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2009年7月 1日 (水)

植草事件と国策捜査(1)

○植草事件を見て、国策捜査というものについて考える

 私は、昨今の日本は国家として思いっきり品質劣化を起こしていると感じている。その理由は「時の政権」、この場合は小泉政権及びその継承政権の安倍・福田政権であるが、これらの政権は国策として『年次改革要望書』というアメリカが作成した対日内政干渉に忠実に従って政策運営を行った。特に小泉政権は、竹中平蔵というハーバード・シンジケートの手先のような人間を中核に据えて、日本の市場構造を激変させた。小泉・竹中構造改革は、日本の伝統にも国柄(くにがら)にもまったく不整合な政策を取ったため、公共性、社会性そのものが破壊されてしまった。

 日本市場のアメリカ化。これが小泉自公政権によって急速に行われた国策転換の実態である。植草一秀さんの国策捜査はこの大転換の時期に発生した。なぜ、植草一秀という特定の個人が狙われたのか?それは彼が、小泉政権が志向した国政グランドデザインの大転換において、その本流に背く方向性を経済学者として持っていることと、民営化と小さな政府思想によって華々しく展開された小泉流構造改革に、巨大な利権が絡む政府犯罪の姿を読み取って指弾したからだ。

 日本はケインズ主義的な公平配分の基本に、適度な市場原理を混合させて日本特有の修正資本主義で戦後経済を有効に立ち上げてきた。ところが中曽根政権の時代から、新自由主義の傾向は強まって行き、小泉政権では完全な新自由主義に日本を転換した。この大転換は国益と国民の幸福を害する性格を帯びていたが、官邸主導とマスコミの協働によって、あまりにも巧みに偽装され、大多数の国民はこの国政の負の部分に気付かなかったのだ。植草さんが仕掛けられた国策捜査は、この急激な国策パラダイムの大転換の中で起こった。

 この転換を、庶民感覚で平易化して説明するなら、大きな欠陥を持ちながらも富の公平配分が実現されていた経済構造は、小泉政権によって断ち切られ、富は一部の特権階級や外国資本に極端に偏る構造に変わってしまった。公平配分から極端な傾斜配分社会への転換である。小泉政権の偽装はいつまでも続かなかった。2007年夏期参院選挙では、小泉構造改革への批判的な結果が如実に出ていた。傾斜配分というのは二分的階級格差社会の到来を意味し、中間層は絶滅、地方経済は死滅状態になった。毎年2200億円の福祉予算の削減は、憲法第25条に既定される生存権を脅かす

 二度の植草事件は、国民がまだ小泉劇場政治の偽装性に惑わされていた時に起きた。私は何度も繰り返しているが、小泉政権の本質を見究めなければ日本政治の刷新はできないのだ。そろそろかなり多くの人も気付いてきたが、この政権の悪の本質を最も的確に深く究明し、それを国民に説明できる人こそ、植草一秀さんなのだ。植草さんには偽装も通じないし、世間的な脅しも通じない。一旦見究めたことは国民のためになるなら、何があって言い続ける人だ。その姿勢は彼のブログによく表れている、

 小泉政権の反国益性、利権創出の構図、民営化と銘打った私物化、国民を傷つける数々の悪辣な法制度、これらを見ることができる国民が増えてきたと思うが、それなら小泉政権側に自分が立っていると想像すればいい。優先的に考えるのは、真相を見抜いて弾劾言論に打って出ている植草一秀という人物を黙らせることなのだ。子供でもわかるが、権力の阻害要因は排除するのが国家機構の常である。

 小泉政権の国策に背く思想スタンスを持ち、警告的な言論を発した学者や有識者は、軒並み言論の場から駆逐され、残ったのは御用有識者のみであった。植草さんの小泉政治糾弾に共感する人たちは、なぜ植草さんが狙われなければならなかったかを考えてみれば、彼の事件が国策捜査であったことが論理的整合性をともなって見えてくるのだ。都合の悪い個人を狙い撃ちする傾向が強くなっている。狙い撃ちとは、言論表現という舞台において、対象とする個人の社会的生命の徹底的な剥奪を意味する。この傾向は小泉政権下において最も強くなっている。例を挙げれば、国家に狙われた者として鈴木宗男氏、佐藤優氏、西村眞悟氏、村上正邦氏などがいる。

 そして今、私たちが支援している、傑出したエコノミストのひとりである植草一秀さんがいる。政府に物言う空気がはばかられ、同時に国家が国策を批判する個人を狙うようになったら、その国は衰亡傾向をたどっていると断言しても差し支えない。ぎらついた電飾に照らされた小泉構造改革の一方で、国益を志向するまともな言論人がメディアの舞台から露骨に降ろされたことも、我が国の末期的なねじれ(非対称)現象の一つである。政治評論家の森田実さんやエコノミストの紺谷典子(こんやふみこ)さんが、テレビ舞台から下ろされたのは、植草さんと同様に、彼らも良心的な有識者だからである。

 我が国は戦後の一時期、未曾有の経済発展を遂げたが、一方では倫理道徳は頽廃し、国家防衛の基本理念である自主防衛構想は60年以上も放擲(ほうてき)されたまま今日を迎えた。この長い期間を米国の膝下に甘んじたために、いまや我が国はローマ(ヘビ)に睨まれたカルタゴ(カエル)のような状況に置かれている。すでに日本人は、国際政治や経済においても民族自決の精神を忘却し、国家そのものが萎縮してすくんだ状態になっている。身動きが取れないままに害獣(国際金融資本)の餌食にされようとしている。滅びの深淵が目の前に迫っているというのに、日本人は脳天気な毎日を過ごしている。

 国家の荒廃は小泉売国政権によって一層激化した。その一つの鮮明な現象が国策捜査である。国策捜査が頻発する国家とは、政治的には警察国家に変わりつつあることを示し、経済的には新自由主義の到達点である「夜警国家」に向かっていることを示している。通常、警察国家と夜警国家はその意味合いが異なるが、我が国の場合は、奇しくもその両者の傾向が同時発生的に進行し、急速に国家的求心力が脆弱化するという特殊な状況にある。行き着く先は、顔と国籍を失った流浪の民が弓形の土地にいるだけという荒廃した近未来世界を予想させる。今の日本人は三島由紀夫が39年前に予見したとおり、急速な無国籍化に向かっている。

 続きは、別記事に書きたい。

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コメント

私も収監される植草一秀氏の身の安全を憂える者です。残余期間が二ヶ月との事ですが、氏の生命の保障が計られなければなりません。今、氏を失う事は我が国土を失うに均しい。奸計の魔手が氏に及ばぬよう、善き方策は無いものでしょうか。市井壱人として微力ながら氏の応援をしたく思います。

投稿: 山下威司 | 2009年7月 1日 (水) 20時44分

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 暴想さんが最近発表した「ココログ最強カレンダー」は本当にすばらしい。 1、上部の←、→クリックで前月、次月に進める。 2、エントリーにポインタを持って行くとエントリー名がポップアップする。 3、さらに素晴らしいのは、過去エントリーにアクセスした時、カレンダーもその月に替わってくれる。 以上です。 ※追記(2009年7月1日):もう2年前のエントリーですが、表題を修正してから昨日植草さんのエントリーにTBしました。今朝見たら早速この「ココログ最強カレンダー」が設置されていました。場所も、昨日までの旧... [続きを読む]

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