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2012年1月29日 (日)

小泉・菅・野田内閣を貫ぬくショックドクトリンとバーナード・ルイス計画

 我々は小泉政権を境界にして、社会の在り方が極端なネガティブ・ベクトルを有してきたことを痛感と言うか、日々体験している。その性格は国民生活の破綻、非正規労働者の拡充、希望喪失、極端な階級格差社会、生活保護者の増大、後期高齢者医療制度、その他、国民を地獄に落とす悪法が次々と生まれていることに見える。

 2010年2月9日、衆議院予算委員会で小泉俊明議員は、小泉・竹中構造改革路線を弾劾した。その質疑を参照すれば、小泉元首相がやった改革は、日本経済、特に地方経済の衰退と国民経済の衰退をもたらした。働く国民の1/3、1700万人の特に若い人たちが明日をも知らぬ契約社員となった。2001年4月26日(小泉氏首相就任)に日経平均で約14000円あった平均株価が、2年後の2003年4月28日には約半分の7607円に下がった。小泉政権は、不良債権の強制的処理の名の下に貸し渋り貸し剥がしを行った。その結果、実体経済の血液である金融が止まり、株と土地が暴落し始めた。この時やったことが、時価会計と減損会計の強制導入であった。

 これは元来、株と土地が上がった時にやる制度であり、これをしたために、ますます株価が暴落した。そして、決め打ちが銀行と企業の株式保有の禁止だった。元々銀行と上場企業は1/4ずつ株を持ち合っていたが、これを禁止したために、大量の株式が市場に放出され、株価が大暴落した。小泉俊明議員は畳み掛けて言う。この結果を見ると、小泉氏と竹中氏が故意に強制的に時価を下げたとしか思えないと。一方で株価を下げながらもう一方で何をやったのかと言えば、小泉元首相が行った為替介入は、平成15年(2003年)1月から平成16年(2004年)の15か月間で、35兆2565億円という史上最高のドル買い介入をした。これに使った原資は、政府短期証券と10兆円の米国債を日銀に引き受けさせ捻出したという。

 なぜ、これほどの為替介入をしたのか。2002年末、3781億ドルだった米国債保有が、2004年11月末で7149億ドル、この二年間で3368億ドル、ちょうど為替介入した35兆円分の米国債を買ったのである。これは、35兆円分の仕送りをアメリカにやったことになる。その結果、アメリカは低金利・好景気になり、この米国債は売った者に現金ができ、その結果、空前の株高になった。この膨大な仕送りで、米国債の売却者に余剰資金ができた。この余剰資金は、米国に仕送りした35兆円のうち、平成15年から18年までの3年間で、その約半額、16兆9千億円近い余剰資金が日本の株を買い叩いたそうである。これは、日本が貢いだ金で、日本の優良資産が超激安で買い叩かれたことになる。まさに国賊的売国行為がもたらした日本売りなのであった。

 以上、小泉俊明議員の勇気ある小泉・竹中路線弾劾の一部を羅列したが、小泉氏と竹中氏が行った、この人為的な金融操作を見て、何かを思い出さないだろうか。そうである。当時、経済学者の植草一秀氏は、この株価暴落と、りそな銀行の救済を起点として急激に株価上昇に転じた推移を鑑み、当時の竹中経済財政・金融担当相が設立した、金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム(PT)が、作為的に仕掛けた巨大なインサイダー取引の疑いを持ったのである。そして精力的に追及した。小泉政権は当初の自己責任原則を放擲(ほうてき)し、預金保険法のトリックでりそな銀行を救済、悲観論に陥っていた金融界を、いきなり金融モラルを無視した楽観論に切り替えた。その結果を受けて株価は急騰反転した。

 植草氏によれば、2003年4月から8月にかけての株価急騰局面で外資系ファンドが莫大な利益を獲得したと見られている。この人為的な株価変動情報を予め入手した勢力が存在する可能性が高いというのが、りそなインサイダー取引疑惑の骨子である。植草氏が2004年4月の品川手鏡事件という国策捜査に嵌められたのも、氏によるこの糾弾が直接の主因になったと思われる。植草氏は小泉俊明議員が追求していたこの金融疑惑を、7年も前から糾弾しており、まさに救国のウォーリアーと言える行動をしていたのだった。

 さて、植草氏が先駆けて糾弾し、小泉俊明氏が糾弾した小泉政権の構造改革路線は、国民を裏切った菅政権と野田政権にも踏襲されている。それを見て、植草氏は小泉氏をポチ1号、菅氏をポチ2号、野田氏をポチ3号と呼んでいる。彼らの飼い主は既得権益複合体と米国である。このポチ1号からポチ3号が採用している政策思想が「新自由主義路線」であることはあまりにもよく知られているが、今日は彼らに通暁(つうぎょう)するこの過激な思想を別の言い方で捉えてみようと思う。

 私のブログに、昔から的確なコメントを書いていただいている「ななし」様が、1月25日の拙記事「野田首相の鏡像反転に見える財務省とアメリカ」に下記のコメントを投稿していただいた。


『 バーナード・ルイス計画をご存じでしょうか?
日本の数々の改革や人為的な不況もこれが目的かと思われます。
その先には世界統一政府、統一通貨が待ってる気がしますね。
勿論日本人は奴隷階級として・・・・
最近の流れを見てるとどうもそんな未来が見えます。新自由主義、規制撤廃、道州制、地方自治、韓流、TPP etc
 アメリカ・オバマ大統領の「政策」を実行に移す、橋下・大阪市長の落とし穴 』(ななし様のコメント)

 バーナード・ルイス計画は知らなかったので、検索してみたが、このリンクにある「オルタナティブ通信」様のブログ以外には、ほとんど見ることができなかった。一部、引用させていただくと、「オバマの『バーナード・ルイス計画』は、各地域・国家を、日本の市町村レベル程度の「極めて小さな地域」に分解し、その地域ごとに、「民族」の集まる共同体を形成させ、一つの自治共同体にする事によって、この「民族」対立を「治めよう」とする計画である。」ということである。これは極論的な意味で「小さな政府」を志向する考え方らしい。国家主権を解体して、民族ごと微小な共同体単位に分割するという思想である。

 私などは、これを見て単純に、ニュートンやデカルトが抱いていた機械論的要素還元主義を想起するし、経済学で良く言われる合成の誤謬に似た状況に見える。つまり、要素に分解したものを寄せ集めて集積させても、全体は元に戻らないという感じである。この世界の諸事象も経済も非線形の複雑系であり、ブリゴジンの言う散逸構造性格を宿しているからだ。

 これは詳しく聞かなくても、根底の思想が見えてくる。ミルトン・フリードマンらシカゴ経済学派が唱道し、新自由主義の元になったワシントン・コンセンサスや、竹中平蔵氏らが心酔するヘリテージ・ファンデーションなどのイデオロギーに共通する考え方だと思う。これに加えて、近年、ナオミ・クラインが提唱しているショックドクトリンなども、この系列に加わるだろう。つまり、小泉・菅・野田政権が盲目的に取り入れている政策思想を客観的に眺めるためには、ネオリベラリズムのみならず、ショックドクトリンやバーナード・ルイス計画などを複合的に見る方法もあると思うのである。

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2012年1月28日 (土)

メディア洗脳を食い止める必要あり(caccyo氏の投稿です)

(※ このエントリーは、caccyo氏が26日の拙記事「ネット言論に待ち受ける大言論弾圧の予感」に投稿していただいたコメントです)

高橋管理人さま

連続の記事更新ありがとうございます。

まったく呆れ果てるばかりの酷い政治状況になっています。
官僚政治を打破し天下りを廃して国民の生活を第一に考える政治を目指したはずが、
ノダ氏に至っては官僚に操られるままのパペットに成り下がっています。
耳障りのよい中身の無い言葉で国民を騙し、国民にばかり痛みを押付ける政策を
強引に実行しようとしている。彼の言葉には「真実」が少しも感じられない。。。
「鏡像反転」…現在のノダ氏と野党時代との対比を的確に表していますね。

そんな酷い政治がのさばっているのに、国民は「誰がやっても同じだ!?」とばかりに
諦めにも似た思いを抱いて呆然としているのかのようです。。。

どうして不満の声をあげようとしないのか?
なぜ怒らないのか?
酷い政治を変えようとしないのか?

