流れの中で裁判員制度は制度設計されている。

 以下の議事録には、宮内義彦氏が主導した聖域なき規制緩和の考え方が良く出ている。国民は小泉政権が行った規制緩和の本当の狙いを真摯に理解するべきだと思う。

「第10回規制緩和委員会議事」(1998年 委員長 宮内義彦 )から
  ________________________________________
規制緩和は、日本の内なる「社会主義」との戦いであると思っている。社会主義思想というのは、政府による規制が個人の自由な判断よりもより企業や個人にとってうまくいくという判断である。社会主義が失敗したのは明らかであるが、日本では形を変えて残っている。たとえば福祉の分野では、公立の認可保育所、特別擁護老人ホームなどというものがあるが、入所できれば極めて高いサービスを受けられるが、それまでに長期間待たなければならない。そういう制度は財源が豊富な時代に作られたが、低成長期にもそれを維持することによって、結果として限られた人しかサービスを受けられない。これを是非多くの人に受けられるようにするために企業の参入に期待してはどうかという観点から取り組んでいるが、反対論者からは、儲け主義の企業がやってはいけないと言われている。
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 小泉構造改革はさまざまな角度から、深刻な論点が出てくるが、規制改革は小泉構造改革の重要な柱である。上記は、小泉政権になる直前に、宮内義彦氏が率いていた規制緩和委員会が示していた基本方針というか規制改革の思想が如実に出ている。重要なことは二点あって、その一つは、上記で言うように、規制緩和とは「日本の内なる社会主義との戦いである」と言っていることだ。この表現はすこぶる重大な悪質さを持つが、小泉・竹中構造改革路線の基本スタンスを定める根拠となっている。

 ここでは社会主義の失敗を、マルクス・レーニン主義を取り入れた大国・ソ連の共産主義体制の失敗と同義的に断じることで、日本政治の旧来路線を「明らかな失敗路線」として強く印象付けている。しかし、繰り返すが、ここにはすでに小泉改革の理論的根拠としての大きな詐術がある。特に注意したいことは、この委員会では、日本の「内なる社会主義」を、あたかも悪しき後進性のように規定しているということだ。

 内なる社会主義という言い方は、いかにも現代資本主義の進むべき方向性と逆行して、大敗した共産主義を暗示していることは疑うべくもない。ここに悪質なレトリック、誘導性が見受けられる。彼らが内なる社会主義という場合は、従来の日本がたどっていた修正資本主義のことであり、それはわかりやすい言い方で言うとこうなる。修正資本主義とは、産業革命直後のような原初形態の資本主義は、あまりにも弱肉強食の性格が強すぎるので、国家が適度に福祉や公共事業に介入するという、いわばケインズ型国家介入を取り入れた経済システムのことである。これは社会主義に似た要素はあるものの、共産主義とはまったく異なる概念である。

 従来の日本型資本主義もこの範疇に入るが、しかし、それは失敗した共産主義とはまったく違うものである。上記、規制緩和委員会の悪質なレトリックは、国家が介入しなければ健全性を発揮できない福祉、道路などの公共事業、医療などの分野をとらえて、「内なる社会主義」という、いかにも進歩史観に逆行するかのような文脈で全否定する意図がありありとうかがえる。小泉純一郎氏や竹中平蔵氏が、執拗なほど繰り返して言っていた「抵抗勢力」なる言葉も、この「内なる社会主義」とまったく同義である。

 構造改革に反対するものはすべて抵抗勢力であると断言したことは、まったく理論的根拠を持たない悪質な二値論理である。構造改革に不賛成な者は、世の中の進歩に逆行する許されざる抵抗勢力という物言いは、政治の本質を誤まった方向に誘導する言い方である。小泉政権が何をしたのかと言えば、セーフティネットが稼動していた従来型の政治を、まさにセーフティネットがあることを理由に、「社会主義の失敗」という幻想的文脈に置き換えて強弁し、セーフティネットを粉々に破壊してしまったのだ。小泉政権が行ったことは、強いものだけが一人勝ちし、後の者は苦杯を舐め続けるという極端な優勝劣敗社会、すなわち新自由主義社会への大転換だったのである。

 小泉政権における規制緩和の目的の第二は、前述したが事前規制型社会から事後救済型社会への転換であった。誰でも知っていることだが、聖徳太子の十七条憲法の第一条には「和を以って貴しと為す」というのがある。これは、日本は伝統的に世界に先駆けて優れた調和型社会であり、いさかいが起きないように、何でも前もって調整する社会の知恵が生きていたことを示す。典型的な事前規制型社会を形成していたのである。そのために犯罪率が他国に比べて極端に低かったのである。しかし、小泉構造改革は事後救済型の規制緩和であった。

