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2009年7月31日 (金)

企業献金問題は国家構造論的な重大瑕疵である!!

  「企業献全面禁止」の件については、植草さんも、鬼頭弁護士さんも、余程の勇気を持って、問題に切り込んでいっていると管理人は考えている。これは自己保身を考える御用有識者にはまったく見られない素質であり、ただただ心から感嘆する以外にない。

 グランさんという方には、7月27日(植草さんブログ)の鬼頭弁護士さんの論考に対し、「鬼頭弁護士の崇高なる正義に向けた見識と勇気あるその気概に、読者として心から敬意を表します。」と、コメントを寄せていただいたが、管理人としても、同様の感想を持って今回の論考を見ている。企業献金問題は、国民全般に問題意識が浸透していないが、冷静に考えてみると、日本の国家構造論から言って、これは重大な瑕疵と言える悪弊なのである。

 同時にグローバル資本主義のトレンドの中で、日本には国富収奪目的の国際金融資本が暗躍してきた時、それらの牛耳る企業から政治献金が常態化すれば、政治は企業側の論理に沿うものになり、そればかりではなく外国資本の論理が国政の本義を侵食することになる。これは日本にとって国家防衛論的な意味を有する重大事なのである。問題は国民レベルでこの問題の重要性が認識されていないことにある。

 管理人がしばしば日本版エクソンフロリオ条項の制定と発動が重要だと指摘していることにも、実は大きく関わっている。以下に朝顔☆さんからいただいた重要なコメントを掲載しておく。

                            管理人
__________________________________

投稿者: 朝顔☆

      かっちょ様、管理人様   

 「企業献金禁止は、グローバリズムを唱える輸出企業偏重で市場原理主義・外国資本重視の現在の日本政治の根本を、国民生活第一の政治に変えていくための第一歩として絶対必要な要件」とのご指摘を拝読して、新たな視点を頂いた思いです。
 
 管理人様も書かれておられますように、「企業献金はグローバル資本主義偏重のトレンドの中で発生した」ということと関係があるのでしょうね。
 かつて、財界は、冷戦構造を前提に、「自由主義経済体制堅持」との名目を用い、献金を正当化していたとのことですから、つまり、企業献金の問題は、「西側陣営の一員として」という当時の流行りのフレーズに隠された、米国一極支配構造下における我国の半植民地的位置づけとも、関係しているのかもしれません。

 しかし、本日の植草氏ブログにも書かれているように、とうの昔に、いわゆる冷戦構造は終焉しているわけですから、もはや、財界は、そのような言い訳を使うわけにもいきませんね(^^)。

 「鬼頭弁護士の考察にもあるように、そもそも企業献金は短期長期の政治からの見返りを期待してのものであるわけで、政治献金の大半を企業献金に依存する自民党が、企業寄りの政策を実行することは自明の理」。
 誠にもって、かっちょ様のおっしゃる通りだと思います。

 企業献金は、「『涜職罪か、しからずんば、特別背任罪』というアンチノミー(二律背反性)を、本質的に、内含している行為」とのことですから、当然、大企業の利便を図る政策を求めて企業献金をするのであろうと考えられます。そして、企業献金を受け取ってしまえば、企業側に配慮する政策へと向かうのも当然だと思います。

「大資本のための政治」も、「米国のための政治」も、「官僚のための政治」も、止めていただきたいものだと強く思います。
2009年7月31日 (金) 12時17分

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企業献金考(かっちょさんの投稿)

(※読者のかっちょさんの投稿です)

____________________________________

かっちょ

 企業献金禁止は、グローバリズムを唱える輸出企業偏重で市場原理主義・外国資本重視の現在の日本政治の根本を、国民生活第一の政治に変えていくための第一歩として絶対必要な要件と考えます。

 鬼頭弁護士の考察にもあるように、そもそも企業献金は短期長期の政治からの見返りを期待してのものであるわけで、政治献金の大半を企業献金に依存する自民党が、企業寄りの政策を実行することは自明の理であります。

 戦後一貫して自民政治の基本は企業寄りでした。
しかし、高度成長期からバブルに至る期間は、日本的な分配率の高い税体系や日本的家族主義的企業風土があったために、企業が潤えば従業員にも富が分配されていました。会社は株主や経営陣のものだけではなく、社員全員のもの、社員あってこその会社でした。その分配の結果、総中流といわれる豊かな中間層が形成され、中間層の旺盛な消費意欲による個人消費によって大きな内需が次々生まれ、持続的な経済成長を続けてこれたのではないかと思います。

 それがレーガンサッチャー以降、新自由主義が台頭しグローバリズムが世界的な流れとなって、国内でも規制緩和が叫ばれるようになり、それまでの分配率の高い「日本的な」経済システムを閉鎖的で特殊なものと非難し、グローバルスタンダードと言われる新自由主義システムに急激に変更しようとした(=カイカク)。

 すなわち、日本の政治は戦後ずっと企業寄りの自民政治であったが、構造改革以降、企業利益の分配システムが全く変えられてしまったために、政治が誘導した企業の利益が、国民に配分されることなく、株主である富裕層ばかりに集中するようになった!のではないか!?

 そのため国民はいざなぎ越えともいう好景気もまったく実感することなく、それどころかハケン労働解禁という資本家寄りの労働法制改悪も相まって、逆に平均所得は減少し、国民の貧困化が進んだこの10年間といえるのでは!??

 政治は旧来のままで、経済システムだけが新自由主義的に急激に変更されたため、総中流といわれた中間層がなくなり、その衰退は自動車や住宅の購買力も低下し、国内市場の需要も減少し経済の停滞に拍車をかける結果となっているように思われます。

 社会的にも、国民(特に弱者)にしわ寄せがなされ、自殺率の上昇や凶悪犯罪が顕著になり、年金健保は破綻寸前、介護疲れの老人は絶望し、若者は将来に希望を持てなくなり、結婚率も低下し、少子化にはますます拍車がかかる現状に至っているのではないでしょうか!?

 そんな行き詰まり状況の中での第45回総選挙!

 政権交代必至といわれる中、民主党が掲げた『企業献金禁止』のマニフェストは、国民中心の政治を実現する上で大切な第一歩と評価できると思います。民主党も様々な考え方の方がみえるので、簡単に良い政治に転換できるとも思えませんが、企業献金禁止によって政治が企業目線から国民目線に変わることで、目指す方向性はこれまでとは大きく変わっていくもの!と期待しています!!!

(以下管理人)

 大変素晴らしい記事であり、内容はまさにその通りであると思う。企業献金はグローバル資本主義偏重のトレンドの中で発生した。アメリカは収奪の準備として、日本市場の閉鎖性を悪と位置づけ、これをこじ開けるためにありとあらゆる内政干渉を施した。金融ビッグバンのときに、フリー、フェアー、グローバルの掛け声をやって、日本的な相互互恵形態をぶち壊したのもそういう動きであった。市場や会社会計の透明性と言えば、いかにも聞こえはいいが、要するにアメリカに日本の台所事情を丸見えにされたのである。

 会社法(旧商法)の改正も、日本的な家族志向的企業ガバナンスから、青い目の株主優先の企業ガバナンス(企業コード)に変えられた。企業献金の問題も、実は国内問題というよりも外資系企業優先のトレンドに急激に変わろうとしている。すべてが英米系外国資本の利益向上に向かっている。こういう傾向を国政的に敷きながら、野放しにしてきた自民党政治の責任は国家犯罪級である。それは小泉政権時代に先鋭化した。

 企業献金問題を解消するということは、政治を資本家から庶民の手に取り戻す第一歩である。

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2009年7月30日 (木)

ななしさんの対米論、その他

(※読者のななしさんの投稿です)

  報道ステーションがまたまた郵政民営化プロパガンダを垂れ流してたそうですね。選挙が近いからでしょうね。

 少しでもチルドレンや清和会系、武部等の売国奴へのアシストをやるつもりのようです。郵政選挙の時のような大規模なプロパガンダは外資系金融屋が弱ってるから出来ないでしょうけど要注意ですね。

 郵政民営化して成功した国なんて世界には皆無なんですがね~。
ニュージーランドではその代償として国営のキーウィ銀行を作らざるを得なくなったと聞いております。

 金融危機で新自由主義勢力・米英金融資本はあきらめたのかと思いきや、まだまだあきらめていない様子です。

 彼らのエージェントである竹中のお仲間松原聡が報ステで独演会やってたそうです。反対派の有識者や政治家を出さないのは如何にも偏ってますよね。報道番組もだんだんと選挙モードのプロパガンダを垂れ流すようになって来て選挙近しを実感しております。

 ああ言った特定勢力に加担するプロパガンダを垂れ流すのは選挙法違反やメディア規制違反に当たらないんでしょうかね?今度は郵政選挙の時のようには行かないでしょうけど。

>今、ワシントンで、米中戦略経済対話が行われていて、大統領が、
>中国を最重要パートナーだと言いました。

 これに関しては90年代に認識しておくべきでしたね。おそらくはプラザ合意はこれに基づくもの、冷戦が終わると分かっててやったものだと思われます。その後の米国の対日態度、対中態度、特に経済におけるそれを見れば明らかでしょうに。

 だったら米国に上納金ひたすら納めたり、日本の富を米国に還流する仕組み(世間は構造改革と呼んでいるが)を作らなきゃよかったと思いますね。その金で極端な話核武装でもしておけばよかったと思います。北の脅威を利用してね。

 それから米国は統一朝鮮に核を持たせて極東のイスラエルにしようとしてると感じてますが如何でしょうか?とにかく米国から自立しないとじり貧は確実でしょう。自立してもジャパンバッシングでじり貧なら自立した方が良いですよね。植民地化されるよりは遥かにマシだと思います。

 そう言えば小泉改革を称して日本のサイパン化だと仰った方が居ましたね。確か森田実氏だったと思います。戦後のフィリピンと言い替えてもイイかも知れません。大岡昇平氏のレイテ戦記によると現地富裕層と組んで相当現地のフィリピン人を搾取して戦後の米国統治は現地の老人に言わせると最悪だったそうですが。

 ちなみにその老人による評価は、

戦前の米国の統治>スペインの統治>日帝の統治>戦後米国による統治 だそうですw  

 つまりは最悪だと言う事です。

 南米が何で反米かと言うと同じような原因からなんですね。米国の裏庭と称して相当米国資本が悪どい搾取をやって来たからなんですね。その典型が2度のデフォルトに陥ったアルゼンチンだそうです。日本人はそう言った過酷な他国の状況を知る必要も感じますね。他人事じゃなく日本も放っておけばそうなるよと。

 佐高信さんがある本のあとがきで日本人の軽信を鋭く批判していましたが、日本人は相手を信用し過ぎるんですね。この場合は相手は米国やその手先の事ですが。美辞麗句を吐く奴はまず疑ってかかれと。日本人は性善説に基づくそのお人好しを改めないと食い物にされるなと私も感じます。

 それから米国を牽制する意味でもロシアや南米との関係が非常に重要だと感じます。どちらも日本が必要とする天然資源や食糧が豊富ですし、ロシアには米国に匹敵する核弾頭がありますから。何よりも国民レベルでは親日と来ています。

 このまま行くと北方四島どころでは無く日本人の支配する国ではなくなりそうですし。この際北方領土の件は棚上げにしてでもロシアとの関係は強化すべきだと思いますね。橋本派、特に鈴木宗男氏あたりはそう考えてたと思います。とにかく日米関係は見直すべき時が来てると思いますね。

 何も敵対しろと言ってる訳では無くて距離を置こう、自立しようと言ってる訳で。これ以上経済的に疲弊すればそれさえも無理になりますから。

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2009年7月29日 (水)

小沢一郎氏が言挙げした「企業献金の全面禁止」は政治刷新の重大要件だ!!

  植草一秀さんといえば、今や知る人ぞ知る、小泉政権糾弾者として第一人者であり、りそな銀行破綻寸前から救済劇にまつわる、金融インサイダー取引疑惑を提起した唯一の人物でもある。しかし、管理人は最近、植草さんが語る、まったく別の政治マターの重大性に気が付き、そのあまりの衝撃に愕然としている。それは企業献金全面禁止の件である。小泉政権という政治現象はアメリカの内政干渉が生み出したものだが、「企業献金」と「官僚の天下り」という二大構造こそ、地獄の小泉政権を生み出した社会土壌を醸成していたのだ。

 こんな単純なことが、今まで管理人にはどうして気付かなかったのかと、強い悔恨が湧いてくる。しかし、それも無理もない条件があった。それはマスコミがそれを問題として報道に載せないからだ。企業献金があまりにも恒常的に当たり前に行われてきているので、国民はそれを悪として認識できないでいた。

 今年の3月3日、小沢一郎民主党代表(当時)の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、東京地検特捜部は、西陸山会の会計責任者で小沢氏の公設第1秘書、大久保隆規氏と、西松建設の前社長・国沢幹雄氏を起訴した事件があった。小沢氏はこの件にちなんで、3月19日に重大なことを口にした。記者に「公共事業受注企業からの献金を禁止する考えはないか?」と聞かれた時、彼は「禁止するならば、企業・団体献金を全面的に禁止すべきだ。一番スッキリする。そのうえで、税制上の優遇措置など個人献金を増やす方法を考えるべきだ。今回の(事件の)教訓でやるならばそれだ」と答えている。

 植草さんは、小沢氏の「企業献金全面禁止」の提案を、国家統治論的、国家構造論的な文脈において、深い洞察でとらえたものと推察する。3月19日の小沢氏の企業献金全面禁止提案から3日後、22日のブログ、『企業献金全面禁止』の是非が総選挙最重要争点」にはこう書いている。

企業献金の全面禁止は日本の政治を刷新するうえで、最も有効な方法のひとつである。「大資本を幸福にするための政治」から「一般国民を幸福にするための政治」への転換は、企業献金が容認される限り、大きな困難を伴う。「大資本」の利益を優先する政党の資金力が企業献金の力で増大し、「一般国民」の利益を優先する政党の資金力を凌駕するからだ。

(ただし、企業献金の全面禁止については、時系列的に植草さんのほうが最初に提示していたと記憶する。もしかしたら小沢氏は植草さんの言葉に影響を受けて、記者会見で企業献金の全面禁止を訴えたのかもしれない)

 単純に考えてもわかるが、企業献金は国民の重大な権利である選挙権・参政権を実質的に侵害する性格を強く有するのだ。政治家や政党が、企業献金の多寡にしたがって、企業に有利な政策を行った場合、政策のベクトルが企業へ向かい、人間個々の社会的人格の向上や幸福に寄与しない政策出力が惹起されることは容易に想像が付く。企業は資本のダイナミズムにしたがって動くから、そっちに政策の重点が置かれ、人間不在の無機的な政策が施行される。政治は資本家だけが益する方向へ向かってしまうことになる。

 政治は人間の幸福のためにあるべきであり、企業という営利的、非人格的なものに向かうべきではない。産業革命後の資本主義国家が国家経済を運営するに当たり、修正資本主義という、多分に社会主義的要素を強く取り入れたシステムを採用せざるを得なくなったのには、理由がある。産業革命直後のイギリスは、剥き出しの資本の論理が横行し、土地も資本も持たない労働者階級は、ひどい環境でこき使われ、悲惨な生活に甘んじるしか術がなかった。

 あまりにも凄惨な状況を国民に強いたので、当時の政府はやむなくセーフティ・ネットを構築せざるを得ない局面に立たされた。市場原理にのみ拘泥すると、資本強者のみが一人勝ちをする。この状況はビル・トッテン氏の「アングロサクソンは人間を不幸にする」に詳しい。

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 小泉政権は日本を極端な市場原理主義に傾斜させた。このために日本の再配分システムが劇的に変化し、大企業、特に外資比率の大きな企業に配分が傾斜し、中小零細企業には配分が回らなくなった。小泉・竹中構造改革路線は「聖域なき構造改革」と銘打って、目白押しに規制緩和を断行したが、その結果は弱肉強食の惨憺たる状況を招き、日本は一握りの特権階級と、大勢の底辺階級の二極分化階級社会になりつつある。

  小泉政権以前に、「政官業の鉄のトライアングル」が長年にわたって継続していたのは、企業献金と官僚主導の利権構造が確立していたからなのだが、国民がそれに気付きながら、ある程度許容していたのは、ケインズ主義的な再配分があったからだ。上の連中はうまくやっていて気分は良くなかったが、国民は、そこそこに喰えるだけの再配分があったので、怒りは沸騰しなかったのだ。

 政治が国民にとって、徐々に不満の対象となっていったのは、官僚主導の利権構造(天下り)と企業献金による政治の利益誘導が行われたまま平成大不況に突入し、天下りやハコモノ行政に怒りの矛先が向いていたからだ。官僚の天下りは、メディアもある程度は報道していたと思う。しかし、大問題なのは、もう一つの恒常的な企業献金がメディアから隠されていたことである。悪徳ペンタゴンは企業献金については極力国民に認識されることを嫌っているようだ。

 財界も民主党のマニフェストを見ても、企業献金のことはおくびにも出さなかった。財界が最も触れて欲しくない部分だからだ。それは悪徳ペンタゴンに属する政治家も同様である。彼らはメディアに働きかけて企業献金問題から国民の目を逸らし続けている。

 この状況は一種の洗脳である。国民はメディアが絶対に啓蒙しなかった企業献金「制度」(条文化していないだけで、実際はすでに暗黙の了解で「制度化」しているのだ)をまったく認識していなかった。小沢一郎氏がこの「企業献金全廃」を言挙げしてメディアに載せた。それを受けて、すかさず植草さんが企業献金の重大性につき、ブログ発信したのだ。言挙げは小沢氏が行ったが、意識的には植草さんが先行していたのだ。非凡な二人の識見が、悪徳ペンタゴンによって閉ざされていた堅固な言語空間の一角を切り拓いたのだ。加えて、鬼頭栄美子弁護士が、これについて実にインパクトのある専門論考を提起した。

 メディアは、企業献金によって癒着した政治と大資本の姿を、国民から隠蔽していたのである。つまり、国民に企業献金が悪だということを知られたくないのが、悪徳ペンタゴンの強い意志であるらしい。小泉政権以前にも、企業献金が政治を歪曲させ、大企業優位の政治が行われてきた。そういう政治土壌が、小泉政権という極端な新自由主義政権を実現させてしまったとも言える

 外資に有利な会社法(旧商法)改正や、構造改革と称する無茶苦茶な規制緩和も、企業献金のベースと合致した動きであった。特に、外資比率が半分以上の会社が企業献金を行った場合、その政策出力が、国家防衛的に見て破壊的になるのは火を見るよりも明らかなことである。アメリカの内政干渉である年次改革要望書の存在も、企業献金の実態もメディアは封じてきた。この事実は戦後日本の「閉ざされた言語空間」に関わるからだ。すなわち、企業献金が問題化されなかったことも、大枠では日米二国間関係(宗主国ー属国関係)の桎梏を示しているのだ。

 要約すれば、企業献金が大資本の政治的優位性を確立し、それが官僚の天下りとともに、国家構造として恒常的に根付き、そういう土壌が小泉政権で極端な新自由主義として結実した。その結果、より先鋭的に大企業や外国資本に極端な傾斜配分を寡占させ、国民への利益配分が遮断されている。これがセーフティネットの大破壊や、格差社会出現に輪をかけている。

  企業献金の全面禁止は今後の政治刷新の重要な鍵を指し示している。国政選挙の重要な論点となるべきではないだろうか。

  なお、発表された民主党マニフェスト(各論1-6)には、「企業団体献金・世襲を禁止する」が盛り込まれており、その具体例として、「政治資金規正法を改正し、その3年後から企業団体の献金およびパーティ券の購入を禁止する」などが、公約されている。次の時代のために、民主党は心して実行して欲しい。

民主党マニフェストPDFのURLは下記。
 ↓
http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/pdf/manifesto_2009.pdf


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民主党のマニフェストに恐怖感を覚えた(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第184弾です)

 いよいよ政権交代だとマスコミが騒いでいる。民主党のマニフェストが出たのでさっそく読んでみた。正直、このマニフェストに基づいてこれから4年間政治が行われるということに恐怖感を覚えている。このマニフェストには、「国の借金」の事も「赤字国債」のことも一切書かれていないのだ。自民党の財政金融政策は間違えていたが、この問題は正面から立ち向かい解決方法を探ろうとしていた。「2011年基礎的収支の黒字化」などという馬鹿な目標を立てたりしていた。赤字国債の問題も悩み続けていた。悩みは実質的には「お金を刷る」のかどうかということであった。

 どうも、民主党はこの問題は議論の余地も無いということなのだろう。どんなに景気が悪くなってもお金は刷りませんよと言いたいのだ。デフレ=大不況の真っ最中で、均衡予算を貫くことの怖さは、世界大恐慌で経験済みのはずだ。世界大恐慌を引き起こしたフーバー大統領や昭和恐慌を引き起こした井上準之助の緊縮財政はよく知られている。民主党は、どんな経済の非常事態でも、赤字国債にはNOと言い、景気対策は完璧に封印し、議論すら受け付けないということだろうか。

 お金を刷って巨額の景気対策を行っている中国と米国の経済回復は早い。中国の株の上昇が止まらない。上海と深せんの両株式市場は今年に入ってそれぞれ75%と95%上昇している。中国の上場企業の時価総額は3兆2100億ドルとなり、日本の3兆2000億ドルを抜き、ついに世界2位になった。米中共に追加の景気対策を考えている。

 景気対策をためらう日本はどんどん貧乏になっていく。GDPが伸びなければ国の借金のGDP比も増える一方だ。自民党はこの問題を盛んに議論していたが、不幸にも間違えた結論に走った。民主党は議論さえせず間違えた方向に突っ走るようだから、日本は大不況が続き、どんどん貧乏になっていきそうな気がしてならない。

 「景気回復を潰す政権交代」というタイトルでドイツ証券の安達誠司氏が論じている。
http://news.goo.ne.jp/article/php/politics/php-20090516-02.html

 日本経済復活の会では、8月26日(水)安達氏を招いて講演をお願いしているので、興味がある方は是非ご参加いただきたい。

 民主党政権になるにしても、連立でやっと過半数を取る形になって欲しいと願っている。そうすれば国民新党の意見が反映される可能性が出てくる。それに加え期待するのは、民主党の中にいる日本経済復活の会の顧問の国会議員だ。正しく経済を理解されている先生方も多いし、その方達が民主党を正しい方向に引っ張って下さることを期待するしかない。

 鳩山党首自身も日本経済復活の会の顧問だ。自ら顧問になりたいと申し出られ顧問となった。彼は計量経済学をちゃんと理解している数少ない政治家だ。実際の彼の考えと、民主党党首としての発言に食い違いがあるのかもしれない。鳩山氏からのメルマガを私は受け取って読んでいる。鳩山由紀夫メールマガジン第404号(6月19日)には「財源は、
(1)借金(国債)、(2)増税、(3)無駄の排除、で賄うことができます。」と書いてある。トップに来たのが借金(国債)だ。

 これを読んで私は大変喜んだ。彼は経済を理解している。民主党が赤字国債を思い切って出す、つまりお金を刷る政策を断行するということを決意してくれたら、日本経済復活の道が大きく開けるからだ。しかし、マニフェストにはそのことは何も書かれていないことには、逆に大変失望した。

 民主党のマニフェストには、民主党の藤井裕久最高顧問が深く関与していると言われている。彼は極端な緊縮財政主義者だ。民主党が政権を取ったら財務大臣あたりに起用されるのかもしれない。そうなると日本経済は長期暗黒時代に陥りそうな予感がする。彼は消費税増税は当然だと主張する。これからの民主党の動きが見逃せない。

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城内みのるさん応援サイトへ日本に希望を与える信念の男、城内実

小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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植草一秀氏の収監を目前にして(弁 護 士  鬼 頭  栄 美 子)

 弁護士の鬼頭栄美子氏が植草さんのブログに、「企業献金全面禁止」に関する論文を特別寄稿されていたので転載する。

「企業献金全面禁止」は、植草さんの言う「悪徳ペンタゴン」の一角、すなわち、「大資本」(業=大企業) と 「政治屋」の 深い結びつき を崩すことなのだと思う。

「企業献金全面禁止」と「天下り根絶」は、財界支配、官僚支配といった「構造的悪弊」を、根幹から絶ち、政治の本質を変革し、政治を国民の手に取り戻すための重要な施策であると、管理人は、考える。

全部で三部に分割されているが、ここでは一括して全文掲載する。 

(転載開始)   

◎植草一秀氏の収監を目前にして(その1)

―企業献金全面禁止の意義-

選挙権を持たない企業が、金の力で、政治を左右してよいのか!

            弁 護 士  鬼 頭  栄 美 子

 植草一秀氏の収監が、刻一刻と近づいている。

 かかる緊迫した状況下においても、植草氏は、日々ブログを更新し、政治・経済情報を発信し続けている。強靭な精神力である。

 今、日本は「政治を刷新する最大のチャンス」を迎えている。

「国民はこのチャンスを絶対に逃してはならない。国の命運がかかっている。」という思いが、植草氏を支えているのだと思う。この重要な時期に、収監され、発言を封じられる植草氏の無念はいかばかりか。氏の悔しさを想像するに余りある。

 国民にとっても、総選挙を控えたこの時期、優れたオピニオン・リーダーである植草氏の言論に接し得なくなる損失は、計り知れないほど大きい。

 副島隆彦氏、平野貞夫氏、鈴木淑夫氏、梓澤和幸氏、渡邉良明氏、紺谷典子氏、マッド・アマノ氏、山崎行太郎氏、ベンジャミン・フルフォード氏、をはじめ、(ここにお名前は書かないが)、多くの人が、植草氏を支え、見守っている。

 また、ブログや掲示板投稿などで、植草氏支援を表明する方々の数は、日ごとに増え続けている。次期総選挙の最大の焦点は、(以下、植草氏の文章をお借りして書くが)、「日本の政治を「政官業外電の悪徳ペンタゴン」から国民の手に奪取できるか」である。具体的には、植草氏の7月22日ブログ記事に詳しいが、端的に言えば、「献金・天下り・消費税」が最重要争点とのことである。

「自民党政治は『企業献金』によって支えられている。巨大な企業献金が自民党政治を国民の側でなく、大資本の側に向かせてしまうのだ。だから、企業献金の全面禁止が有効な施策になる。」と植草氏は述べている(6月17日記事)。

 また、「『大資本のための政治』を排するうえで、もっとも重要な公約」の一つとして、植草氏は「企業献金の全面禁止」を挙げている(7月22日記事)。(民主党が2009年6月1日に提出した「政治資金規正法等の一部を改正する法律案」については、ここをクリック。)

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そもそも、企業からの政治献金は、何が問題なのか。

 一言で言うなら、それは、「選挙権を持たない企業が、金の力で、国の政治・政策を左右することを、許してよいのか!」という問題である。

 国民主権(憲法前文、1条)、議会制民主主義(憲法1条、15条、41条)、普通選挙制度(憲法15条、44条)の根幹に関わる事柄であり、企業献金を認め続けることは、主権者国民の参政権を実質的に侵害する、違憲の疑いが濃い重大問題なのである(この点、(その3)に後記する元最高裁長官の意見表明-特に、赤字アンダーライン部分-を、じっくり読んでほしい)。

 企業の政治献金については、第一に、「参政権の性格」から考えるべきである。

 参政権の性格(参政権・選挙権の本質は、自然人のみが主権者として有する政治的基本権であること-憲法15条、44条)を踏まえれば、献金額の多寡に関わらず、企業の政治献金を許してはならないことは、自明である。

 普通選挙権獲得の歴史に鑑みても、また、憲法論的意味においても、政治意思の形成・政治過程への参画は、自然人のみに期待されており、企業の出る幕ではない。参政権・選挙権の分野において、企業(法人)と個人(自然人)を、同列におくことがあってはならない。

 第二には、現代社会における企業(法人)と個人(自然人)の、圧倒的資金力の違いを前提に、「大資本による、参政権歪曲化」の観点から考えるべきである。

 企業による巨額の政治献金は、個人献金の価値を低下させ、その比重を著しく減殺する。企業から特定政党への献金額(7月22日記事)を見れば、選挙戦においても、その後の政策決定においても、企業が政治に多大な影響を及ぼしてきたであろうことは明白である。

 企業の献金先は、企業の利益を代表・代弁する特定の政党・政治家に集中すると考えられる。献金を受け取った特定の政党・政治家の政治活動は、自ずから、献金をしてくれた企業の利害に配慮したものとならざるを得ない。これでは、政党・政治家の政治活動が、参政権・選挙権を有する主権者「国民を代表」する(憲法43条)ものになり得ない。
 選挙の過程においても、資金力の差による様々な悪影響が考えられる。

 かかる「大資本による、参政権歪曲化」状況を、個人の選挙権自由行使への直接干渉でないから構わないとして、座視してはならない。また企業は、時として、自社従業員を通常業務から外し、立会演説会のサクラ役を命じるなどその他様々な方法で、特定政党への選挙支援・その後の政治活動支援を行うことがある。

 「金」の献上ならぬ、「人」の献上である。会社員は、その経済的生殺与奪を会社に握られている。納得いかないにせよ、社命を帯びた業務命令には、容易に背けない。その結果、企業の圧倒的資金力を前提に、マン・パワーの供給が可能となる。これも、形を変えた、企業からの政治献金の一種であることを忘れてはならない。

 企業献金を許すことは、国民主権、議会制民主主義、普通選挙制度の根幹を揺さぶる問題、これらの空洞化を招来しかねない問題であり、主権者国民の参政権行使を歪曲化するものである。

 現状を許し続けてはならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 財界人も、

「企業が議員に何のために金を出すのか。投資に対するリターン、株主に対する利益を確保するのが企業だから、企業が政治に金を出せば必ず見返りを期待する。」(石原俊・経済同友会代表幹事(当時)。日本経済新聞1989年6月3日朝刊)、

「企業献金はそれ自体が利益誘導的な性格をもっている。」(亀井正夫・住友電工会長(当時)。東京新聞1989年1月1日朝刊)と発言している。(いずれも、憲法問題としての政治献金-熊谷組政治献金事件福井地裁判決を素材に-中島茂樹教授論文から)。 

このように、献金をする企業側の意識は、極めて明確である。

そもそも、企業は利潤追求を旨とする存在である。

見返り狙いなしに金を出すと考える方がおかしかろう。

 経済合理的理由なく金を出せば(そのような頓珍漢な取締役が存在するとは思えないが)、株主からは、取締役の裏切り行為と評価される。見返りを得られない献金は、会社にとって「損害」に他ならず、取締役等に特別背任罪が成立する疑いが濃厚となる。

 企業献金は、「涜職罪(刑法第193条乃至第198条)か、しからずんば、特別背任罪(会社法第960条)か。」というアンチノミー(二律背反性)を、本質的に内含している行為なのである。

 過去を振り返るなら、大企業を中心に会社から政権与党・与党政治家等への多額の政治献金がなされ、それが利権等と結び付き、数々の疑獄事件、汚職事件へと繋がった。

 そのたびに世論の厳しい批判を受け、政治資金規正法(昭和23年制定)の改正が数次にわたって行われてきた。しかし実効性に乏しく、60年余の長きにわたって「ザル法」と陰口を叩かれ続けているのが現状である。

 困難ではあっても、政治資金規正法を抜本的に改正し、企業献金を全面的に禁止する方向へ、一歩ずつ、歩みを進めていかねばならない。

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◎植草一秀氏の収監を目前にして(その2)

―企業献金全面禁止の意義-

選挙権を持たない企業が、金の力で、政治を左右してよいのか!