一番の原因は、隷米官僚政治の広報機関に成り下がった「メディアにあり!」です。

官僚に操られるまま売国増税路線をひた走るパペットノダ氏をメディアは攻撃し
ません。
彼らが長年唱えてきた「財政危機説」に沿って、増税路線を走る限りノダ内閣は
安泰です。
将来のために不人気な増税策を推進するノダ氏こそ、立派な政治家だと持ち上げ
ることでしょう。
また管理人様が次記事で指摘されている樽床氏の代表質問なども、この延長線上
の話のように思われます。
とにかく国民を想い悪徳ペンタゴン勢力に歯向えば激しいバッシングの嵐で大往
生!!!
国民を見捨てて彼らに寝返り隷米勢力のポチになれば、ぬくぬく御身安泰生涯安
心!!?

悪徳ペンタゴン勢力は、民主党が衆院で多数を占めている今のうちに
国民に不人気な政策~増税・基地問題・TPP~を一気に無理やり成立させてしまう
つもりのようです!?そのためにメディア総動員で大増税キャンペーン実施中!!!
そんなメディアの作戦にまんまと乗せられ、自ら破滅に向かう道を進もうとして
いるのです。

繰り返し聞かされることで「財政危機の大ウソ」を信じ込まされ、
グローバリズムの次代だからデフレはやむを得ないものと諦め、
核の傘の下で護ってくれる「アメリカについて行くしかない」と思い込まされ、
「日本の政治は誰がやっても同じだ!!」と諦めさせられ、
21世紀の「日本の衰退は如何ともし難い!」と希望を奪い取られ、、、
増税は嫌だけど、それしか方法は無いと思い込まされてしまっているのです。

このメディアによる洗脳を何とか食い止める方策を考えないことには、
日本の明るい将来は期待できそうもありません。
ネットでの正論に気付く人は相当増えてきてはいるようですがまだまだ少数派です。
植草さんや貴ブログなどの正論をネット環境に無い方々に知っていただくことの
難しさを痛感するこのごろです。。。


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2012年1月27日 (金)

樽床伸二議員の邪悪な政治信条が露呈した代表質問

 26日の午後、国会中継(野田総理大臣施政方針演説に対する代表質問)を聞いていたが、民主党無所属クラブの議員である樽床伸二幹事長代理の質問に対し、猛烈な怒りが湧いた。それは、彼が野田総理に対して行った質問内容に対してではなく、その前提とする前置き演説が看過できない内容になっていたからだ。そこには彼の根底的な政治上の世界観がくっきりと見えたので、その質問の一部を次に引用する。


「――略――
今解決しなければならない多くの課題は、過去の政権から引き継がれた未解決の問題ばかりであります。とくに本格的な高齢社会の到来による、克服すべき課題はかねてより認識されていたことであります。しかし、我が国は、その時代の流れに対応できず、巨額の財政赤字を抱え、社会に閉塞感が広がってしまいました。

 今解決しなければならない多くの課題は、過去の政権から引き継がれた未解決の問題ばかりであります。しかし、過去を振り返っても何も生まれてこないのであります。常に未来に向かって歩んでいかねばなりません。
 それゆえ、自公政権の下で決定された方針を否定するのではなく、その方針に従って税制の抜本改革を提案されていることは、野田政権の責任の表れであると考えます。
― 以下略 ――」


 この前置きに続いて樽床議員は、「東日本大震災からの復旧・復興」「原発事故との戦い」「日本経済の再生」「政治改革」「行政改革」「社会保障」「一体改革」「年金制度」「地域主権改革」「郵政改革」「外交」「ねじれ国会」の12点について野田首相に質問した。私が激怒したのは、この12点の質問内容ではなく、上記に引用した、その前置き演説についてである。樽床議員は臆面もなくこのように言っている。


それゆえ、自公政権の下で決定された方針を否定するのではなく、その方針に従って税制の抜本改革を提案されていることは、野田政権の責任の表れであると考えます。


 彼はさりげなく自公政権がやってきたこと、すなわち小泉・竹中構造改革路線を全肯定し、それを踏襲する姿勢を示したのである。これは既得権益複合体に向けて発した「誓い」のメッセージであろう。小泉・竹中構造改革路線の破壊性と、人の道に背いたその非道な国政をつぶさに実感した人々にはもはや自明であるが、樽床氏のこの文言に、彼と野田内閣の政治姿勢が明確に表れている。このことは同時に、菅政権と野田政権を牽引している勢力の正直な政治信条を示している。ところが、民主党のHPに出ている樽床議員の演説内容には、この部分が抜け落ちている。

 思い起こしていただきたいが、そもそも、2009年8月30日の総選挙で国民が民主党に勝たせたのは、小泉政権の政策出力があまりにもひどかったから、国民の生活と幸福原理に立ち返る政治を願って民主党候補に投票したのである。当初のマニフェストは、小泉政治によってひどく傷ついた国民や零細・中小企業の悲痛な悲鳴を汲み取って作成されたものである。ところが、菅政権と野田政権は、この姿勢を廃棄して、かつての自公外道(げどう)政権の方針に立ち返ったのである。外道とは、字義通り道を外れるということである。

3
 私が、経済学者の植草一秀氏が2006年9月13日に遭遇した京急事件の翌日から、2004年の品川事件も含めて、これらは国策捜査であるとブログに書いたのは、二つの理由があった。一つは無辜な経済学者が破廉恥罪という非道な手段で罠にかけられた事実を看過できなかったからであり、もう一つは植草氏が最も初期から弾劾していた小泉自公政権の非道さを許せなかったことである。かの政権の非道な出力は、後期高齢者医療制度や障害者自立支援法、労働派遣法改悪などに見られるように、国民の血を吸い取って、外資や一部富裕層に富を傾斜させる悪政の見本であった。その結果は皆さんもご存じのように惨憺たる苦痛を国民にもたらした。

 従って、どの政党が国政を運営しようとも、決して小泉・竹中金融極道(きんゆうごくどう)路線に回帰してはならなかったはずだ。ところが、菅政権から、その極道回帰は鮮明に起こったのである。政権交代時、小沢・鳩山民主党と国民新党には、小泉政権をきちんと総括して政権思想を確立させようとする動きが確かに存在していた。考えてみて欲しいが、小泉政権が執行した構造改革路線の内実を最も初期から最も正確に把握して、誰よりも強くその間違いを指摘していた人物がいた。植草一秀氏である。彼は救国のウォーリアー(戦士、侍)だったのである。初期民主党は植草氏を招聘(しょうへい)して小泉路線を徹底的に究明し、そこから国民のための政治を展開する道があったのだ。例えば2010年2月9日、衆院予算委員会における小泉俊明議員の小泉政権弾劾質疑(追記2)にその兆候があったのである。ところが、小泉政権を糾弾し、その構造的欠陥、思想的欠陥を総括する動きは完璧に封印されてしまった。それが現在の野田政権を踏襲する諸悪の根源となっている。