 これは言葉を換えて言うなら、何でも自己責任に帰着する弱肉強食社会を言う。とにかく戦いなさい、競い合いなさい、戦い抜いて勝った者だけが勝利の美酒を飲み、負けたものは自己責任だから、救済される権利は持ちませんよという「小さな政府」論である。政府の規制を取っ払ってこそ、理想的な市場経済が自動的に運営されて行くという考え方である。このネオリベ経済は日本人の民族性に合致しないどころか、これを取り入れた国々はほとんど失敗している。

 事後救済とは言うが、実際に敗北したものはまったく救済されることはない無情な社会ができ上がってくる。富は激しく偏在し、優良資産はことごとく外資に流れ、極端な格差社会を固定化、セーフティネットは破壊される国家を、果たして国家と呼べるのだろうか。国民の生存権や安全に配慮しない国を国家と呼べるのだろうか。

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2009年5月 7日 (木)

国の借金を減らすための正しい処方箋(小野盛司)

  (日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第165弾です)

 国の借金が増え続ける事を恐れる日本国民と日本政府だが、簡単な数学が理解できれば、国の借金を減らす簡単な方法が理解できる。もっとも、外国から借金をしているわけではないし、日本政府には大きな資産があり、それを考えれば恐れる必要が無いのだが、少しだけ簡単な数式を使って国の借金を減らす方法を説明してみよう。

 国の借金とは言うけれど、心配しているのは借金の絶対額ではなく、借金のGDP比であることは国も認めている。そこで借金の絶対額を減らすための式を書いてみよう。簡単な式なのだが、数式の苦手な人は数式を飛ばして、結論だけ読んでいただいても分かる。

 GDPをY、債務残高対GDP比をr、景気対策の規模をK、それによってGDPはmKだけ押し上げられるとすると、税収の増加分を無視しても、その景気対策後の債務残高対GDP比はrから

(rY+K)/(Y+mK)=r+K(1-rm)/(Y+mK)

となる。右の項がマイナスになるように、m>1/rであるような景気対策をすれば、債務残高対GDP比は減っていくことになる。現状ではr=1.741(OECD Economic Outlook 84より)であるから、m>0.57であればよい。つまり1兆円の景気対策で0.57兆円以上のGDP押し上げ効果がある景気対策であれば、借金のGDP比は減る。景気対策の規模が大きければ大きいほど、減少幅も大きくなる。実際は景気対策による税収の増加もあるので、押し下げ効果は更に拡大する。

 では、実際の景気対策でmはどの程度なのだろうか。例えば、09年度補正予算は15.4兆円の規模だからGDP比は約3%、それでGDP押し上げ効果は1.9%ということで、m=0.63なので、借金のGDP比を減らすことができる。今回の景気対策は、住宅を建てたり、車や家電を買ったりしたら助成金を出すという仕組みだから、このような売買には間違いなく消費税が課税されるし、売って儲かれば法人税も増える仕組みであり、助成金は出すが、確実に一定割合で、国は税金で取り戻すようになっている。この税収の増加分を考えれば、もっと大きく借金のGDP比は下がる。そこまで考えれば、景気対策とは実質的に国の借金を減らす。

 過去の景気対策は、今回のものより公共投資の割合が高かった。公共投資は、GDP押し上げ効果が高く、mの値はずっと大きくなる。景気対策としては優等生だから、過去の内閣は多く使った。例えば橋を建設するとなれば、コンクリートや鉄骨など多くの建築資材を買わなければならないし、橋に続く道路も建設されるし、交通が便利になった分、地域の発展に役立つので、経済効果は大きいし、間違いなく税収も増える。国が道路用の土地を買い上げれば、支払ったお金が国民に流れるから、その意味でもお金が国民に流れ、経済を活性化する。お金が地方に流れたから地方が活性化した。

 国民にとってよいことばかりなのだが、いつの間にか公共投資は日本では悪者にされてしまった。今回の経済危機で世界中の国が公共投資に力を入れる一方で、日本だけは公共投資には後ろ向きだ。公共事業が悪者にされた理由は国の借金が、次世代で返さねばならぬものだという間違った考えが、繰り返しマスコミを通じ流されたことだ。実際は景気対策は事実上新しく作られたお金で行われているのだし、どの世代でもお金は作り続けるのだし、返す必要は全くないお金である。それに過去の景気対策は、無駄でもいいから何でも使えと言わんばかりにばらまいたところがある。本当は日本の将来を考えるなら必要な投資はたくさんあったのだが。