          弁 護 士  鬼 頭  栄 美 子

 企業の政治献金にお墨付きを与えた判決が、八幡製鉄政治献金事件最高裁判決(企業献金の是非が争われたリーディング・ケース)である。

日本をダメにした10の裁判」(チームJ著、日経プレミアシリーズ)は、「憲法で強い独立性を認められている裁判所も、現実には国家機関の一つであり、積極的に『国策』を進めることはしないまでも、『国策』遂行にあえて異議を唱えず、追認することもあるのではないか。

 こうした疑問を持つのは、ときとして裁判所が、『国策裁判』と呼ぶしかない判決を下すからだ。その代表格が、八幡製鉄政治献金事件である。(太字・赤字・アンダーライン-引用者)」と述べ、日本をダメにした10の裁判の1つとして、八幡製鉄事件昭和45年最高裁判決を挙げている(第六章 「企業と政治の強い接着剤」)。

国策捜査」という言葉は、佐藤優氏の「国家の罠」での造語であるが、瞬く間に世間に定着した。「日本をダメにした10の裁判」(チームJ著―下記(注)参照)の109頁は、法曹関係者等が、「国策裁判」という言葉を使ったものであり、その意味で目をひく。

(注) 「チームJ」は、バブル末期に東京大学法学部を卒業し、その後、検事、企業法務弁護士、官僚と多様な進路を辿ったメンバーで構成される。

第四章は、「あなたが痴漢で罰せられる日-痴漢冤罪と刑事裁判-」と題し、2007年に公開された映画、「それでもボクはやってない」(周防正行監督)を例に引いている。痴漢事件が、類型的に、安易な事実認定を招きやすい特殊性を有していることについて、分かりやすく説明している。

第九章は、「裁判官を縛るムラの掟」と題して、寺西裁判官分限事件を取り上げている。裁判所内部の「ムラの掟」に背き、国民にとって有用な問題提起の声を上げた裁判官が、異端者としてどのような処分されたか、そして、その場合、救済の道が不存在であることについて、書かれている。

第十章は、最高裁裁判官の国民審査を巡る大法廷判決(最高裁昭和27年2月20日)を、ダメ判決として挙げている。「×」をつけない白票の場合、非罷免票(裁判官を支持している投票)として扱われる現行審査手法について、最高裁が、「全員一致」で、「是」とした判決である。

「本来、国民審査は、国民が裁判所に対して直接に意見を言える、数少ない貴重な機会である。それなのに、ひっそりと目立たない存在になっている。その大きな要因が、国家機関の思惑の一致にあるように思えてならない。」と、著者であるチームJは語る(太字-引用者)。

読み易く、面白い本である。

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八幡製鉄政治献金事件

に話を戻し、その概要を記す。

 昭和35年3月14日、八幡製鉄の代表取締役Yら2名は、会社の名において、自由民主党に対し、政治献金として350万円を寄付した。これに対し、同社の株主Xが原告となり、会社の蒙った損害(350万円と遅延損害金)を賠償せよと、Yら2名を被告に、株主代表訴訟を提起した事件である。

第一審

(東京地判昭和38年4月5日。判時330号29頁)は、

「本件行為は、自由民主党という特定の政党に対する政治的活動のための援助資金であるから、特定の宗教に対する寄付行為と同様に、到底・・・一般社会人が社会的義務と感ずる性質の行為に属するとは認めることができない。政党は、民主政治においては、常に反対党の存在を前提とするものであるから、凡ての人が或る特定政党に政治資金を寄付することを社会的義務と感ずるなどということは決して起り得ない筈である。」と述べ、
会社が、特定政党に対し、政治資金寄付行為(政治献金行為)をなすことは、定款所定事業目的外の行為に当たり、定款違反および取締役の忠実義務違反行為を構成すると論拠付け、代表取締役両名は、損害賠償義務を免れないとして、原告X(株主)の請求を認めた。

 二審(東京高判昭和41年1月31日)は、逆に原告X(株主)を敗訴とした。会社は、個人と同様に一般社会の構成単位であることから、社会に対する関係において有用な行為は、株主の利害との権衡上の考慮に基づく合理的な限度を超えない限り、取締役の忠実義務違反を構成しないと判示した。

最高裁(昭和45年6月24日大法廷判決)は、原告X(株主)の上告を棄却した。

 最高裁は、会社は「自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他の構成単位たる社会的実在」なのであるから、「ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは会社の当然になしうるところである・・・」。

「憲法上の選挙権その他のいわゆる参政権が自然人たる国民にのみ認められたものであることは、所論のとおりである。しかし、会社が、納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等の負担に任ずるものである以上、納税者たる立場において、国や地方公共団体の施術に対し、意見の表明その他の行動に出たとしても、これを禁圧すべき理由はない。のみならず、憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものと解すべきであるから、会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。政治資金の寄付もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄付と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない。」と述べた(太字・アンダーライン―引用者)。

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 恐るべき暴論である。「政治汚職の勧奨」であるとの批判も聞く。

 最高裁判決は、「選挙権その他のいわゆる参政権が、自然人たる国民にのみ認められたものであることは、所論のとおり」としつつも、「納税者論」に立脚し、企業の政治献金により、「政治の動向に影響を与えることがあったとしても」、別段構わない、と強弁している。

 このような論は、政治献金に対する一般の常識と甚だしくかけはなれた「政治献金奨励論」(服部栄三・商法の判例)であり、また、

(結論的には政治献金肯定説に与する立場からも)、憲法論としては、「とんだ勇み足の議論」(鈴木竹雄・商事法務研究531-112)であると批判されている。

 なお、本判決については、第一審判決に理論的支柱を提供した、政治献金否定説の代表的論客であった富山康吉教授(富山康吉・民商47-3,5,6)と、商法学者の立場から、結論的には政治献金肯定説に立った鈴木竹雄教授との論戦が著名であるが、その鈴木教授も、「私自身(も)、会社が政党の主要な資金係になっている現状を苦々しく思っている点では人後に落ちる者ではなく、何としてもそれは是正しなければならないと考えている。」と苦言を呈していた。

「政治汚職の勧奨論」と酷評されたこの昭和45年(1970年)最高裁判決以降、企業の政治献金は益々巨額化し、政治とカネの悪性結合は、更に深刻化の一途を辿った。

 政界は、事あるごとに、「企業の政治献金それ自体の合法性は、最高裁も認めている」として、本判決を「言い訳」として利用し続けた。企業の政治献金が、恒常的に政治腐敗を助長する事態となったが、本判決を理由に、抜本的浄化はなされなかった。

 まさに、「『金権政治』改革のための議論の足をひっぱってきたのが、この判例」(樋口陽一・個人の尊厳と社会的権力-40)なのである。

時代背景を考えれば、やむを得なかったとの見解もある。

 確かに、判決時は、「米ソ冷戦構造」の大きな流れの中にあった。それゆえ、政府・与党は、西側陣営の一員として、財界と共に、自由主義経済体制堅持を、国策と位置づけていたであろうことは、想像に難くない。そのための企業献金であったとの思いも、一部には、あるかもしれない。

 しかし、仮にそうであったとしても、最高裁の判断を正当化することはできない。司法府は、司法の観点から判断を下すべきであって、政治に阿(おもね)ることがあってはならない。

 主権者国民の参政権が実質的に侵害されている状況を救済することなく、法理論を放棄し、立法・行政を握る与党政治家や政府に迎合し、金権政治存続に都合の良い判決を出していたのでは、憲法が、権力分立(憲法41条、65条、76条)を定めた意味もなければ、司法権の独立(憲法76条以下)を保障した意味もない。

 八幡製鉄献金事件昭和45年(1970年)最高裁判決は、司法府が政治に阿(おもね)り、政治腐敗状況を糾すことなく、むしろ、これに加担した一例として、まさに、「国策裁判」と呼ぶにふさわしい(この点、(その3)に後記する元最高裁長官の意見表明-特に、赤字アンダーライン部分-を、じっくり読んでほしい)。

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◎植草一秀氏の収監を目前にして(その3)

―企業献金全面禁止の意義-

選挙権を持たない企業が、金の力で、政治を左右してよいのか!

          弁 護 士  鬼 頭  栄 美 子

 元最高裁長官が、八幡製鉄献金事件昭和45年最高裁判決は、政治的配慮から、「助けた判決」であると、意見表明

 平成5年(1993年)11月2日、岡原昌男元最高裁判所長官が、衆議院「政治改革に関する調査特別委員会」にて、参考人として意見表明した。退官後のことである。

その意見表明をご紹介する(太字、赤字、アンダーラインは、引用者による)。

(なお、岡原昌男元最高裁判所長官は、八幡製鉄事件昭和45年最高裁判決(1970年6月24日)の約4ヶ月後である1970年10月28日に、最高裁判事に就任しているため、この裁判に、判事として関与してはいない。)

・・・(ここから、岡原昌男元最高裁判所長官の意見表明)・・・

(21発言から)

「企業献金の問題につきまして、例の昭和四十五年の最高裁判決(=八幡製鉄献金事件を指す-引用者)がございますけれども、あの読み方について自民党の中で非常にあれをルーズに読みまして、その一部だけを読んで企業献金差し支えない、何ぼでもいい、こう解釈しておりますが、あれは違います。

 我々の立場からいいますと、我々といいますか私の立場から申しますと、あの企業献金というのは、法人がその定款に基づかずして、しかも株主の相当多数が反対する金の使い方でございまして、これは非常に問題がある。

・・・・・(略)・・・・・

 本来営利団体である会社でございますから、非取引行為、つまりもうけにならぬこと、これをやることは株主に対する背任になります。もし見返りを要求するような献金でございますと涜職罪になるおそれがある、そういう性質を持ったものでございます。・・・・・(略)・・・・・」

(40発言から)

企業献金そのものが悪とか善とかということよりも、法律的に余り理屈は通らないものであるということだけば申し上げたい・・・・・(略)・・・・・つまり適法性がない・・・・・。・・・・・(略)・・・・・企業献金というものが現在のような形で数百万、数千万あるいは億といったような単位で入ってくるというのは、これは悪です・・・・・(略)・・・・・これはあるべからざることである。だから、これを何とか直してもらわなきゃいかぬ。」

(49発言から―吉井秀勝氏の質問)

「・・・この企業・団体献金の全面禁止ということについてはどういうふうなお考えでしょうか。」

(50発言から)

できればそういう方向(=企業・団体献金の全面禁止の方向―引用者)に行きたいと思います。・・・・・(略)・・・・・これだけ企業献金がその当時、あれは昭和三十五年の事件でございます、行き渡っておったのでは、最高裁があれをやれるわけがないです、違憲であるとか違反であるというふうなことに。全部の候補者がひっかかるような、そういうことは実際上としてやれない。したがって、あれは助けた判決、俗に我々助けた判決というものでございます・・・」

・・・・(岡原昌男元最高裁判所長官の意見表明引用、ここまで)・・・・

(以上、平成5年(1993年)11月2日 衆議院 政治改革に関する調査特別委員会 会議録より)

「国会検索議事録システム」で検索し、トップ画面から「簡単検索」あるいは「詳細検索」に入り、日付、発言者名などを指定すれば、上記発言の全文を読むことができる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

岡原昌男元最高裁判所長官は、歯切れ良く意見表明をし、極めて重要な指摘をしている。

特に重要な(40発言)と(50発言)について、指示語を補い「翻訳」すると、次のようになる。

 「企業献金は全面禁止する方向に持っていくのが、正しいと思っている。」

 「そもそも、企業献金は、悪である。そして、善悪以前に、企業献金を、法律的に適法であると理論的に説明することはできない。理屈が通らない。つまり、企業献金は『違法』である。」

「しかし、八幡製鉄献金事件(八幡製鉄が、与党政党に献金した事件)が起きた当時、つまり、それは昭和35年のことであるが、その当時、企業献金は、全部の候補者(政治家全員~おそらくは、与党政治家の圧倒的大半と言いたかったのであろう)が受け取っている状況であった。」   

「そのような状況では、最高裁が、アレ』をやれるわけがない。つまり、司法府に与えられた伝家の宝刀を抜き、現状が、法律的には理屈が通らず、違憲・違法な状態であるとの『正論』を語 ることは、できない。昭和45年の判決当事、全部の候補者(政治家全員~おそらくは、与党政治化の大半)が同じことをしていたから、『実際上』(=『政治的配慮』から)、どうしても、やれなかった。違憲・違法の判断を自己抑制せざるを得なかった。」

「つまり、『赤信号、みんなで渡れば怖くない』状況を前に、『信号は、赤だ』と言うことができず、『信号は、青だった』ことにして、見逃してやった。」

「だから、我々は、八幡製鉄事件のことを、俗に、『助けた判決』と呼んでおるのです。」

以上の翻訳を踏まえ、元最高裁判所長官の意見を要約すると、重要なポイントは次の5点である。

①企業献金は、善悪以前に、そもそも法律的に理屈が通らず、適法性がないこと

②現在のような数百万から億といった企業献金は悪であり、何とか直してもらいたいこと

③企業献金は、全面禁止の方向に向かうべきであること

④八幡製鉄事件が起きた昭和35年当時、政治家が皆受領していたので、最高裁としては、違憲だとか違法だとか言えるわけがなかったこと

⑤八幡製鉄事件昭和45年最高裁判決は、政治的配慮から、やむなく、「助けた判決」であること

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 司法消極主義については、滅多に抜かないからこそ、『伝家の宝刀』なのは当然であるが、あまりに『抜かなさ過ぎ』で、剣が錆付いているのではあるまいか。憲法が司法府に与えた責務を十分に果たしていないのではないか、との疑問を呈しておく。

 そもそも、司法府は、少数派の人権擁護の砦であり、多数派の横暴を、法理論と理性をもって制することこそが期待されている。

 しかし、上記岡原昌男元最高裁判所長官の意見表明でも明らかなように、残念ながら、司法府は、万能薬ではあり得ない。

 また、そもそも、司法の力では、いかんともできず、立法の力をもって局面を打開しなければならない場面も多い。

立法を担当するのは、憲法上は、立法府(憲法41条)である。

そして立法府のメンバー、つまり明日の国政を担う議員達を選ぶのは、有権者たる国民(憲法15条、43条、44条)である。

主権者である個々の国民(有権者)は、選挙を通じて、政治の方向性・あり方を決めることができる。国民(有権者)一人ひとりの手に、国の行く末を決定する一票が委ねられている。その集積こそが、国の未来を決定する。

「偽装CHANGE勢力」に騙されることなく、賢く投票しなければならない。

票を集中させることがポイントである。

 また、総選挙の際には国民審査も行われること(憲法79条2項、3項)を、忘れてはならない。国民審査は、国民が裁判所に対して直接に意見を言える、数少ない貴重な機会である。無駄にしてはならない。

 ブログや掲示板投稿などを通じ、自由闊達に政治的意見を表明することも、現在であれば可能である。「おかしい」ことは、「おかしい」と意見表明していくこと、それもまた政治への参画であり、大きな意義がある。

①   一人ひとりの個々人が、自分にできることを考えて行動すること、

②   次期総選挙で、賢く投票すること、そして、

③   優れたオピニオン・リーダーである植草一秀氏を、見守り続けること

が重要であると考える。

とりあえず、何をしたらいいか分からないという人は、

(A) 植草氏ブログ、また、植草氏ブログで紹介された各ブログへの応援クリックを、毎日必ず押し続ける
のが良いと思う。

(B) そして更に重要なことは、それらのブログを、周囲の人達にどんどん薦めていくことだと
思う。

 植草氏ブログには、植草氏の珠玉の論考が連日綴られている。それは世相に鋭く切り込み、悪徳ペンタゴンの隠れた意図を剥ぎ取り、警鐘を鳴らすものである。目からうろこが落ちること請け合いだ。まだの人は、最初から通読することをお薦めしたい。

 より多くの人達が植草氏ブログを読むようになり、また、人気ランキングが更に上がれば、今以上に多くの人達が植草氏の意見を目にするだろう。

転載先の阿修羅掲示板での拍手クリックも同様である。

植草氏不在中も、毎日、応援クリックや拍手クリックを押し続けてほしい。

一人ひとりの小さな一歩の積み重ねが、大きなうねりとなり、歴史を動かすと信じている。

                            (2009年7月23日)

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神州の泉による「植草事件」関連記事

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日本人が日本人であるために・・(山下威史 様へ)

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        名前:           山下威史

 貴ブログ表題に掲げられる『負け犬根性から脱却』の本意とは、未だ属国たる日本の現状と歯牙の抜けた閉鎖的言論環境に終止符を打ち世界一等国たる矜持を保つ事と拝しますが如何に。小沢一郎氏は今も米国支配に対しもの言える我が国稀有な政治家である。

 第7艦隊発言以降、検察の暴発と自公メディアらが連日浴びせ続ける罵言の中、一身に耐える小沢氏に真実を見たのは私だけで有ったのだろうか。今我等が受ける困窮は売国奴と成り果てた現政権にその大因が存する。斯く為る政治を廃せずして米国支配からの脱却を果たせるか。後世に取り返さざる禍根を残す。

 植草氏は『天の時、地の利、人の和』が整って初めて大事は成就する。と説かれた。産経新聞が提供する資料に浮き足立ち、政府紙幣等の小手先の経済対策に堕する。植草氏は渡辺喜美氏を『偽装CHANGE新党』である旨既に喝破されている。『こういった新しい勢力に日本経済復活の最後の望みを託そう』とは。此れで日本に世界の一等国たる矜持を取り戻すは叶うか。高橋様の御意を頂戴したい。

___________________________________

管理人

  山下威史様、ご意見ありがとうございます。私の表題にある「負け犬根性」とは、山下様のおっしゃる様に、大東亜戦争、対米戦に敗北してからの戦後日本人の精神に重苦しくしこりのようにまとわり付いてしまった、アングロサクソンに対する無用な劣等意識のことです。ハンチントン教授に指摘されるまでもなく、日本は古来から独自の文明圏を維持してきた誇りがありました。ところが戦後は、その誇らしい文明感覚をすっかり亡失し、産業革命以来のアングロサクソンの軽薄な物質文明にすっかり酔い痴れました。

 その結果、日本人は古来から連綿と受け継がれてきた、日本特有の文化や、美しく高度な精神性を忘却し、その代わりアメリカ人を模倣して彼らに憧れ追従しました。すっかり本来の自己同一性を置き忘れた日本人は、精神的にはエクソダスでシナイ半島を四十年もさまよった古代イスラエル人のようです。日本列島という故国に肉体を置きながらも、今の日本人はディアスポラで故国を失った民族になっています。

 戦後は時間が経つに連れて、本来の共同体意識が漸減し、平成に至り、ついには分解してしまった感があります。別な言い方をすれば国家意識の溶解です。政治家、官僚、財界人、日本の柱となるべき人々の精神には日本が失われています。その結果が昨今のアメリカによる日本収奪がひどくなってきており、郵政民営化に至っては山賊の収奪に日本人が手を貸している有様です。国家意識が分解していますから国防意識も希薄そのものです。だから米国の国富収奪に対して鈍感になっています。、

 無国籍民族に成り果てた日本人は、国家を磐石にして雄雄しく国際社会に屹立して行く精神を失くし、今や貴重な国民の遺産が湯水のようにアメリカに流れています。これはすでに亡国の様相と言っても過言ではありません。戦後、アメリカは日本人から武器を取り上げ、徹底的に刀狩りを行いました。そかし、それだけでは安心できず、日本人の精神に大東亜戦争贖罪史観という毒素を注入しました。それが東京裁判史観です。

 今の日本人は、恥を知る心(廉恥)や、物静かに顔になつかしいアルカイックスマイルを浮かべる風習を忘れています。私が三十代くらいまではまだそれらが残っていました。野蛮なアメリカ文化に染まっていくに従って、日本人本来の美しい特性は見えなくなっています。日本人はアメリカに憧れている気持そのものが「負け犬根性」だということに気付いていません。有色人種のテリトリーを食い荒らし、植民地主義と収奪に明け暮れた野蛮な白人種は地球を凄惨な状況に追いやっています。

 戦後64年経っても、日本人はアメリカ(GHQ)が大々的に敷いたWGIP作戦によって、すっかり自分を失くしています。人類の放蕩息子のような、どうしようもないアメリカと主従関係を持ち続けたばっかりに、日本人はその固有の文明さえ失う瀬戸際にきています。イスラム文化圏がアメリカに憎悪を向けるのは当然なんです。日本人はアメリカの桎梏から自由になるべきです。

 戦後の日本人は明治維新から大東亜戦争まで、国民の翼賛的支配を目的にした、エスタブリッシュメントが作り上げた国家神道によって、重苦しく息苦しい暗黒の軍国史を経てきたと思い込んでいます。我々は昭和20年8月15日以前の日本史に対して、強い忌避感情を持つように教育されてきました。これは正当性を持つでしょうか。戦前には失ってはならない、とても大事な日本の精神があったと思います。神武天皇以来、永きにわたって涵養され、受け継がれてきた日本精神です。これを軍国主義という誤まった一つの価値観で意味づけし、戦前を全否定したところに、戦後の哀しい宿痾(しゅくあ)があったと言えましょう。

 閉鎖された言語空間には、日本人本来の伝統精神が眠っているのではありませんか。負け犬根性から脱却するというのは、その閉鎖空間と正面切って向かい合い、本当の自分の顔を知ることです。日本人本来の自己を取り戻すことなのです。取り戻したら、日本人はあの美しいアルカイックスマイルを再び浮かべることでしょう。そのスマイルは今は仏像にしか見ることができません。

 若い人たちに新しい日本の時代を造ってもらう時に、日本人が近い過去に置き忘れてきた、あの古来からの上品な微笑を取り戻してもらいたいというのが、私の切なる祈りなのです。日本人が日本人としてあることを願うのみです。

 山下様の上記の答えにはならなかったかもしれませんが、小沢一郎氏の第七艦隊発言にこそ、日本人本来の矜持を汲み取らねばならないと思っています。自民党にはアメリカ系亜流日本人だけ、公明党には半島系亜流日本人だけですね。彼らが敷く国策は、反国家、反民族です。これ以上、彼らの暴虐に任せることはできません。植草さんの案件は、日本人が日本を取り戻せるかどうかの結節点になっていると思われます。

                            高橋博彦

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神州の泉による「植草事件」関連記事

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2009年7月28日 (火)

植草一秀事件は日米二国間マター

  管理人は収監される植草さんの身の安全を強く憂慮している。収監というのは刑務所に収容し監禁することである。服役、懲役に服することである。管理人は植草さんについては、服役とか懲役という言葉は感情的に使いたくない。彼は犯罪者ではない。植草さんは憂国の士、国民の味方をする義士である。そういう人が刑務所に入る理由はない。日本もひどい奴らに占拠されたと思う。正義が通らない国になってしまった。植草事件には日本に漂う滅びの凄愴な気配がある。

 何度も書いてきたが、植草さんは小泉政権発足とほぼ期を一にして、厳しい政権批判を継続してきた。それは植草さんが名づけた悪徳ペンタゴンが、国益を毀損し国民の最低限度の生活権、生存権さえ奪う究極的な悪政を敷いたからである。日本には有識者と言われる文化人、学者、法曹界の人たち、マスメディアの重鎮たち、財界人、その他、斯界の実力者たちが数多くいる。その人たちは多分、悪徳ペンタゴンの存在を知悉している。だが、彼らは黙らざるを得ない事情がある。

 日本は、社会・国家システムの土台が腐ってしまった。今の有識者は、物言えば唇寒し秋の空どころではなく、表舞台から遠ざけられ、下手をすると犯罪者にされたり、殺されることもある。植草さんは、りそな問題を日本収奪の第一段階だと喝破した。国民や社会システムを守る義務を負うべき時の政権が私利私欲に走っている。それに気付いて抗議する人間を犯罪者に仕立てる。りそな問題では複数の死者が出ている。それ以外に内部事情を把握して、正義感や義憤から告発に動いた多くの人々が弾圧されて沈黙を強いられている可能性も高い。

_72  悪徳ペンタゴンとは、従来の政治家、官僚、業界(財界)の鉄のトライアングルに、電波メディアと外国資本(米国政府がからむ)という二つが加わり、「政、官、業、外、電」という五つの悪徳利権複合体を形成して、日本国家の米営化をたくらむ勢力の総体を言う。この悪徳ペンタゴンは植草一秀さんが把握して命名したものだ。アメリカにこれと比肩しうるものがあるとすれば、超支配階級(奥の院)が牛耳る産軍複合体であろう。日本の場合、歴史的に米国の属国支配下という特殊な事情にあるので、悪徳ペンタゴンの「日本奥の院」は、さしずめ米国政府の出先機関であろう。その中心には横田幕府がある。

 植草さんは、悪徳ペンタゴンが牛耳る小泉政権はもとより、その悪の勢力による継承政権の深部に迫り、その悪辣非道な政治姿勢を指弾し続けてきたし、現在もその姿勢は強力に貫いている。この一貫性を曲げずに保ってきた有識者は、植草一秀さんしかいないのだ。小泉政権の悪の性格に気付いた有識者は大勢いたと思われる。しかし、彼らがそれを指摘すると、収入、名誉、家族、その他、それまでせっかく築いてきたものを一瞬に失ってしまう。

 下手すれば命も失いかねない。その恐怖は並大抵のものではないだろう。一般人よりも社会的に優位にあった者が、一夜にして河川敷や橋げたの下で暮らす生活様態に変わるのである。死なずとも塀の中に入れられる可能性もある。国家権力が悪と合体し、メディアを掌握した場合、個人には抗すべき手段がない。日本人は、力んで大音声を張り上げる北朝鮮のテレビニュースのキャスターを見て冷笑する。しかし、日本のテレビ・メディアも北朝鮮と似たようなものだ。一見、言論の自由という擬態を装っているが、米国批判を躍起になって潰しているし、日米安保を検証しようとする動きを封じる。

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 一級の知性派有識者である副島隆彦氏がテレビに出てこないのは、日本属国論を唱えた人だからだ。つまり、日本で「閉ざされた言語空間」に踏み込んだ有識者は表舞台に出られない仕組み(プロトコル)ができあがっている。これは、金一族を批判した途端に殺される独裁政権の北朝鮮と何ら変わらない言語空間だろう。「閉ざされた言語空間」という禁忌に触れなければ、比較的自由にものが言えるだけに、却って日本の言論空間は悪質なのだ。

 「閉ざされた言語空間」というのは東京裁判が正義と決め付けた言論空間のことであり、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)が構築する米国エスタブリッシュメントの対日本人洗脳史観である。米系外資が日本の優良資産を収奪するに当たって、メディアは何を行ったか?アメリカや国際金融資本の収奪意図を経済分析に入れないという目的のために、外資歓迎論を大々的に報道した。日本のマスコミは国賊である。

 大手メディアは、三角合併解禁時にも、郵政民営化にも、外資脅威論を徹底的に封印した。その理由は「閉ざされた言語空間」の禁忌に触れないようにしたからだ。小泉・竹中構造改革も、りそな問題も、郵政民営化も、すべて背後のアメリカの意志で行われた。しかしメディアは絶対にそのことは報道しない。日本の大手メディアにはアメリカを絶対に悪者にしないという不文律が出来上がっている。それこそが「閉ざされた言語空間」なのだ。植草さんはりそなの闇を正面切って暴いていった。この行動は日米同盟という美名にごまかされて、米国の吸血行為を看過している売国者どもの度肝を抜いた。

 2006年当時、国策捜査(政治謀略)を確信する我々ごく少数の支援者は、できる限り脈のありそうな有識者、文化人、政治家に支援を働きかけた。しかし、実態は植草案件に触れることさえ忌避する態度を見せられた。ただし、名前は伏せるが有識者にも骨のある人はいて、できる範囲で一生懸命動いてくれた人は何人かいる。彼らの知名度やその他を慮れば、それ以上、表に出てやって欲しいとは到底言えなかった。ただ、彼らが勇を鼓舞して表で叫んでも、当時の状況ではたちどころに圧力がかかり、下手すれば命を失いかねない状況に陥ることは明白であった。それほど植草案件は重大な背景を持っている。

 有識者がなぜこれほどまでに植草案件に恐怖心を抱くのか。それは植草さんを支援すると、米国と対峙することをよく知っているからだ。宗主国に逆らったら居場所がなくなることを知っているからだ。植草事件はただの国内政治マターではない。日米二国間の根幹に触れる深い案件なのだ。平和こそ最高だときれいごとを言う日本人は、国の防衛をアメリカに任せたままの現実をどう思っているのか?守ってやるから、お前らが稼いだ金を全部よこせという現在の日米二国間関係がいいのか。ヤクザだってこんな破天荒な上納金は要求しない。

 アメリカの国富収奪に物を言えないままに、日本の未来があると思っているだろうか。そう思っているのなら子供たちに本当のことを教育するべきだ。日本人はアメリカの奴隷となる以外に生きる道はないと学校で教えるべきだ。アメリカ人には絶対に逆らうなと教育するべきだ。自虐に生きるなら、自虐の道を子供達に教えるべきだ。それを教える立派な自虐意識を持つ大人は掃いて捨てるほどいる。りそな問題や郵政民営化を見ると、すでに日本は「閉ざされた言語空間」から目を逸らせない地点に到達しているのだ。今、日本人は岐路に立たされている。奴隷民族の道か、そこから脱却するかである。東京裁判を超克する時期に来ている。これができなければ日本は終焉する。

 日米の歴史に通暁してる人は、たとえ、麻生政権が線香花火のように刹那(せつな)的であっても、郵政民営化の見直しを言挙げした事実を、「閉ざされた言語空間」への挑戦だと見ている。麻生氏の宰相としての資質云々はともかく、その事実だけは評価するべきだ。結局偽装CHANGE勢力に潰されてしまったが、麻生・鳩山ラインがやったことは大きい。そしてその火は大きく燃やす必要がある。

 日米関係を考えたくない逃避志向の人たちのために言うが、一部特権階級の利益ではなく、絶対多数の国民利益を考える、植草さんのような経済学者が迫害される今の日本は正義が通らない。この不正義には米国が絡んでいる。植草さんを応援し、助けることは我々にとっても住みやすい日本をつくることと同義なのである。一部の馬鹿な人たちの考えをはるかに抜けて、植草案件は法律マターではなく、日米二国間の政治マターなのだ。裁判が国策裁判であることが明瞭になっているのに、聞きかじりの法律をいじり回して、植草さんは無罪ですなどと呆けたことを言っている場合ではない。 

 「植草事件の真相掲示板」で、Takeruさんという投稿者が紹介してくれたサイトの管理人さんは、収監される植草さんを守るには、収監中の謀殺の可能性をいろいろなところへ広めてムーブメントを作り出す以外にないと言っているが、私もそう思う。

(引用) 【どうすれば守れるのか?】
 筆者も、植草氏が拘置中の生命の安全について強い危惧を抱いている。その危険性を少しでも回避するには、この可能性をいろいろなところで広めてムーブメントにするしかないと思うのだ。一人一人の声は小さくとも、ムーブメントを創り出すことは可能だ。副島隆彦氏がTVで発言すれば大きな影響力を持つだろうが、副島氏のTV出演自体がタブーだからありえない。せめて、民主党・鳩山党首もしくは小沢前代表の発言でもあれば、この上ないストッパーになるのだが。
          http://qualitysaitama-blog.at.webry.info/200906/article_2.html

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2009年7月27日 (月)

小泉信次郎氏、YouTube「握手無視」の件で釈明

  衆院選に神奈川11区から出馬する議員秘書で、小泉純一郎氏の子息でもある小泉進次郎氏(28)が、対立候補の握手を無視したという動画がYouTubeへ投稿された結果、大人気ないとか、常識を欠いているという批判が殺到した。それについて、進次郎氏が初めて取材に応じ「有権者とふれ合いたかった。ひんしゅくを買ったとしたら大変残念」などと釈明したらしい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/election/090726/elc0907261436004-n1.htm

  この話についてはかなり初期に、喜八ログさんが話題として取り上げていたので、さっきgoogleで「喜八ログ 小泉信次郎」と入力してみたが出てこなかった。どうなっているのだろう。さて、問題の動画は「小泉進次郎VSよこくめ勝仁 対面でも完全無視 in 横須賀」と題し、5月24日に神奈川県横須賀市内であった祭りの際、進次郎氏が民主党から出馬する弁護士、横粂勝仁氏(27)に握手を求められたが、それを無視して市民らと握手を続ける様子が撮影されている。

 これについて、世間の非難が殺到したのは知っているが、今日見た動画の登録者であるtomocci氏のコメント(右上)を見ると、「一度 は挨拶をしたもののその後は完全無視」という一文が目に付いた。一度はきちんと挨拶していたなら、「小泉信次郎氏の握手無視」というニュアンスは大分トーンが薄れるのだが、確かめようがない。ご本人の人間性を問いかける動画である以上、その辺の事情はしっかりと把握した上でやってもらわないと、小泉政権がマスメディアを掌握して一方的に誘導報道したことと、同じ地平に並んでしまうので危険だ。いくら小泉政権憎しがあっても、現実を捻じ曲げるような批判は第二の小泉政権を許容する国民意識を醸成しかねないので注意を要する。

 管理人は言っておくが、ご本人がもしも民主党対立候補の横粂勝仁氏に、一度はきっちりと挨拶を通していたならば、この動画に映る信次郎氏の行為はほとんど問題ないと考える。筋を通した上での対立候補無視だからだ。まあ、人情としては一度くらいは握手してもいいんじゃないかなくらいは思うが。有権者への挨拶本意なのであれば、さほど不自然でもない。しかし、一度も挨拶をしていないのが事実だとすれば、この態度は巷間言われるように非常識な態度と非難されても仕方がないだろう。

 気になるのは、信次郎氏の釈明の中に「一度はちゃんと挨拶しています」というのが出ていないことだ。事実であったら彼自身がそのことを言うべきだと思う。そうでなければ致命的な信用失墜に繋がるだろう。でも、父親と同じように、対人関係を敵か味方かの二分法で見る習慣があるのであれば、この態度は常態的な対人態度なのかもしれない。だが、映像情報は写す起点がどこであるかによって異なる意味になるから注意を要する。事象の因果論的発生は、事象の始まりがどこにあるかが、すこぶる重要である。

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2009年7月26日 (日)

民主党の経済対策によるGDP押し上げ効果はわずか0.1%―野村證券金融経済研究所―(小野盛司)

    (日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第183弾です)

 野村證券金融経済研究所は、民主党政権が誕生した場合、その経済財政政策による実質GDP(国内総生産)成長率の押し上げ効果は平成22年度で0.1%、23年度で0.4%にとどまるとの試算をまとめた。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/280974/

 要するに、民主党は景気対策はやらない、つまりここまで落ち込んだ経済の立て直しをやらないということだ。小泉・安倍・福田政権の緊縮財政で貧乏になった日本。これに対し、麻生政権では、全然規模が小さかったが申し訳程度でも景気対策をやった。それでもやらないよりずっとよい。その次の民主党政権では再び景気対策を止め、貧乏の定着化政策が始まるようだ。

 いや、それ以下かもしれない。麻生政権でも09年度15.4兆円の景気対策はGDPを1.9%押し上げる効果があった。つまり、このすずめの涙ほどの景気対策でも、民主党の政策の19倍もの効果があったのだ。これを打ち切って、あるいは補正予算の執行を中止して、民主党政策に移るとなると、景気を悪くする効果がかなりあるかもしれない。15.4兆円の景気対策を打ち切った次の年には、マイナス15.4兆円の景気押し下げ効果がはたらくことを覚悟しなければならない。もしそうなるとしたら、政権交代で景気回復を期待していた国民が、騙されたと気付き、来年7月の参議院選挙は衆議院とのダブル選挙になって、再度政権交代が起きる可能性があることを民主党は覚悟せよ。

 失業率はどんどん上がり続けており、不況の本格化はこれからだ。こんなときに景気対策をしない政権は国民から見放される。どうすればよいのか。結論は簡単だ。大規模経済対策をすればよいだけだ。お金を刷って50兆円の景気対策を行えば、どれだけ豊かになるかを日経モデルで計算した結果で示す。50兆円の中身は減税と公共投資だ。

Photo

 図で、青い線が50兆円の景気対策を行った場合、茶色が現政権の政策の継続で、民主党の政策でもほとんどこれと変わらない。50兆円の景気対策で景気はV字回復は間違いない。これでもまだ、2007年度のGDPには届かないのだが、50兆円の景気対策を次年度以降も継続すれば、GDPは急拡大を続ける、GDPの拡大に伴い国の債務のGDP比は下がってくる。つまり赤字国債を大量発行しても、それを返さなくてもよいことになる。GDP拡大そのものが、国の借金を返すことに等しいのだ。

 民主党政策では、2007年度のGDPにまで回復するのに30年はかかる。それまで国民はじっと痛みに耐えて我慢しなければならないし、大量の自殺者を出すことを覚悟しなければならない。小泉時代の悪夢の再来だ。完全に世界経済の発展から取り残され、GDPは世界2位からどんどん落ちていき、一人当たりのGDPでもアジアの貧乏だった国に次々抜かれていく。こんな政策を民主党はとるべきでない。

 消費税増税を言っている自民党政権には期待できないとすれば、唯一頼れるのは国民新党だ。是非、キャスティングボートを握って財政政策の大転換をして欲しい。平沼さんも積極財政派だし、渡辺喜美氏も政府貨幣発行を唱えている。こういった新しい勢力に日本経済復活の最後の望みを託そう。自民・民主が心を入れ替えてくれれば、もちろん大歓迎だ。

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2009年7月24日 (金)

管理人が植草事件を国策捜査だと確信する理由

  以前からの読者さんであるビンモハマドさんの投稿に思うところがあったので、下段に管理人の考えを述べておく。いろいろな見解はあると思う。
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  投稿: ビンモハマド | 2009年7月22日 (水) 20時42分

どうも国策捜査という表現は気に入りません。私のHNは、アジアで最も尊敬する政治家マハティール・ビン・モハマドから取ったものですが、植草事件の原型はマハティールの時代にありました。アジア通貨危機がおきた時、マハティールは腹心のアンワル(財務大臣)がIMFのプランを推進するのを見て、治安維持法違反で国策逮捕しました。アンワルが外資の手先かどうかは分かりませんが、国を衰退させるアンワルをマハティールはどうしても許せなかったのでしょう。

 さらに追い打ちをかけて、イスラム社会では死よりも辛い屈辱といわれる同性愛疑惑で再逮捕して政治生命を絶ちました。これが本当の国策捜査でしょう。もちろん国策捜査を肯定するつもりはありませんが。一方日本では、国益を述べた植草氏を逮捕したのですから、売国捜査というべきですね。

 2003年の秋、青木幹夫参院幹事長は竹中平蔵氏を呼び出して「日本経済を破壊する気か」と怒鳴りつけていました。翌年、青木氏は植草氏を経済担当に担ぎあげようとしていたのですが、その直後「手鏡事件」が起こり、その後の青木氏は10歳も老けたような顔になり、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまいました。どんな脅しを受けたのでしょうね?