 封印した外力は、ジャパンハンドラーズと既得権益複合体であるが、その黒い勢力は民主党の売国議員たちに強くテコ入れした。これによって民主党良心派と亀井国民新党は実質上、駆逐された形となって現在に至っている。ここで、樽床氏の「自公政権の下で決定された方針を否定するのではなく、その方針に従って」という文言がクローズアップされるのである。国民主権を実現し、政治を国民の手に戻すためには、野田氏や樽床氏に代表される外道議員たちを国政の場から退場させることであり、今からでも、国政の中心にいる人々にとって、植草氏による小泉政権の体質解明は絶対に必要なことである。それをしないと、まともな国政刷新はいつまで経っても始まらない。(画像はパロディストのマッド・アマノ氏の作品です)

追記1:樽床議員の質問内容全文は民主党HPの下にPDFに出ているので、問題の文言を確認できる。

追記2:小泉俊明議員の小泉政権弾劾質疑の動画は存在するが、リンクを貼れないようになっているので、youtubeで「「小泉・竹中政策で死屍累々」- 小泉俊明議員、国会で弾劾!」を検索していただければ、ご覧になれると思う。1/2と2/2の二つが存在する。

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2012年1月26日 (木)

ネット言論に待ち受ける大言論弾圧の予感

 文藝評論家の山崎行太郎氏が主宰する政治ブログ、『毒蛇山荘日記』1月25日の記事に「ネット論壇進化論――ネット論壇はマスゴミ論壇を超えたのか?」を記載しているが、この論述は日本論壇の方向性を探る上で実に参考になる。

 ブログ主宰者を触発したのは、植草一秀氏がブログ記事で紹介した後、急速に拡散した、例の野田佳彦氏が行った街頭演説動画の取り扱われ方である。この動画はjiji6254氏が1月7日にアップした「野田総理 マニフェスト 書いてあることは命懸けで実行」という動画である。この動画の内容は、植草氏がブログ記事に書いてから急速に他メディアにも拡散中である。ネット動画が、ネット言論の一つの進化形と断じていいのかどうかは意見の分かれるところであるが、明らかなことは、ネット動画が日本の大マスコミが論じないテーマを率先して取り上げ、大マスコミや記者クラブがタブー視している論調を正面から堂々と議論し、意見の開陳を行っていることである。

 テレビの視聴率は下がり、特に若者のテレビ離れが顕著になっている。大新聞の売り上げが下がってきているのは周知の事実である。大マスコミは相変わらず世論形成の重要なツールになっているが、最近は米国、官僚、経団連などに制御された情報しか出ていない。そのことがネット層を通じて徐々に知られるようになってきた。巨大な電波メディアとしてのテレビも、巨大な活字メディアとしての大新聞も、クロスオーナーシップに牛耳られ、既得権益集団やアメリカに都合の悪い情報は血眼になって隠蔽する体質がある。最近は、ネット言論の発達のせいもあって、その構図がどんどん見えてくるようになった。また、カレル・ヴァン・ウォルフレン氏が述べるように、記者クラブは検察と通じ合っていて、阿吽の呼吸で検察(権力側)の意図した記事内容を書き連ねる。

 テレビ、新聞などの大メディアが加速的に凋落しているのは、彼らが広報媒体としての本義を喪失したからである。メディアの本義とは、事実を伝えることであり権力の暴走を監視することである。政治が国民あっての政治であるように、報道機関も国民のために重要なニュースを報道するのが本来の任務である。しかし、今の日本は政治も、官僚も、マスメディアも、財界も、国民の存在を希薄化し、自分たちの既得権益保持だけのために動いている。米国の意のままに動く既得権益勢力の子飼いとなっているマスメディアは、すっかり国民に飽きられている。ところが、玉石混淆のネット言論は、明らかに権力を監視し批判するという、本来はマスメディアが行うことをやり始めている。マスメディアは嘘と捏造ばかりを報道するから国民の心に響かないのである。既存メディアがこのように信用を失い、ダッチロール的に凋落している中で、例の「野田総理 マニフェスト 書いてあることは命懸けで実行」の動画が急速に拡散し、テレビや国会でもその内容が取り上げられるに至った事実は大きい。

 野田総理自身が現在と正反対の政策展望を述べていることは、考えるよりも先に百聞は一見にしかずで、この動画は野田首相自身の抗弁を許さない説得力がある。これだけ各メディアで取り上げられても、野田総理自身はいっこうに落ち込んだ様子がなく元気そうに見える。洗脳されているからである。それはともかく、既存メディアが動画を採用したこの現象こそ、戦後日本の論壇を決定づけるエポックメーキングであろう。

 ネット言論は玉石混交で、悪い情報も山のようにある。かと言って、国際金融資本や洗脳された高級官僚の意のままに情報を垂れ流すマスメディアは、どこにも「玉」なるものがない。今から10年前ほど前、マスメディアはネットを悪しき言論空間のように言っていたが、そのマスコミが今ではネットに放たれた動画をニュースの素材にしていることは隔日の感がある。これを単純にネットが既存メディアに勝利する予感だと思うことは楽観的すぎる。既存メディアが軒並み官制報道しかしなくなったことは、国民に知らせたくないことが山ほどあるからであり、ネットがそれを突破する方向に走れば、当然、陰険かつ強力なネットの大弾圧が始まるだろう。5月に予定されている共謀罪法案などもそのいい例だろう。

 危険な言論弾圧の法案は、さりげない様子でいきなり出てくるから注意したほうがいい。人権擁護法案のように一見一面的には正義の仮面をかぶりながら、それは出てくる。だから権力側が発案する法案には、裏に言論つぶしの意図が含まれていないか、細心の注意を要する。今の日本は、下手するとオーウェルが書いた「1984年」の監視国家、警察国家にいきなり変貌する可能性がある。ネットに法の網を掛ける法案が通ったら急転直下、日本はそうなってしまうだろう。アメリカと既得権益複合体の意向が、ネット言論を叩き潰そうと考えているのは間違いない。サイバー犯罪法案(ネット監視法)の強力な進化形が出てきて、上辺をきれいごとでごまかして、ネット言論を潰そうとする法案が出てくることに警戒する必要がある。
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2012年1月25日 (水)

野田首相の鏡像反転に見える財務省とアメリカ

 (イラストはパロディストのマッド・アマノ氏からお借りしました)
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 今日の夕方、ニッポン放送を何気なく聞いていたら、植草一秀氏が紹介した例の衝撃的な「お宝映像」のことが話題に出ていた。この映像は急激に拡散中であり、ついにはラジオ番組でも取り上げられるに至った。それは、野田首相がかつて応援演説で語っていた内容が、現在、彼が血眼になり、半ば国民や野党を脅しながら叫び続けている、消費税増税路線と正反対の内容を力説する動画映像のことである。野田氏は二年前に街頭演説で次のように語っていた。