 下の表は過去の景気対策とそのGDP押し上げ効果の比較である。これで分かるように、今回は事業規模にせよ、真水にせよ、過去の景気対策より圧倒的に規模が大きい。2倍以上だ。しかし、政府が発表したGDP押し上げ効果は小渕内閣の景気対策より小さい。今回の景気対策は公共投資を抑えたために、景気対策の効果が激減しているのがよく分かる。

Gdp

 2003年に我々がノーベル経済学賞受賞者のクライン氏を招いたとき、彼と話したのだが、彼は教育への投資を提案していた。日本は完璧に公共インフラは完成しているので、もはや公共投資は必要ないと聞いていると言って教育への投資を提案したのだ。日本人の誰かが彼にそういったのだが、そんなわけはない。ハブ空港、ハブ港湾の整備で近隣諸国に大きく遅れている。道路はもういらないと言う人もいるが、今度の連休で大渋滞に巻き込まれた人も多いだろう。私は1974年からドイツ(当時は西ドイツ)に住み始めたのだが、現在の日本の道路事情は35年前のドイツよりはるかに悪いと感じている。

 渋滞は環境に悪影響なのはもちろんだ。例えばリニア新幹線も東京大阪間を1時間で結べば便利になるだけでなく、二酸化炭素の消費量を飛行機の場合の10分の1に減らせる。共同構を設置による電線の地中化、光ファイバー網の整備、学校の耐震化などやらなければならない公共投資は数多くある。風力発電、地熱発電、太陽光発電への投資も重要である。

 景気対策は国民を豊かにする。例えば1998年の小渕内閣の景気対策でも、7.6兆円だけ国がお金を出しただけで、国民を12.5兆円も豊かにした。景気対策で税収も大きく伸びるから、7.6兆円よりかなり小さな借金をしただけだ。しかも債務のGDP比は、この景気対策で大きく減少しているから、実質的に国の借金は減り、将来世代へのつけを減らしている。それなのに国民は景気対策になぜ反対するのか。もっと景気対策を増やせと要求すべきだった。

 先日紹介した政府の答弁書(内閣衆質171第327号平成二十一年四月二十八日)において、「我が国の債務残高対G D P 比の発散を止め」なければならないと書いてあった。実際、経済学者の中には、債務のGDP比が発散するのかどうか真面目くさって「研究」している連中がいる。債務のGDP比は発散(つまり無限大になる)ものだろうか。そんなわけがない。どんなに「頑張っても」無限大には絶対にならない。債務のGDP比が無限大というのは、架空の世界だ。

 仮に、無限大よりずっと小さい数として1000を選んでみよう。国の債務のGDP比が1000になったとするわけだ。国民がGDPの1000倍のお金を国に貸すことができるわけがないから、唯一貸すことができるとしたら日銀しかない。GDPの1000倍ものお金を日銀から借りて政府は何に使うのだろう。ほんの少し使っただけで激しいインフレを起こしてしまうから、政府としては借りたお金を返すしかない。GDPの10倍もの現金を持っているだけでも十分すぎるくらいだから、GDPの990倍相当のお金を日銀に返したとしよう。そうすれば債務のGDP比は一気に100分の1に減る。「発散を止める」ことはいとも簡単だ。

 何が言いたいかと言えば、政府が恐れている「我が国の債務残高対G D P 比の発散」は、空想の世界に過ぎず、政府がどんなに大規模な景気対策をやっても、債務のGDP比は無限大にはならないのだ。つまり安心して、思い切った景気対策をやればよい。もし馬鹿な政治家が、借金の絶対額を減らそうと大規模な増税を日本で強行したとする。国民の持っているお金をどんどん取り上げていくと、企業の大部分が倒産し、経済がみるみる縮小し、金融資産も消えていく。国の借金を返そうとして国民から全財産を奪い取って、経済活動が完全に停止すれば、GDPがゼロになり国の債務のGDP比が無限大になるかもしれないが、適切な景気対策を行っている限り、それはありえない。