 国益を守るために本当に命懸けの政治家が出て、しかも国民がその人を応援しない限り、この国が救われることはないでしょう。外交面で少し頼りないのですが、かんぽの宿疑惑問題で東京地検に告発した国民新党の支持率がいまだに1%の現状では、政権交代しても期待できるとは思えません。もういい加減、民主党の応援をするのは止めませんか。国民新党や平沼グループが政治に影響力を持てなければ、アメリカの属国から中国の属国に変わるだけだと思いますよ。

_____________________________________
(管理人)
  ビン・モハマドさんは、植草事件を国策捜査と呼ぶのは不適当であり、売国捜査と呼ぶべきであると言っているが、それは上記の文脈で言う範囲なら正しいだろう。そもそも管理人自身も国策捜査という言葉は、巨大な誤解を生じやすい魔の言葉だと考えている。国策捜査とは形態的に言うなら、国家の策謀で起こる官憲による捜査ではなく、「時の政府」による謀略的捜査のことである。

 国民は生まれながらに国家に帰属している。従って、国民を包含する国家が、国民を姦計にかけて不当逮捕に及ぶという理解は正確には間違いだといえる。もし、歴史も、伝統も、郷土も、文化も、民族性も、過去・未来の時制も、すべて有機的な全体性として包含した総体を「国家」と言うなら、国家が悪意を持って国民を狙い撃ちすることはあり得ない。それが起こりうるのは、限定された一過性の属性を持つ「時の政権」なのである。

 だから、国策捜査を国家意思が発動して、国民を狙い撃ちにしたと結論付けるのは早計である。正確には時の政府が国策として採用したグランドデザインを根底から否定するような別の思想体系や経済論を持っている人が、「時代に合わない」人物として、象徴的に悪人として逮捕されるのが国策捜査なのである。国策捜査には「国」という言葉が入っているから、意味論的に誤解されやすいのは「国家の策謀」というニュアンスへの短絡である。

 国家には時代が感じる正義や不正義を超越した概念がある。だから時の政府を「国家」で括ることは間違いである。国策捜査は、元来「時の政権捜査」と言うべきであるが、こんな間抜けな造語は根付かない。概念的にややこしいのは、時の政権が選択したマクロな政策上のグランドデザインを「国策」と称することにある。従って、時の政権のやり方やグランドデザインとは異なる展望を持ち、それを精力的に言論展開する者を、国策に反するものとして無理やり逮捕してしまうのが国策捜査なのである。具体的には国家の暴力装置(具体的には警察、検察、裁判官)を動かして、狙ったターゲットを敢えて罪に陥れることを国策捜査という風に考える。

 これが通常の政治謀略と異なるのは、国策と言われる根幹的な政策トレンドに決定的な影響を与えかねない人物をターゲットにしていることである。例えば、北朝鮮の拉致問題に関し、日本政府の総意が日朝二国間協議を開いて、朝鮮総督府時代の日本支配の賠償金を支払うという方針を決定した時、西村眞悟氏のようにこれに真っ向から反対する考えを持つ議員をターゲットにすることである。力のある個人の為政者が、自分が動かせる官憲を使って政敵を政界から葬り去ることもあると思う。これは国策が絡んでいない個人の情念で行われる。2006年2月に民主党の故永田議員の永田偽メール事件があった。もしこれが自民党の策略だとするなら政治謀略の範疇に入るだろう。

          (長いので、一息ついてください)
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 佐藤優氏の「国家の罠」に従えば、「冤罪」とは、捜査当局が犯罪を摘発する過程で間違いが生じ、無実の人を犯人としてしまったにもかかわらず、捜査当局の面子や組織防衛のために、強引にその人間を犯人として継続捜査をして行くことである。これに対して、国策捜査は国家の「自己保存本能」により、国家の政策方針を変えうるような多大な影響力を持つ人間を、初めから狙い撃ちし、検察を媒介にして政治的な事件や不名誉な事件を創出することである。(佐藤優「国家の罠」300項参照)

 植草事件はまったくこのケースに該当する。単純化して言えば簡単なことである。小泉政権が国民を欺いて取った国策が、弱肉強食の純粋に近い国民利益を無視した市場原理主義であった。一方、植草さんはセーフティネットをしっかり確立して淘汰される弱者を出さない政策を訴えていた。小泉政権が決めた国策は、公平配分を停止させて、一握りの大企業や外資に傾斜配分させるシステム造りをおこなった。  

 私は国策捜査をこう捉えている。国策捜査とは、時の政府が推し進める政策上のトレンドに対し、そのベクトルを変えうるような大きな影響力を持ち、政府が思い描く時代形成に反する志向や方向性を持つ学者や政治家が官憲に狙い撃ちされることである。国策に関わりのない政治謀略は、そのまま政治謀略と呼んでいいと思う。国策捜査の場合は狙われる人物に、時代の象徴としての意味と、時代のけじめとしての意味が含まれる。

佐藤優氏の「国家の罠」の中では、国策捜査は「時代のけじめ」として起こると明確に断言している。具体的には、佐藤氏は292ページでこのように定義づけている。

①内政 ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換
②外交 地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換

 時代が国策変換を行う時に、上記の①と②が交錯する地点に、国策捜査の犠牲になる旧時代を象徴する人物がいると言っている。頭のいい佐藤氏が熟考して、上記の①と②、そしてその二つが交錯する地点に惹起される「時代のけじめ」として「国家の罠」があると結論付けた。

 植草さんが書いた赤い装丁の名著「知られざる真実ー勾留地にてー」の178ページを参照すると、近年、日本の政治思潮は、③従来の「ケインズ的経済政策と市民的自由の組み合わせ」から、④「ハイエク的経済政策と治安管理を重視する政治体制の組み合わせ」に大きく旋回したように見えると書いている。

 佐藤優氏の①と、植草一秀さんの③④は完全に対応している。両者ともケインズ的経済政策から新自由主義(ネオリベラリズム)への政策転換が行われたと単純化して言っている。管理人は副島隆彦氏を、著名な有識者の中で初めて植草さんを堂々と正面切って擁護していただいたことで、突破的な人物だと思っている。「売国者の末路」では副島氏の踏み込んだ言動に、ただただ驚愕するばかりだが、一箇所だけ腑に落ちない箇所がある。氏は152ページで、竹中氏は新自由主義やネオリベラリズムという言葉を使っていないし、いろいろ見ていくとどれにも当てはまらないと言っている。

 経済の素人の恐れ知らずで言うが、管理人は竹中氏のみならず、小泉政権を牽引した閣僚達が誰一人「聖域なき構造改革」が「新自由主義だ」と言わなかったことに逆にこだわっている。なぜ言わなかったのか?それは修正資本主義のままだと国民に思わせておくためだった。小泉政権が自身の政策性格をけっして新自由主義だと言わなかった最大の理由がそこにある。日本市場と日本社会から、日本的なるものを極力壊滅させることが目的だったからだ。それはアメリカの要請だった。日本破壊の手段を剥き出しの新自由主義で行う算段だった。

 新自由主義、唯一、それらしい言動に出会ったのは、中川秀直元幹事長がトリクル・ダウンを想起させる話をインタビューで展開したことである。大企業を減税優遇して強めれば、その余力は経済的にボトムアップを果たすという意味のことをたしかに言っていた。管理人はピンと来るものがあって、その後の話に耳をそばだてていたが、それ以上のことは語らなかったし、それが新自由主義であるとはひと言も言わなかった。

 管理人は小泉内閣の閣僚が遂行している政策が、政治思想的に新自由主義だったことをけっして語らなかったことこそ、最大の詐術だと確信しているのだ。小泉政権が米国傀儡政権だったことを一旦置いて、内政的に見た時、国民は小泉政権は従来の日本型修正資本主義の範囲で、田中派型政治に宿痾(しゅくあ)のようにまとわりついた金権利権政治、つまり政官業癒着という鉄のトライアングルに対し大きな修正をやってくれるものと期待した。

 ところが、ここが重要なのだが、小泉・竹中構造改革は国民が期待した修正資本主義を完全に離脱して、1970年代に米国が航空業界に適用して大失敗した原則に近い新自由主義を素の形で強行したのだ。管理人はミルトン・フリードマンの「政府からの自由」と「選択の自由」という翻訳著書を読んだだけだったが、そこに書かれてあることと小泉政権には多くの一致点を見出している。継承政権の安倍政権に至っては、フリードマンが唱えていた教育バウチャー制度の導入として、教育クーポン券の発行というものを検討していた。

 あと、徹底的なケインズ主義の否定である。小泉政権の無茶苦茶な規制緩和を思えば、フリードマンの新自由主義に似ているどころか新自由主義そのものである。

 小泉政権が改革を「聖域なき構造改革」と銘打ったことには重大な意味がある。規制緩和には大別して二種類のものがある。一つは経済的規制緩和であり、もう一つは社会的規制緩和である。「聖域なき構造改革」とは「聖域なき規制緩和」とほぼ同義であり、小泉政権は規制緩和の聖域に踏み込んだのだ。規制緩和の聖域とは社会的規制緩和であり、セーフティネットである。それは障害者自立支援法とか、母子加算廃止の動きとか、後期高齢者医療制度などという、非人間的というか、棄民的なむごい法案に結実していることは国民が眉をひそめるところである。

 小泉政権が採用した国策とは、植草さんや紺屋典子さんたちが志向する国民側に立脚した方向性と正反対なのである。植草さんが思う経世済民経済は小泉政権から見れば完全に敵なのである。大勢を犠牲にして成り立つ吸血経済が小泉政権なのだ。従って植草事件は国策捜査であることが自明であると思う。

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神州の泉による「植草事件」関連記事

 

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植草さんが無事帰還できるように注視していただきたい

 弊ブログに「かっちょ様」という方からコメントを寄せていただいたので下に紹介する。管理人も同じ気持を共有しています。この人が言うように、植草さんを国政に登壇させて、思う存分その力を発揮してもらいたいと願っている人は少なくないと思う。私利私欲だけを考えて国政の正道や国民の生活をまったく顧(かえり)みないやからが政権政党の中枢を占めてきた現実は恐ろしい結果をもたらし、今日の惨状を招いた。これ以上、自公政権を存続させることは亡国に等しい結果を招来するだけである。

 今は国政選挙間近の空白期間、このような時期に植草さんの収監が重なるということは、悪徳ペンタゴン(政官業外電の互助組織)が、いかに植草さんの言論を危惧しているかということにほかならない。このタイミングで植草さんが収監される事実を軽視してはならない。二度の植草事件が国策捜査であることは、政権交代がかかるこの重要な時期に、彼が牢屋に監禁される事実からも容易に推測できるだろう。故に、これからの数ヶ月間は植草さんの生命身体が危険にさらされることは火を見るよりも明らかである。特に二ヶ月の収監期、あるいはその前後はそうとうに危険であると考える。

 皆さんにも、植草さんのそういう事情を汲んでいただいて、彼が無事に生還できるようにいろいろと力を貸していただければありがたい。植草さんという日本の至宝が腐った権力に潰されるようなことがあれば、いかにおとなしい日本人でも立ち上がる以外にないだろう。国民は今の自公政権の腐りきった実態には容赦しないで鉄槌を下して欲しい。国民には彼らと戦える唯一の武器がある。選挙権である。戦後政治の国民投票で、今ほど重要な選挙はない。人任せにしないで、自分の生活感覚と頭で考えて一票を入れると、それが集積されて正しい結果になる。ただし、メディアは悪徳ペンタゴンの回し者だ。報道を鵜呑みにせず、彼らの姦計(かんけい=悪い企て)を読みきって惑わされないようにして欲しい。

 植草さんのことは無事に帰還できるように極力注視していて欲しい。謀略による濡れ衣は払拭できるが、たった一つしかない命は失ったら戻ってこない。悪徳ペンタゴンは彼を亡き者にしようと企んでいる。

                              (管理人)
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  名前:           かっちょ

》だからこそ、今度の収監では植草さんの生命が本当に危険にさらされるのだ。これは冗談ではない。管理人は本気でそう感じている。

 神州の泉さまとまったく同感です。上告棄却直後は、ほんとに本当に心配しました。しかし、収監の怖れを抱きながらも、日々ブログ更新されているさまを見て、『もしや収監はないのでは!?』と、微かな期待を抱いたりしていましたが、今日のブログ記事ではやはり収監近しとのこと!?…弁護団による毎日の安全確認と亀井先生とか公安筋からの念押しとか手を尽くしてくださることを期待しています!!!

 今はまさに政権交代の大波が押し寄せつつあります。
都議選・静岡知事選の流れを見ても、衆院選に向けてこれからマスゴミを総動員しての様々な反民主大キャンペーンも予想されますが、民主の大勝利(=第1党) は動かし難いものと思われます。議席倍増により、単独過半数を確保できるかどうかが焦点となってくるのでは…!?

》》「政権交代」が実現しても、それはゴールではない。スタートである。新しい政権が本当に「国民の幸福を追求する政治」を実現するように、主権者である国民が大いに力を発揮してゆかなくてはならない。

 と、植草先生もおっしゃっていますが、新たな鳩山民主政権が成立した場合、戦う相手は自民や官僚・マスゴミではなく、彼らを下僕としてこの国を支配し、この国の富を掠め取ろうとしている宗主国そのものだといえるのではないでしょうか?宗主国は、便利なお財布状態~国民を困窮させたまませっせと稼いでは、せっせと外資株主に還元し米国債を買い支え、さらには庶民の虎の子郵便貯金まで差し出そうかという脳天気さ!??~のこの国の政治経済体制を、簡単にチェンジさせることを許すとは思えません!!!

 悪徳ペンタゴンの支配を脱し、国民目線で国民生活重視の政権を本当に作られることを、宗主国が民意だからと安易に容認するとは思えません。正面には歓迎の微笑みを見せながら、裏では民主側のあら捜しに血まなこになり、マスゴミを使って針小棒大に騒ぎ立て、政権担当能力欠如を印象づけようとするでしょう。また民主党内に送り込んであるスパイ議員に働きかけ、内部抗争を支援して政権内部の不協和音の最大化を図り、内部分裂を画策しようとするでしょう。

 また、マスゴミや御用学者を使って民主党の掲げる国民重視の政策を骨抜きし、結果として自公政権と変わりない親米政権にしようと仕掛けてくるかもしれません。

 こうした宗主国側による新政権への攻撃に耐え、真に国民生活重視の政治を実現することは、民主党が選挙に勝つことよりもはるかに困難な道のりといえるのではないでしょうか!?そこで、どんな逆風にもひるまず、日本国民の幸福のため、民主政権の経済政策の基本政策を担っていただく最適任者が、植草一秀先生だと考えますがいかがでしょうか!??

 植草先生こそ、どんな逆風にも負けることなく、宗主国からの無理難題にも理路整然とそれを論破し、また懐柔しようとするどんな甘言にも動じることなく、真に日本のために秀逸なる明晰な頭脳をフル回転させていただける、まさに【国師】にふさわしい指導者である!と考えます。

 大臣として陣頭指揮を執るもよし!?裏方での知恵袋として政策立案を担うもよし!?時の順風の勢いで、政権にたどり着いたものの、国を統治していくことの実際は、戸惑うことの連続だと思います。新しく画期的なよい政策も初めから大歓迎で迎えられないこともあるかもしれません。

 そんな時、うわべだけの批判にも屈することなく、宗主国やその意を受けた官僚や知識人とも丁丁発止のやり取りを、腹を据えてすることが出来るのは植草先生が一番の適任と信じております!!

 数ヵ月後に迫ったその日のためにも、是非とも元気なお姿で不当収監から戻って来ていただかなくてはなりません!!!

 どうか我々の願いがかなうことを期待しております!!!!!

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神州の泉による「植草事件」関連記事

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2009年7月22日 (水)

売国者たちが狙う植草一秀さんの命!!

Photo  小泉政権糾弾の第一人者である植草一秀さんが、2004年と2006年の二度にわたって陥れられた事件は、明らかに小泉・竹中売国構造改革を急進的に推し進める一派によって仕掛けられたものである。植草さんは1998年の東海道線車両内において、女性の誤解から生じた不幸なできごとが、その後の二度に及んだ権力側の姦策に効果的に利用されたのである。

 わずか二年くらいの間に、同様の痴漢犯罪が二度起きたという話を、通常の冤罪で解釈することには無理がある。常識的には連続性が考えられ、冤罪よりも病的性癖説の方が優勢になる。権力側は1998年の事件をベースに病的連続性というストーリーを組み立てている。植草さんの周囲の人間には彼にそういう病的性癖がないことを知っている。それでも、週刊誌やテレビを使って、橋下徹氏や宮崎哲弥氏のような有名電波タレントに病的性癖説を吹聴させれば、もっともらしくなる。

 植草さんが勾留されて抗弁できない状況下で、マスメディアは思いっきり偏向した初期報道をこれでもかと垂れ流した。これは権力の濫用だけじゃなく、きわめて悪質で大掛かりな国策捜査事件である。権力側の許されざる犯罪というものだ。さらに念の入ったことに、裁判所までがこの国策捜査に加担しているのだ。国策裁判である。この究極の理不尽の中で、個人がどう戦おうというのか。だが、すべてが絶望的な状況の中で植草さんは怯まずに淡々と戦っている。今の彼は自身の無実を晴らすことよりも、国民を虐げる権力を批判することを優先しているのだ。こんな人間は見たことがない。管理人はそれを思うと涙を禁じえない。

 1998年の東海道線車両内でのできごとは、事件性はなかったが、ボックス席の対面席にいた女性が、ふとももの付け根の痒みに我慢できなくて掻いていた植草さんを誤解して、たまたま通りかかった車掌に不快感を示したことがきっかけだった。鉄道警察の取調べでは、「上申書を書けば帰してやる」という話に乗ってしまったのだ。無理もない。推定有罪を前提とした自白強要の典型例がここでも起きていた。

 植草さんは逮捕されてはたまらないから、警官の底意を隠した甘言に嵌ってしまった。そういう事例はかなり多いようだ。大多数の男性はそういうことに疎く、何も悪いことをしていなくても、とにかく無難にその場を逃れることを考える。あとになって冷静に考えれば、やっていないことはやっていないと頑強に言い続け、やってもいないことをやったことにするというストーリーに乗ることは最悪の選択だったことがわかる。しかし、もう後の祭りである。

 人間は経験則に合致しないことが自分の身に起きると、一瞬、パニックに陥り、冷静な判断力を失う場合が多い。植草さんのようにずば抜けた客観的判断力を有した人でもそうであるから、一般人ならなおさらであろう。これは誰にでも起こりうる人生の陥穽(かんせい=落とし穴)の一つと言える。

 この一件が植草さんのその後の人生に、のどにとげが刺さったように重苦しく付きまとうことになった。案の定、小泉政権は、植草さんにマクロ政策の間違いと、りそな銀行の破たん処理にまつわる金融インサイダー取引を糾弾され、これ以上続けられたらたまらないと、植草さんの口封じを決意した。その方法としては、もちろん抹殺という永久口封じを第一に考えただろうが、それを実行するにはすでに時期が遅すぎたと思う。植草さんは2004年4月の時点では、もうかなり熾烈な政権批判を行なっていたからだ。

 下手に謀殺すれば世間の疑惑を招く危険があった。植草さんの言論活動を潰すために、政権側のリスクを最小限にして最大の効果を得る方法が模索された。小泉政権の悪の構図を正確に読み取っていた植草さんを、政権側はそれ以上放置できなくなっていた。理由はアメリカに急かされて郵政民営化法案の策定に着手していたからだ。それまでの植草さんの政権批判を見れば、彼は間違いなく郵政民営化の阻害要因になると見ていた。米国政府関係者は、最大の目的である郵政民営化を遂行するために、当面の阻害要因は可及的速やかに排除せよと、小泉政権に命令していたはずである。

 重要なことを指摘するが、郵政民営化準備室が発足したのが、2004年4月26日である。しかも、当時の竹中平蔵国務大臣は、2005年6月7日の特別委員会で、「昨年の4月26日から現在まで、郵政民営化準備室がアメリカの政府、民間関係者(米国保険業界の)と十七回面談を行っている」と言っているから、本格的にアメリカ政府関係者と保険業界のテコ入れが始まった時期が2004年の4月下旬であったことがわかる。なんと、植草さんはこの少し前の4月8日に罠に嵌められているのだ。このタイミングに因果関係を見出さない方がむずかしい。

 2004年4月から暮れにかけては、麻生太郎総務大臣や生田正治郵政公社総裁は、四分社化に強い難色を示していた。特に麻生氏は竹中平蔵氏と熾烈なバトルを繰り返していたと言われる。政権内部では四分社化で揉めに揉め、政権外部では下手をすると、植草さんが郵政民営化のおかしなところに気がついてしまうのではないかと戦々恐々としていたと思う。構造改革推進派は、アメリカに急かされ、あとがない郵政民営化法案に着手するために強引に植草さんを嵌めたと思われる。

 2006年9月13日の京急電車内の偽装事件も政権筋が画策した。このときは小泉政権の終焉を控えていて、植草さんがネットや紙媒体で盛んに小泉政権批判やりそなインサイダー疑惑を展開していたために、2004年のときと同様に政権側は、植草さんを放置できなくなっていたと思われる。それは2007年に郵政民営化の実施、つまり四分社化を控えており、植草さんに妨害されたくなったからである。この京急事件では植草さんを132日間も勾留した。完全に国家権力の濫用である。

 政権側は読みを誤まった。2004年の偽装事件で植草さんは二度と立ち上がれないほど打ちのめされ、完全に彼の言論を封じることに成功したと思っていた。ところが、植草さんは不死鳥のように蘇(よみがえ)り、果敢に政権批判や政府犯罪を指弾した。したがって、やむなく2006年の偽装事件も実行されてしまったのである。この謀略も1998年の件と2004年の件が利用され、事件には偽装的な連続性という属性が付与されている。植草さんのあり得ない病的性癖説が強調されてしまったのである。

 政権側は、植草さんの社会的信用と名誉を徹底的に失墜させることによる言論弾圧として、痴漢犯罪を偽装するという謀略を考えた。しかも東京都迷惑条例防止違反という、客観的に証明しづらい偽装事件をしつらえた。これにメディアが加担して大々的に報道したので、勾留されている植草さん本人はまったく抗弁のしようもなかった。権力の濫用とは恐ろしいものである。無力な個人を徹底的にいたぶるのである。

 小泉政権は、植草さんに汚名を着せることによって、本人が絶望して二度と言論活動をしないだろうと踏んだのであるが、強靭な精神力を持つ植草さんの可撓性(かとうせい=たわんでも元に復元する性質)は物凄かった。二度やられても、植草さんは立ち上がってきた。それは本物の正義を持つ人だからだ。嘘を付かず、悪いものは悪いと言い続ける一貫性こそ、植草さんという人間の存在理由を貫いている。

 アメリカに盲従して売国政策を推進し、新自由主義の市場原理主義を導入した勢力は、ブログや紙媒体で精力的に政権批判を行っている植草さんを今も弾圧したいと虎視眈々と狙っている。しかし、二度の国策捜査を仕掛けても復活してきた植草さんを、また同じような手口で嵌めることは効果がないと彼らは気付いている。

 だからこそ、今度の収監では植草さんの生命が本当に危険にさらされるのだ。これは冗談ではない。管理人は本気でそう感じている。ロス事件の三浦和義氏がロス市警の施設内で不審死を遂げたことを思い浮かべれば、刑務所内で不慮の事故を装って、植草さんが謀殺される可能性はとても高いと思われる。だからこそ、植草さんを応援する人たちは、彼の安否をきわめて強く注視していることを官憲側にアピールして欲しいと思う。

 小泉政権の残党で構成される偽装CHANGE勢力は、植草さんの謀殺を狙っていると考えて間違いない。声を上げて植草さんを守らねばならない。この人を失ったら、日本は歴史的な大損失を蒙る。これからの日本を造るためには、植草さんを生かすことは時代の要請なのだ。

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2009年7月21日 (火)

 藤原肇氏の「さらば暴政」を読んでみて

(※ 読者の皆さんへお願い:この「さらば暴政」(清流出版)は、まだ本屋さんには出ていませんので、くれぐれもご注意ください。出版予定は7月の末だそうです。)

Photo_4   管理人は2006年の年明けの頃だったと思うが、書店である本の書名に引きつけられ、思わず買って、その夜、一心不乱に読破した記憶がある。題名は「小泉純一郎と日本の病理」だった。当時、管理人は小泉政権にかなり強い憤怒を感じていた。2005年、マスコミは大々的に郵政民営化キャンペーンを行った。その結果、郵政解散総選挙で自公政権は圧倒的な議席数を確保、疑念だらけの郵政民営化法案は成立した。

 そういう時に、藤原肇氏の「小泉純一郎と日本の病理」を読んで、世の中には鋭い視線で小泉政治を見ている人もいるもんだなと、少し溜飲が下がったことを覚えている。ただ、管理人は著者の竹中平蔵評や郵政民営化については少し異なるものがある。

 しかし、この本の内容が小泉純一郎という人間の資質や彼と稲川会の関係にあまりにも踏み込んでいたので、この著者は無事でいられるのか、出版社に迫害は起きないのかと心配になっていた。この本の扱いに関して、光文社サイドの情報は最近聞いたが、当時はいろいろあったらしい。鹿砦社・松岡利康さんの弾圧事件も、エコノミスト・植草一秀さんの弾圧事件も小泉政権で起きているので、当然、政権の真相を暴くような書籍には出版妨害はあると思っていた。

 管理人は藤原肇氏の第二弾、第三弾を強く期待していたから、すぐに出るものだと思っていたが、小泉政権やその継承政権批判の続編は、待てど暮らせど出る気配はなかった。それどころか、書店から「小泉純一郎と日本の病理」はすっかり姿を消してしまい、増刷の気配もなかったし、藤原氏の新著もいっこうに目にしなかった。私は権力筋が絡んだ、何らかの形の出版妨害があったと感じていた。

 管理人のその憂慮は当たっていた。著者が新刊「さらば暴政」の後書きに、そのことをソフトな出版妨害があったと書いていたからだ。「小泉純一郎と日本の病理」から四年経過した今、藤原氏の友人でもあり、私の知り合いでもある、あるお人から藤原氏が新刊を出すので、高橋さんの「神州の泉」で書評を書いてくれないかと頼まれた。管理人は、その時はまだ藤原氏が「小泉純一郎と日本の病理」を書いた著者であることは知らなかったが、家に帰ってその本を見つけ、確認したら同一人物であったので驚いた。世の中はどこで誰と関わってくるかわからないものだ。

 藤原肇氏の新著は「さらば暴政」(副題は「自民党政権ー負の系譜」)、出版社は清流出版である。19日、日曜日午前、清流出版社さんからこの本が私の手元に届いた。冒頭にも書いたが、この本はまだ書店には出ていない。まだ世に出ていない本をいち早く目にできた興奮を抑えながら管理人は読み始めた。結論から言えば、こういう面白い本は滅多に出合えないと思った。これは、通常の時事本などとはまったく違う形式で書かれた、とてもユニークな論述様式になっている。

  著者は小泉政権はこうだ、安倍政権はこうだったというように、一気呵成に直截な政治評論に持っていくというリニアなスタイルは取っていない。著者は事実を淡々と挙げて、歴史の観点から、あるいは文明論的な観点から、多元的にノンリニアなアプローチを行っている。それは、読者に多点的な方向へ視点を移動させて、思考にゆらぎを与え、脱構築と自己組織化に持っていこうとする、非常に高度な記述形式となっている。読者に直接明確な映像を与えるのではなく、読者自身の創発性をゆり動かして、読者自身の力で考えさせる効果を狙っているようである。

 電車の中で短時間のうちに線形情報として読み込む書籍類とは違っていて、著者は複雑系の科学を書籍にも応用しているように見える。この本は最初、多元的な要素を同時並行的に提示してくるから、一見、錯綜する感じで面食らうが、慣れてくると自分の経験則や考えたことなどが動員され、いつの間にか自分で思考(再構築)しているという不思議な現象が起きてくる。これがとても知的な刺激があって楽しいのだ。政治を多角的な人文科学から照射する知的興奮がある。ひと言では言えないが、単に与えられた情報をトレースすることとは違って、読んでいるうちに著者と一緒に、自分のやり方で考えていることに気付かされる。けっして速く読む本ではない。静かにじっくり読む本である。

 複雑系であるから、著者はフラクタルという概念もバタフライ効果というものにも言及しているが、人間も社会もほとんどがノンリニアで捉えられることは、管理人も納得がいく話である。ユークリッド幾何学やニュートン力学は、象徴的思考や物事の簡略化には役立つが、人間の微妙な心理の動きや創造的思考は複雑系の世界だと思っている。わずかなゆらぎが与えられても、それが大きな発見や認識に誘うことはよくあるからだ。思考が凝縮されて文字化した言語表現にもそれがあると思う。上手く説明できないが、藤原氏の表現アプローチは、とてもユニークで深い世界を持っている。

 副題に「自民党政権=負の系譜」とあるように、著者は昨今の歴代自民党政権の暴政を分析しているが、暴政の反対概念としての「公共善」が国民に理解されていないから、ゾンビ政治がはびこるとも言っている。

 下記に「さらば暴政」の章タイトルと小見出しを出したが、これは弊ブログの読者さんであれば、これだけでも本書の論旨が一目瞭然にご理解いただけるものと思う。全部の見出しを論評するわけにも行かないから、管理人が特に感じた部分だけ短く感想を述べておく。(各章細目と後書きは、藤原氏の「宇宙巡礼」の掲示板に出されている)

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「前書き」についての感想

  著者は言う。暴政に虐げられている一億人以上の同胞が、暴政の実態に気が付いていない状況を前にして、「発言しないのは共犯だ」という後ろめたさを痛感し、その結果として本書の誕生に結びついたと。実は管理人もこれと似た感覚を大分以前から抱いていた。すなわち、小泉政権以降の本質はけっして55年体制の延長として生まれたのではなく、アメリカと通じた買弁集団による、暴政的国策への大転換だったことを国民が自覚していないと思っているからだ。

 国民は小泉政権を従来日本型修正資本主義の延長で見ているが、実態は米国による日米構造摩擦から始まって、年次改革要望書にいたる一貫した対日改造プログラムの結実としてでき上がった政権だった。これに応用されたメインの政策思想が新自由主義なのである。藤原氏が言った次のことは、佐藤優氏が「国家の罠」で語った国策捜査が起こる時代背景の説明とも一致する。