 マニフェスト、イギリスで始まりました。ルールがあるんです。書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらないんです。これがルールです。書いてないことを平気でやる。これおかしいと思いませんか。書いてあったことは四年間何にもやらないで、書いてないことは平気でやる。
 それは、マニフェストを語る資格はないというふうに、是非皆さん思っていただきたいと思います。
 ― ― ― シロアリを退治して、天下り法人をなくして、天下りをなくす。そこから始めなければ、消費税を引き上げる話はおかしいんです。徹底して税金の無駄遣いをなくしていく、それが民主党の考え方であります。

二年前と言えば、そんなに遠くもない過去である。当時は上記のように、政権交代時のマニフェストに沿った発言をしていた野田佳彦氏は、総理大臣になった途端、これとは正反対の増税路線に転換した。「書いてないことは平気でやるんです」に宗旨替えしたようだ。これを宗教的には転向(てんこう)と言う。政権交代時の民主党が、任期中の4年間は消費税を上げないと約束していたことをいきなり反故にした。政治家が短期間でその政治信条を根底から覆した典型的な事例である。これは一人の政治家に起きた政治的な「鏡像反転」である。

 鏡像反転とは、鏡に映った自分や文字の左右が反転したように見えることだが、光学的にはそのまま映っているだけであり、反転したと思い込んでいるのは、自分の視点を鏡の中に置き、そこに自分を投影して心理的に眺めているからである。だが、鏡の映像だけを切り取って見れば、明らかに左右の逆転が起きていて、それは虚像となっている。野田佳彦氏の政治思想・政策信条が、ある時点を境にして、きれいに鏡像反転を起こしている事実は興味深い。

 彼はいきなり鏡の世界に入ってしまい、それまでの思想信条が逆転したが、この魔法の鏡を彼の前に置いた存在が財務省である。植草氏がブログ上で紹介したこのお宝映像をみて、おそらく殆どの人は呆気に取られたと思う。あまりにも極端に政策が転換しているからである。二年前と現在の彼は同一人物であるが、このような反転的な政策転換は、徐々にアナログ的に生起したというよりも、短時間でいきなり起きたとみる以外にない。

 これは財務省による強力で集中的な洗脳以外には考えられない。松下政経塾出身者は洗脳されやすい体質になって政界入りしているようだ。三期生の原口一博氏も、八期生の前原誠司氏も、言うことがころころ変わっていて、すぐに信じ込みやすい。野田佳彦氏も完璧に財務省に洗脳されたように思える。何かに憑依されたように目をぎらつかせ、社会保障と増税の一体路線を熱弁しているが、彼の視界には震災復興も原発事故対応もおぼろげにしか映っていないようだ。外ではイランがホルムズ海峡を封鎖した時の原油輸入の大問題が控えているのに、洗脳増税路線一直線に取り憑かれている首相では、対応を誤る可能性が高い。四年前の原油高騰の悪夢がよぎる。

 「月刊日本」の2月号に出ている平野貞夫氏の記事、「マネー資本主義という病根との闘い」を参照すれば、野田内閣の消費税増税路線に賛同しているのは、輸出で利益を上げている大企業であり、その理由は、輸出戻し税制度によって消費税が還付され、大きな利益を得るからだという。マスコミが消費税に賛同するのも彼らがスポンサーとなっているからである。これをもう少し深く掘り下げてみれば、大企業の株主に、米系国際金融資本が相当に食い込んでおり、企業ガバナンスがアメリカのそれに席巻されていることが本元の理由かもしれない。そうなると、消費税増税は輸出戻し税制度の優遇措置によって、最終的には外資が儲かるようになっているのである。野田政権の神輿を担いでいるのが財務省であり、財務省の神輿を担いでいるのがアメリカということになる。

 つまり、野田氏の鏡像反転は財務省の洗脳によって引き起こされたが、その背景には米系国際金融資本の強欲資本主義があるという話になってくる。ここにも日本統治構造の実相が見えてくる。

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2012年1月22日 (日)

法務省カルトと財務省カルト考

 今の日本を網羅する巨大カルト集団は創価学会だけではない。日本の権力構造の上部に位置する財務省も、法務省も、紛うことなき巨大カルト組織である。法務省は民事・刑事・入国審査などを扱う内局、公安組織を扱う外局、その他、検察庁・法務局・刑務所などの機関が置かれている。法務省は我が国の法秩序を維持管理する省庁だけに、その権威の矛先にバイアスがあってはならない。ところが、普段、法務省のことについて、ほとんど念頭にない我々一般市民は、この監督官庁が何だか妙だなと感じてきていることがある。それは、この省庁が、日本国民の人権擁護に重きを置いているならば、非常に重大な疑念が生じるからである。それを言う前に、まず法務省設置法の第三条には次のように書かれている。

第三条  法務省は、基本法制の維持及び整備、法秩序の維持、国民の権利擁護、国の利害に関係のある争訟の統一的かつ適正な処理並びに出入国の公正な管理を図ることを任務とする。

 ここで私が強く引っ掛かるのは、「法秩序の維持、国民の権利擁護、国の利害に関係ある争訟の統一的かつ適正な処理」という文言である。まず「法秩序の維持」についてであるが、これはストレートに争いごとの法的最終解決、すなわち裁判を第一に想起する。この裁判が公正になされない現状を放置しながら、「法秩序の維持」とは、情けなさを通り越して強い恐怖感を惹起させる。捜査機関の取り調べは調書取得主義であるが、この実態が、代用監獄制度の中における人質司法で行われているという、空恐ろしい現実にある。私は植草事件、そのうちの京急事件の裁判を数回傍聴したが、この公判録を見ていて、それまで自分が裁判に抱いていた純粋な幻想を根底から打ち砕かれた。

 京急事件では法廷に登場した検察側証言者に、被害者女性、事件の目撃者、常人逮捕者などがいたが、今言えることは、事件の目撃者も、事件の被害者も、時間的経過に伴って、その供述内容が二転、三転していることである。このような重大なことをマスメディアはけっして報道しない。報道したことは、植草被告人が、いかに破廉恥なことをしでかしたかという一方的でセンセーショナルな話題ばかりである。裁判官は、検察側事件関係者たちの証言が変遷、時には錯綜している事実を十分に承知しながら、それを裁定に入れず推定無罪の原則を無視、検察側の不可解な是認供述のみを採用して結果的に有罪判決を出した。どこに法治国家の要諦があるのだろうか。検察側証人の供述調書に時系列的な矛盾が発生しているのに、裁判官はそれをガン無視していた。また日本では、任意同行で連れて行かれたのに、それが後で逮捕連行にされていたなどということは日常茶飯事に起きている。こういうことの是正や、取り調べの全面可視化こそ、法務省の権限で率先してやるべきではないのだろうか。

 次に「国民の権利擁護」であるが、女性の権利擁護に法務省が力を入れていること自体はいいことだが、その反面、痴漢冤罪が後を絶たない現実は、無辜なる男性が冤罪被害で人生の重大な棄損を蒙っている事実を示す。人権は性別を問わず等しく配慮されるべきものである。もう一つ、法律の素人であっても、法務省が謳う「国民の権利擁護」は実行されていないことが分かる。それは中曽根政権で発足し、小泉政権で矯激に改悪された労働者派遣法である。副島隆彦氏が書かれたことを参照すれば、これで製造業務や医療業務にも派遣の認可が下り、結果的に工場の業務請負、偽装派遣、釣り求人、ワーキング・プアが急増した。簡単に言えば、この法改悪によって路頭に迷う人が続出し、自殺者まで出している。これこそ政治による生存権剥奪、人権侵害ではないか。法務省はこの巨大な不幸作出に対し、何の手も打ち出していない。どこが権利擁護なのだと思う。そして、国策捜査の創出を看過している事実もつとにおかしいと言える。

