司法の伏魔殿!?
11日、植草さんのブログ記事、「新藤氏『司法官僚』が示す司法制度改革の原点」に、「司法官僚」(新藤宗幸著 岩波新書)という本が紹介されていた。取り寄せて読み始めたところである。「司法官僚」とは耳慣れない言葉だが、本のカバーに「全国の裁判官の人事や予算などの司法行政を担う最高裁判所事務総局があり、その幹部を構成する『司法官僚』とは、裁判官の衣をまとった行政官である」と書いている。
私は政治権力と癒着して国策捜査を行う権力官僚を、勝手に「国家ヤクザ」と呼んでいる。この本に出ている「最高裁判所事務総局」(P45~)をざっと読んでみると、国家ヤクザの伏魔殿というイメージが湧いた。私は口が悪すぎるだろうか。ここに雌伏している腐った権力官僚が、司法の正義をぶち壊しているような気がしたからである。司法の硬直性、消極性、非独立性という悪弊はすべてここから発しているのだろうか。
序章に日本の司法の消極性のことが書いてある。読んだところは、下級審の判決がかなり「ステロタイプ化」しており、裁判官の独自性が見えないということを書いてある。続けて匿名の現職裁判官の話が載っている。
「素直に行って、下級審裁判官には上級審で破られたくないという心理が非常に強いんじゃないかと思うのですね。略・・、高裁の裁判長は最高裁で破られることをすごく気にしています。云々・・」
まだ冒頭部分だが、しょっぱなから興味深い記述が見られるようだ。司法の非独立性や消極性と言えば上品に聞こえるが、ざっくばらんに言って、裁判官の「判断放棄」ということだと思う。また気になる箇所が目に付いた。一裁判官の「立法と行政は多数派のためにある。司法は少数派のためにある」という名言があるらしい。昔、法曹に詳しい人に聞いたことがある。司法は、民主主義の多数決原理でボイコットされた「少数派」の最後の救いの砦だと。
理屈では妙に納得した覚えがある。国家は少数者を保護する機能を持たないと、多数派の粗暴性によって圧政になる場合がある。我々庶民は、司法や裁判所と言えば、いかつい、物々しい感じがあり、それは権力官僚の最上位にいて、何者にも左右されないスーパーパワーみたいなものだと思い込んでいる。しかし、三権のうちの立法、行政は多数派のためにあっても、司法は少数派のためにあるのなら、何となく一市民として安心できる。それを聞いたときは、理想の法治国家像だと思った。だが、現実はどうなのかと考えた場合、暗くなる。
憲法第十四条第一項「すべての国民は、法の下に平等であって、・・・差別されない」は有名だが、これを見ると、最近のことを思い出した。それは植草さんの裁判の帰結のことである。以前の記事を参照するが、K裁判官は、植草一秀さんの「痴漢えん罪事件」と防衛医大教授の痴漢えん罪事件に関わった裁判官である。
防衛医大教授の痴漢えん罪事件では、判決の「補足意見」の中で、「被害者の供述は、たやすく信用し、被告人の供述は「頭から疑ってかかることのないよう、厳に自戒すべきだ」とか、「やったかどうかわからない以上、『無罪の推定』原理により、被告人には無罪を言いわたすべきなのである」と言っておきながら、植草事件では、まったく正反対の高裁判決を支持するとした矛盾ある判決を下した裁判官である。
このダブルスタンダードを平然と行使して、法の下の平等に恥じないだろうか。というか、人間として恥じないのだろうか。最高裁でこれをやられたら、法に信頼を寄せる庶民はたまったものじゃない。この腐った裁量感覚を生み出すものは何だろうか。
話がずれた。この「司法官僚」は、まだ読み始めたばかりで全体に何が書かれているのかわからないが、序章だけでも目を惹く記述がある。日本の司法制度について、かなり核心的なことが書かれてある本かもしれない。司法の根幹には病巣があって、それが裁判を機能不全に陥れているのだろうか。この本はその病巣が何であるか書いてあるのかもしれない。
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コメント
懲戒権を内側の人間が持ってるからおかしなことになるのではないでしょうか。
外部機関に移すことが不可欠だと思いますよ。
ほとんどの国ではそうなってます。
投稿: sawa | 2010年2月20日 (土) 10時16分
このブログの読者のみなさまへ
なんか来る日も来る日も民主党が自公の残党にやられ国民の盛り上がりをどんどん尻すぼみにしていくみたいで
これじゃ、若者が日本に見切りをつけて海外に出て行く、家庭を持たない、頭脳流出に歯止めがかかりません。
国民を大事にしない政治は国を滅ぼします。
この大事なことが目に見えない、どこに政治に軸を置いて「俺は政治家だ」と言っているのでしょうか。
投稿: おばさん | 2009年11月15日 (日) 08時50分
デカルト様のご指摘は当たっています。
千代丸健二さんの運営する「人権を守る会(人権110番)」には警察によってストーカー犯罪をはじめとする様々な犯罪を捏造された被害者が相談に訪れますが、そのような被害者は「人権を守る会」を訪れる前に既に霞が関にある弁護士会が運営する法律相談所のような所に訪れる場合が多いのです。
ところが法律相談所の担当弁護士は相談に訪れた被害者に対してむやみと警察の肩を持つ発言ばかりするそうです。それはまるで警察と癒着しているとしか考えられない程だといいます。
しかも30分程度の相談時間に対して5千円もの相談料を請求するのです。相談者を不快にさせた上に高いお金をとるのですからひどい商売です。
植草さんの著書「知られざる真実」か「売国者たちの末路」でも指摘されていますが、警察・検察・裁判所の癒着に加え、弁護士も一緒に癒着している場合があるようです。
以上
投稿: 蜂鳥のジョー | 2009年11月15日 (日) 01時34分
ろくぶんぎさん>アメリカは嫌いですが、アメリカのように裁判官は弁護士から選ぶ等外部の目を適切に入れなければいけないのでしょう、たぶん。
ところが、日本では弁護士も悪いやつが増えています。特に日弁連会長とか、執行部はワルばかりです。日本の司法は腐っています!