 「公平を求めた富の分配は差別分配となり、かつて中流意識を抱いた階層が没落して、外国と連携した一握りの買弁集団による、虚妄の「勝ち組」幻想が蔓延するに至った。不況による閉塞感が社会を覆いつくし、翼賛体制の擬態の靖国カルトが政治を操ったために、ソフトなファシズムが日本に君臨し始めた。メディア支配による情報の意図的な操作で、言論や思想を権力が完全に掌握することによって、ジョージ・オーウェルの「1984」体制が確立する。」

 小泉政権が擬態として排外主義的ナショナリズムを取ったことがわかったのは、靖国に参拝しながら、思想表明的には村山談話の踏襲だったからだ。これは自己矛盾である。それを行った真意はアメリカによる中国へのけん制であったと考えられる。後は遺族会の票をあてにしていた部分もあったと思う。

第一章 「狂乱状態を呈した二十一世紀冒頭の日本の政治」

○二十一世紀は石油から気体燃料の時代へ
○果たして資本主義は生き残れるのか
○世襲代議士の多くがこれほど無能とは : 規範を失い迷走した統治は暴政の度合いを強め、大衆迎合ファシズムの段階を経て、全体主義へ移行しかけたが、麻生内閣で逆に暴政は断末魔を迎える。政治の世襲制で未熟者が首相になったことが、テレビで国民に知られてしまった。これは小泉元首相が巧みにテレビを利用したこととは反対である。

○日本ではジャーナリズムが死滅 : 著者はここでかなり重要な現代日本メディア論を開陳している。日本のテレビ業界は背後に電通がいるので、・・・

○テレビをフルに活用した小泉劇場
○ゾンビ内閣に続いたネオコン内閣の狂乱
○エキスパートが誇るパターン認識と直観力
○経験不足による自信のなさと曖昧さ
○議論抜きの議会が罷り通ったネオコン政治
○不信任と破産宣告を無視したネオコン内閣の断末魔
○私利私欲が優先で暴言と嘘で固まったお粗末な政治(特別追加)
○『和をもって貴し』とする精神的な伝統への裏切り
○信用崩壊の前哨戦としての長銀の叩き売り
○不況と閉塞間の中で高まる祖先帰りの妄執
○暴政に対峙する共通善の威力
○ハイポロジックスが示す不気味な共通パターン
○リーダーとしての首相が不在の日本
○国際政治とゲーム感覚
○日本の実力評価の没落と国力の低下
○歴史は繰り返すという教訓
○歴史を見る目と脳を使って考える魅力
○ケース・スタディが構成するジグゾウ・パズル
○フェアープレーの精神と素養としての志
○ 「他山の石」としての暴政史

第二章「ネオコン内閣の誕生と日本の満州化」
○ 安倍首相の誕生と人材の枯渇
○誠意も胆識も不在になった時代
○誰でも総理になれる国
○安倍晋三への世界の厳しい目
○「理想を過去に求める」安倍晋三の執念と因縁
○臨戦国防国家体制への回帰
○祖父の「十四光」で輝く三代目の世襲大臣
○安倍の総裁選挙の宣伝用に作った『美しい国へ』
○ヴィシー政権とビ(美)シイ国家のモットー
○満州がミニアチュア化しているロスで得たヒント
○政治感覚が狂ったネオコン内閣と岸信介の正体
○戦争によって生まれた傀儡国家・満州国
○満州国の誕生と建国の目的
○戦後レジームを否認した阿倍の心理的トラウマ
○ネオコンの覇権主義と驕慢な思い上がり
○ネオコンの他国民や異文化への無理解と驕り
○生態史観で見た保守主義の系譜
○ネオコンの拝金主義と世界経済を破綻させる詐欺商法
○FRBの錬金術とバブル経済への驀進
○「理」が「利」に置換し「情」に支配された時代精神
○阿倍に取り付いたネオコンという[モノモライ]
○安倍を首相に仕立てたジャパン・ハンドラーの狙い
○日本の核武装を炊きつけたネオコン
○ネオコンのお眼鏡にかなった安倍の売り込み演説
○情報後進国「日本」混迷と脇の甘さ
○幼稚な安倍内閣に失望したアメリカ
○ミサイル防衛計画から核装備への重点の移動

第三章:「批判精神の健在が一国の活力を生む」
○アメリカから伝わった中間選挙の結果の大津波
○言論の威力によるラムズフェルトの更迭
○民主主義の基盤としての報道の自由
○報道のメッセージは活字だけではない
○2008年に拡大した共和党への幻滅感(特別追加)
○大統領選挙を支配する不正投票のメカニズム(特別追加)
○ネオコン体制の破綻と2008年の金融破綻(特別追加)
○信用崩壊による金融破綻のドミノ現象(特別追加)
○ニューディール政策を通じたネオコン体制の復活(特別追加)
○オバマ政権を取り込んで制圧した国際金融マフィア(特別追加)
○真の國際紙としての『トリッブ』の魅力
○情報化時代のネット新聞の醍醐味
○報道におけるニュースと分析の役割
○小泉ゾンビ政治の負の遺産
○ジャーナリスト魂を持つ記者の価値
○社会診断としての批判精神の重要性
○政府による言論弾圧という明治以来の伝統
○戦争協力に続くメディアの自己規制
○破廉恥事件を起こした男でも首相になれる国
○30年間も眠っていた情報の蘇生
○破廉恥事件を知っていたメディアの幹部たち
○活字に出来ないサラリーマン編集長たち
○世界における一流紙の条件
○世界における一流紙の条件と欧米のジャーナリズム
○英国に蔓延したタブロイド旋風
○記者クラブ制の弊害と日本の新聞の病理

第四章「世にもお粗末なデモラル内閣」
○自民党のデモラル党としての汚れた歴史
○岸信介の多重人格の遺伝子と「傀儡肉腫」の肥大
○ 戦争準備の家系と隔世遺伝子
○御祝儀代わりにバラ撒かれた首相補佐官の肩書き
○お粗末な人選と乱発された補佐官人事
○国家戦略と密着した本来の特別補佐官の役割
○日本の政治を支配した幼稚な閣僚群
○防衛大臣をめぐる魑魅魍魎の相克
○軍隊を警察官僚が支配し国会が幼稚園になった悲劇
○矮小化された国家の安全保障問題の悲劇
○大臣としての指導性とマネージメント能力
○日本の公人の杜撰な責任の取り方
○責任感と誠実さに満ちた将軍たち
○ 多数派のマルドメと少数派だが誠意と志を貫いた日本人
○近代国家としての日本の問題
○国家権力における警察と軍隊の役割の差
○概念としての国民と人民
○官僚制度の典型としての軍隊モデル
○満月の引力とルナティックな出来事
○戦争のコスト計算
○石油をめぐる侵略戦争と石油による自縄自縛
○イラク戦争の泥沼にはまり込んだ米国の蹉跌
○遂に始まった信用崩壊と世界恐慌(特別追加)

第五章「意味論オンチの醜悪政治の破綻」
○日本批判の海外論調の津波
○政治理念の欠如と裏工作担当の経歴
○場の理論と結ぶエクリチュールの意味論
○「異胎」が取り付いた日本の末路と歴史の教訓
○ヤマトニズメーションを生み出す土壌と時代精神
○病理診断と言論の自由
○構造主義と異常現象の診断
○医療における診断の果たす意味
○石油開発のロギコスと医療制度の相似象
○小泉政権のクーデタの「最後っ屁」
○議会を解散できる政治的な条件
○小泉が犯した憲法違反と独裁趣味
○ゆらぎによるバタフライ効果と予期しない成果の誕生
○ファシスト革命への危惧の継続
○レーガン訪日と軍人支配下の韓国での既視感覚
○鎖国状態の韓国にゆらぎの渦で風穴を開ける仕掛け
○韓国で見つけた情報の金脈
○知恩院で始まったゆらぎの渦
○摂動によるゆらぎが発生するための初期条件
○世相の様変わりとネオコン政治が生んだ閉塞感
○精神病質と嘘をつく無責任政治
○泡沫のように生まれては消える無能内閣の醜態(特別追加)
○麻生内閣という前代未聞のポンコツ政権の醜態と暴政の断末魔(特別追加)
○日本で使用が困難な「暴政」という政治用語
○読者からの嬉しい手紙
○『日本脱藩のすすめ』の誕生の時代からネオコン破綻に至った四半世紀の星霜

   あとがき

 日本長期信用銀行の国有化に税金を八兆円使い、それを禿鷹ファンドに十億円で売り払ったし、「カンポの宿」の払い下げを巡る疑惑事件で、小泉内閣のペテン政治が日本の利益を損ない、小泉の正体がゾンビ政治家だと明らかになった。しかも、目玉の「改革」は単なる政治宣伝に過ぎなかったし、郵政民営化もいかがわしいものだったかは、国民は今になってやっと知るに至り後悔しているが、小泉が長期政権で君臨した頃は、誰もそのペテン政治を暴露して批判しなかった。

 私が『小泉純一郎と日本の病理』を書いた理由は、小泉のペテン政治の実態を暴露することで、次の世代に歴史の証言を残すためであり、当時は小泉の「ヨイショ本」ばかりが、洪水のように氾濫している時代だった。日本で最初の小泉政治の批判書として、各種の妨害や嫌がらせの続発は予想したが、巧妙でソフトな妨害工作が功を発揮し、新聞や雑誌に書評や紹介がゼロという記録を生み、恐らくこれは日本新記録だと思う。

 真実に触れた書は時代から黙殺されるし、著者の多くが弾圧され焚書されるものだが、この本は書評ゼロにかかわらず注目されて、インターネット上で大いに取りざたされ、何とベストセラーのトップに名を連ね、一ヶ月の間に四万部も読者を獲得した。これはタコ壷社会から排斥と黙殺された著者としては、何にもまして名誉なことであり、書評ゼロという数字は大切な記録として、永遠に保存して置きたいものだと思う。

 日本ではこの本の改訂版は生まれないし、いわくつきの本は文庫本にもならないので、日本語版を大幅に内容を改めて、英語版を『Japan’s Zombie Politics』と題して作り、世界の読者のために送り出したと報告したい。小泉政治のペテンが露見した今の時点において、読まれて然るべき記事を含む内容であるが、日本語版は書店で入手できない状態が続く。
それはコンピュータで書名を見つけても、「品切れ」という表示が現れるようになっており、読者が注文出来ないように仕組まれている。それが情報時代のソフトな出版妨害で、背後には真実を知られたくない権力がいて、それが笑顔のファシズムの正体でもある。

 本書が同じような運命に見舞われてしまい、書評もないまま故国で黙殺されたとしても、
暴政が支配する国では当然のことであり、そうやって歴史は抹殺されて行くのである。もしも、本書との出会いを持って読んだことで、歴史とは何かを理解して貰うことになれば、著者として一期一会の出会いを感謝して、それを大事にして行きたいと思っている。

 本文中に原文をそのまま引用した記事は、経済誌の「財界にっぽん」と「ニューリーダー」に掲載されたものであり、転載を快諾された両誌の編集長に感謝する。また、愚民政策で低迷している日本の出版界だが、本書を読者と結びつけるために勇気を持って決断された清流出版の加登屋陽一社長と臼井雅観出版部長の出版魂に、心からの敬意と感謝の気持ちを表したいと思う。

藤原肇

(※ 冒頭でも書きましたが、この「さらば暴政」(清流出版)は、まだ本屋さんには出ていませんので、くれぐれもご注意ください。出版予定は7月の末だそうです。)

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2009年7月20日 (月)

7月24日(金)、ワールドフォーラム7月例会のご案内

講師:大阪学院大学名誉教授 丹羽 春喜 氏


 梅雨の季節になり鬱陶しい毎日の今日この頃ですが、皆様にはお元気にご活躍のことと存じます。ワ-ルド・フォ-ラム7月例会では、昨年来の住宅価格の下落 とその結果起きた、サブプライム・ローンの焦げ付きを端緒とする米国発の金融恐慌により、遂には世界中の実態経済も急速に収縮の悪循環過程に陥り、いまや世界恐慌からの脱出こそが、世界が抱える最大の政策課題となっている今日、経済問題最良の処方箋を、大阪学院大学名誉教授 丹羽 春喜 氏をお招きして、同氏の長年にわたる持論である「財政政策で日本を再建せよ!!-政府貨幣発行特権の発動で無尽蔵な財源を確保せよ!-」という、経済恐慌脱出には最重要のテーマをお話戴きます。

   さる4月21日に、ワ-ルド・ブロガ―協会設立記念講演会・第一回取材会に、国民新党の代表代行の亀井静香氏との対論で、持論の政府通貨の発行が、恐慌の克服にはいかに重要で不可欠なものかを、資料とともに示されて、現在あるという500兆円もの巨大な日本経済がかかえるデフレ・ギャップの解消には、「積極的な財政出動」とともに「政府貨幣」を直ちに発行せよ!!!と力説されておられる同氏にもっと詳しいご説明をしていただくとともに持論の「日本経済10%成長論」について、お聞かせいただき、経済不況からの脱出には、より積極的な財政出動に加えて、強力な施策を講じるように政府や経済界や言論界や社会全体に働きかける必要があります。皆様方におかれましては大変お忙しいとは存じますが、お誘いあわせの上お越し下さいますようお願い申し上げます。

パンフレットのダウンロード(PDF形式・252 KB)

プロフィール

丹羽 春喜 氏
Niwa  1930年芦屋市生まれ。関西学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。経済学博士の学位取得。ハーバード大学ロシア研究センター所員。関西学院大学社会学部教授。筑波大学社会科学系教授。日本学術会議会員。大阪学院大学経済学部を歴任し、現在、大阪学院大学名誉教授は、元祖「政府紙幣」。日本経済再生政策提言フォーラム会長・事務局長。110年以上前から「政府紙幣」に関しての提言を行なっている。様々な批判を受けながらも彼の主張は、日和見の日本経済学(時には新古典派だったり、時にはケインジアンだったり)にあってはケインジアンとして、首尾一貫した理論を展開している。


新正統派ケインズ主義宣言 : http://www.niwa-haruki.com/ 
日本経済10%成長論「日本経済再生政策提言フォーラム」 : http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/

日時・場所・詳細

日時 : 2009年7月24日(金)

    18:30 - 21:30

場所 : 北とぴあ 9階 901号室 北区王子1-11-1

TEL.(5390)1105

交通 : JR & 東京メトロ「王子駅」前 徒歩2分
地図 北とぴあへの地図

参加費 : 当日払いの場合 4,000円 (事前振込みの場合:3,000円) 
振込先 : 三菱東京UFJ銀行 田無駅前支店/普/3826681/口座名義 さそう くにお 

連絡先
ワールド・フォーラム例会にご出席いただける方は、下記宛にご連絡下さい。

ワールド・フォーラム代表幹事 : 佐宗邦皇

            E-mail : sasokunio2009@hotmail.co.jp
                        
            FAX :    03(3353)6499
 
            携帯 : 090(7234)9792

■ ワールド・ブロガー協会         http://www.worldblogger.net/

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一人50万円の定額給付金の効果を科学する(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第182弾です)

 自民党大敗が予想される衆議院選挙がいよいよ目前にせまってきた。自民党救済のかすかな望みを、7月21日の解散で断ち切る。これは麻生氏による「麻生おろし粉砕」のための自爆テロで、自民党議員の多数が犠牲になる。自己満足のために多数の同志を見殺しにする神経を疑う。それでも逆転のチャンスがあるとすれば、一人50万円の定額給付金を支給すると公約することだ。これなら過半数どころか3分の2以上も楽勝だ。

 筆者は、2002年に日経新聞社に対し、50兆円の減税(定額給付金と言っても良い)をしたら日本経済はどうなるのか、日経のNEEDS日本経済モデルで計算してみてくれをお願いし、90万円を払った。日経新聞の担当者が計算して持ってきたレポートには驚くべき内容が書かれてあった。50兆円の減税で日本経済は素晴らしく成長するのだが、物価はほとんど上がらないのだ。私は驚いて、この結果をノーベル経済学賞受賞者のサミュエルソンに送ったら、すぐに次のような返事が来た。

Dear Mr. Ono,

If strong tax cuts were "to bring remarkable recovery of Japanese economy", then I would not worry about a failure to achieve a positive inflation rate. This latter condition is not itself a primary goal of policy. What counts is to rid the system of insufficient real spending attributable to a "liquidity trap" or anything else.

Yours sincerely,
Paul A. Samuelson

( 翻訳  大規模な減税が日本経済の著しい回復をもたらすのであればインフレ率が十分高くならないとしても、気にしなくても良い。インフレ率自身は政策の最終目標ではないからだ。重要なことは、流動性のわな等に起因される実質支出の欠如を取り除くことである。)  

 同じくノーベル経済学賞受賞者のクライン氏にもデータを送り同様の反応があった。これに勇気づけられた筆者は、さらに日経のモデルを使い計算を続けたので、ここで紹介する。定額給付金だが、麻生さんの2兆円の定額給付金ではGDPを0.15%引き上げるだけで話にならない。10兆円でも20兆円でも効果が小さすぎるので30兆円~80兆円で計算した。60兆円の場合が一人当たり50万円だ。ただし、それを1年限りだと次年度から再びデフレに戻ってしまうので5年間毎年同額配るとして計算した。別に定額給付金に限らず、様々な目的で財政支出をすればよい。ここでは、定額給付金だけの場合どうなるかの計算であり、景気対策はこれに限ると言っているのではない。
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 ここに示したように、名目GDPは大きく拡大する。可処分所得が増えると、国民は様々な目的で消費する。そうすると企業も生産を拡大し、日本は豊かになる。非常に単純な話だ。右に示したのが、定額給付金の総額だ。この額を毎年行った場合の計算である。
Gdp

 しかし、物価がどんどん上がって実質は変わりなかったのではしょうがないので、実質GDPも次に示す。
Gdp_2

 これで分かるように、実質でも大きく伸びる。つまり実際に生産は拡大され豊かになっているのだ。ただし、伸びは、公共投資などにくらべ、かなり少ない。公共投資が景気対策の優等生と言われる所以である。大規模財政支出はハイパーインフレを招くと勘違いしている人もいるようなので、消費者物価がどうなるかを示す。
Photo

 これで分かるように、50兆円を毎年配った程度では、物価はほとんど横ばい(インフレ率が0%)である。つまりやっとデフレに陥るのを食い止める程度にしかならない。景気が良くなるならそれでもよいではないかとサミュエルソンは言う。ハイパーインフレにするには、これより桁違いの財政支出が必要だが、そんなことをする必要は全くない。ではこれで本当に暮らしはよくなるのか、雇用者報酬を見てみよう。
Photo_2

 このように、雇用者報酬も増えていく。実際は政府の無策のお陰で、雇用者報酬は減っていった。毎年50万円の定額給付金をもらえるだけでなく給料も増えるが物価は上がらない。素晴らしいと思わないか。
次に失業率を示す。
Photo_3

 このようにどんどん減っていく。これにより、経済苦による自殺は激減する。毎年数千人の尊い命を救うことができる。これほど素晴らしい政策が他にあるだろうか。政治家なら、日本経済をこのように導いて欲しい。今からでも遅くない。選挙公約に一人50万円の定額給付金の支給を組み入れたらどうか。ノーベル経済学者が絶賛した政策だ。

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2009年7月19日 (日)

小泉政権元幹事長、厚顔無恥をはるかに超える背徳発言

Photo   武部勤元幹事長は15日のTBS番組で、「次期衆院選前に新しい党総裁を選ぶべきだ。新総裁のもとで政策を発表し、国民に信を問うべきだ」と述べ、麻生首相の退陣をほのめかした。その上、武部氏は「失礼な言い方になるが、麻生首相が一番問われているのは徳がないということだ。人を愛する心、謙虚な心、恥を知る心、それから、正しい判断をする心(が問われている)」と強い調子で批判し、後任総理については「徳性の高い方を選びたい」と言った。(産経ニュースより引用)

 小泉純一郎氏の第一の使い走りで“自称、偉大なるイエスマン”の武部勤氏は、小泉売国政権の幹事長を務め、急進的構造改革派に位置して日本を壊滅状態にした戦犯の一人である。2005年の郵政解散総選挙時には、堀江貴文氏を担ぎ上げ、「我が弟です。我が息子です!」と持ち上げた。しかし、堀江貴文氏が証取法違反嫌疑で逮捕されると、彼を持ち上げた言動についてはだんまりを決め込んだ。また、彼は、心に日本が皆無の小泉チルドレンの実質的統率者でもあった。

 小泉政権の幹事長という重職で、徹底して小泉構造改革を推進してきた武部氏は、小泉氏の腕となって、日本を破壊する国策を進めた大戦犯の一人である。管理人も弊ブログでさんざん語ってきたが、小泉政権は自民党55年体制に連なる歴代政権の一つではない。この政権の正体は、逆賊政権ともいうべき反国家的性格を帯びた、突然変異的な米国傀儡政権であった。管理人はこの政権を中心的に主導した為政者達は破壊活動防止法に抵触すると考えている。もちろん、小泉政権を持ち上げたマスメディアも、有識者も同罪であり、彼らをこのままで済ませることは、いかに過去の悪行を水に流しやすい日本国民でも見過ごすべき性質のものではない。

 破壊活動防止法とは、Wikiによると、「暴力主義的破壊活動を行った団体に対し、規制措置を定めると共に、その活動に関する刑罰規定を補正した日本の法律。治安立法の一種で、1952年公布。全45条。略称は破防法」となっている。小泉純一郎氏、竹中平蔵氏、中川秀直氏、武部勤氏など、小泉政権を牽引した重鎮(じゅうちん)たちが、郵政民営化を中心とする構造改革を推し進めるに当たり、「構造改革に反するものは抵抗勢力だ」、「郵政民営化に反対するものは倒閣勢力だ」と言って、構造改革を第三の視点から眺めて正当な意見を言おうとする者さえも「抵抗勢力」として、悪意の排斥を行ったことは、既に民主主義の範疇を超えて暴力(暴政)と言えるものであった。小泉政権の暴政は暴力主義的破壊活動ではなかったのか?

 メディア、特に広告業界に関して言うなら、森田実さんの言によれば、2005年の頃、アメリカの保険業界が多額の政治献金を集め、共和党系の大広告会社に日本における広告のプロジェクトを依頼したとある。その巨大な米国広告会社は日本の独占的広告会社である「電通」に対して、数千億円(5千億円という説が流布している)の経費を投じて、日本人に対し「民営化が善で、官営は悪だ」という刷り込みプロジェクトを仕掛けたということだ。

 これは2005年9月、郵政解散総選挙の時期直前に目立っていたが、当時のテレビや新聞には連日外資系(米系)保険会社の宣伝がひっきりなしに行われていたことを鮮明に思い出す。特にテレビでは当時の民放各社のニュース番組では、郵政民営化の反対意見と、外資脅威論が徹底的に封じ込まれていたことは、森田さんのその話が真実であることをはっきりと裏付けている。この意味で、古舘一郎氏もみのもんた氏も重大な共犯者である。破防法適用関係者というなら、小泉政権の買弁的牽引者である政治家だけではなく、大手報道機関の役職連中も売国法案幇助、国家経済毀損の罪を免れないだろう。この意味で、小泉政権以降の政権中枢やマスメディアは国民に有害な凶悪カルト化の様相を呈してきたと言えるだろう。

Photo_3  さて、武部勤氏の人徳発言であるが、日本の政治もここまで零落(おちぶ)れたのかという感じである。日本人の先祖たちの祈りや願いを無視して、国家的規模の売国政治をしたのが小泉政権であった。その一端を担いだ武部勤元幹事長が、麻生太郎氏に当てつけて「徳がない」とは言語道断だ。麻生首相だって、国家犯罪の片棒を担いだ小泉一家の武部氏にだけは言われたくないのは当然だろう。武部氏は「人を愛する心、謙虚な心、恥を知る心、それから、正しい判断をする心」とも勢い込んで言っているが、背中に鳥肌が立ってくる気分だ。何でお前がそれを言う?というか、厚顔無恥という言葉では説明できないばかばかしさが漂っている。

 偽装CHANGE派に徳があるとすれば、それは「悪徳」、「背徳」というものだ。余談になるが、小泉政権以降の中核的な為政者達は犯罪的な狭量性に囚われており、わずかな批判も許容しないという特徴がある。パロディストのマッド・アマノさんは「あの米国を想い、この属国を創る」(左図)というパロディ作品を作って、当時の安倍幹事長署名入りの通告書を送りつけられた。これは政治権力が個人の表現者に対して行った脅しである。

 公人、特に政権中枢の壇上に上がった為政者は、国民の批判を真摯に受けるのが公人としての立場、すなわち“徳”だ。それを欠いてわずかな批判に敵意と憎悪を向けるのは、もはや公人の体を為していない。植草さんの件もそうだ。国政を真摯に批判する者を国策捜査にかけて排撃するなど、本来あってはならないことだ。米国の傀儡政治を行い、なおかつ権力がファッショ化する傾向は国民の悲劇に通じる。偽装CHANGE勢力とは、そういう体制を造ることしか頭にない連中なのだ。間違っても選挙で彼らを選んではいけない。

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2009年7月18日 (土)

中川秀直倒閣運動の背後にアメリカの怒り

 中川秀直氏を中心とした「麻生首相引きずりおろし」作戦は完全に失敗したようだ。ナンバーツーの実力者と言われる与謝野馨大臣も、この動きに一旦は同調しながらも腰砕けとなった。自民党のこの内部分裂の傾向が、麻生首相の求心力の低下というわかりやすい動きとしてとらえている向きも多いが、政権発足から見ていると事実はそうではない。小泉・竹中構造改革路線派と、その路線に反して構造改革を見直そうとする勢力の拮抗が党内力学を生み、右往左往しながら、結果的には急進的構造改革派が主導権をとったという形である。

 この混乱のキーワードは「郵政民営化見直し」だった。管理人には、麻生政権のダッチロールが、麻生氏本人の指導力の欠如だけだととらえるには無理があるように見えている。麻生政権の混乱の背景には、構造改革を見直そうという勢力と売国勢力の戦いがあった。今、国民総体の気持が自民党に問いかけている不信感は、政治的思考によって出てきた民意ではない。今出ているのは、国民の実体的な生活感から出てきた民意なのだ。小泉政権以前は、平成大不況と言われながらも、かろうじて中流生活層は生き残っていた。

 小泉政権が切り替えた完全な新自由主義政策は、外資や大企業の徹底優遇政策によって再配分が資本強者に極端に傾斜し、その結果、中流生活層を絶滅させてしまった。わずかな金持ち層と大勢の貧乏人という二極分化社会の到来である。数年のタイムラグを経て、元中流層だった大多数の国民は、小泉政権が行った構造改革の出力が、このように悲惨な生活状況を招いたことを強く意識し始めてきたというのが、今の国民感情だと言える。一昔前は、一億総政治評論家などと言われていた巷の光景は影を潜め、今政治の動きをきちんと把握して、まともな政治評論が出ている媒体は、ネットと一部のマイナーな出版物だけという状況だ。

 少し前には、隣りの親父連中が口角泡を飛ばして政治談議にうつつを抜かしていた風景は見られなくなっている。その理由はテレビと新聞という大手メディアが、自公政権の御用メディアに成り下がり、肝心な政治の問題を何一つ伝えなくなっているからだ。なりきりにわか政治評論家たちは小泉政権で起こった国政パラダイムの大転換を自覚していない。メディア・コントロールの真骨頂がそこにあった。小泉政権は大掛かりな洗脳政権だった側面も強い。報道することは自公政権に都合のいいことだけであり、国民が考えなければならない真の問題を隠蔽していたからだ。それは今も継続している。まともな政治談議はほとんどネットの世界だけになってしまった。

 だが、小泉政権の造られた熱狂から数年経過した今、国民は大手報道機関が政治の本質をまったく伝えなくても、自分が日々過ごしているリアルな生活感覚から、小泉政治がこれまでの経験則とは異なる悪政だったことを強く感じとっている。大勢の国民の正直な感情は、可処分所得が加速的に減ってきて、貯蓄を切り崩して生活するこの悲惨な現状が小泉構造改革のせいだと気付き始めている。少なくても自公政権にはもう未来はないと考えている。小泉政権以降、何かが根本的に狂ってしまったことを如実に自覚しているのだ。

 小泉政権について言えば、たしかに狂っているという表現は正しい。それはアメリカを利するために、日本国民を無視して行われた徹底した売国政権だったからだ。ところが、国民は小泉政権がアメリカの内政干渉で行われたという肝心な事実をまだ把握していない。しかし、国民は悪徳ペンタゴンという、植草さんが名づけた造語の語感的意味はすぐに把握すると思う。小泉政権以前にも国民に重くのしかかっていた自民党政治の腐敗を知るからだ。

_72_2   それは政官業癒着という公共事業を介した鉄のトライアングルを想起して認識しやすいからだ。ただ、植草さんの言う悪のペンタゴンは五角形(五要素)であるから、政官業に加えて、電(電波メディア)と外(外国資本)が増えている。国民がいまだにピンと来ていないのは大手報道メディアの偏向報道と米系外国資本の存在だろう。米系外国資本によって日本の財産が食い荒らされてきたことを国民が自覚できないのは、メディアがその部分を徹底的に隠蔽してきたからだ。

 小泉以前の政治に付きまとう悪弊は政官業癒着構造の中で起きていたから、それはまだ純然たる国内問題だった。だから、再配分はそれなりに果たされていた。だが、小泉政権の売国は富の国内循環を断ち切り、一方的に外へ流失させているのだ。経済を潤すパイが日本の外へ流れ出ていくシステムが構築されたら、国民生活が逼迫するのは当たり前である。国民がまだこの真相に気付いていないことはとても危険である。

 経緯はどうであれ、現役の総理大臣と総務大臣が、小泉竹中・構造改革路線の本丸と位置付けられていた「郵政民営化」見直し論の提起は自民党内に激震をもたらした。小泉官邸主導政治を確立し、郵政民営化離反議員達の復党問題に関して、踏み絵まで踏ませるという姿勢を堅持してきた中川秀直氏が、党是に真っ向から反する動きをした麻生太郎氏を衆院総選挙の象徴として担ぐことは我慢ならないことなのである。だから任期終了が近がづいた麻生氏でも、そのまま総選挙の顔として臨むことはできなかったと思われる。それはアメリカの意志でもある。

 今回、中川秀直氏が両院議員総会開催を叫んで不穏な動きをした背景には、郵政民営化や四分社化の見直しに一度でも言及した麻生首相を絶対に許さないというアメリカの強い怒りを感じる。偽装CHANGE勢力とはアメリカの犬なのだ。彼らの偽装を見抜き、背後のアメリカに抵抗することこそ、最も重要なことなのである。

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2009年7月17日 (金)

民主党政権樹立に見えるアメリカの焦燥感

 ●小沢一郎氏「第七艦隊」発言の余波
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米国務次官補、「核の傘」で日米定期協議 「同盟揺るがず」

 来日中のカート・キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は16日、都内で日本経済新聞と会見し、米国が日本に提供している「核抑止力」の強化方法を巡り、日米政府間で定期的に協議していく考えを明らかにした。18日に開催する日米安全保障高級事務レベル協議で初めて公式議題として取り上げる。日本の政局については「日本国民、政治システムを深く信頼している」と述べ、いずれの政党が政権与党となっても日米同盟の基盤は揺らがないとの認識を示した。

 いわゆる「核の傘(拡大抑止力)」を巡る問題について、キャンベル氏は「(日本への)核抑止力を保証するためにできることは何でもやる」と言明。     http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090717AT2M1603A16072009.html  より一部引用

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 このニュースには、政権交代で民主党政権が樹立することに対して、米国の強い憂慮感がありありと見て取れる。戦後、一貫して対米従属関係を維持していた我が国にとって、今の時期に米国務次官補がこのように対日関係に言及したことは非常に重要である。これは米国が日本に対して、日米安全保障条約という対日属国条約は不変であるから、その事実は絶対に忘れるなよと威嚇的なテコ入れをしているのである。

 アングロサクソン諸国が普通に敷いている二大政党政治体制から言えば、日本が自民党から民主党へ政権交代することは、その国家理念から言っても歓迎すべきことであるはずだが、米国は日本の政権交代に対して強い焦燥感を持っている。その理由は実に明白であり、米国は日本を自分たちの支配する属国であり、米国政府の意に沿わない政権与党が実現することに大きな警戒感を有している。普通なら、日本が民主党の支配体制になっても、今までのように従順に言うことを聞いてくれるなら、米国にとっては何ら問題は生じないところだったが、民主党には小沢一郎という米国にとって未知の因子が控えている。

 第一次湾岸戦争の頃は、小沢一郎氏と米国は宗主国と属国関係の轍を外さない関係にあったと思うが、その後、小沢氏は米国に対して立ち位置を変えたと思われる。その明白な証左が2月に小沢氏の語った「第七艦隊発言」である。以下はその要旨である。

「米国もこの時代に前線に部隊を置いておく意味はあまりない。軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンス(存在)は第7艦隊で十分だ」と述べ、将来的に日本に駐留する米軍は海軍関係だけで十分との認識を明らかにした。「あとは日本が自らの安全保障と極東での役割をしっかり担っていくことで話がつくと思う」とし、政権交代した場合、国連活動への協力などを通じて在日米軍基地の整理、縮小に取り組む考えも示唆した。小沢氏は「米国に唯々諾々と従うのではなく、私たちもきちんとした世界戦略を持ち、少なくとも日本に関係する事柄についてはもっと役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る」と強調した」(2月25日産経ニュースより)

  これは国際的に見ても、実に理路整然とした正論である。しかし、属国根性にどっぷりと浸かった自民党員からは「馬鹿げている」とか「間違っている」とか痛烈な罵声を浴びせられたが、この小沢発言こそ、戦後の従属国家から脱却する重要な発言だと思う。アメリカは民主党政権が樹立した時、小沢氏の影響力の強い政権では、民主党が経済的にも軍事的にも属国政治から浮上して、米国に対等的な関係を求めてくることを懸念していると思える。

 日本が独立志向を持つと、米国は日本から収奪ができなくなる。何よりもせっかく、何年も綿密な計画を実行して仕掛けた対日内政干渉の労苦が無駄になる。郵政民営化収奪も含めて日本国富の刈り取りを寸前に控えていて、小沢一郎氏の考える自立志向の強い政権が立ち上がったら、困るのはアメリカである。だからこそ、アメリカは今まで露骨に日本には言わなかった「アメリカの核の傘下」という現実を日本人に再確認させているのだ。

 はっきり言って、日本がアメリカの核の傘下の外に出たら中国の核攻撃が現実になるぞと脅しているのだ。日本人の踏ん張りどころはここである。アメリカの核の傘下は実にありがたいが、そのために国民生活を逼迫させる膨大な資金をアメリカに用立てるのは、すでに限界に来ている。これ以上、国富がアメリカに移転したら、核攻撃に遭わずとも日本は壊滅状態になる。というか、金融危機の波がこれから襲来するアメリカに日本が巻き込まれて、心中するわけにも行かない。具体的には、これ以上米国債をドル建てで買うのは国家の自殺行為に等しい。従って、日本は日米安全保障条約を対等的に持っていくことで、従属の位置から脱却するという姿勢を示すことは肝要だと思う。

 年次改革要望書も、郵政民営化も、基本のところでアメリカの言いなりになってしまうのは日米安全保障条約の非対象性に問題があるからだ。これを正常な形に持って行かずして、日本の自立化、脱属国化はない。小沢氏の第七艦隊発言は、当然の帰結として日米同盟の対等的締結を志向する。今の日米条約のままで日本が憲法第九条を改憲して交戦権を付与した場合、日本は独立どころか米国の傭兵国家になる。だから管理人は現状の九条改正には絶対に反対である。真に日本自立のために九条改正を行うなら、日米同盟の対等性を確保してから行うべきだ。

 民主党政権になっても、小沢一郎氏の脱米志向が政策に反映しなければ、日本は恒久的にアメリカの財布として使われ、下手すればアメリカの犯罪的な戦争に若者が借り出されてしまうことになる。こんな状況で国民の幸福は実現するわけがない。管理人は小沢一郎氏の豪腕に期待する。日本を本当に思って国政を運営するなら、アメリカの桎梏から離れた国家のあり方を模索するべき時に来ている。アメリカに頼る気持を捨てたら、日本は中国軍と堂々と対峙できるまともな国家になる。中国や半島が日本に居丈高になるのは、日本がアメリカへの従属体制に甘んじているからだ。

「米国が日本に提供している「核抑止力」の強化方法を巡り、日米政府間で定期的に協議していく考え」とは、米国が日本人対して、対米従属構造にあることを徹底的に再教育するぞということにほかならない。

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2009年7月16日 (木)

偽装CHANGE勢力の締め付けが始まったのか!?