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 三つ目であるが、「国の利害に関係のある争訟の統一的かつ適正な処理」についても言うことがある。TPPで最も懸念されている事柄の一つとして、ISD条項(投資家対国家間の紛争解決条項Investor State Dispute Settlement)があるが、これはアメリカの息のかかった第三者機関に、徹底的な外資優遇措置で日本の国内法が適用できなくなるという世紀の悪条約である。ストレートに国の利害に関わっているのだから、法務省の精神から言って外務省に進言する立場にあると考える。ところが、一向にその気配がなくこれを座視しているのはおかしい。法務省も法の秩序維持どころか、悪徳ペンタゴンの飼い犬と化している。

 次に財務省であるが、ここは主計局が各省庁の財源配分を管理しているから、日本の権力中枢の中でも実質的にかなり強い権限を持っている。最高裁事務総局が司法官僚の牙城(魔窟)だとすれば、財務省主計局は財務官僚の牙城(魔窟)である。植草一秀氏の言によれば、ここは大蔵省時代からTPR作戦(タックスのPR作戦のこと)という、増税のための洗脳工作を行っており、その魔手はあらゆる斯界の有識者まで及んでいるそうである。野田佳彦首相も、すっかり財務省に丸め込まれ、そのTPR作戦による洗脳成果が如実に表れている。社会保障と一体化の消費税増税と意気込んでいるが、かつて、野田氏自身が言っていたように、徴税分は社会保障に回らず、シロアリ(=天下り官僚とワタリ官僚)が貪り食ってしまうのは火を見るより明らかなことである。財務省も日本の総指揮官まで洗脳する力があるから、空恐ろしい権力の魔窟と言えるだろう。

 従って、法務省も財務省も 悪徳ペンタゴンをご本尊とする一大カルトになっていると感じるのは筆者だけだろうか。もっとも、日本の真の権力中枢は対米従属カルトと言えるのだが・・。(イラストはパロディストのマッド・アマノ氏の作品です。)

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国策捜査、国策裁判が頻発する背景について

  ネットに散見されるブログで、自分が知らない範囲で優れた知見や表現を持つ文章は多々あると思われる。私が感じる優れた政治・社会ブログとは、現今日本に生じた、あるいは現在進行形で生じつつある深刻な社会問題や病理を的確に捕捉し、その淵源や背景を鋭くえぐり出してくれるものである。その中でも筆頭にあげられるものが、経済学者である植草一秀氏の「植草一秀の『知られざる真実』」であろう。ネット言論の進化史の中でも、このような高度な質的内容を伴う言論空間は稀有である。多くの読者層を確保するこのブログには、不正を糺(ただ)そうとする植草氏の不退転の姿勢が余すところなく表れている。

 植草氏は小泉政権時代に、政権与党や米国に都合の悪い言説を発信し始めたために、2004年の品川手鏡事件と2006年の京急事件に遭遇して、理不尽な辛酸を味わっている。いずれも東京都迷惑防止条例違反という濡れ衣事件、すなわち国策捜査という、官憲が実行した政治謀略事件に巻き込まれた。2006年の京急事件当時、評論家の宮崎哲弥氏は大阪朝日放送の「ムーブ」で、口角泡を飛ばしながら次のように吐いていた。

「だからね はっきり申し上げるけれども、彼の経済的な知識や彼の経済理論と、彼の下半身がどういう方向性を持っているかということは、まったく別なんですよ。ですから、彼は、私は更生して欲しいと思う。更生されるためには、冤罪とかね、陰謀とかね、そういうことを言っちゃいけないんだよ、治療させるべきなんだよ」

 今ではこの動画は削除されているが、当時のスポーツ新聞やメディアは、官憲に拘束されていて抗弁できない植草氏を尻目に、まったく根拠のない彼の病的性癖説を強弁する印象報道を流布した。宮崎氏のこの発言も、テレビジョンという公共的視覚メディアを通じて行っただけに、視聴者に与える影響は甚大であった。この時、同時出演していた橋下徹氏も歩調を合わせて植草氏の薬物治療の必要性を訴えていた。非常に悪質な人格棄損(人物破壊)が行われたが、この二名は植草氏に対して公共の場で、はっきりと謝罪をする必要がある。宮崎氏や橋下氏は植草氏を貶めるこの放送で、既得権益勢力からいったい何を得たのだろうか。

 彼らの中傷言説の根拠が、2006年当時に出た、女性セブン誌の「逮捕3度目!植草一秀容疑者(45)『痴漢で示談7回』の過去」(10月5日)の記事ならば、これは2004年の品川事件を書いたフライデー誌の記事が発火点になっているが、名誉棄損裁判(民事)で植草氏側と小学館で和解が決着し、小学館は慰謝料100万円の支払いと、同誌2008年6月12日号(5月29日発売)で謝罪文を掲載した。つまり、全く事実無根の中傷記事だったのである。このとき、植草氏が受けた不名誉報道の巨大さを考えると、この小さな謝罪文はあまりにも小さすぎて不均衡どころか、まったく吊り合わないものだ。特にテレビはその影響が多大に出たために、彼を中傷した当事者たちは、自身の犯した罪を猛省し、公的に彼に謝罪する必要がある。それを無視してどのように社会で名をあげても、それは汚れた名誉でしかない。人としての道義を踏みにじっておいて、何の政治、何の評論なのか。

 植草事件の場合、両件とも国策捜査と国策裁判がセットになっていた。宮崎哲弥氏が語ったように、経済の知識と下半身は別物だという、無根拠話をまことしやかに信じた人でも、植草氏の一連のブログや諸著作が主張する悪政糾弾の一貫性を冷静に眺めてみれば、彼の言説を煙たがる権力存在が言論弾圧を考えることは、ごく自然の流れであることが分かるだろう。国民を無視し、米国と既得権益集団に奉仕する、非道な菅政権と野田政権に対する彼の糾弾姿勢は身じろぎもせずに見事な一貫性を通している。両政権に対するこの不変の姿勢を見て、これが小泉政権時にも行われたであろうことを信じる人は多くなっている。まさにその通りである。

 彼は、年次改革要望書の具現化に邁進した小泉純一郎氏、竹中平蔵氏率いる対米隷属の国策を苛烈に糾弾した結果、2004年と2006年の国策捜査に嵌められたのである。なぜ、今の日本で国策捜査、国策裁判が頻発するのか。そして、その犠牲になる有識者が次々と不名誉な咎(とが)を背負ってしまうのか。それはアメリカ(=CIA、横田幕府、アメリカ大使館、在日米国通商会議などの占領的出先機関)と、それに盲従する既得権益複合体が政権与党の首に縄をかけて、自分たちに都合の良い国策を策定し、それを固守するからである。それに気づいて、それを修正しようと試みる有識者が毒牙に掛かるのである。検察とつるんでいるマスメディアは国策捜査の一翼を担い、狙った人物のスキャンダルを針小棒大に報道し、これでもかと繰り返す。