 債務のGDP比がある一定以上になると、間違いなく景気対策で債務のGDP比は下がる。GDP押し上げ効果がゼロまたはそれ以下の景気対策などあり得ない。減税なり給付金なりで景気対策をやれば、必ず可処分所得が増える。可処分所得が増えても、それを消費に回す人がゼロだということはあり得ないから100%間違いなくGDPを押し上げる。考えてみるとよい。人は一生のうちいくら稼ぐのか。そして稼いだうちのどれだけを消費するのか。消費とは子供や他人のための消費も含まれるとすると、大部分を消費することは間違いない。つまり、自分の可処分所得のうち大部分は消費に消え、貯金で残す割合は僅かだろうし、そこで残された貯金も次世代が使うことを考えれば、可処分所得の大部分は長い目で見れば消費に向かう。国民が消費すればGDPは増え国は豊かになる。つまり景気対策は、即効性の問題は別にしても間違いなくGDPを押し上げる。「女の物欲が世界経済を救う」というキャッチをどこかの雑誌が使っていた。デフレ経済の時は善悪が逆転し、「節約は悪、浪費は善」なのだ。

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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2009年5月 6日 (水)

「桑田佳祐の音楽寅さん」にまで悪徳ペンタゴンの手が・・

 すでに、植草さんも書かれていたが、私も同じことを感じていた。5月4日、月曜日、フジテレビ系列で、「桑田佳祐の音楽寅さん」という音楽番組をやっていた。何気なく見ていたら、ビートルズの最後のアルバム「アビィーロード」がソラミミで聞こえるように、「ソラミミアビィロード」というのをやっていた。現代政治を皮肉ったソラミミ歌詞で歌っていた。公明党とか、自民党、共産党などを皮肉っていたようだが、民主党のもあった。正確ではないが大体下記のような歌詞だった。この番組の動画が公開されているので興味がある方は自身の目と耳で聞いていただきたい。

http://youtubeowaraitv.blog32.fc2.com/blog-entry-1316.html

 「民主党」

Ah・・  違法 小沢 譲らん 異端児微妙
        違法 小沢 豪腕
Ah・・ 偽装でいいんですかい?   一郎 不満ない!?
    偽装でいいんですかい?
Ah・・ ゼネコン金づる
    特捜もナタ振る 民主党の時代いつ来る
        夢くすみ暗い
    民主党の時代いつ来る
あ~ あ~ あ~ あ~ あ~

_72   麻生氏の漢字熟語の読み間違いも皮肉っており、桑田佳祐氏は民主党の歌だけを歌ったわけじゃないが、上の歌詞を見ると明らかに西松献金疑惑をダイレクトに語っていて、小沢一郎氏をゼネコンを金づるにする悪い奴だと言っているように聞こえる。桑田氏のファンは若者を中心に全国にたくさんいるから、政治的メッセージ性の濃い歌は、そうとうの影響力を持つだろう。この番組も、小泉構造改革派残党の強力な肝煎りがあって、反小沢キャンペーンを展開したのだろう。

 自民党はどんな手段を打ってしても、小沢一郎氏の政治的影響力を削ぎ落としたいものと見える。この番組では一応他党の歌も歌っていて、公平さのアリバイ作りを装っていたが、民主党の歌だけは、ここまで意味の通る歌詞を書くと、ストレートな小沢潰しに見えてくる。植草さんも指摘しているように、自民党は、小沢氏が率いる民主党の政権与党化実現を阻むためなら、手段を選ばずに、どんな手でも打ってきている。非常に影響力の強い芸能人(歌手)にここまで、反小沢キャンペーンをさせることは尋常ではない。

 それほど小沢一郎氏の存在は、従米ネオリベ派の悪徳ペンタゴンにとって脅威になっていることを裏付けている。政権交代が実現して民主党政権になれば、これまでの自民党や財閥関係の悪事が露呈することになる。悪徳のペンタゴンも必死である。



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2009年5月 1日 (金)

③裁判員制度は米国による日本収奪の一環

 裁判員制度とは、この日本をアメリカ並みの訴訟社会というトンデモ社会に切り替えるための制度設計である。これを目論んでいるのがアメリカの弁護士事務所である。日本の金融や保険業界がガタガタにされて主体性を失ったように、アメリカは日本から収奪できることなら、どの分野でも強く介入してくる。裁判員制度も、アメリカが日本の司法制度改革の名を借りて、自分たちが金儲けをするために行う内政干渉の一つである。