●正体を浮上させた偽装CHANGE勢力

  中川秀直元幹事長は今日、両院議員総会開催に必要な党所属国会議員の3分の1(128人)を超える133人の賛同署名を細田博之幹事長に提出し、週内の開催を要請した。これに署名した議員には、与謝野馨財務相、石破茂農水相のほか鳩山邦夫前総務相、加藤紘一、武部勤両元幹事長、小池百合子元防衛相らがいる。このニュースに関連して、テレビには中川秀直氏を中心として、武部勤氏、塩崎恭久氏、世耕弘成氏などわかりやすい小泉一家が総出演していた感があった。

 両院総会を開けば麻生首相の退陣論や党総裁選の前倒し論議が噴出する可能性もあるが、中川秀直氏や武部勤氏らが主導している動きとは違う意味で署名したなどと言っている連中もいるようだ。管理人はこの動きを主導した面々を見て、ついに姿を現したなという感じがある。麻生政権は昨年9月に発足して、まだ10ヶ月にも満たないが、その間、解散の機会は何度も逡巡したし、言を左右にして揺曳(ようえい=ふらつくこと)し、一貫性がない。また前代未聞であったことは、麻生首相が鳩山邦夫前総務相と組んで、「郵政民営化見直し」という、自民党最大の党是を真っ向から否定する大クーデターを企てながら、失敗していることだ。

 無責任に言えば、普通では見ることのできない、ある意味とても面白い政権だったが、全体としては、重要な時期を無能な政治空白に浪費してしまったことは重大な責任がある。そしてついには末期に至ったようである。ただし、ここに来て、麻生自民党政権の実質的舵取りが何であったかが、非常にはっきりと見える形になってきた。それはこの政権を裏から制御し、迷走を起こしていた権力実体が、中川秀直氏や武部勤氏に率いられている小泉一家であることが浮上したことである。

 言葉を変えて言えば、小泉一家とはアメリカの走狗になって、日本を駄目にしてしまった買弁勢力の中枢である。この一派の特徴は、主要政策として、『聖域なき構造改革』の連続性を強調することだ。彼らは小泉・竹中構造改革路線でせっかく構築した売国システムを保持し、米系国際金融資本の望みどおり、日本の体制をとことん階級分極社会に改変するまで国賊政策を実行する計画だ。2007年夏期の参院選挙の大敗、そしてここに至って、相次ぐ知事選と都議選で、自民党が見放されていることが民意となっている。これはもはや疑いようのない現実となってしまった。

 この民意の真意は明らかに小泉政権への否定なのである。ところが、米国の意図に忠実に従って国政を年次改革要望書に沿わせ、民営化という売国政策に血道を上げてきた彼らは、政権交代が近づいたここに至って強い危機感を持った。政官財業電の悪徳ペンタゴンは自分たちだけに利権傾斜する状況をせっかく築いたが、ここにいたって政権実体が代わり、自分たちの利得システムが崩壊することを恐れている。

 それだけではない。植草さんが見事に暴いたように、りそな銀行処理に関する巨大な金融インサイダー疑惑に関係していることを暴露される身の危険を感じ始めている。そこに加えて郵政民営化=郵政私物化の犯罪にも手を染めていたことが暴露される危険が身に迫っている。彼らの危機感はひとしおではないだろう。また、在日の米国政府関係者は、日本に米国債を買わせたり、日本の国富を移転するために、ある程度のノルマを背負わされているはずだから、小泉・竹中体制が解除されたあとの命令指揮系統をどう造るかに腐心していて、中川秀直氏など、偽装CHANGE勢力にハッパをかけている状況だと思われる。

 今の政局は、偽装CHANGE勢力が、物陰から静かに政権中枢を制御するという悠長なことはできなくなっていて、一気に表面に躍り出たということになる。つまり、中川秀直氏の動きとは、両院議員総会で何を議題にするのかよりも、署名するのかしないのかという選択を迫ることによって、党員に踏み絵を踏ませているのではないだろうか。これは一種の脅しであろう。署名しないなら、アメリカがバックについている我々は今後、政敵として扱うことになるぞということではないだろうか。

 両院議員総会実現への書名行動とは、偽装CHANGE勢力でこれから一本化するぞという、党員に対する締め付けである。これは恐怖政治である。これがなぜ脅しになるのか、少し考えればわかるが、もしこれを受け入れなければ横田幕府のブラックリストに載るぞということだと思う。だから、麻生首相を最後まで支持するという筋を通そうとする党員も、おびえて署名したのではないだろうか。郵政民営化離反議員の復党問題と言い、中川氏は踏み絵が好きである。この強気は米国の走狗意識に他ならない。この人は米国お墨付きという印籠を持っているのである。

   古賀誠会長は「署名した人すべてが反麻生と言われるのは心外だ。麻生総裁の下でまっしぐらに選挙をする」と述べたことは、この締め付け署名に対する抵抗の言葉だと思う。偽装CHANGE勢力は、なりふり構わず最後の足掻きに入っているようだ。


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「不信任案否決後は審議拒否」「21日に解散?」は国民不在の職場放棄(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第181弾です)

 7月21日解散、8月30日衆議院選と首相と与党幹部が合意、一方野党は問責決議案を参議院で可決し、その後は一切の審議拒否だそうだ。では8月30日までの1ヶ月半もの間、何をするつもりなのだろうか。選挙演説だけ!?冗談はよして欲しい。こんなに長い期間選挙演説を聞きたい国民がどこにいるだろうか。そうでなくともうるさい選挙カーが町を騒音だらけにするのは、うんざりというのが国民の本音だろう。今は経済危機で国民は助けを求めている。一刻も猶予はならない時だ。政治家達はなぜ、この国家の緊急事態に国民不在の職場放棄をするのだろうか。

 野党は、敵失のお陰で、今が最高の支持率が得られたときである。政治献金問題や公約した政策の財源問題は追及されるとやばい。封印しておこう。それには審議拒否に限るという発想だろう。政治資金に関する疑惑を晴らしてから選挙をしようと考えていない。一方で、与党はなぜこんなに早く解散しなければならないのか。答えは明らかだ。時間が経てば麻生おろしの大合唱で、辞任に追い込まれるに違いないと思っているからだ。

 情けないと思わないか。そこには政治家のエゴしかない。与野党共に、政治家は国民の事を全く考えていない証拠だ。だからいつまで経っても日本経済がよくならない。このような政治家達だが、もしも政権交代が実現したら何が起きるかは火を見るより明らかだ。

 45日間の政治空白後に待っているのは、再度の政治空白だ。自民党の残党が、政治とカネの問題で民主党を徹底追求して国会が空転するのは間違いない。必死で臭いものに蓋をした事のツケが回ってくる。今度は逃げられない。細川内閣の二の舞になる恐れはないだろうか。あのときは、次々と新事実が明らかにされ、細川首相は辞任に追い込まれた。

 麻生さんも鳩山さんも、やりたいことは政権を維持、獲得だけですか。国民不在でよいのですか。45日の政治空白の後で、再び国会を空転させて政治とカネの問題を国会で追及するくらいなら、むしろこの45日間に国会を開いて徹底して議論して、すべてを国民の前にさらけ出したらどうですか。どちらが、真に政権担当能力があるかを、誰の目にも明らかな状態にしてから、衆議院選を行って頂きたい。何日でも国会で党首討論をやったらどうですか。時間はたっぷりあります。

 民主党の政策実現のための財源問題も封印されたままだし、麻生さんが言った2011年度からの消費税増税がどうなっているのかも聞かされていない。それより更に重要なことは、麻生さんの自民党総裁の任期は9月30日までしかないということだ。その後の自民党の総裁は誰なのかを知らされないで衆議院選はひどい。麻生氏が再選される可能性はゼロだろうから、必ず別な人が自民党の総裁になる。誰が総裁になるかを知らされずに、自民党を支持するのかしないのか決めろと言うのは、国民を馬鹿にしている。

 麻生さん、自分が再選されると思っているのなら、堂々と総裁選で立候補すればよいではないですか。そこで再任されれば、麻生さんで衆議院選を迎える事に誰も異を唱えないだろう。再任されなければ、新しい総裁でマニフェストを作ってから衆議院選をお願いしたい。麻生さんで選挙をやって、その直後任期切れで総裁選をやり新しい総裁を選んだら詐欺ですよ。任期切れ寸前の総裁で選挙など、詐欺でしかない。

 自民党は言う。「麻生内閣の経済対策で日本の景気がよくなった。IMFの予測では2010年の成長率は日本が1.7%で、これは米国の0.8%、ヨーロッパのマイナス0.3%より高い。これは景気対策の成果だ。」これは明らかな間違いである。自民党もよく知っているように、7月1日に発表した内閣府の予測で2010年度の成長率は0.6%と予測し、デフレーターはマイナスでデフレが続くとしている。これだけ大きく予測が異なる理由は、IMFの予測が1月~12月で、内閣府のものは4月~翌年の3月になっていることだ。2009年の1~3月は極端にGDPが低かった。これをどこに入れるかで数字が大きく変わる。

 ちなみに、IMFの予測で2009年を2010年の合計の成長率で比べてみよう。そうすると、日本はー5.3%、米国はー1.8%、ヨーロッパはー5.1%で日本が最悪だ。ヨーロッパも景気対策を渋っているから回復が遅い。この大不況に突入する前も日本は景気は世界最低水準だったし、大不況に最も打撃が大きかった。景気対策もそれを克服するほどの規模にはほど遠かったから、景気は良くなっていない。2010年度にもデフレが続くと内閣府は予測している。自民党は、景気が良くなったとPRすべきでない。唯一自民党が勝つチャンスがあるとすれば、「一人50万円の定額給付金を支給する」と公約することだ。そうすれば、300議席は確実に取れる。50万円が欲しくない人などいない。これにより消費が増えるのは確実で、企業業績も大幅にアップする。ただし、不況前の水準に戻るには、これでも難しいのでそれ以外の景気刺激策も並行して考えておくと良い。

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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2009年7月15日 (水)

知事選、都議選の順風が続くと考えるのは甘い!!

 文藝評論家の山崎行太郎さんが、民主党に流れが起きて、自民党には逆風が吹いている事を見て、自民党員の誰が泥舟から降りて民主党になびくのか、じっくりと見させてもらうと皮肉混じりに書いている。管理人も同じだ。国民はすぐに勝ち馬に乗りがたがる日和見議員を選挙で落とすべきだ。

 自民党員が民主党に鞍替えすることはあるとは思うが、その場合は政治家の良心として果たさなければならない責任がある。それは小泉政権が行った『聖域なき構造改革路線』に対してきちんとした総括をして、当時の自分の立ち位置を反省することが必要だと思う。それをしないで、新しい波に乗ろうとするのは人間として卑怯だと言う以外にない。

 最低限度、経済学者の中谷巌氏のような真摯な懺悔を、政治家として行う姿勢がなければ国民のために働くことはできないだろう。中谷巌氏は小泉構造改革の一翼をになった学者であり、その懺悔として『資本主義はなぜ自壊したのか』を書いた。これは非常に優れた小泉政治批判になっているばかりか、グローバル資本主義の痛烈な批判書になっている。
 
 自民党議員は最低限度、これくらいの構造改革批判をしなければ転身はできないだろう。民主党にも自公政権がやった構造改革が中途半端だったから、これからは真の構造改革をしなければならないという者がいると思うが、彼らはすべてニセモノである。小泉構造改革は中途半端ではなく、アメリカの指令で行った国益毀損の国策である。そのことは見誤らない方がいい。人間の自己保身本能は強い。こういう局面において、自分の立ち位置をグレーゾーンという曖昧さに置いて、流れ次第では民主党にも、偽装チェンジ派の自民党にもあい寄ろうという魂胆を持つ政治家が出てくると思うが、そんな者は有害だから選挙で落とすしかない。

 その意味で山崎行太郎さんの言うように、自民党員の動向には注視していたほうがいいと思う。ただ、米国がバックに付いた偽装チェンジ派の自民党は開票日までの一ヵ月半、手をこまねいているとはとても思えない。彼らは何か大きな事件を企てる力と腹黒さを持っている。城内実さんが言うように、この一ヵ月半には何が起きるかわからない。もしかしたら治安上の不安を喚起する大事件が起きるかもしれない。統治経験のない民主党には任せることができないという世論に持っていくような大事件が起きるかもしれない。

 国民はそういうことも見定めて腹を据えて今後の成り行きを冷静に見て行ってほしい。

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2009年7月14日 (火)

植草さんのレクチャーの何が小泉純一郎氏を激怒させたのか!?

 植草案件は小泉政権以降の自民党にとって、依然として国政を左右する大きな象徴となっている。ただ、多くの国民はこの事実を知らないと思う。マスコミが徹底して封じているからだ。今この時期に植草さんがもうすぐ収監されることの政治的な意味を考えれば、そのことがよくわかる。植草さんは今日の記事で、情報発信が絶たれることへの憤懣を表している。

「決戦の総選挙が行なわれ、選挙後に新政権が発足する最も重要な時期に、発言を封じられることに、激しい憤怒の念を拭えないが、政権交代を希求する多くの国民が賢明な選択を示してくれることを私は確信している」

 先月(6月)25日、最高裁の近藤崇晴裁判長は、植草さん側の上告を棄却、懲役4月の実刑を出した1、2審判決が確定したが、収監の時期が刻一刻と近づいている。裁判官の主文は以下の通りであるから、120日(懲役4月)から未決拘置日数の60日を差し引いて、実効的に収監される日数は60日(2ヵ月)だと思われる。

    【主文】
 1 被告人を懲役4月に処する。
 2 未決拘置日数中60日をその刑に算入する。
 3 訴訟費用は被告人の負担とする。

  13日、麻生太郎首相は衆院解散総選挙に関し、「今月21日の週に解散、8月30日投開票」とすることを決めた。今までの麻生政権のダッチロール(迷走)状況を見れば、8月の解散総選挙はある程度予想されていたと考えても不思議ではない。現権力側は、この時期を睨んで植草さんの強制収監を決めたものと見える。もとより、植草事件は二度とも、小泉官邸主導(独裁)政治の謀略であり、典型的な言論弾圧事件である。

(1)2004年4月の国策捜査事件 : 品川手鏡事件、非番警察官の付け狙ったかのような不自然な追尾、官憲側によって、モニター証拠画像が故意に消去隠滅された。

(2)2006年9月の国策捜査事件 : 一審第二回公判に検察側が用意した目撃証人が現れたが、その信憑性はきわめて低いものだった。管理人もこの公判を傍聴しているが、この証人は植草さんを取り押さえた一人を「車両の前方の方から私服の男性があらわれて、女子高生に話しかけました 」と言っている。(第二回公判速記録の481参照)

 (※ 2006年の事件では、確度の高い情報によれば、電車の中で異常な膂力(りょりょく=腕力)の人間が植草さんを押さえつけながら駅員室に連れて行く途中、その片方の者が、携帯電話で警察署に直接電話している風景を複数の駅員たちが目撃しているのだ。一般人による逮捕事例ならほとんどあり得ないできごとだと言ってよい)

 事件について詳しいことは、植草さんの赤いデザインの著書「知られざる真実ー勾留地にてー」やその他にも書かれている。管理人は、植草さんが2006年9月13日に、2回目の国策捜査事件に遭遇した翌日、14日から植草事件について調べてきた。権力側は植草さんの性癖論を固定化するためにメディアを使い、本人が抗弁できない環境で、警察が一方的に垂れ流した「国策報道」を怒涛(どとう)のように報道した。

 植草事件を仕掛けたのが官憲であることはほぼ推測が付くが、それを指揮命令した大元の人物(個人か複数)が政治中枢にいたことは間違いない。仕組んだ者は、小泉・竹中構造改革路線をマクロ政策として定め、それについて、きわめて大きな決定権を持つ人物であることだけは間違いない。警察、検察、裁判官を、己(おのれ)の描くストーリーどおりに動くことを命令し、事件直後、京浜急行電鉄にいきなり緘口令(かんこうれい)を敷いた存在が何者であるかを考えた時、この事件の巨大な政治的背景を想起しないほうがおかしいのである。

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 植草さんが糾弾した小泉政権の対象は実は二つある。一つは小泉政権のマクロ政策への批判であり、もう一つはりそな銀行の破たん処理に絡む大掛かりな政府金融犯罪の疑惑である。植草さんは、第一次小泉内閣発足の一年前に、日経新聞社長・杉田亮毅氏の仲介で小泉純一郎氏へ進講(レクチャー)に行った。この時、小泉氏と一緒にいたのが中川秀直氏であった。あまり知られていない話だが、小泉政権の官邸主導政治を確立した人物が中川秀直氏である。中川秀直氏と言えば、竹中平蔵氏とは別な意味で最もラディカルに小泉構造改革を推進した人物である。郵政民営化反対議員の復党問題の時、安倍元首相の権限を越権して「踏み絵」を行ったのもこの人物だ。

 この時、小泉氏は植草さんのレクチャーをまともに受けず、怒って遮り、自論を滔々(とうとう)と述べたらしい。管理人の直感だが、この時、小泉氏が植草さんが行ったレクチャーの何に怒り狂ったのか、かなり自信を持って言えることがある。それは、おそらく双方の緊縮財政政策への見解の相違からではない。植草さんが郵政民営化改革について、小泉純一郎氏の逆鱗に触れることを意識せずに語ったからだ。

 植草さんはこの時、小泉氏に二つの意見を言っている。その一つが1990年代の日本経済と経済政策の相関関係の説明である。経済の安定成長を重視しないと税収回復も中長期的な財政再建も難しいということ、やみくもに緊縮財政を行うと実体経済も駄目になるということを言った。小泉氏の意に沿わなかったようだが、マクロ政策の一つの提言であるから、政治家たるものは反対でも黙って聞く度量を持つべきである。

 さて、管理人は小泉氏が怒り狂った真の理由は、植草さんの次の正論を聞いたからだと確信する。それは、「政府が郵貯や簡保の資金を集めて、それを道路公団や政策金融機関、あるいは公益法人に流すという巨大な財政投融資の仕組みがある。ここに日本の非効率があるという点については私も同意する。しかし資金の『入り口』である郵貯・簡保より、『出口』である事業実施機関や特殊法人、公益法人のほうに無駄がある。だから改革をするなら、入り口よりも出口の方が大事だ」 (「売国者たちの末路」P86から)

 植草さんは、すでに2000年(?)のこの時点で、郵政民営化について、至極まっとうな方向性を示唆していた。もし民営化するなら、郵政資金を管理する金庫をどうするかではなく、運用先の改革、健全化こそが本質だと言っているのだ。ところが小泉純一郎氏はこれに著しく機嫌を損ねたようだ。その理由は管理人が何度か最近の弊ブログで指摘したことと大いに関係がある。賢明な読者さんならもうお気づきだと思うが、それこそが『四分社化』なのだ。

 小泉純一郎氏の頭の中には、国民のための郵政民営化という視点などはまったくなかった。彼の頭の中にある民営化構想は、『出口』改革は皆無であり、『入り口』だけだったと思う。340兆円に及ぶ莫大な郵政資金が収納されている『郵政三事業一体』をばらす(分社化)ことで、金庫の扉を開けることを頭に描いていたからだ。

 野中広務氏は、鳩山邦夫氏とのテレビ対談の中で、(小泉政権は)郵政公社法案をこれ以上の改革はしないと決めておいて、いきなり民営化の方向に走ってしまったわけだから、そこにはどんな変化があったのか、アメリカの動きと対比して検証する必要があると言っている。これは管理人の言い方をするなら、郵政公社という三事業一体経営から、民営化と称して四分社に移行した経緯が、理由や必然性を含めて不明瞭だということになる。竹中平蔵氏は四分社化の理由を『リスク遮断』で押し切った。誰がこんな詐欺まがいの理由で納得するというのか。

 四分社化は故・吉川元忠氏が断言したように、分社化することによって、外資がM&Aをやり易くすることが目的なのである。日本郵政株式会社の経営権さえ掌握すれば、郵政グループが抱える国有財産(国民の共有財産)はどうにでもできる。あと恐ろしいのは、郵貯・簡保が蓄えている膨大な個人情報が米系外資に筒抜けになることだ。(国富消尽P98参照)

 政権交代直前のこの重要な時期に、植草さんに情報発信させないように、今このタイミングで植草さんを牢獄に閉じ込めることは、政権を奪取した民主党が小泉政権の悪を暴露する時、植草さんが最も有力な人物となることをよく知っているからだ。彼ら(偽装CHANGE勢力)にとって、植草さんは真相を暴露する最も厄介な存在と言っていいだろう。

 植草さんと竹中平蔵氏の関係も書く予定だったが、長くなったので別記事に書きたい。

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2009年7月13日 (月)

自民党凋落の真因を推測する

 次期衆議院総選挙の先行的な指標とみなされた東京都議選は、自民党が過半数割れを起こし民主党が圧勝を占めた。自民党が第一党から外れるのは44年ぶりだそうである。評論家は自民党の凋落を、麻生政権の内紛やぶれが招いた結果だとあっさり言うが、この捉えかたは表層的だ。麻生首相のブレには二つの側面があって、ひとつは麻生氏の個人的な資質によるものと、もう一つは自民党内を牛耳る小泉一家と反小泉一家とのヘゲモニー(勢力争い)があり、この二つは峻別して考えなければ政治の現状把握を見誤ることになる。

 もしこのまま、来る衆院選でも民主党圧勝という同様の結果を得るとすれば、我々はこの状況を見て、1955年から続いた自民党一党独裁体制が、歴史的な終焉を向かえることを目の当たりにすると思い込みやすいが、それはまったく違うことを言っておきたい。日本は大東亜戦争に敗北した後、極東国際軍事裁判をいやいやながら受け入れたところから出発した。

 古代カルタゴとローマ帝国には、ポエニ戦争という三度にわたる戦争があった。カルタゴはローマに敗北し軍備を完全解除された。両国は安全保障条約を結び、事実上カルタゴはローマの庇護国となったが、軍備費撤廃の分を経済浮揚に向けて成功した。庇護国というと護られているという意味に聞こえるが、その実態はローマの完全属領であった。属国政治はやがて行き詰って深刻な状況にいたる。カルタゴが他国から戦争を仕掛けられ、やむなく軍備を整えてこれを打破したところ、ローマはこれを再軍備とみなし、カルタゴを滅ぼした。不正確だが簡単に言えば、これがカルタゴ興亡史である。

 時代背景や国家構造は異なるが、現代日米関係もこのローマ・カルタゴ関係とかなりの類似的様相を持つ。戦後政治の国政デザインは吉田茂によって方向が固定化された。吉田ドクトリンである。簡単に言えば吉田ドクトリンとは、日米安保条約という属国協定条約であり、日本は武装せず、米国駐留軍を置いて極東アジアの共産勢力の防波堤となることだったが、軍事をアメリカに任せて日本は経済復興に邁進するという基本路線だった。自民党保守政治の本質は、アメリカ・アングロサクソンの覇権意志と衝突せずにうまく取り入って、コバンザメのように経済的利得を得るというスタイルだった。これは岡崎久彦氏の対米感覚に近い。

 自民党55年体制とは、東京裁判史観を下敷きに吉田ドクトリンをアイデンティティとして保った属領政治であった。戦後のインフラ復興と高度経済成長を経て、自民党政治は国民に受け入れられてきた。その流れの中で田中角栄型の政治路線が定着した。しかし、これには冷戦構造という国際環境が幸いし、吉田ドクトリン体制は偶然にも上手く機能していた。政官財の癒着と田中型金脈政治が融合して、修正資本主義はかなり機能不全を起こしていたにせよ、再配分はきちんと行われていた。

 修正資本主義の悪弊を正し、良い方向に修正して行ったのなら、半属国日本でも、まだ余裕はあったのだが、小泉政権は郵政民営化という国家インフラをアメリカの言うがままに民営化し、構造改革という、一部の層に特定利権が傾斜してしまう間違った国策を行った。ここでは吉田ドクトリン・ポリシーにわずかに残っていた面従腹背の要素は雲散霧消し、完全な属国体制に切り替えられていた。これによって、富の公平配分は消失し、極端な傾斜配分に切り替わった。

 今回の都議選の結果は国政選挙の予型にはなっているが、保守対革新のイデオロギー的要素はまったくなく、小泉政権が行った新自由主義政策への怒りととらえていいものだと思う。これは国民の生活感情が自民党に対する敵意として出たものだが、戦後55年体制の自民党政治に対する総決算として噴出したものではない。そこは勘違いして欲しくないのである。

 もちろん国民には従来の自民党政治に対する鬱屈した不満はあるが、一党独裁を許してきたのも国民だったことを思えば、すべての悪を自民党に押し付けることはできない。許せないのは修正資本主義の顔をして国民を騙し、完全なネオリベ政治を行った小泉政権である。これが国民生活を破壊したまま、ほったらかしなのである。麻生氏の主導権を内部から潰したのが、小泉政権の残存勢力である偽装CHANGE勢力である。

 日本は大きく言えば、古代カルタゴ化していて風前のともし火になっているが、矯激な属国政治を行った小泉政権がきちんと裁かれない限り国の再生はない。民主党も凌雲会勢力と自民党シンパを駆逐しないとけっして安心できない。

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東京都議選が示した国民の怒り!!

 東京都都議選であるが、自民党は過半数割れが確実となり、民主党の圧勝であった。民主党が都議会の主導権を掌握した。この選挙は都議選という地方選挙ではあるが、都民有権者の投票意識は、完全に国政感覚であった。2005年9月は忘れ難い国政選挙であったが、その少し前の7月に行った都議選に比べ、今回は真逆の結果となった。

 この選挙結果は、自民党対民主党の都政的方針が選択されたというよりも、都民の生活感情が怒りを伴ってそのまま出たということだろう。自民党の選挙演説にはほとんど人は集まっておらず、民主党のそれには人だかりができていたことでもわかる。かつて、小泉・竹中構造改革路線は、メディアを使役して多くの国民を幻惑させたにもかかわらず、今回はその誘導操作は2005年の時と違い、まったく奏功していない。むしろ逆効果に出ていることがこれで証明された形となった。

 自民党偽装CHANGE勢力の思惑とは違って、大手メディアを駆使した、民主党に対する数々のブラック・プロパガンダ作戦はことごとく効き目がなかったことを、今回の都議選の結果は表している。清和会連中や小泉チルドレンはかなりのショックを受けていることだろう。国民は、すでにきちんとした世論形成ができあがっていたと考えるべきだ。

 仕事でも、生活でも、地方と大都市東京の格差は大きいが、それでも東京在住の人間には地方の苦悩が伝わっていて、小泉国政の破綻が、回りまわって東京都政という一地方の選挙に甚大な影響を与えたことは、もはや疑う余地がない。東京都民もれっきとした国民なのだ。今の日本は完全に疲弊した国政を刷新しなければならないという意識で意思統一ができ上がっているようだ。全国レベルのこの思潮は、もう止められないほどの強い慣性がついてしまったように見える。

 惨憺たる結果を招いた自公与党政権の国政出力は、もうごまかしが利かないまでに国民生活を逼迫させ、自民党がまったく国民を向いていないことが完全に知れ渡ってしまった。ここにおいて自民党政治なるものは、一部の連中にしか利益をもたらさないばかりか、国民を犠牲して成り立っている吸血政治であることが、国民の目にはっきりと見えてきたというところだろう。自分たちの利権領域を守るためなら、平気で国策捜査は行うし、メディアには嘘を報道させる。そういうパターンが多くの国民に見切られてきたというのが、今の自民党だろう。

  相次いだ県知事選で民主党が推薦した候補が当選し、今回は都議選で民主党の議席が圧倒的多数を占め、自民党は過半数割れを喫した。これが現在の民意というものである。途中で与野党の連立政権はあったが、五十数年間続いた自民党が、ここに至ってようやく政権交代の気運が生まれ、いよいよ野に下る気配が濃厚になった。それほど国民は小泉政治に怒りを持ったということだと思う。2007年夏期の参院選挙で自民党は大敗を喫したが、そのあとずる賢くメディアをつかって薄汚い誘導作戦を行ってきた。しかし、生活を破壊された国民の怒りは徐々に沈降していたものと思える。

 B層ターゲットを設定し、メディアを使えば思い通りになると、国民を小馬鹿にしたうえ、権力にあぐらを書いて国民の不満を軽く見たツケが自民党に回ってきている。日本国民はお上に従順な性格ではあるが、馬鹿ではないから常にお上の腐敗状況を注視している。その国民が選挙権という唯一の政治行為を行使できることは、民主主義の良いところだ。次の衆院選では自民党を叩き落とすというよりも、小泉政治を継承する悪徳偽装CHANGE勢力を完全に殲滅することが重要だと思う。

 構造改革がまだまだ不十分だなどと言う政治家は、自民であれ、民主であれ。まったく信用できないことを肝に銘じるべきだ。小泉構造改革こそ、国民を不幸のどん底に突き落とした欺瞞の構造改革なのである。彼らは第三極勢力を立ち上げる公算が強い。その時、耳に心地よい政策を奏でるだろうが信用してはならない。間違っても彼らを国政の壇上に上げてはならない。

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2009年7月12日 (日)

見限られている自民党のネガティブ・キャンペーン

  今、自民党は完全に末期症状の最終段階に入っているようだ。三年間で総理大臣が三人目であるということも政権与党の体を為していないが、現在の麻生総理の迷走状態も、もはや酩酊総理と言えるほどひどい有様になっている。イタリアのラクイラサミットでは麻生首相を各国首脳がまともな話し相手としてみなさなかったようだ。自公政権のこの凋落は、実は麻生氏の個人的ぶれの影響はサブ的なものであり、真因は、小泉政権が行った国政への批判が国民レベルに浸透した結果なのだ。

 麻生・鳩山(邦)ラインの郵政民営化見直し発言も、政治現象としては、小泉・竹中構造改革路線に対する国民の不信感の表れと解していいだろう。相次いだ知事選の結果が如実にそれを証明している。つまり、小泉政権の否定は確実に民意となっているのである。国政を預かる与党政権がその声を無視できなくなっていることは、自民党の浮き足立った動き方にすべて反映している。

今、小泉政権を牽引した自民党・清和会系勢力は、マスメディア、特にテレビを使って、なりふり構わず民主党のネガティブ・キャンペーンに没頭しているが、一旦方向が変化した民意の潮流は強くて、これまではきわめて効果的な結果をもたらしていた自民党の画策(プロパガンダ)は、すべて裏目に出てきている。人間も政党も落ち目になると、やること為すことが上手く行かなくなって、もがくと結果は裏目に出る。起死回生の一手で行った古賀選対委員長の東国原知事、国政登壇への誘いも国民の冷笑で終わった。