 今、小沢一郎氏の裁判の行方が注目されているが、近年、検察や検察特捜部、あるいは裁判判定について、その公正性を疑うような案件が続出している。裁判所、検察、警察など、権力官僚が劣化してきたという見方もあるが、これは時代の経年劣化という表層的な劣化よりも、深部における桁違いの変質が問われ始めている。日本の統治体制、国家体制そのものの正当性が問われる社会事象が目立つようになった。東日本大震災への政府対応然り、福島第一原発事故への対応然りである。政府と官僚の対応に何が見えたのだろうか。それは彼らが国民の生命・財産を守ろうとせずに、既得権益体制の強化に奔走するという信じられないアコギな行動をしているという事実である。

 なぜ、植草一秀氏、小沢一郎氏、鈴木宗男氏ら、国益や国民益を第一に考える有識者が司法や捜査機関に狙われ、マスコミによって不名誉な汚名を浴びせられるのだろうか。それは「世直し」というキーワードで説明可能である。国策捜査が生じる背景を深く調べた人間でなくとも、世直しを志向する有識者たちが、世直しをやりたくない既得権益勢力から狙われてしまうという図式は分かりやすいと思う。政治家に限らず、今までにスキャンダルで第一線の舞台から葬り去られた有識者たちが、それまでに何をやってきたのか、何を発言していたのかを良く調べてみる必要がある。それは彼らの言動を放置しておくと、国民が覚醒して、統治構造の真のからくりを見抜き、米国盲従の既得権益勢力が今までに敷いてきた、既得権益授受構造体が瓦解するからである。日本人には血なまぐさい革命は向かないが、この状況はもはや無血革命的な大きな力が生まれないと変えようがないと思う。

  Photo_9大多数の日本人が決して幸福になれないのはなぜか。それは米国と、それに阿諛追従する既得権益グルーブ(買弁勢力)が、国民の労働成果を永久的に搾取するシステムを構築しているからである。小泉政権以降は、株主の外資比率が格段に上がり、国民所得に還元されるべき富が外へ流れ出ている。この傾向が加速的に進展したために、国民生活はじり貧に向かっている。TPPはこのトレンドの中で、日本人のタンス預金まで搾り取ろうとする最終収奪作戦である。TPP賛成か否かは、政治家が奴隷スタンスか、独立スタンスかを見分ける試金石である。
 
 植草氏が何に怒り、何を糺(ただ)そうとしているかを、われわれ読者も深く自分の生活圏と照らし合わせて検討してみる必要がある。私は今、氏が著した「日本の再生」を熟読している最中だが、この書はあまりにも日本の実情を正確に表現していて、考えるべき点がたくさんある。マスメディアが皮相的な根拠で苛烈にバッシングする有識者を注意深く眺めることは大事である。その人たちは、マスメディアが喧伝する勧善懲悪の悪人イメージとは正反対の仕事をしてきた英雄である可能性がある。彼らの名誉回復は、そのまま日本回復に直結する。

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2012年1月19日 (木)

放射性物質拡散予測SPEEDIデータは米軍に提供されていた!!

(1月17日 0時7分のNHKニュースより抜粋 )
東京電力福島第一原子力発電所の事故原因を究明する国会の「事故調査委員会」は、初めての本格的な質疑を行い、参考人として招致された文部省の担当者が、放射性物質の拡散を予測する「SPEEDI」と呼ばれるシステムによる予測データを、事故の直後に、アメリカ軍に提供していたことを明らかにしました。

 史観的パースペクティブを持つ政治評論などに、しばしばアンシャン・レジームという言葉が使われるが、これはフランス革命由来の語句である。意味的には、フランス革命以前の旧体制、旧秩序、旧制度を言うが、レジームだけ取って言えば、それは体制、秩序、制度という意味合いである。安倍晋三元首相が「戦後レジーム」という言葉を使ったことは記憶に新しいが、それは「敗戦以来続いている政治体制」という意味である。戦後に生まれた者は、全員、戦後の産湯を使い、戦後の価値観、世界観の中で育ってきた。そこで、戦後レジームって何なんだ?と問われた時、これに明快に答える人は少ない。

 実は現今の日本人が、殆どこの問いに当惑するということ自体が、今日、日本人を苦しめている政治や経済に生じている諸問題の根本的な原因と言っても過言ではない。これを説明するには、GHQ占領期の日米関係から紐解く必要があり、一筋縄では説明できない淵源を持つ。日本人の苦しみの根源には、上納金を苛烈に取り立てる、アメリカの間断ない集金地獄がある。日本の戦後レジームとは、深く眠り込まされている間に、アメリカに身体の養分を吸い取られ、いくら足掻いても痩せ細っていく病人のありさまと似ているだろう。アメリカという吸血コウモリは、日本人の可処分所得に回る分を吸い取っている。この構造が持続すれば、いつまで経っても、幸福とは無縁の未来が待ち受けているだけである。アメリカの苛烈な日本搾取は、小泉政権以降、ついに日本人の食い扶持まで手を付けてきた。これは用心棒が強盗に変容したことと同じであり、TPPはアメリカの強盗本質が剥き出しになった顕れである。

 私は昨年(2011年)の3月11日災害が起きた後、10日くらい、政府、東電、マスメディアの対応をつぶさに見ていて、言葉にできないショックを受けていた。特に福島第一原発の苛酷事故への対応ついて、自分が住む国家の現実を嫌というほど思い知らされた。しばらく衝撃から立ち直れなかった。当時の首相は菅直人氏だったが、彼は自己の地位栄達に心を奪われ、被災者の窮状や原発事故対応に甚だしい見当違いを起こし、国民の被害を軽減するどころか、犯罪的な無作為によって、人為的に被害を拡大した。特に放射線被ばくの問題は、これから何年、何代にも渡って人々を苦しめることになる。

 当時の枝野官房長官などは、この事故を正確に報道せず、「ただちに影響はない」などと、無用に人々を安心させ、刻々と生じていた、人類未踏である苛酷原発事故の重大な初期推移を故意に隠匿した。菅首相は東電本社に乗り込んで「作業員を引き上げるな」と怒鳴ったそうであるが、彼の現地視察は1号機圧力容器の内圧が危険な上昇へ向いていたさ中であり、一刻を争う緊急的なベント(中のガスを大気に放出して圧力を下げる)処置を遅らせた可能性は否定できない。菅氏はかつての厚生大臣の時、薬害エイズの対応で立派な仕事をしたが、権力を握った途端、当時の良心をかなぐり捨てて、宰相の地位保全に固執した。こんな醜い佇まいを見た子供たちは、政治に絶望するだろう。

 小沢一郎氏の尽力で政権交代が実現したにもかかわらず、彼を裏切って米国に盲従する既得権益勢力の飼い犬となった。菅直人氏にしても、野田佳彦氏にしても、国を守る信念と気概を持たない政治家が宰相の座に就くと、国民は阿鼻叫喚の地獄を見ることになる。小沢一郎氏に関しては、政治家としていろいろな見方があるだろう。だが、菅氏にしても、野田氏にしても、自分を最高指導者の地位に就けた土台を築いた小沢氏を貶め排斥する姿勢は、人の道を誤っている。そんな輩が采配を振るったら、国政はぼろぼろに瓦解するだろう。現に野田佳彦首相は、財務省の増税意志に取り込まれ、社会保障と税の一体改革などと言って気炎を上げている様は、狂気の惑星に紛れ込んだ感じがする。野田氏の悪辣なところは、国内論議をほとんど無視して、一方的に国際公約をしてくるというとんでもない手法を使っていることだ。