と、言うのは、「裁判員制度はいらない・大運動」のリーダーである高山俊吉弁護士に懲戒処分が下されたのです。これが確定すると、今後、3年間、日弁連会長選挙への立候補ができなくなります。 前回43%の得票を得た高山氏の立候補をなんとしても阻止したい日弁連執行部(裁判員制度の翼賛推進派)の謀略です。 今回のケースでは、懲戒請求人との間で和解が成立している上に請求人も懲戒請求を取り下げ、かつ懲戒委員会に「処分が下されないよう」との上申書が提出されているにも拘らず、(最近、裁判員制度に反対する弁護士が増えておることに危機感を持つ)日弁連執行部は、無理矢理、高山弁護士の立候補資格を剥奪しようとしているのです。ついでに、「裁判員制度はいらない大運動」の組織も潰そうとしているに違いありません。
詳しくは下記ブログをご参照の上、高山弁護士を応援してください。
↓
【 [天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾!!高野善通の雑記帳]
高山俊吉弁護士に戒告の懲戒処分が下され、これが確定すると次期日弁連会長選挙出馬資格を失うとのことです・・・・http://cgi.members.interq.or.jp/enka/svkoya/blog/enka/xn--fcrpb68l47o056c/2009_11_11_1527.html#re3025】。
投稿: デカルト | 2009年11月15日 (日) 00時48分
暫く書き込みをしておりませんでしたが、「カナダde日本語」様の記事に警察関連の記事が多かったのでお邪魔をしておりました。
ところで裁判所については私も警察の悪事を追求していくうちにぶつかった壁の1つで、警察の悪事に対する市民の追求から守る砦が裁判所(特に最高裁判所)ととらえておりました。
そして裁判所の腐敗を告発した本はないかとネットを検索して見つけたのが下記の書籍です。
「狂った裁判官」(井上薫著、\756、幻冬舎、2007年3月)
上記書籍の筆者は天木直人さんと似ていて、職務遂行に良心を見せた為、裁判官を退官せざるを得なくなった人物のようです。植草さんや管理人様が紹介してくださった「司法官僚」よりも個人的な体験に内容がシフトしていると思います。私も本日ネットで「司法官僚」を注文しました。手元に届いたら「狂った裁判官」と比べながら早速ながめてみようと思います。
ところで司法・警察関係の話題として投稿したコメントとしては「カナダde日本語」様にも同じペンネームで下記記事に投稿しているので手前味噌で恐縮ですがよろしかったらご参照ください。植草さんと同様に官僚機構特に法務省グループ(警察・検察・裁判所)と財務省グループの解体と再構成を主張しました。また、一番最近の記事(2009/11/13付)へのコメントではかっちょ様と同様ブログランキングの不自然さについてもコメントしておきました。
・郷原氏が総務相顧問に就任〜(2009/10/19)
・気になる政治関連ニュース(2009/10/31)
・整形を受けた市橋容疑者の写真公開(2009/11/06)
・日本は警察が異常な権力を持つ警察国家(2009/11/13)
以上
投稿: 蜂鳥のジョー | 2009年11月14日 (土) 23時57分
司法、とくに裁判官は「閉じたシステム」になっていますから、腐り始めると止まらないようです。司法修習を終えた、司法修習後の試験で優秀な成績を修めたものが基本的に上位から裁判官になっていくというシステムである以上、権力の風見鶏が居座ってしまうのかもしれません。
アメリカは嫌いですが、アメリカのように裁判官は弁護士から選ぶ等外部の目を適切に入れなければいけないのでしょう、たぶん。
あるいは新聞や週刊誌等において、裁判の継続リポート&評論を行えばよいのでしょうが…。
国会議員が頑張って、弾劾裁判を行い、弾劾裁判制度を形骸化させないほうが先でしょうけど。
『司法官僚』は私も買って読んでみます。
投稿: ろくぶんぎ | 2009年11月14日 (土) 17時54分
「東村山事件」控訴審で朝木らに損害賠償命令
http://ranhou.hp.infoseek.co.jp/simin2.htm
投稿: | 2009年11月14日 (土) 09時08分
良案を思いついたのでコメントします。
それは、最高裁判官を選挙で選ぶというものです。
現在の見せかけだけの信任投票では無く、国民が直接、最高裁判官を任命するのです。
具体的には、ある一定ランク以上の裁判官が最高裁判官に立候補出来、立候補した裁判官から、国民が投票で選ぶというものです。
司法を直接、国民が支配すれば、司法の独立性は今より格段に高まるのではないでしょうか。
投稿: | 2009年11月14日 (土) 06時13分