 今朝のフジテレビ・「新報道2001」も、司会者の采配に中立性はまったくなく、きわめて過激な偏りを示していた。ゲストには自民党・菅義偉(すが よしひで)選対副委員長、民主党・前原誠司副代表、公明党・高木陽介広報室長、共産党・穀田恵二国対委員長、社民党・阿部知子政審会長、国民新党・亀井静香代表代行が出演し、麻生政権について討論したが、案の定、番組は菅義偉氏主導による鳩山民主党代表の献金問題に集中した。

 これに果敢に異を唱えたのは国民新党の亀井静香氏であったが、司会者は矯激に亀井氏を制止、終始彼に言いたいことを言わせず、菅氏に思いっきり話をさせていた。この様子は2005年の郵政民営化総選挙時に、古舘一郎氏など、ニュース番組の司会者たちが民営化反論を叩き潰したことと瓜二つである。言論の自由から言えば、これは憲法違反ではないのか。

 亀井静香氏の主張したかったことは、以前から言っていたことであるが、自民党だって「国民政治協会」から献金を数百億円も貰っているはずだ、それを無視して鳩山さんだけを集中攻撃することは公平性において問題があるということだった。管理人には「国民政治協会」なるものはわからなかったが、ここは企業からの献金を一旦プールして、自民党にそれを渡す仕組みらしいが、これを迂回献金と言うのではないのか。小沢氏の公設第一秘書事件の時も、亀井氏が提起した国民政治協会の話はスルーされていることは今回と同じであり、自民等と民主党に対し明らかに前提が不公平、非対称である。

 司会者が亀井氏のこの発言を何度も初期段階で露骨に封じていたことは、この番組の主旨が民主党のネガティブ・キャンペーンにあったことは明らかだった。しかし今の視聴者は2005年9月の「郵政民営化是か非か」の国政選挙の時とは違っている。メディアがやる一本調子の自民党マンセーに疑念を抱き始めている。

 午前10時になり、やはり民放であるが、植草さんがサンプロ・ペンタゴンと揶揄(やゆ)してはばからない、テレ朝の御用番組「サンデープロジェクト」も、フジテレビの「新報道2001」と似たようなゲスト陣で占められていた。菅義偉(自民党)、高木 陽介(公明党)、野田佳彦(民主党幹事長代理)、穀田恵二(共産党)、 阿部知子(社民党)、そして亀井静香(国民新党)である。ここでも菅義偉氏の一方的な鳩山民主党代表への言論攻撃が展開され、それに亀井氏が異を唱えようとすれば、田原総一朗氏が徹底して邪魔をした。さすがに亀井氏の表情には怒気が浮かんでいた。田原氏は歴年の大政治家である亀井氏に対して「ちょっと待ってろ!」とか言っていたが、とんでもない傲慢さである。

_72_2  民放は自民党の意を受けて、政権交代阻止に向け、露骨な民主党批判を繰り返している。悪徳ペンタゴンの必死の悪足掻きである。しかし、今日の都議選の結果で彼らの最後の希望も費えるだろう。国民は55年から続いた自民党を見限っている。しかし、今の自民党は55年体制の自民党ではなく、55年体制をアメリカの内政干渉によってネオリベ変革で崩壊させ、桁違いに悪しき国政に転換した自民党突然変異体の国賊政党である。

 国民は小泉・竹中構造改革の惨憺たる結果を肌感覚で受け止め、醒めた目で自民党を眺めている。その感情は静かな怒りである。そういえば、亀井氏はもう一つ重要なことを言っていた。彼は景気の動向に関係なく、日本は富の再配分機能が駄目になったことを強調していたが、まさに問題の根源はそこにある。

 自民党が今、あの手この手を弄して、いろいろと民主党叩きをやっても、今、それらはすべて裏目に出ているように思う。この期に及んで麻生降ろしをやってもやらなくても世論は変わらないだろう。ただし、自民党偽装CHANGE派にはアメリカがバックに付いているから、けっして油断はできない。日本はこの悪徳政権を倒さない限り、国民のためのまともな政治は望めそうもない。

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2009年7月11日 (土)

ロボット技術開発に関する質問主意書と答弁書(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第180弾です)

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(※小野盛司会長 関連書籍案内

 かつて日本が高度成長をしていたときは、間もなく世界一の経済大国になると多くの人が思っていた。もちろん、世界一人口が多い国になるとは誰も考えなかっただろう。人口は少なくても、豊かになれるのだと信じていた。しかし、バブル崩壊後には悲観論が台頭した。日本は今後人口が減るのだから、経済は成長しないという論理だ。

 しかし、それは違う。人口が多くても貧乏な国は貧乏だし、人口が少なくても、お金を刷って設備投資をして生産性を向上させれば、いくらでも豊かになれる。産業革命だってそうだろう。手工業のはた織り機を自動織機に変えたら飛躍的に生産性が向上にGDPが拡大し、豊かになった。今の日本も人口減少を心配しなくてもよい。お金を刷って、適切な投資をすれば、間違いなくGDPが拡大し豊かになれる。人が欲しいと思う物やサービスをどれだけ作り出せるかがGDPであり、効率を高めればいくらでも作り出せる、つまりいくらでも豊かになれる。

 一つの例がロボットへの投資だ。ロボット技術に関しては日本は世界一だ。ここで思い切った投資をすれば、ロボットが人間に替わって労働を行うことができるようになる。ロボットは高価だというイメージがあるが、将来ロボットはロボットによって作られるようになるから、いくらでも安くなる。最も重要なのは、政府がロボット技術を伸ばすためにどれだけ投資するかだ。そこで質問主意書で聞いてみたのだが、答弁書が来たので紹介する。政府を説得する第一歩と考えて頂きたい。

質問主意書

日本のロボット技術を世界標準にするための政府の支援に関する質問主意書

 日本のロボット技術は世界の最先端を行くものであり、日本の経済発展に今後も大きく貢献していくことが期待されている。その点、政府が「未来開拓戦略(平成二十一年四月十七日 内閣府・経済産業省)」(以下、「未来開拓戦略」という。)等において、生活支援ロボット等の実用化について策定していることは評価したい。それをより確実なものにしていくには、日本のロボット技術を世界標準(デファクト・スタンダード)にしていく努力が不可欠である。

 過去において、TRONを日本の学校教育用のパソコンに採用しようとしていたことがあった。日米経済摩擦の時期と重なって、TRONはどの会社に対してもオープンソースで無料公開されていたものであったにもかかわらず、米国政府は米国企業に対してTRONは不平等な扱いをしたという不当な主張をし、スーパー三〇一条を悪用しTRONの採用を阻止した。これが結果的にマイクロソフト社のMS―DOSやWindowsの独占を支援することとなり、米国は莫大な利益を得た。現在ロボット技術において微妙な段階にあり、放置すればTRONの失敗を繰り返すことになりかねないので質問する。

一 現在、日本のロボット技術はハード・ソフトともに世界を大きくリードしており、政府が適切な支援をすれば、日本のロボット技術が世界標準になり、日本経済の発展に計り知れないほどの寄与をするとの見解についてどう考えるか。

二 日本は、急速に少子高齢化が進んでいる。今後、生産年齢人口が減少していき、労働者不足が懸念されている。しかし、次世代ロボットが人間の行う作業を代行するようになれば、労働力不足を緩和又は解消できるとの見解についてどう考えるか。

三 例えば、人間型二足歩行ロボットは、人間との共存環境下で共同・協業作業が可能であり、医療・福祉・介護・サービス等、多岐の分野にわたって活躍することが期待される。売り切りの商品でなく、そのソフトウエアの販売会社、ハードウエアを修理する企業、利用法をコンサルティングする会社、ロボット関係保険等が必要となり、自動車産業と同様に、部品産業を含め関連産業の裾野の広がりが大きい基幹産業になる可能性を秘めているとの見解についてどう考えるか。

四 現状では人間型二足歩行ロボットは商品として売り出すには値段が高すぎるために市場規模が限られていて、民間企業が本格的な開発を始めるには負担が大きすぎる。しかしながら、国がある段階まで支援し開発を進めれば、爆発的な市場拡大が期待される。少子高齢化で将来への不安を抱く国民に大きな夢と希望を与えるものであることを考慮すれば、人間型二足歩行ロボットは国の最良の投資先ではないかとの見解についてどう考えるか。

五 本格的なロボット研究開発を進めるには、人間協調・自律技術開発のための次のような施設が必要であるといわれている。
(一) 人間ロボットが現在可能な軽作業を人間と行うための模擬的な施設
(二) 人間ロボットが重作業(例えばクレーンの代わりのように使える)を行える模擬的な施設
(三) 家庭内で人間と協調するロボットを進化させるための模擬的な施設
(四) 人型ロボットの具体的な応用を産学官共同で研究開発するための施設
(五) 研究用のロボットプラットホームの保守施設
(六) ロボット保守のシステム開発を行えるような施設
(七) 将来的な実用化、輸出産業化を含め、市場に出すためのアフターケアの実験場
このような施設の設立を国が検討してはどうか。

六 ロボットは人間と関わる機械としての安全技術が確立していないことに加え、安全性の評価ができる公的機関が存在しない。さらに評価する工業規格が存在していない。これらの事情がロボット開発を妨げている。「未来開拓戦略」においては、実用化に必要な対人安全技術の開発、及び五年以内に安全基準・評価手法の策定を行うこととしているが、その詳細及び実現の可能性を明らかにされたい。
また、ロボット開発を促進する関連法の整備や、このような問題の解決方法を検討してはどうか。

七 例えば、介護の現場を考えてみよう。少子高齢化は、単に生産労働人口が減るだけでなく、貴重な労働人口の多くの介護の現場に向かわせてしまい、労働力不足にさらに拍車をかける。介護ロボットにより、要介護の高齢者は自力で生活ができることで、生活の質(QOL)が大きく向上するだけでなく、介護に拘束されていた人を別な職場に回し、労働力不足解消に貢献できるのであり、日本にとって大きな利益をもたらすとの見解についてどう考えるか。

八 大量に外国者を入れると、安い労働力が原因となって、すでに下がり続けている平均賃金がさらに下がり、国民の生活を圧迫する。大量のロボットの導入であればそのような恐れはない。しかもロボット産業は有力な輸出産業に成長する事が期待され、国を豊かにするとの見解についてどう考えるか。

九 政府は、「未来開拓戦略」において、二〇一一年までに生活支援ロボット等の国際標準化提案をすることとしているが、その詳細及び実現の可能性を明らかにされたい。

十 政府は、未来開拓戦略において、ロボット市場予測が二〇二五年に六・二兆円に達するとしているが、そのとおりであれば、大変な有望市場の形成がなされることになる。この予測の根拠、詳細及び出典を明らかにされたい。

 右質問する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
答弁書

内閣衆質一七一第六二○号
平成二十一年七月十日
内閣総理大臣臨時代理  国務大臣  河村建夫
衆議院議長 河野 洋平殿
衆議院議員滝実君提出
日本のロボット技術を世界標準にするための政府の支援に関する質問に対し、別紙答
弁書を送付する。

衆議院議員滝実君提出日本のロボツト技術を世界標準にするための政府の支援に関する質問に対する答弁書

一、三、六、八及び九について
我が国のロボット技術は、世界最高水準にあるものと承知している。
平成二十一年度から五年間実施予定の「生活支援ロボット実用化プロジエクト」においては、我が国の産学官が協力して生活支援ロボットを製作・開発し、対人安全技術の確立を目指すとともに、適切な安全基準と安全検証手法を開発するために必要となるデータを収集分析し、これらを通じて制度の在り方を検討していくこととしている。
また、国際標準化機構においては、二千十一年までに生活支援ロボット等の安全性に関する国際規格を発行することを目指して、現在、日本、英国、スウェーデン、韓国、ドイツ及びフランスを中心に作業が進められていると承知している。今後とも、これらの取組を進め、また、国内外の市場が開拓されること により、次世代ロボット産業が、部品産業などの関連産業と共に、我が国経済の発展に寄与すること になると考えている。

二及び七について
次世代産業用ロボットや生 活支援ロボット等の次世代ロボットは、我が国における将来的な労働力の不足を補う一助となると考えている。
御指摘の介護福祉分野においては、介護を要する者、介護する者双方の事情や意思を尊重することが必要ではあるが、介護に伴う様々な負担の一部が生活支援ロボットによって代替されることになれば、介護を要する者の自立促進や介護する者の負担軽減が図られ、 もって我が国の人的資源の有効な活用に資すると考えている。

四について
人間型足歩行ロボットは、足歩行時の転倒制御に必要となる膨大な量の計算を処理するため附属機器が大型化するなど、実用面での課題が少なくないと承知している。むしろ、実用化が目前である移動作業型ロボットや人間装着型ロボットの開発への支援が必要であると考えている。

五について
独立行政法人産業技術総合研究所においては、生活支援ロボットの実用化に向けて、当該ロボットが人間との協調作業を行うための模擬的な施設等が整備されることとなっている。

十について
御指摘の市場予測は、平成十三年五月に社団法人日本ロボット工業会が取りまとめた「二十一世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書」において算出された、二千二十五年時点での製造業分野におけるロボットの市場規模約一・四兆円と、平成十六年四月に経済産業省が取りまとめた「「次世代ロボットビジョン懇談会」 報告書」において算出した、二千二十五年時点での生活分野、医療・福祉分野及び公供分野におけるロボットの市場規模約四・八兆円を、合計して算出したものである。

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2009年7月10日 (金)

50万円定額給付金の提案はインフレターゲット論の一つか(小野盛司)

日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第179弾です)

 小野盛司会長さんの「『一人50万円の定額給付金』をマニフェストに入れれば衆議院選に勝てる」の中で、びっくりモグラさんという読者さんから下記の質問が寄せられていましたが、私の知識にはあまるので、小野会長さんに尋ねてみました。それを掲載します。)

●以下小野会長

  「今回の「50万円支給」が、インフレターゲット論」の主張とほぼ同じと考えてさしつかえないでしょうか?政府発行紙幣が日銀発行紙幣の紙幣とバックボーンが違うと盛んに言われますが、そもそもインフレ率を予期して(プラス2~4パーセントの直前で止める芸当)よい加減に匙加減をして、好況を招来できるとお考えでしょうか?」

 読者から上記のような質問を頂いたので、簡単にお答えしたい。インフレ率2~4%程度を目指すという点ではインフレターゲット論である。しかし通常インフレターゲット論というときは、日銀による金融政策によってインフレ率を調整する意味でとらえられているのだが、私の提案は政府と日銀が一体となって、国民にお金を渡す政策を行うという意味で異なっている。

 通常のインフレターゲット論だと、実際はデフレ状態においては日銀が機能不全に陥っており、目標のインフレ率を達成する手段が日銀にはない、というより自ら手を縛って、インフレ率を達成できないようにしているから、景気を良くして目標のインフレ率には到達が不可能になっているのである。

 確実に言えることは、国民に十分なお金が渡れば間違いなく消費が伸び、GDPが拡大し、目標インフレ率が達成できる。どうやってお金を渡すかといえば、お金を刷って定額給付金とするなら確実だ。量的緩和という政策だと日銀はお金を刷って銀行に渡す。銀行にお金をいくら渡しても、それが国民に渡るわけではない。銀行も融資先を探すが危ないところには貸さない。危なくないところも、これだけの不景気だと設備投資をしても物が売れないから儲からない。だから借りない。ということで、お金は国民に渡らないからいつまで経っても景気はよくならず、デフレ脱却ができない。こういった日銀の金融政策を「伝統的金融政策」という。

 お金はどうなるのか。日銀から供給されたお金は超低金利だから、もっと高金利の海外へと流れていく。これが円キャリートレードというもの。これを防ぎ、刷ったお金が日本国民に流そうとするなら、このお金を政府が定額給付金や公共投資等の財政政策に使えばよいのである。財政赤字は拡大するが、拡大すればするほど、それほど多くのお金が国民に渡る。このお金がいつか返さねばならないと勘違いして、日本人は「それならいらない」と言って財政赤字拡大をいやがる。実際はお金を刷って渡しているだけなので返さなくても良い。

 日銀が国債を買い、お金を市中に流す。そのお金を政府が国民のために使う。この方法は日本経済を救う決定打になるのだが、財政拡大を目的に日銀が国債を買うことを「非伝統的金融政策」という。今、日本がやらなければならないのは、この非伝統的金融政策であるが、自民党や国民新党はこの政策に好意的であるのに対し、民主党は猛反対する。だから、日銀の人事でも随分もめた。

 非伝統的金融政策は、真の意味でお金を刷る政策である。デフレ経済ではお金が消えていき、どんどん国が貧乏になるが、それを食い止め、豊かな活気ある日本経済を復活させるためには、非伝統的金融政策しかない。デフレ時に、お金を刷る政策に猛反対している民主党が政権を取れば、更なる大不況へと突入していく可能性があるのだが、自民党も消費税増税などと言っているようでは、民主党と同罪だ。

 政府紙幣発行と日銀券発行との違いですが、政府紙幣発行では例えば1兆円の紙幣を60枚、政府が印刷したとします。これを日銀に持ち込み預けます。これで60兆円預けたことになって(そのような制度にしなければなりませんが)、それを使うときは日銀券で使います。もっとも、これだけ額が大きいと紙幣など使わないですね。振り込みだけですから、実際は電子信号が走るだけで、紙幣は関与しません。ATMで送られたお金が政府紙幣なのか、日銀券なのか分からないですね。受け取った人は通帳にその額が書き込まれるだけで、どちらなのか知る方法がありません。実際現在でも硬貨はすべて政府貨幣、紙幣は日銀券であり、それを預けると金額が記載されるだけで、どちらという区別はありません。

 政府紙幣発行であれ、日銀の国債買い入れであれ、国がお金を手に入れ、それを国民に渡すことができれば、間違いなく消費は伸び、景気は回復します。

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「民営化した郵政はアメリカに出資せよ」の理由説明が腑に落ちない!?

  昨年(2008年)の4月に、くりぃむしちゅーの上田晋也氏との対談で、竹中平蔵氏は「民営化した郵政はアメリカに出資せよ」と本音を語っていた。しかし、郵政資金をアメリカに出資するということについて、彼が説明した理由が管理人にはとても奇妙に思える。まずはその対談部分を見ていただきたい。
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  竹中 そこで今回、ニッポンの作り方として、「民営化された日本郵政はアメリカに出資せよ」とぜひ申し上げたい。さきほどキャピタル・クランチの話をしましたが、アメリカではここ半年くらい、俄然一つの問題が浮かび上がっているんです。アメリカの金融機関が資本を受け入れるときに、誰が出するかということです。そこで、最近のキーワード、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)があります。政府系ファンド、つまり国が持っている基金です。アメリカの金融機関がSWFからお金を受け入れるケースが増えていますが、一方で、他国政府から資金を受け入れてもよいのかという問題がある。ある国が政治的な意図をもってアメリカの金融機関を乗っ取ってしまったら、アメリカ経済が影響を受けるのではという懸念も出てきています。

 翻って考えると、日本にはかつてとんでもなく巨大なSWFがありました。それが今の日本郵政なんです。資金量でいうと300兆円。他のSWFとは比べ物にならないほどのSWFがあったんです。民営化したので、今はSWFではない。だからアメリカから見ると安心して受け入れられる、民間の資金なんです。アメリカに対しても貢献できるし、同時に日本郵政から見ても、アメリカの金融機関に出資することで、いろいろなノウハウを蓄積し、新たなビジネスへの基礎もできる。

上田 ちなみにSWFは活発に融資したりということを行っているんですか。

竹中 一番歴史が長いのは、シンガポール投資公社(GIC)ですが、ここは25年以上の歴史を持っていて、過去10年間、平均10%程度の高い利回りを上げていると言われています。しかし、あまりはっきりと看板は掲げていませんが、実は世界最大のSWFは日本にあるんです。何かといえば、「年金基金」です。これは別のテーマになりますが、日本もちゃんとしたSWFの仕組みを作るべきだと思います。

上田 新たな展開も開けると?

竹中 一つのきっかけとして考える価値はあると思います。何もしないでいる状況では、マーケットからも信用されないし、国民から見ても不安だと思います。

※この記事は、BS朝日・朝日ニュースターで放送の『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』第3回(4/20他 オンエア)の一部を再構成したものです。
http://diamond.jp/series/nippon/10003/?page=3
___________________________________

 竹中氏は上記説明で、他国から米国へSWF(ソブリン・ウェルス・ファンド=政府系ファンド)が投資される場合、その国の政府が政治的な意図を持って米国の金融機関を乗っ取ってしまう危惧があることが、過去半年くらい米国で問題になっていたと言っている。実は管理人はこの説明自体が腑に落ちないのだ。なぜなら、米国には、外国資本の敵対的侵入に対して、国家安全保障上の観点から、米国の安全や国益を脅かす外国資本を制御できるれっきとした法律が存在しているからだ。

  それをエクソン・フロリオ条項というが、アメリカの金融エージェントである竹中氏がそれを知らないことはあり得ない。だから竹中氏は、日本人がエクソン・フロリオ条項を知らないことをいいことに、適当なことを言っていると管理人には思える。米国では、そういう外資の敵対的買収行為に対してエクソン・フロリオ条項が適用されるくらいであるから、ほとんど安全であるはずである。これは外国資本の性格が政府系であろうと、民間系であろうと同じように適用されるのではないのか?

 この辺の事情は国際金融に詳しい人から正確なことを聞いてみたいが、少なくともエクソン・フロリオ条項を経済的な国家安全保障に組み込んでいる米国が、他国のSWFに対して防御を考えていなかったというほうに無理があるような気がする。

   ということは、竹中氏の文脈は、国営形態の郵貯・簡保資金が巨大なSWF(政府系ファンド)であり、それが、そのままの形態でアメリカに出資された場合は、アメリカ金融機関が乗っ取られるリスクが発生するが、郵政が民営化された場合は問題ないと言っているわけである。なぜ政府系資金の出資は問題があり、民間管理資金なら問題ないのか、竹中氏はそこをまったく説明していない。エクソンフロリオ・条項は主に外国の民間巨大企業に対して考えた防衛策ではなかったのか。皆さんは竹中氏の説明に納得できるだろうか。

 竹中氏はこの対論でキャピタル・クランチとか、ソブリン・ウェルズ・ファンドとか、庶民には耳慣れないカタカナ英語を多用しているが、国民の財産である郵政資金を、アメリカに貢ぐことこそが最善の道であると言っている。それに郵政民営化の現状は、完全民営化までの移行期間にあり、株式は百パーセント政府が保有しているので、竹中氏の論理ではアメリカに投資できない形態であると言える。また、「日本郵政から見ても、アメリカの金融機関に出資することで、いろいろなノウハウを蓄積し、新たなビジネスへの基礎もできる」などと言っているが、全額奪われたら国民の死活問題に直結する話を、ノウハウ摂取などと能天気によく言えるものだと思う。

 竹中平蔵氏の「民営化した郵政はアメリカに出資せよ」という断言は、馬脚を現したというか、郵政民営化における彼の本音を露骨に出しているが、肝心なその理由説明が胡散臭すぎると感じるのは私だけなのだろうか。
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2009年7月 8日 (水)

ラーメンとむき出しの資本主義

                                                         Photo    
 管理人は多くの日本人と同様にラーメンが好きである。ラーメン愛好家というわけではないが、そこそこにラーメンは食べている。ラーメンとカレーは日本人の国民食であるが、何十年もあらゆる地域で食されているということは、日本人の食嗜好に合った食べ物なのだろう。都会には行きつけのラーメン店、地方にもそれなりの名物店があり、そこに出入りする常連客はそれぞれに、お気に入りラーメンについて一家言を持つ。まことに幸せな光景である。

 好みの味を見つけた者は同じ店に何度でも通うが、それは味に飽きないからである。不思議なものである。うどんと同様に日本のファスト・フードと言ってもよいラーメンであるが、客に好かれ、何度食べても、また食べたいラーメンを見つけた者は幸福である。完成させるのはそうとう難しいという。麺の口当たりの良さやスープの作りかた、スープと麺との相性、太さなど、それらの諸条件は、店側からすれば、苦労して編み出した合理的な理由があるわけであるが、客側はそういうことよりも、食べて美味しければまた来たいと思うだけである。

 管理人も、用事などでどこかへ行った時は、地元の評判を聞いて美味いと言われる店に入る。しかし紹介した人の好みと自分の好みが違っていることを知ることは多い。滅多に不味いと感じることはないが、特にまた来たいとも思うこともない。しかし、たまに評判どおり、これは絶品だなと思うときがあって、それはささやかながらも、得した気分になる。口に合ったラーメンを食べた時の満足感は案外大きい。

 管理人は鶏ガラ系スープでさっぱり味、細めんタイプのシナそば風ラーメンが好きだ。昔ながらの屋台風東京ラーメンである。日本各地、すみずみまでラーメン屋はあって、ラーメン店は今や日本人になくてはならない屋外生活の一風景でもある。

 弱者を保護する最低ラインの規制がない市場原理至上主義、つまり、原理主義的な剥き出しの資本主義は、効率的な資源配分(パレート最適)は実現できるが、公平な所得配分は担保されない。効率的な資源配分と公平な所得配分はまったく無関係である。我々庶民とって重要なことは所得配分の公平性である。庶民生活レベルから言うなら、それがきちんと担保されるなら社会主義経済のほうが格段に増しだと考える。しかし、共産主義も社会主義もイデオロギー化すると、人間性を破壊する体制に移行し、結局は自壊することになるようだ。

 素人の浅はかさで単純に考えれば、伝統と民族性を有機的に担保した社会主義がもし実現できるなら、それが案外いいのかもしれないと考える。この話は国家論が絡んでくるので実は簡単ではない。国家論との整合性を念頭に置いた場合、親和性があるのはイデオロギー的にはもちろん資本主義経済である。しかし、この資本主義経済も、直近の経験則から言えば、欲望消費社会の最終進化形態である金融資本主義が、結局は市場のコントロールを破壊して暴走し、いきなり崩壊する現実をまざまざと見せ付けられた。

 結局、資本主義と共産主義、人類の知恵が生み出した二種類の市場システムは失敗であった。そうなるとアルビン・トフラー(古くて申し訳ないが)ではないが、第三の波を模索する必要が出てきた。しかしそれは我々自由主義陣営が馴染んできた修正資本主義でもないような気がする。修正資本主義とは、産業革命直後のイギリスがそうであったように、剥き出しの資本主義が暴走すると、財を持たない人間や資本弱者がひどい目に遭う経験から生じたシステムである。資本主義に社会主義的な装置をすえつけて、色々な規制を設けるシステムである。

 この資本主義はしばらくは上手く行っていたが、ご存知のように最適と思われていたこのシステムも、金融資本主義の無茶苦茶な膨張は、無残にもセーフティネットを破壊してしまった。ひどい話は、福祉からも最大効率の利益を得ようとするやからがあらわれ、社会制度をおびやかしている。人類は環境を破壊し、活き活きした生存リアリティをすべて押しつぶすような経済システムをやめるしかないと思う。

 新しい型の文明に整合する経済システムは、大量生産・大量消費から脱却し、エネルギーや資源消費を最小限にしたまま、人間が最大多数の最大幸福を実現できる社会の模索であろう。要するに物の追及から、心の充足社会への移行である。環境負荷を上げないベーシックで、階層的に弱者を設けない社会造りが必要だと思う。それは欲望消費の原型を根本的に見直す生き方の創造しかない。そうしなければ、世界に不幸をもたらす金融資本主義の暴走はまた起きる。

  世界金融危機が叫ばれて、NHKなどには国際金融資本の大手会社の重役連中が顔をよく出していたが、彼らの顔に共通するものは限りない卑しさとでも言おうか、品性のなさである。実体のない数字的マネーの飽くなき追及が彼らの顔をバンパイアのように変えてしまった。世界中の美食を毎日堪能する生活は必然的に多くの人の飢餓の上に成り立っている。

 そんな世界を志向するよりも、一杯千円に満たないラーメンを食べて、生活の喜びを感じる方がどれほど人間らしいか、どれほど幸せなことか、言っても言い足りない気持がある。管理人は人が大勢苦しむ中で、自分だけが安楽で楽しい暮らしをするような世界を強く嫌悪する。金融資本主義が膨張する世界とはまさにそういう世界だ。

 物質や金銭の追及には限度がない。それをあくせくやっているうちに顔が下品になってくる。人間の幸福はどこへ行っても、社会が安定し、弱者があんまりいないところで暮らせる経済体制、政治体制にしかないのではないのか。二大経済システムはこれを実現しなかった。多くのご近所が地獄の苦しみに喘いでいるところで、ごく限られた恵まれた人にも幸福はやってこない。社会が荒廃するからだ。アメリカは幸福経済の失敗例である。最適経済のヒントは、アメリカの地獄を見究めたところから出てくるのではないのか。

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パチンコ店放火事件は、もしかしたら・・・!?