 民意を集約して、政治的に実践するのが政治家の基本であるにも関わらず、民意を無視して、いきなり外国で発表し、すでにそういう政策が自然に立ち上がったかのように、自分と周囲を煙に巻く一種の詐術である。昔話に出てくるお化けタヌキだってこんな化かしはしない。自民党の佐藤ゆかり議員の国会質問で露呈したように、野田氏はTPPのISD条項を全く理解していなかった。佐藤氏が、国内法がISD条項によって曲げられる可能性を野田氏に質問した際、野田氏は「国内法で対応できるように交渉していく」と答えている。私はこの時点で、野田氏を見誤っていたことを思い知る。

 彼は松下政経塾仕込みの内実のまったくない、よどみない弁舌で、上辺だけは真面目さと誠実さを装っているが、TPPに関して言えば、十分にアメリカの底意を分かっていて、国民をペテンにかけていると思った。しかし、条約が国内法の上位にあることを知らずに、国内法で対処すると発言したところに、彼がTPPの破壊的な本質を知らずにそれを進めていることが露わになった。愚昧の典型である。アメリカから毒饅頭をもらって狡猾に立ち回っていると思ったが、そうではなかった。毒饅頭はもらったとは思うが、TPPを理解しないままに進めている、トンデモ政治家だったのである。これではダチョウ倶楽部の竜ちゃんにやってもらった方がよっぽどましである。この愚劣な政治家を首相に擁立したのが、仙谷由人氏と岡田克也氏であった。小沢氏を背中から斬りつけ、民主党初期のマニフェストをぶち壊した張本人たちである。

 今必要な政治センスとは、国民防衛と国家防衛を断行する政治である。冒頭に申しあげたように、私が強いショックに見舞われたのは、政治が国民を守らなくなったという事実である。戦後レジームから脱却して、国民の幸福を目指すことが政権交代の理念だったはずである。ところが菅、野田両宰相が導いたものは、悪しき戦後レジームの上塗り作業であった。国民を守るどころか、棄損する姿勢に徹している。今起きている現象を国家の自壊作用とでも言うべきだろうか。

 この政治中枢と併行して、東電やマスコミは、福島第一原発事故の危険な真相を隠蔽し、国民を思考停止状態に追い込んでいる。原発事故は正確な情報が開示されないままに九か月が経過し、溶融炉芯がどこにあるか分からないのに、「冷温停止」などという虚言を弄して国民を欺いている。外国による福島原発事故報道には、大げさな部分がなかったとは言わないが、少なくとも、真相を伝えない国内メディアや政府よりはまともにニュースを伝えていた。

 さて、戦後レジームの帰結というか、オメガポイント(最終到達点)は原発事故への対応に如実に表れている。冒頭に掲げたニュースにあるように、官邸も文科省も、原発周辺の住民に放射性物質の拡散予測を提供するSPEEDIの情報を知らせずに、アメリカ軍に提供していた。アメリカもSPEEDIの情報を掴みながら、それを日本人に伝えることはしなかった。トモダチ・オペレーションを敢行しながら、重要な放射性物質の拡散予測を知らせなかった。こういう現実を目の当たりに知ると、日本のエスタブリッシュメントは、ノーブレス・オブリージュとは反対に、棄民感覚で国家を運営していることが分かる。

 日本が腐ったレジームのままに崩壊するか、マスメディアの洗脳作戦を見切って、新たに国民の力で国家を再構築するかは、神のみぞ知るところであろう。若い人の怒りは強い運動体に直結する。特に若い人にこの現実を把握して欲しい。

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2012年1月17日 (火)

TPPの本質が見える予型的なニュース

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(イラストはマッド・アマノ氏からお借りしました)

【ワシントン=岡田章裕】米通商代表部(USTR)は13日、
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に日本が参加することに対する意見公募を締め切った。農業、製造業などから100件を超える意見が集まった。
米自動車大手3社(ビッグスリー)で組織する米自動車政策会議(AAPC)は、 日本の自動車市場の閉鎖性を理由に「現時点では反対」と表明し、 参入障壁となっている軽自動車規格については、「廃止すべきだ」と主張した。( 読売新聞 1月14日21時38分配信より引用)


 アメリカの自動車大手三社(ゼネラルモーターズ、フォードモーター、クライスラー)は、日本の自動車市場の閉鎖性を理由に、TPPには反対の立場をとっている。ただ、注意したいのは、これらビッグスリーが「現時点では反対」と言っていることだ。このニュースをそのまま読めば、米車ビッグスリーの本意は、日本の軽自動車規格さえ撤廃できれば、あるいは日本特有の自動車規格を米国基準に転換できれば、こぞってTPPに参加したいという話であることは明白である。この部分こそ、TPPの本質であろう。

 ここで、私くらいの年代の人間なら、すぐに過去のあることを思い出すはずだ。それは日米構造摩擦、特に日米自動車摩擦と言われるものである。日米間で激しく軋轢を起こした日米貿易摩擦を解消するため、米国は1974年に通商法301条、 1988年には包括通商・競争力法のスーパー301条を強引に活用して、日本市場に圧力をかけた。1985年には対日貿易赤字の急激な減少を目論んで、プラザ合意というごり押しで円高に固定した。ところが日本は、苦しみながらも上手く立ち回ってこれらを切り抜け、依然として対米貿易黒字を維持していた。

 当時、心ある日本人は、アメリカが貿易不均衡の原因を、日本特有の市場閉鎖性や民族的な商慣習などにあると強弁したことに、言いがかりも甚だしいと考えていた。1970年から1980年代にかけて、いわゆる米国ビッグスリーは自動車産業の先駆的王国の栄光に胡坐をかいていたのか、時代の変化に対応して来なかった。日本車とアメ車の貿易不均衡の最大の原因は、二度の石油ショックを潜り抜けた時、アメ車業界が、石油資源の有限性と経済合理性を追求した小型化を無視したからである。アメリカ大陸は広大であり、そこを行き来するためには大型で排気量が高く、荷物をたくさん積める自動車が求められていて、そのような車を普及させた。車の黎明期にはそれも意味があったが、文明と環境問題が叫ばれてから、大排気量車は明らかに大衆車には向かなくなっていた。

 日本の場合は国土的に狭い面積で道路が曲がりくねり、アップダウンばかりの土地柄なので、必然的に小回りの利く小型車が行き交うことになる。ごく一部のアメ車愛好者を除けば、メジャーな日本人はアメ車を実用的に持とうとは思わない。アメリカも日本に売りたかったら、小型化、低燃費、耐久性などを追及して、日本人に好かれる車を作るべきだったのだが、石油ショック後も大型車に固執して、日本のみか、世界市場に敬遠された。アメリカが大型車に固執し続けた理由は、風土的な慣習もあったが、もっと現実的には大型車の単価が高いから利益率が良かったせいもある。大型車が稼げるというトップ層の思い込みがあったのだろう。

 しかし、需要がなければ車は売れないのだ。加えて電装関係の信頼性は日本車にはるかに劣る。そういう意味で、日米の自動車貿易不均衡は、日本市場の特殊性に起因したものではなく、車の性能と時代のニーズに適応したかどうかの問題だったのである。喩えが不適切かもしれないが、日本の農道や山岳部の道路などを、GMのハマーが行き交っていたらどうだろうか。横幅が広くて抜群の安定感はあるかもしれないが、隘路が多い道路では、ハマー同士がすれ違いざまに接触事故を起こすだろう。