 日本社会は伝統的に訴訟沙汰を嫌い、我慢するところは我慢し、譲ることが出来ることは譲って、互いに相互互恵社会を築いてきた。そういう伝統的な村落共同体の和から派生した、いわゆる日本人特有の争いごとを忌避する社会は、鎮守の森的な平和志向から来ている。その淵源をたどれば、その昔、日本列島という狭い島国で、国盗りや水利権争いで血生臭いことばかり起きていたことを反省した先祖達が、知恵を絞って村落共同体をつくり、戦わないような掟をつくって上手くやってきた歴史がある。

 それが根付いて日本人の和の共同体が発達して今日に至っている。ただし、戦後アメリカが強制付与した戦後民主主義が、過度な個人の人権を憲法や教育制度に謳い、伝統的な和の共同体感覚が崩壊しそうになっていることも現今日本の問題となっている。その共同体意識が薄まったとは言っても、まだ日本には、先祖が築いた相互の助け合い精神が残存している。アメリカの新興文化から見れば、日本の伝統的な和の共同体は、きわめて特殊というか、忌むべき反進歩的な世界である。

 それに加え、グローバリズムを敷設して日本を自分たちの商売に有利にするためには、日本的な市場性格が邪魔で仕方がない。彼我のその差異は、アメリカ流の流儀で統一しようとしたことと、金融的乗っ取りを成功に導くために、アメリカは日米構造摩擦を引き起こし、やがてはそれが陰湿に沈潜化して「年次改革要望書」に変化した。彼らは日本の買弁勢力を利用して、日本の市場構造を内部から純粋な市場経済に変換させた。それを最もアメリカの意向に沿うように行ったのが小泉・竹中構造改革路線だった。日本型資本主義を破壊する中心的な政策として、無鉄砲きわまりない規制緩和が断行された。

 司法制度改革も、修正資本主義を行ってきた日本型社会構造を劇的に変換するアメリカの悪意ある作戦である。国民は誰も裁判員となって、司法権執行に自らが参画したいとは望んでいない。望んでいないにも関わらず、その法制度はいつの間にか義務という強制になっていた。一般国民が司法に参加するといえば、国民主権の一つの理想の形のように一見見えるが、裁判のど素人が、なぜ死刑や無期懲役を裁断する重大刑事事件の量刑判断に参加するのか、その理由が判然としていない。

 まず、道義的におかしいのは、死刑制度がある日本で、冤罪確率の高い今の裁判に一般人が量刑の責任を負うことだ。死刑判断が間違っていたとしても、人の命は戻らない。冤罪や国策捜査が頻発するような現今の制度下で、国民参加を義務付けることは「冤罪の濫造」に拍車がかかるような気がする。

 小泉政権が極端な新自由主義構造に日本を切り替えたのは、外国資本と一部の大企業を富ませることが最大の目的だったが、副次的には、極端な格差社会を実現して、日本の和の共同体社会を切り崩し、犯罪多発国家にする目的も含まれている。大きくはそういうベクトルが働いている。国民の司法参加によって、司法レベルを世俗的な方向に下げ、風が吹けば桶屋が儲かる式で、やがては民事における訴訟頻発に繋げていこうという思惑もアメリカの長期戦略にあるかもしれない。司法に国民が身近な感覚として接近するのではなく、逆に司法レベルが下がっていく方向に進むような気がする。

 変な言い方だが、司法レベルが下がるということは民事事件の濫発に繋がる。そこにアメリカのロイヤーたちの金儲けのゲートが開くことになる。長期的には民事訴訟の濫発狙いがターゲットに入っているが、奇妙なことは裁判員制度が民事に導入されていないことだ。アメリカは民事にも陪審員制度があるのに、日本は故意に避けられている。これは前にも述べたが、企業訴訟が起こると日本人裁判員は日本企業の肩を持つからだろう。ここに裁判員制度がアメリカの要望であることがはっきりと見えている。

  現実に米国陪審員達は、日本企業に対しては、非常に不利な判断を下している。だから、彼らは日本でその逆をやられたくない。日本に対し、あらゆるジャンルで収奪のスキームを作り、それを実行して儲ける過程で、日本企業や日本人側から法廷闘争を民事で挑まれたくない魂胆がありありとうかがえる。日本人裁判員から米国企業の敗訴を食らいたくないわけだ。