(NE氏という読者さんから興味深いコメントが寄せられたので掲載する)
_________________________________________
投稿: NE | 2009年7月 7日 (火) 09時22分

  個々の事件はつながっている。巨大組織の糸で繰られている。悪徳ペンタゴン・・・。
長い間植草サイトに心酔してきたので、「事件の陰には・・・がいる」という強迫観念が付きまとう思考形式になってしまいました。そんな頭で妄想したことなので、皆さんから「それは違う」「妄想だ」と激しい非難の言葉を戴きたいと思います。どうかよろしくお願いします。

 静岡県知事選、メディアの取り上げ方は不可解で深いです。結果判明の直後のNHK のニュース、トップに「バンザーイ!」の様子は流したものの1分にも満たなく、次の「パチンコ店放火事件」を大事件として取り上げていました。

 夜が明けて朝のニュースで民間メディアも渋々報道し始めましたが、どこも大きく取り上げていたのは「パチンコ火事」で、民主勝利・・・はかすんで見えました。

この事件、謎だらけです。

① 容疑者高見素直はどこでガソリンを調達したのか。
② 何故岩国で自首してきたのか。
③ 徒歩10分のところにある自宅マンションにはいつから住んでいたのか。
④ 「誰でもいいから人を殺したかった」と流行のワンフレーズを衝動的動機として語っ
たが、パチンコ店裏口に自転車を止め、容器のガソリンをプランチックバケツに入れ替えてわざわざぐるりと建物を回って表口から進入した・・・。
⑤ 犯行の前に何度かパチンコ店を訪れている。現場の様子見ではなかったのか。

 その他、容疑者に関する情報は極力少ない。「消費者金融に借金があった」「人生がイヤになった」・・・。お決まりの、犯行を納得させるような、用意していたような発言。

 妄想はここから。「火事」がキーワード。ここ一番!というときによく登場してくる「火事」「放火」「殺人」それだけでB層の頭は一杯になる。僅差だろうが大差だろうがそんなことは仔細なことになる。人が死んだ大火事の方が大事件なのだ。思い起こせば「旧吉田茂邸」「加藤議員の山形の実家」(火事でなければ証人喚問直前の政府高官夫婦殺人・・・)おそらく背後にペンタゴンの陰を直視して真っ青になったのは麻生首相・加藤紘一氏自身だっただろう。

 トップは牛耳られている。繰り人形化した。法的権力があるので悪さもしたい放題だ。ぶるブルッ。
 65年間日本は属国のままなのだ。朝から晩まで黙ってありのように働く代わりに適度な自由と適度な豊かさを与えられて。

 妄想する頭は糸でつながれた「火事」で一杯。「立派に仕事をした」下手人は計画通り裏口から逃走し、報酬をもらって新幹線に飛び乗り、岡山で下車しホテル泊し身支度を整えてから福岡から駆けつけた親族と山口で落ち合って稼いだ金を手渡し、すべて完了してから岩国警察署に出頭したのではないか。

 心ある厳しい批判をお待ちしています。

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(管理人)

_72_3  上記で指摘されているように、静岡県知事選後に、メディア、特にテレビ各社は、この放火事件を繰り返して報道している。権力の走狗と化している現大手メディアが、民主、社民、国民新党が推薦する候補、川勝平太氏の当選にきわめて抑制的であることは充分にわかるが、もしかしたら都議選と衆議院総選挙を睨み、偽装CHANGE勢力は川勝平太氏の当選報道を極力少なくするために故意に事件を起こし、人々の目を川勝平太氏から逸らす強制的な手段をとった可能性はあるかもしれない。

 今の偽装CHANGE勢力は、政権交代を阻止するためなら、なりふり構わず、どんな悪辣な手段でも行使する状態になっている。一旦、権力の恣意的行使の味を占め、メディアを掌握して世論操作の手法を握ってしまった彼らは、既存権益を守るためなら何でもやる状態にあるのではないだろうか。放火犯の「誰でもいいから人を殺したかった」というフレーズは、正直またかという思いを湧かせるが、それはあの秋葉原連続殺傷事件を髣髴とさせるからだ。

 「誰でもいいから人を殺したかった」、これは確実に世情不安を喚起するキーワードになっているが、今回の場合は空々しく響き、まるで誰かに無理やり言わせられているような不自然な気配が漂う。鋭い社会批評眼を持つ佐藤優氏は、その著書「テロリズムの罠」で、秋葉原無差別殺人事件は社会を対象とした犯罪であり、秋葉原の持つ日常性としての当たり前の風景であったトポス(場)が解体されたという意味のことを言っている。これはどういうことかと言えば、秋葉原という場所において、人間と人間の関係から形成されていた暗黙の安全というトポス(場所)が解体されたことを意味する。

 つまり、無差別テロは社会構造を変化させ、トポスを解体し、社会そのものを弱体化させるということを佐藤優氏は指摘している。見知らぬ人間同志が交錯する都会のど真ん中でも、合意形成とは言えなくても、暗黙の安全神話が作用していた空間が、一人が起こした無差別テロによって、もはや決して安全じゃないという不安感を人々に抱かせた。人々の記憶にはそれがベースにあり、これと似たようなパチンコ店放火事件が繰り返し報道されたことにより、秋葉原事件の不安は、日本という広域社会全体に拡大されてきた感じを人々に与えた。

 このように不安喚起を目的とした社会的事件が、今回のパチンコ店放火事件に人為的に当て嵌められたような気がする。つまり、テレビで、激しく燃える映像混じりで、このパチンコ店の惨事を報道し、そこにキャプションとして「誰でもいいから人を殺したかった」という犯人の理由を入れれば、見ている人は、秋葉原の事件と結び付けて、日本も広範囲に安全神話が崩壊してきたと思うだろう。これはテレビ画面に映し出される日本社会に安全神話として形成されていたトポス(場所)の解体なのである。日本に形成されていた安全神話は、長い伝統の中で自然に生じていた、いわば民族性と言ってもいいものだが、その共同幻想とも言えるトポス(場所)が一瞬で解体されたことになる。

 さて、重要なことは、川勝平太氏の県知事選における勝利は、政権交代を望む国民から見れば、県政を超えて、国政の明るい将来ビジョンをもたらすはずだった。つまり、希望のトポスが形成されるはずだったが、マスメディアがいっせいに流したのは、例のパチンコ店放火事件の繰り返し報道だった。これによって、希望のトポス形成が初期段階で解体されてしまったことになる。私はこういう観点から「誰でもいいから人を殺したかった」というフレーズには、とってつけたような奇妙な違和感を覚えている。

 つまり、日本の近未来や社会に対して、ネガティブ・イメージを与える無差別放火テロ事件を繰り返し報道することは、川勝氏の希望に満ちた凱旋報道をもみ消し、政権交代の気運醸成に水を差すものでしかないことがわかるだろう。穿って考えれば、偽装CHANGE勢力は、川勝氏が勝利した時を想定して、パチンコ店放火殺人事件を起こすように最初から仕組んでいた可能性もけっして定できないのだ。今の権力事情はそれほどひどいものであると認識していた方がいいと思う。

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2009年7月 7日 (火)

『一人50万円の定額給付金』をマニフェストに入れれば衆議院選に勝てる(小野盛司)

     (日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第178弾です)

 静岡県知事選で与党が敗れ、これで大型地方選4連敗となった。僅差で敗れたように見えるが、実際は民主党は分裂選挙だったわけで、与党vs野党で票読みをすると大差で敗れたことになる。東京都議会議員選でも大差で与党が敗れるのは間違いないし、衆議院選でも同様だ。

 与党が逆転を考えるなら、国民がびっくりするような事を考えなければ不可能だ。起死回生の一手はある。それは政策の大転換だ。まず国民の支持を失ったのは何が原因かを考えなければならない。消えた年金問題とかかんぽの宿とか色々あったが、やはり根本的な原因はデフレ脱却に失敗し、生活がどんどん苦しくなってきた、しかも将来不安が募る一方だということだろう。過去にもロッキード事件とか、不祥事は色々あったが、国民が自民党を見放さなかったのは、経済がそれなりに好調で、暮らしに安心感があったからだ。今の与党は日本経済をここまで没落させているのに、復活のための有効な政策を全く打ち出していない。これでは、国民にそっぽを向かれるのも無理はない。与党の起死回生の一手を次に提案する。

○国民全員に一人50万円の定額給付金を支給する。

 財源は赤字国債でよい。市中消化が難しければ、市中から日銀が必要額を買い上げれば何の問題もない。日銀券ルールに抵触すると思うかもしれないが、これは口約束であり、いつでも変えられる。日銀が協力しないとなれば、政府が直接貨幣を発行する「政府貨幣発行」という手段を使えばよい。具体的には1兆円札を60枚刷って、日銀に持ち込み、それを国庫に入れることで財源を得ることができるようにする。日銀が政府に協力しないという異常事態を作り出すのであれば日銀の存在意義が無くなる。そんな日銀などいらない。

 重要なのは、これによって何が起きるかを計量経済学で徹底的に分析して国民に示すことだ。ただし結果はすでに分かっている。内閣府試算で、前回の定額給付金では2兆円の規模であり、その経済効果は0.15%だけGDPを押し上げるということだった。この30倍の規模だからGDP押し上げ効果は4.5%だ。昨年と今年で会わせて6.6%GDPを下げた。その下げた分を取り返すにはまだ力不足ではあるので、本当は更に大きな刺激が必要なのだが、日本の政治家は勇気がない。その臆病な政治家でも受け入れられるよう控えめの提案にしておこうということで、「一人50万円の定額給付金」という提案にした。

 一人1万2千円の定額給付金をもらってどうするのか、それより母子加算とか色々つかうところはあるではないかという議論はあった。母子加算等も復活させればよい。国民が望むことを徹底して応じればよい。それに加えて「一人50万円の定額給付金」をやればよいのだ。

 このような政策に国民はどう考えるだろう。定額給付金も1.2万円程度ならどうってことはないけど50万円なら話は別だ。5人家族なら250万円だ。それなら民主党のちょこまかした政策とは桁が違う。票をカネで買うのかと批判する人がいるだろう。しかし、このカネが消費を喚起し日本経済を復活させると知ったら、国民も国の経済危機を救うためであれば「いやいやながらも?」受け取ってくれるに違いない。かつては国のためなら命さえも捧げた日本人だ。国のためにこのくらいの協力をする覚悟はあるはずだ。もちろん、どうしても定額給付金は反対だという人は受け取らなければよい。そんな連中は日本経済を復活させたくない亡国論者だ。

 これは日銀がお金を刷って国民に渡すという提案だ。お金は何回でも刷れる。なぜそんなことをするかと言えば、デフレで国民一人当たり千数百万円ものお金が消えてしまったから、それを取り返すための第一歩にするためだ。返す必要のないお金であり、日本経済復活のためには、この程度のお金で足りるわけがないから、本格的に経済が回復するまで、あらゆる手段で国民にお金を渡すとうい政策を断行する。その第一歩が50万円定額給付金だ。消費税増税の話は完全に撤回するとよい。それが与党の最後の生きる道だ。そんな無責任な政策でなく、消えた一人当たり千数百万円のお金を復活させることに全力を挙げることだ。

 刷るのを止めるのは、完全にデフレ脱却できたときだ。クルーグマンの言うようにインフレ率4%を目指すのがよい。中途半端でお金を刷るのを止めると、あっという間にデフレに逆戻りするというのが歴史の証明するところだ。与党の議員達よ、今が最後のチャンスだ。日本経済を救うために政治生命を掛けよ。

 もちろん、この提案は与党に限らない。民主党でもこの案をマニフェストに入れれば大勝利間違いなしだ。

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小野盛司氏の日本経済復活シリーズ・インデックス

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植草事件は今のタイミングで、なぜ実刑判断なのか?

  植草一秀さんが、7月6日のブログ記事、「『かんぽの宿』論議を逃げたテレ朝サンプロ」で、テレ朝「サンデープロジェクト」司会者、田原総一朗氏は6月28日の放送で、「かんぽの宿」疑惑について、7月5日の放送で議論する旨を告知した。しかし、当日のサンデープロジェクトがこれを逃げたことは問題であると言っている。

 以下植草さんの記事を転載する。

_____________________________________________
  (転載開始)
  固定資産税評価額857億円、実勢時価1000億円程度と見込まれる「かんぽの宿」79施設が、極めて不透明な選考過程を経てオリックス不動産に109億円で売却されようとした事案に関する重大な疑惑が問題の中心である。

 109億円の売却価格を正当化する根拠として、

①「かんぽの宿」事業収支の赤字
②雇用維持条件
③日本郵政の簿価が123億円であったこと

があげられているが、これらのすべてに重大な疑惑が存在する。

 最大の論点は、不動産鑑定評価の方法である。不動産鑑定評価には、①原価法、②収益還元法、③取引事例比較法、の三つがあるが、②収益還元法を利用する場合、事業収支が赤字であることを算定の根拠に用いると、鑑定評価額が著しく低くなる。

 しかし、「かんぽの宿」は容易に黒字化することが見込まれる物件であり、年間40~50億円の赤字を前提にした鑑定評価は、「かんぽの宿」を安く売るための大義名分に使われた疑いが存在するのだ。

(転載終了)
_____________________________________________

 現与党政権が郵政民営化において、「かんぽの宿」79施設が異常に安い価格でオリックス不動産に売却される寸前までいって、鳩山邦夫前総務大臣によって止められた。それ以後、日本郵政株式会社の西川善文社長と鳩山前総務大臣の間で熾烈なバトルが繰り広げられ、当初は麻生総理も西川社長を更迭する気持を持っていたが、政府もマスコミもどういうわけか、この問題の核心的な議論を避けているうちに、いつの間にか閣内内紛という奇妙な状況になり、何と、首相が鳩山総務大臣を事実上、更迭してしまうという強引な決着劇が図られた。

 鳩山前総務大臣は、日本郵政株式会社法に則って、適切に問題処理を行おうとして調べた結果、西川善文氏の降板という結論になった。不祥事が起きたと総務大臣が真っ向から指摘しているのに、財界筋の「すでに西川氏は日本郵政の指名委員会と取締役会が経営判断で社長続投を認めており、政治的な判断で覆すべきではない」という奇妙な理由で、西川氏の続投が決定したらしい。鳩山氏の辞任に対して経済界は冷ややかだと言うが、我々庶民目線からこの問題を見ていると、肝心の「かんぽの宿」問題は、いったいどうなったんだ?という気持が強い。

 閣僚同志の内紛劇は別にして、西川善文社長の続投問題は、国民にわかりやすいように賛成派、反対派入り乱れて両論併記で充分な議論をするのが当然なのである。つまり何が問題かを徹底的に究明することが、この問題のたどる道すじである。ところが「かんぽの宿」問題を理路整然と提起して、問題究明に進んでいた鳩山前総務大臣を、ほとんど議論らしい議論もさせないままに大臣職を解いてしまったことは、多くの国民に強い違和感を覚えさせてしまっている。

 問題の起承転結、つまり①起きる、②承継する、③転ずる、④完結する、という自然にたどる物事の流れで、②と③を省略して、いきなり④という結論に持っていった感がある。つまり「かんぽの宿」問題の真相究明が抜けているのだ。問題を明るみにしないままにフタをしてしまったのだ。特にマスメディアはこの問題を議論させるどころか、人々の意識から遠ざけているような印象がある。

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 その理由は「かんぽの宿」問題は、郵政民営化法案を制度設計した段階で、デキレースだった可能性が高いからである。それを百パーセント疑わせる信じ難いできごとがあった。植草さんの別記事「菅義偉氏西川氏宮内氏牛尾氏が料亭で祝杯か?」にそれがあったので、そこから保坂展人氏の記事を孫引きする。

___これは露骨だ。先月30日の晩、都内の一流ホテルで日本郵政の西川善文社長がオリックスの宮内義彦会長らと会食した。この席には自民党の菅義偉選対副委員長、ウシオ電機会長の牛尾治朗氏も同席したというのである。_____

 (この画像はパロディスト マッド・アマノ氏の作品です)
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     (※竹中平蔵氏は出席していない)

 西川氏の続投祝いの飲み会のようだが、一堂に会した四名の面子を見ると、最大限に怪しい連中だ。本音は、郵政の資産を掠め取るゴールドマン・サックスからのリベートをもらえる喜びで集まったのだろう。「西川さん、首が繋がって何よりでした。まずは乾杯と行きましょう!!」とか言って、ほくそ笑んでいた顔が浮かんでくる。まるで悪代官と御用商人の結託みたいな感じである。

 植草さんは冒頭に転載した記事で、「最大の論点は、不動産鑑定評価の方法である」と言っているが、サンプロでも何でもいいが、メディアはこの不動産鑑定評価の方法を精査する方向で検証するべきだ。

●植草さんが政権交代の前に収監される背景を推測する

 さて、私が言いたいことはこれからだが、私なりに、どうして植草さんが今の時期に収監されねばならないのか、その理由を考えてみた。解散総選挙が近づいて、植草さんに「かんぽの宿」問題を展開して欲しくないというのも当然あるだろうが、私は権力側にもう一つの強力な理由があるかもしれないと考えた。それは小沢一郎氏の覚悟と義憤である。2月27日、小沢一郎前代表は「在日米軍(陸軍)削減論」を開陳し、「第7艦隊だけで十分じゃないのか」と語った。

 この発言は大方から失言だと受け取られ、民主党の失策だと思われた。この発言から7日後の3月3日、東京地検特捜部が動いて、小沢氏の公設第1秘書を政治資金規正法違反容疑で逮捕した。第7艦隊発言の十日前にはヒラリー・クリントン米国務長官に会っているが、小沢氏は一旦は会談を断っている。米国の国務長官の打診に用事が入っているからという理由だった。この態度は属国為政者には考えられないことだった。

 小沢氏の腹の中には、米国の操り人形としての小泉政治なるもの、小泉体制なるものを官僚ごと改造刷新するという目論見があるのではないだろうか。特に国策捜査を行った検察、警察官僚にはそうとうに含むところが大きいはずだ。民主党が政権を取った場合、小沢氏は鳩山由紀夫氏と一緒に、権力(高級)官僚の総入れ替えを考えていると思う。これに慌てた権力筋は、どんな手を打ってでも、政権交代が実現できないように足掻いているのだと思う。管理人は確信した。自民党がどんな汚い手を打とうとも、国民の気持は政権交代に向いている。この潮流は堰き止められない。

 政権交代後に小泉構造改革が徹底的に見直される方針になれば、その任務に最も相応しい人物は植草さんである。りそな銀行に絡む政府犯罪も、郵政民営化の悪の全貌も暴かれる。ここには国策捜査を行った官僚への指弾もあるだろう。だからこそ、権力官僚の自己保存本能で、今のうちに植草さんの口を塞いでおこうというのが、今のタイミングにおける実刑判断に繋がったのかもしれない。

 収監中の植草さんは、こういう理由で、命を狙われる危険をかなりの確率で抱えている。皆さんも、彼が今の時期に収監されることの真の意味を汲み取っていただき、国家権力は無辜のエコノミストの命を奪うなという表明をして欲しい。

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2009年7月 6日 (月)

川勝平太・静岡県知事は日本文明の黎明になる

Photo  川勝平太静岡県知事が誕生した。投票率が61・05%で、前回四年前の44・49%を16・56ポイント上回った。人々の投票意識がかなり高かったのは、それだけ生活の逼塞感が強いからだろう。政治的な意味で言うと、たしかに民主党、社民党、国民新党が推薦した川勝氏が勝ったことは大きいが、自民党、公明党推薦の坂本由紀子氏との得票差1万数千票は、県民人口380万人から言えば僅差ということもできる。

 川勝氏立候補のニュースを聞いたとき、私は自分の知る学者の川勝氏と同姓同名の別人だと思った。しかし、同一人物だと知ってびっくりした。斯界では知られた存在でも、一般にはほとんど無名の人だから、正直期待薄だと思ったが、私が12年前から特別な思いを寄せている学者さんだったので、是非とも勝って欲しいと祈っていた。

 私は静岡県東部在住であるから、もちろん選挙は川勝平太氏に投じたが、この辺りは主婦層などに坂本由紀子氏の人気は強かったように思う。感触として言えば、坂本氏の善戦は自公推薦の要素ではなく、老いた母を介護しているという圧倒的な生活感が本人に出ており、それが東大卒のエリート色を薄め、女性層を共感させたのだと思う。川勝氏の場合は明らかに政権交代の追い風があるが、氏自身の今まで見たことのないエネルギッシュで異質な魅力も奏功したと思う。

  私自身は政治的な願望ももちろんあったが、川勝氏を熾烈に応援した理由は、静岡県人としてよりも、氏が国政的に重要な人物であると確信しているからだ。日本は、政権交代やその他の内政的な変動を経て、新しい世界観に基づいた日本の将来モデルを築いていく必要があるが、その国政モデルをいかに構築するかで国家のグランドデザインが描けるのだ。その際、川勝平太氏は、植草一秀さんとともに、重要なキーパーソンの一人になると管理人は予想している。

   川勝氏が青いTシャツを着て遊説したのを、氏はインタビューで、これは地球の色だと言ったが、その真意は海洋の色だということに違いない。なぜなら、氏にとって海洋は特別なものだからだ。氏の著作を何冊か読んだ人なら、氏のTシャツの象徴をたちどころに理解したと思う。それは氏の斬新な視点による文明史観を指し示すからだ。氏の学問的業績である「文明の海洋史観」に、私はずいぶん新鮮な感動を受け影響を受けている。

 私はダーウィン進化論とは異なる「棲み分け理論」などを発見した今西錦司や、「文明の生態史観」を書いた梅棹忠夫ら京都学派の独自性に強い影響を受けている。まったく同様に、川勝平太氏の海洋史観には衝撃を受けて読んだ記憶がある。彼らの理論や仮説は異なるが、大きく眺めれば欧米の世界観(哲学、歴史学)とはまったく異なる独自の視点があることに気が付かされる。たとえば、今西理論の「棲み分け」は、明らかに川勝氏の文明発生史観にも見られる。

 つまり、西洋のコンドルセなどが提唱した一方向の単線的進歩史観とは根幹が異なる発想で編み出されている。欧米の文明史観を単線的なニュートン力学とすれば、今西、梅棹、川勝らの理論はアナロジー的には複雑系の科学に近いかもしれない。文明や産業の発生論において、共時性(synchronicity)の視点もあるような気がする。あるいは複雑系の科学にイリヤ・ブリゴジンの「散逸構造論」というのがあるが、私はそれもアナロジーとして連想した。

 彼らの見方は、通常のアカデミズムには異端として馴染まず、共通しているのは欧米の社会ダーウィニズム的視点とはまったく異なる東洋系視点というか、日本特有の文明観を根っこに内包した学問に思える。マルクスの単線的時間軸に対して、川勝氏は海洋の移動という空間的要素を重視した。茫洋とした東洋の包括的世界観である。老荘思想の文明史観とでも言えばいいのか。

 自分の好きな世界を自己陶酔的に語っても仕方ないので、川勝氏の政治を占うが、上述したように川勝氏の発想は既存政治家の枠を超えているから、これから何をするかとても楽しみである。彼の代表作「文明の海洋史観」は、日本の江戸時代の固有な発展を見て、イギリスの産業革命に匹敵するというよりも、質的方向性の異なる独自の発展的潜在力を有していることを考察したユニークさがある。彼は、欧米の世界観に影響されない独自の発想で既存政治の硬直性を打破し、新しい地平に進んでくれるものと確信している。もしかしたら、川勝県知事が構築する県政モデルは、近未来日本の国政グランド・デザインになるかもしれない。

 そういう意味で、管理人は川勝県知事は、政治的というよりは、戦後日本のあり方を文化レベルで質的に変えていくキーマンになるような気がしている。川勝氏の日本論には、産業革命を基本とする欧米文明が、外側から資源を収奪するスタイルを持つなら、日本文明は江戸時代に実現したリサイクル型のスタイルを持つことを強く示唆する。これは、環境負荷が極めて少なくてすむこれからの文明構築の原像となる可能性を持つ。

 この人物に私は県民の気持を超えて期待している。

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2009年7月 5日 (日)

ネオ自民党(偽装CHANGE勢力)を終わりにせよ

 自民党の偽装CHANGE勢力は、その持てる手駒をすべて使い切る覚悟で最後の足掻きをしている。高所大所に立ってものをいう気持ちはまったくないが、自民党に対して多くの人々は誤まった認識を持っている。それは政治に疎い管理人が、小泉政権の異質性に気が付き、素人なりにこの政権の本質を調べていて気が付いたことであった。小泉政権は明らかにそれまでの自民党与党政権とは、まったく別の政権に変質しており、人々がそのことを自覚できないうちに、この政権は日本国家と人々の生活空間としての社会を根底から破壊してしまったのだ。

 さて、小泉政権がどのような政権であったのか、振り返ってみた時、いくつかのアプローチの仕方は当然あるが、その一つに、自民党の歴史的な流れから見ることは重要である。もう一度言うが、小泉政権以降の自民党については、多くの人がその本質について、ある種の巨大な錯誤をおかしている。自由民主党は1955年、自由党と民主党の保守合同によって生まれた。それ以来、自民党は政権担当与党として戦後日本に君臨してきた。しかし、同一政権が権力を掌握し続けていると、そこには構造上の腐敗が多く生じ、それは政治家や官僚の悪しき慣習となって継続していた。

 小泉政権以前は田中角栄型の政治体制が続き、政官財の金権・利権構造が日本列島を蝕んだ癌細胞のように隅々に蔓延していた。平成大不況の閉塞感と相まって、人々は政治の硬直性、守旧性に強い疑念を抱き、なんとかこれを打破する政治が行われないかと、新しい型の指導者と古い体質の自民党の刷新を待望した。そこに、突然スーパーマンのように現れたのが、小泉純一郎という自民党派閥政治の歴史にはいたって稀有なタイプの宰相であった。

 彼は言った。自民党をぶっこわす、派閥政治を解消する、そのためには、「聖域なき構造改革」を不退転の覚悟で断行せねばならない。まるで能舞台で見得を切ったような斬新な物言いで人々の気持ちをつかんだ。小泉劇場の華々しい登場である。小泉純一郎新宰相は、旧田中派型政治と訣別することによって、日本を金権利権腐敗の泥沼から引きずり出し、官僚主導を是正して政治を新しい地平に誘おうとしていると誰もが思った。この時、亀井静香氏に代表される従来型の政治イメージは完全に古いものとして人々に認識されてしまった。

 小泉首相は断言した言葉どおり、旧田中派型政治の最後の流れであった、橋本龍太郎率いる経世会を攻撃し、ほぼ完全に壊滅状態にした。旧来型の派閥政治の絶滅である。ところが、皮肉にも自民党内には「小泉構造改革派」というべき新たな巨大派閥ができあがっていた。さて、管理人ごとき政治に疎い者が、場末の酒場で安酒の勢いに任せて大言壮語しているようで実に恥ずかしいのだが、正直な気持で語っているのでその辺は差し引いて聞いて欲しい。

 管理人は政治経済のシロウトながらも、小泉政治にはどことなく根本的なところで大きな胡散臭さを感じていたので、従来の自民党政治といったい何が違っているのだろうかと考え始めたのが、2002年ごろだったと思う。それまでは多くの人と同様に、もしかしたら小泉さんなら何かやってくれるかもしれないと半ば期待を込めていたと言ってもいい。ところが現実に景況感はどんどん悪くなるし、平成大不況の閉塞感は一桁増えたようなきわめて重苦しい社会になってきたなというのが、その頃の実感だった。

 翌年の4月には日経平均株価が七千円そこそこになっており、正直、なんだこりゃ?という疑念が強く起きてきていた。聖域なき構造改革というのは、いつまでこういう不安感や痛みを感じていればいいのだろう、これはいつ立ち上がって来るのだろう、何だか変だぞという疑念が起こっていた。2005年まで、管理人はそういうすっきりしない状態が続き、株価は回復基調になったことは知っていたが、庶民レベルの生活感覚がいっこうに良くならなかったばかりか、なお一層劇的に悪化しているという感じだった。

 政権発足二年目くらいから、小泉首相の構造改革そのものに違和感を持っていたが、それとは別に彼が連呼していた郵政民営化はまったくピントはずれな感じがしていた。管理人は郵便局に不満を持ったことなど一度もなかったし、悪い話も聞いたことがなかった。きちんと機能していて、あって当然の地域の建物だったからだ。銀行は金持ち優遇で我々庶民へは冷たい視線を持っているが、郵便局の職員さんたちには、オラが村の局員さんという親しみを持っていた。そこへ、何で今ここで民営化なんだ?という釈然としない気分があった。今ではよくわかるが、郵政事業の公共性は人々にとって、なくてはならないインフラだったということだ。竹中平蔵氏のように、市場原理だけで価値規定できるものではない。

 郵政民営化、これは構造改革と同様に大きなペテンではないのかという意識を強く持ち始めた時、関岡英之さんの「拒否できない日本」や関岡英之・吉川元忠氏の共著「国富消尽」を読んで、自分の小泉政治に対する疑念は正しかったことを確信した。はっきりしたことは、小泉構造改革も郵政民営化も百パーセント他生的要因から制度設計されており、小泉氏は竹中平蔵という日本人のメンタリティを持たない米国の尖兵と日本を改悪したということである。

 政治分析はいずれ別記事に書くが、冒頭の疑念を簡単に言えば、小泉政治とは従来型の田中派型政治を消滅させることによって、アメリカ及び米系国際金融資本の利益に即した市場改悪を徹底的にやった日本史上最悪の犯罪政権であったという事に尽きる。ところが多くの人々は、小泉政権が従来型自民党政治の変種というか、変わった内閣だったと言う程度の認識しか持っていない。つまり、従来型修正資本主義の失敗バージョンだったと思っている。偉そうに言って申し訳ないが、これがきわめて大きな錯誤なのである。

_72_2   声を大にして言うが、小泉政権は歴史的な歴代与党政権の展開政権ではまったくない。あれは戦後政治に突然生じたアメリカの完全なる傀儡政権である。あるいは悪く生まれ変わったネオ自民党ということもできる。これを動かす実質勢力は偽装CHANGE勢力である。従来型55年体制下の自民党とは派生淵源がまったく違うのである。55年体制の自民党が党の自己同一性だったとすれば、小泉政権は自民党ではなく、アメリカの手の平で操作された革命政権の一種であろう。

 国民が認識を改めるべきことは、小泉政権が自民党の主流でも傍流でもなく、日本とは完全に別種の内政干渉から動いた他動的な政権だったという事実だ。「年次改革要望書」の存在と、日本版エクソン・フロリオ条項の発想が、徹底して禁忌扱いになっている現状がそれを物語る。加えて国民の利益を第一に考える良心的な有識者は政権によって弾圧されている。たとえば、万民幸福の基本視線を持つエコノミスト・植草一秀さんは理不尽な罪を着せられ、良心的な評論家である森田実さんや、やはり硬派のエコノミスト・紺谷典子さんは、メジャーな言論の場から不遇の扱いを受けている。

 歴代自民党のアイデンティティ(歴史的党是)は、森喜朗政権で事実上幕を閉じている。小泉政権は、それまでの政治的要素を持たない政権であって、その内実はアメリカの意を受けたネオ自民党、すなわち偽装CHANGE勢力である。

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景気対策はもうやらないのか(小野盛司)

  (日本経済復活の会 小野盛司会長の記事、第177弾です)

 衆議院選挙が間近になってきて、マニュフェストが話題になっている。政権選択の選挙と言われ、政策論争がマスコミで盛んに行われるようになってきた。しかし、その政策論争が国民の目線から完全に離れてしまったものになっている。

 本日(7月5日)の日経には世論調査の結果が載っている。次期衆議院選で重視する政策のトップは景気対策である。しかし、最近では政治家もマスコミも景気対策を口にしなくなった。東国原氏の「自民党総裁候補論」が話題にされていて、東国原氏の主張する地方分権の話題ばかりになってしまった。しかし世論調査では、次期衆議院選で重視する政策として「地方分権」は上位5項目の中に出てこない。与野党共、国民不在の議論ばかり行っているのは明らかだ。

 15兆円の2009年度補正予算が成立した後は、麻生氏は消費税増税のことしか念頭にない。経済財政担当相に林芳正氏が新たに任命され、少しは日本経済の事を考えてくれる人物かと期待したが、残念ながら林氏も消費税増税論者だそうだ。景気は良くなっていない。国民は景気を何とかしてくれと悲鳴を上げている。今回の景気対策でもう十分なのか。とんでもない。この景気対策は景気の悪化の幅を3割程度減らすにすぎない。

 恐ろしい数字が内閣府から7月1日に発表されている。来年度の経済予測だ。来年度(平成22年度)の実質成長率は0.6%だという。プラスになったからそれで景気回復というのだろうか。冗談でしょう。平成19年度、20年度で6.6%下がった後のプラス0.6%ということは、日本経済は3年間で6%も収縮する(貧乏になる)ということだ。しかも来年は消費者物価マイナス0.7%、企業物価マイナス0.9%、GDPデフレーターマイナス0.9%で完全にデフレ状態だ。

 デフレになれば、給料が下がり、失業率が上がり、可処分所得が下がるから消費が落ち込み、更に景気が悪くなる。こんな時に消費税増税を言っている馬鹿な首相には、即刻退陣を要求したい。我々は国民目線の首相を選ばねばならない。デフレは株を下げる。株で運用している年金積立金は昨年1年間だけで9.6兆円もの運用損が出た。これは5%の消費税1年分に相当する額である。

 今年の2月下旬、与謝野大臣が柳沢氏に対する一言で「50兆円構想」が動き出した。ゆうちょ銀行やかんぽ生命保険の資金で株を買いまくり株価の下支えをする案だ。郵政民営化が完了していないからこそ可能となる案だ。4月27日、これを実行に移すため議員立法として「資本市場危機対応臨時措置法案」が衆議院に提案されたが、その後株価が持ち直し審議入りさえしていない。50兆円で株を買いまくれば、日経平均は2万円を突破する可能性がある。年金積立金だけで30兆円程度の運用益がでるだろう。

 日経平均はまだ1万円を割っている。この株価では、日本の株式市場は崩壊したと言ってもよい状態だ。息を吹き返すには、今からでも遅くない。与野党が協議して、直ちに法案を成立させ、株を買っていただきたい。特定の株を買わなくても、ETF(株価連動型投資信託)を買えば不平等感は無くなる。株価対策が、株式市場を混乱させるというなら、単純な景気対策でよい。私が日経新聞社の協力を得て計算した結果をお見せしよう。
Photo

右にあるのが、景気対策の額であり、毎年同額行うものとする。こんなに景気対策をやれば、国は借金だらけになると勘違いする人がいるかもしれないが、計算してみると、国の借金のGDP比でみると、景気対策をやればやるほど、借金のGDP比は減ってくるから、借金減らしには景気対策が特効薬というわけだ。50兆円の景気対策を5年間行うと株は平均株価は3万円を越えるが、何もしなければ1万円割れということになる。

 この図にあるように、景気対策をやれば株はどんどん上がる。次の図は株価を310億倍すればほぼ時価総額になると仮定して計算した株式の時価総額である。何もしないのと50兆円×5=250兆円の景気対策を行ったのでは、800兆円程度の時価総額の違いが生まれる。つまり景気対策によって株だけで800兆円も「儲かる」ということになる。それによって、年金支給額も増やせるのだ。
Photo_2

 今の与野党(清和会と国民新党を除く)は、ろくに景気対策をしようとしていない。その不作為によって、失業者の激走、そして不況が直接の原因で年間数千人の自殺者が生まれ、日本はどんどん貧乏になる。今こそきちんと計量経済学を駆使した経済予測に基づき強力な経済対策を行うべき時である。

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2009年7月 4日 (土)

植草さんを失うわけにはいかない!!

