一昨年の五月ごろだったろうか。シロはまだ手のひらからは
み出ないくらいの赤ちゃんだった。家の前の草むらに捨てら
れて鳴いていた。
その時は大雨が降っていたので、子ネコの鳴き声が聞こえ
たのはわかったが、近づくと声は消えてしまうし、深い草むら
なので見つけようがなかった。
次の日も大雨であったが、夜、帰宅して玄関に入ろうとした
ら、また子猫の鳴き声がしたので懐中電灯を携えて声の主を
探索した。30分ほど探して声の主を発見した。見つけたとき
は二十日ネズミのような小さな身体で、こっちが引いてしまう
ほど大きな鳴き声をあげていた。アカちゃんねこにとっては、
極限状態だったのだろう。
草むらのくぼみの中にうずくまっていたそれは白ネコの赤ちゃ
んだった。その草むらに二日から三日ほど放置されていたらし
く、全身ずぶ濡れですっかり衰弱していた。すぐに家に連れ帰
り、タオルで拭いてから部屋に放した。このくらいのあかちゃん
猫が三日も乳を吸っていないと普通は死ぬものらしい。
彼はよろよろと歩いてパタリと倒れ、またよろよろ歩いて倒れ
るというくらい衰弱していた。これはひょっとしてだめかもしれな
いかなと思っていたが、翌日はすっかり元気になって食欲も旺
盛だった。赤ちゃんネコだったのでペットショップから離乳食を
買って来て与えたが、ものすごい食欲で腹がパンパンになって
も、まだ食べていた。
それに、茶魔が母乳を吸わせたのが彼の回復には役立った
ようだ。もの覚えがよく、トイレは一回教えたら覚えてしまったし、
どこにいても名前を呼ぶとすぐにそばに来る利口さがあるニャン
コだ。
全身真っ白だったので、名前をシロと名づけた。近所のオバ
サンいわく、それって、そのまんまで安易すぎないかと。老い
た母が「シロ!」と呼ぶと必ずニャアと返事をするいいニャンコ
である。現在、シロは一才をとうに過ぎたが、台所のシンクに
入り、水道の蛇口に口をつけて水を飲もうとする。皿に水を入
れても水道の蛇口から飲みたがるので妙なネコだと思ってい
た。その姿はものすごく真剣なのである。
考えてみたら、その癖は、雨の日の草むらに放置されていた
時、彼の命を支えたのが雨水だったということに気が付いた。
シロは、草に伝わる雨滴を一生懸命舐め取って命をつないだ
のである。そのために腹が異様に膨れていたのかと最近思い
当たった。蛇口に下から頭を向けて水滴を舐める癖はその時
の必死の行為の名残りなのである。
今ではかなり大型のネコに育ってしまったが、彼が水道の
蛇口から必死に水を飲む姿を見るときは、何とも言えない気
持ちになる。