 米国が与えた日本国憲法では、国民が主権者になっている。その主権者である国民が、仕事を休んで生活を規定され、裁判員という強制的な賦役をなぜやらなきゃならんのか、という話である。この強制性は、誰かが言うように徴兵制度に似たところがある。時局に応じては、国家を防衛する大目的があり、それは国民の幸福に直結することだから、徴兵制度は必ずしも悪いことだとは思わないが、裁判員制度の強制性は、国民の幸福原理には直結しない。参加忌避に罰則があるということも納得しがたい。しかし、現今日本国憲法で、徴兵制度が憲法違反となっているなら、裁判員制度も憲法違反の可能性がある。

 国民は多額の税金を払って専門の裁判官を雇っているのに、なぜ素人の国民が義務まで課せられてそこに参入する必要があるのだろうか。国民の側から言って、何の意味もない苦役に感じられる。そうであっても、参加不参加の選択権があるならまだしも、それはまったくない。これは国民主権の侵害ではないのか。

 もし、一般人裁判員に判事と著しく異なる解釈が出た場合、専門家の裁判官が主導的にそれを訂正するならば、裁判員を一般国民がやる理由はないわけである。3人も裁判官がいるから、6人の素人裁判員は簡単に誘導されてしまうだろう。それに、全国一律である程度そろった判断にならないと(同じような犯罪を犯して、全然違う重さの判断となった場合、法の下の平等に反することになる)、裁判員には、参考とするべき量刑表を渡すらしい。そんなマニュアルみたいなものを素人に出すなら、何も変わらないということになる。

 「この断罪には国民の民意によって常識的な判断が含まれている」という、死刑を下す判事達のアリバイ作りのような気がする。まさに佐藤優氏が指摘したように、裁判官は自己の判断に自信が持てないままに、その責任を国民に分散する気なのかと考えてしまう。裁判の論点を、最初の公判前手続きで絞りまくってしまうらしい。その最も肝心なところには、素人は参加させない。どうせ、彼らには無理なのだから。。。、ということであろう。しかし、実は、その部分が一番大事である。なぜなら、何を俎上に乗せるかを決めてしまうからである。下ごしらえが終わったところで、素人を参加させる形になる。

 裁判員制度は訴訟ビジネスを日本に醸成する目的

 まだよく調べていないが、間違いなく米国が訴訟ビジネスで日本の裁判訴訟件数を増やそうとしている。小泉政権の2004年に創設された法科大学院(ロースクール)制度は、法曹資格を目指す若者を殺到させることに目的がある。この法科大学院制度は米国のロースクール制度を輸入したものだ。なぜ、こんな制度を小泉時代に作ったのかと言うと、法曹人口を格段に増やそうとしているからだ。

 その理由は、日本に訴訟件数が爆発的に増大することを見込んでいるからだ。日本をアメリカ型のぎすぎすした社会に作り変えれば、訴訟ビジネスがたくさん展開することになる。ここへアメリカの法律事務所がこぞって日本に上陸してくることになる。日本の各地に米国の法律事務所が乱立し、彼らは法科大学院を出て司法試験に合格した大勢の弁護士を手駒として、日本の裁判に送り出す。

 これは、ある意味派遣労働者と同じであり、実務に当たる日本の弁護士さんには、こき使った割にはわずかな報酬をやって、あとはごっそり弁護士費用をせしめる魂胆なのだ。小泉政権が行った構造改革は、無茶苦茶な規制緩和だが、それは弱肉強食が思う存分機能する市場原理社会に日本を改悪した。構造改革という掛け声で日本をハゲタカが飛び交う弱肉強食の荒野に変えた。そこで外国資本が思う存分に日本の優良資産を食い尽くした。

 つまり、司法制度改革の一環として始められたロースクールは、弁護士を粗製乱造する工場のようなものであり、粗製乱造された弁護士はアメリカの奴隷弁護士としてこき使われることになる。今起きている司法制度改革は、そういう方向で進んでいると考える。小泉・竹中構造改革が米系外資に貢ぐためのネオリベ構造にしたのは、金融的に日本の国富を収奪するだけではない。日本の伝統的な和の共同体社会を破壊して、犯罪多発国家に作り変える目的もある。階級格差固定社会も底辺層の不満を募らせることになり、訴訟社会の下地を作っている。

 日本人が他人を信じられなくなり、すぐに訴訟するような息苦しい社会は御免である。それを望むアメリカの魂胆を見抜いたほうがいい。清和会を中心とする自民党は、米国に盲従する政策を行ったために、国民を不幸のどん底に落とした。これ以上、自公政権を存続させても国民に希望はまったくない。

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