  「植草事件の真相掲示板」に、山下威史さんという方が、下記の投稿をされているが、植草さんの身を深く案じる真摯な心情がひしひしと伝わってきたので転載した。
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吉田松陰と植草一秀氏

投稿者:山下威史  投稿日:2009年 7月 3日(金)19時14分37秒   

  吉田松陰の句『かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂』と植草氏は貴著に引用され、生命を賭する覚悟でこの闘いに挑まれていると拝察する。想えば日米修好通商条約締結より対米隷属路線が始まり今日まで永々と続いている。腰の引けた幕閣と現在の売国奴政権の有り様は百五十年時の流れを感ぜず、心ある者を憤らせる。時の為政者は大国に媚び国憂える者の口を塞ぐ。江戸に檻送される松師を御弟子らは涙なくしては見送る事はなかったであろう。

 今日に在っては植草氏の収監に憤り、氏の生命の危機を感ぜずには居られない。氏は健気にも「私は、自殺する道を選択しないことをここに明言しておく」と仰有られるが、其れだけでは担保しきれないのだ。政権交代は旦夕に迫り悪徳に跳梁跋扈する者共が奸計の限りを尽くすだろう。最高裁判決は実刑四月。残余期間二月。この二月に氏から何を奪うのだ。非礼ながら氏の名誉は既に奪われている。これ以上のものは氏の生命以外には無い。今、氏を失なう事は我が国土を失なうに均しい。今一度、貴ブログ並びにその主旨に賛同される諸兄に申し上げたい。『貴い善知識が失なわるれようとしている』危機意識を保ちこの二月を迎えて欲しい。そして一人でも多くのこころ有る方々に植草一秀『知られざる真実』様を知らせて欲しい

________________________________________

 2004年の品川駅構内の事件、そして、2006年の京急電車内の事件の二回、植草さんは、それまで堅実に築き上げてきた社会的信用と名誉を剥奪された。しかし、植草さんの並外れた強靭な意志によって、二回とも不屈の復活を果たし、意気軒昂に政治の真相を浮き彫りにしている。

 私は以前の記事で、二度の事件とも、植草さんに真相を語られると困る事情が政権側に生じ、緊急に謀略事件をしつらえられたものと確信している。謀略事件に結びつく政治的背景で最も可能性のあるものは、りそな銀行破綻にまつわるインサイダー取引疑惑の糾弾と、巨大利権の私物化・米営化を画策した郵政民営化計画を、初期段階で植草さんに見抜かれ、計画が狂うことを恐れたからだと考える。

 上記の山下さんが言うように、二度の言論弾圧事件に遭っても、不死鳥のように蘇えって言論活動を再開した植草さんは、権力や政治を私物化している連中にとっては、依然として超弩級の政治的脅威なのである。だからこそ、彼らは罠に嵌める痴漢偽装事件は、もう効果がないと判断し、獄中の植草さんの命を狙う公算は高いと思われるが、これは何としてでも防ぐ必要がある。皆さんのお知恵をお借りしたい。

 二度の植草事件は国策捜査であるが、その本質は典型的な言論弾圧である。肝心なことは、今現在も植草さんは政治言論を果敢に展開中であることだ。彼の場合は一般政治ブロガーと違って傑出したエコノミストであるから、その検証性、論理構成、表現力、どれを取っても、超一流の記述になっている。このクオリティの高さに加えて、真実を見抜く慧眼が書いた文章は、読む者をとらえて離さない。

 植草一秀という人物を失うことは国家の損失であり、これからの良き時代を失うことでもある。だからこそ、彼が生還するように多くの人に叫ぼうと思う。

 真相掲示板」などに、植草さんを守る旨の書き込みをよろしくお願いします。

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2009年7月 3日 (金)

郵政民営化、特にその本丸の四分社化は国家的詐欺(2)

○四分社化の真意

 偽装CHANGE勢力、彼らは耳に心地よいことを言って、結局、小泉・竹中構造改革路線を推進するやからである。その目的は郵政民営化の完全実施と、年次改革要望書の早急な実現にある。中川秀直氏や武部勤氏などが音頭を取るこの勢力を完全に無力化しないと、日本は回復不能なほど破壊されてしまい、言論の自由も閉ざされて恐怖政治(警察国家)に移行する。もちろん、最後の言論の場であるネット言論が潰されることは必至である。大手メディアが御用化し、この上、ネットまで言論統制されたら、我が国の思想表現の自由は消えうせる。

 さて、郵政民営化における最大の詐欺、四分社化について説明しよう。前回記事では、三事業一体による民営化とは、具体的には、郵貯、簡保、郵便という三事業が会計的に有機的に接続・連携し、会社間相互に株式の持ち合いをしている状態であり、四分社化とは、その一体化会計が各自独立することによって、バラバラに完全分離すると同時に、株式の持ち合いを解消することであると書いた。麻生氏は最後までその基本形態を主張したため、竹中氏の売国基本方針案と意見が合わず、喧嘩腰で論争していた。

  これは麻生氏が最大限の国家防衛を試みていたからに他ならない。防衛とは、持株会社である日本郵政株式会社の支配権、経営権を米系外国資本に掌握されないためである。郵政民営化の最大の問題点は、日本版エクソン・フロリオ・条項が存在しないことだ。つまり外国資本の金融侵略に対して有効な防衛策を打ち立てないで四分社化を決行したことである。それどころか、M&Aを容易にするために三角合併の解禁を行っている。

 元来、三角合併はエクソン・フロリオ条項のような防衛策と抱き合わせで造る法律である。それが肝心の防衛策をまったく論議しないで郵政民営化法案は成立した。官邸主導とメディアの結束によって、郵政民営化論議から、外資脅威論と日本版エクソン・フロリオ条項の必要性を完全にシャットアウトしたことに、この民営化が日本にとって、いかに危険なものであるかが見えてくる。国民の財産である莫大なゆうちょ・かんぽ資産を統括管理する日本郵政が、外資のM&Aに対して無防備である現状は狂気の沙汰である。

 2004年と2005年当時、麻生太郎氏が四分社化に熾烈に反対したのは、上記の懸念を心配して防ごうとしたからである。その方法こそが、三事業一体化形態であった。日本現状では外資の侵略から、郵政資産を防御するには、事実上、三事業の一体会計と株式の持ち合いしかない。三事業一体会計と株式の持ち合いをやれば、外部の会社は乗っ取りを企んでも入り込むことはできにくい。

 2007年9月当時、もし麻生氏が当選していたら、10月1日の郵政民営化始動が先延ばしにされた可能性が高かったはずである。それでも結局はアメリカの圧力が働いたことは充分に考えられるが、抵抗の姿勢を首相が示す効果は大きい。米国は読売を使って、そこまで強力で緊急な誘導報道を内政させたのは四分社化の時期を先に延ばせないからである。では米国(ゴールドマン・サックス)はなぜ四分社化見直しを恐れたのだろうか。それは三角合併を解禁しても容易にM&Aができないからだと思う。

 郵政公社の経常収支は黒字だった。三事業一体の公社をバラバラに分割民営化する論理的必然性は何もない。民営化するなら、公社のままで民営化する発想が最も自然である。有識者がまことしやかに、公社のままではあまりにも巨大すぎて、民間銀行や保険会社を圧迫するから分割縮小は当然だという論調があったが、これは後付けの屁理屈だ。既成民間会社との規模の問題は法制的な解決策があるはずであり、けっしてそれは分割化ではない。ところが、竹中・小泉両氏は四分社化を最優先にして強行に決めてしまった。その最たる理由は「リスク遮断」である。リスク遮断という理屈よりも、一体経営の方がはるかに正当性があるし、その方が総合的に見てリスク防御になっている。

350pxpostal_service_privatization_3    日本郵政株式会社は「持株会社」である。あと、郵政公社の三事業一体が民営化された場合は「株式の持ち合い」が実現する。ここに「持株会社」と「株式の持ち合い」という、私のような素人が見れば、何となく似たような金融専門用語が出たが、調べてみたらまったく意味が違った言葉なのである。しかも、この二つのワードに郵政民営化の問題が集約されているように思う。

 「持株会社」とは、他の株式会社の株式を大量に保有して、その株式会社を支配することを主な目的とする会社のことであり、それは株式の保有、グループ会社の統轄のみを行う純粋持株会社と、自らも何らかの事業を行う事業持株会社の2種類がある。単に持株会社と言う場合は、純粋持株会社のことを差すことが多いようだ。では日本郵政は何だろうか。おそらく純粋持株会社であることは間違いないが、ゆうちょ銀行とかんぽ生命という金融ギガ・バンクを統括しているから、内実は金融持株会社と言えるかもしれない。

 持株会社の特徴の一つに、グループ企業として企業買収(M&A)がやり易くなるということがある。つまり組織融合や会社再編がやり易いということは、逆に外から合体しやすいということでもある。外側からM&Aを仕掛ける場合に持株会社は入り易いのである。

 一方、「株式の持ち合い」の特徴は、複数の企業が互いの株式を保有し合う日本特有の企業提携方法であり、相互互恵の性格を保つ。この目的には、①第3者、特に外資による株式の買い占めを防ぐ、②業務提携や協力関係を強化することで、経営の安定化を図る、③浮動株(市場で流通している株)を減少させることで、株価の水準を企業価値以上に高める、などがある。(読売新聞の記事を参照)

 以上からわかるように、竹中平蔵氏は四分社形態の上に日本郵政という「持株会社」を設置し、M&Aをし易い形態に頑強にこだわった。一方、麻生太郎氏は三事業一体化のまま「株式の持ち合い」を強く主張していたのである。竹中氏は外資参入の舞台を整え、麻生氏は外資防衛の体制作りを模索した。これで麻生太郎氏がエクソン・フロリオ条項の代行作戦を必死に取っていたことがよくお分かりだろうと思う。

 四分社見直しにはこのような意味があり、日本郵政の西川社長の続投が、郵政資産収奪計画にあることは百パーセント確実である。悪徳ペンタゴンは絶対に四分社見直しも西川社長の更迭も許さない。郵政の大資産はこれから収穫の時期に入るからだ。

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郵政民営化、特にその本丸の四分社化は国家的詐欺(1)

  ○四分社化は外資にゲートを開くための絶対要件である

 我々は郵政民営化について、経営効率の問題とか、ユニバーサル・サービスとか、既成の民間銀行や保険会社との競合とか、さまざまな煩雑な問題に目を奪われ、真の問題点を見逃しているのではないだろうか。郵政民営化の真の問題は大枠で二つあって、一つは郵貯と簡保という金融会社の有する巨大資産を外国資本に委ねる危険性と、あと一つは、今、植草一秀さんが精力的に展開中の「かんぽの宿」疑惑追及に見えてくる、郵政が持つ巨大不動産の不適切取得の問題である。

 郵政民営化にまつわるこの二大疑惑の真相が浮き彫りにされたとき、国民は小泉・竹中構造改革の真の恐ろしさを感得することになる。私は本記事で、郵政グループ二つの巨大な金融会社(ギガ・バンク)がたどる、近未来の運命を素人なりに推測してみる。

 2004年9月、そして2005年4月、麻生太郎氏の郵政民営化法案策定に関する、竹中平蔵氏とのバトルを見る限り、彼は間違いなく国益派である。だが、彼の煮え切らない優柔不断な基本性格は、せっかくの国益志向を台無しにしているかのように見える。総理になると、想像を絶する重責とともに抗しがたいアメリカの圧力が働くのかもしれない。

 属国日本の宰相が、国民利益のためアメリカにガチンコで物申すには、文字通り命がけだと思う。今の日本では郵政民営化見直しのように、米国による対日改造プログラムに対し、日本の総理が見直しする旨の言動をして、民営化の流れを変えようとした場合、強烈な威嚇を受け、それに屈しない場合、百パーセント米国関係者に抹殺されるのではないだろうか。そう考えると麻生氏の郵政民営化に対する見直し発言と、短時間でそれを不自然に取り消した意味がわかるような気がする。

 日本は米国の属国である。軍事的、経済的、金融的にも日本は属国状態である。一つの証左として、日本の宰相が米国債を売ろうとした途端に、想像を絶する米国の威嚇が出てくることは周知の事実になっている。橋本龍太郎元総理大臣の事例からそれは容易に推察できる。郵政民営化はそれ以上に米国の強い圧力が掛けられる案件なのである。私は麻生氏が解散総選挙に打って出ない理由は、その時期を彼が決定できず、米国にコントロールされているからだと考える。

  2007年9月の福田vs麻生の総裁選では、読売新聞や日本テレビが誘導報道(印象操作)して麻生太郎氏のネガティブ・キャンペーンを行い、福田康夫氏が首相に当選した。この時、渡邉恒雄氏らが主導して麻生氏を叩き落したのは、麻生氏が郵政民営化を見直す意図を有していたことを米国政府が知っていたからだ。当時は米国関係者が読売新聞社に肝煎りして、あのようなネガティブ・キャンペーが行われたものと見える。ジャーナリストの水間政憲氏の言うように、あの時、読売系のネガティブ・キャンペーンがなかったら、麻生氏の当選は確実だったという分析があった。

 最近の国内政治で、米国を最も刺激し激怒させてしまったのは、麻生首相による郵政民営化見直し発言、それも四分社形態の見直し発言であることは間違いない。その理由を自分なりに考えてみたので、もし説明に使用する解釈に間違いがあったら指摘していただければ幸いである。郵政民営化とは、米国に牽引されて小泉純一郎氏と竹中平蔵氏が主導した巨大なペテンであり、その大ペテンの中心が四分社化である。

20040901mh1001  2004年9月ごろから暮れまでは、概念図右下のような竹中氏の主導した四分社形態は、ほとんどの自民党員が反対の立場であり、そのころの民営化の共通イメージは、左図のように「三事業一体化」のまま、民営化の模索をするということだった。ところが小泉元首相、竹中経済財政担当大臣、経済財政諮問会議のあるメンバーたちは、四分社化に強硬にこだわり、最後には小泉首相の鶴の一声で図のような四分社形態が決定した。この間、最後まで三事業一体の継続と、株式持ち合いの残存から、竹中氏と熾烈にバトルしたのが麻生太郎前総務大臣であった。

    三事業一体による民営化とは、具体的には、郵貯、簡保、郵便という三事業が会計的に有機的に接続・連携し、会社間相互に株式の持ち合いをしている状態である。四分社化とは、その一体化会計が各自独立することによって、バラバラに完全分離すると同時に、株式の持ち合いを解消することである。麻生氏は最後まで三事業一体形態を主張し、竹中氏と意見が合わず、喧嘩腰で論争していたそうである。私は今はよくわかるが、その理由は実に鮮明であり、麻生氏の論拠は的を射ているものだった。

  これは麻生氏が最大限の国家防衛を試みていたからに他ならない。防衛とは、持株会社である日本郵政株式会社の支配権、経営権を米系外国資本に掌握されないためである。郵政グループ全体が保有する総資産は国有資産であり、それは国民の財産である。その莫大な資産の管理権は、日本郵政株式会社が握っているということになり、その会社の社長が支配権を持つ。西川善文氏続投問題の本質はそこにある。国営から民営化へ移行する暫定期間であるとは言え、現在、株式は百パーセント政府保有である。西川氏の独断は許されないということだ。

 日本郵政に対する総務大臣の監督権・調査権は日本郵政株式会社法に定められている。ところが「かんぽの宿」疑惑で、西川社長の不祥事を指摘し、法に従って然るべき対応を取った鳩山邦夫前総務大臣が、麻生首相に更迭されてしまうという前代未聞の事が起きた。麻生首相の身辺に関わる都合には、何か容易ならざることがあったのだろうという推測はあるが、政治的に見た場合、鳩山大臣の更迭は言語道断の判断であった。これによって麻生首相の政治生命は事実上、終わっている。

 自民党に巣食う偽装CHANGE勢力が、横田幕府の意を受けて動いたことは間違いないが、その恫喝があまりにも凄まじくて麻生氏は解散総選挙を打つという最後の手段さえ行使できない現状にあると思われる。しかし、ここで重要なことは、麻生氏個人を責めることよりも、西川社長の続投を行うために、強引に麻生氏に圧力を掛けた日米強奪集団の意図を見抜くことだ。偽装CHANGE勢力は何ゆえに偽装なのか。彼らは、表面的には新しい思想を有した政治集団を装うが、その正体は小泉構造改革の急進的な展開を謀る買弁勢力であり、外国資本と結託して既得権益を貪る集団である。刷新への変化を偽装するから「偽装CHANGE」なのである。植草さんはこのネーミングに強い警告を込めていると思う。

 (次回に続く)

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2009年7月 1日 (水)

植草事件と国策捜査(2)

○国策捜査は歴史や伝統文化にそぐわない政権が樹立された時に起きやすい

 さて、「国策捜査」という言葉は、2005年に出た佐藤優氏の「国家の罠」を読んで初めて目にした言葉だが、その出所は背任と偽計業務妨害の被疑者となった著者を取り調べた検事が使用した言葉として出てくる。この言葉が以前からあったのかどうか、私は寡聞にして知らないが、最近では国策捜査が有名になったために、ネットではこれから派生した「国策逮捕」という言葉まで同義的に使われ始めている。今ではこの言葉は世間的にかなり定着しつつあるように思う。国策捜査はいわゆる冤罪とは決定的に異なる構造を持つ。

 佐藤優氏の言に従えば、「冤罪」とは、捜査当局が犯罪を摘発する過程で間違いが生じ、無実の人を犯人としてしまったにもかかわらず、捜査当局の面子や組織防衛のために、強引にその人間を犯人として継続捜査をして行くことである。これに対して、国策捜査は国家の「自己保存本能」により、国家の政策方針を変えうるような多大な影響力を持つ人間を、初めから狙い撃ちし、検察を媒介にして政治的な事件や不名誉な事件を創出することである。(佐藤優「国家の罠」300項参照)  

 私は国策捜査をこう捉えている。国策捜査とは、時の政府が推し進める政策上のトレンドに対し、そのベクトルを変えうるような大きな影響力を持ち、政府が思い描く時代形成に反する志向や方向性を持つ学者や政治家を狙い撃ちすることであり、これから国民がけっして描いてはならない国家のグランドデザインを象徴的な意味で抹殺することである。植草さんの事例で言うなら、彼を国策捜査に嵌めた小泉政権、それに連なる偽装チェンジ勢力は、植草さんが万民幸福の国家的グランドデザインを描いていることが絶対に許せないのである。

 なぜなら、この政権のグランドデザインは、アメリカの犬になって日本人を奴隷国民として飼いならすことにあるからだ。その目的は宗主国のアメリカに国富を献上することと、一部特権階級のみに富が傾斜的に配分される階級格差社会を望んでいるからだ。上杉鷹山(うえすぎようざん)、ジョン・メイナード・ケインズを尊敬し、経世済民の世の中を熾烈に志向する稀有な経済学者、植草一秀さんは悪の権化とも言うべき、日本破壊を企む悪徳ペンタゴンから、第一級の危険人物としてロックオンされた。それは現在も強くなっている。なぜなら、りそなに関する金融疑惑を暴いた植草さんは、現在は郵政民営化の巨大悪に向かっているからだ。

 小泉政権と植草事件の例で言うならば、国策捜査とは、植草さんの政権指弾を封じる目的で行なう恣意的な捜査のことである。佐藤優氏に従えば、その目的は、時代のけじめをつけるために、何か象徴的な事件をでっち上げ、時の政府の政策トレンドに異を唱える影響力のある人間を、警察・検察が主体となって恣意的に断罪するということである。植草事件は二度とも完全にこのパターンに合致している。

 佐藤氏を取り調べた検事の言によれば、国策捜査は冤罪ではなく、これというターゲットを見つけ出して、そのターゲットの隙を見つけ、それを徹底的に揺さぶって国家の罠に引きずり落とすことである。そのターゲットになる人物はその道の第一人者であり、その言論表現を放置すると、時の政府のマクロ的な国家運営に甚だしい阻害要因となる能力を有している。従って国策捜査とは、国民に時代が変わったことを印象付けるために、旧時代を代表する人物を、もはや不要な者として、あるいは新しい時代に有害な考え方を持つ者として、その人間を象徴的な人身御供とする国家の断罪行為と言える。これはまったく植草さんに生起した二度の事件に見事に合致している。

 植草氏の逮捕劇を、有名な経済アナリストが痴漢性癖で捕まったと世間が面白おかしく騒いでいた時、私は彼の経済学者としての自己同一性、つまり、彼の世の中に対する姿勢を把握し、その基本姿勢と小泉政権時代が有していた国家的性格を比較検討し、その整合性の不具合を見て、植草氏の逮捕劇を社会学的に、哲学的に捉えなおしてみた。植草氏は経済学者ではあるが、その経済学的視点は、徹底して政治に反映される経済こそ意味があると考える、いわゆる実戦派エコノミストであるが、その基本は人々に対する愛情である。その上、植草氏は衒学的な経済エッセイストではなく、きわめて政治色が濃く、国家の政策中枢レベルに影響を与えうる提言と予見ができる非常に稀有なエコノミストなのである。

 われわれが認識する「事実」について少し考察しておきたい。われわれが普段知覚する「事実」(ファクト)には、実は大きく分けて二種類ある。一つは日常の中で、自分の目の前で生起する生々しい現象としての事実である。これは、目の前で起きたこと、視覚、聴覚、嗅覚など、いわゆる五感をもって知覚しうる体験的事実のことである。その臨場感、迫真性は疑いの余地のない場合がほとんどである。もし、この日々の実体験に疑いを持つとすれば、人間は実存感覚や生存のリアリティを見失う危うさに陥って、ゲシュタルト崩壊を起こす。

 われわれ人間が内包するこの実存的な脆弱さを精神的に制圧しているものこそ、日常に生起する多様な情報から得られるリアルな感覚というか、生き生きとした存在感なのである。もう一つの「事実」は、マスコミによって日々、目や耳にするニュースと言われる情報から得られる仮想的な事実である。テレビやラジオ、あるいは、新聞等の活字媒体から目にする情報は、物理的に放送局や記事の書き手という中間の媒体を介して流れる物であるから、その情報は程度の差こそあれ、必ず加工されていると見るべきである。

 その人為的な「加工」の度合いによっては、われわれが知らされるニュースは事実(ファクト)とは大きな懸隔(けんかく)が生じるものと考えられる。しかし、我々は、時には胡散臭さを感じながらも、前提としてメディアは正直に遠方の物事を伝えているという暗黙の信頼という担保を与えている。事実上、至近距離で目にする日常性に比べると、マスメディアが報じるニュースは事実として受け止める以外に取るべき態度を持たないのだ。

 国策捜査とマスコミの誘導操作情報は密接不可分な相互補完性を持つ。間違った政権とマスメディアがリンクした時、国民は最大級の不利益や実害を蒙ることになる。ここに大手メディアの最大の問題がある。権力機構がマスメディアを掌握した場合、国民は操作された情報を見たり聞いたりすることになり、一方的に洗脳されてしまうが、中には植草さんのように真相を見抜いて警告を発する稀有なタイプの有識者が出現する。権力機構はこれに脅威を感じて国策捜査を仕掛けるのである。

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植草事件と国策捜査(1)

○植草事件を見て、国策捜査というものについて考える

 私は、昨今の日本は国家として思いっきり品質劣化を起こしていると感じている。その理由は「時の政権」、この場合は小泉政権及びその継承政権の安倍・福田政権であるが、これらの政権は国策として『年次改革要望書』というアメリカが作成した対日内政干渉に忠実に従って政策運営を行った。特に小泉政権は、竹中平蔵というハーバード・シンジケートの手先のような人間を中核に据えて、日本の市場構造を激変させた。小泉・竹中構造改革は、日本の伝統にも国柄(くにがら)にもまったく不整合な政策を取ったため、公共性、社会性そのものが破壊されてしまった。

 日本市場のアメリカ化。これが小泉自公政権によって急速に行われた国策転換の実態である。植草一秀さんの国策捜査はこの大転換の時期に発生した。なぜ、植草一秀という特定の個人が狙われたのか?それは彼が、小泉政権が志向した国政グランドデザインの大転換において、その本流に背く方向性を経済学者として持っていることと、民営化と小さな政府思想によって華々しく展開された小泉流構造改革に、巨大な利権が絡む政府犯罪の姿を読み取って指弾したからだ。

 日本はケインズ主義的な公平配分の基本に、適度な市場原理を混合させて日本特有の修正資本主義で戦後経済を有効に立ち上げてきた。ところが中曽根政権の時代から、新自由主義の傾向は強まって行き、小泉政権では完全な新自由主義に日本を転換した。この大転換は国益と国民の幸福を害する性格を帯びていたが、官邸主導とマスコミの協働によって、あまりにも巧みに偽装され、大多数の国民はこの国政の負の部分に気付かなかったのだ。植草さんが仕掛けられた国策捜査は、この急激な国策パラダイムの大転換の中で起こった。

 この転換を、庶民感覚で平易化して説明するなら、大きな欠陥を持ちながらも富の公平配分が実現されていた経済構造は、小泉政権によって断ち切られ、富は一部の特権階級や外国資本に極端に偏る構造に変わってしまった。公平配分から極端な傾斜配分社会への転換である。小泉政権の偽装はいつまでも続かなかった。2007年夏期参院選挙では、小泉構造改革への批判的な結果が如実に出ていた。傾斜配分というのは二分的階級格差社会の到来を意味し、中間層は絶滅、地方経済は死滅状態になった。毎年2200億円の福祉予算の削減は、憲法第25条に既定される生存権を脅かす

 二度の植草事件は、国民がまだ小泉劇場政治の偽装性に惑わされていた時に起きた。私は何度も繰り返しているが、小泉政権の本質を見究めなければ日本政治の刷新はできないのだ。そろそろかなり多くの人も気付いてきたが、この政権の悪の本質を最も的確に深く究明し、それを国民に説明できる人こそ、植草一秀さんなのだ。植草さんには偽装も通じないし、世間的な脅しも通じない。一旦見究めたことは国民のためになるなら、何があって言い続ける人だ。その姿勢は彼のブログによく表れている、

 小泉政権の反国益性、利権創出の構図、民営化と銘打った私物化、国民を傷つける数々の悪辣な法制度、これらを見ることができる国民が増えてきたと思うが、それなら小泉政権側に自分が立っていると想像すればいい。優先的に考えるのは、真相を見抜いて弾劾言論に打って出ている植草一秀という人物を黙らせることなのだ。子供でもわかるが、権力の阻害要因は排除するのが国家機構の常である。

 小泉政権の国策に背く思想スタンスを持ち、警告的な言論を発した学者や有識者は、軒並み言論の場から駆逐され、残ったのは御用有識者のみであった。植草さんの小泉政治糾弾に共感する人たちは、なぜ植草さんが狙われなければならなかったかを考えてみれば、彼の事件が国策捜査であったことが論理的整合性をともなって見えてくるのだ。都合の悪い個人を狙い撃ちする傾向が強くなっている。狙い撃ちとは、言論表現という舞台において、対象とする個人の社会的生命の徹底的な剥奪を意味する。この傾向は小泉政権下において最も強くなっている。例を挙げれば、国家に狙われた者として鈴木宗男氏、佐藤優氏、西村眞悟氏、村上正邦氏などがいる。

 そして今、私たちが支援している、傑出したエコノミストのひとりである植草一秀さんがいる。政府に物言う空気がはばかられ、同時に国家が国策を批判する個人を狙うようになったら、その国は衰亡傾向をたどっていると断言しても差し支えない。ぎらついた電飾に照らされた小泉構造改革の一方で、国益を志向するまともな言論人がメディアの舞台から露骨に降ろされたことも、我が国の末期的なねじれ(非対称)現象の一つである。政治評論家の森田実さんやエコノミストの紺谷典子(こんやふみこ)さんが、テレビ舞台から下ろされたのは、植草さんと同様に、彼らも良心的な有識者だからである。

 我が国は戦後の一時期、未曾有の経済発展を遂げたが、一方では倫理道徳は頽廃し、国家防衛の基本理念である自主防衛構想は60年以上も放擲(ほうてき)されたまま今日を迎えた。この長い期間を米国の膝下に甘んじたために、いまや我が国はローマ(ヘビ)に睨まれたカルタゴ(カエル)のような状況に置かれている。すでに日本人は、国際政治や経済においても民族自決の精神を忘却し、国家そのものが萎縮してすくんだ状態になっている。身動きが取れないままに害獣(国際金融資本)の餌食にされようとしている。滅びの深淵が目の前に迫っているというのに、日本人は脳天気な毎日を過ごしている。

 国家の荒廃は小泉売国政権によって一層激化した。その一つの鮮明な現象が国策捜査である。国策捜査が頻発する国家とは、政治的には警察国家に変わりつつあることを示し、経済的には新自由主義の到達点である「夜警国家」に向かっていることを示している。通常、警察国家と夜警国家はその意味合いが異なるが、我が国の場合は、奇しくもその両者の傾向が同時発生的に進行し、急速に国家的求心力が脆弱化するという特殊な状況にある。行き着く先は、顔と国籍を失った流浪の民が弓形の土地にいるだけという荒廃した近未来世界を予想させる。今の日本人は三島由紀夫が39年前に予見したとおり、急速な無国籍化に向かっている。

 続きは、別記事に書きたい。

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植草一秀さんが自ら自殺を選択することは絶対にない!!

 植草一秀さんは6月29日のブログで、次のように明言している。

  「私の身の安全を心配して下さる声を多数賜り、大変ありがたく思う。私は自殺しないことをここに宣言する。三浦和義氏が米国政府に拘束されている間に死亡されたが、私は、自殺する道を選択しないことをここに明言しておく。
 日本の民主化、政治の刷新に向けて、微力ではあるが力を注いで参る所存である。なにとぞ、今後ともご支援ならびにご指導を賜りますよう謹んでお願い申し上げたい。」

 上告審で、最高裁は植草さん側の上告を棄却する決定をし、懲役4月の実刑を下した。私はここ数日、周囲の人にその話をして、彼が小泉政権の政策批判をやっただけではなく、りそな銀行破たん処理にまつわる政府犯罪と、最近では郵政民営化にともなう巨大な利権問題などを精力的に展開し始めていることを言った。その上で、植草さんは収監されてから、謀略側による口封じのために、他力的な意味で、生命の危険が発生するかもしれないと説明した。

 ところが、それを聞いた数人から、植草さんが監房で獄死するなんて、それも、策謀によってだなんて妄言もいいところだ、そんなことは現代日本ではあり得ん話だと言下に否定されてしまった。何人かは、若干嘲笑を交えた冷ややかな反応だった。彼らのそういう反応もよくわかる。それは小泉政権が行った暴政の本質と、それに対峙した植草さんの正確な位置をよく理解していないからである。この政権に犯罪性を見出せない人は、植草事件の謀略性を見ることはできないだろう。国民の多くは、現今の深刻な景気低迷、格差社会、非正規雇用者や離職者の激増などを、アメリカ発の世界金融危機と、効果の出ない政治的不手際が合わさったせいだと思っている。

 ここ九年間の日本経済のデフレを基調とする経済疲弊、累進課税廃止、二極分化社会出現、毎年三万人を超える自殺者等、この劣悪な変化は、不可抗力的な原因よりも人為的な原因の方が圧倒的に多い。つまり、犯罪的な政策出力が招いた結果だと断言してさしつかえない。しかも小泉政権には国内政治の過誤を越える、米国が絡んだ巨悪の構造が横たわっているのだ。それこそが小泉・竹中構造改革路線の罪深き正体である。植草さんは、この構造改革の政策上の失敗を追及したばかりか、この政権が有する二つの悪魔の顔を糾弾した。一つはりそなインサイダー取引疑惑であり、もう一つは現在も進行中である郵政民営化にかかわる巨大な利権構造の闇である。

 特に植草さんは、そのブログ「植草一秀の『知られざる真実』」で、「かんぽの宿」破格安値一括譲渡問題を精力的に指弾し続けている。植草さんのブログを読んでいれば、日本郵政株式会社の西川善文社長の続投問題の真相がよく見えてくる。植草さんは郵政民営化が、計画された構造的な利権化、私物化であることを論理的、実証的に暴き始めている。これを戦々恐々と眺めている、小泉一家に繋がる自民党の巨悪政治家連中は、その全貌が植草さんによって暴露されてしまうことを異常に恐れている。

 ある人間は、実証性のない政治謀略論、国策捜査論を語っても益がないばかりか、妄想のそしりを受けるから支援に逆効果であるなどと平然と言う。しかし、謀略とは証拠を極力残さず綿密に考えられた計略にしたがって注意深く引き起こされ、いかにも本物のように装われるから謀略なのである。東京都迷惑防止条例違反を適用された2006年の植草事件は、被害者と称する女性の証言だけが主要判断材料になっている。これに、後で犯行を目撃したという証人を仕立てれば、偽装事件が立件されてしまうのである。だからこそ痴漢案件は恐ろしい。嵌める側に最も適した犯罪様態なのだ。

 一審も、二審(控訴審)も、裁判官は矛盾だらけの検察側の証言をファクトとして採用し、植草さん側の証言を偽として斥(しりぞ)けた。裁定判断が非対称で検察側に偏っている。検察側目撃証言はあまりにも矛盾が多く信憑性がない。一方、弁護側目撃証人は植草さんが吊り革につかまったまま、犯罪らしき行為は何もやっていないことを目撃していた決定的な証人であったが、彼の証言は否定された。この判断には論理的整合性も公平性も存在しなかった。国民は我が国の司法の劣化を知らないのだ。

 裁判官は完全に検察の代理人である。事件そのものが国策捜査ならば裁く法定も国策裁判である。まるでニュートン力学である。カタパルトで石を打ち出せば着地点が自動的に決まるようなものである。昔、「死刑台のエレベーター」という映画があったが、訴追されたら99.8%有罪というのは、こと痴漢案件に関しては犯罪的な司法慣習である。痴漢は憎むべき犯罪であるが、反面、男性を陥れる犯罪偽装としては最適の方法なのである。

 国策捜査の疑いがある場合は、犠牲になった人間の政治的背景を深く見つめ、起きた事件の不自然さや不整合性を広範囲に熟慮することが肝心である。法定で出された証言や証拠のみをファクトとして、他の政治的背景や状況を思考停止するやり方は、事件が謀略性を帯びていた場合は、その真実を遠ざける。2004年と2006年、植草さんを上手く嵌めたと思った悪徳ペンタゴンは、二回とも、植草さんが不死鳥のように言論活動を再開している事実を見て、この手の国策捜査に限界を感じているに違いない。

 だからこそ、監房に収監される今度の植草さんは命が危険にさらされるのである。二度の偽装事件から不死鳥のように蘇えって、言論活動を展開している植草さんは、三度目の言論弾圧は国策捜査ではなく、物理的な身体攻撃を受けてしまうかもしれない。他人(ひと)が何と言おうと、植草さんの獄死の可能性がわずかでもあると思ううちは、声を高くして獄死のリスクを叫びたいと思う。だが、本音を言えば、それがわずかな可能性だとは全然思っていない。

 むしろ、今までの経過を冷静に振り返れば、獄中謀殺の可能性はつとに高い。二度起こった植草事件の本質を把握している方々なら、私の言うことに無理な飛躍がないことを認めてくれるだろう。植草さんが今行っている言論展開の本質を見るならば、糾弾されている側は、何としても彼の口を塞ぎたいと考えていることは明白である。植草さんに対する二度の言論弾圧は不発に終わっている。だから今度やるなら、それは植草さんが二度と物を言えない状態にすることしかない。

 本来、植草さんは謀殺対象だったと思う。しかし、相手側にそれを思い止まらせたのは、彼の舌鋒鋭い小泉政権批判・指弾がすでに世に出ていたからだ。下手に抹殺という暴挙に出れば、必ず植草さんの批判要素がクローズアップされ、小泉政権の間違いや犯罪性が浮き彫りになってしまう可能性があった。だが、監房での獄死狙いなら事故とか自殺で世間をごまかせると考えているのだろう。特に心労による偽装自殺は世間をごまかすのにもっともな合理性を持っている。

  私は支援者として彼の助けになりたいし無念を晴らしたい。しかし、それよりも強い願望は、小泉政権の巨大な悪政を誰よりも早く見抜いた植草さんの非凡な眼力を信じ、彼を日本再生、刷新の頭脳的な先駆けになって欲しいのである。彼こそが、これからの日本の礎(いしずえ)、すなわち万民幸福の社会を造る指導的中枢にいるべき人物なのだ。植草さんは、経世済民の社会モデルを構築できる唯一の人物だと思っている。だからこそ、一日本国民としても、彼を失うわけにはいかない。私の支援の根底には常にそれがある。

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