 車に限らず、日米貿易摩擦の原因はほぼ似たような要因を持っていた。ところが、アメリカは自分たちの研鑽をおろそかにして、アメリカ製品が日本で売れないのは日本市場の特殊性が障害になっているという論法で無理強いを重ねてきた歴史がある。チンピラヤクザの難癖と同じである。ところが、属国の悲しさから、日本は涙を呑んで米国の無理難題に応じ、面従腹背、臥薪嘗胆で苦境を切り抜けてきた。すると、アメリカは1993年に、宮沢-クリントン会談で、日米構造協議を引き継ぐ形で日米包括経済協議を取り決めた。しかし、このターニングポイントが曲者だった。この翌年(1994年)から関岡英之氏が「拒否できない日本」で明らかにした、あの悪名高い「年次改革要望書」が毎年取り交わされている。この時点から、日米構造摩擦という大声を張り上げてお互いを主張し合った日米は、喧嘩のケの字もなく、無音状態になって突き進み、小泉・竹中構造改革路線という、アメリカの意のままに制度改変を行う外道国政に昇華した。

 そして、この年次改革要望書は麻生政権時にひっそりと消滅していた。ところが、今度は、昨年2月の「日米経済調和対話」などに衣を変えて年次改革要望書が甦っている。日米構造摩擦のころ、アメリカはスーパー301条などという手前勝手な暴力法案を発動して日本を脅すこと自体が、チンピラヤクザの発想であり、貿易の公正性などははなから頭にない。TPPも今までの貿易圧力の集大成として、アメリカが利用しようとしている破壊的不平等条約である。というか、6年前にチリ、ニュージーランド、ブルネイ、シンガポールの四か国でローカルに取り決めたものに、アメリカが参加して、日本の国富を収奪する足掛かりとしたものが、現在のTPPである。実質上の日米FTAである。

 その本質は冒頭に記した、アメ車ビッグスリーが日本の軽自動車規格の撤廃を求めているところに明確に表れている。日本に強引にアメ車を輸出しようとする魂胆と、米国に都合の悪い日本の制度や慣習を破壊しようとする意志は、大国のエゴイズム剥き出しであり、理不尽極まりない押し付けである。TPPは日本の経済構造すべてにわたって、この理不尽が発生する。問題は野田佳彦首相を筆頭として、現政権首脳らが自主的にこれを受け入れようとしていることである。内閣総理大臣自体が国賊と化している。震災復興と原発事故対応に最大限の注力をしなければならない時に、何をとち狂ったのか、野田政権は増税とTPP参加の国民不在の方向に舵を切った。正に国賊政権である。

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2012年1月 5日 (木)

黒い魔窟・最高裁事務総局

 阿修羅の政治掲示板(24H)に、「黒幕"最高裁事務総局"の恐るべき正体!罠を仕掛けて小沢起訴!」という記事がトップに出ていたので、読んでみたが衝撃を受けた。リンクをたどってみると『一市民が斬る!!』というブログ記事だった。「最高裁事務総局」のことは、2009年11月11日、植草一秀氏の《植草一秀の『知られざる真実』》の、「新藤氏『司法官僚』が示す司法制度改革の原点」で、岩波新書 新藤宗幸著『「司法官僚」裁判所の権力者たち』が、氏の記事とともに紹介されていたので、当時、読んでみた。

 植草氏は2009年8月3日に東京拘置所に収監され、同年10月4日に釈放されているが、収監中、弁護士の梓澤和幸氏が植草氏に、新藤宗幸著「司法官僚」を紹介されたそうである。植草氏のブログを読んだ方々はすでに御承知と思うが、この本には、裁判機能を事実上無効化している『最高裁事務総局』という、黒い魔窟の存在がクローズアップされている。日本の裁判制度は、事実上、この魔窟(a den)によって、思いっきり歪曲され、多くのむごい冤罪や国策裁判を生み出している。私は実際に植草氏が遭遇した2006年の京急事件の公判録を調べてみて、裁判官が検察の作り上げた虚構のストーリーしか認めていないことを知って大変驚いた。客観的に眺めれば、間違いなく弁護側のほうが論旨明快で筋道が通っており、合理性が確認できるものを、裁判官は牽強付会や捻じ曲げた論理で、それらをすべて無視、どう見ても無理筋の検察側論理を正当化した。この形は2004年の品川事件の裁定でもそうだった。植草氏は天を仰いで嘆息するしかなかったようである。

 ところで、戦前は、小林多喜二の尋問などで知られているが、共産主義者を始めとして、反戦思想などを過酷に取り締まる、いわゆる特高と呼ばれる組織が内務省管轄下にあった。思想警察と言ったほうが分かりやすいかもしれない。これらは戦後すぐにGHQによって、治安維持法とともに廃止された。しかし戦後、諜報を専門とする様々な特殊機関が存在していたことは事実であるから、これらが衣を変えて、日本国憲法第21条と相容れない特務機関が秘密裏に存在し続け、日本の政治や思想を監視している可能性は高い。私は小泉政権時に頻発した国策捜査に、彼らが動いた可能性を感じている。

 佐藤優著『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』が刊行されて以来、国策捜査という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)されてから、もう6年も経過したが、国策捜査という苛烈な政治弾圧が、一介の検察官僚、警察官僚の思い付きで実行できるわけもない。国策捜査が発動されるときは、検察と警察を意のままに動かせる強力な求心力を想定しないと無理がある。この裏組織は当然ながら、最高裁事務総局に鎮座する司法官僚とも繋がっていて、捜査機関と裁判所、両方の手綱を握っていると考えられる。我々は国策捜査と言えば、警察と検察の捜査機関をすぐに思い浮かべるが、国策捜査の帰結は裁判所の有罪判決によって決められる。しかし、国策捜査の大目的は、狙った有識者に汚名をかぶせることによって、その言論を無効化することにあるから、いわゆるカレル・ヴァン・ウォルフレン氏の言う「人物破壊」が実効的な目的なのである。

 日本のマス・メディアは権力の監視という最大の責務を放棄し、権力の言いなりになる言論の凶器と化している。世論はマス・メディアによって醸成されるが、マス・メディアの論調を作るのが権力中枢である。そして、裁判所は国策捜査のターゲットにされた人物が起訴され、法廷に引きずり出された時、検察の追認機関となって有罪を出すのである。捜査機関が国策捜査を行えば、法廷は国策裁判を行うようになっている。国策捜査を追認する、不実で犯罪的な裁判は、最高裁事務総局がコントロールしていると考えざるを得ず、これは海水中にある氷山のように国策捜査を管轄する特殊機関と通じていると思われる。もしかしたら、最高裁事務総局にいる司法官僚の中には、この黒い機関(ブラックチェンバー)のメンバーがいるのかもしれない。そう思えるほど、司法の総本山であるこの事務総局は黒いオーラを発している。

 2004年、小泉政権は司法制度改革に着手したが、これは青い目の弁護士たちが日本の法曹利権を漁る準備段階として行われたものであり、本来の司法改革とは真逆の制度改変である。司法改革は司法官僚の牙城、魔窟である最高裁事務総局を透明化し、国民にその是非を問いかけることである。

 さて、「一市民が斬る!!」というブログに書かれてある、「黒幕"最高裁事務総局"の恐るべき正体!罠を仕掛けて小沢起訴!」という、1月3日の記事を是非読んでいただきたい。記事よれば、小沢一郎氏を起訴した検察審査会事務局も最高裁事務総局の管轄下にあると言っている。司法官僚の総本山について、国民が知るべき驚くべきことが書かれている。
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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

今年もどうぞよろしくお願いします。

                        管理人

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